コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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STAGE25:「セキガハラ の 戦い」

 蓋を開けて見れば、セキガハラに集った戦力は双方共に10万には届いていなかった。

 これは互いに余分な兵力を率いて機動力を失うことを嫌った結果だが、それでもセキガハラには双方合わせて十数万の軍勢が展開されたのだ。

 これは、日本の歴史上二度目のことである。

 

 

 まずブリタニア軍、装備・兵の質・士気の高さ、いずれも世界最高位の軍隊である。

 コーネリアの直属軍を筆頭とした純正部隊、数はおよそ9万人。

 エース級の騎士が揃い、中級指揮官も豊富、そして何より司令官が優れている。

 総指揮官は帝国宰相シュナイゼル、そして前線は当然、ブリタニアの戦女神コーネリアだ。

 

 

「ゼロを討ち、枢木青鸞を捕らえ――――ブリタニアの威光を知らしめ、もって勝利とせよ! トーキョーで私と貴公らの勝利の知らせを待つ病床の副総督(ユーフェミア)に、勝利の美酒を捧げるのだ!!」

『『『『イエス・ユア・ハイネス!!』』』』

 

 

 統一された指揮系統と前線指揮官への絶対の兵の信頼感、中級指揮官の豊富さなど、軍隊として極めて完成されていた。

 強力にして無比、精強にして至強。

 世界の国々の軍隊を悉く粉砕する最強の軍隊が、そこにいた。

 

 

「それでは、始めようか……神聖なる、ブリタニア皇帝の御名において」

「はい、殿下」

 

 

 前半にのみ首肯して、航空戦艦アヴァロンのブリッジでカノンは応じた。

 シュナイゼルの座る指揮官シートの隣に立つ彼――姿は女性だが――は、目の奥に妖しい輝きを放ちながらメインモニターに映る戦況を見つめた。

 そこからは、モモクバリ山を背に展開しているブリタニア軍の様子が見て取れた。

 位置的には、セキガハラの廃墟を挟んで黒の騎士団と対峙している形だ。

 

 

 一方、黒の騎士団を中心とする反体制派の軍は分散していた。

 赤のマークで示されているブリタニア軍、まずその正面には青マークで示される黒の騎士団と旧日本解放戦線によって構成される敵主力部隊が展開されている。

 そしてそれ以外、すなわち急造の民兵部隊はマツオ山からクリハラ山――つまり、ブリタニア軍の側面から後背にかけての広い範囲――に分散配置されているのだ。

 

 

「まぁ、ブリタニア軍を完全に包囲したんですの?」

「いえ、民兵部隊はあくまで陽動です。狙いはあくまで本隊による中央突破と……」

 

 

 ゼロの本隊が陣取る後方、ササオ山の頂上近くには黒の騎士団の後方拠点があった。

 そこにはもちろん黒の騎士団の後方部隊がいる、しかし同時にキョウトの姫、神楽耶のために用意された「観覧席」でもあるのだった。

 

 

(分散配置された民兵部隊は、瞬く間にブリタニア軍によって殲滅される……)

 

 

 神楽耶の傍で戦場全体を見渡しているのは、ディートハルトと言う男だ。

 彫りの深い顔と言い髪色と言い、日本人ではない、ブリタニア人だ。

 それでも彼は黒の騎士団において情報参謀のような役割を似ない、広報や諜報などの分野で組織にとって無くてはならない存在になっている。

 まぁ、その性格ゆえに……。

 

 

(そしてその間に、ゼロ率いる本隊がコーネリアの首を落とし、シュナイゼルに迫る……つまりは捨て石、くく、流石はゼロだ。そうでなくては……!)

 

 

 その性格ゆえに、人望は無い。

 ゼロの冷酷な策を読みながら、読めるだけの能力がありながら、愉悦に歪んだ表情は隠しようも無い。

 用意された椅子に座りながら戦場を見ていた神楽耶も、ちらりと彼のことを一瞥する。

 しかし、瞬間的に冷えた顔はすぐに明るい笑顔に戻る。

 

 

「……楽しみですね♪」

「ええ、まさに」

 

 

 黒の騎士団……いや、ゼロの手にある兵力は約8万5千。

 兵の質や装備では叶うはずも無いが、日本を取り戻すための戦いとあって士気だけは高い。

 特に、一部の民兵指揮官は異常なまでに士気が高かった。

 そして、その中には。

 

 

『この戦いによって、我らは日本の独立を手に入れることになるだろう。目の前の敵は強大だ――――しかし、正義は我らに在り!!』

 

 

 反体制派のナイトメアや車両内の通信機からは、1人の少年の声が響いている。

 戦え、勝ち取れと叫ぶ彼は、皮肉にもブリタニア皇帝と似通った言葉を吐いている。

 違う点があるとすれば、彼らの戦いが奪うことではなく取り戻すことに主眼があることだろうか。

 最も、ゼロ……ルルーシュ=ゼロにすれば、違うのだろうが。

 

 

『今こそ、我らの時代が始まる――――進め、倒せ! ブリタニアを、コーネリアを、シュナイゼルを! その先にこそ、我らの世界がある!!』

 

 

 

 そしてその演説を、青鸞は静かに聞いていた。

 正面の主力部隊、平野部に展開したブリタニア軍をモニターに映しながら、その左手首に巻かれた白のハンカチを指先で撫でている。

 ダークブルーのナイトメア、月姫の薄暗いコックピット・ブロックに座る彼女は、幼馴染の少年の声を聞きながら。

 

 

「いよいよ、か……埋めた方だと思うけど、戦力差は凄そうだね」

『なぁに、いつものことさ』

 

 

 話し相手は側面モニターに映る卜部だ、配置的に青鸞は卜部の部隊の隣なのである。

 そのため、すでに電波妨害が行われつつある状況でも通信が出来る。

 そんな卜部に対して、青鸞はクスリと笑った。

 

 

「あんまりボク達ばっかり寡兵じゃ、不公平だよ」

『逆に考えるんだ、戦う役割の人間が少なくて良いとな』

「それは、まぁ……そうかも」

 

 

 そもそも、軍人など無い方が良い職業なのだから。

 その理屈で言えば、兵力の少なさにも納得は……まぁ、出来ないが。

 

 

『そんな顔をするな、いざとなれば俺が助けに行ってやる』

「うん、頼りにしてる。でも大丈夫、早く終わらせて……また道場で」

『料理はするなよ』

「……意地悪」

 

 

 開戦直前のコックピットの中、卜部の笑い声が響いた。

 血生臭い空気が満ちる中で、そこだけは柔らかだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 黒の騎士団とブリタニア軍が睨み合うセキガハラの戦場、だがそこは軍しか存在しないわけでは無い。

