コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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ルルーシュが皇子様になります、いや元からですけど。
途中、若干ですが性的描写がございますので、ご注意ください。

なお、来週は月金の2回更新予定です。
では、どうぞ。


STAGE18:「仮面 の 皇子様」

 伊豆諸島、地外島。

 すでに日が沈み、島と海には静かな夜が訪れている時間。

 しかしそれとは反対に、島の元枢木邸の一部では賑やかな議論が交わされていた。

 

 

「いくらなんでも遅すぎます、やっぱり探しに行くべきです!」

「いや探しに行くっても、小回りのきく船そんなに持ってないしなぁ」

「それに夜も深い、この状況では危険すぎる」

「あ、案外、探索が長引いてしまって、朝を待ってるだけかも……」

「でも! こんな時間まで連絡も無いのはおかしい!」

 

 

 彼らが議論しているのは、夜になっても戻らない青鸞を探しに行くかどうかだ。

 実際、予定されていた時間になっても青鸞が帰って来ないのである。

 それ故にどうするかを話し合っているのだが、カゴシマへの移動の準備作業も平行して進めているため手が足りないのである。

 感情と事情、状況と理屈、雅が見守る前で議論は終着点を見出せないままに続いていく。

 

 

(青鸞さま、いったい何が……)

 

 

 決着しない議論を見るのを初めてでは無いが、雅はそれ以上に嫌な予感を覚えていた。

 青鸞に、自分が仕えるべき本家筋の少女の身に。

 何か、取り返しのつかない何かが起こっているのでは無いかと。

 

 

 ……一方で、議論の中心点にいる青鸞は確かに危機にあった。

 だがそれは雅達の心配しているような危機であると同時に、それ以外の、もっと根本的な危機でもあった。

 対外的な危機と、「体」内的な危機と言おうか。

 そして今、彼女を直接的に危機に陥れているのは前者だった。

 

 

「……は……っ……」

 

 

 どこか足を引き摺るようにしながら、青鸞は夜の森を駆けていた。

 低い木々の間から見えるのは美しい星空だが、今はそれに見入っている余裕は無かった。

 どうもいつものようには身体が動いていくれないらしい、どこかもどかしげな動きだった。

 

 

 細い枝や草花を散らしながら進む少女は、しきりに後ろを気にしている様子だった。

 そして後方から響く音や声が思ったより近いことに気付くと、一旦足を止めた。

 手近な木の根元に指先を入れて掘り始める、数十センチ程掘った後、砂で汚れたブレザーの中から小さな端末を取り出して素早く埋めた。

 それを確認してから、再び走り出す。

 

 

「……ッ!」

 

 

 しばらく駆けた時、頭上で葉が擦れる音がした気がした。

 いつもより格段に鈍い動きで、しかし確実な判断を行った。

 頭上の木の枝から飛び降りてきた男の回転蹴りを、両腕を交差させて防ぐ。

 

 

「く――――!」

 

 

 ぎしり、と腕が軋む音が身体の中に響いて、しかも堪えきれずに青鸞は背中から地面に倒れた。

 不味い、と思った時にはもう遅い、起こしかけた上半身に圧迫感を感じたためだ。

 具体的には、強く踏み込まれた足によって。

 

 

「青鸞……」

「……!」

 

 

 スラリと伸びた足の先、聞き覚えのある声が耳朶を打った。

 顔を上げれば、雲から顔を出した月明かりが彼の姿を照らしてくれる。

 そしてそこにいたのは、色素の薄い茶髪と琥珀の瞳の少年。

 

 

「……これが、結果だ」

 

 

 彼はどこか哀しげな瞳で、己の妹を見下ろしていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その無人島には、「神根島」と言う名前が与えられていた。

 最近ブリタニア軍によってある遺跡が発見されるまでは、そもそもその存在すら知られていなかった島である。

 その神根島に、シュナイゼルと飛行戦艦『アヴァロン』はいた。

 

 

「ふむ、やはり一晩では遺跡の調査も完全とはいかなかったね」

「だから言ったじゃないですか、ガウェインのドルイド・システムは完璧じゃないって」

「貴様! 殿下に対して何と言う口の聞き方を!」

 

 

 あくまでも柔和に笑うシュナイゼルは、傍で頭を掻く白衣の男、ロイドの言葉にも特に気にした様子も無かった。

 何しろ相手は第2皇子にして帝国宰相、いくらロイドが伯爵とは言え身分が天と地程も違う。

 それを前にしても態度が変わらないロイドが凄いのか、それともそんな無礼を平然と受け流すシュナイゼルの器が大きいのか、おそらくは両方であろう。

 

 

 しかし周囲はそうもいかない、現にバトレーと言う小太りの将軍は唾を飛ばしながらロイドに怒鳴っていた。

 彼は元々クロヴィスの配下だった男だが、ジェレミアにクロヴィス暗殺の責任を問われて本国送りにされ、そこでシュナイゼルに拾われたのである。

 クロヴィスがエリア11で調べていた、この神根島の遺跡の情報を手土産として。

 

 

「構わないよバトレー、今回のことは私が彼に頼んだんだ。無駄骨を折らせてしまったのだから、無理も無いさ」

「殿下、しかし」

「まぁまぁ……それに、私は昨晩の調査でますますこの遺跡に興味を持ったよ」

 

 

 シュナイゼルはそう言うと、遺跡の構成素材の解析や文化分析、情報・電子解析を行ったナイトメアを見上げた。

 そのナイトメアは巨大なアームに掴まれ、今まさに白とオレンジの艦体を持つ空飛ぶ戦艦『アヴァロン』に収容されている所だ。

 黒の装甲色を関節部などの金色が彩るその機体は、他のナイトメアの倍は巨大だった。

 

 

「父上もこう言う物に興味がおありのようでね。しかしそうか、クロヴィスが……」

 

 

 少しだけ目を伏せた後、シュナイゼルは後ろを振り向いた。

 優美さを失わないその姿は、たとえ無人島の奥地にあっても変わらない。

 断崖絶壁の裂け目のようなその場所は、遺跡への入り口だ。

 中にはすでに相当数のブリタニア兵が入っていて、運び込んだ機材の回収作業を行っている。

 

