コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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 日本人として、これほどに光栄で誇らしいことはありません!
 7年後、皆で東京大会を観ましょうね!
 それでは、どうぞ。


TURN17:「通過 儀礼」

 ユーフェミア・リ・ブリタニアは、神聖ブリタニア皇帝の臣下である。

 現存する国家の中で最も完成された階級社会を持つブリタニアにおいては、それはつまり絶対と言う意味を持っていた。

 故にエリア11代理総督ユーフェミアは、皇帝シャルルの命令に対して「否」と答えることを許されない――――。

 

 

「お断り致します、皇帝陛下」

 

 

 ――――はず、だった。

 しかし今、ユーフェミアは父であるブリタニア皇帝の命令を拒絶していた。

 場所はトーキョー、エリア11を統治する政庁、その謁見の間である。

 

 

 華やかでありながら清らかさを同居させる白のドレスを纏ったユーフェミアの目の前には、天井からぶら下がる巨大モニターに映る皇帝の姿があった。

 老齢とは思えない程に逞しい身体に鋭い眼光、大多数の人間はモニター越しにでも威圧感を感じて畏れを覚えるだろうその姿。

 

 

『……エリア11代理総督ユーフェミア・リ・ブリタニアよ。我が命に背くか』

「恐れながら申し上げます、皇帝陛下。私がエリア11の代理総督であるからこそ、陛下のこの度のご命令を拒絶するのです」

 

 

 稲光のような低い声を発する皇帝に対し、ユーフェミアは穏やかに応じた。

 誰もが畏れを抱くだろう皇帝の姿を前にしても、彼女の柔和さは変わらない。

 変えようが、無い。

 

 

「そしてさらに申し上げます、皇帝陛下。中華連邦への宣戦布告の撤回と、EUに対する侵略の停止を、ユーフェミア・リ・ブリタニアの名で正式に上奏致します」

『それはエリア11代理総督の権限を超えるものであるな、ユーフェミアよ』

「はい、皇帝陛下。そしてこれは代理総督としてでは無く、第3皇女ユーフェミアとしての、枢密院を経由しての上奏とお考えください、お父様」

 

 

 柔らかな微笑を絶やさずに、ユーフェミアはそう言った。

 それは皇帝への諫言であった、ブリタニアにおいてそれをする人間はいない。

 例外があるとすればシュナイゼルであろうが、それにしても。

 

 

「皇帝陛下、今のブリタニアの在り方は間違っています」

 

 

 ブリタニアの政策を、ここまで否定した皇族は彼女だけだったろう。

 それに対して、モニターの中の皇帝は目を細めた。

 その瞳はこう言っている、はたしてこの娘はこうまで我を通す性格だったか、と。

 

 

「力で、武力で、軍事力で問題を解決しようとしても、それでブリタニアが世界を制しても、そこには何ら実などありはしないでしょう。むしろ我がブリタニアの力を悪戯に枯れさせるのみ、我がブリタニアの力は、もっとより良いことのために使われるべきものだと思います」

『それはこの皇帝への批判か、ユーフェミアよ』

「いいえ、皇帝陛下。私は今のブリタニアの在り方を批判したまでです……私は」

 

 

 (わたくし)は、誰も否定しません。

 

 

「皇帝陛下、私はある一点において陛下を支持しています。それは対立を、戦争と言う悲劇をなくすためには全てが一つにならなければならないと言うことです」

『では何故、キュウシュウの黒の騎士団を討てという皇帝の勅命に従わぬ』

「武力をもってそれを成しても、何の意味も無いと考えるからです」

 

 

 では、何をもって行うべきか?

 それは話し合いだ、言葉だ、そして心だ。

 ユーフェミアは説いた、対話によってこそ人々は統合されると。

 反政府勢力は言うだろう、ブリタニアが何を今さらと。

 

 

 それは正しい、日本の抵抗の象徴と呼ばれる少女にも言われた理屈をユーフェミアは認める。

 一理あると認める。

 最初に譲歩すべきなのは、侵略と言う形で相手を踏み躙ったブリタニアだと認める。

 だから、ユーフェミアは言った。

 

 

「対立の図式を無くし、誰もが平和を享受できる世界を創るために――――」

 

 

 まず。

 

 

「――――最大の武力を保有するブリタニアこそが、武力を放棄すべきなのです」

 

 

 ブリタニアを、武装解除すべし。

 それはあまりにも非現実的で、夢物語で、小娘の戯言としか聞こえなかった。

 だからと言うわけでも無いだろうが、モニターの中で皇帝が胸を逸らした。

 

 

『不遜である、ユーフェミアよ』

 

 

 しかしそれを受けてもなお、ユーフェミアは微笑を絶やさない。

 むしろどこか困ったように首を傾げて、実の父の顔を見上げている。

 

 

『その不遜、不敬にして余りある。よって今この瞬間をもって、エリア11におけるお前の一切の権限を停止する。これは勅命である、ユーフェミア』

「……それは無理です、お父様」

『何?』

 

 

