コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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 本話はコードやギアスに関するオリジナル要素が含まれる可能性があります、苦手な方はご注意ください。

 また、先日この作品のお気に入り登録が1000件を突破致しました。
 ハーメルン移設後の1000件突破は「とある妹の転生物語」「流水の魔導師」に続き、この「抵抗のセイラン」で3作目になります。
 これも読者の皆様の応援・声援のおかげです、本当にありがとうございます。
 この作品もこれからクライマックスに入っていきますので、どうか最後までお付き合いくださいませ。

 では、どうぞ。



TURN18:「A.A.」

 ブリタニア帝国と中華連邦の国力は、元々2倍の差がある。

 近年のブリタニア帝国の伸張と中華連邦の衰退により、その差はさらに広がっている。

 そして国力が最もわかりやすく象徴されるものの一つが、軍隊と呼ばれる組織だ。

 

 

『――――我は天に問う! 正義はいずれの陣営に属するのかと!!』

 

 

 中華連邦首都、洛陽。

 名実共に中華連邦の最大都市であり、最強の軍事力・経済力を有する地だ。

 その北部近郊に、数十万の兵士が集結していた。

 全て中華連邦の兵士であり、彼らは皆一様に緊張した面持ちで、これから来るであろう敵を待ち構えていた。

 

 

 50万の歩兵、600機の航空機、450両の戦車、3500門の火砲、そして300機の鋼髏(ガン・ルゥ)

 首都方面の戦力――それでも、内戦の影響で数割落ち込んでいる――を全て動員して、中華連邦軍本隊は洛陽を、朱禁城を、そして民を守ろうとしていた。

 その中心にいるのは、羽を持つ青のナイトメアだ。

 ブリタニアとも日本とも違うデザインのそのナイトメアは、中華連邦軍の司令官機である。

 

 

『非道なる侵略者はすでにモンゴルの同胞を奴隷化し、中華の村々で略奪の限りを尽くしている! この悪行は歴史に刻まれるだろう、そして我が民族は、歴史を決して忘れることは無い!!』

 

 

 黒の騎士団から中華連邦に同盟の象徴として贈られた第7世代相当KMF、『神虎(シェン・フー)』。

 搭乗するのは天子から全軍の最高司令官に任じられた黎星刻、彼は紫を基調にしたパイロットスーツに身を包みながら、遠くの砂塵を睨んでいた。

 帝国宰相シュナイゼル率いるブリタニア軍、その主力が迫っているからだ。

 

 

『正義は我らにあり!! 天子様を、国を、民を守るために……同胞達よ! 悪の帝国、ブリタニアを討て! シュナイゼルを討て! その先に――――我らの世界がある!!!!』

「「「『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!』』』」」」

 

 

 遥かな大地を揺るがす怒号、叫び、高まる士気はまさに天を突く勢いだった。

 そしてその空には、1隻の航空戦艦がいた。

 ヴィヴィアンでは無い、ガウェインのハドロン砲を装備したその艦は斑鳩と言う。

 アヴァロン級のデータを元に建造された黒の騎士団の旗艦、つまりこの戦い、洛陽防衛戦には黒の騎士団も参加しているのである。

 

 

「ゼロとは、まだ連絡が取れないのか」

「はい、まだ何も……極秘の作戦中との連絡しか」

「…………そうか」

 

 

 斑鳩と名付けられたその航空戦艦の中で、藤堂は難しい顔をしていた。

 現場指揮官として洛陽に残っていた藤堂だが、彼は本来前線での部隊指揮に適正のある男だ。

 それが斑鳩の中で全体を指揮する立場にあると言うのは、ひとえにゼロの不在が原因だった。

 またぞろ行方不明、作戦内容もわからない、朝比奈などは青鸞とディートハルトの件もあって随分と不満を訴えていたが。

 

 

 内戦で疲弊した中華連邦と同じように、黒の騎士団もまた組織内部の争いで疲弊していた。

 まず、ディートハルトは死んだ。

 ロロと言う少年に殺されたらしいが、その発端は青鸞をスパイ容疑で排除しようとしたことだ。

 青鸞がスパイなどと信じる者はいない、ゼロの権力基盤を強めようとしたディートハルトの独断だろうと藤堂は思っている。

 

 

「しかしまぁ、随分と揃えて来たもんだねぇ。最新鋭のナイトメアで構成された部隊に、ラウンズの機体までぞろぞろと……ん、モルドレットって機体はいないのかい? 都市攻略戦にアレを連れて来ないってのはどう言う…………ッ」

 

 

 その時、藤堂と同じく艦橋に詰めていたラクシャータが独り言をやめた。

 何かあったのかと思ったが、しかし藤堂の側から声をかけることはしなかった。

 また何か面白いものを見つけたのだろう。

 だが、声をかけてきたのはラクシャータからだった。

 彼女はいつに無く真剣な表情で藤堂を見ると、キセルを揺らしながら。

 

 

「大将、逃げた方が良い」

「何……?」

 

 

 そんなことが出来るはずも無かったが、藤堂は眉を顰めるだけで咎めることは無かった。

 何故ならラクシャータがいつに無く真剣な表情を浮かべていたからで、しかも彼女の頬には一筋の汗が流れていた。

 だがそれには構わず、彼女は言った。

 

 

「……1機、ヤバいのがいる」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 一方、洛陽から遠く離れた中央アジアの砂漠では制圧戦が展開されていた。

 制圧戦とは言っても、事実は戦闘と呼べるようなものでは無かった。

 何しろナイトメアで雪崩れ込んだ時点で反撃らしい反撃も無く、ほとんど無抵抗だったからだ。

 

 

