同じ帝都ペンドラゴンとは言え、市民居住区と離宮群ではまるで趣は異なる。
緑豊かな山々の稜線、森や湖が広い範囲に点在する自然の中に、ノスタルジックな城館が溶け込むように建ち並んでいる。
皇族達が暮らす離宮群は、さながら中世で時間が止まっているかのようだった。
そしてその内の離宮の一つ、ベリアル宮。
セントダーヴィン通りと呼称される離宮群のメインストリートに所在するその離宮は、現在、ただ1人の少女のために使用されていた。
その少女の名はナナリー・ヴィ・ブリタニア、第87皇位継承権の皇女。
彼女は今、己の無力感に苛まれるだけの日々を送っていた。
(お兄様……)
ベリアル宮、そのバルコニーの一つにナナリーはいた。
アッシュフォード学園の頃と変わらない車椅子、しかし纏っているのはアッシュフォード学園中等部の制服では無い。
白地に赤いリボンを添えたワンピースの上に薄桃色の上着を重ねたデザインのドレスで、小柄な少女の身には良く似合っていた。
「……ノエルさん、シュナイゼル兄様からは何か」
「いえ、何の連絡もございません」
バルコニーからセントダーヴィン通りを見下ろす――ナナリーの目は閉ざされているが――位置に座るナナリーに声を返したのは、彼女の傍に立つメイドだ。
薄紫色のショートカットに、シックな侍女服をもってしても隠し切れない抜群のスタイル。
サラリと風に流れる髪に白のヘッドドレスが可憐さを見せているが、どちらかと言うと凛々しさの強い美人だ。
元はアッシュフォード家縁の子爵家の令嬢だったとのことだが、主家の没落と共に家を取り潰されており、行儀見習いに来ていたアリエス宮にそのまま侍女として居ついた人間だ。
つまり8年前、マリアンヌ后妃殺害事件に居合わせていた1人である。
敬愛していたマリアンヌ后妃の死後は無人となったアリエス宮を1人で管理していたが、ナナリーの「帰還」に合わせて勅命を受け、こうしてナナリーに仕えているのである。
「僭越ながら、ナナリーお嬢様。シュナイゼル殿下にあまり過度な期待をお持ちになるのは……」
「わかっています、我侭を言っているのは。でも……」
閉じた瞳で空を見上げて、ナナリーは溜息を吐いた。
「……でも、私はどうしてここにいるのでしょう?」
それは、ナナリーがここ数ヶ月感じていることだった。
ここは故国ブリタニア、ナナリーがそこにいること自体は何ら不思議では無い。
しかし、ここにいることがナナリーには不思議で仕方が無かった。
留学と言う形式はとっていても、8年前に事実上追放された土地にいることの不思議。
そして何より、8000キロもの距離をどうやって移動したのか。
自分はエリア11にいたはずなのに、目を覚ました時にはここにいた。
おかしい、絶対におかしい、何かおかしなことが自分の身に起こったのは確かだった。
おまけに、兄ルルーシュを含めてエリア11の人々と連絡を取ることを禁じられ……軟禁である。
実兄シュナイゼルは何とかしてくれるとは言っていたが、ノエルの言うように期待薄だ。
「ここにいるのがお嫌ならば、何かなさればよろしいでしょう」
「……でも、私には何も出来ませんから」
何かをすると言うことは、ナナリーには酷く難しいことだった。
肉体的にも、そして精神的にも。
より問題なのは、どちらだろうか。
「しかし……ッ、何者ですか!」
言葉を重ねようとしたその刹那、ノエルは足裏を滑らせてナナリーの右斜め前に立った。
専属侍女が護衛を兼ねるブリタニアにおいて侍女が主君の前に出る理由はただ一つ、主君の身を守ろうとする時だ。
侍女服の両袖からストンと落ち、一回転して掌の中に収まったのは20センチ大の針だった。
中央に中指を通す輪があり、指を通して握ることで武器とする暗器だ。
「ご安心を、その御方に……ナナリー様に危害を加える意思はありません」
目の見えないナナリーは困惑するばかりだったが、しかしその声には喜色を浮かべた。
何故ならばその声には覚えがあったからだ、そう、アッシュフォードの家で7年間共に過ごした家族。
名前を。
「咲世子さん!」
「ご連絡が遅くなり申し訳ありません、ナナリー様。篠崎咲世子、ただいま参りました」
「……お知り合いですか?」
「はい! でも、どうしてここに……?」
ちなみにノエルが訝しげな声を上げるのは、初対面であること以上に、そして誰も入れないバルコニーの手すりの上に立っていること以上に、おそらく咲世子の衣装の方に意識が行っているからだろう。
黄色いマフラーに白のニーハイブーツ、そして白と藤色のレオタードのような衣装。
咲世子が真面目な顔をしている分、そのギャップがあまりにも強すぎた。
しかし咲世子自身はそれこそ真面目な顔で頷き、ナナリーに告げた。
「ルルーシュ様よりのご伝言をお持ちしました、どうか心してお聞きくださいませ」
「お兄様の……!」
そして、ナナリーの時間が再び動き出す。
今度は、舞台上の役者の1人として。
◆ ◆ ◆
一方で、ナナリーとは別の意味で思い悩む少女がいた。
セイランと言う名のその少女は、帝都ペンドラゴンでも貴族や高級官僚が住まう住宅街に送迎用のリムジンから降り立った所だった。
当然、そこが彼女の「家」だからだ。