 モニターの中で、初めて皇帝が眉を顰めた。

 ユーフェミアの言う「無理」と言う言葉の意味がわからなかったのだろう、あるいは公然と謀反を表明したのかと思った。

 だがその後に続いたユーフェミアの言葉は、上げた眉を下げるには十分なインパクトを持っていた。

 

 

「皇帝陛下の権限では、私を解任することはできません」

『世迷言を』

「いいえ、皇帝陛下。皇帝陛下はお忘れのようですが……私は正式には、エリア11の副総督のままです」

 

 

 代理総督を名乗っていても、本国における正式な地位は「エリア11総督コーネリアの副総督」でしか無い。

 そしてそこにこそ、ユーフェミアの理論の核があった。

 正常な状態であれば誰も気付かない、法の抜け穴。

 

 

「そして副総督の任命・解任の権限を持つのはエリア総督のみ、人事権は皇帝陛下より権限を賜った総督のみが発揮することが出来る権限です」

『だが、その総督の任命・解任は皇帝の一任で行うことが出来る』

「ですが総督を飛び越えてエリアの人事を行う権限は、皇帝陛下、たとえ貴方であろうとお持ちではない、そうでしょう?」

 

 

 微笑したまま、ユーフェミアは言う。

 そしてそれは事実だった、そもそも総督が皇帝に直属する以上、その下の人事云々について皇帝が差配する必要は無い。

 必要が無いため法には書かれていない、書かれていない以上その権限は無い。

 

 

 もし皇帝がユーフェミアを解任したいなら、コーネリアを通す必要がある。

 だがそのコーネリアはいない、行方不明のままだ。

 だから現状、今この場で皇帝がエリア11の内情について口を出すことは出来ない。

 しかし、それは。

 

 

『この父に詭弁を弄すか、ユーフェミアよ』

 

 

 それは皇帝の怒りを買うには、十分すぎるものだった。

 皇帝はモニターの中で、しかしまるで目の前にいるかのようにユーフェミアを見下ろす。

 見上げるユーフェミアもまた、微笑みの質を変える。

 

 

 数秒、2人の視線が絡まった。

 父と娘、皇帝と皇女、主君と代理総督、力を信じる者と和を願う者。

 あらゆる面で逆で、しかし一点において共通する2人。

 そして、その共通するものの根幹には。

 

 

『お前も父に挑むか、ユーフェミアよ……!』

「いいえ、お父様。私は誰にも挑みません、ただ平和を求めるだけです」

 

 

 両者の瞳に、赤い輝きが浮かぶ。

 数千キロを隔てていなければ互いに効力を及ぼしていただろうその力は、大鳥が羽ばたくような形をしていた。

 ――――ギアス。

 それは親子の絆以上の強さで、2人を繋いでいるようにも見えた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 皇帝と皇女がギアスの瞳を交わしている頃、そのギアスの源を揺るがす出来事が旧大陸(ユーラシア)の中央で起こっていた。

 中央アジアの砂漠地帯、砂以外に何も無いそんな場所を黒の軍隊が攻めていた。

 演習かと思えばそうでは無く、ナイトメアを用いた局地制圧戦であった。

 

 

『現時刻をもって、明号作戦は発動されました』

 

 

 ガウェインのコックピットの中で、ルルーシュ=ゼロは仮面を取った状態で通信機から響く女の声を聞いていた。

 声の主はヴィヴィアンにいる佐々木である、彼女は総員に対して作戦の再確認を求めていた。

 作戦名「明号」、立案は当然ルルーシュ=ゼロだ。

 

 

『零番隊及び護衛小隊は、協力者の駆るラグネルの先導に従い地下空間に突入せよ。中華連邦の内通者及びブリタニア関係者の抵抗がある可能性があるため、最新の注意を払いつつ前進。なお地下空間内には多数の要保護対象者がいると思われ、制圧と同時にこれらの対象の保護を――――』

 

 

 この場にルルーシュ=ゼロが連れて来た戦力は少数だ、組織的にも個人的にも大軍を連れて来れなかったと言うのもある。

 一つはカレンを隊長に戴く零番隊(しんえいたい)、黒の騎士団の最精鋭だ。

 特にギアスの事情を知るカレンの存在は大きい、先導役のコーネリアと並んでこの作戦の成否を握っていると言えるだろう。

 

 

 そして青鸞の護衛小隊、青鸞がいない今置き所に困る小部隊であり、地下空間――ギアス饗団――内に青鸞がいると言う事情も、ルルーシュ=ゼロは考えていた。

 まぁ、彼らにはそこは伝えていないのだが。

 ギアスの本拠地を攻める以上、情報の秘匿は必要不可欠だった。

 

 

(予定よりかなり早い……が、これを気に一気に嚮団を手中に出来れば……)

 

 

 中華連邦・インドとの同盟が成り、対ブリタニアの政治的・軍事的環境が整いつつある今、ギアスの大本とも言うべき饗団をブリタニア皇帝の手から奪うことの意義は大きい。

 ブリタニアの広大な版図の獲得は、饗団による陰日向の援助があればこそだ。

 逆に言えば饗団の存在を奪えばブリタニアの力は、半減は言い過ぎでも相当減退する。

 

