コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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4月からは毎週水曜日の週1投稿になると思います。
おそらくそれ以上はたぶん無理になります、申し訳ありません。
では、どうぞ。


STAGE15:「妹 を 巡って」

 その事件は、表に出ることは無い。

 しかし逆を言えば、一部の人間には知れ渡っていることになる。

 例えば特別派遣嚮導技術部に所属する枢木スザクなどは、その1人だった。

 

 

「ユーフェミア様が!?」

「ええ、まだ極秘扱いの情報なのだけれど……」

 

 

 次世代型ナイトメア・ランスロットのシミュレーター訓練を受けていたスザクは、セシルによってもたらされたその情報を驚きをもって受け止めた。

 すなわち、ユーフェミア・リ・ブリタニアがテロリストによって拐かされたと言う事実。

 スザクが特に衝撃を受けたのは、2点。

 

 

 1点は誘拐された人間がユーフェミアであったことだ、スザクは彼女に二度会っている。

 1度目はシンジュク・ゲットーで、2度目は特派の視察に来た時。

 スザクをイレヴンと差別せず、いや、誰も差別しない心優しい少女だった。

 その柔らかな微笑が、スザクの脳裏に浮かび上がった。

 

 

「……そんな……」

「もう、政庁上層部は大騒ぎよ。ただでさえヒロシマ租界で数ヶ月ぶりにテロがあったって話題になってるのに――――」

 

 

 そして第2点、実行犯の名前である。

 ユーフェミア誘拐犯、まぁつまり立派なテロリストなのだが、その「少女」はスザクがこの数ヶ月探し続けている少女だった。

 つまり、その誘拐犯とは。

 

 

「……青鸞……!?」

 

 

 枢木青鸞。

 日本最後の首相枢木ゲンブの遺児にして反体制派の象徴、日本解放戦線本体の壊滅以降はブリタニア軍内部で手配書を回されていた稀代のテロリスト。

 そして、枢木スザクの実妹である――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「どういうことか、副総督が拉致されたとは!?」

 

 

 コーネリアの座る座席を頂点に、左右に武官・文官が座す会議室にコーネリアの怒声が響き渡る。

 常のような覇気によって発されるものでは無く、単純な激怒によって発せられたもののようだった。

 その場にいる大半――特に文官――は、コーネリアの怒気に気圧されたように黙り込んでいた。

 しかし気圧されていない者の1人、ギルフォードの言葉がその場の空気を救った。

 

 

「――――姫様、今はとにかく対応策を」

「……わかっている」

 

 

 感情を押し殺したような声を発し、乗り出していた身を椅子の背もたれに押し付ける。

 しかしその表情には明らかな焦りと苛立ちがあった、かつてサイタマで冷酷に殲滅を命じゼロを追い詰めた女司令官の姿は鳴りを潜めていた。

 実妹たるユーフェミア――108人の后妃がいるブリタニアでは、同腹の兄弟姉妹は珍しい――を拉致されたと言うその事実が、コーネリアを追い詰めていた。

 

 

 客観的に見て、ユーフェミアはコーネリアのほとんど唯一の弱点だった。

 腹心のダールトンや専属騎士のギルフォードでは、おそらくこうはならない。

 優先順位と言うよりは、人間関係の質の違いだ。

 毒蛇の巣とも言われ、常に他の后妃の皇子・皇女と争い合うブリタニア皇室において、唯一自分を無条件で慕ってくれる妹姫……貴重だ、あまりにも貴重だった。

 

 

「現在、対象はライン20……旧中央自動車道上をコウシュウからササゴ、オオツキを経由しつつ東進中です。移動手段は輸送会社のトラックに偽装した大型トレーラー、ナイトメアは最低2機が確認されています」

 

 

 動けない文官に代わり、ギルフォードがそう説明する。

 コーネリアの手元の端末の画面にはその他、今回の事件についての情報が次々と流れていった。

 まず、ユーフェミアを拉致したテロリストはその「成果」を発信していない。

 メディアにもネットにもだ、これは奇妙とも言える。

 

 

 しかしだからこそ、ユーフェミア拉致の情報は他に漏れていない。

 ブリタニア市民の混乱も無いし、反体制派の鳴動も無い。

 むしろ対象は通常の通り、渋滞などは避けつつも民間の車に混じって幹線道路を東に東にと進んでいる。

 

 

(脅しのつもりか……?)

 

 

 幾分か冷えた思考で、コーネリアはそう分析する。

 ユーフェミア拉致を公表しない、だがもし余計なことをすれば公表する。

 クロヴィス暗殺に続いてブリタニアの名に傷をつけたくなければ、黙って見ていろ、と。

 ……これがユーフェミアでなければ、コーネリアも即座の殲滅を命令できたかもしれないが。

 

 

「テロリストの要求は、何なのですか? い、いえ、テロリストと交渉などあり得ませんが……」

 

 

 文官がコーネリアを窺いながら、相手の要求内容を聞いた。

 コーネリアは眉を動かしただけで特に何も言わない、今度もギルフォードが答える。

 しかし明敏な彼が、聊か困惑するように眉根を寄せて。

 

 

「要求は……ありません。事件についても、現場に放置されたユーフェミア様のSPの通報で発覚したもので……テロリスト側からの要求は、現在、どのチャネルからも出されていません」

 

 

 そう、それが今回の事件のわからない所だった。

 例えばこれがブリタニア軍の撤退であったり、政治犯の釈放であったりと言うならわかる。

 だが、何も無い。

 何のためにエリア11の副総督を拉致したと言うのか、それがわからない。

 

 

 ……無論、ユーフェミア「自身」が目的と言うことも考えられるが……。

 その場合、コーネリアはユーフェミアを攫ったテロリストを八つ裂きにするつもりだった。

 何をされるかなど考えたくも無い、あの誰にでも心優しい妹が、などと。

 許されるはずが無かった。

 しかし同時に、その可能性が低いだろうこともコーネリアにはわかっていた。

 

 

「しかし実行犯は判明しています、現在軍内で第一級手配されているテロリストです。ナリタ以降、密かに探してはいたのですが……そして」

「こやつならば、そしてライン246などの他の道路でなく20を選んで進んでいることを考えれば、その目的地はおおよその見当がつく」

「……御意にございます」

 

 

 ようやく頭の冴えが戻ってきた、ギルフォードも笑みを浮かべる。

 そう、対象は旧中央自動車道を東はと進んでいる。

 目的地はトーキョー租界か? いや、違う。

 進めば進むほどブリタニア軍の勢力が強まるこの地域、ここを東進すればトーキョー租界の前にある場所に差し掛かる。

 

 

「対象は……テロリスト・枢木青鸞は、トーキョー租界の手前――チョウフを目指している」

 

 

 チョウフ基地、そこにはナリタで虜囚とした日本解放戦線メンバーが収監されている。

 そして、枢木青鸞。

 コーネリアは、その名前に冷酷さと激情を兼ね備えた瞳を輝かせた。

 

 

「……姫様」

「ダールトンか、何だ」

「は、副総督の件で言いそびれておりましたが、本国からシュナイゼル殿下の名で通達が来ております」

「兄上から?」

 

 

 ブリタニア本国で帝国宰相の役職に就いている兄の名に、コーネリアは怪訝な顔を見せる。

 副官たる将軍、ダールトンは頷くと、暗記していた文章を諳んじるような口調で。

 

 

「……エリア11時間の本日午前9時頃から、各エリアで断続的にテロやデモが発生している。よって各エリア総督は十分に注意されたし、とのことです」

「要はいつものテロ対策強化の要望か、ここでもヒロシマで兵を巻き込んだ爆弾テロがあったと聞いてはいるが……今はこの問題を片付けるのが先だ」

 

 

 まぁ、これもある意味ではテロなのだろうが。

 そう思えば、自分の警戒と配慮が足らなかったとコーネリアは思う。

 そして枢木青鸞に率いられたテロリスト達が、もしユーフェミアに不埒な真似をしていれば……。

 ……口には出来ないような罰が、彼女らを待っているとだけ言っておこう。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――実の所、本人達としては意外に思っている所はあった。

 エリア11副総督、ブリタニア帝国第3皇女。

 他の要人とは格が違うことは確かだが、それでも意外は意外だ。

 

 

「てっきり、すぐに奪還作戦を仕掛けてくるものと思ったんだけど……」

「何もなさすぎて、逆に不気味だな……お嬢の予定では、オオツキあたりでガツンと来る予定だったんだろ?」

「まぁ、ね。交通規制も無いし、これは意外とチョウフまで真っ直ぐ行けちゃうかも?」

 

 

 ライン20――旧中央自動車道を東進する車の中に、架空の輸送会社の名前が書かれた大型トレーラーがあった。

 一見、普通のトレーラーだが……周囲の乗用車やバスに乗っている人間は、自分達の横を走っているトレーラーにテロリストが乗っているとは夢にも思っていないだろう。

 まして、帝国の第3皇女が乗っているなどとは想像も出来まい。

 

 

 そしてそんなトレーラーを運転するのは、日本解放戦線のメンバーである青木だ。

 相変わらずのスポーツ刈りに近い髪型、ハンドルを握る姿は3ヶ月前と何も変わらない。

 広い運転席、フロントガラスや窓は全て特殊な防弾ガラスだ。

 キョウト製『月下』輸送用トレーラーの運転席には、現在青木を含めて3人の人間がいる。

 

 

「青鸞さま、このままのペースであれば……1030にはチョウフに到達するかと思われます。その前に、仮眠を取られてはいかがでしょうか」

 

 

 助手席の位置にいるのは、カーキ色のタクティカルジャケットを着た黒髪のショートヘアの女性。

 佐々木である、草壁の部下で青木と同じく解放戦線のメンバーだ。

 今は、広い座席の真ん中に座す少女に向けて、その鋭い瞳を向けている。

 

 

 対する少女は……青鸞は、佐々木の言葉に小さく首を傾げてみせる。

 以前はサラリと流れた黒髪は、今は襟首のあたりで切り揃えられている。

 おかっぱな黒髪は、少女をより幼く見せる。

 どうして髪を切ったのかの理由はわからないが、周囲は知っている。

 この少女がユーフェミア皇女の拉致を成功させた、稀代のテロリストであることを。

 