だからこそ、玄関の前で顔を覆うバイザーを外したのである。
貴族や高級官僚が住むにしては小さく古く、そして住宅街の端に所在する邸宅。
両親も親族もすでに亡い、それでもこの「家」は幼い頃から過ごしてきた「思い出の場所」だ。
白い壁も、家と同じだけの時間を経た家具に包まれたリビングも寝室も、バルコニーもお風呂場も。
今はもう1人しかいない、唯一残った「家族」との「思い出」の空間なのだから。
そしてその「家族」は、セイランが玄関の扉を開けるとやってきた。
「姉さん、おかえり!」
「ただいま、ロロ」
飛び出してきた年下の少年を抱き留めながら、セイランは苦笑しつつ後ろ手に扉を閉めた。
騎士服姿のセイランの胸元に飛び込んで来たのは、14、5歳程の薄い茶髪の少年だ。
セイランの口から出た名前はロロ、セイランのたった1人の「弟」である。
線の細い見た目通りに幼い頃は良く苛められていたが、今こうしてナイトオブラウンズに数えられる程の実力を持つセイランが、その片鱗を見せつけて守ってきた。
「姉さん、今日はどんなお仕事をしてきたの?」
「ボクとしては、ロロの学校での話が聞きたいんだけどな」
「姉さんの話が良いよ、久しぶりに帰って来たんだから」
「うーん……」
自分の脱いだマントを甲斐甲斐しく持つロロに苦笑しつつ、セイランは騎士服の胸元を緩めた。
流石に「家」でまで騎士服ではいられない、自室に戻り着替えに入る。
そして流石に着替えを弟に見せる趣味は無いので、仕切り越しに会話を続ける。
「明後日、また帰れなくなるかもしれない。詳しいことは機密だから言えないけど、まぁ、皇帝陛下主催のパーティに参加しなくちゃいけなくなっちゃって」
「パーティ? こんな時期に?」
「うん、まぁね」
仕切りの上にかけた騎士服が向こう側に消えて、代わりに部屋着に使っている青のワンピースを手に取る。
仕切りの向こう側にいるロロが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているのだが、何だか姉弟で役割が違うような気がしてならない。
しかし姉弟だからと言って、ラウンズの機密を漏らすことは出来ない。
死んだと思われた皇子が戻ってきたと言う、そのことはまだ話すことができないのだ。
明後日のパーティの席で公表されるまでは、まだ。
「良いなぁ、ねぇ、僕も行けないかな。姉さんの同伴とか」
「同伴って、どこで覚えたのそんな言葉……ごめん、無理なんだ。ラウンズの親類でも、流石にちょっとね」
「ううん、良いんだ。我侭を言った僕が悪いんだから」
寂しい思いをさせているな、と思う。
ラウンズにいるおかげで生活に不自由はしないが、しかし弟を1人にしているのも事実。
セイランとしては、少し胸を痛めざるを得ない問題だった。
「兄弟」には、優しくしなければならない。
胸の奥からこみ上げている感情に、セイランは驚くほど素直であろうとした。
「それよりロロ、少し遅くなったけど晩御飯にしようよ。久しぶりだから、腕によりをかけて作るからね」
「え……い、いや、姉さん。今日は僕が作るよ、姉さん疲れてるだろうから」
「大丈夫大丈夫、お姉ちゃんそこまで柔じゃないから」
「え、えー……っとぉ、その」
「姉」と、「弟」。
その家は広く寂しいが、それだけは事実だった。
温かな光景は、本物のように輝いていた。
◆ ◆ ◆
「姉」と寛いだリビング、「姉」と調理したキッチン、「姉」と話した衣裳部屋。
それは本物のように見えて、その実、全てが虚偽だ。
ロロと言う「弟」は、そのことを知っている。
知った上で、彼はセイラン・ブルーバードの「弟」としてここにいるのだ。
「……ええ、ルルーシュを見ても記憶はそのままみたいです。変わった様子は見受けられません」
ロロ・ブルーバードと言う名の「弟」は、「姉」と共に過ごしていた時に見せた楽しげな笑顔は全て消し去った状態でそこにいた。
無表情な顔に浮かぶのは感情の無い冷たい瞳、耳に当てた携帯電話の向こうへ告げる声も冷え切っている。
ちらり、と、照明の消えた部屋でロロは天井を見上げる。
その向こうでは、「姉」が久方ぶりに「自室」で就寝していることだろう。
それは、全ての事情を知る者からすれば滑稽ですらあった。
目を一度だけ細めて、ロロは正面へと顔を戻す。
「……いえ。それより、僕はパーティ会場にいなくて本当に良いんですか? ……ああ、そちらで監視の人員を、なるほど。なら僕は、ここで姉さんの……いえ、枢木青鸞の帰宅を待つことにします」
偽者の「弟」は、携帯電話の向こうに冷たく告げた。
「ええ、わかっています。もし記憶が戻り、アレも機能しているのなら……もう一度、僕が撃ちます。でも、もし間違って殺してしまっても、文句を言わないでくださいね――――V.V.」
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの帰還。
そのたった一手によって、数ヶ月間の平穏が音を立てて崩れ去っていく。
多くの者に望まれた崩壊とは言え、それはあまりにもあっけなく終わりへと疾走を始めた。
そしてこれは、たった1人の少年が望んだ状況なのだった。
◆ ◆ ◆
ルルーシュは、苦笑と言う感情を久しぶりに感じていた。
