――――皇暦2018年、春。
神聖ブリタニア帝国領エリア11で起きた、前代未聞の決闘「セキガハラ決戦」から数ヶ月。
世界はやや静けさを取り戻したように見えて、しかしその実、僅かも静かでは無かった。
それは別に異なる国・民族同士の闘争を意味しない、同じ国・民族でも闘争は起こる。
主義・主張の違いから、利害・利益の違いから、人はどこででも争いを起こす。
そう、例えばそれは……世界中の国々に戦争を仕掛けている神聖ブリタニア帝国の中においてさえも。
「――――軍が来たぞ!」
神聖ブリタニア帝国本国東海岸の港湾都市、チャールストン。
ブリタニア最古の港町の一つとされるその港の水路には、古い要塞が存在する。
とは言えすでに放棄されて数十年、軍の部隊など存在せず、ほとんど見向きもされない文化遺産レベルの廃棄要塞だ。
「何ッ、軍が……まさか、例のマリーベルの部隊か!?」
「いや、どうやら違うらしい。普通の正規軍……」
「どっちでも良い、早急に資料を処分しろ! 各地の仲間のリスト、資金・資材の仕入れ記録、会合スケジュール、軍の手に渡ったら不味い!」
そしてだからこそ、それを隠れ蓑にする者もいる。
ブリタニア軍の目と鼻の先にまさか、と、灯台下暗しの精神を利用して潜伏する者達が。
しかし彼らは、植民地の独立を求める反政府武装勢力とは異なる。
何故ならば、彼らは生粋のブリタニア人だからだ。
人々は彼らのことを「主義者」と呼ぶ、ブリタニア人でありながらブリタニアの政策を批判する者達だ。
帝政・貴族制に反発する共和主義者とはまた違う存在であって、判別の難しい人々ではある。
しかしブリタニア軍にとっては、全てひっくるめて「叛逆者」である。
故にブリタニア本国の正規軍は彼らを取り締まり、時としてこのように部隊を送り込んでくるのだ。
「隊長、要塞跡地から砲撃が来ます!」
「来たか、主義者共め。やはり要塞を再武装化していたようだな、流石はブリタニア人と……ぐわっ!?」
チャールストンのもう一つの要塞跡地では――位置的に、水路の要塞から見て北側――チャールストン駐留の部隊が砲兵部隊を並べ、水路の中央に位置するサムター要塞跡地に砲撃を開始した所だった。
白煙を上げて煙を上げる要塞を見ていた彼らは、要塞側から反撃の砲撃が返ってきたことに驚いた。
着弾した敵方のリニアカノンの砲弾が花崗岩の床や壁を砕き、岩を砲兵の頭の上に降らせる。
「怯むな! 砲撃を続けろ!」
「しかし隊長、こちらの火力も十分とは言い難く……!」
「わかっている、大丈夫だ!!」
砲声と着弾の衝撃音に掻き消されないように大声で怒鳴りあいながら、部隊の隊長は空を見上げた。
古今東西、叛乱軍に無く正規軍が持つ戦力の一つ、航空戦力の到着を待っていたからだ。
そして3分後に、それは叶えられる。
西の空から来たU字型の黒い航空機は、ナイトメア輸送用のVTOL機だ。
「……って、たった1機じゃないですか!? たった1機のVTOLとナイトメアで、何が……」
「良いんだよ、アレで」
航空戦力が1機しか無いことに不満を叫んだ若い兵士を、40代らしい熟練の隊長が諌めた。
その顔に浮かんだ表情は、酷く複雑な物だった。
頼もしい何かを見るようでいて、同時にどこか怖がっているかのような表情。
彼の表情が、そのVTOL機のナイトメアの評価を如実に表していた。
頼もしくも恐ろしいと言う、評価を。
◆ ◆ ◆
1機のナイトメアが降下してきたことに気付いたのは、上空を警戒していた対空班の兵達だった。
実の所、ブリタニアでも旧式の75ミリ高射砲を4門しか持たない彼らは、本格的な空爆があればどうするかと不安に駆られていた。
しかし蓋を開けて見ればナイトメアが1機降下してくるだけで、彼らはほっと胸を撫で下ろした。
胸を撫で下ろして、そして安心して砲を上に向けて引き金を引いた。
分間50発の75ミリ弾が4門の砲口から放たれ、オレンジ色の軌跡を描きながら青空を引き裂く。
そしてその弾丸の大半は、上空から降下してくるナイトメアに向けられていた。
――――青空よりも濃い、濃紺の色にカラーリングされたその機体を狙って。
「……当たらないよ、そんな射撃」
コックピット・ブロック内で、1人の少女が呟きを漏らした。
シート型のコックピットに座る彼女は、メインモニターに映るオレンジ色の弾幕を静かに見下ろしながら、右手の親指の先で操縦桿のトリガーボタンを弾いた。
途端、空中にあった濃紺のナイトメアが躍動する。
両腰のスラッシュハーケンが勢い良く射出され、手足を動かし空気抵抗で機体の降下軸をズラす。
射出されたスラッシュハーケンは2つの高射砲陣地を寸分違わず撃ち抜き、白煙と共に粉砕する。
さらに空気抵抗と巻き戻しの勢いでさらに機体を動かし、残り2基の高射砲の弾幕を回避した。
そして、3基目の高射砲陣地の上に着地した。
高射砲が踏み砕かれる轟音の後、白煙舞う陣地の上で直立した。
「う、う……。あ、あのナイトメアは……!」
砕かれた陣地の中から這い出た兵士が、頭から血を流しながら濃紺のナイトメアを睨んだ。
その瞳は、チャールストンの砲兵部隊の隊長と同じ感情の色を宿していた。
