コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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今話で週3投稿は終了、来週は月金の週2投稿になります。
では、どうぞ。

なお、後書きに前回からの継続で募集要項を掲載しております。
よろしければ、どうぞです。


STAGE13:「泣く女 待つ女 笑う女」

 

 ――――その一団が発見された時、その人数は128人にまで減っていた。

 単純距離にして400キロ近くを走破……そして、移動手段を失ってからは踏破した彼女達。

 無事な者は誰もいない、雨と汗と血と、何より泥に塗れている。

 みすぼらしいその姿は、ゲットーの住民と見紛うばかりだった。

 

 

 対馬照明(つしまてるあき)と言う桐原家の諜報員が回収班と共にその場に訪れた時、キョウトの山中で彼女達を見た感想がそれだった。

 42年間の人生の中でも、なかなかに出来る経験では無い。

 特に、キョウト本家の人間がその中に混じっているとなれば。

 

 

「枢木青鸞さま、ですね?」

 

 

 キョウトの夜の山、大きな木の根元に蹲るように座り込んでいた少女に声をかける。

 少女、とわかったのは対馬の目が確かだったからかもしれない。

 結んでいた髪は解け、黒かった髪色は泥と砂で毛先まで汚れて乱れ、着ている物も……衣服と言うよりはただの布と言った方が良い。

 元はパイロットスーツだったのだろうが、今は4分の1程が破れて下の素肌が見えてしまっている。

 

 

 呼ばれた少女は、しかし対馬の声に反応を返さなかった。

 対馬は銀縁の眼鏡を指先で押し上げると、スーツが汚れるのも構わずにその場に膝をついた。

 周囲ではすでにキョウトの回収班の手で、残った避難民や負傷した軍人の救護が行われている。

 

 

「何か必要な物はございますか、あればすぐに用意させます」

 

 

 その言葉に、少女は初めて反応を示した。

 肩をピクリと震わせて、乾ききって罅割れた唇を戦慄かせる。

 何かを呟いているようなのだが、それは声としては対馬の耳に届かなかった。

 彼は耳を寄せて、良く聞こうとした。

 

 

「……を……ぃ……」

 

 

 少女の顔が上がる、乱れた前髪の間から黒い瞳が対馬を捉えた。

 しかし対馬が驚いたとすれば、少女の眼光にでは無い。

 

 

「……を、ください……!」

 

 

 驚くべき点があるとすれば、それは少女の腕が抱いていたものだ。

 淡い色……だったボロ布に巻かれたそれは、小さく動いているようだった。

 それが、産まれたばかりの赤ん坊だと気付くのに時間はそうかからなかった。

 

 

「み……ミルクを、この子の。この子のミルクを、ください……!」

 

 

 もう泣く力さえ無い、そんな赤ん坊を手に少女は訴えた。

 泥と涙の跡でぐちゃぐちゃになった顔を歪ませて、美しさの欠片も無く、ただ。

 

 

「……早く!!」

 

 

 ただ、ミルクを求めて叫んでいた。

 ――――それが、2日前のことである。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その日、神楽耶は皇家が所有する屋敷の一つに足を運んでいた。

 御簾の向こう側に座っているだけと思われがちな彼女だが、意外と体力はある方である。

 地理的にはキョウト郊外の山中に建てられており、築100年を超える文化遺産のような屋敷だ。

 しかし、広い敷地は諸々の事情で一杯になっているのだが。

 

 

「青鸞、身体の具合はいかが?」

 

 

 にこやかに障子の襖を開けて、神楽耶は室内にそう問いかけた。

 縁側に位置するその部屋は、それによって神楽耶の背から漏れる日の光が室内に入る。

 それは、どこか空気の入れ替えを兼ねているように見えた。

 

 

 実際、神楽耶の目から見ても部屋の空気は澱んでいるようにも見えた。

 掃除などは使用人が逐一行っているので不衛生では無いが、ここで言う澱みとはもっと精神的なものである。

 特に、その部屋を貸し与えられている人間の精神の。

 

 