8年前に死んだはずの皇子が実は生きていた、つまりルルーシュがブリタニアに戻ればそれなりの反応があるだろうと言う覚悟はしていた。
しかしである、まさかその日の夜の内に刺客を送り込んでくるとは思わなかった。
「さて、誰の差し金かな。ガブリエッラ后妃と懇意にしていたカリーヌの実家あたりか……少なくとも、あの男自身が、と言うことは無いな。何故なら……」
照明もつけていない、とりあえずの寝所としてあてがわれた離宮の一室。
そのソファの上に足を組んで座るルルーシュは自然体そのもので、寛いでいると言っても良かった。
黒い衣装が闇に映えて、少年の美しさを一層引き立てているように見える。
しかしである、客観的に見て、彼はそんな悠長に構えていて良いわけが無かった。
何故なら肘掛けに肘を置き小首を傾げながら顔を上げた先には、銃口があるのだから。
全身黒ずくめと言うのは、古今東西の刺客のお約束の衣装ではある。
ルルーシュの寝室に入り込んできた刺客は3人、1人は出入り口を塞ぎ、残りの2人はバルコニーから侵入してルルーシュの前にいる。
黒い覆面で顔を覆ってはいるが――――両目が、外気に晒されている。
「……ギアスのことを、知らない」
「……?」
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる――――」
左眼に素早く触れたかと思えば、次いで赤い輝きが放たれる。
赤い鳥が飛翔するように、それは力となって現実世界に顕現する。
絶対遵守の、ギアス。
「お前達は、死ね!」
目の前の2人の人間の世界の理が、歪められる。
それはまるで真理のように響き、歪められた精神が叫び声を上げる。
従え、と。
「「イエス・ユア・ハイネス……!」」
銃声、倒れる2つの音。
残ったのは当然、黒髪の皇子である。
出入り口を塞いでいた最後の1人は、何が起こったのかわからなかった。
わかりようも無い、ルルーシュの言葉に従って仲間が自殺したのである。
いかに訓練された暗殺者と言えども、許容できるような状況ではなかった。
しかも後ろの扉が開き、背中に銃口のような物を押し当てられた後では、余計に。
恐る恐る後ろを振り向けば、そこにいたのは緑髪の少女だった。
若い、そして人形のように美しい少女。
しかし少女であろうと、その手に銃があるならそれは脅威だった。
「おい、五月蝿いぞ」
「ふん、文句ならそいつらに言ってくれ。俺だって迷惑しているんだからな……さて」
気が付けば、自分達が暗殺するはずだった少年が目の前に立っていた。
すぐ目の前、まさに目と目を合わせての距離に。
美しいはずの少年の顔が、今は無性に恐ろしく見えて仕方が無かった。
どんな拷問にも耐え得る訓練を受けた暗殺者が、今はただ得体の知れない恐怖に身を竦ませている。
だから少年は、ルルーシュは微笑んだ。
柔和に微笑み、しかし言うのだ。
情け容赦なく、微笑みながら……左眼は、赤いままで。
「話せ……お前のバックボーンを」
そして、また1人の世界が捻じ曲げられた。
◆ ◆ ◆
すっかり静かになった寝室、ルルーシュは元の椅子に足を組んで座っていた。
その表情はどこか余裕があるように見えて、その実、かなり不機嫌であることが見て取れた。
あえて言うのなら、宝を前にしつつ手を出せずにいる海賊のような顔であった。
「随分と不機嫌そうだな、暗殺者を送り込まれたのがそんなに不服か?」
「別に不服では無いさ、俺が皇子として戻ればどうなるか。そんなことはここに来る前に36通りは考え付いている」
片手を振り、アッシュフォード学園でそうしていたようにルルーシュのベッドの上を占拠しているC.C.にルルーシュはそう言う。
実際、反動はいくらでも予想できた。
エリア11で皇子帰還宣言をしなかった理由は2つあるが、その内の1つにミレイの実家であるアッシュフォード家を巻き込まないためと言うのがある。
そしてブリタニア本国で姿を現すことで、エリア11にいる「ゼロ」と「ルルーシュ皇子」をイコールで繋げないための策。
本国において「ルルーシュ=ゼロ説」が蔓延していれば打てなかった手だが、この数日の潜伏でルルーシュはその可能性が限りなく低いと判断していた。
これはあの日、神根島で青鸞が止めてくれたからこその成果であると言える。
「『ギアス』、『コード』……そして、『
コツコツと指先で椅子の肘掛けを叩きながら呟くルルーシュの横顔を、C.C.はベッドの上で自分の腕に顔を埋めながら見つめていた。
半年前、あのセキガハラ決戦の最中、そしてその後、撤退戦の中でC.C.から聞き出した諸々の知識。
全てでは無い、話していないことももちろんある。
しかし今のルルーシュは、半年前に比べてより周到に、より知性的に、より実践的に策を練っている。
何故かと言えば、敵……すなわちシャルル・ジ・ブリタニア側の戦力の一端を知ったからだ。
だから彼は黒の騎士団を使った正面決戦の方針を転換し、それを維持しつつ、こうして「皇子の帰還」と言う奇策を使ったのだから。
「さぁ、返して貰うぞ、シャルル・ジ・ブリタニア。ナナリーを、そして青鸞を……!」
