【ネタ】畜生に堕つ   作:白虎野の息子

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遅くなり、申し訳ありません。

今回の内容は、戦闘(笑)になっております。
キャラクター崩壊にも注意です。


渇望と

「あら、もう逃げないのかしら?」

 

 分かり切った事を聞く。舌打ちをしそうになるが、表面上だけでも余裕を保とうと堪え、頬を吊り上げる。

 

なんで、こうなった。

 

 現在の、正直な気持ちである。母から、夕飯の買い出しを頼まれただけであった筈だ。それが、何故、堕天使なる存在と相対する事になったのか疑問は尽きない。しかしながら、今考えるべき事柄はソレではない。

 

「分かり切った事を聞くね、相手の機微を察するのも、良い女の条件だよ天野さん?」

「安い挑発ね」

 

 返した言葉は、すげなく流される。安いというのは同意するが、先程までの調子だと乗って来るものだと思っていたので少々、痛い。余裕、慢心のどちらであっても、絶対的に優勢な立場であると自覚されるのは不利な方向にしか働かない。

 

「随分と余裕じゃない、そんなんだと足下掬われるよ?」

「虫けらに足を掛けられて転ぶ象はいないわ」

「成程、ね」

 

 正しく、である。足元を掬われようが、隙を突かれようが、自らに影響が無ければ幾らでも無視し得るものだ。振り翳される、強者の特権を前に思考は加速度的に回転しだす。

 

「坂上さん、どうする?」

「ちょっと待って、今考えてんの」

「ごめん」

 

 ちら、と兵藤の方を見る。先程は、勢いで生きたい等と言っていたが、考えれば考える程に詰んでいる。殴ってどうこう出来るような相手には見えない上に、相手は飛んでいる。

 

巻き込まれたのか、巻き込んだのか。

 

 原因自体は兵藤に有りそうだが、状況は自分が作り出したものだ。此方が手詰まりである事など、既に把握しているのだろう堕天使は一向に動く気配がない。

 

逃げるか?

 

「逃げられるなんて、未だに思っているの?」

 

 一瞬、逃走へと思考が傾いた、正にその瞬間に、堕天使は、嘲笑とも批難とも取れる語調で此方を牽制し、右手を頭上に掲げ指を鳴らす。それと同時に、周囲――彼我の相対する広場全域――に、ガラス状のドームが展開される。

 

「な、んだこれ」

 

 呆然とした、兵藤の声が耳に入る。そう言う自分もまた、例外ではない。声にするか、しないかの違いのみで、驚いているのは変わらない。

 

「まずいな」

「今頃気が付いたの? 愚鈍ね」

 

 このドームが、何の為に在るかなど、聞く必要も無い。同時に、自分達の生存が絶望的なまでに不可能に近付いていることも悟らざるを得ない。

 

「まぁ、街中にこんなモノを張ったのだし、糞忌々しい連中が来る前に片付けてあげるわ」

 

 忌々しい連中? この街に、彼女の敵足り得る集団が存在するのだろうか?

 

「おい、兵藤」

「なに?」

 

 視線も向けずに、右手側に立つ兵藤に声を潜めて呼び掛ける。

 

「相手は、手早く私たちを片付けたがっている」

「うん」

「この街には、アイツの敵がいる」

「うん」

「どうすれば良いかは、分かるよな?」

「うん? って、ゴメン、冗談です。ハイ」

 

 下らない冗談を言うので、拳を振り上げると慌てて訂正してくる。正直、ドコにこんな余裕が有るのかは分からないが、それこそ個人の資質という奴なんだろうと納得しておく。

 

「まぁ、とにかくだ、敵の敵が来るまで、生き残ればそれでいいわけだ」

「それは分かってるけど、来なかったら?」

「死ぬ」

「えぇー」

 

 例え、来たとしてもソレが味方である保証はないが、敢えて言う必要も無いだろうと、不満を露わにする兵藤に笑顔だけを返して口を閉ざす。

 

「何やら、面白い話をしている様だけど、それが最後の会話よ。遺言は残させる心算無いから」

 

 口調はそのままだが、完全に感情の抜けた殺意の表明は、如何に堕天しようとも、その本質が天使に近い事を確信させた。もっとも、此処で言う天使とは、実在の物ではなく想像の産物であるのだが。

 

「避けろよ、兵藤」

「そっちこそ」

 

 眼前に膨れ上がる白光を眺め、光槍で構成された弾幕が弾ける刹那、軽口を交わしてお互いに逆の方向へと跳ぶ。

 

 着弾と同時に、コンクリートが捲れ、土煙が上がる。動物的とも言える勘を以て、到来する光槍を躱し続ける。視界を塞がれて尚、躱し続ける事が出来るのは、彼の堕天使が光槍を吐き出す機械に成っているからに他ならない。最早、意志すらも無く破壊を撒き散らすその姿を思い、敵であるにも拘らず感傷的な気分になる。

 

「それでも、死ねないんだよおぉ!!」

 

 意味も無く、吠える。当然、飛来する光は量を増す。しかし、根拠は無いが、半ば以上に勝利を確信している。この死の舞踏の果てに、立っているのは自分だと。生きる為に、踊るモノが死の舞踏というのも可笑しな話ではあるが。

 

「兵藤、生きてるか!?」

「なんとか!! うおっ!」

 

始まってから、数分。体力的にも厳しくなってきた辺りで、生存確認を行い、顔が綻ぶ。死に瀕した今、然し、私は確実に生きている。

 

「気張れ、多分、もう直ぐ終わる」

「っと、根拠は?」

「無い、勘だ」

 