 

「ところで……」

 

 

 漆黒の巨大なナイトメアが艦底部の格納庫に収容される様子を見上げながら、ロイドは視線だけでシュナイゼルを見やった。

 どんな時でも笑みを絶やさないその横顔に、ロイドは目を細める。

 

 

「あの子、どうするつもりなんです?」

「ん? ああ、そうだね。一応、コーネリアとは昨日の内に話したんだけど……」

 

 

 今気付いた、と言うような表情を作るシュナイゼルは、顎に指を当てながら首を傾げた。

 するとその時、彼は何かに気がついたように笑みを浮かべた。

 ロイドもそちらへと視線を向ける、しかし彼はシュナイゼルとは逆に顔を顰めた。

 何故ならそこには、アヴァロンからこちらへと足早に向かって来るユーフェミアの姿が見えたからで。

 さらに言えば、可愛らしいその顔を怒りで真っ赤にしていたからである。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 アヴァロン下層の通路を、スザクは歩いていた。

 特派の茶色の制服に身を包んだ彼は、背筋を伸ばして足早に歩いている。

 その顔は、どこか強張っているように見える。

 

 

 何故なら彼が歩いているのは、いわゆる独房だったからだ。

 航空戦艦、つまり戦争を想定した船である以上、敵の捕虜を一時捉えておく牢と言うのは備えておいてしかるべきものだ。

 ただそれだけなら、スザクもそこまで嫌な気分にはならなかっただろう。

 

 

「……ん?」

 

 

 その時、彼は何かに気付いたような顔をした。

 と言うのも、独房が続く通路の中央付近にブリタニア兵がいたからだ。

 いや、独房が使用されている今は見張りがいるのは当然だが、立ち止まる必要は無いだろう。

 しかもどこか、妙にニヤついているような気もする。

 

 

「何をしているんですか?」

「うぉ!? も、申し訳――――って、何だよ名誉か、驚かせるなよ」

 

 

 不意にかけられた声に怯えて謝りかけた男は、そこにいるのがスザクだと知ると急に態度が大きくなった。

 それ自体は別に珍しいことでは無いので、スザクは今さら気にしなかった。

 しかし彼の前に立ち顔を横へ、つまり鉄格子の内側へと向けたことで様子が変わった。

 

 

「……ッ」

 

 

 瞬間的に顔に朱が差したスザクは、すぐに顔を横へと逸らした。

 独房の中にいる少女の肌を見ないようにするための処置であって、概ね紳士的であったと言える。

 ましてそれが兄と妹となれば、ある意味では当然だ。

 顔を背けた際、先程まで顔をニヤつかせていたブリタニア兵と目が合う。

 普段はあり得ないことだが、スザクはその男の胸倉を掴んだ。

 

 

「――――貴方は!」

「ま、待てよ、俺が脱がしたわけじゃねぇって。朝になって最初の見回りに来たら、アイツが勝手に拘束着を脱いでて……危ないと思って」

「牢の中の婦女子の、何が危ないと!」

「テ、テロリストだぜ、何をするかわからねぇだろ。だから、見張りだよ見張……ぐぇっ」

 

 

 妹に不埒な真似を、と言うより、女性に対して不誠実なことをした点について怒っているのだろう。

 怒りの色に染まる琥珀色の瞳に、男は相手が「たかが」名誉ブリタニア人であることを一瞬、忘れた。

 だからだろうか、今度こそ本気で怯えた顔を見せた彼をスザクは突き飛ばすようにして放した。

 たたらを踏んで、銃で武装しているはずの男は丸腰のスザクを怯えを含んだ目で睨む。

 

 

「な、何だよ、やっぱイレヴン同士、庇うの……」

 

 

 かよ、と言う最後の声は言葉にならなかった。

 何故ならスザクは視線の圧力を強めたからで、今にも殺しに来るのでは無いかと思える程だった。

 

 

「失せろ……!!」

 

 

 身体の体重を爪先にかけながらのその言葉が、決め手だった。

 ブリタニア兵の男はそのまま何かを言いたそうな顔をしつつも、結局は何も言えずに通路の向こうへと駆けて行った。

 ――――この後に起こるだろう事態を思うと、溜息を吐きそうなスザクだった。

 

 

 ただ、間違ったことはしていないと言う気持ちがスザクの胸を晴らせていた。

 捕虜の扱いについてはもちろんのこと、婦女子への節度を守れたからである。

 それは人種問わず、男としての規範(ルール)であるはずだから。

 

 

「……えーっと……」

 

 

 しかし、彼の凛々しい行動もそこまでだった。

 そこから先はノープランであって、大体にして独房の中に視線を向けることも出来ないのである。

 何故ならそこには、どうやったのかは知らないが――拘束着を脱ぎ、素肌を晒して床の上で眠る妹がいたからである。

 

 

 実の所、7年前に別れた彼は妹の、青鸞のその癖を知らなかったのだ。

 つまり、まぁ、その……一瞬とは言え、見てしまった、いろいろと。

 それ故に声もかけにくく、スザクはこの状況を打破する方策を考え続けることになった。

 なお、彼がセシルを呼ぶと言う行動に思いが至ったのは6分23秒後のことである。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ブリタニアにおいて犯罪者には2種類ある、ブリタニアの国法で裁かれる犯罪者と各エリアの政庁の権限で裁かれる犯罪者だ。

 ナンバーズ、つまりこの場合は青鸞だが、エリアの外に原則出れない植民地出身者は各エリアの総督権限内で裁かれることが決まっている。

 

 

 よって、枢木青鸞と言うテロリストはあくまでエリア犯罪者として裁かれなくてはならない。

 それはつまり、青鸞についてはコーネリアの差配で裁かれると言うことだ。

 皇族誘拐まで行った彼女は裁判の手続きを踏まずとも死刑が決まっている、そして総督であるコーネリアはその処刑を兄である枢木スザクに命じたとして、法的には何の問題も無い。

