章の設定を間違えて投稿し直しました
紫の魔法使いとなんちゃってミステリー 1
窓から流れる景色を眺めている。車輪が小石に乗るたびに、がたり体がと揺れる。これだから、馬車は余り好きではない。最近は自動車というものが登場した。私にはどういう仕組みで動いているのか、よく理解ができないし、する気もないのだが、科学というものらしい。
科学の進歩は、人に富をもたらし、私たち人ならざる者に貧をもたらした。人間の妖怪への恐怖心を消し去り、そして、人間に妖怪へ立ち向かう力を与えた。
進歩により、この世界は人間が優位に立ったのである。歴史は人間が創り上げ、破壊するものとなった。世界は人間が支配している。
妖怪が排斥されつつある世界、それが人の世というわけだ。それが悪いことだとは思わない。多は少に勝つのは当たり前なのだ。戦争においても、政治的取り決めにおいても。すべてにおいて、圧倒的多数が勝利してきた。それが、多数決の原理でもある。人間中心主義は今に始まったことではない。人ならざる存在の中でも高位者たちが、人の姿をしていることを思えばあながち間違いではないと思う。もっとも人間が神に似たのか、神が人間に似たのか、神が人間を創造したのか、人間が神を捏造したのか、そんな神学的な話をする気もない。それこそ人間の領分なのだから。
私は感情論者ではない、そうなることが必然なのだと感じているだけだ。たが、それでも傍観者でありたいと思った。受け入れながらも、自分に降りかかることからは逃れたいのだ。自分勝手な言い分ではある。それは理解しているが、別にそう考えるのは私だけではないはずだ。だから、私とは、意思を持つ生物とはそういうものだ、と受け入れることにした。理論的には破綻しているが、論理的には成立しているので良しとしよう。
私の名前はパチュリー・ノーレッジ。馬車に揺られ、自分の不幸を呪いながら、逃げ続けている魔女だ。
魔女狩り。
魔女裁判。
今だに受け継がれる悪しき風趣だ。そして、私が追われる最大の理由だ。
捕まれば確実に命はない。だから、逃げ続けなければならない。この数ヶ月、ぐっすり寝られたのはいつだったのか覚えていない。
まったく科学が進歩しつつある時代に魔女狩りなんて。
「魔女である私がそんな事を考えるなんて、とんだ皮肉ね」
ふと言葉に出してしまった。どのくらい走っただろうか。辺りはすっかり建物もなく、緑豊かな自然が広がっている。
そんな景色を眺めていると、故郷を思い出してしまう。100年以上生きているのに、まるで子供のようだ。己の弱さが本当に嫌になる。一人の時間は好きな方だったはずなのに、最近では、それが苦痛だ。静かな時間は、自分の嫌な面を見つけるのにもってこいだから。
「あのよぉ」
「何かしら?」
雇った御者が馬車を止め、小窓からこちらに声をかけてきた。埃や砂を避けるためにかけているサングラスのせいか、妙に悪人のように見えてしまう。
「道のど真ん中に女が。……なんでも、馬が倒れて、乗せて欲しいと言ってるんだが、どうする?」
不自然な歯切れの悪さに、私は眉を潜めた。もちろん彼にではない。彼にそう感じさせた、道の真ん中に立っているという明らかに不審者と思われる女に対してである。
立場上、他人は信用できないし、信用しないようにしている。しかも、こんな山路で、この雨の中、乗せて欲しいと言う人間など、到底信用できない。
「私から見える所まで来るように伝えなさい」
「OK、承知しましたよ、お嬢ちゃん」
いちいち一言多い奴だ。会ったときから度々この御者にはイラっとするさせられるが、目的地までの道を熟知している者が彼だけだったので、仕方なく雇ったのである。
「はぁーい、小さなお嬢さん」
「それで、あなたはどうしてこんな所にいるのかしら?」
「不運が度重なって途方にくれてるしがない旅人と言ったところよ」
そう考えつつ、言われるがままに姿を現した不審者に質問をする。
黒いハットにトレンチコートを身につけた不審者は、私を見るなり、ジェスチャーを交え自分の状況を説明し始めた。
「この先にある街へ行く途中に不運にも馬が倒れちゃったのよ。そして、不運にも私は一人だった。その上この雨。これだけでも充分なんだけど、もうひとつ不運を付け加えるとすれば、嵐になりそうっていうことよね」
彼女の指さす方に目をやれば、どす黒く分厚い雨雲が、空を支配していた。もうすぐここへもやってくるだろう。雨の酷さが、まるでカーテンのようにはっきりと認識できる。
