と、言う程の物でもないですが()
原作の 影は見えども 進まない(五七五調で)
駒王学園
家からはそれ程遠い距離ではない上に、ある程度の偏差値が有れば入学出来るとの事だったので大して考えもせずに選んだが、入学して直ぐに己の失態を悟った。
臭い。あぁ、糞、臭くて堪らない。
自分の知らない『何か』の臭気が染み着いている。人でなく、畜生の類でもない。不可思議の存在は言い様の無い嫌悪感を植え付けた。故に、学校に居る間は呼吸を止め、机に張り付いているのが常だ。妹が傍に居ればある程度緩和されるのだが、通常、双子が同じクラスになることはなく、書面の上では問題の無い俺達に例外が適用される訳も無かった。
「坂上、また寝てるよ」
「良いよなぁ、出来る奴は」
「やっぱり、天才は違うのかね」
呼吸を止め、アレとの繋がりすら希薄になる様な自己の内面に潜り込む。外界から隔絶したこの場所では、肉体の楔から解き放たれた様な気分になる。変わる前の自分に近付く様な、元に戻れるような気がしてより深く、深く沈み込んでいく。
より深みへと、泥に浸かる様に沈み込んでいくなかで、ふと今までに無い違和を感じる。以前の自分に重なる様でいて、微妙なブレが生じている。ブレは、徐々に大きくなり一つの虚像を浮かび上がらせる。
泥の様に、粘ついた暗闇の奥から此方を窺う三眼。酷く、親近感を湧かせながらも焦燥が脳裏に炙り出される。
『なんだ、お前は』
互いの声が重なる。問い掛けは、始めから意味がない物だというのは分かっている。己は既に答えを持っており、相手は興味を持っていないのだから。ただ、一言を交わしたのみで消えたソレはしかし、強烈に自我に揺さ振りを掛けてくる。
【第六天波旬】
内心が作り上げた虚像であれ、何らかの要因で垣間見た本物であれ、今まで必死になって否定した自己が揺り返しを起こすように押し寄せてくる。唯我の汚濁に呑まれゆく中で、悟る。
「うん」
己は、死んだのだ。
己は、生まれたのだ。
「阿」
季節は春。とある青年が、その身に宿す異形故に災禍を招くその日に、蒙昧だった神格は一個の宇宙として始まりを告げる。
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「あ、あの……兵藤一誠さんですよね?」
――いやにはっきりと、その声は耳に届いた。放課後、部活動や帰宅中の生徒が大勢いるこの中で、だ。
「どうしたの? 覇吐さん」
「いや、あれ」
「げ、兵藤」
「知り合い?」
「いや、寧ろ知りたくなかった存在」
どうやら、思考に夢中になって動きが止まっていたようだ。心配したように、声を掛けてくる友人に応える。その友人はと言えば、苦虫を噛み潰した様な顔をしている。
「あいつ、遂に他校の女子にまで……」
「何? 有名なの、あの人?」
「寧ろ、知らない事に吃驚だよ」
色情魔だの、変態トリオの一角だのと悪罵の限りを尽くす彼女に苦笑しながら、もう一度見やる。緊張と驚愕を張り付けた表情は、年相応の青年そのもので――
「悪い奴には見えないけどなぁ」
「あぁ! そんなこと言って、近寄っちゃ駄目だよ! 絶対だからね?」
それは、振りなのだろうか?
「振りじゃないよ」
「う、分かったよ」
念を押しに押されて渋々了承すると、級友は満足気に頷く。
「でも、言ってるような雰囲気には見えないんだけど」
「なに? 告白とか? 有り得ないって……って?」
笑いながら、未だ初心な遣り取りをしているらしい彼らに向き直り、途端に固まった彼女に思わず噴き出す。
「ヤバいって、あの子絶対騙されてるよ!!」
「いやいや、だからそういう雰囲気じゃ……」
再起動した友人を宥めながら、女の子の方を見る。が、どこをどう見ても普通の女子高生にしか見えないはずなのに、違和感を拭えない。
アレは何だ?
少なくとも、人ではないような気がする。兄であればどう思うだろうか、と考えて、思考を放棄する。兄はそういう事に頓着するような人間ではない。出てくるのは、臭いの一言ぐらいだろう。その有様がありありと想像でき、苦笑する。
「帰ろう」
「え? いきなり黙ったと思ったら、どうしたの」
「いや、なんでもないよ」
ただ、人の恋路を邪魔するのは無粋だしね、とだけ告げ歩き出す。考えても判らない事は考えるべきではない。無害であるのであれば、放置しても構わないだろうと結論付ける。
「かっこいい、流石、駒王の誇る三大お姉様。よっ、姐御」
「それはやめて、本気で恥ずかしい」
調子の良い友人の告げる、自らの異名(?)に辟易としながら笑う。
「えー、何でよー。良いじゃん、あの二人に並んで称されるんだよ?」
「だって、ねぇ? 私は二年だし、姐御って柄でもないよ。寧ろ妹だし」
「いや、妹って柄でもないじゃん」
「失礼な」
カラカラと笑い合い、件のお姉様とやらを思い浮かべる。リアス・グレモリーに、姫島朱乃。群を抜いた存在感(兄には及ばないが……)と容姿、非の打ち所が無い人格。駒王の人気者と呼ぶには、余りに圧倒的な二人だ。そこまで、思い至った時に、先程の違和感の一端を確信する。
「そういえば、さっきの女の子、雰囲気が姫島先輩に似てたよね?」
「えぇ? どこが、可愛かったけど、それは無いよ」
友人の否定的な文言を聞きながら、思考する。即ち、あの二人、少なくとも姫島朱乃は人外の類なのだろう。
今まで感じなかったことを感じ、思い至るはずの無い答えに行き着く事に彼女は疑問を覚えることはない。根本たる原因は目覚めて尚、曖昧であるために。しかし、物語は動き出した。異物と言うには、巨大に過ぎるものを抱え込んで。