コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

10 / 65
STAGE8:「変わりいく 未来 変わらない 現在」

 

 河口湖、富士山麗に位置する5つの湖の一つ。

 観光地として昔から有名な場所であり、最近ではブリタニア資本によって現代的なリゾート施設の開発・整備まで行われ、常に多くの観光客で賑わっている。

 トーキョー租界から直通のモノレールも出ており、日帰りで訪れる者も多い。

 

 

「うわぁー、綺麗!」

 

 

 陽光に煌く河口湖を窓の向こうに認めて、明るい髪色の少女――シャーリーが歓声を上げた。

 アッシュフォード学園生徒会のムードメーカーである彼女は、利発そうな瞳を見開いて湖を見つめている。

 そこには湖と、広がる田園と、そしてサクラダイト採掘のためにかつての姿を失った富士山が見える。

 シャーリーは美麗な景色に歓声を上げた後、ふと眦を残念そうに下げて。

 

 

「こんなに綺麗なら、ルル達も来れば良かったのに」

「ルルーシュはサボタージュ、リヴァルはバイト、カレンは病欠、それから……スザク君はお仕事。我が生徒会ながら、見事なまでの付き合いの悪さよねぇ」

 

 

 シャーリーの前の座席に座る華やかな金髪の美女、こう見えて高校生な彼女はミレイと言う名前だ。

 言葉の通り生徒会役員、それもトップたる生徒会長が彼女だ。

 今回の河口湖への2泊3日の旅行は彼女の発案であり、親のコネを利用しての遊びでもあった。

 

 

 ちなみにもう1人、通路側に座った少女がいる。

 黒い髪をおさげにした小柄な少女で、どことなく自信の無さそうな、気弱そうな印象を受ける。

 ニーナと言う名のその少女は、どこか相手の顔色を窺うような様子で。

 

 

「だ、大丈夫、かな……租界の外だと、イレヴンが……」

「大丈夫、河口湖は治安も良いし。それに今は……」

 

 

 そんな友人の様子に苦笑を浮かべつつ、ミレイは宥めるように大丈夫だと告げた。

 確かにブリタニア人しか入れない租界と異なり、租界の外にはイレヴンがいる。

 だがゲットーにさえ入らなければ、そしてテロにさえ巻き込まれなければ問題は無い。

 それに、今の河口湖は普段の数倍の規模の警備が敷かれている。

 

 

 そしてミレイがニーナにしたものと同じ説明を、偶然にも別の場所で別の女性から聞かされている少年がいた。

 彼の名は枢木スザク、河口湖から遠く離れたトーキョー租界、特別派遣嚮導技術部の整備格納庫に彼はいた。

 明るい照明の下、最新型シュミレータ横の端末の前に座る彼の隣には、セシルがいる。

 

 

「河口湖のホテルでは今、サクラダイトの生産国会議のための警備が敷かれているから」

 

 

 彼女はスザクの友人が行くと言う河口湖の現在の状況について話していた、何しろ軍や政府も注目している土地だったからだ。

 ここエリア11は世界一のサクラダイト生産地であって、それを押さえているブリタニアは世界一のサクラダイト生産国だ。

 価格レートを決める年に一度の会議、ブリタニアの軍官の関係者が無視できるはずも無い。

 

 

「租界以外だと、たぶん一番治安の良い所だと思うし……お友達、楽しめると良いわね」

「はい」

 

 

 笑顔で頷くスザク、彼は今、軍で働きながらアッシュフォード学園に通っている。

 軍人が学校と言うのも妙な話だが、イレヴンである彼が正式に特別派遣嚮導技術部に配属される後押しをしてくれた人物の命令(おねがい)である、行かないわけにもいかなかった。

 名誉とは言えイレヴンである彼がブリタニア人の学校に行くのは、かなり厳しいだろうとセシルは思っていたのだが……。

 

 

(昔の友達と再会して、生徒会に入れて……お友達も出来て。結果的には、良かったのかしら)

 

 

 セシルはそう思う、自分でも老婆心かと思うが。

 ただ何となく、この少年のことを放っておけないのだった。

 

 

「でも残念ね、こんな時に軍務だなんて。ロイドさんったら……」

「いえ、僕も早く『ランスロット』に慣れたいですし。それに皆と行けなかったのは残念ですけど、河口湖は子供の頃に一回、行ったことがあるんです」

「あら、そうなの?」

「はい」

 

 

 サクラダイトの生産国会議は、毎年河口湖で開催される。

 それは7年前の戦争の前も同じで、やはり毎年湖畔のホテルで世界各地の要人が集まって価格や分配率について協議を行っていたのだ。

 そしてスザクは、日本最後の首相の息子である。

 

 

 幼い頃、一度だけ父について――確か、第二次政権発足直後の時――連れられて、行ったことがある。

 父はああいう人だったから、楽しいと思ったことは無かった。

 ただ……。

 

 

『あにさま、まって!』

 

 

 ……ただ、1つだけ。

 当時は鬱陶しくて仕方が無かったけれど、今となっては輝いて見える。

 そんな記憶に、スザクは僅かに目を伏せるのだった。

 最後には、赤い色で終わる記憶に……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 青鸞は今、独特の興奮と緊張の中にいた。

 もはや座り慣れた無頼のコックピット、小刻みに振動するディスプレイには赤茶けた山肌が映っている。

 不意に機体全体が揺れる、青鸞が操縦桿を引いて機体を跳躍させたためだ。

 

 

『……A-01、ポイント確保したぜぇ!』

 

 

 どこか緩さを残した声が通信機から響く、山肌にスラッシュハーケンを刺して機体を固定した青鸞が機体の上体を上向かせる。

 無頼のメインディスプレイの向こう、渓谷の反対側の崖の上に2台の戦車が見える。

 砲塔を上下に大きく動かせるタイプの戦車で、あのまま渓谷を駆けていれば狙われていただろう。

 

 

 誤解されがちであるが、ナイトメアは絶対無敵の陸上兵器では無い。

 通常兵器でもやりようによっては十分に打倒できるし、それがために7年間、日本の各反体制派組織はブリタニア軍と渡り合ってこれたのである。

 まぁ、それでも局地地上戦においてはナイトメアは最強を誇っているわけだが。

 

 

『A-02、ポイントを確保しました』

 

 

 次いで真上だ、見ればそこに戦車の砲塔が見える。

 まさに崖の上から砲塔だけを下に傾かせている姿で、青鸞機を狙っていた。

 しかしその2台の戦車は、直後に上から降ってきた別のスラッシュハーケンに砲台部分を打たれて大きく跳ねる。

 訓練用の潰しが行われたアンカーのため撃破はされないが、しかし行動不能扱いになる。

 

 

『……A-03、正面の地雷の排除作業に入る』

 

 

