コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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STAGE10:「ナリタ の 戦い」

 

 ナリタ連山に存在する日本解放戦線の関係者は、およそ1万人とされている。

 その内、後方スタッフを含む戦闘員が約7000人であって、これが日本解放戦線の最大兵力である。

 残りの3000人近くは保護した民間人であり、その半数は日本解放戦線の本拠地の敷地内――地下だが――に住んでいる。

 

 

 つまり一種の地下都市であり、実は簡単には移動が出来ない構造になっている。

 また仮に移動、つまり脱出が可能になったとしても、外的な要因によって不可能な場合がある。

 圧倒的物量による、包囲殲滅戦だ。

 

 

「敵軍は3方向から侵攻中! ナイトメア部隊を前面に押し出し、地上部隊を侵攻中です!」

「航空戦力による爆撃はありません――――純粋な地上戦力による進撃のみの模様!」

「各防御陣地からの全兵器使用許可の申請を受理! 固定砲台による防衛ラインが崩されつつあります!」

 

 

 今回、コーネリアがナリタ連山の包囲作戦を展開するために率いてきた兵力は4万。

 補給・情報管制など後方支援部隊が3割を占めることを差し引いても、実働戦力は軽く3万近い。

 もちろん、ただ1人を除いて全てブリタニア人で構成された正規軍だ。

 ナイトメア207機、戦車・装甲車101両、自走砲を含む野戦砲75門、そして施設の制圧を担当する多数の歩兵部隊、これらの戦力でコーネリアはナリタを陥とそうとしていた。

 

 

 対して日本解放戦線の戦力は後方部隊も含めて7000、ナイトメアの数は54、戦車・装甲車は自走砲を含めて95両(門)、トーチカに偽装された固定砲台などが31基あるが、いずれにしても侵攻してくるブリタニア軍の半数にも届かない。

 攻城戦は防御側の3倍の兵力が必要、その法則に基づくのであれば、コーネリアは十分な戦力を揃えてきたと言える。

 

 

「少将閣下、このままでは……!」

「わかっている」

 

 

 幕僚として傍についている東郷の言葉に、片瀬は呻くような声で応じた。

 篭城は出来ない、援軍のアテも無いのに時間を稼いでも無意味だからだ。

 サイタマの時のようにトーキョー租界周辺のレジスタンスを動かし、関東全体に進撃する素振りを見せて撤退させると言う策は今回は使えなかった。

 

 

 何故なら各地に散っている諜報員からの報告で、ブリタニア軍1万(ナイトメア100機含む)が各地のゲットーを昨日から封鎖しているからである。

 しかも、近隣の空軍基地から攻撃機を低空飛行させて威嚇していると言う。

 おそらく、サイタマの二の舞を避けようとコーネリアが打った手だろう。

 

 

「……全砲台、迎撃を開始せよ!」

 

 

 テーブル型の戦略パネルを睨みつけながら、片瀬は全軍に迎撃を命じた。

 偽装を取り払って砲台を出し、ナイトメア部隊を繰り出して歩兵・戦車部隊と共に防衛ラインを敷く。

 降伏は出来ない、だが彼にも万が一の際の覚悟はある。

 

 

「東郷、お前は例の準備をしろ」

「しかし、アレは」

「わかっている、あくまで最後の手段だ。最後のな……」

 

 

 絶望的な7年間を戦い続けてきた老将、片瀬。

 彼は刀を握り締めたまま、戦略パネルを睨み続けていた。

 膨大な光点が本拠地に迫っている様子を、見つめ続けていた。

 

 

「ここには民間人もいるのだ……断じて奴らを通すな! 今こそ回天の時である!!」

 

 

 精神と肉体を磨り減らし続けた老将の声が、今や風前の灯となった日本最大の反体制派武装勢力の中枢で反響した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 濃紺のパイロットスーツに着替えた青鸞は、多くの兵士でごった返している通路を縫うようにして駆けながらナイトメア格納庫に向かった。

 そこには青鸞の無頼があり、また彼女の護衛小隊の面々もすでに出撃体勢を整えていた。

 山本、上原、大和……サイタマでの戦いを共に経た仲間達だ。

 

 

 言葉少なにナイトメアへの搭乗を告げて、青鸞自身も自分の機体のコックピットへと身を投げ入れた。

 すでに戦闘は始まっている、実際、起動させたナイトメアのディスプレイや通信回路ではそれに関わる情報が飛び交っている。

 機体全体の起動までの数秒間、背をシートに押し付けて青鸞は目を閉じた。

 

 

「父様……!」

 

 

 ぎゅう、と、自分の両肩を抱くようにして父を呼ぶ。

 応える声は無い、当然だ、だがそれでも呼んだ。

 呼ばずにはいられなかった、誰かに力を貸してほしかったからだ。

 今再び、「日本」が危機にある中で。

 

 

 ブリタニア軍の襲来自体は、驚くに値しない。

 いつかは起こるはずであったし、機先を制された事は厳しいが、やりようによっては十分に防げるはずだった。

 外の戦力を潰されたとしてもナリタは広い、相手が歩兵部隊であれば簡単には制圧などさせない。

 だが、そうなってしまえば。

 

 

「…………」

 

 

 腕の中にはまだ、あの温もりと重みが残っている。

 ナリタ地下の制圧戦となれば、当然、保護している民間人も巻き込まれる。

 道場の門下生はもちろん、青鸞自身が保護した人達もいる、生活を営む人々がいる。

 守らなければならない、自分達を信じてついて来てくれた人々なのだから。

 

 