「だけど、幸運にも小さなお嬢さんが通りかかってくれた。私にはお嬢さんが天使に見えるわ」
「そうなの。……そう感じているのなら悪いけど、まだ乗せるとは言ってないわ。いくつか質問してもいいかしら?」
「どうぞ。もとより私には決める権利なんてないしね。ここではあんたが主導権を握っているし。いくつでも質問してくれてかまわないわよ。ただ、少しばかり急いだ方が良さそうだけどね。嵐がそこまできてるから」
「そいつの言う通りだ。早くしてくれ、こんな山ん中であれに追いつかれたら、ひとたまりもないからな。一緒に心中するのはごめんだ。死ぬなら、こんな場所じゃなくて、柔らかいベッドの上で美人を侍らせながら逝きたいね」
「あなたの死に際なんて、どうでもいいわ。私は、私が納得しない限り、乗せない。私が進めと言うまで馬車は進まないし、止まれと言うまで止まらないの。あなたを雇ったのは私よ。だから、あなたは私の命令に従う義務があるの。……そこのあなた、乗りたいのであれば、質問にしっかり考えてから答えた方がいいわよ。あなたは今日いくつも不幸にあってるようだけど、あなたの答え次第では、私はこの出会いを、あなたにとって最後の不運にすることができる」
「あー、了解。なるべくあんたのご期待に添えるように努力しようかしら。さぁ、質問をどうぞ?」
「なぜ街へ?」
「ある者を殺しに」
「それは私情かしら?」
「違うわ。こう見えても法に仕える身でね。明後日までに、街へ行って、囚人の首に縄をかけてやらなきゃならいの。いわゆる死刑執行人てやつよ。どう、軽蔑する?」
「いいえ。素敵なお仕事ね」
「あはは、よくそう皮肉られるわ。あまりいい噂をされたことがないし、それなりに長く街に滞在すると、冷酷なあだ名をつけられることだってある、だけどね、私はそれを気にしない。いい、あだ名ってのは、私が成した功績を讃えるものなのよ。私以外にそのあだ名で呼ばれるものはいない。なぜでしょーか、それは私が特別なことを成し遂げているからってわけ」
「あなたの考えはよく理解できたわ。でも、そんなことは私にとってどうでもいいの。あなたが何をしてどう呼ばれていようが、気にしない。あなたの話を証明することは?」
「鞄に書類が入ってるわよ?」
「武器は?」
「拳銃二丁。必要ならそちらに渡すけど? ただ、相棒だからさ、できれば丁重に扱って欲しいのよね」
「ガンマン気取りかしら?」
「職業柄というやつよ。いろんな、それもある意味かなり愉快な奴らから恨みを買ってるからね」
「その相棒のエスコートは私がするわ。こちらに渡しなさい」
「それは実にありがたいわね。それで、この相棒を預かるってことは私は馬車に乗ることができると思ってかまわないの?」
「合格はしてないわ。及第点といったところよ。……乗りなさい」
「意外と手厳しいのね。はい、どーぞ」
こちらが言うよりも早く、彼女は銃をホルスターから取り出し、引き金に指がかからないように、銃口を自分の方へと向けて、銃を渡してきた。まったく、察しが良いのか、調子が良いだけか。
「いや、本当に助かったわー。どうもありがとう、小さなお嬢さん」
彼女は馬車へ乗り込み、濡れた外套を脱ぎ捨てるように、右隣へ置くと私に礼を述べる。
「気まぐれよ。それに、私はあなたを完全には……いいえ、まったくと言ってもかまわないくらい信用していない。少しでもおかしなことをすれば、あなたから預かった相棒が火を吹くことになるわ」
拳銃の撃鉄を軽くコックしてわざとらしく音を立てる。
「あら、可愛い顔してそれの扱い方を知ってるのね」
「簡単なことよ。この撃鉄を起こして引き金を引けば弾が飛び出してあなたの頭がざくろのように弾け飛ぶ。簡単でしょ? 子供にだって分かるわ」
「あら、怖い怖い。なるべくお嬢さんの機嫌を損ねない方がいいみたい」
「……理解してくれたようでありがたいわ」
「えぇ、理解したわ。でも、世間話くらいはいいんじゃない? どうしてこんな辺鄙なところに、あんたみたいなお嬢さんがいるのか、気になってるのよ」
「お嬢さんと呼ばないでくれるかしら?」
「じゃあ何て? あいにく私はあんたの名前を知らないのよ。なら容姿から特徴を見繕って呼び名をつけるしかないと思うんだけど。違う? 小さなお嬢さん」
「パチュリー・ノーレッジよ。姓でも名でも、どちらでも呼んでくれてかまわないわ。そして、私に名乗らせたのなら、あなたが名乗らないのは不公平だと思うのだけれど?」