 

「仮眠は良いよ、佐々木さんこそ寝ておいて。いつブリタニア軍が来るかわからないし、それに今夜はまた死にそうな思いをする気がするし」

((ならなおのこと寝るべきだろうに))

 

 

 青木と佐々木の内心の突っ込みは置くとしても、どうやら髪型以外にも変化はあったらしい。

 

 

「じゃあ、ボク後ろにいるから。何かあったら呼んでね」

「いや、お嬢が運転席に来ても意味無いだろ」

「有事の際にはナイトメアでの出撃をお願いします」

「……はーい」

 

 

 若干しょんぼりしつつ、青鸞が座席後ろの扉から後部のトレーラーへと移る。

 その様子を見送った佐々木は身体を前に戻し、ハンドルを握っていたため見送りはできなかった青木は肩を竦めた。

 変化したのは、関係と言うよりは青鸞の態度だった。

 

 

 青鸞は、以前は護衛小隊の人間に対しても敬語を使い、また自分を指す際には「(ワタシ)」と言う言葉を使っていた。

 稀に「ボク」と呼ぶこともあったが、基本は「(ワタシ)」だった。

 それが今、「ボク」……つまり「枢木」ではなく「青鸞」として接するようになった。

 これを良いと見るか悪いと見るかは、人によって意見はあるだろう。

 

 

「……どういう心境の変化があったのかね」

「私にはわからない、だが青木伍長、任務中の私語はなるべく慎め」

「了解、軍曹殿」

 

 

 少なくとも、運転席に座る2人にとっては悪い変化では無いらしい。

 それは彼らの表情を見ていれば明らかで、青木など愉快そうに鼻歌など歌っている。

 一方で佐々木も、かつて草壁に命じられた「あの小娘から目を離すな」と言う言葉を忠実に守り続けるつもりだった。

 そこには当然、個人の意思も含まれているのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 通常、誘拐された側が取る行動と言うものには何があるだろう?

 取り乱す? 罵倒する? 怯えた目で大人しくなる? 毅然とした態度で対する?

 大体はそんな所か、しかし彼女は違う。

 

 

「うーん、なかなか難しいんですね。このショーギと言うゲーム、チェスとは駒の動かし方が違いますし」

「いえ、筋はよろしくていらっしゃいますよ」

「そうですか? ふふ、昔、ある人にチェスなら教わったことがあって……」

 

 

 後部トレーラーに移った青鸞が見たのは、雅がユーフェミアと将棋を嗜んでいる姿だった。

 トレーラー内に設置された仮眠室、そこが臨時の軟禁場所になっている。

 スペースの都合上そんなに広くは無い、が、寝起きするくらいなら十分だ。

 まぁ、皇女殿下の部屋としては不足に過ぎるだろうが。

 

 

 いずれにしても、誘拐犯の仲間と将棋遊びをする皇女と言うのは普通では無いだろう。

 それも楽しそうにだ、外部の「お飾り」評価とは裏腹に、肝が据わっているのかもしれない。

 他人の評価など、役に立たないものだ。

 

 

「雅、ありがとう」

「ああ、青鸞さま。いえ、私も楽しかったですから」

 

 

 楽しかった、これもまた人質の世話を頼まれた人間の言葉では無い。

 仮眠室の扉の向こうに姿を消す分家筋の少女の姿に、青鸞は何とも言えない気分になる。

 そしてその気分のままに先程まで雅がかけていた椅子に座れば、簡易ベッドに腰を下ろす形になっているユーフェミアと向かい合う。

 すると、誘拐されている当人である彼女は、誘拐した本人である青鸞に何故か笑顔を見せた。

 

 

「はじめまして……で、良いのかしら。私はブリタニア帝国第3皇女、エリア11副総督、ユーフェミア・リ・ブリタニアです」

「……はぁ」

 

 

 もしこれで別人だったらば、青鸞達の行動の意味が無くなる。

 それにしても、随分とフレンドリーと言うかフランクと言うか、壁の低い皇女様だ。

 テーブルの上の将棋盤を見ながら、青鸞はそう思う。

 するとそこで会話が止まった、何かと思って顔を上げれば、ユーフェミアが笑顔で自分を見ている。

 否、待っている。

 

 

「……枢木青鸞です、どうぞお見知りおきを、皇女様」

「名前で呼んで頂いても結構ですよ、公式の場ではありませんし」

 

 

 公式とか非公式とか、そう言う問題だろうか。

 首を傾げる青鸞だが、と言ってユーフェミアに傷をつける意思は彼女には無い。

 抵抗したり逃亡を図られれば別だが、このように大人しくしていてくれるならば特に。

 何しろ彼女は、チョウフまでの交通手形でしかないのだから。

 

 

「セイラン……と呼んでも良いでしょうか?」

「構いませんが」

「ではセイラン、貴女はスザクの妹さん……なのですよね?」

 

 

 ……待て。

 と、青鸞は思った。

 あの兄は、帝国の第3皇女にファーストネームで呼ばれるような人間なのだろうか。

 いや、自分も呼ばれ始めているが。

 

 

(……何と言うか、変な皇女様だな……)

 

 

 他人に対して妙に距離感が近い、独特の寄り方。

 少なくとも、彼女が知っているブリタニア皇族とはまるで違う。

 あの兄妹は、最初は酷くこちらを警戒していたし……。

 

 

「酷く不躾な質問で申し訳ないのですけれど、もしかしてスザクとは……お兄様とは、あまり仲が良くないのですか?」

「…………まぁ、そうですね」

「あ、ごめんなさい。スザクから妹さんの話を聞いたことがなかったものだから……」

 

 

 硬質化した雰囲気に気付いたのか、ユーフェミアは申し訳無さそうな顔で謝罪してきた。

 これも自分の知っている皇族とは違う、皇族とは個人個人でこんなに差が出るのだろうか。

 自分の知る兄妹、兄の方は特にそうだが、誰かに謝った姿をあまり見たことが無い。

 

 

「どうして、そんな話を? (ワタシ)とスザクは確かに離縁関係にありますが」

 

 

 自分の家と、とは言わない。

 それを言えば枢木家のことが、ひいてはキョウトのことが伝わる。

 それは出来ない、何をおいても。

 どれだけ変でも相手はブリタニア皇族、支配者の側の人間なのだから。

 

 

 対してユーフェミアは、特にそうした思考からスザクとの不仲を確認したわけではなかった。

 もちろん、政治的に利用するためでもない。

 ただ単純に、個人として聞いただけだ。

 

 

「特に理由はありません、ただ、私はここエリア11で兄を亡くしました。姉とも喧嘩らしい喧嘩をしたこともありません、だから貴女とスザクが仲良くなってくれれば嬉しいと、そう思ったんです」

「それだけですか?」

「はい、それだけです」

 

 

 曇りの無い100%の笑顔で、ユーフェミアは言い切った。

 あまりにも裏が見えない、そもそも無い。

 これが、ユーフェミアと言う「少女」だった。

 打算も策略も無い、純度の高い感情だけを表に出す少女。

 

 

「聞かせてほしいのです、貴女から見たスザクのことを。そうすれば、きっと貴女のことがわかる気がして……」

「わかって頂かなくて結構、ブリタニア皇族の貴女に理解などされたくありません」

「はい、わかっています。ただ、私がそうしたいと言うだけのことですから」

「…………」

 

 

 ……どうやら、青鸞にとって長く面倒な時間になりそうだった。

 しかし、これも必要なことだ。

 チョウフにいる人々を救うためには、必要なことだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ルルーシュにとっては、その日は久しぶりに穏やかに過ぎるはずだった。

 学校での騒ぎはともかくとして、クラブハウスに戻ってからはそうだった。

 最近は黒の騎士団関係の動きが激しかったが、今日は久しぶりに妹と過ごすことが出来る。

 それは、殺伐とした世界においてルルーシュの精神を癒す、ほとんど唯一の時間だった。

 

 

「……何?」

 

 

 しかしその穏やかな時間は、不意の電話によって破壊された。

 彼が黒の騎士団を率いて戦う理由の一つは、妹ナナリーが暗殺に怯えずに過ごせる世界を創るためだ。

 だが今、彼のナナリーとの穏やかな時間をブチ壊しにしたのは、皮肉なことに黒の騎士団の活動のせいだった。

 

 

 変声・逆探知阻止のための特殊な機材を付属した携帯電話を片手に、ルルーシュは眉を顰める。

 それは電話の内容と言うよりは、彼の自室に充満するピザの匂いに対してのようだった。

 ベッドの上で寝ながらピザを食べると言う暴挙に及んでいる緑髪の少女は、どこ吹く風と言った様子で足をパタパタさせていた。

 白の拘束着の中身などに興味は無い、ルルーシュは不機嫌そうに視線を逸らした。

 

 

「……確かなのか、その情報は」

『…………』

「ディートハルトの情報の信用度については、私に任せておけと言ったはずだぞ扇。まぁ、その私をしても、今回の情報に関しては俄かには信じ難いが……」

 

 

 小さく首を振って、しかし迷いの無い瞳でルルーシュは言った。

 

 

「あの男が「素材」を間違えるはずは無い、ならば事実として動く。2時間以内に集められる人間だけ集めろ、数はそこまで必要じゃない。幹部連は召集、だが玉城は……何、そこにいるのか。なら仕方ないな」

 

 

 その後二、三の命令を伝えて、ルルーシュは電話を切った。

 ソファの横に置いてあった大きな黒い鞄を掴んで、ルルーシュは外出の準備を進めた。

 対して、ベッドの上でピザを食べていたC.C.は興味もなさそうに。

 

 

「どこかに行くのか?」

「ああ、少しな。明日中には戻る、お前はこの部屋から出るなよ」

「束縛する男は嫌われるぞ、坊や」

「黙れ魔女」

 

 