 メインディスプレイに火が灯った、側面のディスプレイにも照明が入る。

 コアルミナスからエネルギーが機体全体に行き渡ったのだ、無頼が稼動する。

 深く息を吐いて下を見ると、青鸞は膝の上に置いてあった物を手にとった。

 それは刺繍の施された白いハンカチだった、何の変哲も無いが上質な物だ。

 

 

「…………」

 

 

 それを額に軽く押し当てて何事かを呟く、何と呟いたかはわからない。

 ただ、どこかで平和に過ごしているだろう幼馴染の兄妹の幸福を祈ったように見えた。

 そしてそのハンカチを左手首に右手と歯で巻いて、青鸞は無頼の操縦桿を握った。

 

 

「――――小隊各機、出撃します!」

『『『承知!』』』

 

 

 藤堂達がいたら止めただろうか、それとも背中を押しただろうか。

 イフの可能性に意味は無い、しかしいずれにしても青鸞の顔にもはや迷いは無かった。

 目の前のディスプレイには、別の小隊の無頼3機が出撃している様子が見て取れた。

 すでにこの格納庫にいるナイトメアは全て出撃している、青鸞達が最後だ。

 

 

「ここで動かずして、何のための日本か……!」

 

 

 無頼のランドスピナーを低速で動かし、前の小隊が出撃した後に続く。

 流れるように動き出した青鸞機、その後方では古川達整備班が帽子を振って見送っている。

 最高とは言わないまでも、最高に近い整備を施した機体だ。

 ブリタニアを思う存分打ち倒せと、そう言っているのが聞こえる気がする。

 

 

(ワタシ)達はこれより、味方を援護……ナリタに攻め上るブリタニア軍を撃退します。状況は苦しいようですが、敗戦は一度で十分、各員……死力を尽くすことを期待します!」

『『『承知!』』』

「……生きて」

 

 

 敵は圧倒的な戦力、味方は寡兵。

 いつものことだ、だから大したことなんて無い。

 そう自分に言い聞かせる青鸞、その頬には不安を象徴するように一筋の汗が流れていた。

 

 

「生きて、必ずナリタへ……!」

『『『…………承知!』』』

 

 

 前方の通路が空いた、岩盤の偽装が剥がれて地下道が外へと通じる。

 徐々に速度を上げながら、青鸞は薄暗い地下道から明るい外へと飛び出した。

 ランドスピナーの感触の変化と共に、目に飛び込んで来た太陽の光に僅かに目を細める。

 

 

 そして同時に、飛び出した所を狙われたのだろう、先に出た小隊の無頼の残骸を見つけた。

 目を見開く彼女の前で、薄紫色の装甲を持つブリタニアのナイトメア、サザーランドが巨大なランスを振り回して貫いていた無頼を吹き飛ばすのが見えた。

 パワーなどの基本スペックは向こうの方が上だ、そのことを今さらながらに思い出す。

 

 

 中遠距離からの戦車・野戦砲の電動式砲弾(レールカノン)とナリタの固定・移動砲台のオレンジ色の火線が飛び交う空、機体を通じて響く戦闘の地響き、そのいずれもがこれまでの戦場の比では無い。

 巨大な戦場の中にあっても、しかし1人1人の兵士の感情の動きはあくまで単純だ。

 例えば目の前で友軍の無頼が地面に転がされ、爆発炎上する様を見せられた青鸞は。

 

 

「……ッ、ブリタニアあああああああああああぁぁっっ!!」

 

 

 瞳の奥に怒りの輝きを煌かせ、無頼の刀を水平に構えて。

 ブリタニアのナイトメア部隊のただ中へと、自らを飛び込ませた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 日本解放戦線側が保有するナイトメア部隊を展開し始めた時点で、すでに固定砲台主体の最初の防衛ラインは突破されつつあった。

 ナイトメアで砲台を潰し、戦車の援護を受けた歩兵部隊が前進すると言うのがその基本戦術だ。

 高きを制しているのは解放戦線だが、火力の差が彼らを苦戦させていた。

 

 

「戦況――――報ぅ――告ッ!!」

 

 

 戦車による崖上への砲撃が続く中、解放戦線が確保している陣地に大声が響く。

 深緑の軍帽をかぶった兵が砲撃音に負けない声で、付近の戦況について報告に来たのだ。

 大地を揺るがず砲撃の音と衝撃が断続的に響く中、下から迫るブリタニア兵の気配を感じながら、しかし耐えなければならない。

 

 

「第14砲台指揮官よりぃ、『我、最後ノ一兵マデ敢闘セリ』! 敵部隊は砲台兵による突撃で甚大な被害を被りつつもぉ、我が部隊及び左右の部隊に対し攻勢をかけてきている模様!!」

「戦況報告は簡潔にせんか!」

「我が部隊は敵の大部隊に半包囲されつつあり、大ピンチであります!!」

「よぉし!!」

 

 

 簡潔になった報告に満足げに頷くのは、解放戦線側が第7区画と呼んでいる区画の部隊を指揮する指揮官だ。

 土屋昌輝(つちやまさてる)と言う20代後半の高級将校で、外に跳ねる短い黒髪の男だ。

 今、彼と彼の直属部隊が身を置いている崖上の陣地は、崖下からの10両以上の戦車による至近砲撃が打ち込まれ続けていた。

 

 

 彼らがいる地点よりも直上の崖に着弾した砲弾によって、陣地内には断続的に大小の岩が転がり落ちてきている、そちらにも注意を割かねばならない。

 陣地を守る兵達は、ここを抜かれた先が本拠地の裏側であることを知っている。

 それだけの重要拠点なのだ、だから抜かれるわけにはいかない。

 

 

「第7砲台に連絡、支援を請え!!」

「……ダメです、第7砲台通信途絶!」

「左翼隊より救援要請、敵軍のナイトメア部隊に包囲されています!」

「何ぃ……!」

 