 通信の直後、青鸞機が駆けていた渓谷の底道正面にオレンジ色の光の柱が立ち上った。

 地雷である、大和機が機銃で破壊・起爆したサクラダイト地雷の物だ。

 いつかの訓練と同じような構成、しかし今回は4機で密集しつつの散兵戦術を駆使、こうして突破している。

 これを進歩と言うか学習と呼ぶかは、人によるだろう。

 

 

 とは言え作戦としては単純な部類だ、俗に言う囮作戦である。

 青鸞機を囮に渓谷両岸の敵戦車隊を山本機と上原機で破壊し、正面の地雷は迂回路から先回りした大和機が地雷原の向こうから破壊する、と言うものだ。

 青鸞はこの所、個人の肉体・ナイトメア訓練の他にこうした集団訓練にも参加している。

 サイタマの件以降、必要性が増したと考えているからだが……。

 

 

『小娘ぇ――――ッ!!』

 

 

 通信機から響き渡った怒声に、青鸞はコックピットの中で身を竦ませた。

 それはそれはもう聞き慣れた怒声なのだが、何度聞いても反射的に身を震わせてしまうのである。

 特に嫌悪や苦手意識は無いものの、そう言うものだった。

 

 

『また始まったなぁ、暇な時間が』

『訓練終わったわけじゃないんだから、警戒続行!』

『へーいへい……』

 

 

 通信回線を通しての山本と上原の喧嘩(?)はもはやいつものこと、しかし青鸞は機体を山肌に固定したまま通信機を操作してディスプレイに画面を出した。

 するとそこには、この所の訓練で常に青鸞を怒鳴りつけている草壁の大きな顔が映って。

 

 

『指揮官が囮をやるなどと言う話があるか! 指揮官に万一のことあれば、残された部下達が混乱することになるのだぞ!! わかっておるのか!?』

「す、すみませ……」

『馬鹿めが、謝罪などいらぬわ!!』

 

 

 相変わらず、じゃあどうしろと言うのかと言いたくなるような言い様である。

 その時、不意にコックピット内に警告音が響き渡った。

 何かと思った次の瞬間、機体とコックピットに断続的な衝撃が走った。

 仲間達の通信越しの声を耳にしながら、青鸞は悲鳴を上げて崖の下へと――――。

 

 

「……中佐。迫撃砲、全弾命中した模様です」

「うむ」

 

 

 通信機と双眼鏡を共に傍らの部下に放って、草壁は憮然とした表情で渓谷の方を見つめていた。

 青鸞らがいる所からはやや離れているが、より高台にいるため一部始終を直接確認することが出来る。

 ナリタ連山は深く高い山々だ、おかげで十分な訓練を行うことが出来る。

 それも、ブリタニア軍の関与を受けずに。

 

 

 まぁ、草壁の指示で潜ませておいた歩兵の迫撃砲の連弾を浴びて崖から下へと滑り落ちていく青の無頼を見れば、溜息の一つも吐きたくなると言うものだった。

 訓練終了を伝えていないのに油断をするとは、まだまだである。

 傍らの部下からすれば、草壁もなかなか外道な手を使うと思うわけであるが。

 

 

「まったく、未熟な小娘めが……」

 

 

 何やらブツブツ呟いている草壁であるが、実の所、彼は良く青鸞の訓練に付き合っていた。

 未だ褒めたことは無いし、何度厳しい言葉を返して追い散らしてもやってくるので、本人としては仕方なく面倒を見てやっているとでも思っているのかもしれない。

 しかし草壁の傍にいる部下達は知っている、彼が青鸞のためにかける時間が徐々に……。

 

 

「中佐」

 

 

 その時、別の部下が森の中から駆けて来た。

 崖下に落ちた青い無頼の周囲に他の3機の無頼が集合するのを視界に入れつつ、草壁は耳元で囁くように報告する部下の言葉を聞いた。

 その眉が、ピクリと揺れる。

 

 

「……『雷光』の準備が……」

「…………そうか」

 

 

 頷く草壁、眼下では青い無頼を中心として4機の無頼が渓谷を抜けていく光景が広がっていた。

 彼はいつまでも、それを見つめ続けていた。

 腕を組み胸を逸らし、何かを考え込むような表情で……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 パチッ、と、道場のような空間に乾いた音が響く。

 音の源は、プロ棋士が使うような本榧の将棋盤から聞こえてきた。

 将棋盤の挟んで向かい合う2人は、いつもと同じ……片瀬と藤堂である。

 

 

「……国内の反体制派組織の取り纏めは、意外と上手くいっている。サイタマ・ゲットーの件で、我々が改めて反ブリタニアの旗手であると示すことが出来たことが大きい」

 

 

 駒を打ち込みながらの片瀬の言葉に、藤堂は頷く。

 結果として、藤堂はサイタマ・ゲットーにおける青鸞達の勝利を演出した形になる。

 厳島の奇跡ならぬ、サイタマの奇跡だ。

 最も、サイタマの件についてはあくまで青鸞の主導ということになっているが。

 

 

 いずれにしても、サイタマでの介入と勝利が日本解放戦線に与えた影響は想像以上に大きかった。

 それまでは「本当に日本解放のために戦っているのか?」と懐疑的な目で見ていた他の反体制派・独立派の諸組織――何しろ、コーネリアによって反体制派組織が潰されるのを見過ごした――も、サイタマでの一件で日本解放戦線を「見直した」と評価しているためである。

 面目躍如と言うべきであって、これが交渉担当者にとって強力なカードとなったことは確かだ。

 

 

「……とは言え、コーネリアの直属軍に打撃を与えたわけではありません」

「そうだな」

 

 

 藤堂の指摘に、片瀬は案外と簡単に首肯した。

 実際、彼らはサイタマ・ゲットーがブリタニア側に与えられた勝利であることを知っている。

 トダやジュージョーの傘下組織を動かして蜂起を匂わせはしたものの、シモフサやジュージョーのブリタニア軍施設を実際に攻撃したわけでは無い。

 

 

 青鸞達が撃破したのは、あくまで統治軍の一部に過ぎない。

 それもクロヴィス時代の統治軍であって、コーネリアが本国から連れてきた軍やナイトメア部隊には傷一つついていない。

 相手は大事をとって、あるいは戦略・戦術上の価値なしと判断して退いただけだ。

 そしてその中には、日本解放戦線側の戦略に対するものも含まれるだろう。

 

 

(……反体制派を纏めたとして……)

 

 

 連合や同盟は、作ったとして機能させるのが難しい。

 藤堂としては危惧せざるを得ない、それに、他の組織が本当に解放戦線の指示通りに動くのかどうかも。

 意思ではなく、能力的な意味で。

 そもそも、戦力的に期待できる組織も少ない。

 

 