 セキガハラの廃墟はもちろんだが、古ぼけた幹線道路の陰などには小さいながらも人間の集団が存在していた。

 もちろん、そこにいるのはブリタニア人では無い。

 

 

「また、戦いが始まるの……?」

「俺達を巻き添えにして、俺達は関係無いのに……」

「どっちも結局、俺達のことなんて考えて無いんだろ……」

「どうでも良いよ、どうせ皆死ぬんだから……」

 

 

 かつて、7000人前後の人間が住んでいたセキガハラの地。

 しかし今や住民は離散し、またトーキョー合意で次の戦場に指定されたことも手伝って、残っていた人々も半数以上がセキガハラの地を離れた。

 ブリタニア・反体制派双方から避難するよう勧告が出ていたことも大きいだろう。

 

 

 だから今、そこに残っているのは本当に力の無い人達だ。

 老人、病人、女性に子供、障害者……あるいは、諦観している人間。

 独立やテロを求めず、上に戴く者の名前などにこだわらない。

 寄る辺無き者達の住処、いわば小ゲットーとでも呼ぼうか。

 

 

「俺達も黒の騎士団に加勢するんだ、ブリタニアをぶっ潰してやる!!」

「勝てるわけ無い、あのブリタニア軍に……逆らうだけ無駄なんだよ、なのにどうして歯向かうんだよ。良い迷惑なんだよ、こっちは!」

 

 

 一方で、その中にはこう言う人々もいる。

 一方は強硬派であり、一方は恭順派と呼ばれる人々だ。

 強硬派はブリタニアとの戦いを主張し、恭順派は後の報復を恐れて大人しくしてくれと願う。

 混じり合わない2つの思想が、セキガハラの小さなゲットーの中で渦を巻く。

 

 

 それは一部においては日本人同士の醜い争いに発展するのだが、しかし町並みから少し離れた平野部――かつては田園風景が広がっていたが、戦火と戦後の放置で今やその影も無い――において、もっと規模の大きい争いが勃発していた。

 それはセキガハラに住む人々の小さな声と意思を踏み潰して、嫌が応にも拡大の様相を見せていくのだった。

 

 

「これから、どうなるんだろう」

 

 

 人々の不安だけが、形を成すことも出来ず、ただ浮遊していた。

 自ら行動することの出来ない、また、行動しても意味を残せない人々の想い。

 極端な話。

 彼らの想いを汲み取れる者こそが、真の意味でこの国を導くことが出来るのだろう。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ブリタニア軍の主力は、言うまでも無くコーネリアの直属軍だ。

 その1万の軍勢は、本陣から明らかに突出していた。

 故に上空から見ると、ブリタニア軍は全体として鋭鋒の陣形で反体制派の軍へ突進している形だった。

 

 

『進め! 下等なイレヴンの軍など一揉みに押し潰せ!』

『おお、コーネリア殿下の名の下に!』

『ユーフェミア様に、我らの勝利を捧げるのだ!』

 

 

 中でも世界最強を謳われるブリタニア軍のナイトメア部隊が、歩兵と戦車に先駆けて突出する。

 中級指揮官達の叫びが通信回線の中を駆けて、それぞれの配下の声が回路を焼き切るかのような勢いでサザーラントやグロースターの通信機を震わせた。

 そしてその鋭鋒を受け止めるのは、黒の騎士団の最精鋭。

 ――――旧・日本解放戦線である。

 

 

『各班! 陣形を維持しつつ後退せよ!』

『『『承知!』』』

 

 

 その通信回線は静かだ、士気は高い、しかし昂揚を押さえつけるような重い声だけが響く。

 そして旧日本解放戦線のメンバーで構成される部隊は、「奇跡」の異名を持つ男の声に従って動いた。

 上空から見れば、その前線はギザギザの鋸の歯のような形になっていることに気付いただろう。

 

 

 言うなればそれは、小さな鶴翼の陣を連ねた多重の陣形。

 小さな陣が突出してくる敵部隊を受け止め、流し、左右から無頼による実弾射撃を行う物だ。

 その小さな陣を指揮するのは、藤堂が最も信頼する4人の部下達である。

 朝比奈、千葉、仙波、卜部……四聖剣と呼ばれる月下の操縦者達だ。

 

 

『イレヴンがああああああああぁぁっ!!』

「聞き飽きたよ、それ」

 

 

 突撃してきたサザーランドの腹に回転刃の刃を突き立てて、朝比奈が皮肉げな表情でそう言う。

 次の瞬間にはサザーランドが爆発四散して、彼の駆る月下がその爆炎の中から姿を見せた。

 今、朝比奈の身には確かな高揚感がある。

 約束が守られるかはとりあえず置くとしても、日本の独立を勝ち取るための戦だ。

 まさに7年前の焼き直し、いや続き、日本の軍人としてこれ以上は無いシチュエーションだろう。

 

 

『しかも7年前とは違う、こちらにもナイトメアがあるんだからな』

『確かに、戦力としては十分だ、後は』

「僕達の、働き次第……ってね!」

 

 

 千葉と卜部の声に応じつつ、さらにもう1機、無頼の射撃で足止めされていたサザーランドを朝比奈の月下が両断する。

 オートバイ型のコックピットの中、両腕で全身を支えながら朝比奈が笑む。

 眼鏡の奥の瞳が皮肉そうに細められて、爆発の向こう側にいる別の敵機を。

 

 

『――――新手が来た、今度は先手の奴らとは違うぞ!』

 

 

 通信回線から仙波の声が響き、緊張の度合いが一気に増す。

 何故なら機体を翻した次の瞬間、おそらくは仙波の――そして、千葉と卜部の方にも――言っていた「新手」が来たからだ。

 新手は紫のグロースター、しかも黒いマントと両肩のミサイルポッドが特徴的な機体。

 

 

「こいつは……」

「――――強い!」

 

 

 朝比奈の言葉を知らず続けて、千葉は自身の前に躍り出てきた敵機を睨んだ。

 そこにいるのは朝比奈の前にいるのと同じ機体、特殊装備のグロースターだ。

 ランスと刀が鍔迫り合いを演じ、コックピットのミインモニターを朱色に輝かせる。

 

 

『う、卜部隊長、敵が……ぐああああああぁっ!?』

「橋本ぉ! 貴様……何者か!」

 

 

 それは当然のように卜部の部隊の前にも現れていて、卜部の指揮下にある無頼を一突きで仕留めて見せた。

 無頼の射撃を事も無げに回避して見せ、両肩のミサイルポッドから雨あられとミサイルを撃ち放すその姿には畏怖すら覚える。

 