 

 土屋は片瀬らが解放戦線を立ち上げた頃から参加している古参の将校だ、それだけに経験は豊富だ。

 7年前においてもブリタニア軍に包囲されたことは一度や二度では無い、部下達も同様だ、今さら恐慌に陥って逃亡するような兵などいない。

 しかし、圧倒的な戦力差を前にいつまで保たせられるか。

 

 

「司令部より通信! 戦局逆転のため、あと1時間は持ち場を死守せよとのことです!」

「1時間……!」

 

 

 戦局逆転のためとあらば、もちろん1時間でも2時間でも堪えてみせよう。

 ここには死を恐れる者などいない、だが現実的にそれが可能かと言えば、土屋には自信が無かった。

 いや、と、土屋は自身の弱音を排除する。

 精神で負けてどうする、まだ中央も右翼も生きて……。

 

 

「右翼隊、壊滅!!」

 

 

 その報告と同時に土屋の脳内に付近の地図が浮かぶ、右翼は壊滅し左翼が包囲されている状況。

 つまり、土屋のいる中央は完全に半包囲されたことになる。

 戦況悪化とはこのことであって、現場指揮官としては何か手を打たねばならないが……。

 

 

「戦況報告! 敵歩兵部隊が登坂開始! 最前列との距離、およそ800! 敵速毎分120歩!」

「砲撃第4波、来ます!」

「臆するな! 踏み止まれ! 司令部の命令を完遂しろ!!」

 

 

 敵兵の軍靴の音、砲撃の音、空を飛び交う砲撃と崩れる山肌の音。

 何百人もの人間が悲鳴を上げるような轟音が響き続ける戦場は、常人であれば数分で発狂しそうな程に狂気に満ちている。

 そんな中で正気を保つと言う行為は、それだけで狂気に堕ちていると言えるのかもしれない。

 

 

「たとえここで我らが死すとも、後方の味方が体勢を整える時間を。そうすれば……!」

 

 

 だが、それはつまり彼らの全滅を意味する。

 しかし誰も逃亡しない、日本の独立のために戦う彼らに撤退の二文字は無い。

 砲弾により崩された岸壁に足を挟まれ絶叫しようと、崖下の敵歩兵の動きを逐一報告していた観測兵の頭が銃弾で粉々に吹き飛ばされようと、飛び散った岩の破片が眼球に刺さり地面の上を悶えようと。

 同胞の内臓と脳髄と血と涙を踏み付けながら、彼らは銃を手にブリタニア兵の進撃を止めようとする。

 

 

 日本のために、後方の仲間が反撃の体勢を整えるまでの時間を1秒でも多く稼ぐために。

 内部の民間人の避難を進める1秒を稼ぐために、目の前の敵兵を止めれば時間が出来る。

 そして、生き残るために。

 動く、動く、動く動く動く――――動け!

 

 

「な、なんだアレは……敵のナイトメアが!」

「ぬぅ!?」

 

 

 不意に、4本のスラッシュハーケンらしきものが背面の崖に突き立った。

 2本であれば見慣れているが、4本と言うのは珍しい。

 土屋が振り仰ぎそれを見た時には、すでに撒き戻りが起こり機体が下から引き上げられていた。

 

 

 それは、薄紫の他のブリタニア軍ナイトメアとはまるで異なるデザインの機体だった。

 白い西洋鎧のような……どこか騎士を思わせる繊細なフォルムと流線型のライン、どこか女性的な印象を受けるのは機体構造のせいなのか。

 胸部で輝いているのはセンサーか、顔面部に無い段階で他とは違う。

 

 

『投降してください』

 

 

 陣地の中に直立したその白いナイトメアから、どこか幼さを残した少年のような声が響いた。

 あまりに突然のことだったためにやや呆然としていたが、投降という言葉だけは頭に入ってきた。

 

 

「馬鹿な!」

 

 

 様々な意味を込めて、土屋は叫んだ。

 

 

「投降など……!」

『こんな戦いは無意味です。お願いします、投降してください』

 

 

 ――――無意味だと!?

 その場にいる解放戦線の兵の目に確かに光が灯った、彼らは白のナイトメアへと一斉に視線を向ける。

 こうしている間にも下からの砲撃は続いている、それでも彼らは白のナイトメアを睨んだ。

 

 

 彼らの同胞が何人も散っていった戦いを「無意味」の一言で切って捨てた、そのナイトメアのパイロットを。

 強大な兵器を駆り、こちらを見下すような視点から投降を「お願い」するパイロット。

 それは、解放戦線メンバーの目から見ればまさにブリタニア的な態度だった。

 

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっっ!!」」」

 

 

 四方からその機体目掛けてアサルトライフルの弾丸が飛ぶ、毎秒数百発の弾丸が白い装甲の上を跳ねる。

 当然、ダメージは無い。

 だから、白のナイトメアの中で少年は奥歯を噛んだ。

 

 

「どうして、抵抗するんだ……!」

 

 

 そして彼は、哀しげな眼差しのまま操縦桿のボタンを押した。

 制圧の後、彼は山頂へ向けて進み続ける……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そうした地上戦の他にも、表裏で行われている戦争もある。

 例えば電子戦、互いの通信や電子機器の動きを阻害しようとするジャミングと、それを防ぐ対電子妨害の掛け合いなどがそれだ。

 ただこの分野においては、実はそれほど双方に差は無い。

 

 

 しかしナイトメアは違う、日本解放戦線が保有する無頼はあくまでも7年前にブリタニア軍に制式採用されていたグラスゴーのコピー品である。

 それに対してブリタニア軍の主力はサザーランド、グラスゴーの経験を基に製造された対ナイトメア用ナイトメアだ。

 さらに言えば数も遥かにブリタニア軍が多い、広い場所ではとても勝ち目は無い。

 