 いつものように言い合いを重ねて、ルルーシュは部屋を出た。

 すると廊下を幾許も進まない内に、車椅子の少女がその進路上に現れた。

 ナナリー、彼の妹である。

 彼女は兄の姿を認めると――盲目のため、気配で感じたのだろうが――ふわりと花開くように微笑んだ。

 

 

「あら、お兄様。もうすぐお夕飯の時間ですよ」

 

 

 声がいつもよりやや明るいのは、久しぶりにルルーシュと夕食を共に出来るからだろう。

 それがわからないルルーシュでは無いので、彼は胸に鈍い痛みを覚えた。

 ルルーシュもできればナナリーの傍にいたい、いたいのだが……。

 

 

「ルルーシュ様、お出かけですか?」

「え……」

 

 

 ナナリーが表情を暗くしたのは、彼女の傍に立つメイドの言葉によってだった。

 シックな印象のメイド服に身を包んだその女性は、篠崎咲世子(しのざきさよこ)

 ナナリーの身の回りの世話などを担当するのがその役目であり、ルルーシュとナナリーがここに住み始めてからずっと生活を共にしている。

 

 

 そして彼女はナナリーと違い、ルルーシュの服装と鞄を見て外出するのかと判断することが出来たのだ。

 もちろんルルーシュはナナリーに嘘など吐けない、だから言うつもりではいた。

 しかし第3者の言葉でそれに気付かされたナナリーは、どこか哀しそうに顔を伏せた。

 

 

「ナナリー、すまな」

「いってらっしゃい、お兄様。でも、早く帰ってきてくださいね」

 

 

 謝罪の機先を制されて、ルルーシュは一度だけ言葉を飲み込んだ。

 哀しげな顔を見せていたナナリーは、今は顔を上げて微笑みを見せてくれている。

 ルルーシュの行動を縛ってはならない、そうした気配りが垣間見えた。

 そのいじらしさに罪悪感を刺激されたらしいルルーシュは、床に膝をついてナナリーの小さな手をとった。

 

 

「……明日は、絶対だから」

「はい、でも、無理はなさらないでくださいね」

 

 

 ルルーシュがここのところ忙しそうにしているのは何故か、などとナナリーは聞かない。

 聞けば兄に負担をかけるからだ、それに手を触れていれば兄が自分を想ってくれていることはわかる。

 自然と、わかってしまうのだ。

 目が見えない分、余計に。

 

 

「……甲斐性の無い男だな」

 

 

 なお、扉の陰から(ピザを食べながら)様子を見ていたC.C.がポツリとそんなことを呟いたが。

 幸い、その声は誰の耳にも届かなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そして一方、黒の騎士団が動いたということは、その「飼い主」とも言える存在も動いたということを意味する。

 すなわちキョウトである、黒の騎士団を始めとする反体制派に武器・資金を流している集団。

 相も変わらずの隠然さでもって、彼らはキョウトの屋敷の一室に集まっていた。

 

 

「……少々、薬が強すぎたのでは無いですかな」

 

 

 メンバーの1人がそう言うのを、桐原は頷きながら聞いていた。

 とは言え他の4人と異なり、彼はあくまでも余裕のある態度を崩していない。

 むしろ笑みさえ浮かべている、どこか楽しそうだ。

 それが他の4人をさらに刺激しているのだが、それすら気にしてもいない。

 

 

 彼らが今議論しているのは、現在ブリタニア政庁の上層部を賑わせている話題だった。

 コーネリアの直属軍には流石に手を出せていないが、その代わり文官の中にはキョウトの息がかかっている者が多く残っている。

 特にユーフェミアは文官との付き合いが多かった――儀礼的な式典への出席が多かったためだ――ために、軍事作戦と異なりその動向は掴みやすい。

 

 

「まさか父親の真相を知って、こんな暴挙に出るとは……」

「まったく、まさか我々に何の相談もなく」

「副総督の拉致とは、この1ヶ月間何かを企んでいるとは思っていたが……桐原公、まさか知っていたので?」

「いやいや、わしもまさかこんなことをするとは予測できなんだ」

 

 

 エリア11副総督、ユーフェミアの拉致。

 いかにコーネリア程では無いとは言え、ユーフェミアの護衛網もそれなり以上だったはずだ。

 戦術的な実力については、以前から水準以上ではあった。

 が、今回のことは戦略がどうとか戦術がどうとか、そう言うレベルを超えていた。

 

 

「わしはただ、少しばかり国際通信の都合をつけてやっただけでの」

「国際通信……?」

「枢木の娘にですかな? いったい何のために、あの娘はどこか外国に知人でもおったのですかな」

「そういえば」

 

 

 不意に聞こえた声は、桐原達5人の座る位置からはやや離れた場所から聞こえた。

 桐原の後ろ、御簾の中に彼女はいる。

 いつものようにただ座して、ただ笑顔を浮かべて、黙していた彼女。

 しかし今日は、妙に桐原のそれと似通った笑みを浮かべていた。

 

 

「今日は随分と世界が賑やかですわね、本当に……」

 

 

 神楽耶の言葉に、桐原以外の大人達が怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「……エリア06、エリア12、エリア13、エリア16、エリア18……」

 

 

 それは、ブリタニア帝国の植民地の名称。

 日本と共にナンバーを振られた土地、その中でもまだブリタニアに反発する力のある地域。

 中東・アフリカ地域のエリアが多いのは、植民地化されてからの年数が少ないためだろう。

 

 

 それはこの時点では、ただの名前に過ぎない。

 神楽耶の呟いたその「ただの名前」が意味を持つのは、もう少し後の話。

 わかった時には、世界がほんの少しだけ変わる。

 それは、そんな話だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 目的は予測できた、ならばブリタニア軍がその目的の達成をみすみす許すだろうか。

 答えはもちろん否だ、それに現在のエリア11総督コーネリアの本質は軍事主義だ。

 よって旧中央自動車道から見てチョウフ基地正面、彼女はそこに直属軍を展開した。

 午後11時、すでに深夜と呼ばれる時間帯だが、チョウフは照明に包まれ昼間のように明るい。

 

 

「――――枢木青鸞! ブリタニアに弓引く愚かな小娘よ!!」

 

 

 そしてブリタニア軍のナイトメアや戦車が並ぶ中、グロースターのコックピットブロックに立ちながらコーネリアが声を上げた。

 拡声されたその声は周囲に良く響く、当然、彼女の前で停車した一台のトレーラーに対しても。

 もし中にユーフェミアがいなければ、3秒後には集中砲火を浴びていただろう。

 

 

「臆病者の謗りを恐れぬのであれば、その顔を見せるが良い! それとも、イレヴンにもなれぬ無頼風情には見せる顔も無いと言うのか!」

 

 

 上からの挑発だ、テロリストを表に引きずり出すための。

 チョウフ基地の屋上や正門の上、あるいは戦車の陰……そこら中に展開した狙撃兵の前に首謀者の姿を出させるために。

 そしてその挑発は、功を奏したように見えた。

 

 

 後部トレーラーの天井が開き、中から床がせり上がるようにして1機のナイトメアが姿を現した。

 そして跳躍、トレーラーの前に立ってコーネリアと向かい合う形になる。

 濃紺のカラーに彩られたそれは、コーネリアも初めて見る形をしていた。

 ブリタニア製では無い、中東で見たナイトメアもどきでも無い、EUや中華連邦のナイトメアとも違う。

 ……いや、今は相手のナイトメアの分析をしている時では無い。

 

 

「む……」

 

 

 コーネリアが軽く呻いたのは、2つの事情からだ。

 1つは相手のナイトメアの左腕が、桜色の液体に満ちた大型カプセルを持っていたことだ。

 流体サクラダイト、それを機体の前に掲げて壁をする。

 カプセルのカバーの強度がわからない、最悪ライフルの狙撃だけで割れるかもしれない。

 それくらいは、しかしコーネリアも読んでいた。

 

 

 問題はもう一つ、スライドして開いたコックピットブロックだ。

 出てきた人間は2人、髪型が違うが枢木青鸞に間違いない少女がシートの上に立っている。

 そしてもう1人は、拉致されたユーフェミアだ。

 

 

(ユフィ……!)

 

 

 問題はここだ、後ろ手に拘束されているらしい妹の姿にコーネリアの内心が揺れる。

 心配そうな妹の目が、コーネリアの目には酷く儚く見える。

 見た限り、怪我や不調などは無い様子だが……。

 

 

『姫様、これでは』

「わかっている、まだ撃つな」

 

 

 狙撃を思い留まらせつつ、コーネリアはマントの下から銃を抜いた。

 銃身がライフルのように長い独特な拳銃だ、リボルバー式だが古式拳銃と言うわけでは無い。

 

 

「今すぐ副総督を解放せよ! そうすれば裁判を受ける権利くらいは認めやろう」

 

 

 死罪だがな、と内心で考えるコーネリア。

 実際、皇族を拉致した時点で青鸞達の運命は決まっている。

 ここで死ぬか、処刑場で死ぬかの違いだけだ。

 

 

「……? 貴様、聞いているのか!?」

 

 

 多数のナイトメアに囲まれる中、生身を晒しながら青鸞は極度の緊張状態にあった。

 というか、トレーラーに乗っている仲間達も緊張しているだろう。

 何しろ、次の瞬間には死ぬかもしれないのだから。

 しかし死ぬわけにはいかない、このチョウフに捕らわれている人達を救うためには。

 

 

 超えるべきハードル、妙に高いが。

 しかし個人的な清算と、集団的な事情のため、今回ここでブリタニア軍と対することは必要だった。

 まぁ、コーネリアが直接出向いてくるかは五分五分だと思っていたが。

 

 

(……大丈夫、皆で決めた作戦なんだから)

 

 

 藤堂が傍にいない今、青鸞は自分達の行動を自分で考えねばならない。

 だが未熟は承知の上、だから彼女はまず自分についてきてくれた数十人に作戦案を話し、各自から出された修正の提案を受け入れてこうしている。

 ただ、その作戦のために必要なのは……実は、ここで何かをすることでは無いのだった。

 

 