 各地区を虱潰しに潰し、非戦闘員を一箇所に集めて管理する作業の方がずっと大変だった。

 何しろ、騎士団側の兵はナイトメアから降りてはならないと命令されていたからである。

 

 

『しかし何と言うか、偉い変な命令ではあるな』

『確かに、子供を見ても何を見ても、コックピットを開けたり敵に近付いたりするなと言うのは……』

 

 

 その中には青鸞の護衛小隊の面々もいる、青鸞がいない今、名前だけの部隊だ。

 だが解散を命じられていない以上、彼らは今でも枢木青鸞の護衛小隊である。

 とにかく、山本と上原はナイトメアの中で饗団本部の様子を見ていた。

 

 

 十数メートルの距離を置き、白衣を着たここの住人と思しき者達が円形に集められている。

 別の区画では無数の子供がいたと言うので、事前にゼロが説明した「ブリタニアの違法研究施設」と言う説明は嫌でも信憑性が増したと言える。

 だとしても、コックピットから出てはならないと言う命令が不思議なことに変わりは無いが。

 

 

『……お? アイツ、何やってんだ?』

「え……あ」

 

 

 通信機から響く山本の声に視線を動かせば、命令に背いて外に出たらしい騎士団の兵士の姿が見えた。

 ナイトメアから降りて、転んで動けなくなった子供を助けに行ったらしい。

 一瞬、注意を喚起しようとしたがやめた。

 相手は子供だ、暗殺者でもあるまいし、大丈夫だろうと思ったからだ。

 

 

 だが異変が起こった、子供に近付いた男が急に倒れたのだ。

 身体の異常かと思い身を乗り出した上原の目が、疑惑に揺れる。

 倒れた兵士を助けに行った別の兵士が、倒れていたはずの兵士に襲われたのだ。

 軍用ナイフを振り回して襲い掛かる兵士、それを戸惑いながらも機関銃で受け止める兵士。

 同士討ち、そんな言葉が上原の脳裏に浮かんだ。

 

 

『な、何だぁ?』

「あ……隊長、外に出てはダメです!」

 

 

 嫌な予感がして、上原は山本を止めた。

 今出て行くのは危ない、兵士としての本能がそう囁いたのだ。

 だが目の前で同士討ちしている兵士をただ見ているわけにも、と逡巡していると、頭上から真紅のナイトメアが降りてきた。

 飛翔滑走翼を装備した紅蓮は、左腕に輻射波動の輝きを宿して臨戦態勢だった。

 

 

『――――やめなさい!!』

 

 

 そして、カレンの怒声が響く。

 

 

『今すぐその人を解放して、さもないと……』

 

 

 上原は意味がわからなかった、解放とは何のことだろうかと。

 まさかあの子供に言っているわけではあるまい、超能力者でも無いだろう。

 だが現実に、兵士の同士討ちは収まった。

 上原の目には、子供が兵士達から眼を離した後に収まったように見えたのだが……。

 

 

(……気のせい?)

 

 

 一方で、カレンは紅蓮のコックピットの中でほっと胸を撫で下ろしていた。

 最悪の事態に至る前に止められた、良かった。

 

 

「……にしても、事情を知ってるのが私1人って辛いわよね……」

 

 

 コックピットの中でそうぼやく、後でルルーシュには愚痴の一つでも聞かせてやろう。

 実際、彼女は大忙しだった。

 何しろギアスユーザーは饗団施設の各所にいる、カレン1人で対応するのは非常に負担が大きい。

 今の所、子供ばかりなのが幸いなのか不幸なのか……。

 

 

 ……そしてそんなカレンの心境を知ってか知らずか、カレン以外にギアスの事情を知っている人間が2人、その様子を見ていた。

 先行して饗団内に侵入していた、C.C.と咲世子である。

 彼女達は青鸞を探すために入り込んでいたはずだが、実際にはルルーシュの方が先に見つけてしまったらしい。

 

 

「……ここはカレンに任せておけば良いか」

「はい、私達はルルーシュ様の下へ」

「ああ……ん?」

 

 

 咲世子の声に頷いて、しかしC.C.は何かに気付いたように足を止めた。

 いぶかしむ咲世子のことを意識から切り離して、C.C.は目を細めた。

 気のせいで無ければ、額が薄く輝いているようにも見える。

 

 

「……V.V.め……」

 

 

 面倒そうに舌打ちするC.C.を、咲世子は不思議そうに首を傾げて見ていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『皇帝になってみてどうだい、シャルル?』

『皆、嘘吐きばかりですよ兄さん。何も変わっていません、ブリタニアと言う国は……』

 

 

 ある時代、ある国、ある場所。

 そこに、2人の兄弟がいた。

 2人は皇帝の息子だった、継承順位も高く、大貴族の支援もあった。

 それ故に、彼らは皇位継承の騒乱に巻き込まれた。

 

 

 父母は暗殺され、日々の食事にも怯え、満足に眠ることも出来ず、鬱屈した日々を過ごしていた。

 そんな中で、兄弟はお互いだけを信じるようになっていた。

 いかなる時も離れず、傍にいて互いを守り、世界を共有した。

 そしていつしか兄は「王の印」を継承し、弟は皇帝となっていた。

 

 

『シャルル、覚えているよね。僕達の契約を』

『もちろんです、兄さん。神を殺し、世界の嘘を壊す……私達の契約』

 

 

 嘘ばかりの世界、嘘ばかりの現実、嘘ばかりの人間。

 彼らは嘘を憎んだ、だから嘘を消し去ろうと誓いを立てた。

 妻を娶ろうと、魔女と組もうと、その誓いは変わらない。

 変わらない、はずだった。

 はずだった、のに。

 

 

『――――兄さん。兄さんは私に嘘を吐いた……』

 

 