「だがどうする、お前は内々で皇位継承権を剥奪された身だろう。御前会議の場では有耶無耶になっていたが、少なくともナナリーや青鸞へ面会の申請をしても通らないだろう」
「ふん、その点は問題ない……と言うより、すでに枢密院周辺への仕込みは済んでいる」
そう言って振り向いたルルーシュの左眼は、赤く輝いている。
オンオフの切り替えが出来なくなったそれは、普段はC.C.がどこぞから用意した特殊なコンタクトレンズで抑えている。
「俺の力は、むしろそうしたことに長けているのだからな」
「……頼りすぎるのは、どうかと思うが」
「使うだけだ、必要な時に」
とは言え、状況は必ずしもルルーシュに有利とは言えない。
会議の場でみかけた彼女の様子を見れば、そのくらいのことはわかる。
しかし、上等である。
ルルーシュは不敵に笑う。
敵は強大、味方は寡少、しかしそんなことは生まれた時から当然のことだった。
その中で生き延び、勝利すること、それはルルーシュにとって己のルーツにも等しい。
その意味では、彼はやはりブリタニア的だった。
「C.C.、潜伏させている奴らへ作戦案を伝えておけよ」
「ああ……それは良いが、結局アイツはどうするんだ?」
相も変わらず冷めた声音で、C.C.は問うた。
続けられた言葉に、ルルーシュははっきりと顔を顰めたのだった。
「あの男――――枢木スザクのことは」
◆ ◆ ◆
枢木スザクと言う少年は、関係者の中で最も立ち位置が判然としない少年だった。
そしてこの少年の最も救い難い所は、それを自覚している所だった。
それを自覚してなお、今の地位にしがみ付いているように見えるからだった。
それでも彼が膝を折らずにやってこれたのは、正当なルールに従うべき、と言う思いが彼を支えていたからだ。
しかし最近では、それもスザクを支えるに十分な支柱とは言えなかった。
何故ならば、彼の心は
『妹を守れ』
そう彼に命じた仮面の男、ユーフェミアがルルーシュだと断じた彼のギアスによって。
このギアスによって、彼もまた監視される身となった。
偽りの功績によって得たナイトオブラウンズの地位も、それを誇れる気持ちにはなれなかった。
何故ならそれは、枷のように彼の身に圧し掛かってくるものだったからだ。
――――自分は、間違っていたのだろうか?
間違った手段で得た結果は、日本の戦争敗北と占領と言う最終的な結果を突きつけてきた。
だから、間違った手段で得たものには意味が無いと思った。
しかしユーフェミアは言った、ならば別の正しい方法を証明しなければならないと。
その結果が、ギアスの力で創る平穏の世界……とも、思えない。
(……なら、僕にとっての正しさとは何だろう……?)
正義とは、世界とは何なのか。
ギアスとは、友情とは――――愛とは。
いったい、何だと言うのだろう。
正しいとは、何をもって正しいと証明すべきなのだろうか。
テロでもなく、軍事力でもなく、ギアスでもなく。
どのような手段でもって、正しいと叫べば良いのか。
考えることが苦手なくせに、一度考えると泥沼に嵌まって抜け出せなくなる。
枢木スザクと言う少年の、これは悪癖だった。
「――――枢木よ」
「は……」
玉座に座る老皇帝が放つ重低音の声を、スザクは膝をついた体勢で聞いた。
「ユーフェミアがこちらに必ずしも従わぬと言う現状、アレがゼロの仮面の下であったかどうかはわからぬ。しかし九分九厘まではそうであろう、故に枢木よ、主として汝に命じる」
シャルル・ジ・ブリタニアの放つ雷のような声は、謁見の間に轟くようだった。
「彼奴は必ず枢木青鸞に接触し、その記憶を解き放とうとするだろう。そしてもしそれを成し得たのであれば、全ての事象の九分九厘までは決する」
「…………」
「枢木青鸞が記憶を取り戻したのならばアレにももはや用は無い。故に枢木よ、明後日のパーティに出席して彼奴を見張り、しかる後に傍におるだろうC.C.を得、そして――――」
――――アレを、殺せ。
主君の命令は絶対である、ましてそれが皇帝の命令とあれば逆らいようも無い。
しかしスザクの胸の内には、興奮も拒絶の感情も無い。
何故なら彼は悩んでいて、己の道を定めていないからだ。
信念はギアスにより歪み、寄る辺となる何かを失った彼。
「……イエス・ユア・マジェスティ」
枢木スザクは、未だ己の道を定めていなかった。
提示されている道は2つ、1つは親しい者達を裏切る道。
もう1つは、己の主君と過去の信念を裏切る道。
いずれにせよ、誰かを裏切らなければならない。
それはまるで、何かの
◆ ◆ ◆
誰に望まれたわけでも無く、その日はあっさりとやってきた。
ブリタニア皇帝主催で行われるパーティ、しかしその場にはどう言うわけかシャルル自身の姿は無い。
まぁ、元々シャルルはそう言う皇帝であるので、今さら気にする者もいなかったのだが。
しかし、疑念は生まれる。
このような中途半端な時期にパーティとは、いったい何だろうかと。
パーティ自体は比較的軽い雰囲気の立食パーティであって、皇族・貴族を含めた政官財のトップが集まるこの状況からすると、経済ミッションでも始まるのかと勘繰りたくもなる。
だがそう言う趣旨ではなく、重大事を発表するとしか伝えられていない者が大半なのだ。
(((陛下の申された重大事とは、はて、何であろうか……?)))