「テーター・フェアバルターよ。仲間内からはバルターと呼ばれてるわ。よろしく、パチュリー」
「……えぇ」
「で、何でここにいるの?」
「答える義理は無いわね」
「つまらないわね。じゃあ、推測でもしてみようかしら」
「余計な詮索は無しと言わなかったかしら?」
「詮索じゃなくて勝手な推測よ。嫌なら聞かないで?」
「嫌でも耳に入ってくるのよ」
「それはお気の毒ね。んー、そうね。あんた訳ありね」
「どうしてかしら?」
「荷物よ」
「荷物?」
「そ、荷物。こういう馬車って大概荷物は屋根に積むわよね。でも、それがない。雨で、中に入れたとも考えられるけど、ここにあるのはあんたのバックと私のバックの二つだけ。どう考えてもあんたには似つかわしくないわ。見たところ良いとこの出みたいだし、旅行にしたってもう少し見なりには気を配るでしょ。そのバックじゃ入るのはせいぜい必要最低限の物だけだろうからね」
「…………」
「いい格好をしてる割に、足に履いてるのはヒールじゃなくてブーツ。それに少し丈の短いドレススカートなのは、いつでも逃げられるようにかしらね」
「そろそろ……」
「というのは冗談よ。どう楽しめたかしら?」
「なかなか面白い性格をしてるみたいね」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「はぁ」
「そう常に気を張ってると疲れるわよ? 臨機応変に使い分けなきゃ自滅しちゃうわ」
「そこまで器用に生きれたら誰も苦労しないのよ。……あなたみたいにね」
「どうかしら。案外、能天気なだけなのかも知れないわよ?」
「どの口が」
次第に馬車に打ち付ける雨音が激しくなってきた。後方の嵐が私たちを呑み込もうと迫っているのだろう。この山中であんなものに喰われたらひとたまりもない。それは分かっているはずなのに、私に焦りは生まれてこない。ガラスの向こうに映る景色がどうにも現実味を帯びていないように思えてならないのだ。
冷静とも違う感覚。自分でも自分が何をどう感じているのか分からない、漠然とした恐怖感。それでもなお、私はただ外を眺めているしかできなかった。
再び馬車が止まった。
「何? どーしたのよ?」
「さぁ。ちょっと御者、何してるの。早く進みなさい」
車内の伝声管に声を伝える。すぐに御者の野太い声が響いた。
「また人だ。ちくしょう、何なんだ今日はよぉ! 遭難者のピクニックかよ」
「ピクニックしてるから遭難するのよ、おバカさん」
「黙れ、うだうだ吐かすとてめぇも下ろすぞ! で、雇い主さんよ、どうするんだ。まっすぐこっちに向かってくるぞ」
「ですって。まぁ、怪しいわよね。私が言うのもなんだけどさ」
まったく。頭が痛くなる私に対してバルターはケラケラと笑い、パイプを優雅にふかしながら足を組んでいる。
「今日は厄日ね。ろくなことがないわ」
「それについては私も同感だし、あんたに同情してあげるわ」
そんな会話をしているうちに第二の不審者が馬車のとを叩いた。
私は拳銃を突き出して、馬車から離れるように伝えた。外套の上に布地のマントのようなものを羽織っているが、どう見てもびしょ濡れなことが分かる。
「いきなりそんな物騒なものを突きつけることないんじゃないかな?」
「……それはあなたが怪しいからよ。これは当然の処置だわ」
「怪しいって? 私が? 私はショシャナ・アメレール、警官だよ!」
「ならどうしてこんなところにいるの? 見たところ事件が起こりそうな気配もないけど」
「この雨のせいさ。馬がぬかるみにはまって足を折ったんだ。それで楽にしてやろうと撃ち殺した」
「あら、奇遇ね。自称警官さん」
私たちの会話にバルターが割って入った。どうも彼女が口を開くと事がややこしくなる。絶対に。
「君も、私と一緒なのか?」
「そ、こっちの小さいお嬢さん……じゃなかったパチュリーに拾われたしがない旅人よ」
「なら、ちょうど良かった。君からも彼女を説得してくれないか? こんなところに置き去りにされたらそれこそ死んだも同然だ」
「私が、あんたを?」
「ああ。頼むよ」
「それをしたとしてあんたは馬車に乗れるかも知れないけど、私のメリットはなに?」
「私はこの先にある町の警官だよ。町に着けばそれ相応のお礼をさせてもらう」
「……論外ね。それにはあんたが警官だってことを証明しなきゃならない。それに、私まで機嫌を損ねて馬車を降ろされかねないしね。ねぇ?」