 ――――気が付くと、青鸞はそこに立っていた。

 鼻をつくのは(ひのき)の匂いだ、そして足元に感じる木材の床が軋む感触、涼やかな夜風が通り抜ける開放された空間。

 青鸞はその空間の名を知っていた、神を祀る舞を奉納する場所(かぐらでん)だ。

 神事として舞と歌を神に奉納し、加護を願う神聖な場所。

 

 

 四隅の柱以外に壁は無く、ただその代わりに、中央に立つ青鸞を取り囲むように無数の本が積まれている。

 本とは言っても綺麗な装丁をされているわけでは無く、紐で縛った古めかしい本だ。

 音は無く、四方で焚かれる篝火の爆ぜ音だけが耳に届く。

 枢木神社の神楽殿にも似ている気がするが、違う気もする、不思議な空間だった。

 

 

「ここは……」

 

 

 自分は確か、饗団の最奥部にいたはずなのに。

 だが何故か、直前のことを思い出そうとするとこめかみのあたりがズキリと痛んだ。

 我慢できない程では無いが、無視できる程でも無い、そう言う痛みだ。

 

 

 そして、一陣の風が吹き抜ける。

 風に煽られて目を閉じ、そして開けば、目の前の状況に変化があった。

 人がいたのだ、それも青鸞と同い年くらいの少女……いや。

 

 

「――――ようこそ」

 

 

 姿だけでは無い、声すらも。

 

 

「継承者よ」

 

 

 青鸞と、全く同じ容姿をしていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「貴女は……誰?」

「『私』はιλε管理者」

 

 

 青鸞と同じ容姿をした彼女は、名前らしきものを口にした。

 だが青鸞にはそれを聞き取ることは出来なかった、いくつかの言語を話す青鸞でも、その言語が何なのかわからなかった。

 だが相手は――便宜上、管理者と呼ぼう――そんなことを気にした様子も無かった。

 

 

 檜の床の上に正座をした姿勢で、目の前に立つ青鸞を見上げている。

 容姿は本当に青鸞と同じだ、髪も瞳も肌も、造りも何もかもが同じだ。

 ただ、瞳に浮かぶ光が静か過ぎる。

 ひたすらに、深い蒼の湖のような静けさがそこに広がっていた。

 

 

「…………」

 

 

 そして名乗り以降、管理者は何も言わない。

 これには青鸞も戸惑った、どうすれば良いのかわからない。

 とは言え、このまま立ち尽くすわけにもいかない。

 

 

「あの、ここは……?」

「ここはコードの記録、全ての知識が眠る場所」

 

 

 次の瞬間、また風が吹いた。

 吹き抜けていく風が四方の篝火を揺らし、同時に積み上げられた書物のページが音を立ててめくっていく。

 その全てに膨大な情報が眠っていく、左胸を突くような痛みに襲われて、青鸞は僅かに呻いた。

 

 

「余計な情報は受け流せば良い、貴女に必要な情報だけを選べば」

「ひ、必要な情報……?」

「そう、貴女は何を求めてここに来たの?」

 

 

 何を求めて、と言われて、青鸞は困った。

 来たいと願って来たわけでは無い、ただ気が付いたらここにいたのだ。

 だが管理者は静かな瞳で青鸞を見上げるばかりで、何かを語ることは無い。

 

 

 彼女は言った、ここはコードの記録が眠る場所だと。

 ならばここには、青鸞の知らないコードの秘密があるはずだった。

 だから彼女は一歩を前に進んで、管理者に問うた。

 

 

「……教えて、コードって何なの?」

「コードは、願いを永続化させるためのもの。世界の願いそのもの、根源に人を、塵を、戻さないためのもの」

「え、と……」

 

 

 どうしよう、わからない。

 管理者の説明は非常に観念的で、青鸞にはわからない。

 そもそも根源とは何か、塵とは何か。

 だがその疑問を感じたのか、管理者はさらに言葉を続けてきた。

 

 

「人は根源から分かたれた塵、人はやがて死に、塵へと戻り根源と還って行く」

「……輪廻転生って、こと?」

 

 

 こくり、と管理者が頷く。

 

 

「人は輪廻の輪の中で巡る存在。塵は塵に消えていく定め、人はその運命から逃れられない。けれどコードはそれを可能にする、根源の創る輪廻の輪からコード保持者を切り離し、固定化する。それが不死という形で現れるのは、不死という形で無ければその願いを叶えられないから」

「願い?」

「そう、根源の願い。塵として離れた人を戻さず、そのままに留め置くこと。そしてギアスとは、コードを通じて根源が人を永遠に留め置こうとするもの。ギアスは他者と溶け合う力、その一端を見せる。けれどそれは刹那であり一瞬でしかない、コードの力の一部しか発現できないギアスでは根源の願いは叶わない……根源の願いを叶える、その契約の証がコードであり、叶える存在がコード保持者、つまり」

 

 

 す……と指先を伸ばし、管理者が青鸞を指差した。

 

 

「貴女」

「ボク?」

「そう」

 

 

 指を下ろし、管理者が頷く。

 コードとは、根源と人を繋ぐ存在。

 コード保持者とは、根源の願いをギアスと言う形で人に伝える存在。

 根源の願いとは、塵となって離れた人が自らに還らぬこと。

 

 

 管理者の言葉は非常に観念的で、やはりわかりにくいものだった。

 それでも自分なりに噛み砕き、整理することで、青鸞は少しだけ理解することが出来た気がした。

 つまり巫女なのだ、コード保持者とは。

 神たる根源の意思を人に伝え、人の想いを根源に届ける神事、それを司る巫女。

 そして、根源の願いとは。

 

 

「継承者よ」

 

 

