【ネタ】畜生に堕つ   作:白虎野の息子

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今回は、何時もより長め




転生と神器

閑話休題。

 

 というのは、こういう状況を言うのだろうか?

 一段落ついたらしいリアス・グレモリーと愉快な眷属達――主に女性陣だが――は、妙な迫力を伴って発言の真意を尋ねてきた。

 

「どうもこうも、そのままの意味ですよ」

「ちょっと、お兄様に取り次いで貰っても良いかしら?」

 

 真意も何も無い、そのままの意味だと言い返す。が、彼女等は納得した様子を見せずに、寧ろ先程よりも威圧を滲ませた声音で迫る。特にリアス先輩は、心なしか背後に赤いオーラの様なものまで出している風に見える。

 

「え? いや、兄に会うのは辞めた方が――」

「大丈夫、貴女は私たちが守るわ」

 

 何が大丈夫なのか。

 

「だから、そういう問題じゃなくてですね」

「大丈夫、大丈夫だから」

「先輩……」

 

頻りに大丈夫と繰り返す先輩に、少し泣きそうになる。姫島先輩は、あらあらと笑ってはいるが目が笑っておらず、塔城小猫と紹介された後輩はシャドーボクシングを始めていて、話が通じそうにない。木場は遠くを眺め、乾いた笑みを浮かべている。残りは兵藤、と振り向いてみれば、血涙でも流しそうな勢いで相貌を歪めている。

 

――駄目だ。

 

 早くどうにかしないと、兄に突撃など洒落にならない。確かに悪魔と名乗る彼女等は、常人には及びもつかない力を備えているのだろう。しかし、アレに対峙して無事である様子は欠片も想像出来ない。暴走気味である先輩方を止めるべく思案を巡らせる。何事にも、対策するには事象に対する原因を知ることが必要だ。果たして、彼女等はナニを勘違いしているのだろうかと、今更ながらに自らの発言を顧みる。

 

【だって、私の身体は兄のモノですから】

 

 兄のモノ、モノ、物。随分と、誤解を招きやすい発言だ。迂闊と言う他ない。冷静に反芻しているが、自分の発言でこのような混乱が起きているのだから、早々に収束すべきだろう。

 

――では、何と言って弁解するべきか。

 

 途端に、分からなくなる。自分が、何を思ってそう言ったのか。私は、私だろう。他の誰でもない。親だというのならば、分からなくもない。しかし、兄のモノであると私は言明したのだ。理解出来ぬ、自分自身の思考に得体の知れぬ恐怖を感じる。

 

「坂上さん?」

「あっ、はい」

 

 思考に没頭し、深みに嵌る私を案じる様な声が耳朶に触れる。顔を上げれば、眉尻を下げて此方を覗き込むリアス先輩の顔が目に入る。否、リアス先輩だけではなくこの場に居る全員が自分を案じているのだと、一様にその表情で語っていた。

 

「大丈夫?」

「大丈夫です、ちょっと考え事してました」

 

 自分の悪い癖なんです、と苦笑しながら頭を掻く。一応は、安堵したように溜息を吐くがまだ眼からは気遣いの色が見て取れる。いつの間にか緊張していた空気が、緩むのを感じ取ると先程までの思索を、例の如く脳髄の彼方へと押しやる。

 

「とにかく、私は大丈夫です」

「本当に?」

「本当に、ついでに、兄についても誤解です」

 

 此処からは、畳み掛ける様に弁護を展開した。辟易とした表情の先輩から、お兄ちゃん大好きっ子等と呼ばれる羽目にはなったが、どうにか兄への特攻は防ぐ事が出来た。それでも、ブラコン扱いは納得できないと、抗議したら兵藤にすら溜息を吐かれた。解せぬ。

 

「それで、次は兵藤君ね」

 

 何故だか、露骨に話を逸らされた様な気がするが、悪魔に転生するというのがどのようなモノなのか気になるので口を噤む。

 

---------------

 

「本当に、良いのね」

「構いません」

 

 坂上との、阿呆な遣り取りからは一転して、張り詰めた空気が部室に立ち込める。人間を辞める。言葉に出せば、否、出さずとも忌避を感じずにはいられない事柄を、自分は受け入れようとしている。しかし、それ以上に崩れ落ちる坂上と、あの時のリアス先輩との会話が脳裏に繰り返される。

 

『それって、強くなれますか?』

『ええ、勿論』

 

 あの瞬間、間違いなく彼女は死んでいた。呼吸も鼓動も止まり、失われていく体温だけが俺に一個の命の喪失を伝えていた。余りに、呆気ない。しかし、余りに大きい損失の様に感じられた。

 

――もう、あんな気持ちは嫌だから。

 

 強く、不変の日常を守りきれる位に強くなりたい。先輩に、眷属の誘いを受けた時から、確実に根付いた願望が、心底で蜷局を巻いていた。

 

「強く、なりたいんです」

「そう」

 