「……はじめまして、コーネリア皇女殿下。私は枢木青鸞、前日本国首相の娘です」

 

 

 だから、ここから始めるのだ。

 

 

「コーネリア皇女殿下、一つ確認したいことがあります」

 

 

 青鸞にとっての、新たなる抵抗を。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 まず思ったことは、何だか騒がしいな、と言うことだった。

 外が騒がしい、だから朝比奈は身を起こした。

 白い拘束着に身を包んだ彼は、腹筋の力だけで床の上に身体を起こす。

 眠っていたのかもしれない、やや寝ぼけたような顔をしていた。

 

 

 以前ならば、付近の牢にいるだろう他の仲間に声をかける所だ。

 しかしそれも今は出来ない、彼の尊敬する上官を含めてバラバラの牢に移されてしまったのだ。

 突然の処置だったのだが、それだけでも「何かあったな」と勘繰ることは出来た。

 一応、2日後に軍事裁判があるのでいきなり殺されたりはしないだろうが……。

 

 

(いや、所詮はブリタニア。信用するだけ無駄か)

 

 

 まぁ、信用しないと仲間や上官が死ぬのだが。

 ふぅ、と息を吐く朝比奈。

 3ヶ月前に比べ痩せた顔で、天井の照明を見つめる。

 そして喋りもせずに静かにしていると、やはり外が騒がしいように思える。

 

 

(……青ちゃん達、無事かな)

 

 

 外のことを考えると、やはりチュウブで別れた仲間達の心配をしてしまう。

 特に兵や民衆を押し付ける形になった少女のことだ、四聖剣の中では彼が一番あの少女と親しいと言うのもある。

 同性の千葉はある意味で例外的だが、それでも朝比奈が一番であろう。

 

 

 出会った当初は、実は逆だったのだが。

 仙波や卜部は大人の対応だったし、千葉も冷たかったがそれだけ、嫌味の一つも言うのは朝比奈だった。

 それが今、こうして独房の中から心配するまでになるとは。

 真、人の感情とは不思議なものであった。

 

 

「ん……?」

 

 

 その時、妙な音と共に誰かが廊下を駆けて来るような足音が聞こえた。

 珍しい、看守などは一定の間隔で歩いていたのに。

 しかしその小さな疑問は、すぐに解消されることになる。

 

 

「朝比奈!」

「な……っ、ど、どうしたの? いったい」

 

 

 千葉だった、何かのカードキーらしき物を持った彼の同僚が、牢の鉄格子の向こう側にいた。

 拘束着こそ着ているものの、朝比奈と同じように僅かに痩せているものの、間違いない。

 千葉は、牢の外に出ていたのだ。

 

 

「ど、どうやって、脱獄?」

「話は後だ、と言っても、私もまだ全てを飲み込めたわけでは無いが……」

 

 

 朝比奈の牢の端末に解除コードを打ち込みながら、千葉はチラリと横を見た。

 それにつられて、朝比奈もそちらへと視線を向ける。

 そして、彼はその細めの瞳を大きく見開くことになった。

 

 

「アンタは……!」

 

 

 そこに立っていたのは、黒い――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「今朝、ヒロシマ租界で爆弾テロがあった件をご存知ですか?」

「……一応、聞いてはいる。何だ、あれは貴様の差し金だとでも言うつもりか?」

「当たらずとも遠からず……と、言っておきましょうか」

 

 

 青鸞の言葉に、コーネリアは僅かながら片眉を上げた。

 言っている意味がわからない、そんな表情だ。

 だが聞く耳を持つ必要も無い、だから彼女は銃の引き金に指をかけた。

 

 

「エリア11時間、8月22日0930、ヒロシマ租界」

「……?」

「エリア06、1200、カラカス租界。エリア12、1430、アルジェ租界。エリア13、1600、チュニス租界。エリア16、1730、ヨハネスブルク租界。エリア18、1900、アレクサンドリア租界……」

「何だ、貴様、何の話を……!」

 

 

 その時に至って、コーネリアの瞳が始めて見開かれた。

 彼女は総督であり、先の会議でダールトンによってもたらされた本国からの通知についても目は通していた。

 もっとも、彼女が得ていたのはエリア13のテロの話題までだが。

 

 

 ある意味、盲点とも言える。

 各エリアは総督単位で分割統治されているため、他のエリアの細かな情報は案外と入ってこないのだ。

 だがこの件については、連続して各エリアでブリタニア軍施設を狙ったテロが頻発したため、流石に本国政府からも注意が喚起されたのである。

 その情報が、場所と時間が、今コーネリアの脳裏に閃いた。

 

 

(まさか、この小娘……!)

(気付いてくれたかな……?)

 

 

 コーネリアと青鸞の視線が交錯する、片や睨み、片や頬に一筋の汗をかいてはいるが。

 実際、青鸞が匂わせた可能性は凄まじい意味を含んでいた。

 すなわち彼女は、エリア11のヒロシマ租界でのテロを皮切りに、各エリアで連動して昼夜問わずの連続テロを実行させたと言っているのだから。

 

 

(テロの、国際化だと……!)

 

 

 そうなれば事はエリア11だけではすまない、植民エリア間で一部とは言えテロ組織が連動した可能性。

 その可能性は、存在するだけでも脅威だった。

 ブリタニアの総督ごとのエリア統治体制にも影響を与えかねない、エリア11内部で急速に勢力を強めるゼロと黒の騎士団とは、別種の脅威が育ちつつあるのか。

 もちろん、コーネリアはこの時点で青鸞の言い分をそのまま聞くつもりは無かった。

 

 

 何故ならば、日本解放戦線本体の壊滅からたったの2ヶ月なのだ。

 エリア11の反体制派の糾合にも四苦八苦していた彼の組織も、他の植民エリアの組織との協力関係は築けなかったのだから。

 だから青鸞が、目の前の小娘が世界規模の国際テロ・ネットワークを構築したなどとは断じて信じられない。

 

 

「小娘が……!」

 

 

 くだらないはったりだと、この場で断じることは出来る。

 しかし、それでも可能性は残る。

 これからはともかく、今回に限ってと言うことなら、あるいは。

 

 

 そして青鸞にしても、実はこれにははったり以上の意味が無い。

 しかし今回に限っては、コーネリアの読みは正しい。

 青鸞はこの2ヶ月、あるものを交渉材料に各植民エリアのテロ組織にある要請をしたのだ。

 つまり、一度で良いからこちらの指定する時間で何らかのテロを租界に対して行って欲しいと。

 それも、なるべくブリタニア軍施設のみを狙って。

 

 

『グラスゴーの設計図』

 

 

 それが今回、青鸞が他の植民エリアのテロ組織に見返りとして提示したものだ。

 ブリタニア以外ではキョウトが独占していたその情報を、ナイトメア製造のノウハウを、青鸞は流出させたのである。

 これがブリタニア側から見てどう見えるか、言うまでも無いはずだった。

 

 

 だが、青鸞はどうやって僅か2ヶ月そこそこでそこまで行ったのか?

 日本解放戦線のルートは使えない、ならば彼女に残されたルートは一つだけだ。

 その答えを示すように、エリア11の正副総督の前で、ブリタニア軍の前で。

 青鸞は、年頃の乙女そのままに頬を染めて。

 

 

 ――――そっと、指先で己の唇を撫でたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 大人達の会話を御簾の向こうに聞きながら、己の唇に触れた少女がいる。

 艶やかな黒髪を淡い照明の明かりに照らす彼女は、唇の柔らかさを確認するようにそれを撫でる。

 触れた指先をそのまま胸に抱いて、そっと目を伏せるその姿は……どこか、「女」を思わせた。

 

 

「……キョウトの女に、「次」はいらない……」

 

 

 神楽耶の呟きは、ここにはいない誰かへ向けてのものだった。

 キョウト、表の顔は利益集団NAC。

 サクラダイト開発などの利権に絡む彼らは、ブリタニアの資本家を含む外国人と繋がるほとんど唯一のルートを持っている。

 植民エリア間の連動を封じる「渡航禁止」や「連絡封鎖」の、数少ない例外の一つだった。

 

 

「「今」この時のために、全力を尽くす。それでこそ……」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

(……キョウトの女!)

 

 

 女は度胸、それを地で行く青鸞。

 敵前に姿を晒すそのやり口はゼロに似ているが、違う点は2つ。

 まず、ここには彼女の行動を全世界に紹介するメディアがいない。

 第二に自分達に戦力を集中させるゼロと黒の騎士団とは異なり、青鸞とその仲間は戦力を拡散させているのである。

 

 

「それでも、お前達は逃げられない……他の植民エリアのテロリストが援軍に来るわけでも無い!」

 

 

 コーネリアが事実を叫ぶ、そしてそれは事実だけに正論だった。

 そう、仮にテロが国際化しようがどうなろうが、この場で青鸞達に援軍は無いのだ。

 そして、状況は振り出しに戻る。

 

 

「きゃっ……」

 

 

 それまで座っているだけだったユーフェミアを、青鸞が引き立たせた。

 さらに月姫の右腕に備えられている速射砲(ガトリングガン)の銃口を、サクラダイトのカプセルに向ける。

 典型的な人質作戦、もし攻撃すればユーフェミアごとサクラダイトを爆発させるとの脅しだ。

 

 

「やれるものならやってみるが良い、副総督が失われた時が貴様らの最期だ!!」

 

 

 そしてコーネリアも屈しない、内心はともかく外見にはそんな姿勢を見せた。

 だが内心では冷や汗をかいているだろうことは、両隣のグロースターの中にいるギルフォードとダールトンにだけは良くわかっていた。

 そしてそれだけに、彼らも必死に隙を見出そうとする。

 彼らの主君の、そして彼らにとっても大切なユーフェミアと言う皇女を救うための隙を。

 

 

 ――――沈黙。

 トレーラーの中で、青木はハンドルを握る手に汗が滲むのを自覚した。

 予定ではこの後、青鸞の合図でチョウフ基地内部に突入することになっている。

 人質交換が絶望的な状況では、それが最後の手段だった。

 まぁ、正直、ここから先の作戦は何度話し合っても良案が思いつけなかったのだ。

 