 管理者が手を差し伸べる、周囲に舞う書物のページの音を聞きながら。

 

 

「手を」

 

 

 その手を取れば、どうなるのだろうか。

 青鸞にはわからない、わからないが、しかし青鸞は手を伸ばした。

 何かに引き寄せられるように、指先を、管理者の掌に。

 

 

 そして、世界が崩れた。

 

 

 檜の床が抜け、篝火が崩れ、書物のページは千切れて飛んだ。

 視界が歪み、どうしようも無い程の崩落感が青鸞の身を襲った。

 だがそれは世界が崩れたのでは無く、崩れることこそが世界なのだ。

 崩れ落ちていく世界、その闇の向こう側、そこで管理者の唇が動くのが見えた。

 

 

「――――継承する」

 

 

 動いたのは管理者の唇、なのに。

 それなのに、声は青鸞の口から漏れた――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――そして再び気が付けば、青鸞はまた別の場所にいた。

 檜の香りが遠くに去り、代わってかび臭い独特の匂いが鼻についた。

 両脇に聳え立つ巨大な本棚、中には分厚い装丁の本が詰め込まれていて、道の先までずらりと並んでいる。

 

 

 どこかの図書館のようにも見えるが、青鸞はそこもやはり知っていた。

 いや正確には、青鸞の中にあるセイラン・ブルーバードの記憶だ。

 ブリタニアの帝都ペンドラゴンにある、帝国図書館に酷似している。

 最も、酷似しているだけで本物かはわからないが。

 

 

「……ここは、また違う場所?」

「その口ぶりからすると、キミは自分の管理者に会ったんだね」

 

 

 不意に声が響く、そして本棚が移動を始めた。

 鈍い音を立てて自動ドアのように本棚の群れが位置を変える、すると青鸞の目の前に1人の少年が姿を現した。

 3メートルはある高い脚立の上に座し、本棚を背もたれに座る金髪の少年。

 V.V.が、傷一つ無い状態でそこにいた。

 

 

 そして2人が出会った瞬間、それぞれのコードが輝きを発した。

 共鳴するように赤い輝きを明滅させ、耳鳴りのような共鳴音が周囲に響く。

 それを受けて、V.V.が己の右掌のコードを見つめた。

 掌を握って光を遮り、笑みを浮かべて青鸞を見つめる。

 

 

「ようこそ、枢木青鸞。僕の世界へ」

 

 

 V.V.の世界、帝国図書館、無数の書物に囲まれたこの世界。

 だが今の青鸞には、その本の一つ一つが記録であることがわかった。

 コードに刻まれた、千年を遥かに超える長い物語の記録だ。

 自分のコードを通じて、それがわかる。

 

 

「枢木青鸞、到達人として管理者と邂逅した今のキミなら……そしてその過程で僕のコードと混線し、僕の記憶に触れたキミなら、僕の……僕達の目的がわかるはずだ」

「……世界の、嘘を」

「そう、壊すんだ」

 

 

 世界の嘘を壊す、在り方を変える、貴方と此方の境界を無くす。

 塵と散った人々を、再び一つに戻す。

 あるべき姿に、混沌の海に、確固たる独り子へと還るのだ。

 皆が一つになれば、自分を守るために仮面はいらなくなる、嘘を吐く必要が無くなる。

 

 

「さぁ、枢木青鸞」

 

 

 再び、V.V.が青鸞に手を差し伸べる。

 誘うように、導くように、願うように、手を。

 その手をじっと見つめて、青鸞は視線を上げてV.V.と目を合わせた。

 V.V.、哀れな永遠の囚われ人。

 弟のために永遠の獄に自ら繋がれた、育たぬ子供。

 

 

「僕と一つになろう、僕とキミのコード、そしてもう一つのコードを合わせることで……僕は、いや僕達は完全な存在になれる。新たなる神の物語が幕を……」

「――――違うな」

 

 

 そして、第3の声が響く。

 それに対して、V.V.は視線を左へと向けた。

 するとまた本棚が移動を始める、道を作るように移動したその先から1人の少女が姿を現す。

 ここはコードの継承者しか入れぬ世界、管理された箱庭、ならばその少女もまたコード保持者だ。

 すなわち、永遠の放浪者――――「魔女」、C.C.。

 

 

「間違っているぞ、V.V.……そいつが手を取り、溶け合う相手はお前では無い」

 

 

 緑の髪を靡かせて、少女……C.C.は、3人の中で最も長い時間を歩んだ放浪の魔女は、儚げに首を傾げて見せた。

 さぁ、と口調を整えて。

 

 

「始めようか」

 

 

 第3の共鳴が、始まった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 かつて、饗団がまだ形すら生まれていなかった古代。

 各地に散っていた「何か」の信仰母体が、お互いの存在を認識したその時。

 「何か」と繋がることの出来る巫女や司祭が、お互いの存在を認識したその時。

 彼らは異なる者同士でありながら、しかし一目でお互いを理解することが出来たと言う――――。

 

 

「く……ふふふ、まさかC.C.、キミまでCの世界に入り込んで来るとはね」

「無駄口を叩いている余裕があるのか?」

「む……」

 

 

 C.C.の額の輝きが増し、V.V.が表情を消す。

 彼の右掌もまた輝きを増す、互いのコードの輝きが相乗するように共鳴を強めていく。

 根を同じくするその力は、まるでお互いを飲み込もうとしているかのようだった。

 

 

「忘れたのか、V.V.……私はお前よりも遥かに長く、コードと共に生きている女だぞ。お前にコードの基礎を教えたのは私だ」

「忘れてなんていないさ、けれどキミも忘れているんじゃないのかい?」

 

 