 堂々と宣言すれば、呆れたような雰囲気が漂ってくる。逆の立場であれば、同じ様に感じていると思うので怒りは無いが苦笑は禁じ得ない。しかし、人並み外れていると自覚の有る生存本能が確信を持って告げているので自信が有るのも事実だ。

 

 周囲から、ナニかが砕けるような音がする。少なくとも、路面に使用されている建材ではない。音に数瞬遅れて、柔らかい風が吹き込み、土煙が晴らされていく。

 

「随分と、派手にやっているじゃない? 私達も混ぜてくれるかしら?」

 

 現れたのは紅。自分とは、色合いの違う炎の様な髪を靡かせ問い掛ける。吹き込んで来た風は、彼女を中心に巻き上がり、場の支配者が誰であるのかを示す。

 

「リアス……グレモリー」

 

 呻くような、声だった。理性、或いは感情を取り戻したのか、堕天使は苦々しげな表情を浮かべている。

 

場が膠着し、緊迫した空気の中、最初に動き出したのは意外にも兵藤一誠その人であった。何を思ったのか、此方に向かって歩き出し、安否を尋ねてくる。多少、汚れてはいるが怪我は無い事を告げ、叱る。

 

「そう怯えないで、殺しはしないわ」

 

 聞きたい事が有るもの、と笑う彼女は怖気がする程に美しく、忌々しいモノである様に感じた。

 

「ちぃ、儘よ」

 

 自棄にも聞こえる、そんな声を上げながらレイナーレが光槍を展開する。一つ一つの威力、というよりも光量は先程の物に劣るが、弾幕の密度は段違いだ。

 

「あ」

「坂上!!」

 

 熱い。臓腑を焼く感触を感じ、見下ろす。光槍は既に消え、ナニかが自分から零れ落ちる。五体から力が抜け、瞬く間に熱が奪われていくのを感じる。腹部に集中する不自然な熱に、吐き気にも似た感触を感じながら意識が落ちていく。

 

 

暗い。暗い。暗い。

 

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 

『生きたい』

 

 五感も無い。粘ついた暗闇の底で、私は震えていた。

 

寒い、苦しい、寂しい。

 

 何も見えない、何も聴こえない、何も感じない。只、只管に孤独な此の場所で、泣き、叫び、叫喚していた。呼び覚まされるのは原初の記憶、何時何処で等憶えていないが、確かに此処に居たような気がする。しかし、此処には居ない。兄が、あの圧倒的な存在が欠けている。

 

『何だ、お前は』

 

 声が聞こえる。声が、兄の声だ。それと共に、燐光が視界を舞い、茫漠とした何かの流れが自らと繋がっている事を悟る。

 

『あぁ、鬱陶しいな、消えろよ。此処は俺の場所だ、俺だけの場所だ』

 

 常と変わらぬ、拒絶の言。だが、それこそが私を安心させた。嘗て、勝手に生きろと放逐し、今なお拒絶しながらも必要なモノであると受け入れてくれている。あの、兄だ。ここで、心配でもされようものなら、幻聴の類であると断じ、絶望の淵に堕ちたことは必至である。

 

『俺以外全部、要らないんだよぉ』 

 

暗闇は、極光に照らされ、意識は急速に浮上する。

 

「この【悪魔の駒】が有れば、悪魔として甦らせる事も可能よ」

「本当に?」

「ええ、勿論」

 

 誰かの声が聞こえる。兵藤一誠と、リアス・グレモリーのモノだと類推する。

 

「それに、兵藤君だっけ? 貴方も狙われてるみたいだし、成ってみる? 眷属」

「え……、それって、強くなれますか?」

「ええ、勿論」

 

 それは正しく、悪魔の囁き。蠱惑的な響きを以て、為される誘惑に揺らいでいるのが伝わってくる。

 

まずい。

 

 浮上する意識を、更に加速させ、脳裏に浮上する言の葉を紡ぐ。

 

『老死。生。有。取。愛。受。触。六処。名色。識。行。無明』

 

 唱えるのは、この世の苦。

 

『いろはにほへどちりぬるを、わがよたれぞつねならむ、うゐのおくやまけふこえて、あさきゆめみじゑひもせず』

 

 唄うのは、諸行無常の理。存在の同一性を否定する、本来であれば盛者必衰を示すものだが、彼女の渇望と混ざり合い、その意を変質させこの世に顕れる。

 

『十二支縁起・諸行無常』

 

 この世の苦と、その因果を全ては諸行無常であると受け入れ、受け入れた上で先へと進む。原点である彼の畸形と違い、純粋な生存ではなく、充実した生を、活を求める彼女に相応しい形として顕現した。生存に特化したモノである事に変わりは無いが、それ以上により高みへと至る為の、進化の理法でもある。

 

「で、誰が誰を甦らせるって?」

「坂上っ!!」

「嘘……、確かに死んでいた筈」

 

 驚愕と歓喜を露わにした兵藤とは対照的に、驚愕と警戒心を張り付けたグレモリー先輩。どちらも、驚いてはいる事から、自分がどれだけ埒外な事をやったのかを自覚する。無論、それを後押しした兄がどれだけ規格外であるかもで、あるが。

 

「貴女、何者?」

「少し、死に難いだけの普通の人間ですよ」

 

 そう言って、笑ってみせると、先輩は毒気を抜かれた様な、しかし、捨て切れない警戒心を持て余した複雑な表情をした。

 

「あ」

「どうかしたの?」

「夕飯の買い出し頼まれてたんだった」

 

 既に、粉微塵に成ったであろう夕飯の材料を想い、私は涙を流し、悪魔は笑った。

 




少し、空気な兵藤さん。
相変わらず不安定な、レイナーレさん。
しかも、自棄になった方が強い(ぇ
間違いなく、間違った解釈の下、作られた詠唱(笑)

そんな、第6話でした。

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