 

 いつかは奪うつもりだったが、もう少し準備が整ってからと思っていた。

 だがこの期に及んでは是非も無い、ルルーシュ=ゼロは一気呵成に饗団本部を襲撃した。

 もちろんその中には、青鸞の再救出も含まれている。

 

 

「……頼んだぞ、咲世子。C.C.、道案内くらいは真面目にやれよ」

『はい、ルルーシュ様』

『私がいた頃と中の配置に変化が無ければな……』

 

 

 複座のガウェインのコックピットにいるべきもう1人、つまりC.C.はここにはいない。

 と言うのも、今のガウェインにはドルイド・システムもハドロン砲も無いため、ルルーシュ1人で操縦を賄うことが出来るのである。

 ガウェインの装備・システムがどこにあるのかは、また後に判明することになる。

 

 

 そして通信画面の向こうには、ルルーシュに仕える侍従、咲世子――正直、あの派手な忍者のような衣装はついていけないが――がいる、彼女は信頼できる、だから実行面においてルルーシュ=ゼロは何も心配していなかった。

 もう1人は今ここにはいないC.C.、饗団内部の案内をすると言う。

 

 

(……まぁ、あの魔女が素直に引き受けたことは気になるが)

 

 

 画面の中のC.C.の表情はいつも通り、何を考えているかわからない。

 だが以前から、C.C.は妙に青鸞のことを気にかけていた。

 今回の作戦も、C.C.が提供した青鸞の居場所を元に策定されたものだ。

 ルルーシュの知る限り、ピザ以外でC.C.が動くのは青鸞関係のことだけだろう。

 

 

 ……正直な所、明晰なルルーシュの頭脳はいくつかの可能性を見つけてはいる。

 だがそれは結局は想像の域を出ない、C.C.に確認しても沈黙が返ってくるだけだろう。

 だからルルーシュ=ゼロは、今はそのことについて考えないことにした。

 今はただ、自分のすべきことを見据えるだけだ。

 彼自身の、未来のためにも。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 断続的に響く爆発音と振動が、饗団本部を揺るがしていた。

 固い岩盤に覆われた饗団本部はそうそうのことでは崩れない、しかし饗団は軍事組織では無い。

 それ故に、こうした荒事に対しては素人の科学者達がまず浮き足立った。

 

 

「な……ナイトメアだ、ナイトメアが攻めて来たぞ!」

「ど、どう言うことだ。ここの座標を知る者が敵に……!」

 

 

 そしてその混乱は、ギアスの実験棟にも当然及ぶ。

 パニックを起こし、実験を放り出して各個室から出る科学者達。

 流石に正規の饗団員はパニックを起こすまででは無いが、しかし科学者の数は彼らの数倍はいる。

 それら全てを統制することなどもはや出来ない、そして彼ら自身も動揺している。

 

 

「ぐぁっ!?」

 

 

 そして青鸞はその隙を見逃さなかった、いや、ロロが見逃さなかった。

 青鸞を押さえつけていた饗団員が周囲の変化に驚いて手の力を緩めたのを見ると、右眼をかっと見開いた。

 呼吸の出来ない、心臓を掴まれているような心地の中で、薬で抑制されたギアスを無理やりに使う。

 それはいつもより遥かに短い時間しか止められ無かったが、それでも確かに時間を停止させた。

 

 

 停止時間の中で唯一動ける青鸞が、己の身を躍動させたのは言うまでも無い。

 何しろ饗団のおかげで体調は全快している、状態は万全だ。

 まぁ、精神的な問題は別だろうが。

 

 

(動……く!)

 

 

 饗団員も戦闘員では無い、個々人は青鸞よりも弱い。

 そこに一瞬でもロロの援護があるのであれば、それで十分なのだ。

 己の後頭部ですぐ背後の男の顔面を打ち、浮いた隙間を縫うように這い出る。

 片腕をお腹に巻き込むように曲げ、跳ぶ。

 

 

 浮遊感と突然の躍動に病み上がりの身体が軋みと痛みを訴えるが、昂揚した今の彼女には関係が無かった。

 そしてその感情の昂ぶりによって、司祭服の胸元から赤い輝きを放っていた。

 コードの、強い輝きを。

 着地、しかる後に後ろ回し蹴り、宙を舞う注射器、それを掴む手。

 

 

「止め――――」

 

 

 ロロの一瞬の停止から彼らが我に返った時には、すでに青鸞は目的を果たしていた。

 V.V.がそうしたのと同じ位置に注射器を刺し、一息に中の薬液を流し込む。

 ブラフである可能性もあったが、どうやらその心配は無かったらしい。

 何故ならば、ロロの右眼からギアスの輝きが途切れたからだ。

 

 

 途切れ、そしてすぐに再開する。

 目の下に隈を作ったロロは即座に停止結界を作り出した、周囲の人間が時間を取り戻した時には、饗団員達は軒並み地に倒れ伏していた。

 その多くは首に出来た小さな穴――注射器の深過ぎる刺し傷――を押さえてもがいていた。

 

 

「ロロ……!」

 

 