『――――コーネリア総督は今朝、報道官を通じて日本解放戦線を名乗るテロリストグループの壊滅を宣言されました。現在は残党の討滅作戦の準備を進めており……またそれに伴い、ユーフェミア副総督ご臨席の下、ナリタ連山において犠牲となった人々の慰霊式典が執り行われ――――』

 

 

 50インチの大型モニターの光だけが、部屋の光源だった。

 神楽耶が開いた障子の襖以外は締め切られているその部屋は畳張りで、草花模様の座鏡台や拭き漆塗りの階段箪笥、飾り棚などの純日本風の造りになっている。

 薄い日の光とモニターの光に照らされたその部屋の中心に、膝を揃えて足先を広げて座る少女の後姿がある。

 

 

 背中に流された黒髪の間から朱色の帯が見える、細身の身体を覆うのは白の襦袢だけだ。

 そんな少女の背中を、神楽耶はただ静かな瞳で見つめていた。

 しばらくぶりの再会も、喜び合って、というわけでは無いようだった。

 

 

「…………神楽耶(カグヤ)

「はい、青鸞(セイラン)

 

 

 何でしょう、と首を傾げて見せる神楽耶に――青鸞は背中を見せていて見えないだろうが――青鸞は感情の無い声で聞いた。

 

 

「……皆の、情報は?」

「残念ながら、まだ何も。桐原公もいろいろと手を打ってはおられるようですけど」

「片瀬少将は?」

「さぁ……」

「藤堂さん達は……省悟さんは? 凪沙さんは? 巧雪さんは? 仙波さんは?」

「私には、何とも」

 

 

 徐々に潤んでくる声に眦を下げて、神楽耶は首を横に振る。

 相手の望む答えを返すことは簡単だ、だが神楽耶は嘘を吐くつもりが無かった。

 嘘を吐いて、何になるのだろう?

 そこに真実があると言うのに。

 

 

「じゃあ、く……草壁、中佐は……?」

「…………」

 

 

 今度は、吐息だけで答えた。

 しかしそれで十分で、青鸞は背中を震わせるようにして身を折っていた。

 ギシリ、と音が鳴るのは、青鸞が握り締めているモニターのリモコンだろうか。

 

 

「……なんで……」

「何故、と言われても……」

「何で、皆……皆、いなく……な……ッ……!」

 

 

 皆、いなくなった。

 肩を上げて背中を丸め、髪の端をザワめくように揺らしながら。

 そんな青鸞の後ろ姿に、しかし神楽耶は声をかけるようなことはしなかった。

 彼女は静かに首を横に振り、幼馴染の嗚咽を遮るように襖を閉めた。

 

 

「――――神楽耶さま」

 

 

 そうして縁側の廊下に出てきた神楽耶に、声をかけてきた者がいた。

 黒髪に割烹着、雅である。

 彼女もまた、青鸞と共にナリタからキョウトまで辿り着いた1人である。

 やや頬の肉が落ちているように見えるのは、気のせいでは無いだろう。

 

 

「あの、青鸞さまは……」

「……今は、待つしかないでしょうね」

 

 

 溜息を吐く神楽耶は、しかしそこで笑みを浮かべた。

 それは、雅の腕に抱かれた小さな赤ん坊に向けられた笑みだった。

 2日前に比べて格段に血色のよくなったほっぺに指先を押し付けて、神楽耶は笑顔を見せた。

 

 

 ――――取り戻せない、失われた物がある。

 しかしここに、残った者がある。

 神楽耶はそれを知っているから、だから彼女は信じて待つことが出来る。

 待つ、と言うのも、キョウトの女の特質なのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 無論、神楽耶の言う「残った者」は小さな赤ん坊1人ではなかった。

 キョウトまで辿り着いた人間は青鸞を含めて128名、その後の2日間で怪我・病気などの理由で2名が亡くなり、最終的には126名。

 軽傷者7割、重傷者2割、ほとんどが何らかの傷を負っていた。

 

 

 出発時点で1000人近かったことを考えれば、8割強がキョウトまで辿り着けなかったと言う結果だ。

 内訳としては、軍関係者が42名、民間人が84名……トレーラーは、1台しか残らなかった。

 そしてそれも、キョウトの救出が無ければ全滅していただろう。

 