 

「…………」

「…………ッ」

 

 

 コーネリアと睨む青鸞の顔に苦渋が歪む、全世界同時多発テロの話題で誤魔化すつもりだったが、コーネリアは主目的を見失ってくれなかった。

 後は、最後の手段を青鸞がどのタイミングで切るかによる、と言う所か。

 そうして事態が硬直化して、緊張の度合いを増していくのをもどかしげに見ている存在がいた。

 それまで沈黙していた彼が、ブリタニア軍の輪の外から中心へと躍り出たのはその時だった。

 

 

 コーネリアが非難の混じった驚きの声を漏らす中、コーネリアと青鸞の間に身を躍らせたのは白いナイトメアだった。

 どことなく騎士甲冑を思わせるその機体は、次世代型のナイトメア『ランスロット』である。

 そして青鸞の月姫と向かい合う形で立ったナイトメアのコックピットが、空気圧の抜ける音と共に開く。

 

 

「な……!」

 

 

 あらゆる意味で「何をしている」と叫びそうになるのを、コーネリアは堪えた。

 幸い、ここにはメディアもいない。

 連れてきた部隊は元々彼の存在を知っているので、情報は拡散しない。

 まぁ、それでもコーネリアの要請なしに特派のナイトメアが動いたと言う事実は消えないが。

 

 

「――――青鸞!」

 

 

 そしてランスロットのパイロットは、スザクである。

 ナリタでそうしたように……いやそれ以上に直接的に、彼は実妹と対した。

 

 

「スザク……」

「…………!」

 

 

 ユーフェミアが少年の名を口にし、そして青鸞は少年を睨む。

 この2人の間にどんな会話があったのか、スザクは知らない。

 知らないが、しかし、変化はある。

 

 

 スザクの姿をランスロットのコックピットに認めた時、青鸞の脳裏にはやはり7年前の光景が思い浮かべられた。

 兄が、父を殺す場面。

 いかに桐原の言う「真相」を知ろうとも、その事実だけは消えようが無いのだから。

 憎悪だけは、消えない。

 

 

「……青鸞。その人を離して、投降するんだ。キミの行動はこのエリアの法と秩序に反している」

 

 

 一方でスザクにも、変化は存在した。

 親友に相談したことも影響しているのかもしれない、実際、即座の実力行使を行おうとはしていなかった。

 妹が道を誤ったなら、どうすべきか。

 

 

「キミが僕を恨む気持ちは、理解しているつもりだ。だから僕に対しては何をしても良い、でもその人は離してほしい。もしその人に何かあったら、エリア11の人達はより苦しむことになる」

 

 

 脅し、ではあるまい。

 ユーフェミアに何かあれば、コーネリアは今度こそ日本人を許さないかもしれない。

 それはユーフェミアにもわかっているのだろう、彼女は後ろの青鸞を振り仰いだ。

 

 

 青鸞はその目を正面から見た、スザクと同じ目だと思った。

 違うのは、純粋に哀しんでいることだろうか。

 この後の青鸞達の末路を思って、何とかしたいと思っている目だった。

 誘拐犯に対して、妙に同情的とも言える。

 

 

「……何をしても良い、なんて、軽々しく言うね」

「わかっている、でも、僕には」

「聞いたよ、父様の話。7年前に何があったのか、本当のこと」

 

 

 青鸞の言葉に、ユーフェミアは首を傾げる。

 しかしスザクには意味が通じたのだろう、息を呑んで一歩を下がった。

 丸く、そして大きく目を見開く兄の顔を青鸞は見た。

 

 

「ど……どうして」

「爺様達が教えてくれた」

「……あの人、達が……?」

「うん」

 

 

 名前を出さないだけの節度はあったらしい、しかしスザクの表情は引き攣ったままだった。

 ヨロめいて、腕で自分の身体を支えなければならない程に。

 その様子だけで、彼が受けた衝撃の大きさを窺うことが出来た。

 しかし、彼は額に玉の汗をかきながらも倒れるようなことはしなかった。

 

 

 むしろ青鸞への視線の圧力を強めてきた、まるでより強く責任感や使命感を刺激されたかのように。

 そしてそんなスザクの姿を、青鸞は正面から見続けていた。

 ただ、じっと、見続けていた。

 唇だけで「どうして」と形作ったような気もするが、音にならないそれは言葉として成立しない。

 

 

「兄様、ボクはね。それでも」

 

 

 例え、桐原の話が真実だとしても。

 

 

「それでも、ボクは日本の独立と抵抗のために戦うよ」

「……そう、かい。なら僕は、軍人としてキミを捕縛しなければならなくなる」

「藤堂さん達を助けたいだけなのに?」

「……藤堂さん達は違法活動を行っていた、明後日には軍事裁判が行われ、正当な法の裁きにかけられることになる。それを否定する行為は、やはり違法だ、許されることじゃない」

 

 

 チョウフ基地に収監されている、藤堂達の救出。

 それが今回の目的、チュウブで逃がしてもらった恩を青木達も忘れてはいない。

 そして青鸞は、藤堂に伝えねばならないこともあるのだから。

 

 

「許されない? 誰に?」

「現在のこのエリアの法と秩序にだ」

「ボクはそんなものを受け入れた覚えは無いよ」

「キミの意思は関係ない、ただ現実としてこのエリアを運営している法律があり、人々はそのルールに従わなくちゃいけないんだ」

「嫌だと言ったら?」

「……その時は」

 

 

 動揺に揺れていたスザクの瞳が、鋭く細まっていく。

 薄く光を放っているようにすら見えるその視線は、真っ直ぐに青鸞を射抜いていた。

 受け止める青鸞も、唇を引き結んで立っている。

 

 

「その時は、僕が……自分が、責任をもってキミを捕縛する」

「なりません!」

「……ッ、ユーフェミア様?」

 

 

 声を上げたのは、意外なことにユーフェミアだった。

 彼女は後ろ手に縛られていながらも毅然として立ち、声を張った。

 だがその表情は、どこか哀しみに彩られていて。

 

 

「兄妹で争い合うなど、そんなこと――――……!」

 

 

 ではどうするのか、など聞く者はいない。

 しかしスザクは表情を緩めた、彼女らしい、と言うような顔だった。

 青鸞としては、スザクのその救われたような表情に若干の不快を覚えた。

 だが特段何を言うこともなく、静かにスザクを睨んでいる。

 

 

「……青鸞。僕は……せめて僕が、この手でキミを――――」

 

 

 自ら枷を求める罪人のように、スザクが腕を伸ばす。

 誘うように掌を上にしていたそれは瞬時に引っ繰り返り、人を指差す形に変わる。

 指された青鸞は、目を細めてそれを睨む。

 

 

「キミを捕縛して、法の裁きを受けさせる。そして、僕も……」

 

 

 その後に続く言葉が、声として音にされることは永遠になかった。

 続きがわかる者は、おそらく本人以外にはいない。

 いや、いる。

 この世でたった2人、ほぼ正確にその思考をなぞれるだろう2人だけがわかる。

 

 

 その内の1人、青鸞は引き結んでいた唇を解いた。

 ユーフェミアを引き立てていた手指の力が緩み、その意識の集中する先に兄を見据えて。

 何事かを言おうとした、まさにその時だった。

 

 

 

『違うな、間違っているぞ――――枢木スザク!』

 

 

 

 声と共に、チョウフ基地に火の手が上がった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 チョウフ基地の各所で爆発が巻き起こり、基地の弾薬庫や兵器庫から火柱と断続的な爆発が続く。

 基地が大混乱に陥る中で、さらなる異常事態が展開される。

 施設の中から白い拘束着姿の政治犯や捕虜達が大挙して脱走したのだ、もちろん1人や2人では無い。

 脱獄だ、いや、脱獄などと言うレベルでは無かった。

 

 

「チョウフが……どう言うことか!?」

『わかりません! 基地側からの連絡は何も……姫様、アレを!』

「何……!」

 

 

 コックピットブロックの上で背後の基地を振り向くコーネリア、そんな彼女の周囲にはすでに基地から舞い上がった火の粉が浮かび始めていた。

 それ程の爆発だった、しかもまだ納まっていない。

 コーネリアは収監者達が塀を越え門を押し開いて逃げる様子に、頭に血が上るのを感じた。

 

 

 しかし彼ら脱走者の騒ぎは基地や周囲に展開する歩兵部隊に任せるとして、問題はチョウフ基地だ。

 爆発する車庫の中から、一台のブリタニア軍仕様のトレーラーが正門方面に飛び出してくる。

 爆破した壁の中から出てきたそのトレーラーの上には、一般の脱走者以上に見逃すわけにはいかない人間が何人も乗っていた、例えば……。

 

 

「藤堂さん……皆!」

 

 

 月姫の上から、青鸞が彼らを呼ぶ。

 トレーラーの上に膝をついたり、あるいは直立したりと様々だが、そこに青鸞の求めた人間達がいたのだ。

 これから突入して攫うつもりだった人々が、拘束着姿だが確かにそこにいる。

 

 

 その中の1人、朝比奈が手を振っている、涙が出そうだった。

 だがまだ泣くには早い、何故なら彼らの傍には1人の男がいたからだ。

 全身を漆黒のマントと衣装で覆った仮面の男、すなわち。

 

 

「――――ゼロ!?」

『枢木スザク、キミは今、何をしようとした?』

 

 

 本来ならばコーネリアに声をかける所だろうが、何故かゼロはまずスザクに反応した。

 スザクに対して、何をしているのかと問うたのだ。

 

 

『オレンジ事件の時、キミは私に言ったな、正しい手段で成果を得たいと。だが、実際にやっていることは何だ?』

「……?」

 

 

 そんな彼の様子に首を傾げたのは、コーネリアでもスザクでもなく、ユーフェミアだった。

 彼女もまた、兄妹で争うなど姿など見たくないと言った人間だ。

 だからおそらくは事情を聞いていたのだろうゼロが、スザクに対して倫理上の怒りをぶつけるのは不可解では無い。

 

 

 だが、ゼロの口調に妙な違和感を覚えたのだ。

 そう、何と言えば良いのか。

 倫理とか何とか、そう言うものとは関係なく……ゼロが怒っている、ような気がしたからだ。

 それはどこか奇妙に思えた、少なくともこの時点では。

 

 

『亡き父の遺志を継ぎ、日本解放のために懸命に戦っている青鸞嬢。枢木スザク、彼女はキミの実妹のはずだ……それをキミは、ブリタニアの軍人として捕らえようと言うのか?』

「それが今のこのエリアのルールなら、自分はそれに従わなくてはならない!」

『妹を体制側(ブリタニア)に引き渡すのが、正しいルールなのか!?』

 

 

 ゼロの責める口調は激しい、まるで長年付き合ってきた親友に裏切られたかのように。

 その口調は傍らに立つ藤堂達も怪訝な、あるいは意外そうな目で彼を見る程激しい。

 そして庇われているらしい当人、青鸞はと言えば、妙に居心地が悪い気分になっていた。

 

 

(藤堂さん達の救出をやってくれたらしいのは有難いけど……でも、何か、何か……うーん)

 

 

 神楽耶とゼロの妻がどうとか言う話をしたためか、変に気になってしまう。

 真剣に庇って……と言うより、真剣にスザクを責めているその姿に不快は感じない。

 仮面の向こうの表情は読めないが、身振りからかなり激怒しているらしいことはわかる。

 ……自分で言うのも妙だが、そこまで怒る必要があるだろうか……?