 そして崩れ落ちるロロの身体を、青鸞は抱き留めた。

 泣きそうな顔で自分を抱く姉に、ロロは苦笑して何かを言おうとした。

 しかしどうやらそれに失敗したようで、彼はそのまま気を失ってしまう。

 腕に感じる命の鼓動は弱い、青鸞は自分の不死性を分けるようにロロを強く抱いた。

 そしてその上で、キツく眼光を強めて振り仰いだ。

 

 

「……っ、いない……!」

 

 

 科学者達がパニックに陥る中、捜し求めるべき小さな人影を見出せなかった。

 逃げたのか、それとも迎撃に向かったか――このタイミングで饗団を攻撃する人間を、青鸞は1人しか知らない――わからないが、とにかくいない。

 V.V.、あの憎むべき悪魔の姿がそこには無かった。

 

 

 それから、今は科学者の姿が見えない実験棟の個室を見る。

 子供達がぼんやりと留まる所が大半の中、1つ、異質な空間があった。

 身から赤く滲んだ水を吐き出し、動かなくなった主義者の女。

 だらりと垂れた手足は、それだけで彼女の運命を教えてくれる。

 自ら捕らえ差し出した者の末路に、青鸞は眉根を寄せて目を逸らした。

 

 

(……恨んで)

 

 

 自分を恨んで良いと、そんな逃げのような思考を彼女に向けた。

 恨まれるのは実は楽だ、そこに結果があるのだから。

 だが恨みすら確認できない時、人は何も出来なくなる。

 少なくとも青鸞は、主義者の女とその赤子に対して何をすることも出来なかった。

 せめて彼岸で安らかにと、そう想うことしか出来ない。

 

 

「……ロロお兄ちゃん?」

 

 

 そして青鸞には、その感情に埋没する時間すら無かった。

 と言うのも、何人かの子供が青鸞の……と言うよりロロの周りに集まってきていたからだ。

 全員が灰色の服を着ていて、どこか表情が乏しい。

 饗団の子、そう思った。

 

 

 そして彼らはロロのことをお兄ちゃんと呼ぶ、青鸞はそこで思い出した。

 ロロは、ここで育ったのだ。

 ならばここには、ロロのように育ったギアスの実験体が。

 

 

「コード……」

「コードだ」

「V.V.さまじゃ無い」

「でも、コードを持ってるよ」

 

 

 そして子供達の視線は、ロロから青鸞へと注がれる。

 司祭服の胸元からは活性化したままのコードの輝きが見えていて、それを見た子供達が不思議そうに首を傾げている。

 彼らにとって、コードは特別なものなのだろう。

 

 

「枢木青鸞」

 

 

 コツ、と靴音を響かせて、雑踏から1人の女が姿を見せる。

 背中に垂れた金褐色の髪が照明の光を受けてキラキラと輝く、子供達の後ろからやってきた彼女は、どこか哀しそうな瞳で青鸞を見つめていた。

 そして、彼女は問う。

 

 

「――――キミは、この子達を救ってくれるかい?」

 

 

 かつて悪魔の手を取った女は、悪魔の手を取らなかった少女に憂いの瞳を向けていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 良く誘拐される人生だ、と、意外な程に冷静にナナリーは自分の状況を認識していた。

 彼女は自ら周りに流されることを選択した少女だ、いやそれ以前に、ある程度周りに流されなければ生きていけない身体なのだから。

 諦めとは違う、ただそれが現実だったのだ。

 ナナリー・ヴィ・ブリタニアと言う名の少女にとっての、現実。

 

 

「身辺を騒がせましたこと、ここにお詫び申し上げます――――ナナリー皇女殿下」

 

 

 しかしそれにしても、今回のこれは聊か程度が過ぎると言うものでは無いだろうか。

 ナナリーがそう思うのも無理は無い、何故なら今回は、いや今回も彼女は当事者でありながら蚊帳の外に置かれていたのだから。

 流れ流され巻き込まれ、気が付けば知らない空気の場所にいた。

 

 

 眼は見えないが、それでも肌や嗅覚でもって周囲の状況を知ることは出来る。

 ナナリーはそうして生きてきたし、これからも生きていくだろう。

 かつて、誰かが望んだその通りに。

 

 

「えっと……」

 

 

 そしてナナリーは困惑していた、今自分がどこにいて、目の前に誰がいて、何が起こったのかがわからなかったからだ。

 客観的な神の視点で見れば、彼女がいるのは遺跡だった。

 古い遺跡を無理やり近代的な聖堂にしたかのような、そんな大広間だった。

 

 

 車椅子に乗ったナナリーの背後には、石造りの巨大な門がある。

 不思議な赤い紋模が刻まれた門だ、それは神根島にあった物に酷似している。

 そしてナナリーは、実はその扉の中から出てきたのだ。

 だがエリア11、日本から彼女を連れて来た者達は全て床に倒れ伏している。

 

 

「え、えっと、貴方は……?」

「私はジェレミア・ゴットバルト、ブリタニア皇室に忠義を尽くす者でございます」

「ジェレミア……さん?」

 

 