「キョウトとの協議次第ではあるし、他の組織の準備も待たねばならないが……一斉蜂起の日時は、7月2日となりそうだ」

「7月2日……」

 

 

 早い。

 まるで何かに急かされているような早さだ、と、藤堂は思う。

 シンジュクに続いてサイタマでも行われたブリタニア軍による大規模虐殺、当然、解放戦線はプロパガンダとしてこれらの事件を最大限に利用していた。

 独立派以外の日本人にも、蜂起への参加を促すためだ。

 

 

 しかし逆に、民衆がうねれば反体制派組織も動かざるを得ない。

 だからこその、早い段階での一斉蜂起なのだろう。

 藤堂などの目から見ると、まだ時期では無いように思えてならないのだが……。

 ……サイタマ・ゲットーでの勝利の弊害、とでも言うべきだろう。

 

 

(コーネリアがそこまで読んでいたとすれば……)

 

 

 準備不足、時期では無い、そのような時期に反体制派を蜂起させ一網打尽にしようとしているのならば。

 もしサイタマでの撤退にそう言う意味があるのなら、これ以上の効果は無い。

 藤堂としては、コーネリアの戦略眼に手を上げざるを得なかった。

 

 

「ただその前に、片付けておかなければならない問題がある」

「…………」

 

 

 片瀬のその言葉に、藤堂は目を閉じて沈黙で応じた。

 片付けておかなければならない問題、日本解放戦線内部の問題だ。

 派閥の問題、と言っても良い。

 これも、青鸞のサイタマでの勝利が影響しているのだが。

 

 

 最近はともかく、青鸞はどちらかと言うと片瀬・藤堂側の人間である。

 過去5年間に渡る道場への出入り、キョウトとの間で親書でのやり取り、他にも様々な場面で藤堂達の傍に彼女はいた。

 だからこそ、彼女の指揮官研修を草壁にやらせたのだが……。

 

 

「……草壁は、若い者達を抑えられんかもしれんな」

 

 

 ポツリと呟いた片瀬の言葉に、藤堂は今度は頷きすら返さなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――ナリタ連山は、言うまでもなく日本解放戦線の勢力圏である。

 この周辺の地域にはブリタニア軍でさえも不用意に近付くことは出来ない、それ故に事実上「ここに解放戦線の拠点がある」ことは公然の秘密として軍内でも知られていた。

 ただ正式に拠点の位置を確認する手段が無いので、公式には認められていないだけだ。

 

 

 何しろ、2000メートル級の山々が連なるナリタ連山である。

 調査をしようと思えば多数の人員や航空機、衛星などを使うしかない。

 だが人員を近づけることは出来ないし、解放戦線の拠点は地下にあると考えられていたから、航空機や衛星による調査はあまり意味が無い。

 数十機のナイトメアを保有すると噂される相手となれば、ブリタニア軍も慎重になると言うものだ。

 

 

「……卿、キューエル卿!」

 

 

 そしてそのナリタ連山から数キロ離れた位置にある山岳地帯、それはちょうど例の大阪グループが全滅した資材置き場のある山だ。

 日本解放戦線の勢力圏に程近いこの場所、もう夕方になろう時間、そこに何人かの男達がいた。

 レンジャー用らしい迷彩柄の装備に身を包んだ彼らは、色の濃くなってきた森の木々や雑草の中、周囲を警戒しながら何かを探している様子だった。

 

 

「キューエル卿、やはり危険です。このあたりは……!」

「わかっている!」

 

 

 リーダーらしき男……キューエル、金髪のブリタニア人が大声で部下らしき男に返答すると、周囲の部下達は慌てて声を抑えてくれるように頼んだ。

 彼らもこの近辺がテロリストの勢力圏だと言う事を知っている、ナイトメアも持たない通常装備の彼らがテロリストの集団にも見つかれば大事だ。

 

 

「く……! 鬱陶しい山だ、これでは碌に視界も効かん……おい、レーダーに反応は無いのか!」

「は、はい、人工物らしい熱源などは今の所……」

「……ええい!」

 

 

 鼻の頭の辺りに揺れていた木の枝を手にしたサバイバルナイフで鬱陶しげに払って、キューエルに憎々しげに目の前の山林を睨む。

 深い異国の山と森は、彼の前に悠然と立ち塞がっている。

 本国で妹や家族と行ったハイキングは楽しいものだったが、今は目の前の山や森が憎らしくて仕方が無い。

 

 

(本来なら、私がこのようなことをせずとも良いものを……!)

 

 

 実際、キューエルはエリートと呼ぶに相応しい経歴を持っている。

 正規の士官学校を出、ナイトメアの騎士となり、数々の戦場で武勲を欲しいままにしてきた。

 そして何より、誇るべきブリタニアの純血。

 他民族の上に立つために生まれてきたと固く信じ、エリア11統治軍に配属された。

 だが、蓋を開けてみればどうだ?

 

 

 純血ブリタニア人である自分が守るべきクロヴィス皇子は守れず、皇子の死に責任を持つべき参謀達や名誉ブリタニア人を裁ききれず、オレンジ――ジェレミアのことだ――の暴走に巻き込まれて凋落、そして何より彼自身がイレヴンの駆るナイトメアに敗れて機体と仲間を失い、新たな総督であり皇族であるコーネリアの信頼はまさに地に堕ちて……失ったものは、あまりにも大きい。

 

 

「キューエル卿、やはり正規の部隊の手を借りて」

「黙れ! そんな恥の上乗りのようなことが出来るか!」

 

 

 部下の泣き言を一括する、そもそも彼ら純血派に協力してくれる者などいない。

 戦場では端の方に追いやられ、政庁内ではナイトメアの整備も自前でせねばならず。

 恥の上塗りどころか、重ね塗りとも言える行為などキューエルには出来なかった。

 

 

「一度失敗した以上、信頼を取り戻すため落ちる所まで落ちるのは仕方ない……だが! いつか必ず……いつか、いつか!」

 

 

 本国にいるだろう家族やエリア11の士官学校にいる妹のことを想い、キューエルはたとえ1人でも行動する決意だった。

 自分の失敗と凋落は、家族の生活に直撃するからだ。

 現に妹などは、「あのキューエル卿の妹」として士官学校で肩身の狭い想いをしているらしい。

 妹からの手紙にはそのことには一切触れられていない、その健気さが嬉しくも悔しい。

 

 

「屈辱を受けてでも、今は耐える時なのだ……! そうではないか!?」

「そ、それはその通りですが……」

「では行くぞ、この付近にテロリストのアジトがあるのは間違いないのだ!」

「「「い、イエス・マイ・ロード……」」」

 

 

 僅かな部下達を引き連れて、キューエルは深い森の中を進む。

 夕日が沈めば夜になる、夜になる前に目処を立てたかった。

 テロリストのアジト。

 あの、青いブライがいるだろうその場所を……彼は、探し続けていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 くしゅっ、と小さな音が部屋に響く。