 

「た、退避し」

 

 

 兵の叫びが轟音に掻き消される、ナリタ連山に無数にある地下道の一つに爆炎が巻き起こる。

 それはサザーランドが抱えたキャノン砲によって引き起こされた物で、岩壁に偽装された隔壁を吹き飛ばしたそこは物資搬入口の一つだ。

 比較的山の低い位置にあったそこが、最も早くブリタニア軍の侵入を許した場所だった。

 

 

 それまで詰めていた兵達も、ナイトメアサイズのキャノン砲の衝撃と爆風に巻き込まれて吹き飛ばされた。

 内部の岩肌や床に転がるのは黒く焼けた肉の塊、高温で焼けた鉄のような匂いがあたりに漂う。

 そしてそれらを足とランドスピナーで轢き潰しながら、3機のサザーランドがさらに進む。

 

 

『ポイントを確保した、イレヴン共はこの奥だ』

『大した防備も無いようだし、歩兵を呼ぶ前に一つ……ん? 待て、何か反応が』

 

 

 戦闘速度で進んでいたサザーランドのセンサーに、奇妙な反応があった。

 細く続く地下道の前方にあるそれは、次第にメインディスプレイにも映り込み始めた。

 薄暗い中で見えるのは、巨大な大砲のような形をした――――。

 

 

『――――何ッ!?』

『ば、馬鹿な、ただのアンチナイトメアラ……ぐあああああぁぁっ!?』

 

 

 サザーランドの通信回線の中でパイロットの悲鳴が響き渡り、次いで3機全てのサザーランドが全て爆発粉砕された。

 コックピットごと吹き飛ばされたそれは、機体全体に細かな砲弾が衝突した衝撃によって成された。

 目前で一つの砲弾が内部に抱えていた小弾丸をばら撒き、貫いたのだ。

 岩盤に走っているコードを引き千切るような爆発が3連続し、地下道の天井から小さな岩が落ちる。

 

 

「――――やった!」

「馬鹿者、まだ喜ぶのは早いわ!!」

「は、はっ! 申し訳ありません! すぐにバッテリーの再調整に入ります!」

 

 

 複座の座席の前で部下が計器のチェックを始めるのを視界に入れつつ、彼は自ら乗り込んだ機体のコックピツトを眺めた。

 その機体の名は『雷光(らいこう)』、4機のグラスゴーを改造してリニアキャノンとした改造機である。

 言ってしまえば多脚砲台だ、超電磁式留散弾と言う散弾を放つ強力な重砲。

 

 

 現に今、3機のサザーランドを一息に仕留めて見せた。

 移動は出来ない固定砲台だが、限定空間に設置してしまえばこれほど強力な兵器は無いだろう。

 彼……草壁は、それを他に2箇所に配置し、ブリタニアのナイトメア部隊の侵攻を防いでいた。

 

 

「ふん、ブリタニアの豚共め……そう易々と内部に入り込めると思うなよ」

「はい、雷光の威力は凄まじい物があります!」

 

 

 前の座席にいる部下には草壁の声しか届かないが、実際には草壁は部下程に興奮を覚えてはいなかった。

 

 

(とは言え、篭城してどうなるものでも無いが……)

 

 

 援軍のあても無く篭城しても、消耗戦になるだけ。

 それは草壁にもわかってはいるが、今はこうして防戦するしか無いことも確かだった。

 他に打つ手が無い、少なくとも何か……。

 

 

「中佐、新手が!」

「うろたえるな、次弾装填! 左右四連脚部固定!」

 

 

 メインディスプレイに新たな反応が映り、草壁の意識はそちらへと向く。

 こと戦術と言う範囲においては、彼は優秀な指揮官だった。

 ただ全体の戦略と言うことになると、現場で指揮を執る彼にはどうしようも無い。

 

 

「超電磁式留散弾重砲――――撃てぇえいっ!!」

 

 

 砲撃の衝撃に身を揺らしながら、草壁は叫んだ。

 その叫びは、どこに向かっているのだろう。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「こちらへ、子供・高齢者・女性の順序で避難をお願いします!」

「ぶ、ブリタニア軍だ……!」

「ど、どうして、ここは安全だって聞いていたのに!」

 

 

 一方でナリタ地下の民間居住区では、混乱が起きていた。

 その中で拡声器片手に飛び回り、長屋の部屋を一つ一つ開けては人の有無を確認しているのは雅である。

 割烹着や白い頬を土埃で汚しているのは、岩盤の天井が砲撃の振動で揺れていることと無関係では無いだろう。

 

 

『誰か! 誰か逃げ遅れている人、または逃げ遅れている人を知っている方はいませんか!?』

 

 

 分家筋とは言え彼女もキョウトの人間である、避難は自分が最後と自身に任じていた。

 拡声器を使うのは、戦闘の轟音がここまで響いてきているからだ。

 恐慌状態に陥っている人を落ち着かせ、泣いている子供がいれば付近の大人に預け避難所になっている藤堂道場に連れて行かせ、手伝ってくれている門下生達を動かして長屋の中を見て回る。

 

 

 目が回る程の忙しさだ、だが1秒たりとも休むわけにはいかない。

 不意に声をかけられて振り向けば、そこには女の子を背負い男の子の手を引いた愛沢がいた。

 長袖のシャツに淡い色のロングスカート、柔らかなコーディネートも今は土埃で汚れている。

 彼女は戸惑った顔を雅へと向けると、どこか縋るような声で。

 

 

「榛名さん、これってどう言う……」

「事情は後で説明します、今はとにかく道場へ……あ!」

 

 

