【ネタ】畜生に堕つ   作:白虎野の息子

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まだ、原作は影も形も見えません。


朝の風景

 突如、リセットされた人生。

 2回目の十六歳。

 2回目の高校受験。

 2回目の学生生活。

 

 そして、聞き慣れぬ地名に、見慣れぬ両親、知らない妹。知っている、自身ではない自分。周囲を埋め尽くす、既知である体験に未知である環境が交錯し、十余年。吐き気を催す世界に、嫌気がさしていた。洗面台の鏡に映る、自身の顔を両手で覆い考える。

 

 浅黒い褐色の肌、くすんだ金髪、吊り上った眼に混り気の無い黒を湛える瞳。額に穿たれた黒子は、アレの代わりなのだろうかと考え、首を振って打ち消す。

 

俺は、アイツじゃない。

 

 自らの容姿に気が付いた頃から、只管に唱え続けている暗示。外道、屑、塵芥と呼ばれた天狗と酷似した容姿を自覚した時から毎日の習慣となっている。

 

そう、俺は、アレじゃない。俺は俺で俺だから。

 

 名前も、容姿も、環境さえ違う現状に於いて、自身の渇望は皮肉にも否定する存在との共通項ともなっていた。自己否定と肯定を繰り返し、その求道から抜け出せない。痩せた体をどうにかしようと鍛えてみれば、どこかの畸形の2Pカラーの様になり、益々、元来の自分から離れていく。

 

「……、兄貴!!」

 

 と、唐突に耳元で声が響く。鬱陶しい。

 

「なんだ。」

 

 己の不機嫌を隠す事もせずに、『妹』に応える。アレと己との相違点にして、俺から血と肉を奪った不倶戴天であり、今世に於いて『俺』という存在を繋ぎ止める現状唯一の楔でもある最愛の存在だ。

 

「なんだ。じゃねぇよ、母さんが呼んでるだろ。返事ぐらいしろよ」

 

 此方もまた、不機嫌そうに要件を告げる。振り返ると、確かに困ったような笑顔を浮かべているらしい女性が目に入る。朝御飯をどうするか、尋ねてきているようだ。

 

「あぁ、ごめん。食べるよ」

 

 努めて冷静に、思い付く限りの普通を演じて返答する。女性は安心したように、台所へと戻っていく。生物学上母親であるらしいあの女性を、胎内に居た時分を除き、俺は認識した事がない(父親もだが)。全ては、目の前で踏ん反り返っている憎たらしい肉塊の認識を通しての物だ。比喩でも何でもなく、この世界は俺には小さすぎる。そんな、寒々しい思考が罷り通るほど全てが認識できないのだ。

 

この『妹』を除き。

 

仮にも血を分けているコレは、かろうじて認識できる。細菌と蟻程の差ではあるが、他に認識出来る物の存在しない俺には何が何でも手放せない存在であることは間違いない。

そして何よりも、俺は、妹を通してでしか外界を認識できない。常にくっついている訳ではなく、この世に生きていれば問題ない。しかし、それも何時まで保てるかは分からない。少なくとも、血より濃いつながりを持てば確実に切れるだろうと云う事は何となく理解している。その時、此奴か己のどちらかが死ぬであろうことも。

 

「おい、何をぼやっとしてやがんだ。さっさと、朝飯喰うぞ」

 

「五月蠅い。口が悪いぞ、お前は」

 

 またしても思考を邪魔されたが、今回は自分が悪いので、その態度を窘めるに留め歩き出す。恐らく、この体には食事すら必要ではないのだろうが、朝昼晩の食事を欠かした事は無い。こういう時に、味すら感じられぬ自分を情けなく感じ、両親であるらしい二人には申し訳ないとも思う。

 

「御馳走様です」

 

「な、はやっ!」

 

 どうやら、妹は未だ食べ終えていないようだ。が、構わず立ち上がり玄関に向かう。寧ろ、アレを伴っての登校だと、周囲のざわめきが直接伝わってくるので余り好ましい物ではない。

 

「おい! ちょっとは待とうって気にはならねぇのかよ」

 

「ならない。」

 

 追い縋ってきた妹に、振り返りもせず答える。

 

「……くぉの野郎」

 

 背後で怒気を纏い、震える妹を一目見やり――

 

「ふっ」

 

鼻で笑う。それが、琴線に触れたらしく殴りかかってくるが俺自身は微動だにしない。蟻が一匹立ち向かって来ようが、人は揺らがないのと同じだ。

 

「痛っぇ」

 

拳をかばい、此方を睨み付けているが気にする程の事でもない。逆に、微笑ましいくらいだ。

 

「ほら、何時までそうやっているつもりだ。さっさと行くぞ」

 

「てめぇ、どの口がって、待てよ。置いて行くんじゃねぇ」

 

 やはり、気にせずに置いて行くべきであったと思う。一人であれば、耳にすら入らない雑音が精神を逆撫でする。

 

「おい、見ろよ坂上兄妹だぜ」

「あぁ、あれが」

「つか、兄貴の方は何度見ても怖ぇよな」

「あれ? でも成績は主席じゃなかったけ?」

「成績はな、というか1位以外見たことない」

「マジかよ、人間じゃねぇ」

 

鬱陶しい。有象無象の分際で、人の事をあれこれと語るな。ちらと、妹の方を見てみれば瞬く間に屑に集られていたので、興味は一瞬にして消え失せた。思えば、妹も容姿は目立つ方だ、この体になってからそういった方面の興味は消失したが、美醜の判断くらいは持っている。無論、認識できるのがアレだけなので大した意味を持たないことは確かだ。しかし、血の様に鮮烈な紅い髪に、死人のように色の抜けた肌、発散される覇気とそれに相応しい肉感的な肢体はやはり、魅力的に映るのだろう。一向に、理解はできないが。

 

「『おい、俺は先に行くぞ』」

 

 登校すら儘ならない現状に、苛立ちは隠せず、怒気を露わにしながら言い放つ。それに、周囲は顔を青褪めさせ、妹は焦りを交えて弁解を始めるが、聞く耳など持つ筈もなく足を速める。妹も走って追い縋り、後には凍り付いた学生達だけが残されていた。

 

「やっぱ、怖ぇ。死ぬかと思った。」

「それは、大袈裟……でもないな。」

「でも、可哀そうだったなぁ覇吐さん。」

「あぁ、それは俺も思った。でも、可愛かったなぁ。」

「うげ、お前そういう趣味かよ。」

「ちげぇよ、普段気の強い女が弱ってるのって興奮するじゃん。」

「分かるけど、分からねぇ。俺とお前は求めるものが違うようだ。」

 

 とは言いつつも、恐慌の原因は既に無く、若さが先立つ彼らは常の状態を取り戻し、自分達の学び舎へと歩き出す。

 




学園の名前すら出てこないという体たらくです。すいません

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