 そしてナナリーの前で傅くように膝をついているのは、ジェレミアだった。

 ナナリーはどこかで聞いた名前だと思ったが、どこで聞いたかまでは思い出せなかった。

 もう少し落ち着いた状況であれば、思い出すことも容易だったろうが。

 

 

 だが自分を連れて来た者達を、ほぼ問答無用で撃破したのは彼だ。

 つまり自分を助けてくれたというわけだが、素直に喜んで良いのかは疑問だった。

 いずれにしても、受けた恩には返さなくてはならないものがある。

 ナナリーはそれを知っていた、だから彼女は車椅子の上で頭を下げた。

 

 

「ありがとうございます」

「もったいなきお言葉。このジェレミア、感動の極み」

 

 

 何だか時代劇の舞台にいるようだ、などと思いつつも、ナナリーは困ったように眉根を寄せた。

 ブリタニア皇室に対する忠義、それはそれで尊重されるべきものだが、ナナリーは。

 

 

「あの、私はすでに皇籍を剥奪された身で。ですから、そんな風にされると……」

「――――全くだよ」

 

 

 不意に第3の声が響いて、ナナリーもジェレミアもそちらへと意識を向ける。

 そしてその大広間に……「黄昏の間」に響いた足音は、子供のように小さく軽いものだった。

 ナナリーは見えず、そしてジェレミアは見なかった。

 だが、存在は知覚できた。

 

 

「コーネリアと言い、そしてナナリーと言い……ジェレミア卿、いったいキミは」

 

 

 思い通りにいかないことに苛立つ子供のように、不快そうに眉根を寄せて。

 

 

「キミは、どっちの味方なんだい?」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「笑止、私の忠誠は常に! ブリタニア皇室に向けられている」

 

 

 立ち上がり、振り向きながら、ジェレミアはV.V.に対してそう言った。

 それに、V.V.は明らかに不機嫌さを強めた。

 彼とて無能では無い、今こうして饗団本部を攻撃しているのが誰かは簡単に予測できる。

 そして誰がこの場所の座標を教えたのかも、大体想像はつく。

 

 

 皇女と皇子が手を結んだ、それだけのことだ。

 

 

 別にあの2人が手を結んだ所で脅威には感じないが、面倒であることは確かだ。

 そしてその面倒の全てが、目の前の男のせいかと思うと不機嫌にもなる。

 何故ならば彼を救い、力を与えたのは、他ならぬV.V.自身なのだから。

 

 

「エリア11で朽ちるばかりだったキミを拾い、バトレー達の手でキミを改造させ、ギアスキャンセラーの力を与え……再び生きる意味と使命を与えてあげたのは、誰だと思っているの?」

「その恩義、確かに重い。しかし……」

 

 

 祭壇の上で困惑するナナリーに背中を向け、まるで騎士のように右腕を振るうジェレミア。

 衣装の袖から鋼鉄の刃を出し、その切っ先をV.V.に向ける。

 

 

「しかし、ブリタニア皇室への忠誠は恩義をも超える! 貴方がブリタニア皇室に仇を成すと言うのであれば、このジェレミア。恩義を超え、全力で――――阻止させて頂く!」

「へぇ、全力で見逃すわけじゃないだね」

 

 

 皮肉を込めてそう言うも、ジェレミアはまるで動揺しなかった。

 それは彼の過去のトラウマにも通じるもののはずだったが、どうやら本気でナナリーを救う気らしい。

 そこにはどうもブリタニア皇室への忠誠以上の何かがあるような気もしたが、V.V.にとっては至極どうでも良いことだった。

 

 

「……言っただろう? ジェレミア、キミを改造させたのは僕なんだよ」

 

 

 囁くように言って、V.V.は懐からスイッチを取り出した。

 掌全体で握り、親指の腹でボタンを押すタイプのスイッチ。

 どこかの皇子が好みそうな形状をしたそれを、V.V.は躊躇することなく押した。

 次の瞬間、ナナリーは肌に触れる空気が振動するのを感じた。

 

 

「うごぉおおおおおおおおあああああああああああああああああぁぁぁっっ!?」

 

 

 次いで絶叫が耳朶を打ち、ナナリーはビクッ、と身体を震わせた。

 何が起こっているのかは見えない、だが絶叫と焦げた匂い、そしてスパークの音が聞こえてくる。

 すぐ近くで金属の塊が落ちるような音もして、酷く乱れた呼吸音も聞こえた。

 それから、幼い男の子の笑い声。

 ナナリーに届くのは、それだけだった。

 

 

「あっははははははははははっ!」

 

 

 そして笑うのはV.V.だ、スイッチを押し続ける彼は、目の前でスパークを散らせながら苦しみ悶えるジェレミアを見て笑っていた。

 ジェレミアの仮面の……いや機械の左眼から血の涙が流れるに至って、彼は唇の端をくっと歪めた。

 

 

「言ったろう、キミを改造させたのは僕なんだ。ギアスキャンセラーなんて危ないものを持っているキミに、反乱防止の安全装置をつけていないわけが無いじゃないか」

 

 