 

『トードー!!』

『ぬぅ……!』

 

 

 それは藤堂の所にも来ていた、ただしこちらは重低音を感じさせる壮年の男性の声を響かせて。

 奇跡の藤堂を正面から迎え撃ったのは、コーネリアの側近中の側近、ダールトンである。

 ダールトンのグロースターが藤堂の月下を足止めし、その場で小さな円を描くようにして、入れ替わり立ち替わり刀とランスによる攻防が行われる。

 

 

『……7番隊、右翼に回り込め! 朝比奈達の援護に入れ!』

『『『承知!』』』

『第3班、左翼に攻撃を集中しろ! 敵の右翼を突出させるな……デヴィットの部隊が半包囲されるぞ!』

『『『イエス・マイロード!』』』

 

 

 そしてお互いに、個人戦を続けながらもそれぞれ掌握する前線部隊の指揮を続ける。

 2人に率いられた部隊が流動的に動き、それはあたかも2人の戦いの延長線のようにも見えた。

 藤堂とダールトン、日本とブリタニア、歴戦の猛者の戦いがそこにあった。

 

 

 そして朝比奈達の前に現れたのは、ダールトンの信頼すべき「息子」達である。

 朝比奈に対するは、デヴィッド・T・ダールトン。

 千葉に対するのは、エドガー・N・ダールトン。

 仙波に対するのは、アルフレッド・G・ダールトン。

 卜部に対するのは、バート・L・ダールトン。

 

 

「……良し、ダールトンとグラストンナイツはトードーの足を止めたか。あれを橋頭堡として、一気に攻勢をかけて押し潰す!」

『はっ!』

 

 

 ダールトン達から少し送れて、コーネリアの駆るグロースターとギルフォード率いる親衛隊の部隊が続く。

 敵中に前線を構築し、そこへ兵力を集中して突破、殲滅を図る。

 単純明快、だからこそ強力。

 そこには、コーネリアらしい強靭な用兵思想が反映されていた。

 

 

『姫様!』

 

 

 そしてコーネリアの部隊がダールトン達に追いつきかけたその時、ギルフォードが注意を喚起した。

 コーネリアはそれに笑みを浮かべる、そしてそんな彼女の周囲に砲撃が着弾した。

 彼女達を足止めするようなその砲撃は、砲兵による物では無い。

 そう、報告にあった砲撃戦に特化したナイトメアによる攻撃だ。

 

 

「やはり来たか……クルルギの娘!!」

 

 

 砲撃による土柱が断続的に発生する中、コーネリアは右上を仰ぎ見た。

 するとそこに、いた。

 低きから高きへ、平野部の低い位置から高い位置へと跳躍するダークブルーの機体が。

 日本の抵抗の象徴的存在、月姫(カグヤ)が、舞うように刀を振り下ろした。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 青鸞もまた、藤堂の敷く特殊な鶴翼陣の一部を担っていた。

 そして今、彼女の部隊はコーネリアの首を狙って突出している所だった。

 言うなれば、コーネリアと同じように。

 

 

「はああああぁ――――ッ!!」

 

 

 コックピット左側の鞘から射出された刀を、そのまま振り下ろす。

 しかしかなりの速度で放たれたはずのその一刀を、相手はランスで受け止めた。

 各部をチューンされているとは言え、世代で劣るはずのグロースターがだ。

 乗っているパイロット、すなわちコーネリアの技量の高さが窺える。

 

 

『ふん……ようやく戦場で会えたな、クルルギ・セイラン!!』

「コーネリア・リ・ブリタニア……!」

 

 

 接触通信で、月姫のコックピット内部に女の声が響く。

 コーネリアの声、チョウフで直接聞いたその声に間違いが無かった。

 コックピットにいる青鸞は、その声に顔を僅かに顰める。

 目の前にいるのは、日本……エリア11の総督なのだ。

 

 

「日本を……返してもらう!!」

 

 

 倒す。

 そう思って、青鸞は操縦桿を強く引いた。

 受け止められた刀を捻るように逸らしてランスを弾き、一度横に回転した後に横薙ぎに振るう。

 コーネリアはそれにも反応した、腕を添える形でランスを構えて盾にする。

 

 

 重い金属が打ち合う音が響き、次いで火花が遅れて散った。

 一合、二合と繰り返し打ち合う、青鸞は新たに左の腰から廻転刃刀を抜き、コーネリアも片手にライフル機銃を抜いて、超近距離での戦闘を行う。

 2人の女性パイロットによって織り成されるそれは、どこか舞踏会じみて見えた。

 

 

「ギルフォード!」

『はっ!』

 

 

 メインモニターから側面モニター、そして側面モニターからメインモニターへと目まぐるしく位置を変える月姫を目で追いながら、コーネリアは側近の男に叫んだ。

 救援を求めたわけでは無い、通信相手のギルフォードにもそんなことはわかっているだろう。

 ランスで月姫の刀を受け止め、新たな火花を散らした所でコーネリアは言った。

 

 

「あの五月蝿い砲撃を止めろ、クラウディオは周りの小蝿共を黙らせろ、私の邪魔をさせるな!」

『『イエス・ユア・ハイネス!』』

 

 

 ギルフォードと、そしてダールトンの「息子」の1人、クラウディオ・S・ダールトンが返答を返す。

 前者は今だコーネリア軍に砲撃を続ける3機の黎明――すなわち山本機・上原機・大和機――の行動を阻害するために、そして後者は周辺で青鸞機の援護を行っている無頼隊――野村機・林道寺機――を排除するために動いた。

 

 

『おいおいおいおい……何か来たぞアレ! 何か猛然としたスピードで来るぞアレ!』

『隊長、そんなに繰り返さなくても見たらわかりますから!』

『……青鸞さま!』

「大丈夫、そっちお願い――――……野村さんと、林道寺さんも!」

『『承知!』』

 

 

 コーネリアとの戦闘を続けつつ、俄かに活気付く通信回線に声をかける。

 相手がそうであるように、青鸞もまた目の前のモニターに映し出される状況の変化から目を離す事が出来ない。

 とは言え、相手の動きから察するにコーネリアは青鸞との一騎打ちを続けることを決めたらしい。

 

 

 それに対して、青鸞は「上等」との感想を持った。

 一騎打ちを望むと言うなら望む所、コーネリアを討てばブリタニア軍の精神的な柱を折ることも出来るだろう。

 しかしそれは、コーネリアにとっても同じこと。

 青鸞を討てば、日本側に対して強い精神的ショックを与えることが出来るだろうから。

 