 例えユーフェミアがシュナイゼルに上申したとしても、それが変更されることはあり得ない。

 

 

「…………」

 

 

 居心地悪そうにお尻の位置を直しながら、そのエリア犯罪者である所の青鸞を鉄格子の向こうを睨んでいた。

 先程までセシル・クルーミーと言う女性士官に着替えを世話されると言う恥を晒していた彼女だが、今は別の少年と向かい合っている。

 相手は青鸞と違って、立っているのだが。

 

 

 鉄格子の向こうから哀しげな瞳を向けてくるのは、スザクである。

 昨日、日が沈んだ頃に自分を追い詰め、こうして牢にブチ込んでくれた相手だ。

 そうしておいてどこか哀しそうに見下ろしてくるのだから、正直に言ってタチが悪い。

 ただ、何故か微妙に気まずげな顔をしているのは……何か、いつかの藤堂を思い出させる。

 

 

「……あのさ」

「…………」

「……何か、用?」

 

 

 正直、そこにいられると非常にやりにくい。

 具体的には、脱獄とかが。

 大人しくトーキョーまで連れ戻されるつもりは毛頭無い、処刑される気もサラサラ無い。

 なので、独房の前で立たれると非常に邪魔なのである。

 

 

「満足でしょ、こうして犯罪者が捕まって、正当な裁きとやらにかけられるわけだから」

「……キミは罪を犯した、裁きは仕方が無いよ」

「ブリタニアの皇族を誘拐したから? これがもし他の誰かだったりしたら、裁判官はボクに死刑を言い渡したのかな」

「それは……それでも、罪は罪だよ」

「罪、ね」

 

 

 ――――ここでもし、コーネリアを擁護するのであれば。

 スザクにこうまで踏み絵を強いる彼女の心理について、説明しなければならないだろう。

 結論を言えば、コーネリアはスザク自身の意思でランスロットから降りて欲しいのである。

 名誉ブリタニア人の忠誠云々は、建前に過ぎない。

 

 

 コーネリアの価値観は、あくまで「守るブリタニア人と守られるナンバーズ」なのである。

 だからそれを崩すスザクを彼女は認められない、ナイトメアから降りて欲しいのだ。

 スザクを守られる側に戻すために、無理難題を命令していると言う側面があるのだった。

 しかし残念ながら、スザクはそうした並みの精神でランスロットに乗っているわけでは無い。

 その意味で、スザクはコーネリアの思惑を潰しているわけである。

 

 

「罪、か……」

 

 

 罪、言葉にすればたった一言で終わるその言葉。

 その言葉を問いかけるのであれば、それこそ青鸞はスザクにこそ言いたかった。

 

 

「兄様……兄様はどうして、あんなことをしたの?」

 

 

 スザクの罪、父殺し。

 今でも夢に見るあの情景、忘れることなど出来ない。

 例え、父ゲンブがナナリーを殺そうとしていたのだとしても。

 桐原との政争はともかく、その点に関してはまだ確証が無いのだから。

 

 

「…………」

 

 

 細かな説明などいらなかった、この2人の間で「あんなこと」と言えば一つしか無いのだ。

 青鸞の静かな瞳が、スザクの瞳を射抜いていた。

 そうして、見詰め合うこと数秒。

 先に視線を外したのは、青鸞の方だった。

 自分の膝を見つめるように俯いて、呟くように言う。

 

 

「……良いよ」

「青鸞、僕は」

「良いよ、何も言ってくれないなら。もう、良いよ……」

「僕は……」

 

 

 スザクの顔が、苦渋に歪む。

 鉄格子に手を添えるその姿は、何かを言おうとして、それを断念しているようにも見えた。

 何かを言いたいが、言えない、そんな風に見えた。

 

 

 唇を何度か戦慄かせては、泣くように俯く青鸞の姿に閉ざす。

 それを何度か繰り返して、それでも何かを決めて顔を上げた時。

 アヴァロン全体が、鈍く揺れた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「おやおや、これは……」

「し、シュナイゼル殿下にユーフェミア殿下! お下がりください!」

 

 

 バトレーの声が響き渡る中、ユーフェミアとの話の最中だったシュナイゼルは、流石に少し驚いたような声を上げている。

 その視線の先にアヴァロンがあることには変わりが無いが、最新鋭の航空戦艦は今は周囲の森から放たれる白い煙に覆われつつあった。

 煙幕である、もちろんシュナイゼル護衛のブリタニア軍が放ったわけでは無い。

 

 

 となれば、それはブリタニアと戦う反体制派によって成された作戦だとわかる。

 そしてシュナイゼルの聴覚には、周囲に展開されているサザーランド部隊に犠牲者が出る音や声を正確に捉えていた。

 相手もナイトメアを保有している、そしてエリア11でナイトメアを保有している組織と言えば。

 

 

「1番隊と2番隊は左右両翼から敵軍を半包囲、鶴翼(かくよく)の陣で包み込め!」

『承知!』

『任せてください、藤堂さん』

 

 

 月下、紅蓮弐式の量産機とも呼べるその機体――彼の機体のカラーリングは黒で、頭部から伸びた赤い髪のような繊維が特徴的――に乗り、神根島のブリタニア軍を急襲したのは藤堂が率いる部隊である。

 主力は日本解放戦線の部隊、1番隊は朝比奈が、2番隊は仙波が率いている。

 敵軍の後背を衝こうとしているカレンの零番隊を除けば、陣容はほぼ解放戦線そのものだった。

 

 

「良し、このまま……」

『そうは、させない!』

「ぬぅっ!」

 

 

 各部隊への命令を終え、自身も目前のサザーランドを月下の刀で――峰部分にブースターを装備している加速刀――斬り伏せた所で、藤堂は頭上から斬りかかってきた白のナイトメアに足止めを受けた。

 ランスロットである、青鸞のいる独房から走ったスザクが、発艦と同時にアヴァロンに迫っていた藤堂の本隊の迎撃に来たのだ。

 赤く輝く西洋剣が、無骨な日本刀と衝突して火花を散らす。

 