 人間は嘘を吐く生き物だ、だからV.V.は1人を除いて誰も信用しない。

 たとえどれだけ憎悪を持つ人間でも、その憎悪の対象と和解しないわけじゃない。

 だから、ジェレミアが自分に逆らった時に備えて仕掛けを施していたのだ。

 ジェレミアの中のサクラダイトの活動を停止させる、黒の騎士団のゲフィオンディスターバーと原理は同じだ。

 

 

「ぬっ……ぐうううううううううぅぅぅっっ!!」

「はは、それでも動くのかい? 大した忠誠心だねジェレミア、でも無駄だよ。キミの身体はサクラダイトの供給と循環があって始めて動く。それが無ければ……」

「や……やめて」

 

 

 か細い声が、響いた。

 

 

「や、やめてください」

 

 

 ナナリーだった。

 

 

「やめてください! ジェレミアさんを、苦しめないでください!」

「……ナナリー、あの女の娘」

「え……?」

 

 

 耳に届いた固い声に、そして「あの女の娘」と言う言葉に、ナナリーは疑問した。

 あの女と言うのが誰か、言葉尻からわかったからだ。

 

 

「やっぱり、シャルルの頼みを聞かずに殺しておくべきだったかな。でもルルーシュへの餌にも出来てるわけだから、全く利用価値が無いわけでも無い……本当に面倒だよキミって奴は、まるであの女みたいだ」

「シャルル……お父様? それにお兄様も? え、え……?」

「ああそうか、キミは何も知らないんだったね。お人形のように、秘密の檻の中に囚われて。はは、そう思うと少しは許せる気になるから不思――――」

 

 

 ……?

 不意に途切れた相手の言葉に、ナナリーは首を傾げた。

 しかし一方で、V.V.は己の身に起きた変化に注意を向けざるを得なかった。

 

 

 自分の胸から朱に染まった銀の刃が飛び出してくれば、向けるしか無い。

 

 

 ごぷっ、と唇から赤い液体を散らす。

 背中から胸を貫いた刃を見れば、傷口から赤い血がどんどん溢れ出ているのがわかる。

 それ自体は別に構わなかった、何故ならV.V.は不死だ。

 しかしそれを成した相手は構わねばならない、そしてV.V.は後ろを振り向いた。

 

 

「く……枢木、青鸞……!」

 

 

 そこにいたのは、青鸞だった。

 V.V.が自分の存在に気付いたことを知ると、彼女は肩を押し付けるようにしてV.V.の身を貫いていた刃を、刀を抉るように捻った。

 傷口を広げられ、さらに吐血するV.V.。

 鉄錆の嫌な匂いが、周囲に充満し始めた。

 

 

「そ、その、刀は……!」

 

 

 青鸞の手には、コルカタのコーヒー店に置いて来た軍刀があった。

 彼女が憎悪の目でもってV.V.を刺す、これはわかる。

 だがどうして彼女が軍刀を持っているのか、V.V.には理由を一つしか思いつけなかった。

 つまり。

 

 

「ヴェン……ッ……ツェル……!」

 

 

 ズッ、胸から刃を引き抜くように前に進み、事実引き抜いて――次の瞬間、さらに傷口から血が噴き出たが――V.V.は後ろを振り向いた。

 そこには司祭服姿の青鸞がいて、さらにその向こう側に、今V.V.が名前を呼んだ女がいた。

 金褐色の髪の女、そしてコーヒー店から青鸞の軍刀を持ち込んだだろうヴェンツェルが。

 

 

「ど、どういう、つもり……?」

 

 

 傷口を押さえて膝をつき、唸るように言う。

 このヴェンツェルもまた、V.V.が救った女だった。

 EUの亡国出身の軍人、今その版図はブリタニアに含まれているが、彼女自身が破滅したのは故国の同胞の裏切りによるものだった。

 仲間を、部下を失い絶望していた彼女に、V.V.が手を差し伸べたのだ。

 

 

 ――――復讐する力が欲しくはないか?

 

 

 ジェレミアと同じだ、あるいは青鸞とも同じだったかもしれない。

 いずれにしても、V.V.が拾った命だ。

 それが何故、青鸞に手を貸しているのか……V.V.にはわからなかった。

 

 

「……枢木青鸞は私と契約した、あの子達を救ってくれると」

「何……?」

 

 

 ヴェンツェルはギアスを持っている、「悟り」のギアスだ。

 読心に近いが、名前の通り悟ると言う方が近い。

 だから知っていた、V.V.の、悪魔の手を取った自分には子供達は救えないと。

 あの悪魔の実験の数々を、止め切ることは出来ないと。

 止めるには饗団の実験が必要だが、それにはコードが要る。

 

 

 そしてヴェンツェルは自分がコード保持の資格を有していないことを「悟って」いた、だから待った。

 ひたすらに待って、そして現れた。

 枢木青鸞と言う、可能性が現れた。

 現れて、しかもその可能性はあまりにも眩しかった。

 

 

「V.V.、キミは一つだけ嘘を吐いた」

 

 

 嘘を嫌いだと言った、その口で。

 

 