 

『――――クルルギ・セイラン!!』

 

 

 憤怒を込めた声音が響く、月姫の斬撃をグロースターが跳躍して回避する。

 追いかけるように跳ね上げられた刀の軌道から、コーネリアは地面にアンカーを打ち込み、機体を引かせることで逃れた。

 並みのパイロットには不可能な機動、着地と同時にライフルをフルオートで射撃する。

 操縦桿を引いて、青鸞は銃弾の雨から機体を回避させる。

 

 

『貴様を討てば反体制派は糾合の象徴を失う、エリア11の争乱もそれでおしまいだ……戦いを生み出す権化めが!!』

「何を……ッ、日本に戦いを持ち込むブリタニアが!!」

 

 

 叫んで、振り下ろされたランスを刀の腹で殴り弾く。

 ランドスピナーが荒れた平野の土を巻き上げて、青空の下で濃紺と紫のナイトメアが幾度も交錯する。

 激しく振動するコックピットの中、それでも2人の女性パイロットは顔を正面から外さなかった。

 

 

「お前達こそ、戦いを生み出す権化じゃないか! 日本人を貶めて、自分達だけ繁栄して!」

『日本人などもはや存在しない、存在するのはナンバーズ、栄えあるブリタニア臣民――――イレブンだけだ!』

「イレヴンじゃない、日本人だ!!」

 

 

 月姫の廻転刃刀がグロースターのライフルを両断する、火花を散らしながら鋸のように落とされたライフルが爆発する。

 しかしグロースターはそれに怯まなかった、お返しとばかりにスラッシュハーケンを射出する。

 瞬間的なバックステップ、しかしスラッシュハーケンが掠めた胸部装甲にスパークが走る。

 一瞬だが乱れたメインモニターに、青鸞が顔を顰める。

 

 

『ユフィの……ユーフェミアの優しさを理解できぬ獣めが!!』

「押し付けの優しさなんて、悪意と何も変わらない!!」

 

 

 支配者の哀れみなど、何の意味もなさない。

 被支配者層たる日本人に必要なのは、自分達の国であり、政府であるからだ。

 それを取り戻すためには、ブリタニアは邪魔だ。

 だから排除する、それだけのこと。

 例え、コーネリアの妹が個人として優しい気質の持ち主だったとしても。

 

 

「ボク達が欲しいのは、優しさ(そんなもの)なんかじゃない!」

 

 

 右操縦桿、親指のボタンを押した。

 すると腰部の前にある追加装甲の蓋が開き、そこから2つの小さな手榴弾のような物が射出された。

 次いで、月姫のデュアルアイがバイザーのような物で覆われる。

 

 

「何……!?」

 

 

 次の瞬間、コーネリアの乗るコックピット・ブロックが白光に覆われた。

 メイン・側面・予備モニターの全てが朱色に染まる、それは閃光弾だった。

 対ナイトメア用の閃光弾、『神鳴』。

 しかし機械の目を潰せるわけでも無い、光に対して自動調整するモニターは操縦者の目も守る。

 

 

 だが、数秒の停止は起こる。

 そして高度なナイトメア戦において、数秒の停止は致命的だった。

 それがわからないコーネリアでは無い、だから光の中でも操縦桿を引いて機体を下がらせようとした。

 しかし、間に合わない。

 

 

『――――コーネリア!!』

『……ッ、クルルギィッ!』

 

 

 少女と女の声が戦場に響く、次の瞬間、光の収まった戦場で劇的な変化が起こった。

 コーネリアの駆るグロースターの左腕、それが宙を舞ったのだ。

 原因はもちろん、光の上から飛び降りてきた月姫の斬撃である。

 

 

『こ……のおおおぉッ!』

 

 

 しかしコーネリアもさる者だった、再びのスラッシュハーケン射出で月姫の2本の刀を弾き落とす。

 だが、月姫にはまだ刀がある。

 刀持つナイトメアは、何本でも。

 

 

「もらっ……たああぁぁ――――ッ!」

 

 

 もう1本の廻転刃刀を腰部から抜き、刃を回転させながら振り下ろす。

 無理にスラッシュハーケンの射出体勢を取ったため、右腕のランスは間に合う位置に無い。

 取った、そう確信するタイミング。

 しかし――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 この時、戦場全体でも変化が起こっていた。

 正面にて旧日本解放戦線とコーネリア軍が激突し、膠着状態に陥っているがための変化。

 すなわち、お互いに戦局の趨勢を手中に収めようとしても行動である。

 

 

「今だ、上がって来い――――草壁ぇ!!」

『吐かすで無いわ、腰抜けがぁっ!!』

 

 

 自身はダールトンとグラストンナイツによって押さえられていても――逆に言えばダールトンとグラストンナイツを押さえているのだ――藤堂は、前線全体に目を配ることが出来る将だった。

 その意味では、確かに抜きん出た物がある。

 そして藤堂の通信に応じたのは草壁だ、黒の騎士団側で言えば左翼に位置する場所に彼はいた。

 いや、彼らはいた。

 

 

「ふん……中華の機体なぞアテに出来る物では無いが、無いよりはマシか」

 

 

 不満を隠さずにそう言う彼は、居住性最悪の鉄の棺桶(草壁視点で)の中に入っている。

 鋼髏(ガン・ルゥ)、キュウシュウ戦役で使用された中華連邦の機体である。

 現在、ブリタニアと中華連邦は関係修復の時期にあるため、また青鸞にこっぴどくフられたため、この戦闘に中華連邦が物資支援を行うことはあり得ない。

 まして今は、マニラ会議に沿った形での中華連邦軍の捕虜引渡しを控えているのだから。

 

 

 だから草壁が乗っている機体は、旧日本解放戦線がキュウシュウで鹵獲した物だ。

 数として30機ほど、それ程の戦力では無いが、反体制派にとっては貴重だった。

 そして今、草壁はその30機ほどの鋼髏(ガン・ルゥ)を奇襲部隊として編成し、平野の左側の山々の斜面を駆け下りている所だった。

 とは言え、乗り心地は最悪だが。

 

 

「良いか、我らはこれより敵の右翼を叩く! まずは大外の戦車隊を潰し、敵後方の小うるさい砲兵隊を……」

『中佐! 前方に敵影です! 距離およそ800!』

「ぬぅ!?」

 

 

 義手義足が軋む音を立てる、するとメインモニターに森や木々の他に見える物があることに気付く。

 それは数機のナイトメアだった、森の出口を塞ぐように展開されている部隊。

 肩とファクトスフィアが他の機体と異なり赤く塗装されたそれらは、ブリタニア軍の中でもある一派の特徴としてやや有名である。

 