 

「スザク君か!」

『……! その声、藤堂さんですか!?』

 

 

 チョウフにもいた白兜、アレに乗っている人間を藤堂は知っている。

 そしてそれだけに、藤堂の表情に苦い物が浮かんだ。

 一方で、藤堂の命令に従ってすでに作戦は動いている。

 

 

「アレかい、ゼロの言ってた航空戦艦って奴は……」

 

 

 突然訓練航海のコースを改めて、昨夜未明からこの島に先行潜入しているはずの男、ゼロ。

 その男から船の存在を事前に知らされた時、朝比奈はゼロの言動を欠片も信じていなかった。

 空飛ぶ戦艦である、御伽噺かと思った。

 しかし森の中、木々を倒して作ったらしい開けた場所に停泊している船は確かに浮いていた。

 

 

 まぁ、正直……突然この島に行くと聞かされた時は、内心で反発を覚えた。

 協力するとは言ったが、部下になるとは言っていない。

 チョウフから救ってくれた分の仕事はするが、頭ごなしにアレをやれコレをやれと言われるのは我慢ならなかった。

 それでも朝比奈が月下を駆ってここにいるのは、藤堂の指揮下であることと……。

 

 

「待っててね、青ちゃん。今、助けるから、さ……!」

 

 

 青鸞の存在である、ゼロによれば、青鸞があの戦艦の中に捕らわれているらしい。

 そうなると、流石に無視は出来ない。

 航空戦艦を中心に方円陣を敷く敵軍を引きずり回すように森の中を駆けながら、朝比奈は1番隊の仲間たちに言った。

 

 

「さぁ、僕らの青姫さまを助けに行くよ!」

『『『承知!』』』

 

 

 兵の3分の2は解放戦線出身者だ、だから彼らは皆青鸞のことを良く知っているのだ。

 だから、素直に助けたいと思う。

 ゼロがどうやってその情報を得たのかについては不審な点もあるが、今はとにかく戦わなければ。

 無頼を超える機体である月下に乗り、刃がチェーンソーのように回転する廻転刃刀を抜刀して、朝比奈達は目の前に立ち塞がったサザーランド部隊に突っ込んで行った。

 

 

 一方で、スザクが出撃した後のアヴァロン内部は慌しくなっていた。

 遺跡調査に使用したナイトメアの回収作業は9割終了していたものの、それ以外の部隊の収容がまだだったからである。

 タラップも下ろした状態で積荷も半分を地上に残している、そもそもシュナイゼル達の帰還が無ければ浮上して逃げることも出来ないのだから。

 

 

「ち、名誉のくせに……見てろよ、名誉がブリタニア人にデカい顔をしたらどうなるか……」

 

 

 そんなアヴァロン下層の通路の一つに、朝方スザクによって青鸞の独房の前から叩き出された兵士の男がいた。

 所謂「お楽しみ」を邪魔されたわけで、しかも名誉ブリタニア人如きに大きな顔をされて、彼の機嫌は斜めを通り過ぎて真横になりつつあった。

 

 

 彼のいる下層は静かだ、艦橋や対空砲などのセクションは忙しいだろうが、アヴァロン全体としてみれば、まだそれ程の警戒感を持っていない場所もあると言うことだ。

 そうは言ってもテロリストとの戦闘が外で起こっているのだ、イレヴンに負けるはずも無いが、とにかく艦底格納庫に向かうようにと放送が……。

 

 

「ちょっと捕虜の裸見たくらいで、やっぱ名誉も所詮はイレヴン、野蛮っつーかよ」

『そうか、それは災難だったな』

「あ?」

 

 

 ブツブツと呟いていた彼に、突然相槌を打つ者が現れた。

 

 

「……な!?」

 

 

 格納庫へ通じる通路の角を曲がった時、彼は誰かと鉢合わせた。

 兵士か技術者だろうと思って顔を上げた彼の顔が、急に引き攣った。

 そして手に持っていた銃器を向け、何事かを叫ぶよりも早く。

 

 

『――――死ね』

 

 

 絶対遵守の命令が、彼の瞳に飛び込んで来た。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 船が断続的に揺れ続けている、青鸞はその揺れの法則に覚えがあるような気がした。

 まぁ、覚えがあるとは言っても、戦場独特のそれとしかわからないが。

 まさか救援が来たとも思えない、しかしブリタニア軍に何者かが攻撃を仕掛けているのは間違いが無かった。

 

 

「はぁい、クルルギさん? ちょっと移動して貰えるかしらぁ」

 

 

 スザクが焦った顔で立ち去ってから、さてどうやって逃げようかと考えていると、チャンスが向こうからやって来た。

 チャンスと言えるかは、まだちょっとわからないが。

 化粧の濃い20代後半か30代前半くらいの女性兵士が、銃を持ったブリタニア兵2人を後ろに従えて独房までやって来たのである。

 

 

 どことなく蛇を連想させる容貌のその女性兵士の話を総合すると、要するに「戦時規定によってより厳重な特別房に移送する」と言うことだった。

 戦時と言うのは外のことだろう、いずれにしても牢から出れるならチャンスであると言えた。

 問題は銃を持った2人と、ここを脱したとして外へどう出るかだが……。

 

 

「はい、壁の方を向いて、手を後ろに回して貰えるかしらぁ」

 

 

 とりあえず、今は言う通りにすべきか。

 壁の方を向いて手を後ろに回す、銃を構える音と同時に独房の鉄格子が開く音が聞こえた。

 せめて武器か……それに準ずる物があれば、と思う。

 チュウブの村で使った刀とまでは言わなくとも、何かあれば。

 

 

「ふふ、イイ子だから大人しくしててねぇ」

「…………」

 

 

 特に返答はしない、カチャカチャと言う音は女性兵が青鸞の拘束着のベルトに触れている音だろう。

 やけに背中に密着してきているような気もするが、これも特に気にしない。

 この間にも頭の中でいろいろと考える、脱出の方法を。

 まずはこの女性兵を盾にすべきか、いやおそらくもろとも撃ち殺されて終わりだ。

 であれば、やはり銃が欲しい所だが……などなどだ。

 