 

 

「ゼロ! 義弟クロヴィスの仇……貴様風情が兄妹の情を唱えるとは片腹痛い!」

 

 

 なおもスザクと揉めていたゼロに、コーネリアが矛先を向ける。

 そしてその左右をギルフォードらのグロースターが固め、彼女を隠すようにした。

 ゼロは舌打ちしたかのような仕草を見せると、視線――仮面で見えないが――をコーネリアへと向けた。

 こちらに対しては、幾分か落ち着きを取り戻したような口調で。

 

 

『――――これはこれは、コーネリア殿下。貴女こそ、名誉ブリタニア人への踏み絵に妹を差し出させるとは。ご自分の妹は直々に救いに来ると言うのに』

「ふん、ブリタニア人とナンバーズを区別するのは我が国の国是だ」

『そう! それこそがブリタニアの欺瞞の象徴! 故に!』

 

 

 劇場の役者のように両手を広げて、ゼロは叫んだ。

 

 

『黒の騎士団よ! 今こそチョウフに捕らわれた同胞達を救うのだ!!』

 

 

 爆発を続けていたチョウフ基地の中から、黒にカラーリングされた無頼が複数機、姿を現した。

 滑らかな動きでゼロ達の乗るトレーラーの前を交差した無頼は、背部から白い煙を吐き出している。

 チャフスモーキング、ゼロ達の姿が消えていく。

 

 

「逃げるか、卑怯者め! ギルフォード!」

『イエス・ユア・ハイネス!』

 

 

 主君の命令を受けたギルフォードがグロースターを駆って白煙の中に飛び込もうとする、しかしその次の瞬間、チョウフ基地の周囲に展開していたサザーランド部隊の内の2、3機がギルフォード機に対してアサルトライフルの射撃を開始した。

 これにはさしものギルフォードも虚を突かれた、彼は機体に回避行動を取らせつつ通信機に向けて叫んだ。

 

 

「何をしている! 発砲命令はまだ出されていない、それに私は味……ッ!?」

 

 

 まさか、ゼロの仲間か!?

 ギルフォードの脳裏にあり得ない考えが過ぎる、まさかチョウフ基地の中に内通者がいたなどと。

 信じられないが、現実に彼はチョウフ基地所属のサザーランドに動きを妨害されていた。

 

 

「ゼロの行動の邪魔をしてはならない、ゼロの行動の邪魔をしてはならない……」

 

 

 そのサザーランドに乗っているパイロットは、ブツブツとそんなことを呟いていた。

 瞳は虚ろだが赤く輝いている、そして彼らは味方であるはずの他のサザーランドのランスでコックピットを貫かれて果てるまで、ギルフォード機を攻撃し続けてた。

 そしてその間に、状況はさらに進展する。

 

 

『お嬢、どうする!?』

「……仕方ない、ボク達も撤退しよう!」

『ルートは……』

 

 

 通信で青木と話していた青鸞の身が爆風に煽られる、次に目を開けた時、彼女の隣に真紅のナイトメアが立っていた。

 月下と似ているが片腕の銀の爪が違う、そんな機体だった。

 そしてそのナイトメアから、高い少女の声が響いた。

 

 

『こっちだ! ついて来い!』

 

 

 どうするか、と青鸞は一瞬だけ悩む。

 だがそれは本当に一瞬で、彼女は「荷物」をその場に下ろすと、自身の身を月姫のコックピットへと滑らせた。

 そして青木達に指示を出しつつ、味方の裏切りで混乱するブリタニア軍のナイトメアを駆逐する真紅のナイトメアの後を追って機体を走らせた。

 

 

『テロリストが逃げるぞ、塞げ!』

『ユーフェミア皇女殿下をお救いしろ! コーネリア殿下直属部隊の名にかけて!』

『おお!』

 

 

 しまった――真紅の機体、紅蓮弐式の中でカレンは毒吐いた。

 先頭のナイトメア部隊を駆逐するのは良いが、側面からグロースターが2機、回り込んできた。

 紅蓮弐式の後ろ、ゼロが助けてやれと言っていたダークブルーのナイトメアに向かう。

 カレンは操縦桿を引いてターンし、戻ろうとした。

 ――――しかし、結論から言えばそれは不要だった。

 

 

「そこを……!」

 

 

 コックピットの中で――シート型では無く、オートバイのように前傾姿勢で跨る形――座席に胸を押し付けるようにしながら、青鸞はメインモニターに映る敵グロースターを睨んだ。

 シート型とは異なり操縦桿を握る両腕で全身を支えなくてはならないので、なかなか扱いが難しい。 

 だがそれでも、操縦桿のロックを外して動かせば……機体が、まるで自分の手足のように動いてくれた。

 

 

 無頼などとは比べ物にならない、何しろ世代で言えば3つ飛ばしているのだ。

 第七世代相当KMF、『月姫(カグヤ)』。

 重装甲ゆえ紅蓮弐式などに比べれば機動力で劣るが、それでも感じたことの無い「吸い付き」を感じる。

 グロースターの突撃が、まるでスローモーションか何かのように遅く感じてしまう程に。

 

 

「どけえええええええぇぇぇぇ――――っ!!」

 

 

 守るべきトレーラーが後ろにいる、小規模ながらナリタの再現とも言える。

 1機目のグロースターと交錯する際、青鸞は左の操縦桿のトリガーを押した。

 すると月姫のコックピットブロック左側に装着されていた刀の鞘が跳ね上がった、身を屈めた月姫の肩を擦り抜けるように、空気圧で射出された刀の柄頭がグロースターの顔面を打つ。

 ファクトスフィアを砕かれ、グロースターが仰け反るように倒れ後方へと過ぎ去っていく。

 

 

『セ、セラフィ』

 

 

 残った1機のパイロットが動揺の声を上げる、その隙に青鸞は機体左側に浮いた刀を掴み、そのまま斬撃に入った。

 刀身が高速振動し蒼い輝きを放つ、刃の軌跡から放電するようなエネルギーが走り視界から消える。

 そしてそのエネルギーの端が、グロースターのパイロットの視界に僅かに残った次の瞬間には。

 

 

『ン卿……お、あ?』

 

 

 気がつけば、グロースターのコックピットブロックが射出されていた。

 いつ斬られたのかわからない、刀が射出されてからの月姫の腕の動きが捉え切れなかった。

 それ程までに、月姫の専用刀『雷切(ライキリ)』の斬撃速度は速かった。

 

 

 上半身と下半身が腹部から裂かれて墜ちたグロースターの横を、ダークブルーのナイトメアとトレーラーが駆け抜ける。

 それを見てカレンは口笛を吹き、改めて逃走ルートの先導作業に戻った。

 どうやら、ただのお嬢様では無かったらしい。

 

 

「……青鸞、待て! うわっ……!」

 

 

 風に煽られたチャフスモークが、ランスロットとスザクも覆う。

 閉じた目を開いた時には、周囲をチャフスモークに覆われ、味方の同士討ちの音だけが響いていた。

 レーダーにも何も映っていない、この混乱した状況ではどうしようも無かった。

 

 

 悪態を吐いて、機体の装甲部を殴りつけるスザク。

 噛み締めた唇からは血が流れている、それだけ自分を許せなかったのだ。

 口ばかりだ、自分は。

 説得も証明も出来ず、あげくのはてに何もできなかった。

 それにユーフェミア、あの優しい皇女だってあのまま……。

 

 

「あの~……」

「…………」

「あの!」

「……ッ、はい!?」

 

 

 装甲に手を置いたまま悔やんでいると、不意に機体の下から声をかけられた。

 何かと思って、白煙に包まれる中で身を乗り出して懸命に下を見る。

 するとどうだろう、そこに1人の少女がいた。

 

 

 桃色の長い髪に、白と桃色を基調としたドレス。

 先程までテロリストの手中にあった少女がそこにいて、スザクは思わず目を丸くしてしまった。

 そんな彼に対して、ユーフェミア・リ・ブリタニアは柔らかな笑顔を見せたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ぷはっ、と、ドリンク剤を飲み干した少女が気持ちの良い吐息を漏らす。

 遠目に見える海には日の出の光が煌いていて美しい、例えチョウフ基地・トーキョー租界からも離れた山の中腹で泥に塗れていようと、見ていて気持ちの良い景色ではある。

 特に、一仕事終えた後には。

 

 

「お疲れ様、カレン。今日も大活躍だったわね」

「そんな、井上さん達の方こそ。基地の人達を助けたりとか、大変だったんじゃないですか?」

「私はトレーラーで待ってただけよ、ほとんどゼロが1人でやっちゃったもの」

 

 