 笑んで、V.V.が青鸞へと視線を向ける。

 すると、青鸞は己の左胸が熱を持つのを感じた。

 そして頭の中に、さっきのようにV.V.の記憶が流れ込んでくるのを感じた。

 V.V.側から情報が流れ込んできて、青鸞が眉を顰める。

 

 

 だが不意にその圧力が弱まった、V.V.側からの情報の流入の勢いが弱まった。

 本能的に、C.C.の方を見る。

 すると案の定、C.C.が青鸞の方へと視線を向けていた。

 顔はV.V.の方を向いたままだが、目は青鸞の方へと向いていたのだ。

 そして額のコードの輝きが、やや弱くなっているように見えた。

 

 

「流石のキミも、お荷物を抱えたままじゃ僕を圧倒できないだろう?」

「どうかな、意外と何とかなってしまうかもしれんぞ?」

 

 

 挑発に挑発を返す、ついていけていないのは青鸞だけだった。

 V.V.もC.C.も説明しない質だから、いやしても自分に都合の良い説明ばかりだから、無理も無かった。

 

 

「それにしてもC.C.、キミもわからない人だよね。キミはシャルルの理想に共感して、僕達の仲間になったはずじゃないか」

「え」

 

 

 青鸞が驚きの声を上げるとV.V.は笑みを深くした、一方でC.C.は冷静な表情を崩さなかった。

 だが青鸞の方はそうは行かない、それだけのことをV.V.は言ったのだから。

 それを見て流石に説明の必要を感じたのか、C.C.はちらりと青鸞を見やった。

 

 

『私は、かつて饗団のトップの地位にいた』

 

 

 頭の中に直接声が響いた、いや、これは声と言うよりは音声イメージと言った方が正しいかもしれない。

 コードを通じた通信、繋がるという感覚がその答えだ。

 それによると、C.C.はV.V.の前の饗主だったと言うのだ。

 

 

 まぁ実権は無く、ほとんどお飾りのトップだったようだが。

 ただ現状の饗団を知った青鸞には、やや受け入れにくい情報ではあった。

 それを感じたのだろう、C.C.は僅かに口元に笑みを浮かべた。

 

 

『それで良い、お前は私を許すな。私は確かにお飾りで、饗団の活動にもまるで興味は無かったが……何かをしようと思えば、出来た。出来たはずだ、だがしなかった』

 

 

 逃げた、とは、少し違う。

 薄々勘付いてはいたのだ、もしやと思うことも何度もあった。

 だけど、見ないふりをした。

 自分を受け入れてくれた人達と、完全に違えてしまうことが怖かったから。

 

 

 しかしそうした郷愁めいた想いは、今は少し薄れていた。

 何故ならば、彼女は知っていたからだ。

 かけがえの無い……かけがえの無いと想っていた友を。

 

 

「……確かにな。V.V.、私はお前とシャルルの誓いに同意した。だがV.V.、その誓いを破ったのは他ならぬお前だろう……マリアンヌを殺した、お前が」

「なっ……!」

 

 

 始めてV.V.が動揺した、その際にコードの輝きが途切れる。

 そして自らも額のコードの輝きを鎮めて、長い髪を指先で梳きながらC.C.は言った。

 

 

「お前はマリアンヌを殺した、私はそれを知っている。そしてお前はそれをシャルルに伝えなかったな……嘘を吐いたんだ、お前は。シャルルに、世界で唯一嘘を吐かないと誓った相手に嘘を吐いた」

「……違う」

「お前は嘘を吐いた、V.V.。誓いを立てておきながら……だから私は饗団を去った、お前達の下から去った」

「違う……」

「違う? 何が違うんだ?」

「違う……違う! 違う! 違う!!」

 

 

 V.V.は叫んだ、彼の心の動きを表すかのように、周囲の本棚がドミノ倒しに倒れていく。

 本棚が零れ、足元が地響きのように揺れていた。

 

 

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウッッ!!」

 

 

 あまりの剣幕に、青鸞が気圧されたように表情を固くした。

 引いている、と言う表現が一番正しいだろう。

 青鸞には状況が読めない、C.C.とV.V.の間にかつて何があって、今何があったのか、わからないから。

 

 

「僕は……僕はシャルルに嘘を吐いてなんかいない! あの女が……あの女がシャルルを誑かすから!」

「シャルルとマリアンヌは、形はどうであれ……互いの絆を大切に想っていた」

「だから何だ!? シャルルにとって僕との誓いが! 僕との絆が! 1番であるはずじゃないか! 世界から嘘を無くす、そのための契約じゃないか!」

 

 

 憤怒の表情で、唾を飛ばしながらV.V.が叫ぶ。

 

 

「それをあの女が、あの女がシャルルを誑かして……僕を排除しようとした! シャルルに人とわかり合う楽しみを教えて!!」

「それの……それの何が、いけないの?」

 

 

 事情が読めないなりに、わからないなりに、青鸞は疑問を感じた。

 他人と理解し合う喜びを知る、そのことに悪いことなど無いように感じた。

 

 

「いけない……いけない? いけないに決まってるだろう!? シャルルに僕との契約を無かったことにされたら、僕だけが置いていかれてしまう……!」

 

 

 そんなことは、断じて許されない。

 許されるはずが無い、少なくともV.V.はそう考えた。

 だから、あの女……マリアンヌを殺した。

 テロリストの暗殺に偽装して、ナナリーやルルーシュを偽の目撃者に仕立て上げて。

 

 

 そのおかげで、どうなった?