 

「……アナタ、可愛い顔してるわねぇ」

「…………」

「うふふ、強情なのねぇ。でもそう言うコ、キライじゃない――――わ、よ?」

「……ッ」

 

 

 息を呑んだのは、急に腕の拘束用ベルトを強く締められたからだ。

 両腕の付け根に痛みを感じて、流石に後ろを向いて軽く睨んだ。

 ……すると、予想外に近い場所に女性兵の顔があった。

 香水の匂いが思ったよりキツく、顔を顰める。

 

 

 一方で、女性兵はそんな青鸞に笑みを見せていた。

 ベルトで締めた青鸞の腕を引いたまま、まさに蛇が獲物を見つめるかのようなねっとりとした視線で少女の耳元に顔を寄せる。

 ルージュが濃く引かれた唇から、湿り気のある吐息が青鸞の頬に吹きかかる。

 

 

「ひっ……!」

 

 

 その青鸞の頬に朱が差したのは、腰の下に熱を感じたためだ。

 女の細い手指が、微妙な力加減で青鸞のお尻を撫でている。

 後ろに回した腕をベルトで持ち上げられているため、自然と腰を突き出す姿勢になっていた。

 やわやわと触れられる感触に、ぞわり、と少女の身体に冗談でなく悪寒が走った。

 

 

「な、何……を」

「うふふ、どうしたの? 移送前に身体検査をするのは当たり前でしょう?」

「し、身体って……」

 

 

 それはもちろん、そう言うこともあるのだろうと思う。

 しかし別に背中に密着してお尻を撫でる必要性は無いはずだ、

 つまり、完全に趣味の世界だ。

 

 

「ごめんねぇ、前にいたコがね? 危ないモノを持ってて私刺されちゃってぇ」

 

 

 そのまま死んでいれば良かったのに、と青鸞は心の底から思った。

 そしてこの女性兵を刺した女性――たぶん、女性だろう――に心から賛辞を送った。

 

 

「だから、こうして……隅々まで、調べないといけないのぉ。ごめんなさいねぇ?」

「……ぁ……ッ」

「うふふ、敏感なのね、可愛いわぁ……」

 

 

 サワサワと撫でていた手がぎゅっと肉を掴んで来て、少女の身が無自覚に跳ねた。

 腕のベルトを締めていた手は、脇の下から前へと移動してきた。

 いつのまにか壁に頬を押し付ける形になっていて、背の高い女性兵に覆いかぶさられている。

 胸元、肋骨の上……成長途上の柔らかさを堪能するかのようにゆるゆると女性兵の指先が蠢く。

 

 

 拘束着の上からお尻を撫でていた手が太腿の上を擦るように滑り、足の付け根の部分に伸びてきた時、青鸞の屈辱感と羞恥心は最高潮に達した。

 拷問とは種類の違う恥辱、これは覚悟とか訓練とか、そう言う物ではどうにも出来ない。

 せめて声を上げて楽しませることも無いと、唇を噛んで耐える。

 

 

「ふふ、まだまだ検査は始まったばかりよぉ? この後、服を脱いで……ハダカになって、オクのオクまで、私に見せるの。アナタが、自分で……ね?」

「…………ッ」

「うふ、震えちゃって……本当に可愛い、死刑なんてもったいないわぁ」

 

 

 その様子を牢の外から銃を構えて2人のブリタニア兵が見ていた、2人とも男性である。

 彼らは今朝の覗きとは異なり、どうやら一般的な礼節を持っていたようである。

 止めるつもりも無いようだが、せめてもの配慮として顔を背けていた。

 どうやら、女性兵の性癖についていけていない様子である。

 

 

 その時、独房の続く通路のある一方を向いたブリタニア兵が怪訝そうな顔をした。

 通路の向こうに別のブリタニア兵がいたのだ、しかも銃を構えている。

 ここに他に兵が来るなど聞いていない、だから彼らは確認を取ろうとして。

 

 

「……ぎぇっ!?」

「ぐはっ!?」

 

 

 次の瞬間、アサルトライフルの数十発の弾丸が彼らの身体を引き裂いた。

 血飛沫を上げて転がる2人の兵、それに驚いたのは女性兵だ。

 何事が起こったかと、今まで堪能していた柔らかな少女の身体を離す。

 そしてその瞬間、身体を好きにされていた青鸞は牙を剥くことに決めたらしい。

 

 

「――――こんの」

 

 

 その場で身体を回し、後ろ回し蹴りの要領で踵を女性兵の脛にぶつけた。

 濁った悲鳴を上げて、女性兵の顔と身体が下がる。

 小さな跳躍、引いた左足の代わりに右足を前に、そして。

 

 

「ババァ――――ッッ!!」

 

 

 普段は絶対に使わない汚い言葉で罵倒して、その顔面を蹴り飛ばした。

 鼻骨が砕ける音と共に鼻血が噴き出し、床の上を3回転して通路に出て、壁に後頭部を激突させて気絶した。

 ビクビクと震える女性兵に、ふんっ、と目尻の雫を飛ばすように青鸞は鼻を鳴らした。

 

 

 ……そこで急速に冷静になって、青鸞は腕のベルトを解こうと身を揺らしながら通路を見た。

 撃ち殺されたブリタニア兵、誰が撃った?