 

「その意味じゃ、まだ俺らはついてる方なのかねぇ……」

 

 

 ふぅ――……と煙草の煙をくゆらせながらそう言うのは、敷布団の上で横になっている山本だった。

 彼がいるのは皇家所有の屋敷の、東対(ひがしのたい)と言う場所に急ごしらえで用意された野戦病室だった。

 畳張りの大部屋には40人分の布団が敷かれ、中央で無理やり男女を分ける仕切りが設けられていた。

 ちなみに、民間人は西対(にしのたい)と呼ばれる場所に同じように押し込められている。

 

 

 なお山本が横になっているのは、彼が両足を骨折しているためだ。

 頬にも治療用のテープをべったりと張られていて、病人服の胸元から覗く肌は包帯で覆われている。

 周りの人間も、大体が似たような状態だった。

 疲労困憊、満身創痍……それでも、山本の言うようにマシな方なのかもしれない。

 少なくとも清潔な治療を受けられて、こうして匿われているわけだから。

 

 

「……あ?」

「隊長、周りに迷惑ですから煙草なんて吸わないでください」

「いーじゃんよー、別に」

 

 

 口に咥えていた煙草をさっと取り上げられる、見ればそこには上原がいた。

 ここ男子用なんだが、と言う突っ込みはこの際飲み込んだ。

 決して、身体のラインが出やすい病院服姿で目を癒したわけではない。

 例えば、軍服姿では見ることの無い鎖骨のあたりであるとか。

 

 

「……これから、私達どうなるんでしょう……」

「さぁなぁ」

 

 

 煙草の無い口を寂しげに窄めつつ、山本は横になりながら応じた。

 実際、山本にもこれからのことなど何もわからない。

 ナリタを失った自分達がどうなるか、それを示してくれる人間は誰もいないのだから。

 

 

 他の面々にした所で、彼らと似たようなものだった。

 痛めた身体に呻きつつ、未来への不安に怯え、体力はおろか気力も無い。

 刀尽き矢折れ――まさにその表現が正しい、みすぼらしい敗残兵だ。

 これからどうなるのかなど、誰にもわからないのだから。

 

 

「……青鸞さまも、体調が優れないとのことですし……」

「そぉだなぁ」

 

 

 それでも不安そうに寄って来る女の手前、精一杯の虚勢を張って。

 山本は、自身の不安を押し隠すように泰然と構えるのだった。

 末端の兵には、それしか出来ることが無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 和風の室内に不似合いな電子音が響く、同時にモニターのチャネルが次々と切り替わっていく。

 薄暗い部屋の中、モニターの放つ光の色に合わせて様々な色に室内が染まる。

 それを行っているのは、白い襦袢に身を包んだ青鸞だった。

 

 

『本年度上半期のメタンハイドレート生産量は――――』

『現在太平洋上に存在する台風は、今後北上を続け――――』

『ブリタニア政庁は租界におけるテロ対策として新たに――――』

『野菜を食べると元気になれるお! 良い子は野菜をたくさん食べ――――』

『この子は私が育てる! アナタの力なんて借りないわ、だって私は――――』

 

 

 経済番組、お天気ニュース、租界情勢、子供向け番組、最近人気のドラマ……次々と切り替わる番組、だが一つとして止まることが無い。

 先程、神楽耶が来た時に映っていたニュースが一番長く映っていた。

 だが今は、どのチャネルにしても即座に切り替えられる。

 

 

 あまりにも切り替えが早すぎて、同じチャネルが何度も映し出される。

 当然、数秒で終わるような番組などCMくらいなものである。

 それなのにチャネルを変える電子音の間隔はどんどん狭まっていく、まるでリモコンを持つ人間の苛立ちをそのまま表すかのように。

 

 

「……ッ……ッ……! ……ッ、ぅ、ああっ、もうっ!!」

 

 

 我慢の限界、そう言うようにリモコンを投げた。

 横に腕を払うように投げられたそれは、部屋の隅に彩を咥えていた生け花の花瓶を破壊した。

 花が落ち、花瓶の中を満たしていた水が畳に染みを作っていく。

 