EUとの戦争が拡大の一途を辿る現在、まさか中華連邦に攻め込むと言うわけでもあるまい。
植民エリア各地で頻発するテロに関するものか、それとも先年から宰相府や枢密院の意思を離れて独自路線を進むエリア11のユーフェミア代理総督のことか、あるいは行方不明のコーネリアが見つかったのか。
シャンデリアと赤絨毯に彩られたパーティ会場には、人々の噂する声が絶えなかった。
「いや、それにしても良かったよ。ナナリーが戻った時にもしかしてと思ったけれど、やはりルル……おっと、私の弟は生きていたんだね」
その中で唯一、朗らかな笑顔を浮かべている男がいる。
ブリタニア帝国第1皇子、オデュッセウス・ウ・ブリタニアである。
数多くいる皇室の兄弟達の長兄であり、次期皇帝レースで最有力と目される存在であるのだが、本人は奇跡的なまでに善良で温厚な人間だった。
能力は凡庸だが、人から恨まれることが無いと言う類稀な資質を持つ皇子だ。
「ええ、まぁ……。それにしても、どうやって……」
「……帰ってこなくても良かったのに」
「2人とも、そんな顔をしないで。ナナリーの時にも言ったけれど、仲良くしないと……」
困ったような顔でオデュッセウスが話かけたのは、彼の2人の妹だった。
帝国第1皇女であるギネヴィアと、第5皇女のカリーヌである。
ギネヴィアは長身に胸元が大きく開いた紫のドレスの女性、カリーヌは赤い髪を大きな髪飾りで2つに束ねた少女だ。
どうやらこの2人は――というより、ほとんどの皇族にとってもそうだが――ルルーシュの帰還は迷惑以外の何者でも無かったらしい。
次期皇帝への競争相手が戻ってきたと言うこと以上に、毛嫌いしている様子ですらある。
とは言えこの2人もオデュッセウスには弱いらしく、表立っては彼の言葉に頷いてみせる。
このあたり、オデュッセウスの資質が良く現れているとも言えた。
「それにしても、近衛兵達の様子がいつもと違いますわね」
ふとギネヴィアが不思議そうに壁際の兵達を見る、
しかしいつもと違い、顔が見えない。
視線を遮るように黒いバイザーをつけていて、正直なところ気味が悪かった。
しかしギネヴィアと異なり、その理由を知るある少年はパーティ会場の扉の前で笑みを浮かべた。
最初と異なり、門兵も視線を遮るバイザーを身に着けている。
それを見て、彼は笑った――――なるほど、ギアス対策か、と。
だが、こうも思う。
(……すでに、遅いさ)
そして、扉が開く。
全てを取り戻すための戦いが始まる、そう言う扉が開く。
幼い頃に逃げ出した、魑魅魍魎の跋扈する場へと。
「神聖ブリタニア帝国第11皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様、ご入来!!」
彼は、帰ってきたのだから。
◆ ◆ ◆
――――その少年を見た時、やはり少女の胸には言いようの無い苦しみが生まれていた。
8年ぶりにブリタニア皇室に帰還した皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
特に交流があるわけも無いのに、彼の姿を認めた途端、セイランは己の胸がザワめくのを感じていた。
(ルルーシュ殿下……か)
第11皇子にして第17皇位継承者、死んだと思われていた少年。
その生還を祝して皇帝陛下が主催したパーティ、会場では第1皇子オデュッセウスが皇帝陛下の名代としてルルーシュ皇子の帰還を発表して以降、様々な憶測や噂が飛び交っていた。
母后マリアンヌの死の直後――テロリストの凶弾に倒れたと聞く――戦争直前の日本へ留学し、さらに直後のブリタニア・日本戦争の混乱の中で命を落とした……はず、だったのだが。
その少年が今、ごく自然な形でブリタニアの皇室や貴族の輪の中で歓談している。
正直、セイランは驚きをもってその様子を見ていた。