 キョウト分家筋の少女、雅はその小さくも可愛らしい音に顔を上げた。

 

 

「青鸞さま、風邪ですか?」

「ううん、大丈夫。ありがと」

「気をつけてくださいね、ただでさえ風邪を引きやすい癖をお持ちなんですから」

「…………」

 

 

 反論できない雅の言葉に沈黙する青鸞、そんな彼女は雅に着物の着付けを手伝って貰っていた。

 別に一人でも出来るのだが、訓練終わりの体力低下状態では有難くもある。

 今日の着物はややモダン風、クリーム色の生地に薄桃の花弁と黒の葉の八重桜の柄。

 帯は黒、白糸で草や蝶が描かれている。

 その帯を締め終えた雅は、ほっと息を吐いて。

 

 

「とにかく、お疲れ様でした。今日もすぐに休まれますか?」

 

 

 最近の青鸞は、部屋に戻ればベッドに倒れる毎日だ。

 ここに来て日々の疲労度が高まっているのは、サイタマや租界での行動があるのだろう。

 概ね解放戦線のメンバーや独立派の人間に受け入れられているその行動は、反体制派の中での彼女の地歩を固めさせると同時に責務を増やしてもいたのだ。

 

 

「そうだね……あ、草壁中佐に今日の訓練レポート出すの忘れてた」

 

 

 しかしふと思いついて、青鸞は疲れた身体を鞭打って残った仕事を片付けることにした。

 ワーカホリックと言う程仕事が好きなわけでは無いが、それでも責務から逃げることはしたくない。

 何故なら彼女の理想は父であって、父は責務から逃げるような人ではなかったのだから。

 

 

 青鸞は雅に先に戻っているように頼むと、パイロット用の更衣室から出た。

 今日も訓練は夜まで続いた、この上でレポートの提出と再提出(最近は、やり直しが当たり前だと思うようになってきた)はキツい。

 しかしやらねばならない、草壁の期待に応えるためにも、自分のためにも。

 

 

「あ、皆、今日もお疲れ様。草壁中佐をどこかで……」

「青鸞さま、今日もうちの山本が申し訳ありませんでした」

「いや、待ってくれよヒナ。お前俺の保護者か何かで……」

「……中佐は、格納庫の方へ行ったと思う」

 

 

 通路で出会った護衛小隊の面々に問えば、まともに答えてくれたのは大和だけだった。

 流石は親戚筋、大いに助かるアドバイスである。

 それでもきっちりと3人にお礼を言って、青鸞はその場を後にした。

 

 

 整然としつつも騒がしいナイトメア格納庫へ、地下の岩壁を背に並べられ、クレーンや整備用の大型アームに固定された無頼がいるそこに行く。

 しかしいくら歩いて見渡しても、草壁はおろかその部下の1人も姿を見つけられなかった。

 いつもならどこかで誰かは見るというのに、今日に限って。

 

 

「あ、古川さん。草壁中佐を見ませんでしたか?」

「い、いや、僕はちょっと……」

 

 

 他に行くアテも無く、青鸞は自分の小隊の方に向かった。

 訓練後のナイトメアの整備を指揮する古川は、少し戸惑ったような声で返答した。

 彼からすれば、自分の小隊のナイトメアのこと以外のことはわからないのだった。

 青鸞は普段の整備のことも含めてお礼を言うと、同じ格納庫の中にいる別の人間に話を聞いた。

 それは、たまたま自分達のナイトメアの整備の様子を見に来た朝比奈と千葉だった。

 

 

「草壁中佐?」

「うーん、僕らはちょっとわからないね」

 

 

 当然、こちらも別部隊の動向などはわからない。

 まぁ、当然と言えば当然ではある。

 別部隊というか、いわゆる藤堂派である2人は草壁派とは対立関係にもあるのだから。

 

 

「それよりも青ちゃん、大丈夫? 何か僕のイメージだと、あの人、新人いびりとかしそうなんだけど」

「そんなこと無いよ、省悟さん」

 

 

 自分でも驚いたが、青鸞はごく自然に言うことが出来た。

 まだそこまで長い時間を過ごしたわけではないが、草壁がそう言う人でないことはわかっていた。

 むしろ、良い人だと思う。

 好きか嫌いかで問われれば、前者であると答えられる程度には。

 以前は、どちらかと言えば逆だったのだが。

 

 

「草壁中佐は、確かに優しい人では無いけど……でも、良い人だよ」

「ふーん」

 

 

 どこか面白くなさそうに頷く朝比奈に、青鸞は苦笑する。

 それはどうやら千葉も同じだったようで、彼女は苦笑を浮かべたまま、ふと何かを思い出したように。

 

 

「そう言えば、第7特装格納庫の方に草壁中佐達が良く出入りしていると聞いたことがある。もしかしたらそこでは無いか?」

「第7……?」

 

 

 あまり行ったことは無いが、それは特装と言う名前が原因だ。

 ナイトメアを含む通常兵器を改造し、特殊な状況や環境で使用する兵器を開発する場所だ。

 実用化されたものもいくつかあり、第7格納庫はそういった兵器の置き場でもある。

 

 

「ふーん……」

「どうした? 何か気になることでもあるのか」

「いや……」

 

 

 青鸞の背中を見送りながら、千葉は眉を顰めながら唸る朝比奈に視線を向けた。

 朝比奈は少年のような風貌を疑問の色に染めて、きょろきょろと周囲を見渡した。

 

 

「……おかしくない? 普段なら、1人くらい草壁中佐サイドの人間が視界に入るはずなんだけど」

「そういえばそうだな、だが、そう言う日もあるだろう」

「そうかな……」

 

 

 今までは見張りの意味も込めて、1人や2人は自分達の周囲にいたはずの草壁派の兵。

 それが、今日に限って誰の姿も見えない。

 千葉のように偶然と思うことは、朝比奈にはどうも出来ないようだった。

 だから彼は、難しい顔のままで行動することにした。

 

 

 一方で青鸞は、千葉と朝比奈にお礼を言った後、件の第7特装格納庫へと向かった。

 あまりどころか滅多に行ったことが無いので、2度ほど道を間違えそうになったが。

 それでも緊急時に行けないでは意味がないので、地図は頭の中に叩き込んである、時間はかかったが到着することは出来た。

 

 

「えっと、確かこっち……それにしても、人が少ないな」

 

 

 普通、もう少し人と擦れ違っても良いと思うのだが……どういうわけか、目的の格納庫に近付くにつれて人気がなくなっていった。

 しかし、だからと言って不審に思ったりはしない。

 だからこそ第7特装格納庫に到着して、そこに草壁達の姿を認めた時、彼女は笑顔さえ浮かべて……。

 

 