 

 それだけではすまなかった、やおら立ち上がった青鸞はモニターの枠を掴むとそのまま横に引き倒した。

 コードごと引き千切り、液晶部分を下にしてモニターが畳の床に落ちる。

 電化製品が立ててはいけない音が室内に響き、さらにモニターの背中部分に右足を落とした。

 落としたと言うより、踏みつけにした。

 

 

「何、何で……何、で、皆の! こと、を! 映さ、無い! の!?」

 

 

 途切れ途切れのその言葉は、そのまま彼女の精神の振れ幅を表している。

 モニターを踏みつける――素足で――タイミングに合わせてと言うよりは、単純に上手く言葉が喉を通ってきてくれない様子だった。

 不自然な、プラスチックが割れるような音が何度も響く。

 だがそれは、実際にモニターの一部が割れ、足裏に刺すような痛みを感じることで不意に終わった。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 鋭利な形に割れた部品が、青鸞の白い肌に朱色の雫を流させた。

 痛みに片目を閉じて顔を顰めて足を引き、その拍子に残りの足を滑らせてその場に尻餅をつく。

 打ち付けた尻の痛みにまた顔を顰めて、青鸞は右足を抱えて蹲った。

 傷口は見えないが、足裏を切ったらしく……赤い液体が畳の上に散っていた。

 

 

「……なん、でぇ……!」

 

 

 その問いは、誰へのものか。

 足を抱えて蹲った青鸞は、力が抜けたかのようにそのまま横に倒れこんだ。

 急に訪れた虚脱感に逆らう気力も無く、目元から透明な雫を飛ばしながら呟きを続ける。

 

 

「……片、瀬少将……草壁、中佐……藤堂さん、皆……なん、で、なんで、いなく……っ」

 

 

 皆、いなくなってしまった。

 その事実に青鸞は目を閉じる、そのせいで溜まっていた雫がさらに流れ落ちた。

 片瀬や草壁はナリタ連山で別れて以降、何の情報も無い。

 そして藤堂……藤堂と朝比奈たち四聖剣とは、4日前に別れた。

 キョウトに辿り着く2日前のことで、チュウブでのことだった。

 

 

 チュウブからキョウトへと移動する際、チュウブ軍管区のブリタニア軍の一行は追い詰められた。

 それまでにもトレーラーのほとんどを失うような襲撃が何度もあって――何しろ、大所帯だったから――機体の無い青鸞に出来ることは無く、ただ民間人の列を引っ張って逃げていた。

 目の前で何人も死んでいった、冷たくなっていくその躯を運ぶことすら出来なかった。

 

 

「……父様……!」

 

 

 ブリタニアを――――……スザクを、恨んだ。

 憎んだ、殺してやりたいと思って……だけど、草壁は伝言で「それは許さない」と言った。

 どうしようもなく憎悪していても、それで行動することは出来なかった。

 憎悪がダメなら、青鸞に残されている原動力は父ゲンブだけだ。

 

 

 だがそれにした所で、ナリタが滅びた今、日本が事実上の二度目の敗戦を経験した今では。

 父の跡を継ぐと豪語しておきながら、目の前で日本人が死んでいくのをまた止められなかった。

 どうしようも無い無力感、それに加えて。

 それに加えて、藤堂が別れる時に青鸞に言った言葉が今の彼女を悩ませていた。

 

 

『いやだ! 行かないで、行かないで。皆までいなくなったら、どうしたら……!』

 

 

 チュウブとキョウトの境界で、青鸞は藤堂の手をとって引き止めた。

 それまでの逃避行で肉体的にも精神的にも疲労の極みにあった青鸞は、見苦しいまでに、涙ながらに藤堂達を引き止めたのだ。

 何しろ藤堂の存在は民衆や兵の希望で、青鸞は自分ではそれを代替出来ないと思い込んでいたからだ。

 それでなくとも、目の前で何人も死なれてどうにかなってしまいそうだったから。

 

 

『青鸞、お前にもわかっているだろう……ここまで来てしまえば、むしろ無頼改は邪魔になる。ならばここは境界を守るブリタニア軍の気を引く囮として使い、その隙に皆を抜けさせるしかない』