帰還したとは言えほぼ新参者、温厚なオデュッセウスが間に立っているとは言え、輪に入って和気藹々と出来るような世界では無いはずなのだが。
(どうしてだろう……初めて会った気がしない)
そう、初めて会った気がしない。
ルルーシュ皇子が皇族・貴族の輪の中に入れていることも不思議だが、それ以上に自分の気持ちの方が不思議だった。
何の交流も無い皇族のはずなのに、どうしてだろう、ずっと前から知っていたような。
「お、いたいた。セイラーン!」
思考の海に沈んでいると、聞き覚えのある声に呼ばれた。
振り向けば頭に思い描いていた通りの人物が2人、そこにいた。
ジノ、そしてアーニャである。
アーニャは手にしていた携帯電話でセイランを撮った、フラッシュに目を瞬かせるセイラン。
「アーニャ、ここ撮影禁止だよ?」
「……そう」
「わかってくれたなら良いよ、それはそれとして……ヴァインベルグ卿、何ですかそのお皿は」
「うん? ちゃんと取った分は全部食べるぞ?」
「そう言う問題じゃ無いと思うんですけど……」
呆れるセイランの目の前には、料理が山盛りになった皿を手と腕を器用に使って6枚も持っているジノがいる。
とても貴族出身とは思えない姿だが、しかしそんな姿も絵になってしまうあたり、嫌味ではある。
「ま、一応出てきたけど、俺らの仕事なんてまず無いだろ?」
「それは、まぁ……でもお仕事はちゃんとしないと」
「セイラン、マジメ」
「何故か褒められた気がしない……」
その後、一緒にデザートでもと誘われたセイランだが、断った。
表向きは「仕事しましょう」なわけだが、実際は単に1人で考えたかっただけだ。
胸の中の、もやもやについて。
しかしセイランは不幸の星の下に生まれているのだろうか、あるいは単純に目立つのか、誰かに放っておかれると言うことが無かった。
と言うのも、ジノやアーニャと入れ替わるようにして、別の人間が彼女に声をかけてきたからだ。
それも、出来れば出くわしたくない相手に。
「臭い臭いと思ったら、穢れた血の雌豚がパーティに紛れ込んでいたのか」
不意に、セイランは身を固くした。
身構えたと言っても良い、離れていても耳を舐めるような声が聞こえればそうならざるを得ない。
その男、ルキアーノ・ブラッドリーが近付いてくれば。
「ブラッドリー卿」
「おや、豚の鳴き声が聞こえたかなぁ、んん?」
「…………」
言外にセイランの言葉など聞こえないと宣言するルキアーノ、同じラウンズの騎士服は着ていても、2人の間には巨大な溝が存在していた。
それを埋める努力が必要だと言う者もいるだろうが、この2人の場合それは不可能だった。
そもそも、存在する立ち位置が異なるのだから。
そしてセイランは、ルキアーノと言う男が人目を憚るような性格をしていないことを知っている。
加えて武装持ち込み厳禁のパーティ会場であっても、油断の出来ない性格であることも。
しかし、彼女がルキアーノとそのまま向き合うような事態にはならなかった。
「あ……」
目の前に黒いマントが翻り、セイランが小さく声を漏らす。
薄い茶色の髪に覆われた後頭部に目を丸くすれば、セイランをルキアーノの視界から隠したスザクは目を細めて目の前の吸血鬼を見据えた。
その目には容赦の色は無く、数秒の睨み合いの末、誰かに呼びかけられたらしいルキアーノの側から視線を外してどこかへと消えてしまった。
「あの、枢木卿」
遠ざかるルキアーノの背中に視線を向けていたスザクは、不意の声に僅かに顎先を上げた。
そんな彼に、セイランは不思議そうに首を傾げて尋ねる。
それは前々から、気になっていたことだったからだ。
「どうして、いつも庇って頂けるのでしょう?」
「……また、どうして、か」
「え?」
返答があったことにも驚いたが、言葉の意味を図りかねてセイランはさらに首を傾げる。
また、どうして?
