しかし、進まない。
注)妹さんが、兵藤一誠のヒロインになることはないです。
「ありがとう、今日は楽しかったです」
そう言って、微笑む彼女に自分も顔が綻ぶ。悪友からの妨害や嫉妬も有ったが、それ以上に後押しも有ったと思う。モテない野郎三人が険しい顔をして、デートについて語るというのも随分と滑稽な光景であった。が、こういう形として実を結ぶのであれば、決して悪い物じゃない。
「こちらこそ、楽しかったよ。次はいつ――」
「あ、あの……」
「ん?」
「お願いが、あるんですけど」
よろしいでしょうか、なんて上目遣いで聞いてくる彼女に対する返答など、一択しかない。胸の高鳴りは生涯最高潮で、味わった事の無い多幸感に包まれる。
「何かな? 俺に出来る事だったら、なんでもするよ」
「本当ですか?」
「あぁ、勿論」
男ってのは、バカな生き物だ。何でも、なんて言うと後悔する事になると解っていても、刹那の幸福の為に応えずにはいられない。
「じゃあ――」
死んで下さい。
「え?」
え?
突然、首を後ろに引かれる。ウシガエルよりも悲惨な声を漏らしながら、倒れ込み、呆然と彼女――天野夕麻――を見上げる。自分が先程まで立っていた場所には、発光する槍の様なモノが突き立っており、幻想的な見た目に反し明確な殺意を伝えている。
「ねぇ、初デートにしちゃぁ、ちょいと剣呑に過ぎない?」
未だ理解の追いつかないまま、耳朶に響いたのは茶化す様な、それでいて凛とした一本筋の通った声。
「あんた、兵藤? だっけ、なにしたの?」
「え、いや……なにも?」
何で疑問形なんだと笑いながら、声の主は腰を抜かした自分の脇を歩いて目前に現れた。
紅い。
第一印象として、ソレはどうなんだと自分でも思うが、黄昏を背に受けて髪を靡かせる彼女に対して抱いたのは、確かにその一語に尽きた。
「ほら、立てるかい?」
手を差し伸べてきた段階で彼女が誰であるかを悟り、驚愕も露わに名前を呼ぶ。
「坂上、覇吐」
「あら、知ってんの? 私の事」
「まぁ、有名だし」
「あぁ、あの三大なんたら」
「寧ろ、そっちが何で俺の名前を?」
「まぁ、有名みたいだし」
あぁ、アイツらの所為だ等と、緊張も忘れて憤る。忘れていたのか、いたかったのかは分からない。しかし、そういった思考は直ぐに現実へと引き戻される。
「ねぇ」
問い掛けですらない、苛立ちを多分に含んだ声音は、成程、此方が本性かと納得させるには充分だった。納得と理解は、総じて別物であるが。
「あんたら、何時までグダグダ、グダグダやってるつもり? 人間、最期の瞬間は大事だっていうから、待っててあげたのに、自己紹介なんて始めちゃってさぁ」
今まで、待たされていた分を取り戻すかのように、怒涛の如く罵倒と愚痴を吐き出す彼女は、その背に生やした翼と同じく、醜悪なモノだった。
……翼?
「て、天使?」
にしては、その羽は黒く染まっており、彼女自身の心根も綺麗とは言い難い。
「あぁ!? あんな小便臭い連中と一緒にしないでくれる? 堕天使よ、だ・て・ん・し」
「堕天使って、誇れるようなステータスでもないだろ」
相貌を盛大に歪め、吐き捨てる様に否定し、誇る様に宣言する天野夕麻に対して、嘲笑するように返答したのは、坂上覇吐。唯一の男子たる自分は、現状に未だ追いつけていない。
「人間風情が、中級堕天使たるこのレイナーレ様に言うじゃない」
「しかも中級って、堕天しても中途半端だな」
精一杯に表情を取り繕い、高飛車に余裕を気取る彼女――本名?、レイナーレ――ではあるが、無理してる感が半端じゃない。対して、坂上さんの方は余裕綽々といった風情で、挑発を繰り返している。
「良いわ、そんなに早死にしたいのなら、今すぐ死になさい」
吊り上った目をさらに吊り上げ、額に青筋を走らせたレイナーレは、羽を広げ、手には再び光槍を出現させる。煌めく白光は正しく、殺意の具現といった風情で唸る。
「嫌だね」
迫る光槍に、若干の驚きを見せながらも、坂上さんは後退し踵を返して此方に走り出す。
目まぐるしく変わる状況に、混乱を隠せないまでも追い付けたかと思えた矢先に、また変わる。
「……え? えっ? 戦わないの?」
「バカ、死ぬだろ」
口を衝いて出た疑問に、最低限の回答だけ寄越すと、また首根っこを掴まれる。どうやら、一緒に逃げようとはしてくれているみたいだが、此方にも殺されそうだ。
「あら、逃がすと思って?」
先程までが嘘のように、余裕と艶を滲ませた声が背後――坂上さんの進行方向――から聞こえる。
「ですよねー」
「どうやって、人払いを抜けてきたのか気にはなるけど、此処で死になさい」
「見逃してくれない?」
「無理ね」
「ですよねぇ、はぁ」
数度の遣り取りが交わされた後、空気が変わる。ひりつく様な緊張感と、冷たい高揚感が張り詰めた場は、戦場の様相を呈し、窒息と混乱で白濁としていた意識が急速に冴えてくる。
「ちょぉおおっと、待ったああ!!」
声を上げる、これでもかという程に気迫を乗せて咆哮する。思い出したように固まる二人を見て、少し悲しくなるが、関係ない。
「坂上さん、これは、多分、きっと、いや、絶対に俺の問題だから――」
「だから、逃げろって言うつもり?」
台詞を先回りされて固まる俺に、笑う坂上さん。だが、すぐに笑いを引っ込め真剣な表情になる。
「ふざけんな」
「な、ふざけてなんてない」
「じゃあ、逃げろなんて言うな。奴さんが逃がしてくれるなんて思えないし」
――私は、まだ『生きていたい』から。
鮮烈で、強烈にかつ、情熱的にそう宣言した坂上さんは、既に背中を見せている。
「そう、か」
心底、生を渇望する彼女に触発されたのか、笑みが漏れる。場にそぐわぬ、温和な笑みだ。凪いだ心、というのはこういうモノだろうかと考え、意を決する。
「生きて、帰らないとな」
拳を握りしめ、滞空するレイナーレに視線をぶつける。艶やかな笑顔を浮かべる彼女に、思うところが無い訳ではない。
「だけど、帰らせてもらうよ天野さん」
「あら、怖いですよ一誠さん」
天野夕麻であった時と同じ口調、声音に反して、浮かべているのは嘲笑だ。
「もう、何も言わないのか?」
「うん、ごめん。でも、俺も戦うよ」
「へぇ」
問い掛けてきた坂上さんに、謝罪と決意を伝える。彼女は、感心したような声を上げるが、それ以上は何も言わない。
「それにさ」
「ん?」
「女が戦ってるのを、陰から見てるだけの野郎なんて死んでいいだろ?」
男っていうのは、本当に馬鹿だ。妙な見栄で、どっちが強いとか弱いとか気にせずに体を張ろうとする。呆然とする彼女の顔を見ながら、笑う。
兵藤さん、まじ主人公。
レイナーレのキャラクターが安定しない。
妹はヒロインではありません。
の第5話でした。