「それでは、これより我らは河口湖へ向かう……!」

 

 

 ――――……え?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 青鸞のサイタマ・ゲットーでの小さな勝利は、日本解放戦線と言う組織に一息をつかせることになった。

 それは間違いない、しかし同時に組織内のパワーバランスに微妙な変化をもたらす結果になった。

 作戦を許可する決断をした片瀬の求心力が高まり、それはつまり片瀬の懐刀である藤堂の発言力が増したことを意味する。

 

 

 組織の論理ではなく、派閥の論理。

 つまりはそう言うことであって、草壁達の……というより、草壁の部下達の行動はそう言う事情がある。

 藤堂派(と、彼らが思っている)の発言力の増強は、つまり草壁派の勢力減退に繋がるためだ。

 

 

「これが『雷光』か……組み立てはどうなのだ」

「現地での組み立てになりますが、目標地点制圧後1時間もあれば」

「ふむ……」

 

 

 第7特装格納庫、草壁はそこで専用の大型トレーラー2台に分けて運び込まれる機材を見上げていた。

 機材と言うよりは機体であるが、それは不思議な形状をしたナイトメアだった。

 頭部と腕部が撤去された特殊な4機のグラスゴー、首と片腕の付け根がジョイントのような形に改造を受けている、まるで何か大きな物を乗せる台か何かのように。

 

 

 そしてもう1台のトレーラーに積み込まれているのは、グラスゴー4機分の頭部部品と近接防御用砲熕兵器、大型リニアキャノンと散弾型の特殊弾倉……全て、草壁派が開発と研究を重ねてきた改造試作機である。

 広い戦場では使用できないが、閉鎖空間内ならば強大な力を有すると期待されている兵器だった。

 

 

「中佐、全ての準備が整いました」

「良し……それでは、これより我らは河口湖へと向かう……!」

 

 

 河口湖、サクラダイト生産国会議が行われている場所だ。

 そこでサクラダイトの生産量・分配率・価格について話し合っている――日本人の資源を盗む強盗共――各国代表を監禁し、ブリタニア側に政治犯の釈放を要求する。

 日本独立を唱えて捕らえられた同志だ、救わないわけにはいかない。

 

 

 そして会議には他国人も参加する、そうすればいくら非道なブリタニア軍でも躊躇せざるを得ないと言う読みもあった。

 ブリタニアといえど国際社会の一員、である以上、一定の責任は有する。

 それを完全に無視、つまり人質の命を度外視した強硬策は取り辛いだろう。

 それが、草壁の読みだった。

 

 

「このままでは、解放戦線の舵取りはあの藤堂に……」

 

 

 草壁は藤堂の能力は認めている、悔しいが、自分よりも遥かに上だろう。

 だが草壁から見れば、藤堂には覇気が足りないのだ。

 ブリタニアと伍する力を蓄えるまでは防戦に徹するというあの態度、わからなくも無い。

 だが、藤堂はその意図を下の者達に説明しない。

 

 

 それが良くない、それは良くないと草壁は思う。

 だから腰の重い藤堂に痺れを切らせた一部の若手将校達が自分の所に集まってきて、蜂起を訴えてくることになる。

 そして青鸞のサイタマでの勝利はそうした者達に火をつけ、もはや草壁にも抑え切れない程の力でもって彼を押し上げていて――――。

 

 

「――――草壁中佐!」

 

 

 その時、草壁と彼の部下以外は誰もいないはずの空間に、若い女の声が響いた。

 若いというより、少女の声だ。

 視線を上げれば、そこには想像の通りの姿がある。

 

 

 高く結った黒髪に、軍事施設にはどこか不似合いな着物姿の少女。

 枢木青鸞、先のサイタマでの働きが周知されている少女だ。

 そして今や、「顔役」への就任が秒読み段階に入っている存在であり。

 ……草壁が、苦い思いで見ている相手でもある。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 飛び出したは良いものの、青鸞は一瞬、言葉に詰まった。

 それは別に草壁やその周囲の部下に気圧されたわけではなく、純粋に迷っただけだ。

 いったい、何と言葉をかけるべきか?

 山を削って作られた格納庫の中、着物に覆われた胸を上下させながら。

 

 

「……中佐、どちらへ?」

「貴様のような小娘に話すようなことでは無い」

 

 

 草壁の反応はにべも無い、しかし青鸞は確かに聞いたのだ。

 河口湖に行く、と。

 河口湖で今、何が行われているかくらいは青鸞も知っている。

 次に浮かぶのは理由だ、なぜ今このタイミングで。

 

 

 青鸞自身には派閥に属しているという意識は無い、だが周囲は違う。

 彼女は藤堂に連れられてナリタに来た、その後は藤堂の道場にも所属している。

 最近でこそ草壁との接触が増えているが、そもそもは藤堂派と目されているのである。

 

 

「……河口湖は今、警備が厳重と聞いています。片瀬少将の許可も無く、そんなことをすれば」

「賢しげに話すな小娘!!」

 

 

 皮肉なことに、草壁の大音量に対する耐性が青鸞にはある。

 そして今のやりとりで、草壁達の行動が解放戦線の行動ではないことは確認が出来た。

 であるならば、理は我に在り。

 青鸞は一歩を前に出て、重ねて訴えた。

 河口湖に行ってやることなど、一つしか思いつかない。

 

 

「中佐達は、河口湖に集まるサクラダイト開発の関係者を人質にするつもりなのですか」

 

 

 監禁するのか拉致するのかはわからない、が、トレーラーに積み込まれる兵器の存在が後者は無いと判断させる。

 反体制派がブリタニア側へ仕掛けることなどたかが知れている。

 青鸞は必死に考える、草壁達を行かせないためにはどうすれば良いのか。

 

 

 行かせれば失敗する、というのは容易に想像できる。

 青鸞がサイタマで勝利を得たのは、要するに藤堂の策での援護とブリタニア側の余裕が原因だ。

 大体、勝利を得たからと言って何か日本解放戦線全体に良い影響があったわけでは無い。

 

 

「人質をとっても、他国人がいても、ブリタニア軍は容赦など……」

「あのゼロに出来たこと、我らに出来ぬはずが無い!!」

 

 

 確かに、あのゼロはスザクを攫いながら未だに捕縛されていないが。

 それにあれは、ブリタニア軍がテロリストの要求を容れた唯一といって良い事例だ。

 ゼロの存在は、そういった意味でも影響力が強かったと言える。

 まぁ、あの一件以来動きが無いのが気になると言えば気になるが。

 

 

 青鸞は草壁の後ろで整然と並んでいる解放戦線のメンバー達を見つめる、全員が軍服と日の丸の鉢巻きを身に着けていた、その手には真剣の刀を持っている。

 見るからに、これから命を賭しに行くと言う風情だ。

 実際、草壁の部下達が自分を見る目は厳しい。

 ――――言葉による説得は、不可能だとこの時悟った。

 