 愛沢に答えていると、振り向いた拍子に長屋の陰に蹲っていた男性を見つけた。

 近くにいた道場の門下生に愛沢と子供達を任せて、雅は半ば跳ぶように駆ける。

 そこにいたのは小太りな中年の男性だった、先日、青鸞に声をかけていた人間の1人だ。

 

 

「山中のおじ様、こんな所にいると危険です。道場の方へ……」

「あ、ああああぁぁぁ……もう、もうダメだぁ……こ、こんなことなら、もっと別の場所に逃げとけば……」

「……さぁ、行きましょう」

 

 

 ブツブツと呟いている言葉は聞き流して、雅は山中を支えて立たせた。

 ブリタニア軍の攻撃、と言う状況は、ここにいる人間には一種のトラウマのような物なのだ。

 村を焼かれた人、家族を殺された人、辱めを受けた人――――。

 ここにいる山中も、持ち家だった自分の店を潰されて路頭に迷った人間だ。

 

 

 実際、民間居住区にまで情報はなかなか来ないが……しかし、状況がかなり悪いと言うことはわかっている。

 雅としては不安が無いわけでは無いが、今の所は取り乱さずに済んでいる。

 信じる人がいるからこそだが、どうなるかはわからない。

 形の無い不安と共に、ただ待つしかない。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 超信地旋回、日本解放戦線では青鸞の無頼のみが行うことが出来る旋回活動である。

 青鸞は好んで多用する、機体性能を活かさない手は無いためだ。

 特に、絶対的に勝利を積み重ねなければならないような状況では。

 

 

「はああぁ――――……アッ!!」

 

 

 左右のランドスピナーを逆回転させ、機体をターンさせながらサザーランドの横を擦り抜ける。

 その際に両腕に持たせた刀を振り、遠心力でもってサザーランドの首を跳ね飛ばした。

 胴体部から弾け跳ぶように、サザーランドの頭部が地面に落下して破片が飛ぶ。

 

 

『イレヴンがあああぁっ!!』

 

 

 次いで操縦桿を引く、斜面下から駆け上ってくる新手のサザーランドのアサルトライフルの弾丸を後退して避ける。

 コックピットの中で長い黒髪が振り回されるように揺れる、目は真っ直ぐ前を見て瞬き一つしない。

 その瞳には、ディスプレイ越しの火線が映し出されている。

 

 

 青鸞は機体を右へと流した、そちらには小さいが崖がある。

 ライフルの弾丸を回避するために前を向いたまま、後ろから崖下へと機体を落とす。

 同時にスラッシュハーケンを放ち、崖の岩盤にアンカーとして打ち込む。

 そして落下の遠心力で振り子のように機体を上げる、スラッシュハーケンの撒き戻しも利用しての跳躍だ。

 

 

「ッ……全、速!」

 

 

 壁走り――――ランドスピナーが岩盤を削りながら機体を押し上げる。

 刀を岩盤に刺し、直上に向けて急斜面を一気に進む。

 

 

『な――――!?』

 

 

 トドメを刺そうと崖の縁まで寄ったサザーランドのパイロットは驚愕しただろう、何しろ崖に寄った時には青い無頼が目前にいたのだから。

 下がろうとするももう遅い、岩盤ごと跳ね上がった刀の先がアサルトライフルを持つ片腕を根元から切り裂いた。

 吹き飛ぶ機械人形の腕、火花を散らす結合部、着地する青い無頼。

 

 

 だが、まだだ、サザーランドにはまだランスがある。

 サザーランドが背中を見せた青の無頼にランスを突き立てようと動く、対して無頼は大きく身を沈めた。

 次の瞬間、2本のスラッシュハーケンがサザーランドの胸部と左脚部を貫いた。

 

 

『……青鸞さま!』

「上原さん、助かりました」

 

 

 身を立たせた青鸞機の前にスラッシュハーケンを巻き戻しながらやって来たのは上原機だ、背面の崖下でサザーランドの爆発を確認しながら、青鸞は礼を言いつつ上原機へと機体を寄せた。

 周囲には他にも敵のナイトメアや装甲車などが破壊された姿で転がっている、もちろんその中には倒れたブリタニア兵も含まれている、青鸞はそれから目を逸らすようにしながら周りを見渡した。

 

 

「他の2人は? まさか」

『いえ、付近のナイトメア部隊から救援要請が……』

 

 

 通信画面の上原の顔に、別の画面が重なった。

 護衛小隊のコールナンバーが振られたそれは、間違いなく他2名の護衛小隊のメンバーだった。

 大和機及び山本機、青鸞は僅かにほっとしつつ顔を上げた。

 

 

「や」

『青鸞サマ、ちょぉおっとこっち方面ヤバいかも……!』

 

 

 言葉を聞き終わるより早く、青鸞は操縦桿を倒して無頼を走らせていた。

 識別信号を頼りに上原機を伴って戦場を横断する、これまでも劣勢を伝える通信下へと救援に赴いては敵を撃退・撃破するという行動を繰り返していた。

 今度はそれが自分の護衛小隊だったと言うだけの話、青鸞に迷いは無かった。

 

 

「今向かいます、そちらの状況を……」

『ああ、いや、来ない方が……っと、うお!? ヤバ、これマジヤバ!!』

「山本さん!?」

『隊長? 報告が不明瞭です!』

 

 

 要領を得ない山本に代わって応じたのは、大和だった。

 彼はいつものように低い落ち着いた声で、しかし若干の焦りを垣間見せつつ。

 

 

『……コーネリアを確認した!』

 

 

 ――――コーネリア!?