『じゃあ、ボクが無頼改に乗るから!』

『お前がいなくては、キョウトが扉を開かない。それがわからないお前ではないだろう』

『いやだ! いやだ、いやだ……いやだよ、いやだぁ……!』

 

 

 そんな我侭が通るわけも無く、藤堂達は残存の兵と民を青鸞に任せて出撃することになる。

 別れ際、朝比奈は困った顔で頭を撫でてくれて、千葉は何も言わずに指先で涙を拭ってくれて、卜部は心配するなと言ってくれて、仙波は柔和に笑って頷いてくれた。

 そして最後、藤堂は青鸞に言った。

 

 

『青鸞……私は、お前に話さなければならないことがある』

 

 

 こんな時に何の話かと、青鸞は問い返した。

 

 

『……お前の父、枢木ゲンブ首相に関することだ』

 

 

 その時の藤堂の顔が、妙に苦しそうで……記憶に残ったから。

 しかし時間が無かった、だから藤堂は何かを語る前に行ってしまった。

 戻ったら話すと、その言葉だけを残して。

 

 

 行ってしまって……そして、それきりだ。

 合流地点に藤堂達が現れることは無く、話とやらも聞くことも出来ず。

 こうして、キョウトで。

 ただ、何も出来ずに蹲っているのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

(――――これで、良かったのかもしれない)

 

 

 白の拘束着を着た彼は、独房の中央に正座で座りつつそう思考した。

 今、彼が脳裏に描いた少女が今どうしているのかはようとして知れないが、だがどこかほっとしている自分がいることにも気付いていた。

 そしてそれが、一種の逃避であることにも。

 

 

 枢木首相の真実、それをあの娘に話す機会を逸してしまったことは。

 おそらく、全てを知っている人間はほとんどいない。

 少なくとも、彼は自分を除けば1人しか知らない。

 今1人はともかく、もう1人についてはあまり信用が出来ないが……。

 

 

「いやぁ、それにしても僕らもとんだ貧乏くじだよねぇ」

 

 

 不意に、独房に明るい男の声が響いた。

 目を閉じている彼には――いやそもそも、独房が分けられているのだが――姿は見えないが、だが彼の瞼の裏には少年のような風貌の男の顔が浮かんでいた。

 彼について出撃し、そして共に捕らえられた男。

 ちなみに1人では無い、だから彼は低い声で言った。

 

 

「……すまないな、皆」

「謝らないでくださいよ、藤堂さん。僕らが勝手にやったことなんですから」

「そうです、捕まったのは私達の未熟のせいです」

「悔いはありません」

「うむ、そうであるな」

 

 

 思い思いの場所から帰ってくる4つの声に、男……藤堂は深く息を吸った。

 青鸞達を逃がすために無頼改で出撃し、そして物量差を覆すことが出来ずに捕縛されたのが3日前だ。

 藤堂としては他の4人は何とか逃がしたかったが、青鸞達の存在を知られないようにするためには仕方が無かった。

 

 

(奇跡の藤堂、か……聞いて呆れるな)

 

 

 自分自身に対して嘲笑のような感情を抱きつつ、藤堂は今度は息を深く吐いた。

 そうしている間にも、他の4人の会話は耳に聞こえている。

 何と言うか、敵軍に捕縛された直後だと言うのに元気なことだ。

 そこは、確かに救われることなのかもしれない。

 

 

「まぁ、僕達もなかなか……っと」

「む……」

 

 

 不意に4人が口を噤む、独房の通路に足音が響き始めたからだ。

 流石に看守や見張りの前で私語などは出来ない、しかしそれ以上に。

 

 

「……へぇ、アレが」

 

 

 口の中で呟いたのは朝比奈、独房の壁に背中を預けた姿勢のまま、横目でその少年の姿を見る。

 その瞳は、どこか冷ややかだった。

 そして彼の独房を通り過ぎたその少年は、その隣……つまり藤堂の独房の前で止まった。

 色素の薄い茶色の髪、琥珀の瞳、しなやかな細身を覆う茶色基調の軍服。

 