 

『キューエル卿、敵影です!』

「ふふん、殿下の申された通りのポイントに来たか……所詮は劣等民族、猟犬に追い立てられた羊にも劣る」

『どうされますか、キューエル卿!』

「……当然!」

 

 

 自らのグロースターを駆り、コックピット・ブロックの中で金髪の青年が嗤う。

 美麗だが醜悪にも見えるその笑みの先には、網にかかった羊の群れがいる。

 

 

「イレヴンを、殲滅しろ!!」

『『『イエス・マイ・ロード!』』』

 

 

 猛然と、かつ柔軟な動きで純血派のサザーランド部隊が動き出す。

 今やキューエルはエリア11における純血派の顔だ、かつての凋落の陰などどこにも無い。

 ジェレミアがナリタで「戦死」し、ヴィレッタが姿を「消した」今、残ったのは彼1人。

 キューエルは今、栄光の道をひた走っているのだった。

 

 

『ち、中佐、敵が!』

「うろたえるな! 日本軍人はこの程度ではうろたえん! たかが数機では無いか!!」

 

 

 そして草壁もまた、旧日本解放戦線の最強硬派の顔である。

 ナリタで奇跡の生還を果たした彼は、本人は気付きようも無いが、再びナリタで戦った相手と見えることになった。

 これを運命と呼ぶのならば、皮肉な運命である。

 

 

 ブリタニア人と、日本人。

 ある意味で民族主義的に互いを憎悪する最右翼、その衝突。

 まさに、運命的ですらあった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そして当然ではあるが、戦場はナイトメアと前線だけで戦われているわけでは無い。

 例えば、草壁が潰そうとしたブリタニア軍右翼と戦っている部隊である。

 ここにはタル川と呼ばれる川があって、ここが黒の騎士団にとっては自然の防衛線となっている地点だった。

 

 

 ここを抜かれると、正面で互角の戦いを演じている黒の騎士団側の主力部隊が側面を突かれてしまう。

 だからこそ草壁達が機先を制して敵勢力を潰そうとしたのであって、それ故に守らなければならないポイントの一つだった。

 そしてそこは、互いの歩兵戦力が衝突する場所でもあった。

 

 

「うぎゃっ!?」

「げはぁっ!?」

 

 

 渡河しようとするブリタニア軍と、阻止しようとする黒の騎士団・旧日本解放戦線の部隊。

 川の両岸数キロの位置からはお互いの砲兵部隊による絶え間ない砲声が響き続け、水柱や土煙を上げると共に何人もの敵兵の生命を塵芥のように吹き飛ばし続けていた。

 ある者は手足を千切られ、ある者は臓物を撒き散らされ、ある者は血飛沫を上げながら踊り狂う。

 

 

 そこは、戦場だった。

 

 

 昔ながらの戦場、白兵戦闘、派手なナイトメア戦の陰で行われる野蛮な戦い。

 そこには人種など関係ない、人種で生死は分かたれない。

 もし戦場に神がいるのだとしたら、彼の神は人種などで掬い上げる生命を選別したりしないだろう。

 

 

「つっても、どっちかってーとこっちが不利だよなぁ!」

「ご、伍長殿ぉ!」

「だぁーいじょぶだ岩田ぁ、戦場ったってそうそう弾が当たるもんじゃねぇ!」

 

 

 旧日本軍時代の兵員輸送車――装輪装甲車――のずんぐりした車体の中で、青木がそんなことを叫んでいた。

 護衛小隊に所属する彼は、現在は本陣を含む他の陣地間を装甲車で往復している所だった。

 今も、川沿いの防衛陣地に増員の兵員を運んだ所だ。

 そして実際、不利は不利なのである。

 

 

 彼が今車を走らせているのは味方の勢力圏のはずだが、ブリタニア軍の放つ砲弾が着弾する危険区域でもあった。

 今も、すぐ付近に着弾して装甲車が跳ねて助手席の若い兵士が悲鳴を上げた所だ。

 ナリタにもいた青木は肝が据わっている様子だが、それでも表情は厳しい。

 しかし彼はそれを別の物に変えて、車を一時停止させた。

 

 

「どうした!? トラブルか!」

「おお、友軍か。助かった、自走砲が泥に嵌まって動けねぇんだ!」

「あん? 岩田、ちょっと車見てろ」

「り、了解であります、伍長殿」

 

 

 ブリタニア軍の砲撃を避けたからなのか、一台の自走砲――自走155ミリ榴弾砲――が、幹線道路から外れた荒れた地面に車輪を取られているのを見つけた。

 それに車体の正面を向ける形で停車させた青木は、車体の鼻面から牽引用のフックとアンカーを引っ張り出して駆け出し、部下の若い兵はその場で待たせた。

 そしてそれが、戦場の神の目に留まった。

 

 

「ぐおぁっ!?」

 

 

 牽引用のフックを持ったまま、青木が背中を仰け反らしながら吹き飛ばされた。

 次いで訪れる爆発と熱波に煽られて、青木は泥を飲む勢いで地面の上を転がった。

 何が起こったかなど言うまでも無い、ブリタニア軍の砲弾が着弾したのだ。

 岩田の乗っていた、装甲車に。

 

 

「お、おい、大丈夫か!?」

「ぐ、ぉ……けっ、ぺっ。い、岩田……!」

 

 

 自走砲の兵員に助け起こされながら、青木は呻くように炎上する装甲車を見つめた。

 先程まで隣にいた若い兵の顔が、赤く燃え上がる装甲車の残骸の中に浮かんで、消えていった。

 そうした事例が、戦場のあちこちで起こっていた。

 それはもちろん、ブリタニア側でも当然のように起こっていることでもある。

 

 

「ぐぎ」

 

 

 くぐもったような声を上げて、川沿いの茂みの中で重いものが倒れる音が響いた。

 タル川はその全流域が激戦地と言うわけではなく、マル山の麓付近などは主戦場から外れていた。

 とはいえブリタニア軍の先遣隊が進出していたりはするので、当然、黒の騎士団側にとっては警戒すべき地点でもあった。

 

 

「茅野中尉、周辺クリアです」

「ん」

 

 

 護衛小隊所属の佐々木と茅野も、青鸞達が戦う平野部を見渡せる高台の奪取と維持を目的にここに進出していた。

 目視による観測により、地上戦を援護するのも重要な役目ではある。

 そしてそこで敵に遭遇して戦闘に発展、良くある話ではあった。

 

 