 敵軍の総大将の名前に、青鸞は目を驚きに見開いた。

 まさか、総大将がこんな最前線まで出て来ているとは思わなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 軍の長たる者、武人とはどうあるべきかを示さねばならない。

 コーネリアはそう思う、特に皇族として上位に位置している身なれば陣頭に立つべきだ。

 他の皇族・大貴族に押し付ける気は無いが、コーネリアの価値観はそこにこそある。

 それでこそ彼女は上に立てるのだ、数万の将兵の上に。

 

 

「脆弱――――脆弱ぅっ!」

 

 

 コーネリアの専用機(グロースター)がランスを突き出し、グラスゴーもどき――無頼の胸部コックピットの表面を突き破ってパイロットごと爆散させた。

 黒煙の中から飛び出したグロースターは、他の機体に比べて頭部側面の角が長い。

 裏地が黒の白マントをたなびかせながら疾走するその姿は、まさに戦女神の名に相応しい。

 

 

「ふん……流石は本陣と言う所か、抵抗が強いな」

『姫様! これ以上の突出は危険です、お下がりください!』

「む、ギルフォードか」

 

 

 1機1機の性能と精度は大したことは無いが、数十機のナイトメアが配備されたそこはまさに本陣。

 コーネリアとしても単独での突出の危険は擬似孤立と隣り合わせだ、戦車やトーチカからの砲撃をかわしつつ上った斜面を一旦下る。

 赤茶色の岩場に機体を潜めれば付近の土が砲弾で吹き飛ぶ、コックピットの中でコーネリアは一息を吐いた。

 

 

「ギルフォード、ダールトンとアレックスの方はどうだ?」

『は、ダールトン将軍は左翼の敵をすでに撃滅、ナリタ連山東部一帯を制圧しました。アレックス将軍も西部を制圧した模様ですが、どうやら敵は地下道にリニアキャノンを展開して防衛ラインを敷いている模様で……』

「苦戦しているか」

『は、申し訳ありません』 

 

 

 良い、とコーネリアは余裕を持って応じた。

 局地的には苦戦に陥ることもあるだろう、それを突いて部下を詰る程落ちぶれてはいない。

 それに全体としては圧倒的に優位だ、本陣方面の地下道の一つを事前に知ることが出来たのが大きい。

 おかげで、こうしてコーネリアは自ら敵の本陣へ向けて進撃出来ているのだ。

 キューエルとか言ったか、純血派の手柄と言えば手柄だった。

 

 

「さて……」

 

 

 顔を上げれば、メインディスプレイの向こうに一軒の山荘が見える。

 何の変哲も無い山荘に見えるが、アレはカムフラージュだ。

 あそこに地下へ通じる通路があり、ナリタ連山地下要塞の中枢へと通じているはずだった。

 この作戦の究極目的は、そこへ歩兵部隊を送り込んで占拠することだ。

 

 

『ぐああああぁぁっ!?』

「む、どうした!?」

『て、敵襲です、殿下!」

 

 

 前面の砲撃による防御をどう抜くかと考えている時に、背面のナイトメア部隊が俄かに騒がしくなった。

 どうやら敵ナイトメアが回り込んでいたらしい、しかし所詮は寡兵。

 コーネリアは機体を回すと、戦闘を始めた部下の救援のために加速を始めた。

 

 

 そしてコーネリアの直衛部隊の背後を衝いた部隊は、実の所偶然によってそこに出てきたのだった。

 結論を言えば、それはこの方面の防御部隊の救援要請を受けて駆けつけて来た山本機と大和機である。

 付近にいたために駆けつけたのだが、来た時には救援を要請してきた部隊はすでに地上から姿を消していた。

 

 

『おいおい、こいつぁ良くねぇな……』

『……ああ』

 

 

 奇襲をかけた形になった山本と大和だが、今は後退して斜面の陰に機体を隠していた。

 岩と岩壁によって身を守らなければ、コーネリア直属のグロースター隊のアサルトライフルによって蜂の巣にされてしまうからだ。

 実際、彼らの周囲にある岩や地面、木々などが数秒経過するごとに形を変えていっている。

 

 

『ここはやっぱ、戦術的撤退って奴を……おお?』

 

 

 不意にアサルトライフルの射撃が止まる、止める理由は無いはずだが音も衝撃も止まった。

 青鸞達に通信を繋げている間の出来事であって、山本は顔面部のセンサーを開きつつ、機体の顔を覗かせて……。

 次の瞬間、無頼の顔面をグロースターのランサーが貫いた。

 

 

『んなぁ……っ!?』

 

 

 マイクを通じて山本の声が響く、頭部を失った山本機は背中を仰け反らせるようにして大きく後退した。

 メインディスプレイがブラックアウトする中で機体を動かしたのは称賛すべきだろう、しかし。

 

 

「――――脆弱者め!!」

「げ……っ!」

 

 

 後退した山本機に追い討ちをかけるようにグロースターが迫る、他のグロースターには無い特徴的な角を持つその機体は大将機だった。

 すなわち、敵将自らが突撃してきたのである。

 無茶苦茶だ、大将自らがナイトメアによる白兵戦に参加するなど。

 

 

『……コーネリア!!』

 

 

 山本機へのトドメの一撃は、間違いなく胸部コックピットの真ん中を狙っていた。

 メインディスプレイが消失した山本機ではかわせない、だから大和機がカバーに入る。

 具体的には、コーネリアが突き出したランスにアサルトライフルの弾丸を浴びせかけたのだ。

 流石に至近で受けてはひとたまりも無い、コーネリアは攻撃を止めて再び後退した。

 

 

『……山本、大丈夫か!』

『これが大丈夫に見えたら、眼科を紹介してやるぜ……』

 

 