 そう考えている間に別のブリタニア兵が駆け込んできた、銃を持っている、警戒する青鸞。

 しかしその警戒は、ブリタニア兵の後に続いてやって来た存在のおかげで弛緩することになる。

 彼は、表情の見えない黒の仮面の表面を少女へと向けて――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 遺跡の入り口がある方向、つまりはシュナイゼルやユーフェミアのいる方角を背にしてスザクは戦っていた。

 スザクはアヴァロン内部の異変などには気付くことも無く、藤堂が乗っているらしい黒いナイトメアとの戦闘を続けている。

 

 

 それは、既視感を伴う戦闘だった。

 7年前までスザクは藤堂の道場にいたにだ、そこで手合わせしたこともある。

 もちろん、子供の自分が勝てたことなど一度も無い。

 だが、今の自分と……ランスロットならば。

 

 

「藤堂さん! ゼロの軍門に降るなんて……貴方らしくも無い!」

『ゼロに降った覚えなど無い、私は今も日本の解放のために動いている!』

「こんなことをしても無意味です、皆に認められない方法なんて……!」

『無意味、か……キミは、青鸞にも同じ事を言ったらしいな』

 

 

 藤堂の機体の剣の柄が飛び出す、武装にスラッシュハーケンを仕込んでいたらしい。

 スザクは後退しつつそれをいなした、そして跳躍、まるで舞うように空中で7t弱あるナイトメアが回転した。

 そしてコックピットブロックの両サイドから赤く輝く剣を抜いて振り下ろす。

 

 

「やるな……!」

 

 

 自身の専用機の中で藤堂が感嘆する、昔からスザクは剣の天才だと思っていたが、その才能はむしろナイトメア戦で発揮されるものだったらしい。

 驚異的な反射と動体視力、大胆さと度胸、まさにナイトメアパイロットになるために生まれてきたかのようだ。

 

 

 制動刀のブースターを噴かし、加速した刀でランスロットのMVSを受け止めた。

 2機の間で火花が散り、メインモニターが自動で光量を落としてパイロットの目を守る。

 強い、心からそう思う。

 だからこそ、惜しいと思うのかもしれない。

 

 

「どちらが正しいか――――それは、誰にもわからない。故にこそ、剣を持つ者は常に!」

 

 

 藤堂が黒の騎士団にいるのは、チョウフでの恩と利用価値への期待からだ。

 そしてもし、青鸞が黒の騎士団に参加するのであれば。

 藤堂としては、騎士団の中で日本解放戦線の再編を行っても良いと思っている。

 青鸞がそれを望むなら、朝比奈などは喜んでそうするだろう。

 今の青鸞ならば、あるいは……と、思っているからだ。

 

 

「己の掲げる正義に、胸を張らねばならない!」

『誰かに認められない正義なんて!』

「認める者はいる、それは……己だ!!」

 

 

 剣は、抜けば血を見ずには収まらない。

 だから理由が必要だ、剣を抜いても良いと思える理由が。

 それが正義であり、大義であり、目的であり、結果なのだ。

 

 

「他者の剣を無意味と断じる今のキミは、青鸞に開く口を持たないはずだ」

『……!』

 

 

 スザクが息を呑む気配が伝わってきた、藤堂は笑みを浮かべる。

 そうだろうな、スザク君。

 ナリタでの自分が、そうだったのだから。

 

 

 だから彼は、今こそ決めた。

 もし青鸞が黒の騎士団への参加を決め、再び自分と見えることがあるのならば。

 その時こそ、藤堂は話す。

 ――――枢木ゲンブの、もう一つの「真実」を。

 

 

『藤堂さん! ゼロから撤退の信号が!』

「何? しかしまだ……アレは!?」

 

 

 その時、藤堂は見た。

 航空戦艦――初めて見た時には流石の藤堂も度肝を抜かれたものだが――の船底部が、爆発したのを。

 新たな揺れが、戦場を震わせた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そのナイトメアは、巨大だった。

 サザーランドより2mは大きい、漆黒の装甲に金のトリミングが施された独特のフォルム。

 両肩の砲門に、そして最も特徴的なのは緑灯を灯す真紅の翼。

 見るからに、普通のナイトメアでは無い。

 

 

 その機体が今、アヴァロンの艦底部を破って外へと飛び出してきた。

 船が飛ぶだけでなく、ナイトメアが飛ぶと言う前代未聞の事態に黒の騎士団側の通信回線が一時賑やかになるが、それ以上に騒然としているのはブリタニア側だった。

 何しろそのナイトメアがアヴァロンを破壊した時点で、乗っていいる人間がブリタニア軍では無いことがわかっていたからだ。

 

 

「どろぼぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 特にロイドの絶叫が酷かった、何しろ自分の開発したシステムで飛んでいる機体なのだ。

 ランスロット程では無いにしろ、それなりに愛着があったのだ。

 

 

『ふふふふ……ふふはははははははっ、素晴らしい!!』

 

 

 そのロイドの絶叫を嘲笑うかのように、そのナイトメア――『ガウェイン』のコックピットの中に仮面の男の高笑いが響く。

 巨体故に複座になっているコックピットには、2人の人間がいる。

 1人はルルーシュ=ゼロ、仮面の反逆者である。

 

 

 彼が何故、ブリタニア軍のナイトメアに乗っているのか?

 理由は単純だ、強奪したのである。

 アヴァロン内部の内通者の協力を――彼のギアスで強制的に――得つつ目標の人物を確保した後、格納庫で偶然発見したガウェインを奪ったのだ。

 ちなみに内通者は置いてきた、今頃はアヴァロンのブリタニア兵に討たれている頃だろう。

 

 

「…………」

 

 

 一方で、ゼロの足元……複座の操縦席の下側に座っている青鸞は、彼のように高笑いする気分にはなれなかった。

 彼女は白の拘束着の上にゼロの黒いマントを羽織らされている、肩身が狭そうと言うか、居心地が悪そうと言うか、くすぐったい心地だった。

 

 

 独房で危機を――生命と貞操の両方――救われて、そのままあれよあれよと言う間に強奪したナイトメアのコックピットに運び込まれた。

 何故か、姫抱きで。

 正直、ゼロの自分に対する扱いがどこかおかしいと思うのは自分だけだろうか?