ただしこちらは、恐怖のみである。
「ま、まさか、『ラグネル』……!?」
「『ラグネル』……あの機体が!? なら、パイロットは」
「な、ナイト……!」
濃紺のナイトメアが最後の高射砲陣地を巻き戻したスラッシュハーケンで潰す様子を見つめながら、彼らは戦慄と共にその名前を告げた。
濃紺のカラーリングが成された装甲、金色の関節部、背中に下げた2本の長剣。
第七世代相当KMF、『ラグネル』の名前を。
そして、そのパイロットの地位を示す言葉を。
「な、ナイトオブラウンズの……11番!」
「ナイトオブイレヴンッ!!」
「セイラン・ブルーバード卿!?」
ナイトオブラウンズ、それは皇帝直属の12人の騎士のことを指す。
ブリタニア皇帝にのみ忠誠を誓い、場合によっては皇帝の代理人として皇族や大貴族でさえ凌ぐ権限を有し、帝国の剣と謳われる最強の騎士達。
今の皇帝になってからは12の席が埋まることは無かったが、最近になって2つ埋められたことが知られている。
『皇帝陛下の名の下に、最後通告をします』
その内の1人が、濃紺のナイトメア『ラグネル』を駆るナイトオブラウンズの少女、「セイラン・ブルーバード」である。
若干16歳で帝国最強の騎士の称号を得た少女は、冷静な声で要塞跡地の叛逆者達に告げた。
その声は、どこまでも冷たい。
『降伏しなさい、今ならばまだブリタニア市民として……』
しかしその声が終わるよりも早く、ナイトメアサイズのライフル射撃が放たれた。
勧告を中止して、少女……セイランがラグネルの操縦桿を引いて回避行動を取らせた。
コックピットの中でついと黒い両の瞳を動かして、セイランは敵を見る。
すると要塞跡地の中から出てきたのだろう、サザーランド3機がそこにいた。
「……勧告を拒否した物と見なします、ならば」
背中の鞘から2本の剣を抜き、機体を後退から前進へと移行させる。
ライフル射撃を物ともせず、ラグネルが機体を左右に振りながら急速に距離を詰める。
「――――排除します!」
叫ぶ、左右の操縦桿を前後逆に押し、引いた。
するとラグネルのランドスピナーがそれぞれ逆回転し、機体をグルリと回転させる。
超信地旋回、まず右側のサザーランドの胴体を2本の剣を重ねるようにして薙いだ。
上半身と下半身が分かれ、次の瞬間に爆発して消えるサザーランド。
味方の撃破に怯んだのか、左のサザーランドが浮き足立つように後退した。
それを、ラグネルの剣は見逃さない。
頭部と腹部を貫かれ、1機目と同じように爆破炎上するサザーランド。
『ち、ちくしょおおおおおおおおおおおおおっ!!』
最後の1機は反撃する気概があったらしい、ライフルを掃射してくる。
それを避けるべく、ラグネルが跳躍する。
追いかけてライフルの銃口を上へ向けたサザーランドだが、次の瞬間には顔面部から叩き斬り伏せられることになった。
それはサザーランドの全長程もある長大な剣だった、MVSになっているのか刀身が赤く輝いている。
振り下ろしたのはラグネル、最後のサザーランドの残骸を踏みつけにしながら、すっかり抵抗の失われた要塞跡地を睥睨するように屹立する。
手にしていた大剣は、甲高い音を立てると元の2本の剣へと分離、姿を変えた。
二剣一身の機械剣『ガラティーン』、ラグネルの専用装備である。
「……任務完了、かな」
要塞跡地が白旗を掲げるのをメインモニターで確認して、少女……セイランはコックピットの中でほっと息を吐いた。
目元を柔らかく緩めると、まだどこか幼さを残しているようにも見える。
肩の下まで伸びた黒髪に黒い瞳、女性としての成長を始めたばかりの身体を覆う濃紺のパイロットスーツ。
決定的なのは、少女の顔立ちが明らかにアジア系であることだ。
ブリタニア帝国最強の12騎士の1人が東洋系の少女であることには、いろいろと事情がある。
だが彼女は今、ほぼ己1人の力で要塞跡地を制圧して見せた。
腕前は確かで、だからこそ敵味方からも恐れられているのだ。
しかし当の本人は、至って普通の少女のように柔らかな微笑を浮かべて。
「予定よりも早く終わったから……帝都に戻って、アーニャとショッピングに行く時間くらい、あるかな?」
そんなことを、言ったのだった。
――――皇暦2018年、春。
静けさとは程遠い世界の中で、
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
ナイトオブイレヴン、ラグネル、そしてセイラン・ブルーバード。
いったい彼女は何者なのか、どうして東洋人がナイトオブラウンズの一員になっているのか、いやさエリア11はどうなっているのか、何もかもが謎のヴェールに包まれたプロローグでした!(ツッコミは受け付けます)。
と言うわけでR2編、次回は原作を踏襲して1部を無かったことにしたように第1話を展開したいですね。
そして、次回予告です。
『ボクはセイラン、ブリタニア帝国の剣。
帝国の敵はボクの敵で、皇帝陛下の敵がボクの敵だ。
だけど、どうしてだろう。
時折、わからなくなる。
ボクは、いったいいつから――――?』
――――TURN1:「ナイト オブ ラウンズ」