「貴官、大丈夫か。所属部隊はどうした」

「あ、ありがとうございます。じ、自分は第122観測小隊の……っ」

「……落ち着いて」

 

 

 数十キロに及ぶ重武装を身に纏った佐々木と茅野は、今、川沿いの茂みの中に身を潜めていた。

 ただそれは身を隠すためと言うよりは、そもそも戦闘の場所がそこだっただけと言う様子だった。

 彼女らの足元に、何故か装備を半分外した状態のブリタニア兵の死体が転がっている。

 そして彼女達は今、1人の女性兵を落ち着かせている所だった。

 

 

 セミロングの黒髪の、若い女性兵である。

 ただ顔には殴打にある青痣があり、しかも深緑の軍服は上半身部分をナイフか何かで引き裂かれていた。

 いわゆる、戦場における性的暴行の被害者……彼女の場合、未然に防がれた様子だったが。

 茅野にしろ佐々木にしろ、「身体的経験」から他人事には思えない相手だった。

 

 

「とにかく、ここを離れる。貴官は私達に随行して、しかる後に原隊に戻れ。良いな」

「は、はい」

 

 

 ブリタニア軍が日本人を殺し、日本軍がブリタニア人を殺す。

 かくして、憎悪の連鎖は加速するのである。

 しかし、これはまだマシな方だった。

 

 

 最も悲惨なのは、モモクバリ山のブリタニア軍本陣の後背を脅かしていた黒の騎士団側の民兵部隊である。

 おりしもディートハルトが指摘したように、指揮官であるルルーシュ=ゼロは彼らを重要な地点には置いていなかった。

 しかし本陣後背に位置する彼らをブリタニア軍が無視できるはずも無い、当然のように兵を割く。

 

 

「うぎいいぃいいぃっ!? お、俺の腕がああああぁあぁぁあっ!?」

「た、助けてくれぇっ!」

「ゼロぉおおおおおおおぉっ!!」

 

 

 当然のように兵を割く、そして民兵部隊を蹂躙する。

 黒の騎士団の主力と異なり、彼らは勢いだけでここまで来た者達だ。

 だから、圧倒的なまでに……弱かった。

 

 

 重機関銃に身体を吹き飛ばされ、迫撃砲で手足を千切り取られ、ナイトメアのランドスピナーにひき潰され……瞬く間に、壊乱状態に陥る。

 黒の騎士団のほかの部隊との間には距離があり、助けを求めに行くことも出来ない。

 よって、他の騎士団の部隊が手を煩わされることなく、時間を稼いでくれているわけだ。

 

 

「全体として、こちらの優位ですわ」

「……ふ、ん。何かおかしいね」

 

 

 本陣である航空戦艦アヴァロンの中で、副官カレンと共に戦略モニターを見つめていたシュナイゼルは首を傾げた。

 ただそれだけの行動で絵になる所が、この完璧な第2皇子の凄い所ではあった。

 不思議そうな顔をするカノンに、シュナイゼルはそのままの口調で語った。

 

 

「ゼロにしては、随分と大人しい作戦行動だね」

 

 

 そう、今の所戦局は「大人しい」。

 シュナイゼルの予測よりも随分と、だ。

 そして彼のこの予感は、すぐに的中することになる。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 迷いが無い、と言えば嘘になる。

 いや、僅かな迷いが確かにある。

 それは、ある意味ではルルーシュ=ゼロの抱える悩みと似ていたかもしれない。

 

 

(……私が)

 

 

 今、彼女はどこにいるのか?

 その答えを聞けば、大多数の人間は驚くだろう。

 当然だ、しかし考えて見てほしい。

 ナリタで、黒の騎士団はどこから現れたのかを。

 

 

 紅蓮弐式、真紅に輝く純日本製ナイトメアフレームが山の上に屹立している。

 紅蓮の周辺には掘削機がいくつもあり、銀色に輝く輻射波動の右腕を正面の一番大きな掘削機に押し当てていた。

 音を立てて掘削を進めるその様子が、カレンの目前のモニターにデータとして映し出されている。

 それを朱色の瞳で見つめながら、カレンはただ静かにその時を待っていた。

 

 

(私が、シャーリーのお父さんを殺した)

 

 

 カレンの脳裏に浮かぶのは、アッシュフォード学園生徒会の仲間の笑顔だ。

 快活で、自分のことも進んで受け入れてくれた少女。

 シャーリー・フェネット、およそ侵略や差別とは無縁の、善良な少女だった。

 その少女の父親を、カレンが殺した。

 あの日、ナリタで紅蓮弐式が起こした土砂崩れに巻き込んで。

 

 

(そして今、私は同じことをやろうとしてる)

 

 

 紅蓮弐式のコックピットの中、カレンは静かに呼吸を整えている。

 赤いパイロットスーツから覗く白い首筋に、汗の雫が一つ流れ落ちる。

 んぐ、と喉を鳴らしたのは緊張からか、それとも後悔からか。

 ――――あるいは。

 

 

『良し……カレン、今だ!』

「――――はい!」

 

 

 答えを思い浮かべる前に、カレンは輻射波動を放つ操縦桿のトリガーを押した。

 何故なら、今の彼女にとっては福音の如き命令を聞いたからだ。

 ゼロの命令は、彼女の兄の夢を継いでくれるだろう彼の言葉は、絶対だから。

 彼を信じていれば、きっと日本を取り戻せるから。

 だから、また誰かの父親の命を奪うのだ――――!

 

 

「潰れろ、ブリタニアぁ!!」

 

 

 輻射波動、その衝撃が掘削機を通じて山を揺らした。

 ナリタですでに実戦済み、そしてこの掘削機はラクシャータ製の輻射波動専用掘削機だ。

 伝導率はより高く、より正確に、より強力に。

 すなわち、カレンがいるモモクバリ山、ブリタニア軍本営、メインモニターに映るそこへと無数の土砂が崩れ落ちていく。

 

 

「同じ手は二度も使わない……誰もがそう思うだろう、故にこそ、使う! それでこそ奇襲となるのだ」

 

 

 戦場の上空、ブリタニア軍の航空戦力をガウェインのハドロン砲で一掃していたルルーシュ=ゼロが、C.C.しか聞く者のいないコックピットの中でそう言う。

 C.C.はそれにチラリと視線を向けただけで、特に何を言うことも無かった。

 しかしガウェインのメインモニターには、土砂崩れが人為的に引き起こされたモモクバリ山の様子が映し出されている。

 

 