 

(ならば)

 

 

 と、青鸞は背筋を伸ばした。

 そして草壁を見る、他の全てを排して草壁を見る。

 決定者である草壁を見つめて、そして告げる。

 

 

「……草壁中佐、剣道の腕前に自信はございますか?」

「何……?」

 

 

 怪訝そうに首を傾げる草壁に、青鸞はあくまでも真剣な眼差しを向ける。

 その深い色合いの瞳の奥に、照明の光を反射させながら。

 彼女は、言葉だけの説得を諦めた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 照明の限られた格納庫の中で、何かが打ち合う音が響く。

 整然と並んだ兵士達の前、2人の人間だけが動いている。

 しかしそれも激しい動作と言うよりは、瞬間的な加速と長時間の牽制の繰り返した方が正しい。

 

 

 動いているのは青鸞と草壁である、2人の手には竹刀が握られていた。

 ジリジリと言う音は、2人の足元から響いている。

 摺り足の音だ、床と足裏を擦れ合わせながら互いの距離を測っている。

 そして互いに半円を描いて円を作ると、互いの竹刀の先が揺れて。

 

 

「……!」

 

 

 瞬速、草壁の突きが飛んだ。

 青鸞の喉を容赦なく狙った突きは、草壁の巨体が出したとは思えない程の速度で繰り出された。

 突きのかわしのパターンはそれ程多くない、青鸞は目で追った相手の竹刀の先に自分の竹刀を置いた。

 喉の手前で竹刀が交差し、首横に触れながら後ろへと逸らされる。

 

 

(将棋にしておけば良かったかも……!)

 

 

 などと考えるが、一度言ってしまったことは覆らない。

 自分が勝てば留まり、負ければ誰にも報告せずそのまま行かせる。

 よもや、自分のような小娘の挑戦を断りはしますまいな――――と言うような挑発を、青鸞は行ったのである。

 

 

 安い挑発だが、草壁はそれに乗ってきた。

 体面の問題などもあるだろうが、チャンスをくれたのだろうと青鸞は思う。

 これを誰にとってのチャンスと捉えるかは、人によるだろうが。

 

 

「――――草壁中佐!」

 

 

 軍服と着物というハンデを背負っているため、青鸞は守りを主において動いている。

 それに力も草壁の方が強い、打ち込みの度に顔を顰める青鸞。

 彼女は8年間剣道をしているが、どうも草壁はその倍以上はやっているらしい。

 こういうものは、時間をかけた方が強くなる傾向がある。

 

 

「どうして、こんな……!」

 

 

 突きを逸らした後、鍔部分を押し合うようにして顔を近づける。

 その中で問えば、鼻息の荒い草壁の返答が来た。

 

 

「無論、日本がまだ死んでいないと世に示すためよ……!」

「そんなこと……」

「そんなことでは無いわ!!」

 

 

 耳元で響く大音量に片目を閉じる、その隙に力任せに身体を押し上げられた。

 たたらを踏むように後ろに下がれば、次の瞬間には豪の一撃が下りてくる。

 竹刀を横に倒して受ければ、手首まで痺れるような打ち下ろしが連続で行われる。

 衝撃の強さに顔を顰める、一撃の度に一歩を下がる程だ。

 

 

「自惚れるなよ小娘、サイタマでの勝利など小さいわ!」

「……っ」

「貴様のような小娘が、すでに日本を背負ったような気か! 背負えるはずもなかろうが……背負わせるはずも、なかろうが!!」

 

 

 竹刀を切り返し、一度に三歩を横に進んで草壁の猛撃から距離を置く。

 藤堂や朝比奈、上級者を相手にしてきた経験がそうさせていた。

 しかし袴と違い着物では大きく動けないので、次の瞬間には草壁に捉えられてしまう。

 

 

(ワタシ)は……!」

 

 

 サイタマで当初の計画に反して介入した青鸞には、草壁の部下達の気持ちが僅かだがわかる気がした。

 自分がやらなければならないと言う気持ちは、わかる。

 日本の現状を憂えている人間なら、誰だって共通するものを持っているから。

 

 

(ワタシ)は、父の跡を継ぎます……!」

「貴様如きがか!」

(ワタシ)だからこそです!」

 

 

 体格で負けているため、下から打ち上げる形になる。

 下がり続けていては勝てない、だから青鸞は前に踏み込む。

 元より、彼女の特性は前進にこそある。

 

 

(ワタシ)が、もっと……!」

 

 

 認めて貰えないのはわかっている、と青鸞は思う。

 一度や二度の与えられた成功で何かが変わるほど世界は優しくはなくて、何もかもが思い通りにならない世界が憎らしくて。

 だけどそれでも、思い通りになる世界が欲しくて。

 

 

「サイタマ・ゲットーでやったようなことを、(ワタシ)が――――ボクが!」

 

 

 正面で竹刀が打ち合った次のタイミングで、青鸞は身を回した。

 大きく動けないなら、動きそのものをコンパクトにせねばならない。

 片足の踵を軸に身を回し、腰を捻るようにしながら草壁の横を擦り抜ける。

 

 

「ボクが、サイタマ・ゲットーでやったようなことを……もっと、もっと! もっとやります、だから!」

「だからどうした!? 貴様1人で何が出来るか!!」

「出来ません! ボクはとても弱いから――――」

 

 

 そう、兄の姿を見ただけで何かを期待してしまうような弱い存在だから。

 

 

「――――だから、まだ草壁中佐達に教えて頂きたいことがあるんです!!」

「……この、小娘がぁっ!!」

 

 

 未熟は承知、だから己の出来ることを精一杯にやるのだ。

 そして青鸞がそのために努力を重ねているのは、もはや草壁達も知っている。

 そして知っているからこそ、彼らは動くのだ。

 

 

 このままでは、名実共に青鸞が解放戦線の顔役となってしまうから。

 名だけならともかく、このまま解放戦線内で地歩を固めるなら、看過できなくなるから。

 背負わせてはならないから。

 15の小娘に、日本を背負わせるようなことが出来るはずも無いから。

 何故なら、彼らは。

 

 

「我らは――――」

 

 

 身を回して竹刀を構えた、しかし竹刀の先を草壁の竹刀が打ち上げた。

 速い、あの巨体で草壁は青鸞の動きについてきていた。

 着物でなく袴であったなら、話は別だったろうが。

 

 

 不味い、と青鸞は思った。

 万歳をするように両腕が竹刀ごと打ち上げられていて、隙だらけの状態だった。

 帯に覆われたお腹が、相手の目に無防備に晒されている。

 

 

「未だ、死なず……!」

 

 