 もう何も言わないわ、と先輩は目蓋を閉じて大きく息を吐く。引き絞られた空気は、一層引き締まり、実際に圧力を伴っているかの様に総身を締め付ける。そんな、妙な感慨に耽っていると、一つの駒がテーブルに置かれた。一見しただけでは、唯のチェスの駒の様にしか見えないが、余りに異質な存在感が見た目からの印象を吹き飛ばす。

 

「前にも話したと思うけれど、これが悪魔の駒《イーヴィル・ピース》よ」

「これが、随分と小さいんですね」

 

 精一杯、虚勢を張って感想を述べる。その様子を見て先輩は、クスリと笑う。見透かされているんだろうなと思いながらも、此方は鳥肌と体の震えを抑えるので一杯一杯だ。

 

「最終確認よ、本当に良いのね?」

 

 何も言わないといったのは、嘘だったのか等と、茶々を入れる余裕は無い。彼女は、俺が揺らいでいるのを感じ取っているのだ。

 

――人か、悪魔か。

 

 日常と、非日常の、此処が境界線だと、自然と自覚する。守りたいと思った日常を、自分の手で捨てなければいけない。矛盾、と呼べるようなものではない。矛と盾を持った手で、鍬を握る事は出来ない。単純な、事実しかそこには無い。

 

「はい。守りたいんです、全て」

 

 日常を背後に置き、断崖の果てへと踏み切る心持で頷く。かすかに、先輩の顔が赤い様にも見えるが、気が付けば窓からは夕焼けが差し込んでいる。知らぬ間に、随分と日も傾いているらしい。

 

「っんん、じゃあ行くわよ」

「はい」

 

 先輩のわざとらしい咳で、逸れ始めていた思考は引き戻され、不思議と弛緩していた空気が、再度、張り詰める。しなやかな指が、駒を持ち上げる。そのまま、吸い込まれるように自らの胸元へと沈み込んでいくのを他人事の様に眺め、首を傾げる。

 

「あれ?」

 

 声を発したのは、俺ではない。困惑したように、小首を傾げる先輩が途端に可愛らしいモノのように思えて、顔に血が集まるのを感じた。

 

「やっぱり、足りないのかしら」

「足りない?」

「ええ」

 

 呈された疑問に、澱みなく答えが返ってくる。曰く、悪魔の駒の性能は主の実力に因るものらしく、強力な眷属には相応の出費が必要らしい。成程、分不相応の眷属を持たないようにするには良い仕組みだと思う。一個、また一個と着実に消費されていく駒と、焦りが混じりだしている先輩に、噴き出しそうになるのを堪え経過を見守る。

 

「これで、最後」

 

 その言葉と共に、8個目の歩兵が投入される。何処か疲れている風の先輩を、ぼんやりと眺める。未だ、明確な変化は感じられない。

 

「来た!」

「へ?」

 

 歓喜の声を上げた先輩に、引き摺られる様に内からナニかが込み上げる。熱いのか、冷たいのか、或いは痛いのか、判然とせぬ感覚に巻き込まれる。少しの浮遊感と、堕ちていく感覚に戸惑い、圧倒的な喪失感に物悲しさを覚える。

 

「さらばだ」

 

 口を吐いて出たのは、別れの言葉であった。それも、普段は使わないような芝居がかった口調の古臭い言葉だ。だが、今はそれが相応しいようにも感じるのだから不思議である。人間であった頃の、夢も、希望も、善悪すらも洗い流され、書き換えられていく。

 

ハーレム。諦めるのか?

 

――そんな、馬鹿な。

 

 おっぱいを、捨てるのか?

 

――有り得ない。

 

 捨てない為に、叶える為に、人の身を捨てたのだから、他の全ては貰っていく。悪魔に、畜生に、堕ちたのならば、それに相応しい強欲さで以て全てを守り通す。俺が、人であれ、悪魔であれ、兵藤一誠であることが変わる事など有り得ないのだから。脳裏に、呆れたような表情の、赤いドラゴンが浮かび消える。失いかけた意識が、急速に浮上し、自らに課せられた至上の命題を宣言する。

 

「ハーレム王に、俺はなる!!」

 

 自分でも、馬鹿な叫びだと思う。目を丸くして、驚く先輩たちを見てひしひしと感じる。あぁ、塔城さんの視線が痛い。

 

「う、上手くいった様ね、元気そうで何よりだわ」

「はい! 先輩たちの、お役に立てる様に精一杯頑張ります!」

 

 起き上がった時の勢いをそのままに、右手を上げて宣誓する。

 

「ふふっ、そう。じゃあ、改めて、歓迎するわ。兵藤、いや、イッセー」

 

柔らかい、微笑みを浮かべながら手を差し伸べる先輩に、満面の笑みを返してその手を取る。温かい、生きたヒトの手だ。

 

「よろしく、兵藤君、いや一誠」

 

 握手を求める木場に、渋々ながら応える。爽やかな笑顔が、これ程鬱陶しいと感じるのは、染みついた性根に因るモノだろうか?