スザクに対して何かを聞いたのは今回が初めてのはずだが、以前に……。
――――どうして、兄様――――
……どこ、かで。
どこかで、そんなことを言っただろうか。
僅かに重みを増した胸の苦しさに、セイランの表情に陰が生まれる。
それを気配で感じたのか、スザクは彼女に。
「枢木卿、少々よろしいでしょうか」
「……ああ、今行く」
近衛兵に声をかけられ、スザクはセイランに背を向けたまま歩き出した。
結局、彼は彼女に何も言わなかった。
かつてと同じように、結局。
何も言わずにいることが、スザクにとっては……。
……一方で、客観的に見れば
そこにいたのはロングスカートの軍服を着た女性である、深いスリットから僅かに覗く太腿が艶かしい。
年齢は20代半ば、胸元に揺れる十字架のシルバーアクセは何かの嫌がらせだろうか。
「何か用か、アルト」
「いや、特に用は無いよ、ルキア君」
小皿に盛った料理を淑やかかつ大胆に食す彼女は、あっさりとそう言った。
アルトと言う名前は女性の名前ミドルネーム、名前で呼ばないのは彼女の本名がルキアーノと若干被っているためだ。
ルキア・A・C・ロレンス、薔薇を家の象徴に持つ高位貴族の長子でもある。
ルキアーノとは幼馴染の関係であり、上司と部下の関係であり、それ以外の何かだった。
顎のラインにかかる程度の髪の色は銀、光の加減で金にも見える不思議な色合いだ。
瞳は銀灰色がかった水色、やや垂れ目、シャープな顔立ちの中で料理を口にする唇が妙に目を引いた。
上着の下はハイネックで首までガードしているのだが、柔らかでありながら張りのある双丘が衣服を押し上げていて、かえって異性の視線を惹き付けているのだった。
「そう睨まないでよ、キミのためでもあるんだよ?」
「どういう意味だぁ?」
「いや、流石に陛下主催のパーティで問題を起こしたら、謹慎とか喰らうかもしれないじゃないか」
ごくん、と肉料理をゆっくりと飲み込みながら、アルトは笑みと共に告げた。
「そうしたらフランス上陸作戦に参加できなくなって、キミの大好きな人殺しが出来なくなっちゃうだろう? それはちょっと、頂けないんじゃない?」
「……あぁ、そうだなぁ。白ロシア戦線はすぐに終わってしまったから、血を啜り足りない。あんな雌豚のせいで戦場を逃すなんて、そんなのは確かに無しだなぁ」
「でしょ?」
それはそれは素敵な笑顔ではあったが、言っていることは物騒なことこの上無い。
その上で、アルトはちらりとルキアーノがちょっかいをかけていた少女、バイザーで顔を隠したラウンズへと視線を向ける。
別に今さら日系人を差別する気も無いが、気になるのはなるのだった。
何しろ、功績不明なままラウンズに入った変わり種だ、気にするなと言う方が難しいだろう。
「おや?」
しかしラウンズの少女は、何やら朱色の髪の少女と何か揉めている……のとは違うか、朱色の髪の、赤いドレスの少女の身体を支えていた。
どうやら病人に出くわしたらしい、間の悪いことだ。
吸血鬼に魅入られたせいかな、などとくだらないことを考えて、それ以降アルトはセイランのことを視界から外した。
◆ ◆ ◆
面倒なことに巻き込まれた、とは思わないが、それでもいささか困惑している。
今のセイランの様子はまさにそれであって、しかし真面目に事態に対処するのが彼女の彼女たる所以であると言えた。
具体的には、パーティ会場で具合が悪くなったらしい少女を介抱したりだとか。
「大丈夫ですか? もし無理そうなら、宮廷医を呼びますが……」
「はぃ……」
テラスに手をつき口元に手を当てている少女――朱色の髪と赤いドレスが印象的な――の背中を撫でながら、可能な限り穏やかな声音で声をかける。
よほど具合が悪いのか返答は少ないが、パーティの喧騒から少し離れてテラスに出たのが良かったのか、最初に比べれば少しはマシな顔色になったような気がする。
それにしても、社交界でも稀に見る美人だな、と思う。
朱色の髪は鮮やかで目を引くし、目鼻立ちの整った顔は薄い化粧で彩られ、さらには真紅のドレスの端々から覗く肌は健康的な色気を放っていて眩しい。
スれてなさそうな潔癖な雰囲気とも相まって、ブリタニアの社交界では本当に珍しい。
年の頃は16か17のように見えるから、今日が遅めの社交界デビューなのかもしれな……。
「……本当に、何も覚えてないのね」
「え?」
不意に少女が声を上げてセイランは首を傾げた、その目が真ん丸く見開かれている。
何しろそれまで具合悪そうに背を折っていた少女がしゃんと背筋を伸ばし、キビキビとした動作で振り向いたからだ。
垂れ目気味だったはずの目がツリ目に見えるのは、流石に気のせいだろうが。
「カレン」
「え……と?」
「私はカレン、半年前に会ってる、覚えてない?」
「あ、名前ですか、これは…………ええと」
苦笑で困惑を誤魔化して、セイランはカレンの言葉を反芻する。
カレンと言う名前にはいくつか覚えがあるが、目の前の少女には覚えが無かった。
消去法で考えれば、おそらくエリア経営に名声のあるシュタットフェルト家あたりが当たりだろう。
まぁ、いずれにせよセイランには関わりが無い。
何しろ彼女は、ラウンズの中でも社交の場には出ない方だからだ。
しかし、向こうに覚えがあるのにこちらに無い、と言うのは失礼極める話だ。
ただでさえこちらは顔を隠しているのだから、余計に。
特に相手が貴族となれば失礼ではすまない、セイランは帝国の武の象徴たるラウンズなのだから。
だからセイランは、素直に謝罪することにした。
「申し訳ありません、カレンお嬢様。正直な所、私の方には覚えが……」
しかし、セイランはそこで言葉を止めた。
自分を見つめるカレンの強い瞳に、何かを刺激されたような気がした。
それは僅かな違和感として胸の奥に生まれる、ルルーシュを見た時と似たような感覚に陥る。
それは、セイランの言葉を止めるには十分すぎる力を持っていた。
「カレン、ご苦労だった」
その時、その場に第三者が介入した。
漆黒の衣装を身に纏ったその少年は、今夜のパーティの主役のはずの少年だった。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、その人である。
「ルルーシュ、後は……」
「わかっている、任せてほしい」
「……わかった。私は中を」
「頼む」
セイランから見て、ルルーシュとカレンは奇妙に距離感が近いように見えた。
ルルーシュがブリタニアに「帰還」してまだ日が浅い、本国よりむしろ植民エリアの経営に関わるシュタットフェルト家の令嬢と顔見知りになるタイミングが、はたしてあっただろうか。
もしあるにしても、随分と手の早い話ではあるが。
(……ん?)