 く、と歯を食い縛って青鸞は手首を返した。

 打ち上げられた竹刀をそのまま下ろす、間に合わないかもしれないが打ち込む。

 行かせない、生かせるために。

 だからあえて下がらず、前に足を踏み込む。

 そして――――……。

 

 

「――――そこまで!!」

「「……!」」

 

 

 別の声が響き、青鸞と草壁が同時に動きを止めた。

 草壁の竹刀の先が青鸞のお腹に触れる直前で止まり、青鸞の竹刀は空を切る直前で。

 完全な負けの体勢での停止、青鸞は軽く唇を噛んでいた。

 止められていなければ、おそらくは鳩尾に入っていた。

 

 

 では、止めた人間は誰か。

 視線を上げれば、そこに鋭利な刀のような細く鋭い男が立っていた。

 格納庫の入り口からゆっくりと歩いてくるその男は、青鸞や草壁が良く知る人間で。

 

 

「草壁、馬鹿な真似は寄せ」

「藤堂……!」

 

 

 そう、藤堂である。

 彼は厳しくも鋭い眼光でその場にいる全員を見渡すと、竹刀を引いた草壁を睨んだ。

 対して草壁は苦い顔だ、藤堂に見つかったならこれ以上の行動はほぼ不可能だった。

 青鸞との口約束など、大した問題では無い。

 

 

「馬鹿なこととは何だ、我々は日本のために……!」

「日本のためを言うなら、余計にやめておいた方が良い」

 

 

 そこで藤堂は青鸞と目を合わせた、責めるような目ではない、だが青鸞は謝罪するように目を伏せた。

 

 

「……草壁、貴様は以前から一斉蜂起を主張していたな。その考えに変わりは無いな?」

「無論だ」

「ならばますますもって今日は動くな、2ヵ月後の蜂起の日に備えてな」

 

 

 2ヵ月後の蜂起、その言葉に草壁の部下達の間で初めてどよめきが起こった。

 これまで一斉蜂起の日程は決められていなかった、だが藤堂が……「奇跡の藤堂」が蜂起の日程について初めて言及した。

 その衝撃たるや、なかなかに大きなものがあった。

 

 

 そして草壁が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる、彼はこの時点で2つの贈り物を藤堂から受け取ったためだ。

 一つは、河口湖で行うはずだった玉砕同然の作戦の停止。

 もう一つは一斉蜂起の日程設定、まぁ、別に藤堂が進んで決めたものでは無いだろうが。

 だが急に決まった日程、その原因は当然。

 

 

「勘違いすなよ、小娘」

 

 

 傍らで自分を見上げる双眸を見つめ返すことなく、草壁は吐き捨てるような声音で言った。

 藤堂のもたらした一斉蜂起決定の報で、草壁の部下達は興奮したような声を上げている。

 今さら河口湖へ行こうとはすまい、彼らの思考は今、派閥の論理から民族主義的な論理へと展開しているだろうからだ。

 

 

「私は貴様のような小娘など、断じて認めん。一斉蜂起をすると言うならそれも良いだろう、だが、そこに貴様が連なることなど断じて認めんぞ……!」

「……構いません」

 

 

 竹刀を逆さに持ち直しながら、青鸞はむしろ静かに返した。

 

 

「それで、草壁中佐がここにいてくれるのなら」

「…………貴様ら、いつまで騒いでおるか! 今夜の作戦は中止だ、『雷光』をトレーラーから戻せ!」

 

 

 青鸞と目を合わせることなく、草壁は部下達を統率するために離れていった。

 草壁の背を見送る青鸞、その横に立ったのは藤堂だ。

 藤堂もやはり青鸞と目を合わせようとはしない、ただ青鸞はそっと目を伏せたまま。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 その言葉に、藤堂は僅かな頷きを返した。

 彼がここに来たのは、情報としては青鸞と同じだ、草壁と部下がここにいるだろうと知ってのこと。

 タイミングとしては、わざわざ朝比奈達が伝えてきてくれたためだ。

 草壁達の姿が見えない、と。

 朝比奈はどうやら、青鸞ほどに草壁を信じているわけでは無かったのだろう。

 

 

 一方で青鸞としては、悔しさの残る結果ではあった。

 藤堂が来てくれなければ、自分は草壁達を止めることが出来なかっただろう。

 だから彼女は、藤堂に感謝したのだ。

 

 

「……それで、お前はどうする?」

「そうですね……」

 

 

 ほっと息を吐いて、目を閉じて、青鸞は頷いた。

 日本のこと、民のこと、シンジュクやサイタマのこと、ブリタニアのこと、そして……のこと。

 考えるべきことはいろいろあるが、しかしとりあえず。

 青鸞は、そっとお腹に手を添えて。

 

 

「とりあえず、同じ釜の飯(みんなでごはん)を食べたいです」

 

 

 そう、微笑んだのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ああ、楽しかった。

 シャーリーはそう思った、実際に言葉にもした。

 一日中河口湖の自然やアクティビティを友人達と楽しんで、いよいよ他の面子も来れば良かったのにと思いながら、ホテルの柔らかいダブルベッドの上に身体を預ける。

 

 

 ホテルの部屋にはミレイやニーナもいて、一日の遊びの思い出話に早くも華を咲かせていた。

 シャーリーは遊び疲れた身体を解すように背伸びをすると、手を伸ばしてテレビのリモコンを手に取った。

 そしてテレビをつけると、ニュースがやっている。

 だがおかしい、どの放送局も同じものをやっている、それは――――。

 

 

「――――ゼロ!?」

 

 

 一方、河口湖から遠く離れたナリタの地でも1人の少女がその映像を見ていた。

 草壁達がナリタに留まった翌日の夜、大会議室で一斉蜂起の日程について改めて協議の場が持たれた時のことである。

 青鸞の声に全員が顔を上げた先、緊急時には自動で展開される巨大モニターがある。

 天井から下げられる形のそれには、ある人物の姿が映し出されていた。

 

 

「ゼロ……クロヴィスを殺したと言う、あの」

「眉唾ものだ、真実かどうかはわからん」

「だとしても」

「うむ……」

 

 

 いったい、何のつもりだろうか。

 片瀬が、藤堂が、草壁が見上げる中、黒い仮面で顔を覆った男は大仰な仕草で手を上げた。

 そんな彼の背後には、黒いバイザーで顔を隠した黒い制服の男女が並んで立っている。

 

 

「……?」

 

 

 ゼロの後ろに並ぶ者達、その何人かに青鸞は見覚えがあるような気がした。

 顔が見えればもっとはっきりするはずだが、背格好だけでも既視感を感じる。

 あれは、確か……と、青鸞が疑問を氷解させるよりも先に。

 

 

『聞け! 力を持つ全ての者達よ! 我々は――――『黒の騎士団』!!』

 

 