 

 

「えーっと、ゼロ? 助けてくれたことには、ありがとうを言いたいんだけど……」

『礼などいらない、私がキミの居場所を見つけられたのは偶然なのだからな』

 

 

 それは、ルルーシュ=ゼロにしては陳腐で、しかもあまり正しくない言葉だった。

 確かに彼が青鸞の居場所を見つけられたのは、偶然と必然の要素が複雑に絡まった結果だ。

 まず島の特定、これは何故かC.C.が指定してきた。

 理由は教えてくれなかった、まぁ、いつものことではある。

 神根島と言うらしいが、そこに何故かブリタニア軍がいた。

 

 

 後は必然だ、ルルーシュ=ゼロのギアスで適当な兵士から情報を得て、事態を知った。

 明け方に付近に潜んでいた黒の騎士団の部隊に連絡を取り、その間にブリタニア軍の警戒網に巧みに穴を開け、そして知った。

 ここに、誰がいるのか。

 

 

(シュナイゼル、まさか貴方がいるとはな……!)

 

 

 ガウェインのモニターの一つに、その人物は映っていた。

 どうやらユーフェミアもいるようだが、そちらはそちらで良い、重要なのはシュナイゼルだ。

 現在、ルルーシュ=ゼロが最も会いたい人間の1人。

 それも直接、「目」と「目」を合わせて。

 

 

(直接会えば聞き出せる、母さんのことを!)

 

 

 ルルーシュ=ゼロには、それが出来るの力がある。

 戦術目標はクリアされたが、戦略目標としてはこれ以上無い獲物だ。

 藤堂達はすでに撤退したが、何なら今から連絡して。

 

 

「ねぇ、ゼロ」

 

 

 急激に昂揚した感情を、少女の声が鎮めた。

 ルルーシュ=ゼロは、仮面を通して自分の下に座る少女を見た。

 おかっぱの頭がくるりと回り、黒曜石のような自分を見上げてくる。

 

 

「助けてくれたことには、本当に感謝してる。でも教えてほしい、どうしてボクを助けてくれたの?」

『キミを救うのに、理由が必要か?』

「…………」

 

 

 そう、必要ない。

 ルルーシュにとって青鸞と言う少女をブリタニアから救うのに理由はいらない。

 ただ当たり前のように、青鸞を救う。

 

 

 ただしそれはルルーシュとしての視点であって、ゼロとしての行動の理由付けにはならない。

 特に親しい友人に対する時、ルルーシュはしばしばそれを混同する。

 それが力の原動力でもあるのだが、この場合は別の意味をもってしまう。

 

 

『キミを救うのに理由などいらない、いや、理由ならあるにはあるか……理由の無い善意など、悪意と何も変わらないのだからな』

 

 

 それは、皇子と言う生まれがそうさせるのかもしれない。

 理由の無い善意よりも、利益のある善意の方を信じる彼ならではの。

 だがそれもまた、混同ではあるのだが。

 

 

「理由は何? 解放戦線が欲しいから?」

『ある意味では、そうだ』

 

 

 そこは素直に頷く、青鸞が何故かほっと息を吐くのが気にはなったが。

 しかし包み隠さず、ルルーシュは告げた。

 

 

『私にはキミの助けが必要だ、枢木青鸞。私がキミを救う理由があるとすればそのためだ』

「えっと、つまり?」

『キミが欲しい、と、そう言っている』

「…………」

 

 

 また沈黙した、何故かルルーシュ=ゼロが青鸞を勧誘する類のことを言うと彼女は沈黙してしまう。

 仮面の中でルルーシュ=ゼロは眉を少しだけ顰めた。

 眼下の青鸞は、いつの間にやら前を向いている。

 というより、俯いている……何故だろうか?

 

 

 青鸞としては、ゼロの言動はいちいちくすぐったい。

 人材として勧誘されているような気もするのだが、何故かそれだけでは無いようにも感じる。

 むしろ、人間として誘われているような……いやいや、まさか。

 そんな馬鹿な、ゼロの年齢は知らないが15の娘を相手にそんなことはしないだろう。

 だから気のせいだ、頬が若干熱いのも……。

 

 

『ちっ、時間切れか……』

 

 

 その時、ゼロが舌打ちをした。

 理由は、地上のサザーランド部隊がガウェインに向けて砲撃を始めたからだ。

 空を飛ぶガウェインに、実体弾が擦過して爆ぜる。

 その衝撃に、青鸞が小さく悲鳴を上げる。

 

 

「ど、どうするの? 何だか割と凄い数だけど」

『問題ない、先程スペックデータは確認した。この機体のもう一つの武装を使う』

「もう一つ?」

『ああ、未完成のようだがな』

「それ大丈夫なの!?」

 

 

 問題ない……妙に自信たっぷりにルルーシュ=ゼロが告げる。

 彼は手元のタッチパネルを操作すると、機体制御をオートにしつつ両肩の砲門を開いた。

 機体内のスペック・レポートを流し読んだ、それによればこの兵器は未完成、砲撃のエネルギーが収束できないのだという。

 だが、発射は出来る……それで十分だった。

 

 

『消え失せろ』

 

 

 エネルギー充填60%で、ルルーシュ=ゼロはそれを――ハドロン砲のトリガーを引いた。

 収束されない赤黒いエネルギーが、拡散されて地上部に降り注ぐ。

 すでに黒の騎士団が撤退した戦場、その場にいたブリタニアのナイトメア部隊が赤黒い砲撃エネルギーの次々と貫かれ、引き裂かれていった。

 

 

 ルルーシュ=ゼロの高笑いが響くコックピットの中で、青鸞は目を見開いている。

 機体を傾けた先、ハドロン砲のエネルギーの爪痕が地上を引き裂く様を見ていたからだ。

 ブリタニアの技術力に、そしてそれを平然と使うルルーシュ=ゼロの胆力に驚かされてしまう。

 

 

「あ、あ~、収束してないハドロン砲をそんな風に撃ったら……き、来たあああああああぁぁっ!!」

「で、殿下ぁ!」

 

 

 ロイドとバトレーの声が響く中、シュナイゼルは小さく首を傾げていた。

 拡散したエネルギーの一つが自分に向かってくると言うのに、随分な余裕である。

 これでせめて、ユーフェミアのように身を竦めていれば良かっただろうに。

 

 