「えぇ。あなたのことは信用してないから」
「悪いわね。ご覧の通りよ、自力で頑張りなさい」
「こういう言い方はなるべくしたくなかったが、私を見捨てれば後悔することになる。君らは、警官である私を見捨てるんだ。どういうことになるか分かるかい? 町の警官たちが君らを追い、ブタ箱にぶち込むんだ」
「その証拠は?」
「証拠だって? 私はここを動かない。嵐が晴れたら仲間が私を見つけるはずだ。君らは、絶対に疑われる。問い詰められ続けるぞ。仲間は不審な点が僅かでもあれば諦めない。そういう連中だからだ。それにだ、もし私が生きてこの嵐を乗り切れたら、確実に逮捕して、処刑台に送ってやる。殺人未遂犯として!」
雨で体温を奪われ、凍えて震えながらショシャナと名乗った彼女は私たちを睨みつけている。
バルターが小声で、耳打ちをしてきた。
「乗せてやった方がいいんじゃないの? あんたの為にもね。あいつが言ってることが本当だって証拠はないけど、嘘だっていう証拠もないわけだからね」
離れ際に、バルターは上目遣いに私に笑いかけた。ニヤリと。
「銃は私が預かるわ」
「丸腰で情けない姿を町の人たちに晒せっていうのかい? それはごめんだ」
「なら、ここで野垂れ死なさい。別に私はかまわない。あなたには選択する権利をあげるわ」
「……分かったよ」
「結構。銃は町に着く前には返してあげるから心配ないわ。さぁ、早く乗りなさい。もう、嵐に追いつかれてる」
「できれば脅す前にその言葉を聞きたかったよ。君らと険悪にはなりなくなかったから」
「あー、気にしなくていいわよ。はじめっから険悪だったから」
「えぇ、主にバルター、あなたのせいでね」
「はいはい。御者、とっとと馬車を出しなさいよ」
「うるせえ。てめぇには指図されねえ」
「つれないわねぇ。あと、警官さん、そのマントか何か知らないけど、捨ててきなさいよ。私まで濡れるわ」
「……はぁ、ほら捨てたよ。これで満足かな?」
「どうもありがとう」
なぜこんなことになってしまったのか。私が招いたわけではない、不本意な結果に、私は再びため息をもらす。
喧々諤々のピクニックに嫌気を感じつつ、本を開く。
何気なく手にとってしまった三流の小説である。特に面白いわけでもなく、盛り上がるわけでもなく、かと言ってそこまでつまらないわけでもなく。
ミステリーなのか、サスペンスなのか、それすら曖昧に感じてしまう内容となっている。
「ねぇ、それ面白いの?」
「中途半端にはね」
「微妙な評価ね。ところで推理ものの一番の欠点を知ってる?」
「さあ。一応、聞いてあげるわ」
「主人公が疑われない小説がほとんどなのよね。有名私立探偵だが、知らないけど絶対的に一容疑者なのは変わらないはずなのにね」
「確かにね」
「でもそれでいてあまり違和感を覚えないのはなぜか。それは、主人公だからよ。常にそれを中心に物語が展開し、都合良く事実が作られているから。周りの登場人物は主人公を引き立たせる為のスパイスに過ぎないのよ」
「それなら、私もこういう話を知ってる。昔、ジョンという、まぁよくいる悪ガキがいたんだ。平凡そうな顔をして、頭もお世辞にもいいとは言えなかった。だが、そいつが周りと違ったところは、常に物事の中心に立っていたことだ。ある日、ジョンは友人の家で物を壊した。ジョンはそのことを黙っていた。誰かが気づくまで。そして、疑われたのはその友人だった。事情を聞かれたジョンがそれとなく友人の名を出したからだ。それを大人たちは信じた。いや、信じたというよりも、当然のように受け入れたんだ。なぜならジョンがその場の主人公的な立ち位置にいたからさ」
「なんであんたがそれを知ってるのよ?」
「壊すところを見ていたからさ。動揺した私をジョンはウインクひとつで押し込めた。私はそれで悟ったね。これは彼の才能なんだと」
「見返りには何を?」
「美味しいケーキと紅茶にありつけた」
「はっ、結局はそれってわけね」
「あぁ、それじゃ私は寝るよ。着いたら起こしてくれ」
そう言って彼女は帽子を深くかぶり直すと、寝息をたてはじめたのだった。
和気あいあいと盛り上がっているのに、何処か気まずい。まるでお互いに腹の探り合いをしているようだ。この喉に小骨が刺さっているような違和感がとても気持ちが悪かった。
馬車はひたすらに走り続けていた。
この先に惨劇が待っていることなど露知らず。