「枢木青鸞はキミの手を取っていない、キミと契約なんて交わしていない」

 

 

 V.V.はまるで青鸞が自分に助けを求めてきたかのように言っていたが、違う。

 事実無根だ、V.V.が勝手に助けて嘘を吐いただけだ。

 自分が取った悪魔の手を、青鸞は取らなかった。

 それが、ヴェンツェルには眩しくて、羨ましくて仕方が無かった。

 だから助けた、彼女自身の清らかさを守るために。

 

 

「く……っ、誰も彼も、僕に逆らうって言うんだね……」

 

 

 よろめきながらも立ち上がり、V.V.が朱に濡れた唇を歪める。

 何度も言うが彼は不死だ、そしてコードの完全な継承者だ。

 未熟なコード保持者、ギアスユーザー、ギアスキャンセラーに囲まれた所で、八方塞がりというわけでは無い。

 むしろ、その程度の人数で大丈夫かとすら言いたくなる。

 

 

「キミ達ごときが何人集まった所で、僕を……」

『違うな、間違っているぞ――――V.V.』

 

 

 その時、黄昏の間が揺れた。

 揺れの原因は入り口の崩落だ、大きな空間の一部、岩盤が崩れる。

 そして岩が落ちるその中から、巨大な黒のナイトメアが姿を現した。

 一部の武装を外したそのナイトメアは、巨体で岩盤を押しのけるようにして身を乗り出す。

 

 

 そして、コックピットが開いた。

 身構えるV.V.の前で、黒のマントがはためく。

 現れたのは黒の仮面、すなわち――――。

 

 

『貴様はここで、我が虜となる」

「ルルーシュ……!!」

 

 

 仮面の男、ゼロ。

 そして仮面を外した少年、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが。

 そこに、いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……お兄様……?」

 

 

 耳に届いた声に、ナナリーは震える声で兄を呼んだ。

 それに反応したのはV.V.だった、彼は傷の回復を自覚しながら唇を歪めて笑った。

 切り札は残っている、我が手にある、ならば。

 

 

「そうさナナリー、そこにいるのはキミを騙し……ッ」

 

 

 しかしまたしても言葉は最後まで続かない、喉を正面から切り裂かれればそうなるだろう。

 血飛沫が舞う視界の中で、V.V.は身を沈めるように軍刀を振りぬいていた青鸞を見た。

 衣装の帯をふわりと揺らしながら、前髪の間から鈍く光る眼がV.V.の顔を射抜いている。

 だが喉を斬られてもなお、V.V.は余裕の笑みを崩さなかった。

 

 

(無駄だよ、僕は死なない……!)

 

 

 声にならない声、だが唇の動きで読める。

 そして確かにV.V.は不死だ、喉どころか首を刎ねられた所で蘇るだろう。

 それでも、青鸞は知っている。

 あの砂漠で、彼女は知った。

 

 

「お前は……ボク達は、死なないんじゃない」

 

 

 踵でターンするように身体を回し、遠心力も利用して刀を振るう。

 重い軍刀の切っ先が、細い少年の腹を撫でる。

 ズ……と内臓が溢れるよりも早く、ターンの余勢を片足で制して前へと歩を進めた。

 たたらを踏んで下がったV.V.を追うように、上段から刀を振り下ろした。

 

 

「ボク達は」

 

 

 袈裟懸けに振り下ろされた刀が少年の左肩を破壊する、肉を裂いて骨にまで刃が達する感触を指先に感じた。

 構わず、捻りながら引き抜いて肉の一部を削ぎ飛ばす。

 血と肉が噴き、散り、飛ぶ中で、青鸞の目はそれでも感情の揺れを見せなかった。

 人を斬るという、その認識が欠落しているかのように。

 

 

 それはつまり、目の前の少年を人間と認識していないことを意味する。

 人の形をしている何かだ、現にこれだけ斬っても死なないではないか。

 そして、自分も同じだ。

 この時始めて青鸞は、ああ、と納得の心地を胸の一隅に置いた。

 C.C.が言っていた「化け物」とは、こう言うことを言うのかと。

 

 

「死ねないんだ……!」

 

 

 死なない、ではなく、死ねない。

 これもC.C.が言っていたことだ、彼女の言うことはいつも正しい。

 正しすぎて、泣きたくなってくる程に。

 

 

 喉を潰されたV.V.が、声も音も無く仰向けに倒れ伏す。

 気が付けば、青鸞は肩で息をしていた。

 額や頬に汗すら流して、肩を上下して血の海に沈んだV.V.を見下ろす彼女。

 刃だけでなく柄にまで血が滴っている刀を握り締めて、青鸞はんぐっ、と喉を鳴らした。

 

 

「あ……あぁ、あ……」

 

 

 唾を飲み込んだ後、返り血で顔や衣装を朱に染めた少女は、代わりに瞳から雫を零した。

 勢いを増していくそれはやがて涙となり、少女の頬の血を洗い流していく。

 だがその代わり、青鸞は己の胸をついて出る感情の波に逆らえなかった。

 

 

「ああ、あ……ああああああ、う、ぐっ……」

 