 苦笑するのは井上と言う女性だ、紺色のロングヘアに黒の制服を着ている。

 見ての通り黒の騎士団のメンバー、数少ない女性幹部としてカレンも良くして貰っている。

 彼女の背後には、先程ブリタニア軍を紙切れのように切り裂いた真紅のナイトメア『紅蓮弐式』がある。

 ナリタでも多くのブリタニア軍を撃滅したそれは、もはや黒の騎士団の象徴になりつつあった。

 

 

 彼ら黒の騎士団は今日、ゼロに従いチョウフ基地を強襲した。

 急に召集されて何事かと思えばチョウフ基地の収監者の救出、加えてゼロの予告通りにコーネリア軍の包囲が始まり、その後も概ねゼロの予測した通りの状況になった。

 まぁ、途中でゼロが予想外にスザクと言い争ったのは驚いたが。

 いつになく急な作戦だったが、ゼロを信じていればこそ何とかなったとも言える。

 

 

「つーかよぉ、あのガキどっかで見たことなくねーか?」

「どこも何も、シンジュクで会っただろ」

「あ、そうだっけか……って、え? どういうことだ? え?」

 

 

 玉城と杉山の声に顔を上げれば、少し離れた位置にそのゼロがいる。

 もちろんゼロだけではなく、チョウフで救った人々の代表格、藤堂と四聖剣もいる。

 そして彼らの話のネタ、もとい種である少女。

 カレン自身は初めて見るが、どこにでもいそうな普通の少女だ。

 だが、彼女はあのスザクの妹なのだと言う。

 

 

(……スザク、か)

 

 

 正直、その名前については今は複雑だ。

 何故ならカレンは見てしまった、あの白兜……ランスロットのコックピットにあの生徒会の仲間が乗っていたのを。

 ショックではない、と言えば嘘になる。

 しかし彼女は黒の騎士団のメンバー、シンジュクでの礼もある、いつかは倒さねばならないだろう。

 

 

 カレンとしては複雑だが、仕方が無い。

 敵であるならば、例えどんな関係性であろうと……倒す。

 今のカレンにとっては、それが全てだった。

 ゼロに従っていれば、自分達のようなレジスタンスでも十分に戦えるのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 達成感に浸る黒の騎士団のメンバーとは別に、違う様相を呈している者達がいる。

 もちろん藤堂達のことなのだが、彼らは今、やや困っていた。

 

 

「あー……青ちゃん? 流石にちょっと恥ずかしいというか、照れ臭いんだけど……」

 

 

 事実、表情を照れの色に染めながら、朝比奈が困ったように言った。

 と言うか、現実として困っていた。

 何故なら彼の胸には1人の少女が強く抱きついていて、顔を埋めるようにしていて離してくれないのだ。

 こう、あえて擬音にするなら「むぎゅーっ」と言うような形で。

 

 

 なお、朝比奈の横では卜部と仙波が似たような顔で咳払いを繰り返している。

 数分前まで彼らが抱きつかれていたわけだが、どうやら無かったことにしようとしているらしい。

 もちろん、無かったことには出来ない。

 現在進行形で抱きつかれている朝比奈も、困った顔でポンポンと背中を叩いてやることしか出来ない。

 

 

「はぁ……青鸞、もう良いだろう。いい加減に離せ、まともに話も出来な……って、ああ、もう」

 

 

 朝比奈から離れたかと思えば、今度は声をかけてきた千葉に移った。

 つまり咳払いする人数が1人増えたわけだが、4番目に抱きつかれた千葉としても扱いに困る。

 濃紺のパイロットスーツに包まれた肩の震えを見てしまえば、無碍にもしにくい。

 仕方なく、千葉はぎこちない手つきで青鸞の髪を梳いてやった。

 

 

「……髪を切ったのか、あれだけ私が切れと言っても切らなかったのに」

「……ん、似合わない?」

「そうだな……子供っぽさが増したな」

「酷いなぁ……」

 

 

 意外と豊満な千葉の胸に顔を埋めながら、青鸞が笑う。

 顔を擦り付けてクスクスと笑う青鸞は、どこか猫のようにも見えた。

 まぁ、おかっぱな髪が幼さを強調しているのは確かだが。

 

 

「実は一番青鸞を心配していたのは、千葉なんじゃないのか……?」

「まぁ、同性故に我らのわからぬ所も見えるのだろう」

「そう言うもんですかねぇ」

 

 

 卜部、仙波、朝比奈の言はとりあえず無視して、千葉は青鸞を引き剥がしにかかった。

 何か「あーうー」と鳴いているが、いつまでもくっついていたく無い。

 青鸞はともかく、自分は良い年なのだから。

 何と言うか、恥ずかしい。

 

 

 ちょうどその時、ゼロと何事かを話していた藤堂もこちらへとやってきた。

 彼はどこか、話しかけにくそうな顔をしていた。

 しかし話しかけないわけにもいかない、故に藤堂はやや固い表情のままやってきて。

 

 

「む……」

 

 

 さらに、その表情を渋面にする藤堂。

 ただ不快だとかそう言う感情からではなく、単純に戸惑いからそうなっただけだ。

 10代の娘に抱きつかれるなど、彼くらいの年齢の男にはなかなか無い体験だろう。

 

 

 白の拘束着とパイロットスーツの布地が擦れて、青鸞は藤堂の体温を感じた。

 程よい筋肉の固い感触に、涙が溢れそうだった。

 藤堂が、四聖剣の皆がここにいる、それだけで声を上げて泣いてしまいそうだった。

 ぎゅう、と、回した腕に力を込めれば、藤堂が戸惑ったように唸るのが聞こえる。

 それに、妙に安心した。

 

 

「藤堂さん」

「む……」

「……桐原の爺様から、父様のことを聞きました」

「……む」

 

 

 唸りの質が、変わった。

 それに対して、青鸞はやはり腕に力を込めて応じた。

 大丈夫――いや、大丈夫では無い部分もあるが――と伝えるために、より強く抱きついた。

 他の4人と違い抱き返してはくれなかったが、拒絶もされない。

 それで、十分だった。

 

 

「……すまない」

「ううん、大丈夫……大丈夫に、するから」

「すまない……」

 

 

 そっと離れて小さく微笑めば、沈痛な顔で目を閉じた藤堂の顔がある。

 微笑を苦笑に変えて、青鸞は藤堂から離れる。

 本当に、藤堂が自分を責める必要は無いのだ。

 少なくとも、彼は何も悪くは無いのだから。

 

 

「それより藤堂さん、ナリタの他の皆がどうなったか、何か知りませんか?」

「……片瀬少将が亡くなられたと言うのは、聞いた。真偽の程は定かでは無いが、少なくともブリタニア軍はそう言っていた」

「そう、ですか……」

 

 

 片瀬の死、それは青鸞の胸に重しを増やした。

 もちろん遺体を見たわけでは無いし、信じたくないと思えばそれまでだが。

 それに東郷や草壁など、まだ生死が確定していない者もいる。

 戦場での行方不明が、MIA扱いの兵の生存率が、どれだけ絶望的でも。

 

 

「青鸞、お前に託した者達はどうなった?」

「あ……えっと、助かった民間人の人の半数は別の場所に住居を提供されたりして、もう離れています。でも道場の人達を中心に、いくらかの人が私達と来たいって。今は、生き残りの解放戦線のメンバーと一緒にある場所で合流を待っててもらってて……」

 

 

 その後、藤堂達と今後のことについて少し話した。

 各地に散っている解放戦線の残存の戦力と拠点を、片瀬のいない今どうやって纏めるか。

 藤堂達の当面の身の置き場――他の兵達の生活保障も含めて――や、青鸞達の行動についても。

 そして一通りのことを話し終えた青鸞は、次に必要とされることをしに藤堂達から離れた。

 

 

 それは、少し離れた位置の木陰にいる黒いマントの男だ。

 木の幹に背を預けて、青鸞と藤堂達の再会に水を差さないようにしてくれている。

 気を遣わせてしまったらしいが、少し意外でもあった。

 案外と、空気を読めるタイプなのかもしれない。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『もう良いのか?』

 

 

 近付いていくと、気配に気付いたのかその男の方から声をかけてきた。

 ゼロ、仮面の男、クロヴィスを殺した稀代のテロリスト。

 真正面から向き合うのは、初めてだ。

 

 

「はい、いろいろとありがとうございました」

『そんな他人行儀な話し方はしなくても良い、楽にしてくれ。その方が私も気楽で良い』

「…………」

『どうした?』

 

 

 どうしたもこうしたも、奇妙な気分だった。

 と言うのも、自分に対するゼロの口調が妙に優しいことが不可解だったからだ。

 初対面のはずなのに、それともこれがゼロの普通の状態なのだろうか。

 黒い仮面の向こう側は見えないが、どんな顔で、どんな表情を浮かべているのだろう?