 ルルーシュ=ゼロにとっては、心地いい光景とは言えない。

 シャーリーへの負い目、カレンがゼロへの忠誠と言う形で転嫁できたそれを、彼は出来なかった。

 だがそれでも、勝利のためには必要と作戦に組み込んだのだ。

 ギアスによって警戒網に穴を開け、紅蓮を伏せて置くという作戦を。

 そして今、実際にブリタニア軍の本陣が土砂に飲み込まれ……。

 

 

「……何?」

 

 

 そこで初めて、ルルーシュの声に驚愕がこもった。

 何故ならばブリタニア軍本陣を襲うはずだった土砂は、肝心要、中央付近のそれが吹き飛ばされてしまったからだ。

 左右から漏れ流れた土砂が、本陣の右翼と左翼を飲み込むが……予定の3割程度のダメージしか与えられていないことは明白だった。

 

 

 原因は何だ、とルルーシュはすぐにガウェインの電子システムで演算を始めた。

 しかし、それも必要なかった。

 何故ならば、中央の土砂を「山の内側から」吹き飛ばした原因が、自分から空に上がってきたからだ。

 そしてその姿に、さしものルルーシュも驚きを隠せなかった。

 

 

「何だ……アレは!?」

 

 

 それは、言うなればオレンジ色の球体だった。

 巨大な緑のトゲが5本ほど付属するそれは、ガウェインよりも遥かに巨大な質量を持っていた。

 ナイトメアでは無い、しかし既存の兵器でも無い。

 まるで、要塞が浮いているような巨大な機械がそこにあった。

 

 

 

『ゼロよぉオオおおおオおおオオおおおおおォッッ!!』

 

 

 

 そして、地の底から響くような声がそれから響いてきた。

 妙にルルーシュの記憶を刺激するその声は、彼が知っているよりもやや……いや、かなり違っていた。

 あえて言うなら、精神的に揺れている声とでも表現しようか。

 

 

「この声は……」

 

 

 だがそれでも、ルルーシュの優れた記憶力は声の主を特定した。

 てっきり死んだと思っていたので記憶の向こう側へ飛ばしていたのだが、あまりの衝撃で思い出した。

 この声は、彼は、ほんの数ヶ月前にルルーシュによって屈辱を味わわされた男。

 かつての純血派のリーダー、ジェレミア・ゴットバルトの声に酷似していた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 コーネリアへの追撃の一刀、それを受け止めたナイトメアに青鸞は顔を顰めた。

 何故ならそこにいたのは、白い騎士のような姿をしていたからだ。

 嚮導兵器、『ランスロット』。

 それが赤く輝くMVSの刃で、廻転刃刀の回転刃を受け止めている機体の名前だった。

 

 

枢木(クルルギ)……!』

『――――兄様(スザク)!』

 

 

 コーネリアと青鸞がそれぞれ声を上げる、その声を通信機越しに聞いた茶髪の少年は、厳しい表情のままコックピットシートに背中を押し付けた。

 赤いフロートユニットの翼を背中に装備したランスロットが腕を翻し、金属音を立てて刀と剣が互いを弾く。

 

 

 そして躍動する白が、濃紺のナイトメアに蹴りを放って機体をグロースターから引き離す。

 衝撃に揺れるコックピットの中、青鸞が操縦桿を無理やり前に押して機体を押し留めた。

 そして、Gの余韻に顔を顰めつつ前を見た。

 

 

『コーネリア総督、ここは自分に任せて後方へ! 予備の腕部パーツへの換装を行ってください』

『枢木、貴様……』

 

 

 月姫が外に響くスザクとコーネリアの声を拾う、そして青鸞はそれを見ていた。

 目を細めて、ランスロットの中にいるだろう兄を見つめる。

 そして、思い返す。

 

 

 数日前、この決戦の直前、青鸞に真実の最後の一ピースを与えた藤堂のことを。

 自分を斬っても良いと藤堂は言ったが、青鸞は藤堂に怒りは湧かなかった。

 湧きようがなかった、だって藤堂に罪は無いのだから。

 罪があると、するのなら。

 

 

「……兄様」

「……青鸞」

 

 

 コーネリアの前に出て、青鸞の前に姿を晒すスザク。

 互いのコックピットの中での呟きは、互いの耳に届くことは無い。

 だが、お互いにきっとお互いを呼んだだろうと言う確信があった。

 確信が、あった。

 

 

「兄様」

 

 

 声を外に拡声させて、青鸞は言った。

 

 

「日本の独立を懸けた戦いの最中にあっても、兄様はブリタニアの味方をするんだね」

『言ったはずだよ、青鸞。間違った方法で得た結果に、意味は無いって』

「ブリタニアが日本を占領した事が、そもそも間違った方法で得た結果でも?」

『……相手が間違っているからって、自分達も間違った手段を取っても意味は無い』

 

 

 それは、総督の前でするにはかなり際どい発言だった。

 どちらかと言うと、ギリギリアウトな発言だろう。

 しかしそれでも、この戦いで黒の騎士団側の味方をするつもりは無いと示す発言でもあった。

 

 

「……そう」

 

 

 静かに頷いて、青鸞は言った。

 

 

「なら、どうして」

 

 

 どうして、いつもの問いかけだ。

 その問いかけに、ランスロットの中でスザクは表情を翳らせる。

 どこか苦しそうなその表情は、先程自分が言った言葉に縛られているかのようだった。

 相手が間違っているからと言って、自分が間違った手段を取ったことを正当化できない。

 

 

 殺人、父殺し。

 正当化、出来ない。

 出来ない、けれど。

 

 

「どうして、兄様は」

 

 

 けれど、だからこそ青鸞は問いかけた。

 今度はただ、意味も無く問うだけでは無い。

 真実のピースを、集めた今ならば。

 

 

「あの人を、殺したの? それは」

 

 

 地外島で、真備島で、オオサカで。

 父ゲンブが、自分の心に生きているゲンブと同じで無いことを知った今ならば。

 いつもの問いかけに、もう一つ続けることが出来る。

 

 

 

「ボクを、ブリタニアに行かせ(さしださせ)ないため?」

 

 

 

 真実の、ワンピース。

 その欠片が、ひっそりと掌から零れ落ちた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 セキガハラからはずっと遠く離れたアッシュフォード邸、そのリビングのテレビは朝からずっとニュースを流し続けていた。

 そして流されるニュースは、セキガハラ決戦のことのみ。

 ブリタニア軍が植民地の反体制派と直に決闘する、初めてのケース。

 

 

『本日午後二時、ブリタニア政庁のエイカーソン首席広報官は、ブリタニア軍がセキガハラにおいて反体制派との戦闘を開始したことを正式に認めました。周辺は接近禁止区域に指定されており、今後も新たな情報が入り次第――――……』