 冗談に対して突っ込みを入れてやりたい所だが、膝をついた山本機の前に立つ大和機にそんな暇は無い。

 何しろコーネリア機は、本当に皇族のお姫様かと疑いたくなるような高速機動で迫ってくるのだ。

 と言うか、普通は部下を使うだろうに。

 アサルトライフルの射撃を華麗にかわして、コーネリア機が高く跳躍した。

 

 

 放たれたスラッシュハーケンは大和機の左右に刺さり、前後以外の選択肢を奪った。

 ランスを下に構えて突撃してくるコーネリア機、大和は操縦桿を引いて後退した。

 胸部を貫くはずだったランスは、代わりに邪魔なアサルトライフルを貫いて破壊した。

 スラッシュハーケンを戻してその場で一回転し、ランスを横に構える。

 大和機は山本機の前にいる、回避は出来ない。

 

 

『ここで朽ち行け、古き者共!』

 

 

 叫びと共に突き出されるランス、それは真っ直ぐに。

 

 

『……何!?』

 

 

 真っ直ぐに金属音を立てて、火花を散らしながら受け止められた。

 ランスの溝に刃を刺し込み刺突を止めたのは、森の中から飛び込んで来た青の機体。

 濃紺のカラーリングが施された、青い無頼だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 間に合った……!

 青鸞は心の中でそう力を込めて呟いた、その視線は側面のディスプレイに向けられている。

 頭部を失って行動が困難な山本機と、武装を失った大和機。

 護衛小隊の戦力は半減したと言っても良い、不運が重なったとは言え厳しかった。

 

 

『卑怯者め、横槍とは……!』

 

 

 無頼が敵パイロットの声を拾う、若い女の声だった。

 先程の通信からして、おそらくはコーネリアだが……確証は無い。

 それにパワーで負けているためか、刃を通して止めたランスが少しずつ押し込まれいる。

 

 

 だがそれ自体は、コーネリアが機敏な動きで機体を下げたことで解決した。

 原因は青鸞の後にもう1機、上原機が姿を現したためだ。

 あるいは部下の進言でも入れたのか、とにかく後退した。

 甲高い音を立ててランスと刀が弾けて別れ、火花がディスプレイの隅で揺れる。

 

 

『え……隊長? 何か首が無いんですけど、どこで落としたんですか?』

『落としたってーか、粉々にされたって言うか……機体捨てて逃げて良いよな、これ』

 

 

 とりあえず残りの3機で山本機を守るように展開、青の間に山本機のアサルトライフルを大和機が受け取った。

 青鸞が見ている前で、コーネリア機は周囲を同じ型の機体――グロースター十数機に囲まれていた。

 数的には、ざっと3倍と言った所か。

 まぁ、本陣の方面から他の部隊が押してくるだろうが……。

 

 

『何者だ、名を名乗れ! それとも、私をブリタニア帝国第2皇女と知っても名乗る名を持たない無頼か?』

 

 

 コーネリア、これで確定だ。

 まさかこんな本陣深く、最前線も最前線にいるとは。

 防衛側の青鸞はともかく、攻勢側のコーネリアがする必要は無いと思うのだが。

 

 

 とは言え、ああまで名乗られればこちらも名乗らなければなるまい。

 父の跡を継ぐ者として、そして日本解放戦線の顔たらんとする者として、何よりキョウトの一員、枢木家の当主として。

 だから青鸞は、あえて身を晒すように前に出て。

 

 

「日本解放戦線所属――――……枢木青鸞!」

『ほぅ、クルルギ……そうか、お前が』

 

 

 何故かその声を聞いて、青鸞はコーネリアがコックピットの中で笑みを浮かべたような気がした。

 そしてコーネリアのグロースターが片手を上げると、別のナイトメアが腰部から拳銃型の銃を空へと掲げた。

 そこから放たれたのは信号弾、その意味する所がわかるのは。

 ほんの、5分後のことである。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ユーフェミア・リ・ブリタニアと言うのが、その少女の名前だった。

 愛称はユフィ、結うことでごまかしているが癖のある桃色の髪が特徴だ。

 結ってなお髪にウェーブがかかる所が、髪の癖の強さを表しているとも言える。

 

 

 顔立ちは幼さを残しつつも整っている、ややタレ目であることを覗けば、すっきりした目鼻立ちと良い白磁の肌と良い頭身のバランスと良い完成されている。

 美しいと言う表現の一つが彼女である、そう言っても過言ではない存在だった。

 しかし本来は柔和に微笑んでいるのが相応しい少女の顔は、どこか沈痛な色を浮かべている。

 

 

「コーネリア殿下の部隊が敵の本陣に取り付いた、予備部隊は殿下側に寄せて……」

「アレックス将軍はまだ地下に突入できず……」

「ダールトン将軍は……」

 

 

 ユーフェミアがいるのは、ナリタ連山を囲むブリタニア軍のまさに中枢だった。

 いわば本陣、地上空母G1ベースの艦橋だ。

 彼女が目にしているテーブル型の戦略パネルには、山を囲むブリタニア軍とそれを防ぐ日本解放戦線の部隊の様子が映し出されている。

 すでに山の表面の6割以上はブリタニア軍が制圧しているが、内部についてはまだこれからだ。

 

 

 だが、ユーフェミアの心配はそこでは無い。

 いや、心配とは少し違うのかもしれない。

 彼女が感じているのは、それとは別の痛みだ。

 戦闘と、戦争への痛み。

 それだけなら、一般の人間とさほどの差は無いだろうが。

 

 

「……特派のナイトメアは今はどのあたりにいますか?」

 

 

 だが、彼女はブリタニアの皇女だった。

 戦いを引き起こしている側の人間であり、エリア11で多くのイレヴンを差別するブリタニア人の頂点に位置する人間の1人だった。

 この場に限って言うのであれば、実姉コーネリアに代わって後方指揮を担う副司令官。

 つまり彼女は、ナリタ連山で日本解放戦線をほとんど一方的に攻撃している軍の指揮官の1人でもある。

 