 

 

『青鸞嬢? どこか具合でも悪いのか』

「あ、いえ……少し、意外で。もっと固い方なのかと思っていまし……いたから」

『ふふ、まぁ無理も無い。こんな仮面をつけていれば、そう思われるのも仕方が無いだろう』

「はぁ……あ、それはそれとして。本当にありがとう、藤堂さん達を助けてくれて。それに、ボク達の逃走の手伝いまで」

 

 

 そこについては明確にお礼を言う必要がある、実際、ブリタニア軍を撒けたのは黒の騎士団の助力があればこそだった。

 最も、少し警戒もしている。

 助ける義理は、無いはずだったから。

 

 

『構わない、藤堂達との取引でもあったからな……それに個人的にも、キミに会いたいと思っていた』

「ボクに? 何故かな」

『そうだな、まさかユーフェミアを置いて来るとは思わなかった』

「ああ……アレは、約束だったから。藤堂さん達を救えたら、解放すると」

 

 

 まぁ、あの皇女の話を聞くのはなかなかに疲れる作業だったが。

 何故戦うのかだとか、歩み寄る余地は無いかとか、貴女から見たブリタニアはどんな国かとか、ゲットーの人達に必要なものは何だと思うかとか……まぁ、いろいろだ。

 本当、変な皇女だったと思う。

 

 

「不味かったかな、打倒ブリタニアを掲げる黒の騎士団のリーダーとしては」

『いや、何の問題も無い。惜しいとは思うがそれだけだ、むしろキミが約束を反故にするような人間では無いとわかって安心しているくらいだ』

 

 

 それに、とゼロは指を一本立てて。

 

 

『誤解があるようだが、我々の主張はあくまで弱者の救済だ。必ずしもブリタニアだけを敵としているのでは無い』

「……知ってるよ、日本解放戦線(ボクら)をブリタニアと同種の存在だと宣言してくれてたね」

『それもまた誤解だ、我々は決してキミ達の主義主張を否定しているわけでは無い。ただ、やり方が異なるだけだ……それに、すでに日本解放戦線は滅びている』

「滅びていない!!」

 

 

 不意の大声に、周囲の視線が集まるのを感じた。

 ゼロは手を振って「何でも無い」と伝えると、視線を散らせてくれた。

 青鸞はそれに対して目礼すると、自分を落ち着けるように息を吐いてから顔を上げた。

 表情の無い仮面を見つめて、息を吸う。

 

 

「確かに、片瀬少将が率いておられた日本解放戦線本体はナリタと共に消失したかもしれない。だけど他の拠点に、まだ多くの生き残りがいる」

『だが、離散した兵力など軍とは呼べない』

「……再編すれば良い」

『どうやって? キミ達にはその手段が無い、集合や補給のルートも』

 

 

 トウブ軍管区やチュウブ、ホクリクに日本解放戦線の拠点がいくつかある。

 半数はブリタニア軍に各個撃破されたが、まだ相当数が残っているはずだった。

 青鸞としては彼らと連絡を取り、集め、組織する所から再スタートせねばならない。

 無論、各地に散らしてゲリラ化させる手もあるが……解放戦線は正規軍が母体なのだ、良くも悪くも。

 

 

 青鸞には、その道筋がつけられない。

 だがゼロは違う、すでにナリタから逃れた兵を中心にそれなりの数を吸収していた。

 しかし、問題もある。

 元いた黒の騎士団のメンバーと解放戦線のメンバーとでは、質や慣行がまるで異なるのだ。

 無論指揮権はゼロに一本化されているが、それでも現場がすぐに有機的に動けるわけでは無い。

 

 

『枢木青鸞、私ならばキミの目的を最短で成し遂げる道筋を描くことが出来る』

 

 

 ゼロが片手を差し出す、握手を求めるようにだ。

 黒の騎士団の中で、日本解放戦線の兵力再編と運用を、纏め役を担ってほしいと。

 ゼロにとっては、日本最後の首相の娘が自陣営にいれば何かと便利だろう。

 それに「信頼できる」彼女が黒の騎士団メンバーと解放戦線メンバーの間に立ってくれれば、これに勝る物は無い。

 

 

 そして青鸞にとっても、ゼロの手を借りて解放戦線の兵力を再編できるなら僥倖だ。

 ……組織の中に組織を作るようで、健全には見えないが。

 そこはおそらく、青鸞の人となりを信じている、と言うことなのだろう。

 正直、初対面でどうしてそこまでの信頼感を寄せられるのかはわからないが。

 

 

「……部下になれと?」

『違う、そうじゃない。同志になってほしいんだ、私の仲間に』

「…………」

 

 

 ゼロの真剣な声に、青鸞は再び奇妙なくすぐったさを覚えた。

 くすぐったいと言うか、違和感と言うか、何だか口説かれているような気分になってくる。

 初対面のはずだが、言葉に嘘は無いと思えてしまう程の真剣さだった。

 

 

 しかし、そうは言ってもである。

 数ヶ月前に突如現れた仮面の男、ゼロ。

 この男の風下に、抵抗活動の先輩である自分が唯々諾々と立つべきか?

 目的が達成できれば形にはこだわらない、と言う意見もあるだろうが。

 

 

「戯れに聞くけど、貴方が解放戦線に入るって選択肢は無いの?」

『現状では、その選択はあり得ない。しかし、今後もあり得ないと選択肢自体を切り捨ててしまうような真似もしない。だがもしキミに自信があるのなら、挑んでくるが良い。いつでも受けて立とう』

「……なるほど」

 

 

 クーデター上等――その言葉に、青鸞は頷く。

 何だか自信家で、プライドが高いらしいことはわかった。

 それでいて自分が負ける可能性もきちんと考慮していて、そうならないよう行動しているのだろう。

 ……気のせいでなければ、誰かに似ている気がした。

 

 

「一つだけ確認させてほしい、ゼロ」

『何だろうか、青鸞嬢』

「……貴方の目的は日本の独立? それともブリタニアへの抵抗?」

『その全てだ』

「そう」

 

 

 頷いて、青鸞は改めてゼロを見た。

 背丈は自分よりも大きいが、細身で筋肉質なようには見えない。

 とても前線に出てくるようには見えないが、彼女が知る限り彼は常に最前線にいる。

 敵に胸を逸らし、味方に背中を晒していたように思う。

 

 

 それを馬鹿と見る者もいるだろう、指揮官のすることでは無いと。

 だが、彼は軍人では無い。

 仮面で素顔を隠している彼にとって、先頭に立つことは何かの決意の証なのだろう。

 少なくとも臆病者ではなく、まして藤堂や自分達を救ってくれた恩もある。

 弱者救済と言う主義主張には頷き難いが、それこそスザクのような人間よりはよほど理解できる。

 

 

「……藤堂さん達は、とりあえず貴方に協力するつもりがあると」

『キミはどうなのだろうか、青鸞嬢』

「えーと……」

『私は、キミも欲しいのだが』

 

 

 ……深呼吸する、また妙な気分になってきた。

 なるほど、こういう場合に仮面が便利なのかとそんなことを考えて。

 

 

(ワタシ)は……ボクは、この後行かなければならない場所があって」

 

 

 青鸞は藤堂達を救出した後、ある場所……伊豆へと向かうつもりだった。

 伊豆、枢木家縁の土地だ。

 そこでキョウトでいったん別れた者達と合流し、かつ自分の目的としてルーツ探しをするつもりだった。

 自分のルーツ、枢木のルーツ、そして父のルーツ……それを、知りに行くのだ。

 

 

『そうか、良くわかった』

 

 

 青鸞が遠くの地に想いを馳せている一方で、ゼロは頷いた。

 

 

『では、それが終われば私の所へ来て頂けると受け取っても良いだろうか』

「え……っと」

 

 

 ゼロの言葉はあくまでも真剣に聞こえて、しかも徐々に圧力が増している気がした。

 嫌な意味での圧力ではなく、あくまでどこかくすぐったい。

 繰り返して言うが、口説かれているような気がして来た。

 いや実際に口説かれているようなものだが、しかしアレである。

 

 

(キョウトの女としての自覚を持とう、うん)

 

 

 幼馴染のことを思い出して、そう自分を戒める。

 もし今口説かれている――テロリスト的な意味で――のだとすれば、キョウトの女としての返答は一つだ。

 そう考えると、若干だが落ち着きを取り戻すことも出来た。

 だから青鸞は、ニコリと微笑むと。

 

 

「前向きに考えさせて頂きますわ」

 

 

 幼馴染の口調で、そう言った。

 キョウトの女ならば、殿方の誘いに簡単に乗ってはならない。

 それが基本だ、間を持たせてもったいぶらせ、自分を可能な限り高く見せること。

 要するに、保留だ。

 

 

 怒るかと思ったが、現実にはゼロはそんなことはしなかった。

 ただ仮面越しにもわかる程にきょとんとして、そこから肩を震わせながら笑ったのである。

 声こそ立てなかったが、腰と口元に手を当てて喉奥を鳴らしながら。

 その仕草に既視感を覚える青鸞だが、その理由はわからない。

 

 

『良くわかった、前向きに検討してくれると言うなら、それで構わない。私の所に来た解放戦線の兵達は、貴女が来るまで丁重にお預かりするとしよう』

「……?」

『握手くらいは、構わないだろう?』

 

 

 再び差し出された手に首を傾げれば、そんなことを言われた。 

 まぁ、確かに友好の握手くらいならば。

 そう思い、今度は青鸞も手を差し伸べた。

 

 

 青鸞の白い指先と、ゼロの黒手袋に包まれた細い指先が絡む。

 握手、それが目的なのだから当然だ。

 しかしそこで、青鸞は奇妙な痛みを感じた。

 顰めた顔に何を思ったのか、ゼロが小さく首を傾げる。

 

 

『青鸞嬢、大丈夫だろうか?』

「え、あ、ああ……うん」

 

 

 不思議そうに首を傾げるゼロに、青鸞は曖昧に頷く。

 握手を終えて、その手で痛んだ箇所を押さえる。

 左胸である、一瞬だがチクリと痛みを感じた……。

 

 

 今は痛みは無い、気のせいか何かかと思うことにした。

 だが結局ゼロの一団と別れるまで、彼女は自分の胸に何度も触れては撫でていた。

 そのことの意味がわかるのは、まだ先の話だった。

 まだ、まだ――――……先の、話。




採用KMF関連:
轟ssさま(ハーメルン)提供:雷切。
RYUZENさま(ハーメルン)提供:ガトリング砲。
ありがとうございます。

採用衣装:
KAMEさま(小説家になろう)提供:佐々木のタクティカルジャケット。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 4月からついに私も自由ではなくなるわけですが、それもまた自由を得るためには必要とも言えます。
 執筆速度は緩まりますが、これからもよろしくお願い致します。
 完結まで頑張るぞー!
 うん、流石に長中編5作品を完結させていれば自分への自信と信頼感が違います。
 では、次回予告です。


『思えば、ボクは枢木家のことについて何も知らない。

 桐原の爺様に家を継がせて貰って、それだけだ。

 知らなくちゃ、家のこと、父様のこと、そしてあの人のこと……。

 だから、まずは伊豆へ行こう。

 枢木の古い土地がある、あの島へ』


 ――――STAGE16:「クルルギ の 地」

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