「どうして……?」
形の良い小さな唇から紡がれるのは、震えて掠れた声だった。
むしろ吐息のようなその声に、その言葉に、反応を返す者は誰もいない。
しかしその言葉は、少なくとも2人の人間に対して向けられたものだった。
――――言葉を紡いだのは、薄い桜色の着物に身を包んだ8歳ほどの少女だった。
無地の桜色の生地とイエローグリーンの帯に包まれた小さな身体は、カタカタと震えている。
和風の邸宅には似つかわしくない両開きの扉、その片方に手を添えて室内に目を向けている。
青ざめた顔で黒い大きな瞳を見開き、掴む扉に爪先を食い込ませて……。
「どうして」
窓のブラインドが降り、蛍光灯の明かりで照らされた室内には、彼女以外に2人の人間がいた。
少女には読むことも出来ないような、分厚い本が詰め込まれた本棚に囲まれた書斎の中心にその2人はいる。
1人は毛足の長い絨毯の上に横たわり、もう1人は本革製のソファーの横に立っている。
少女の父と、兄だった。
「……どうして」
少女は、父のことが大好きだった。
日本国総理大臣として国を率い、軍を率い、誰の前でも毅然とする父が誇りだった。
小太りなお腹や弛んだ頬肉などはあまり好きでは無かったが、それでも自慢の父だった。
武術や学問を強制されたのには困ったが、それも愛情故と信じていた。
少女は、兄のことが大好きだった。
本人は気にしているようだが、脱色したような薄い髪色が特に好きだった。
喧嘩っ早くて乱暴な所は困っていたが、その真っ直ぐな剣筋は憧れだった。
不器用だが優しい人だと、過去8年間の人生でそう信頼していた。
「どうして、父様を……」
なのに、何故。
何故、父は白目を剥いて倒れているのか。
大好きだった父は、どうして腹部を真っ赤に染めて倒れているのか。
父の腹から押し出されている肉は魚を捌いた時に取る腸に似ていて、鼻にツンとくる鉄錆の匂いに眉を顰めそうになる。
何故、そんな父の傍にあって兄は父を助けようとしていないのか。
いやそもそも、兄が手にしている刀はどうして、あんなにも朱に塗れているのか。
小さな脂がこびりついたような、今しがた使ったばかりだと示すようにテラテラと蛍光灯の光を反射するそれは、幼い少女の脳裏にもわかりやすく事実を教えてくれている。
「……どうして、父様を、こ……こ」
こ、と、最後の言葉が、息が詰まったかのように声にならない。
しかし少女は何かを飲み込むように喉を鳴らすと、それを皮切りに表情を一変させた。
見開いていた目を鋭く細めて、表情筋を引き攣らせるように強張らせて、倒れた父を静かに見下ろすばかりの兄を――――兄だった少年を、キツく……キツく、睨んだ。
「どうして、父様を」
ガリッ……と音を立てたのは扉に食い込ませた爪か、それとも噛み締めた奥歯か。
あるいは、両方か。
長い黒髪が、ザワリと少女の気で揺らめいたような気さえした。
いずれにしても、少女は瞳の奥に優しさや思いやりなど欠片も無い憤怒の炎を滾らせて。
「どうして父様を、
――――そう、叫んだ。
その絶叫が、何もかもの始まりを告げる合図となった。
全てはここから始まり、そして何処とも知れない終わりへと向けて疾走を始めることになる。
その結果がどのような位置に着地するのかは、この時点ではまだ誰にもわからない。
黒の皇子にも、白の騎士にも、緑の髪の魔女にも――――彼らを取り巻く全ての人も。
ただ一つ、この時点で判明していることがあった。
それは――――。
「……許さない、ゆるさない……」
――――皇暦2010年、4月の夜。
「――――ワタシハ、アナタヲ、ユルサナイ――――」
1人の少女が、絶望を
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
初めましての方は初めまして、久しぶりの方はお久しぶりです。
「コードギアス―抵抗のセイラン―」、開始です。
基本はあらすじの通り、スザクさんの妹の視点で物語が進みます。
何となくまた長編になりそうな予感がしますので、お付き合いくだされば幸いです。
それでは、またお会いしましょう。
いつか、コードギアス風の次回予告をしたいです。
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なお、コードギアスキャラ募集は2月19日18時までです。
まだ参加されていない方は、是非とも応募してみてください。
詳細は活動報告にて、どうぞです。