 

「特派、ですか……」

 

 

 周囲の参謀達が苦い顔をするのは、特派――――特別派遣嚮導技術部と言う部署に良い印象を持っていないことを物語っている。

 名誉ブリタニア人をナイトメアのパイロットとしている上、人事権・指揮権が自分達の下に無い半独立部隊であるのだから、良い顔は出来ないだろう。

 

 

 だがユーフェミアの目は、コーネリア軍の物とは別のカラーと識別番号を振られているナイトメアを目で追っていた。

 サザーランドを遥かに超えるスピードで斜面を登るその機体は、正面中央部から一気に進んでいた。

 その動きには迷いが無い、真っ直ぐだ、そしてだからこそ。

 

 

「…………」

 

 

 口の中で何かを祈るように呟いて、ユーフェミアは目を閉じた。

 まるで、目にしたくない何かから目を背けるように……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その後、青鸞の予想に反してコーネリアは彼女らに背を向けた。

 日本解放戦線の本陣を改めて攻めるためであって、当然、青鸞としては追おうとする。

 コーネリア守護のグロースターのアサルトライフルの弾丸の壁が足元に撃たれて足止めされるものの、このままコーネリア隊を行かせるつもりは無かった。

 

 

 しかし、である。

 不意に新たな警告音がコックピットの中に響く、それと同時にグロースター隊の射撃による牽制も途切れた。

 それは、コーネリア隊が本陣からの砲撃から身を守るために使っていた岩壁の上からやってきた。

 座標に若干のズレでもあったのだろうか、とにかく青鸞は上に注意を向けつつ下がった。

 

 

「……アレは」

 

 

 岩壁の上から飛び降りて来たそれは、白いナイトメアだった。

 白く塗装された装甲やランドスピナーの車輪に砂利や土がついているのは、それなりの距離を駆けて来たからだろう。

 角ばっていて無骨なグロースターや無頼とは明らかに違う、滑らかで洗練されたフォルム。

 どこか女性的な印象を受けるその機体を、青鸞は初めて見た。

 

 

『青鸞さま!』

「大丈夫!」

 

 

 何の根拠も無いが、味方の識別信号を発していないなら敵だ。

 ならば今さら新手が現れた所で、全体に対して大した影響は無い。

 仲間の声に応じつつ、青鸞は無頼の操縦桿を握り締める。

 

 

 見れば、敵の白いナイトメアは胸部のファクトスフィア――センサーを露出させてこちらを窺っている様子だった。

 こちらの無頼も同じようにセンサーを発してはいるものの、得られる情報は大して無かった。

 どうやら、相手はこれまでのナイトメアとは別の流れを汲む新型のようで……。

 

 

『……こちら』

 

 

 その時、声が聞こえた。

 無頼の集音性は、過不足なくその音を拾う。

 相手のナイトメアパイロットが発する声が、青鸞の耳に届く。

 

 

『こちらブリタニア軍、特別派遣嚮導技術部所属――――』

 

 

 ぎっ、と操縦桿を握る手に力がこもったのは、緊張のためでは無い。

 その声に聞き覚えがあったからだ、あったために彼女は身を強張らせた。

 いや、知ってはいた……「彼」がブリタニア軍にいることは。

 

 

 だが、あえて無視していた。

 だってナイトメアのパイロットにはブリタニア人しかなれない、そしてコーネリアは名誉ブリタニア人を戦場でも重用しないことで知られていた。

 だから、戦場で会うことは無いだろうと思っていた。

 どこかで諦めていた、なのに。

 

 

 

『――――こちら、枢木スザクだ』

 

 

 

 通信回線の中で、仲間達が僅かにざわめいたのを青鸞は聞いた。

 だが、彼女の内面のざわめきはより大きなうねりをもって彼女を攫った。

 黒い瞳が、これ以上ない程に大きく見開かれる。

 それは、かつてクロヴィス殺害のニュースを見た時以上の衝撃と……。

 

 

『その機体に乗っているのは――――青鸞、なのか?』

 

 

 本当に、と続く言葉が、青鸞の背筋にゾワゾワとした悪寒を走らせた。

 戦慄いていた唇を噛んで締める、次に唇が浮いた時には噛み締められた歯が覗いていた。

 噛み合わされていたそれは、衝撃の後に来た感情を表している。

 

 

「何を……」

 

 

 操縦桿を強く握る、左手首に巻いた白いハンカチが揺れる。

 やや身体を前に倒すようにして、青鸞はメインディスプレイに映る白いナイトメアを。

 枢木スザクが乗っているだろうその機体を睨んで、そして。

 

 

「そんな所で何を、何をしているの……ッ、兄様(スザク)――――――――ッッ!!」

 

 

 少女の悲鳴のような声が戦場に響く、そしてそれを受けるのは1人の少年だ。

 彼は、スザクは白いナイトメア『ランスロット』の中で、ただ。

 ただ、琥珀色の瞳を細めた。

 




採用キャラクター:
祐さま(小説家になろう)提供:山中元幸。
佐賀松浦党さま(ハーメルン)提供:土屋昌輝。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 ナリタ攻防戦開始です、でも本番は次回かもです。
 何しろ、分かたれた兄妹の思想戦ですから。
 ある意味で、私の得意分野なのかもしれません。
 それでは、次回予告です。


『日本人を討つために、あの人はブリタニアの軍人になった。

 意味がわからない。

 だから、今度こそ問うんだ。

 どうして……その一言を、叩きつけてやるんだ。

 妹としてじゃない、ただ、1人の日本人として……』


 ――――STAGE11:「兄 と 妹」

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