 

「……藤堂さん」

 

 

 微かなその声は、通路と独房を隔てる鉄格子を擦り抜けて藤堂の耳に届いた。

 だから、藤堂は初めて瞳を開いて顔を上げた。

 そして、何か眩しいものを見るように目を細めた。

 

 

「……スザク君か」

「はい、お久しぶりです……こんな形で、会いたくはなかったですけど」

 

 

 枢木スザク、かつて藤堂の道場にいた少年がそこにいた。

 そして今は名誉ブリタニア人、ブリタニア軍の軍人。

 スザクは眉の間に皺を寄せて、鉄格子に手をかけた。

 様々な言葉が渦巻くだろう頭の中、しかし出てきた言葉は一つだけだ。

 

 

「――――教えてください、藤堂さん」

 

 

 それは。

 

 

「青鸞はどこにいるんですか、そして……何をしようとしているんですか?」

 

 

 スザクの言葉に、藤堂の瞳の奥が輝いた。

 それは先程までとは違う、鋭利な刀を思わせる眼光で――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「ほう? ではお前にも行き先はわからないのか?」

「…………」

 

 

 放課後、クラブハウスの自室でルルーシュは憮然とした表情を浮かべていた。

 口をへの字に曲げ、机に肘を置いて唸る姿などはどこか拗ねているようにすら見える。

 まぁ、この場合はそこまで外れているわけでも無かったが。

 

 

 そしてそんなルルーシュを面白そうな顔で眺めているのは、C.C.である。

 部屋の広い範囲を占拠している大きなベッドの上、白の拘束着姿で寝転んでいる。

 それはどこか倒錯的で、スタイルの良い細身の肢体をベッドに散った緑の髪が包んでいるようだった。

 少女の妖しげな媚笑(びしょう)とも相まって、並みの男ならすぐに覆いかぶさって少女を貪りたいと獣欲を抱くかもしれない。

 

 

「先日の件は、お前の思い通りにことが運んだんじゃなかったのか? ブリタニア軍に打撃を与えて、日本解放戦線の逃走を助けて、さらに言えば解放戦線上層部に望むままに自爆させて、と。こうして見ると、随分と解放戦線の連中を好きに利用した物だ」

 

 

 だがその色の薄い唇から紡がれる言葉は毒ばかりだ、皮肉の成分も多分に含まれている。

 浮かんでいる笑みも、どこかルルーシュのことを嘲笑しているようにすら見える。

 しかし、言っていることはそこまで的外れでも無い。

 実際、ルルーシュにとって日本解放戦線は邪魔でしか無かった。

 

 

 日本解放を成し遂げる旗手はゼロと黒の騎士団でなくてはならず、日本解放戦線のような旧態依然とした組織が存在していては邪魔なのだ。

 日本の反ブリタニア勢力を糾合し、エリア11のブリタニア統治軍を打倒する。

 この考えはかつて日本解放戦線上層部が抱いていた考えとそう変わらない、違うのは糾合する勢力の名前だけだ。

 

 

(……そのための、力だ)

 

 

 左眼の瞼に触れながら、そう思う。

 実際、これで黒の騎士団の勢力は増す。

 何しろ日本解放戦線が全く歯が立たなかったブリタニア軍に大損害を与え、かつ逃走する日本解放戦線と民衆を援護して逃がし、自分達の損害は最小限に留めた。

 全て、予定通りだ――――……一部の、予期せぬ犠牲(シャーリーのちちおや)を除いて。

 

 

 だから黒の騎士団としては、それで良い。

 しかしルルーシュとしては、いくつかの部分で不満が残る内容だった。

 一つはコーネリアの身柄を手中に出来なかったこと、彼女には個人的な用もあった。

 そしてもう一つが、ルルーシュが密かに把握しておきたかった情報。

 

 

「青鸞とか言ったか、お前が気にしてる娘は。あの男のことと言いナナリーのことと言い、あれだけ多くの解放戦線の人間を見殺しにしておいて……お前は本当にどうしようも無い奴だな、ルルーシュ」