 シャルルは再びV.V.のみを頼みとするようになった、各地の遺跡を手に入れるための戦争も、必ずV.V.に相談して助力を乞うようになってきた。

 もちろんV.V.は持てる力の全てを捧げてシャルルを支えた、その結果が今の強大なブリタニアだ。

 シャルルを支えるのは自分だ、だって自分は――シャルルの、兄なのだから。

 

 

「――――でも、そうだね、C.C.。キミに……ああ、枢木青鸞、キミもだね」

 

 

 ゆらり、と身を揺らして、V.V.はC.C.と青鸞を見下ろした。

 その瞳は明らかに正常では無い、どこか歪んでいた。

 ぞわり、と、肌が……いや、コードが震えた。

 

 

「あの女のことを知られた以上……ここから出すわけには、いかないよねええええぇぇぇっっ!!」

 

 

 V.V.が右掌を掲げる、赤い輝きが生まれ、そして飛翔した。

 目も嘴も無い赤い鳥が、赤い軌線を描いてV.V.の右掌から飛び立ったのである。

 それは――――青鸞に向けて放たれていた。

 

 

(え――――……!)

 

 

 青鸞はそれに対して反応できない、だが代わりにコードが反応した。

 左胸の輝きが増し、飛翔する赤の鳥へと伸びていった。

 飛翔する鳥は、足を緩め……しかし、止まることは無かった。

 

 

 肌が泡の中にいるかのようにザワめく。

 アレは不味い、ダメだ、不味い。

 本能が叫ぶ、あの光は絶対に不味いと。

 だがどうすることも出来ない、力が弱すぎてV.V.のコードの力を跳ね付けることが出来ない。

 物理的に避けることも出来ず、青鸞は……。

 

 

「馬鹿! 避けるな、受け止めろ!」

「……!」

 

 

 駆け寄ってきたC.C.に背中を支えられて、V.V.の力を受け止めることになった。

 次の瞬間、頭が裂けた。

 頭が裂けたかと思える程の衝撃が、青鸞の頭を……脳を貫いた。

 

 

 頭の中に浮かび上がるのは、憎悪のイメージだ。

 殺意のイメージ、負のイメージ、憎しみのイメージ、膨大な情報が津波のように青鸞の中を駆け巡った。

 肉体を引き裂かれるのでは無いかと思える程の衝撃に、青鸞は喉を引き攣らせた。

 

 

「うぁ……っ、あ、ああああああああああああああああああぁぁぁっっ!?」

『落ち着け、自分を見失うな!』

 

 

 C.C.の声が聞こえる、だがもはや前後左右すらわからない。

 傍に誰がいるのかも、自分が誰であったのかも、まるで何かと溶け合うように失われていく。

 流出していく、いや膨大な情報の中に溶け込んでいく。

 自分の身体が溶けていく心地に、青鸞は悲鳴を上げた。

 

 

 理屈はわかる、おそらくV.V.は青鸞の力を得てC.C.に対抗するつもりなのだ。

 V.V.の力だけではC.C.に勝てない、だが青鸞と合わせて2つのコードならば。

 そう言う理屈はわかる、一番弱いのはコード保持者最年少の青鸞なのだ。

 しかし片隅のその思考すらも、徐々に薄れて……。

 

 

『思い出せ、枢木青鸞! お前は何のために戦ってきた!?』

 

 

 何の、ために。

 薄まる意識の中で、青鸞はC.C.の声を聞いた。

 

 

 

 

『国の独立のためか!? 日本人のためか!? お前を信じる民や仲間のためか!? アイツの……ルルーシュのためか!?』

 

『思い出せ、それらはどんな感情に起因するものだったのかを!』

 

『父の贖罪のためか!? 兄への復讐のためか!? ルルーシュや仲間への義理立てのためか!?』

 

『違うだろう!』

 

『私は知っているぞ……V.V.のことと同様、知っているぞ!』

 

『お前とコードで触れ合った、私だけが知っている!』

 

『お前の本心を、お前の本質を! お前のコードを!!』

 

『答えろ、枢木青鸞!!』

 

『お前は!!』

 

 

 

 

 ――――何のために、戦うのか。

 いや、違う。

 何を原動力として、どんな心の力を源として、戦場と言う地獄を駆け抜けて来たのか。

 

 

 痛い思いをして、苦しい思いをして、辛い思いをして。

 傷ついて、傷ついて、傷ついて。

 プライド、意地、傲慢、虚栄、それら全ての余計な感情の皮を剥ぎ取った先にあるものは何か。

 枢木青鸞と言う存在の、その本質は何か。

 

 

 ……――――「わたし」、は――――……。

 

 

 その時、声が聞こえた気がした。

 泣き声だ。

 子供の泣き声が、聞こえた気がした。

 

 

(……あ……)

 

 

 その子供は、泣いていた。

 どうして泣いているのかはわからない、ただ、泣いていた。

 助けて、助けて……そう、泣いていた。

 

 

(どう、して……泣いて、いる、の……?)

 

 

 怖いんだ、と、子供が言った。

 周りの声が聞こえなくて、周りの景色が見えなくて、同じものが傍にいなくて。

 何もわからなくて、怖いんだ、と。

 

 

 怖い、助けて、そう泣いている子供に青鸞は頷いた。

 わかるよ、と、頷いた。

 自分も、皆も、一緒だから……と、頷いた。

 皆も? と聞いてくる子供に、頷く。

 

 

(……一緒、だよ……)

 

 

 誰もが、他者のことがわからなくて、怖がりながら生きている。

 だから、貴方だけがおかしいんじゃない。

 大丈夫、そうやって手を差し伸べた。

 自分がされたように、手を差し伸べた。

 

 

 大丈夫、そんな気持ちを込めて右手を差し出した。

 子供は、おずおずと……涙を湛えたまま、それでも。

 嘘じゃない? そう不安そうに聞いてくる子供に、青鸞は微笑んだ。

 

 

(……嘘じゃない、よ……)

 