胸の痛みの質が変わったような気がして、表情を変えずにセイランは不思議を感じた。
これまでのソワソワしたような感覚では無く、チクリと刺すような痛みだっただろうか。
どこか切なく、哀しい気持ち。
……最近、身体がおかしい。
病院に行くべきだろうかと、真剣に考え始めるセイランだった。
「……あ。これは失礼を、ルルーシュ殿下」
不意に我に返り、自分をじっと見つめているルルーシュに対して胸に手を当て頭を下げる。
ラウンズとして、皇族には敬意を払う必要がある。
しかし顔を上げた際、セイランはまた胸を痛めることになる。
敬意を払った相手であるルルーシュが、酷く寂しそうな、哀しそうな、悔しそうな顔をしていたからだ。
――――そんな顔をしないで、と、自分の中で誰かが叫んだ気がした。
おかしい、絶対に。
セイランは、表面上平静を装うのに必死だった。
バイザーをつけていて良かった、と思う。
2人きりのテラス、星空だけが少年と少女を見つめるその場所で。
……セイランは、ふと頬に熱を感じた。
「あ、あの……殿下?」
セイランは自問する、どうして自分はルルーシュ殿下に密着されているのだろうかと。
ルルーシュの方が背が高いため、頬に手を添えられるとやや見上げる形になる。
少女と見紛うばかりの美しい顔がすぐ目の前にあって、流石にドギマギしてしまう。
と言うか、手が早いにも程があるだろう。
皇子がラウンズに手を出す、大問題なのだが、何故か拒絶できない自分がいた。
「……青鸞」
「は……?」
「今、解放してやる」
言葉の意味はわからない、ただ、吸い込まれそうな紫色の瞳だけがあった。
そしてその左眼が、いつの間にか真紅に輝いている。
瞳に浮かぶ紋様は、飛翔する鳥の羽のような。
そして少年が、少女の仮面を取り払った。
皇帝の勅命によってバイザーを外せぬ彼女は、一瞬だけ「あ」と声を上げた。
だが、それを指摘するより先に……飛んでくる。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる――――」
それは、彼女が本来の力を宿していればけして使えぬ方法。
今のセイランだからこそ、ルルーシュやカレンのことがわからない今の彼女だからこそ。
青鸞では無い、セイランに対してだけ効果のある力。
カミへと繋がる、根源を目指す力。
「思い出せ」
そは、王の力。
「全てを!!」
赤き鳥が舞う、少女の瞳に宿るために。
かつて、同じような体勢で同じようなことがあった。
その時、ルルーシュの力は彼女に及ばなかった。
しかし、今度は違う。
セイランの唇が僅かに震える、ルルーシュの手によって上向かされた顔が揺れる。
瞳が、大きく見開かれ……真紅に輝く。
王の力による命令が、彼女の深遠を揺さぶった。
身体が、記憶が、意識が、心が、魂が――――何もかもが。
「あ、あ……あ?」
何もかもが、変わる。
変化する、変化する、変化する、否……戻る。
現在の自分のものとは異なる記憶の奔流が、雪崩れ込んでくる。
浮かぶ言葉は、今の自分を否定するものばかりだった。
全てが反転し、鍵が合わさるように何かが嵌まる音がする。
「あ、あ、あ……あああああああああああああああああああああ」
エリア11、日本、ナンバーズ、日本人、ブリタニア皇帝、キョウト、ブリタニア軍、日本解放戦線、皇女、黒の騎士団、スザク、兄、ラウンズ、父、友達、仲間、敵、セキガハラ、神根島、敗北、勝利――――カミ。
「わ、わた、わたし、わたし……は、ぼく、ボクは、ボクは――――」
誰だ?
「――――ボクは」
その日。
ボクは。
全てを。
「
取り戻した。
キャラクター採用:
リードさま(小説家になろう)提案:ルキア・A・C・ロレンス。
ATSWさま(小説家になろう)提案:ノエル・ムーンウォーカー。
ありがとうございます。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
おかげさまで第2話、原作にならいここで記憶を取り戻します。
でもこれ、どう収拾をつけたら良いのか。
最後の着地点が未だに見えない中、原作では語られていない部分に触れてのエンディングを目指したいと思います。
『……思い出した。
何もかもを思い出した、失われた全てを。
奪っていたのは誰?
ブリタニア皇帝、ボクが「主君」と崇めたあの男。
あの男が、ボクを人形にしていた。
でもあの男は、ボクに与えもしたんだ……』
――――TURN3:「二重 の 記憶」