 

 

 ここでブリタニアが勝てば、枢木青鸞の奸計によって世界に広がったテロの流れを挫ける。

 世界に拡散したグラスゴーの設計図は、ブリタニアにとって脅威だ。

 今すぐにテロが拡大するわけでは無いが、それでもテロリスト達は思うだろう。

 これで、ブリタニアに抵抗できると。

 日本人に出来たことが、自分達に出来ないはずが無いと。

 

 

 しかしここで、その日本の反体制派が一網打尽にされたなら。

 逆に世界のテロリストは沈黙せざるを得ない、やはりブリタニアには勝てないと知るだろう。

 つまり、ブリタニア軍の……シュナイゼルの狙いはそこにある。

 だからこそ、このセキガハラ決戦は帝国全体に影響を与える大戦なのだ。

 

 

「ま、まぁ、大丈夫だって! きっとさ、うん!」

 

 

 そんな根拠の無い何事かを引き攣った笑顔で言って、リヴァルは他の生徒会メンバーを見渡した。

 ルルーシュもスザクもいない今、彼は唯一の男子だ。

 そう言う所で気張るのが彼と言う存在であり、他の面々もそれを知っていた。

 だから彼女達は、それぞれ柔らかな表情でリヴァルを見るのだった。

 

 

「そうね、リヴァルの言う通り! それに私達が心配しても、どうしようもないものね」

「そうですよ、ね、ニーナもそう思うでしょ?」

「え? う、うん……」

 

 

 ミレイ、シャーリー、ニーナがそれぞれ続く。

 ニーナはどこかシャーリーの快活な笑顔に押されたようにも見えたが、それはそれでいつものことではあった。

 だからリヴァルも笑って、鼻先を指の腹で擦った。

 

 

 そしてその様子を、見ることは出来ないが聞いているナナリーは楽しげに聞いていた。

 自分に優しくしてくれる人達が、自分の傍で楽しそうに会話している。

 それだけで、ナナリーの胸は温かいもので満たされていった。

 

 

「じゃあ、これから何する? 何なら、ここにいない奴の秘密の話でも」

「お、良いね~♪ じゃあナナリー、さっそくルルーシュの恥ずかしい話を聞かせなさいよ」

「おわ、会長いきなりルルーシュの話行っちゃいます?」

 

 

 リヴァルの言葉にミレイが乗り、リヴァルが楽しげに身を乗り出す。

 シャーリーは何か言いたげにしていたが、火の粉が自分に降りかかるのが怖いのと、後は純粋な興味から黙っていた。

 ニーナは変わらずノートパソコンを前に何かをしている様子だ、画面には難しそうな物理公式が並んでいる。

 

 

「お兄様の恥ずかしい話、ですか?」

 

 

 うーん、と首を傾げる様子を、ミレイ達がワクワクとした表情で見ている。

 そんな若人達の様子を、咲世子は紅茶を淹れる用意をしながら微笑ましそうに見つめていた。

 今朝までは元気の無いナナリーを気にかけていたのだが、それもルルーシュからの電話があって以降は気にしていない。

 まったく、現金な主人を持つと大変である。

 

 

 遠くの地では戦争が起こっている、が、少なくともこのリビングは平和だった。

 ナナリーが、シャーリーが、ミレイが、リヴァルが、ニーナが、そして咲世子が。

 穏やかな時間を過ごすそこは、小さな楽園のようでもある。

 

 

「そうですね……お兄様は、実は昔」

 

 

 しかし、それも儚い夢のように消える。

 

 

「……」

「…………」

「………………」

「……………………」

 

 

 静寂。

 沈黙。

 静謐。

 

 

 全ての音が、不意に消えた。

 口を閉ざしたわけでは無い、事実、何事かを話そうとしたナナリーの口は開いている。

 他の者にしても同じ、開いている。

 ただし、開いているだけだ。

 

 

「……やれやれ、急に「門」を使ってまで僕を呼び出すから、何事かと思いましたよ」

 

 

 ナナリーが、シャーリーが、ミレイが、リヴァルが、ニーナが、そして咲世子が。

 まるで石像にでもなってしまったかのように、動かなくなってしまった。

 身体が固まって、まるで。

 

 

 まるで、時間が止まってしまったかのように。

 

 

 だがテレビは変わらずニュースを流している、動いていないのは人間だけだ。

 良く見ると、目を閉じているナナリーはわからないが、ミレイ達の瞳に変化が見えた。

 赤く輝いているのである、瞳の輪郭が薄く。

 まるでその光が、彼女らの身体の動きを止めているように見える。

 

 

「ありがとう。わざわざごめんね、ロロ」

「いえ、それが僕の役割ですから。それでどうします、殺しますか?」

 

 

 そんな中、動いている存在が2人。

 1人は少年だ、ロロと呼ばれた10代前半の小柄な少年。

 繊細な茶色の髪に薄い紫の瞳、暗殺者が着るような黒いぴったりとした衣装を身に纏っている。

 腰のホルスターには実際に拳銃が揺れており、瞳の冷たさと相まってすぐにも実行しそうだった。

 ただしその瞳、右眼には、鳥が羽ばたくような赤いマークが浮かんでいたが。

 

 

「いいや、アッシュフォードはいろいろと面倒だからね。シャルルに怒られるのも嫌だし、他は放っておいて良いよ」

「……そうですか、まぁ、貴方がそう言うなら別に構いませんけどね」

 

 

 ロロが興味無さそうにそう言うのを、傍らの少年……小柄で、子供にしか見えない少年は、どこか「やれやれ」とでも言うような表情を浮かべた。

 しかしそれも、彼の目が1人の少女を捉えるとすぐに消える。

 ナナリーと言う、その少女の姿を。

 

 

「さぁ、彼女を連れていかなくちゃ。計画のためには、不確定要素は少ない方が良いからね」

 

 

 そう言って、少年――――V.V.は、無邪気な笑みを浮かべるのだった。




採用兵器:
佐賀松浦党さま(ハーメルン):神鳴。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 ついに最終決戦が始まりました、はたしてどうなるのか。
 もはや原作の枠を超えて物語が進行しているので、私としても難しいです。
 さぁ、どうしようかなぁ。

 なお、活動報告にてオリジナル・ギアスを募集中です。
 よろしければ詳細確認の上、どうぞです。
 それでは、次回予告です。


『人は変わるよ、月のようにね。

 でも、変わらないものもある。

 その変わらないものは、きっと一番大切な何かで。

 それはきっと、誰にとっても同じで。

 だから、ボクは』


 ――――STAGE26:「王 の眼 の 女」

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