ある日、気が付いた時から不快だった。
身体どころか、首も動かず、視界さえ塞がれ、模糊とした暗闇が広がっている。生温い何かに包まれている事だけが、自らの生存を証明しているが、ナニに包まれているのか分からず、それがまた、余計に不快感を煽る。
なんだこれは、おい、どうなっている。
20年以上慣れ親しんだはずの体が意に沿わないという事態は、想像を絶するストレスとなって精神を圧迫する。
なんだ。なんなんだこれは、おい、誰か来いよ。助けろよ。助けてくれよ。動けないんだ。
思考は恐怖と狂気に染まり、己の内面へと深く食い込み、抉り、掻き回し、加速していく。そして、時間の感覚すら失い始め、極限にまで加速した思考の中で、奇妙な存在を知覚に捉える。
『生きたい。死にたくない。唯、只管に生きていきたい。だから、殺さないで』
明らかに、己のモノでは無い思考が脳裏に響く。
生きたい? 殺さないで? ふざけるなよ、これは俺の身体だ。俺の思考だ。俺の、俺だけの心身だ。生きたいのなら、勝手に生きろよ。俺を巻き込むな、俺に混ざるな、俺に関わるな。
動かぬ身で言うのも可笑しいかもしれないが、満身の意を以て拒絶する。ただでさえ、異常事態である今、異物を受け入れるのは不可能だ。否、健常であっても全力で拒絶するだろうという確信がある。
『本当!? 有難う』
一瞬、全ての思考が停止する。一言で表すならば、理解不能だ。拒絶して、礼を言われるなど気味が悪い、気持ちが悪い、怖気が走る。
『じゃあ、出て行くね』
簡潔な一言。相手の思考に吐き気を堪え、脳裏に響く思考への激情を抑え、出て行くのならば何も言うまいと静観していると、経験したことも無いような頭痛と喪失感を感じる。
抗い様の無い激痛と悲嘆が脳髄を埋め尽くし、自己の傍らに先程まで存在していなかったナニかを認識する。
奪われた!! 何者でもない、己の、この俺の血と肉が!!
理性や本能といったものではなく、もっと根源的な部分が喪失の原因を訴える。即ち、目の前の――目視は出来ないが――存在であると。痛みも悲しみも、全てが消え去り、唯一、憎悪ともいえる激情が総身を駆け巡る。
返せよ、俺の身体を。
しかし、体外へと排出されたナニかとの繋がりは余りに微弱で、全く伝わっている様子がない。それどころか、己から離されたソレは満足な思考すら失っている様にさえ感じられる。
ふざけるなよ。勝手に奪っておきながら、出来損ないの肉塊だと? おい、冗談も大概にしろよ。なぁ? おい。
もはや、形容すら出来ない感情は何と呼べばよいのか、分からぬまま身を震わせる。先程まで不可能であったことを、今、為せていることに疑問に思うこともなく、また、無意識の内に拡大していく己の知覚に頓着することもない。喪失により発生した、情動と自己愛を爆発させて咆哮する。
返せ。返せ、返せ返せ返せ!!
「……ぇせええええええええええええええええええええええ!! 」
怒号を上げた瞬間、周囲の世界は一面の暗闇から反転し、久しく感じていなかった光明により脳髄が白熱する。
「おめでとうございます。元気な双子ですよ」
身の内に燃え上がる激情には、およそ似つかわしくない嬉しそうな声が響く。先程までとは違う、実に馴染み深い大気の振動を介しての発声だ。周囲を覆っていたナニかも取り払われ、適度に調整された外気と、タオル状の布に包まれ久しく感じていなかった心地良さに冷静さを取り戻す。しかし、冷静さは自己を顧みることもなく失われることになる。
違う。違うぞ、これは……俺じゃない。俺の感覚じゃあない。これは、あの肉塊のモノだ。
痛みがそうである様に、感覚は認識に追いつくように駆け抜ける。
圧倒的、正しくそう呼ぶに相応しい孤独感、喪失感、絶望感。寒々しいまでに、広がった知覚には何も感じない。無垢であるなら兎も角、20年余りに渡る人生経験の蓄積が、この圧倒的なまでの孤独感を許容できるはずもなく、自我は二度目の爆発を迎える。
「ぁ嗚呼々」
自己の根底からの叫喚は産声として世界に刻まれ、極大の神性は生まれ落ちた。
相も変わらず、キャラの思考が唐突過ぎて、展開が強引な気がする。