 騎士団? 青鸞は首を傾げる。

 テロリストの声明にしては妙な名前だ、しかも制服や仮面お色をとって黒の騎士団とは。

 あのゼロと言う男、仮面や衣装だけでなくネーミングセンスの趣味も悪いのかもしれない。

 

 

『我ら黒の騎士団は、武力を不当に使用する強者全ての敵だ……それがブリタニアであろうとも、そうでなかろうとも、強者の都合を弱者を虐げることを、我々は断じて認めない!!』

「……?」

 

 

 言っている意味がわからない、それは青鸞だけでなくその場にいる解放戦線のメンバー全員が共通する思いだろう。

 しかしそんな彼らも、ゼロが続けた言葉で驚愕することになる。

 何故ならばそれは、彼らの価値観とは真っ向から対立する理念だったからだ。

 

 

『まずは愚かにも民間人を殺戮し、それを主義主張と欺瞞を言い放っていた大日本蒼天党』

 

 

 映像が切り替わる、そこはどこかの野営地のようだった。

 ブリタニア軍らしきナイトメア部隊が、濃く生い茂る樹木と荒れた地面が特徴と言えば特徴の森を包囲している様子が映っている。

 道路もライフラインも整備されている様子も無いが、日本解放戦線やサムライの血の拠点同様地下に基地を築いていたのだろう。

 

 

 しかしそこには、元あった森など存在しない。

 何か強力な爆弾でも爆発したのか、岩盤が崩れたように森の中心に穴が開いている。

 地下の基地にいた者にとっては、天井が突然崩れたようなイメージだろう。

 瓦礫の中に薄紫のナイトメアの残骸が見え隠れする所を見ると、ブリタニア軍の作戦と言うわけでは無いらしい。

 

 

『彼らには救いが無かった……故に、我々が天誅を下した!!』

 

 

 ゼロは言う、大日本蒼天党はブリタニア人排除の名の下に3歳の子供でさえ殺す非道な組織だと。

 子供を洗脳して自爆テロをするような兵に仕立て上げ、ブリタニアと名の付くものに手当たり次第に攻撃を加える非道な人種の集まりだと。

 実際、大日本蒼天党はチュウブでも指折りの過激な組織として有名だった。

 

 

「ゼロめ、何のつもりだ……!」

「姫様、地盤が緩んで危険です。どうかお下がりください!」

 

 

 自身のナイトメアのコックピットを開き立ちながら、大日本蒼天党の掃討作戦を指揮していたコーネリアは崩れ続ける敵の拠点を睨んでいた。

 側近であるギルフォードの懸念の声にも耳を貸さずに立ち続ける彼女は、ゼロがいるであろう土煙の向こうを睨み続けている。

 サクラダイト会議への牽制兼圧力の予定が、これでは。

 

 

「ゼロ、キミは……!」

 

 

 特別派遣嚮導技術部に所属するナイトメアの操縦者(デヴァイサー)、枢木スザクもその現場にいた。

 彼のいる特派は前線にいるわけでは無いが、それでも爆発の振動は伝わっている。

 基地に蓄積されていた燃料用流体サクラダイト、その爆発と特派では予測されているが。

 いずれにせよ、彼の前には結果だけが残る。

 

 

『撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ』

 

 

 ゼロの声だけが、大日本蒼天党の基地のある森に響く。

 ナイトメアやG1ベース、そして電波ジャックによってあらゆる映像媒体を通じて世界中に映像が流れているのに、現場のブリタニア軍はその姿を何故か視認できなかった。

 

 

『私は戦いそのものを否定はしない、しかし、強者が弱者を一方的に虐げることは認めない。我々は力ある者が力なき者を虐げる時、いつでも現れるだろう!』

 

 

 どのような理念を持っている組織でも、民間人や弱者を傷つけるならば天誅を下す。

 ブリタニア軍が民間人を虐殺すれば、それを止めるために戦う。

 日本の独立派が民間人を巻き添えにテロを行うなら、これを止めるべく戦う。

 彼ら『黒の騎士団』の主張は、まとめるとそう言うことだった。

 

 

 その主張は当然、ブリタニアには受け入れられないものだった。

 大体ゼロは大逆罪の犯罪者である、主張以前に存在が認められない。

 唯一、日本人の恭順派や中間派の受けは良いだろう――民間人を巻き込むテロを否定すると言う点で。

 だが同じ反ブリタニア組織、例えば最大派閥の日本解放戦線から見た場合、どうだろうか。

 主張は一目置くに値するかもしれない、だが、ただ一点どうしても認められない部分がある。

 

 

「ボク達が……」

 

 

 それは、青鸞の呟きに凝縮されていた。

 ナリタの日本解放戦線、板張りの大会議場で青鸞は肩を震わせていた。

 悲しみではない、それとは程遠い感情が彼女の胸に去来していた。

 彼女の目は、モニターの向こうに映る仮面の男を睨んでいる。

 

 

「ボク達が、ブリタニア軍と同列だって言うのか……!」

 

 

 日本の土地を、権利を、資源を、財産を、そして生命を奪うブリタニア帝国。

 それらを取り戻すべく戦う、日本解放戦線を始めとする反体制派の武装勢力。

 黒の騎士団のリーダー、あの仮面の男ゼロは、両者を同次元の存在として切って捨てたのである。

 

 

 日本解放戦線の幹部連の間に、俄かに奇妙な熱気が立ち上った。

 それはおそらく、青鸞とさほど離れた感情ではないだろう。

 一様に、ゼロの映るモニターを睨みつけていて、そして。

 

 

『世界は、我ら黒の騎士団が――――裁く!!」

 

 

 貴様らなどに、裁いて貰わなくて結構。

 少なくともその時、その場にいる人間の心は一つになった。

 そして、このゼロの声明からさらに数週間が過ぎて――――6月。

 

 

 運命の6月。

 時代の分岐点となるその月が、訪れる。

 その月、青鸞は忘れられない戦いを経験することになる。

 その戦いは、後の日本の歴史の教科書にも載ることになる戦い……。

 

 

 ――――ナリタ攻防戦。

 





 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 草壁中佐プッシュなこの話では、まだまだ中佐殿に頑張って貰う予定。
 自害はしませんでした、どうも。

 そして小説版から大日本蒼天党を引っ張ってきて、河口湖とは別にやられ役になって頂き騎士団誕生。
 さらに騎士団の主義主張の解放戦線サイドからの見方も紹介、これも後に伏線として回収されるかもしれません。
 と言うわけで次回予告です、どうぞ。


『どんな場所でも、積み重ねられる日常がある。

 どこにいたって、時間の積み重ねは否定できない。

 ボクは、それをずっと一緒に重ねて行きたいと思う。

 だから、許さない。

 その積み重ねを否定する、まして壊すことなんて……』


 ――――STAGE9:「終焉 の 序曲」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。