「黙れ、お前に何がわかる」

「わからないさ、それとも私に理解してほしかったのか?」

「…………」

 

 

 ますますもって、憮然とした表情を浮かべるルルーシュ。

 C.C.はそれを実に楽しそうな笑みを浮かべて見つめていた、それがルルーシュをさらに苛立たせる。

 

 

(……お前に、何がわかる)

 

 

 今度は胸の内だけで呟いて、ルルーシュは再び思考の海へと意識を沈めていった。

 ナリタで拾い損ねた成果をどこで拾うか、そして救い損ねた者をどこで救うか。

 深い思考の海の中で、ルルーシュは考え続ける。

 

 

 ――――7年前までそこにあった、「4人」の関係。

 あれを取り戻すためには、いったいどれほどの叡智が必要なのだろう。

 そのためにもルルーシュは、一度「彼」に会わなければならなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ふと目を開けると、いつの間にか夜になっていた。

 さらに言えば自分は布団の中にいて、もっと言えば切れたはずの右足には包帯が巻かれていて、部屋も綺麗に掃除されていた。

 分厚い掛け布団を押しのけて半身を起こせば、彼女は暗い部屋の中に白い肌が浮かび上がる。

 

 

 素肌の上を布団が滑る感触に、くすぐったさを覚える。

 上半身だけでなく下半身にも同じ感触がある、彼女が裸で眠っていたことの証明だった。

 実際、布団の上に立った少女の身には右足の包帯以外何の布地も存在しなかった。

 襦袢も帯も、下着や当て物すらも……。

 

 

「……寒い」

 

 

 ポツリと呟いて、青鸞は布団の周囲に散らばっていた自分の衣服を集めた。

 それらを身に着けて、襖を開ける。

 昼間に寝たせいか目が冴えて仕方が無い、それに夜なら誰にも会わずにすみそうだったからだ。

 誰にも、そう、例えば一緒にキョウトまで逃げてきた人達にも。

 

 

 縁側に立てば、中庭の一つが目の前に広がる。

 岩と苔、小石を敷き詰めた地面、鯉が放された小さな池……庭園の上には、静かな夜空が広がっている。

 山の中だからか、雲一つ無い星々が良く見える。

 星空は、ナリタの空と何も変わらなかった。

 

 

「…………」

 

 

 ほぅ、と息を吐いて、青鸞は素足で――右足には包帯が巻いてあるが――板張りの縁側を行くアテもなく歩き始めた。

 静かな初夏の夜、虫の音しかしない静かな空気。

 襦袢越しに感じる冷たさに、肺に染み込む冷たい空気に、青鸞は息を吐く。

 

 

 頭の中にあるのは、やはりナリタでのことだ。

 ブリタニア軍との戦いのことで、スザクのことだった。

 片瀬や草壁達のことで、そして藤堂と朝比奈達のことだった。

 そして、そこで聞いた様々な言葉が頭の中をグルグルと回っていた。

 

 

「…………?」

 

 

 特に誰にも止められなかったためか、いつの間にか屋敷の奥に入り込んでしまっていたらしい。

 とにかく、彼女はその部屋の前で足を止めた。

 他の部屋が真っ暗であるのに、何故かその部屋だけに明かりが灯っていたからだ。

 しかも電気ではなく、もっと自然の何かの明かりのようだった。

 

 

「…………では、ないですかな」

「確かに…………ではある」

 

 

 誰かの声が……というより、聞き覚えのある声だった。

 ここ5年は特に会ったことは無かったが、親類の大人達の声だと言うことはわかった。

 ただ、何を話しているのかまでは良く聞き取れない。

 

 

 あるいは、ここで踵を返して戻った方が青鸞にとっては幸福であったのかもしれない。

 進めた一歩を前ではなく後ろに向けた方が、世界はもっと単純だっただろうに。

 だがどんな形であれ、踏み出した一歩の責任は本人に帰するものだ。

 望むと、望むまいと。

 

 

「まったく、枢木も我々に面倒な仕事を遺したてくれたものだ……」

「確かに……アレの暴走が無ければ、そもそも日本は失われなかったのだから」

「その意味では、巷での売国奴呼ばわりは少し違いますからな」

「枢木の行動の煽りと言うか、巻き込まれたと言う意味では我々もそこらの民と変わらん。まったく……」

 