 

 一緒にいる、嘘じゃない、だから泣かないで。

 そして、その子供は。

 子供は――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 不老不死であるV.V.はともかく、その他の饗団員は生身の人間である。

 まして軍人では無く研究者、あるいは信仰者である彼らは戦う術を持たない。

 であれば当然、V.V.周辺の幹部メンバーは脱出と言う行動を取ることになる。

 

 

「饗主V.V.は……」

「あの方は不死身だ、問題ない」

「むしろ危険なのは我々だ、一刻も早く研究データと共に……」

 

 

 施設の地下にはリニアトレインがある、「門」の力を利用した脱出艇とも言うべき乗り物だ。

 ただ幹部のみの脱出艇であるため乗員は10人未満、一般のメンバーは存在自体知らない。

 だがそれで良いのだ、重要なのは研究データと組織運営のノウハウであって下っ端の科学者では無いのだから。

 

 

 とにかく、彼らは地下の通路を急ぎ足で歩いていた。

 先頭を行く男の手には数枚のディスクが握られている、言葉の通り過去の研究データが詰まった圧縮情報媒体だ。

 饗団はここや神根島の遺跡のような場所があればどこでも存在できる、彼らはひとまずEU方面に逃げるつもりだった。

 

 

「それにしても、どうしてここの座標が知られたのか……」

「誰かが裏切ったのだろう」

「だが誰が、そんなことをして何の得がある」

「無駄口を叩くな」

 

 

 不安になると口数が多くなるのは誰でも同じらしい、怖れを含んだ声で囁き合う幹部連を先頭の男が叱咤する。

 そうこうする内に脱出艇のある場所に出た、広い空間だが照明が落ちている。

 主電源が落ちたのだろうと踏んだ彼らは、手探りで入り口近くの端末を弄った。

 程なくして独立した予備電源が入り、薄暗いながらも照明がついた。

 

 

「ふぅ…………ッ!?」

 

 

 ほっとしたのも束の間、彼らは息を呑んだ。

 何故ならば彼らの目の前にあったのは脱出艇などでは無く、1機のナイトメアだったからだ。

 ナイトメアで潰されたのだろう、脱出艇のコックピット部分が破壊されているのが見えた。

 そしてそれを成したのは、まさに彼らに武装を向ける濃紺のナイトメアだ。

 

 

 さらにその足元には、見覚えのある2人の人間がいる。

 1人は女性、手に銃を持った銀髪褐色の女だ。

 そしてもう1人は男、禿げ上げた頭と片眼鏡(モノクル)、でっぷり太った身体を軍服に無理やり押し込めたような体系の男だった。

 ヴィレッタ、そしてバトレー、共にブリタニアの軍人である。

 

 

「お、お前達、何を……」

 

 

 うろたえる饗団員の前で、ナイトメア……ラグネルのコックピットが開いた。

 中から出てきたのは、深紅の軍装に身を包んだ美女だった。

 ボリュームのある紫の髪にルージュ、引き締まった身体。

 誰が見ても、その女性が誰かわかる圧倒的な存在感。

 

 

「こ、コーネリア……!」

「ど、どうして第2皇女がここに」

「ふ……脆弱者共め」

 

 

 自分の姿にうろたえる饗団員達に皮肉気な笑みを見せた後、コーネリアは愛用の剣型の銃を構えた。

 銃口を向けられ恐怖の声を上げる饗団員達にピクリと眉を顰めた後、彼女は。

 迷うことなく、引き金を引いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――え?

 と、ナナリーは心に一瞬の空虚を作った。

 それは純粋な驚きから来るもので、彼女は思わず後ろを振り向いた。

 

 

 だが、それは少しおかしな行動だった。

 何故ならナナリーは誰よりも奥に、つまり扉の側にいたはずなのだ。

 それなのに後ろを振り向くのは、彼女よりも後ろに人が現れたからだ。

 そしてその人物の髪先を頬に感じて、通り過ぎていくのを感じた。

 

 

「何……?」

 

 

 ルルーシュも目を見張っている、ただ彼の場合は妹とは少し事情が違う。

 何故なら彼の目には、2人の人間がコードの輝きと共に姿を消したように見えたからだ。

 そしてその一瞬の後、3人の人間が門の前に出現したのを見た。

 瞬間移動か、いや違う、もっと他の何かだと本能的に感じた。

 

 

 消えたのは、V.V.と青鸞。

 そして現れたのは、V.V.と青鸞、そしてC.C.。

 どうしてC.C.がここに、と言う疑問には意味が無い。

 だがそのC.C.が青鸞を支え損ねたような体勢でナナリーの横を掠め、階段を転げ落ちてくる姿を見て、ルルーシュは駆け出した。

 

 

「C.C.!? ……青鸞!? これはいったい……」

「……うるさいぞ童貞、前後不覚の女の耳元で騒ぐな」

「なっ!?」

 

 

 ちなみに返事をしたのはC.C.である、これが青鸞だった場合、ルルーシュの衝撃はさらに大きなものになっていただろう。

 そしてその青鸞だが、どうやら気を失っている様子だった。

 だがそれほど深刻な気絶では無いのか、ルルーシュが何度か呼びかけると、うっすらと目を開いた。

 

 

「青鸞、どうした。大丈夫か!?」

「あ……ルルーシュ、くん?」

「ああ、俺だ。いったい何があった?」

「おい、どうして私には心配の言葉をかけないんだ?」

 

 

 ヴェンツェルや彼女に肩を貸されたジェレミアが見守る中、青鸞はルルーシュに半ば抱えられるようにしながら、己の右掌を見た。

 そこには、刻印が刻まれていた。

 赤い、鳥が羽ばたくような刻印が。

 

 