 

 それは、本当ならもっと早くに訪れるべき時で、超えるべき峠で、流すべき涙だったのかもしれない。

 吐き出すべき、何かだったのかもしれない。

 次へ進むために、今を越えていくために、必要なことだったのかもしれない。

 大人になるには早すぎる少女が、続いていくために。

 大人へと、一歩を進めるために。

 

 

 叫ぶ。

 

 

 不死への変化、父への絶望、兄への失望。

 自分の行動、セイラン・ブルーバードの行動。

 騎士として生み出した結果、テロリストとして生み出した結果。

 己の身を傷つける全て、己の肩へ圧し掛かる全て、全て、全て、全て。

 全てに対して、吐き出すように、負の叫び声を、ただ、上げる――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その少女の泣き声を、少年はどのような心地で受け止めていただろう?

 それを知るのは少年自身だが、少年もまた己の内を吐き出さない(たち)であった。

 ただ、泣きたい、と言う感情は理解できるつもりだった。

 

 

「お、お兄様……なの、ですか?」

 

 

 仮面を外した少年は、しかし妹の不安げな声には答えなかった。

 ここで答えてしまうことが、何かの終わりを意味してしまうようで怖かったからだ。

 もはや誤魔化しも猶予も効かないこの状況で、それは逃げだった。

 そしてルルーシュにも、それはわかっていた。

 

 

 だがそれでも、彼は妹に声をかけなかった。

 かけられなかった。

 その代わりに声をかけたのは、1人崩れ落ちている男だった。

 すなわち、ジェレミア卿である。

 

 

「ジェレミア卿、まさか貴方がナナリーを救ってくれるとはな」

「ぉ……お……」

 

 

 身体の機能が復調していないのか、ジェレミア卿の動きは鈍い。

 彼もまた、ルルーシュにはわからない男だった。

 ブリタニア皇室への忠誠心が厚い純血派、先年にはルルーシュと幾度も戦った男。

 その男が何故コーネリアを救い、今またナナリーを救うのか。

 

 

「主君たるV.V.を裏切り、何故……」

「わ、私の主君は……V.V.に、(あら)ず……」

「何? では皇帝か?」

「皇帝陛下……否、否……我が主君……唯一、の……敬愛すべき、主君は……」

 

 

 マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。

 

 

「な……っ?」

 

 

 思いがけない名前に、ルルーシュは一歩を下がった。

 マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアは、ルルーシュとナナリーの実母である。

 ナイトオブラウンズから后妃に召し上げられた騎士候で、「閃光」の異名を取っていた凄腕のナイトメアパイロットだった。

 そして、ルルーシュが幼少時に失った宝でもある。

 

 

 テロリストの手により、離宮内で殺害された。

 ナナリーを抱いて、ルルーシュの目の前で、身体中に銃弾を浴びて。

 夫であるブリタニア皇帝に、見殺しにされたのだ。

 だがその名前を、どうしてジェレミア卿が主君として出すのか。

 

 

「……マリアンヌ……」

 

 

 低い、そして喉が潰れたかのようなガラガラの声で、母の名が呟かれた。

 ジェレミアでは無い、そちらの方を向けば、いつの間にかV.V.が動いていた。

 真のコード保持者故なのか、異常なまでの回復力だった。

 

 

 それでも流石に身動きは取れないらしい、仰向けからうつ伏せになるのが関の山だった。

 だが床に腕を置き、血塗れの姿で前を見る。

 泣き止みかけの青鸞、裏切り者のヴェンツェル、そしてジェレミア、ナナリー、ルルーシュを見て。

 

 

「マリアンヌ……マリアンヌマリアンヌマリアンヌ! どい、つも、こい、つも……あの女の、名を……!!」

 

 

 憎しみすら感じさせる、獣じみた唸り声。

 それは場を硬直させるには十分だったが、それでも警戒には値する。

 特にコード保持者である青鸞は、はっとして顔を上げた。

 しかし、遅い。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 V.V.が右腕を掲げる、その掌に赤い輝きが生まれた。

 それに反応するように青鸞の胸元からも輝きが漏れる、コードが共鳴しているのだ。

 胸の奥で何かが疼くその感触に、青鸞は眉を顰め息を詰めた。

 

 

 何かが引き摺り出され、かつ押し込まれる感覚。

 思わず叫び出してしまいそうな、そんな感覚に青鸞は身をよじった。

 そして誰かの叫び声が響くと同時に、全てがコードの赤に染まった――――。

 




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 原作と違い殲滅戦では無いのですが、それでも大変な状況に。
 と言うか、ユーフェミアさまが強すぎるんですけど……。

 さて、そろそろ物語のスケジュール的にいろいろキツくなって参りました。
 あんまり長いのもアレなので、もうこのまま行っちゃいます。
 行くしかないと言う方が正しい。
 では、次回予告です。


『コード、それは永遠の約束。

 ギアス、それは刹那の願い。

 人は、刹那を永遠にと望むから。

 でも、刹那だからこそ輝くものもある。

 ボクは、そう信じたいから』


 ――――TURN18:「A.A.」

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