 

 それは、ただの愚痴だっただろう。

 何かの会話の合間、皆が普段思っている不満を吐き出しているだけだったのかもしれない。

 しかし、だからこそ青鸞は足を止めた。

 息を呑んで、胸に手を当てて立ち止まった。

 

 

「……まったく、とんだ疫病神であったわ」

「確かに、その表現が正しいでしょうな」

「あの男、枢木は……」

 

 

 誰の話か、などとわからない振りをする程に青鸞は鈍く無かった。

 鈍ければ良かったのに、と心の底から思いつつも。

 青鸞は、「その言葉」を聞いてしまう。

 

 

 

「枢木ゲンブは、己が権勢を広げるためだけにあの戦争を引き起こした張本人……まさに、疫病神よな」

 

 

 

 全ての前提条件を引っ繰り返すようなその言葉を、聞いてしまった。

 聞いてしまった以上、無かったことにはできない。

 ヨロめいた少女の瞳は、驚愕と不信に見開かれていた。

 何かに罅が入るような音が、身体の……青鸞の心から、響き渡った。

 




採用キャラクター:
ホイックさま(小説家になろう)提供:対馬照明。
ありがとうございます。


 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 皆様のおかげで、新しいナイトメアは工房でトンテンカンテンと製造中です。
 まだスペースに空きがあるので、より参加頂けると賑やかなことになりそうです。
 と言うわけで、次回予告です。


『カグヤは、ボクの大切な幼馴染で、親友。

 子供の頃、一緒にいてくれた。

 だから、ボクはカグヤのことが大好きだよ。

 だけど、ボクの「好き」とカグヤの「好き」は微妙に違っていて。

 カグヤは、ボクを――――……』


 ――――STAGE14:「カグヤ と セイラン」


以下、募集です。

<主人公のナイトメア関連募集!>

 今回の募集は、主人公の新しいナイトメア(ロボット兵器のようなイメージでお願いします)に関するものです。
 話が12話まで進み、皆様にも主人公の目的や戦法など、それぞれある程度ご理解頂けたかと思います(だと良いなと思っています)。
 そこで、主人公である青鸞の新しいナイトメアに関する募集を行います。
 具体的には以下の募集になります。

<募集>
1:ナイトメアの武装
 (主要な募集品です、よって比較的採用可能性は大きいです)
2:ナイトメア
 (ナイトメアそのものの募集、採用可能性は極小です)

*説明。
今回の募集の主力はあくまでナイトメアの装備品です、条件は以下の通り。

1について。
・「コードギアス」1期時点の技術で可能と判断されるものは、原則としてどのような武装でもOKです。
(判断がつかない場合は、作者までメッセージで質問するか、投稿した上で判断を任せる旨をご記載ください)
・元々機体に内臓・付属するタイプ(例:手首の装甲部に速射砲)、あるいは外付け・後付け(例:使い捨ての大砲)、どちらでも構いません。
・名前と性能の2種は最低限記載してください。
・ユーザー1名に付き、2個までに制限させて頂きます。

2について。
・機体丸ごとの提案を受け付けます、これに関しては「武装2種まで」と言う1の条件は適用されません、好みのままの武装を設定してください。
(よって武装のみ採用ということはありません、武装のみでも採用して欲しい場合は、1として2種まで投稿してください)
・ただし、武装と異なり機体そのものの採用はかなり難しいと了解頂いた上でご投稿ください。
・「コードギアス」1期時点で開発可能なナイトメアは原則OKです。
(判断がつかない場合は、1と同様です)
・名前、武装、搭乗人数、外見(外観)を必ずご記載ください。
・ユーザー1名につき、1個までに制限させて頂きます。


*全体条件。
・締め切りは、2013年3月25日18時までです。
・投稿は全てメッセージでお願いします、それ以外は受け付け致しません。
・不採用の場合もございますが、連絡などは致しません。

以上の条件にご了承を頂いた上で、振るってご参加くださいませ。
では、失礼致します。

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