『危ない!!』

「――――スザク!」

 

 

 ユーフェミアが声を上げると、白のナイトメアがすかさず彼女らの前に立った。

 そして両腕のシールド機構を開き、半透明の緑のエネルギーの盾で赤黒い砲撃を受け止める。

 収束されていれば無理だっただろうが、流石に拡散したエネルギーの一部であれば受け止め切れた様子だった。

 まぁ、それでも一撃でシールド機構が火を噴いたのだが……。

 

 

『ふん、流石だな白兜』

 

 

 それをモニターで確認したルルーシュ=ゼロが鼻を鳴らす、彼の視線は今、シュナイゼルとランスロット……つまりスザクに向けられていた。

 彼はアヴァロンの人間から情報を得ている、よって青鸞を捕らえたのは誰かと言うのも知っていた。

 仮面の下、ルルーシュの瞳に炎が揺れる。

 

 

(スザク、お前が青鸞をあくまでブリタニアに差し出すと言うのならそれでも良い。だが、お前がそうするのなら……)

 

 

 ガウェインを戦闘空域から離脱させながら、ルルーシュは心の中でスザクに告げた。

 眼下、本来スザクが守るべき少女を視界に収めながら。

 

 

(……青鸞は、ナナリー共々俺が守る!)

 

 

 告げられた言葉は、当然誰の耳にも届かない。

 しかし1人の少年の心の中には確かに響き、それは新たな誓約となった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 伊豆諸島南部の洋上で2隻の潜水艦が浮上していた、1隻は漆黒の艦体、黒の騎士団所有の潜水艦だ。

 そしてもう1隻は幅広で濃い灰色の艦体をしており、日本の国旗がペイントされていた。

 こちらは旧日本軍の最新鋭潜水艦「くろしお型」で、戦後ブリタニアの追跡を逃れつつ亡命や大陸からの物資運搬などに従事している船だ――現在で言えば、青鸞達のカゴシマへの移動に協力している。

 

 

 前後逆、交差するように邂逅したその潜水艦の上にはそれぞれ十数人の人間が並んでいた。

 一方は扇やカレン達黒の騎士団のメンバーであり、もう一方は青鸞を救出に来た――まぁ、それより先にナイトメアで空を飛んで逃げて来たわけだが――雅や山本達である。

 そしてその2隻の中間、黒のインフレータブルボートの上に青鸞はいた。

 

 

『それでは青鸞嬢、次に会う時までお元気で。ただ、出来れば次はブリタニア軍とは関係の無い所で』

「は、はぁ……」

 

 

 その上でゼロと握手している青鸞だが――今回は特に身体に変調は無い――何とも、ゼロに対してある種の苦手意識を持っているようだった。

 苦手と言うよりは、何だか微妙な気分を感じているのかもしれない。

 しかし救われた以上、言うべきことは言わなければならない。

 

 

「……ゼロ」

 

 

 白の拘束着の上に羽織ったゼロのマントが海風で靡くのを指先で押さえながら、青鸞はゼロの表情の無い仮面を見つめた。

 おそらく目を合わせているのだろう、ゼロは仮面を僅かに傾けた。

 

 

「2度も救われた以上、貴方の要請に対して保留を続けるのは誠実では無い、と考えます」

『気にする必要は無い、今回のことは偶然なのだから』

「いえ、その言葉だけで十分です」

 

 

 小さく首を振り、握手を解いた手を胸に当てる青鸞。

 

 

「もちろん、全体としては皆と協議してからのことですが、個人的に、黒の騎士団に協力することに異議は無い、と、ここでお伝えしておきます」

『こちらこそ、その言葉だけで十分だ』

 

 

 ゼロの声が若干上ずったように聞こえたのは、気のせいだろうと思う。

 しかし青鸞は個人として、少なくとも黒の騎士団とゼロに協力することは吝かでは無かった。

 問題は日本解放戦線と言う名称についてだが、これについては皆で話し合う必要があるだろう。

 もちろん、個人の恩義を自分についてきてくれている人々に押し付けるわけにはいかない。

 

 

 その時、青鸞は自分を見つめる視線があることに気付いた。

 いや、見つめられていると言えばその場にいる全員なのだが、視線の質が違ったのだ。

 どこか、射抜くような……飢えた狼に観察されているような、そんな視線。

 

 

(……?)

 

 

 その視線の元を辿れば、黒の騎士団のメンバーの中にそれはいた。

 端の方で目立たないようにしている様子だが、それだけに逆に目立っていた。

 何しろ、今青鸞が着ているのと同じ拘束着を身に着けているのだから。

 

 

(誰……?)

 

 

 その少女を見た時、左胸の奥が僅かに脈打ったような気がした。

 長い緑の髪に金に輝く瞳、白磁の肌に……無表情。

 ただ、瞳だけが輝きを放って自分を観察している。

 

 

 正直、怖かった。

 理由はわからない、だが青鸞は彼女を「怖い」と感じた。

 その感情の理由を彼女が知るのは、やはりもう少し先の話――――……。

 




採用兵器:
黒鷹商会さま(小説家になろう)提供:くろしお型潜水艦。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 そして最初に言っておきます、私は無実です。
 私の処女作第二部を読んで頂いた方はご存知かもしれませんが、私は全年齢版で主人公とヒロイン(で、合ってるはず)をラブラブさせた実績(?)があります。
 そんな私からすれば、この程度、造作も無い……!(言葉の遣い方がおかしい)。
 ふ、通報される日も近いかもしれませんね(え)。

 そしてルルーシュ=ゼロ、凄まじく皇子様です。
 でも天然です、無自覚に落としていくタイプだと思うのですよね。
 と言うわけで、次回予告です。
 次回もシリアスで行くぜー!


『父様の昔を知る人がいる。

 桐原の爺様や藤堂さんが話すよりも、以前の父様を知っている人。

 ボクはその人に会いに行く、そこに父様の真実の欠片があると思うから。

 だから、行こう。

 真備島へ――――』


 ――――STAGE19:「ゲンブ の 影」

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