 

「うふふ、よろしくね」

 

 御淑やかに笑う姫島先輩に、気合を入れて応える。美しい御尊顔もそうだが、目を引くのはやはりそのおっぱいだろう。目の前にするだけで、圧倒されそうなボリュームに見ているだけで幸せになれる。おっぱい。

 

「よ、よろしく……」

 

 無言で佇む、塔城さんに手を差し出す。予想に反して、握手を返してくれて小躍りしそうになるのも束の間、見た目からは想像も出来ない握力によって、手が握り潰される。

 

「よろしくお願いします」

 

 呟くように返された言葉は、平坦な響きである筈なのに、嘲笑が混じっている様に感じられたのは気のせいだろう。きっと、気のせい。

 

和気藹々(?)、といった風情のヒトの輪から少し外れた所に、考え込むように眉間に皺を寄せた坂上さんを見つける。

 

「どうしたの、坂上さん」

「ん? 兵藤か」

 

 なんでもない、と答える彼女は少し素っ気無い。悪魔に転生する際、興味深げに此方を見ていたのは気が付いていたが、何か気になる事でもあったのだろうか。

 

「兵藤……なんか、まどろっこしいな。一誠、人間辞めたな」

「そうだな」

「それで良いのかよ?」

 

 親から貰った体を、そんな風に扱って、という事だろう。少し、不満気な彼女の様子から、足りない部分を推測する。

 

「良いんだよ」

「どうして、そんなに簡単に自分を捨てられるんだよ」

 

 肯定すると、思いもよらぬ質問が投げ掛けられる。と、同時に彼女が何に拘っているのかも把握する。

 

「捨てた訳じゃないよ」

「でも、自分じゃない体で自分だって言えるのか?」

「そんなに、難しく考えなくても良いんじゃあないかな」

 

 俺は、俺だ。人間であろうが、悪魔であろうが兵藤一誠なのだ。暗闇に沈みかけた時に、掲げた言葉を繰り返す。

 

「俺はさ、馬鹿だから、よく分からないけど、兵藤一誠なんだよ」

「知ってる。馬鹿にしてんのか」

「違う違う、というか、覇吐さんだって解ってんじゃん」

 

 俺が、俺であると言える限り、何も変わってはいない。種族的な違いに、拘泥するなど面倒臭いだろうと笑うと、覇吐さんも呆れたように笑う。

 

「屁理屈だな」

「それで良いんだよ、納得は全てに優先するってのは、至言だと思うね」

「漫画じゃねぇか」

「お、知ってんだ」

 

 少々、吹っ切れたらしい覇吐さんと下らない話をしていると、再び、リアス先輩に話し掛けられる。

 

「イッセー、次は神器を出してみなさい」

「いや、どうやってですか?」

「あぁ、そうだったわね」

 

 いきなりの無茶振り、もとい、知らない事は実行など出来ないので、質問で返答する。納得したように頷く、先輩の提案は至極、簡単なモノだった。遣り方自体は。

 

「良い、貴方にとっての最強を思い浮かべなさい」

「思い浮かべて?」

「真似するの」

 

 自分にとっての最強、不意に思い浮かんだのはドラグソ・ボールの空孫悟であった。ここまでは、問題ない。寧ろ、思春期の青少年にはよくある事だろう。しかし、真似をしろとは些かレベルの高い要求ではなかろうか。

 

「真似、するんですか?」

「ええ、早くしなさい」

 

 真剣な表情の筈なのに、ニヤついて見えるのは僕の邪推でしょうか、先輩。周囲の面々は、隠す事も無く笑っている。その爽やかな笑みを引込めろよ、木場。

 

「ええい、儘よっ」

 

 いつか聞いた、どこかの悪役の様な掛け声と共に渾身の演技を行う。否、演技と呼ぶには本気すぎるトレースは、全米にも感動の渦を巻き起こすに違いない。

 

「ドラゴン波ッ!!」

 

 ちょっとした間が開く。

 

「ぷっ」

 

 今、笑ったの誰だ、と言う間もなく、俺の腕が輝きだす。

 

「うおっ」

 

 強烈な発光の後、全身を今まで感じた事の無い、全能感が包む。脳裏に浮かぶ、赤いドラゴンの嘲笑を振り払い、自らの両腕に視線を落とす。

 

赤い。否、紅いのだろうか。赤である事に間違いは無いのだろうが、不思議な色合いだ。

 

「それが、貴方の神器」

 

神滅具・赤龍帝の籠手《ロンギヌス・ブーステッド・ギア》

 

 告げられた名前は、想定外の馴染み深さを以て、胸の内に染み込む。俺の、生まれ持った力にして、災厄を招きよせる元凶。忌々しいような、嬉しいような複雑な感情が入り混じる。

 

「まぁ、兎にも角にもよろしく、相棒」

 

 気の抜けた声で、誕生以来の付き合いらしい新たな相棒に挨拶をする。応えてくれたのか、勘違いなのか、判然とはしないが嵌められた宝玉が一瞬、光ったような気がした。

 




やはり、大人数は動かせない

キャラの描写や、文章的なアドバイスが欲しいです。

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