「青鸞、お前、それは……」

 

 

 それは、コードだ。

 だが青鸞のものでは無い、青鸞のコードは変わらず左胸にあり、淡い輝きを放っている。

 ならばそれは、他人のものだ。

 そして右掌にコードを持つ者は、世界に1人だけ。

 

 

「そ……そんな、馬鹿な……」

 

 

 呆然と呟くのは、門に寄りかかるようにして立っていた少年だった。

 V.V.、彼は信じられないようなものを見る目で自分の右掌を見ていた。

 そこには、あったはずのものが無い。

 コードが、無かった。

 ブリタニアの血統が伝えていたはずの刻印が消えて、綺麗な肌が見えていた。

 

 

「ぼ、僕の……僕のコードが、そんな……そんな馬鹿なぁっ!?」

「……コードは人を渡る。そうだろう、V.V.」

「ふざけるな! こんなことが……こんな、ことが」

 

 

 膝から床へと崩れ落ち、揺れる瞳で階下の青鸞を睨むV.V.。

 その視線を受けて、青鸞はルルーシュの胸を押してその場に立った。

 自分の足で立ち、V.V.と視線を交し合う。

 

 

 だが、V.V.の言うことは理不尽なのだ。

 自分だって青鸞の持つクルルギのコードを、より言えばC.C.のコードすら奪おうとしておいて、いざ自分のコードを奪われて狼狽するなど、身勝手極まるというものだった。

 だが、それが人と言うものなのだろう。

 エゴで、身勝手で、我侭で……そして、だからこそ。

 

 

「……愛だ、V.V.」

「何……?」

 

 

 C.C.の言葉に、V.V.が眉を顰めた。

 

 

「枢木青鸞の本質、そのコードは……『愛』なんだ、V.V.」

 

 

 C.C.やV.V.には、けして理解できない感情だ。

 コードにはそれぞれ司るものがある、例えばC.C.のコードは「移ろい行く時」を、例えばV.V.のコードは「虚偽と真実」を司る。

 そして青鸞のコードが司るのは――――『不朽の愛』。

 

 

 愛とは、全ての活動の原動力となる心の力だ。

 国を愛することも、家族を愛することも、友人を愛することも、異性を愛することも。

 そして国や家族や友人や異性への憎しみも、それは元々あった愛情が反転したものであると言える。

 憎しみもまた、愛を種として育つ。

 それが枢木青鸞、それがコード『ιλε』。

 

 

「枢木青鸞は最後にお前の力を受け入れた……否定せず、受け入れた。コードを、運命(さだめ)を、そして……コードが、根源が、青鸞を選……」

「そんなに……難しい話じゃ、無い」

 

 

 よろめきながら一歩を進み、青鸞はV.V.に弱々しい微笑を見せた。

 憔悴している様子だが、足取りはしっかりとしていた。

 そう、そんなに難しい話では無い。

 

 

 救ったとか、受け入れたとか、そんな話では無い。

 ただ、手を差し伸べただけだ。

 V.V.と言う少年への憎しみは消えていない、消えるはずも無い、だが。

 だがそれでも、目の前で怖い、助けてと泣いていた子供を。

 

 

「……認めないよ……」

 

 

 低い声で、崩れ落ちたV.V.が……身体の端から砂のように風に溶けて、いや扉の向こう側へと吸い込まれているように見える少年が、青鸞を見つめた。

 その瞳には、確かな憎悪があった。

 憎しみ、悔しさ、理不尽への反発。

 

 

「愛? ……そんなもの、僕は認めない。信じない……」

 

 

 サラサラ、サラサラと……コードを失い、「塵」となっていくV.V.。

 

 

「そんな目に見えない、感じられないもの……僕は信じない。僕が信じるのは……」

 

 

 その時、青鸞がV.V.に手を差し伸べた。

 右手を、さっき幻視した世界でそうしたように、V.V.に。

 誰も信じられなくて、怯えている男の子に。

 

 

「ふん、同情なんて、いらない、よ……」

 

 

 捧げられたその手を、V.V.は鼻で笑って拒絶する。

 

 

「僕が信じるのは、たった1人だ……シャルル、僕の弟。ああ、シャルル。最期まで傍にいてあげられなくて、ごめ……ん……」

 

 

 ――――サラッ。

 そして風に吹かれるように、衣服すら残さずに。

 V.V.と呼ばれた不死の少年は、根源へと還っていった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その時、豪奢な衣装を纏った白髪の男が、ピクリと眉を動かした。

 

 

「――――先に逝きましたか、兄さん……」

 

 

 男は、瞑目するように顔を伏せ、嘆息すると、玉座から立ち上がった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ガタンッ、と、入り口の方から音が響いた。

 何かと思って振り向けば、そこには饗団の黒いローブに身を包んだ者達がいた。

 どうやらルルーシュがガウェインで崩した瓦礫をどけて、中に入ってきたらしい。

 何人……いや何十人もの饗団の信者達がそこにいた。

 

 

 これには流石のルルーシュも舌打ちした、饗団のメンバーが乱入してくるとは思わなかったのだ。

 どうやら非戦闘員のようだが、それでも数は脅威だ。

 ギアスを使うかどうか悩んでいると、ふと気付いた。

 信者達が呆然とした、信じられないものを見たような顔をしていたからだ。

 

 

「き、饗主V.V.様が、お隠れになられた……?」

 

 

 誰かが呟いた言葉に、ルルーシュはさらに舌打ちした。

 本当に面倒な、V.V.の消滅を見られていたらしい。

 今の所信者達は茫然自失としているが、きっかけさえあれば暴発して……。

 

 

「し……C.C.様!」

 

 

 その時、さらに誰かが叫んだ。

 信者達の目が一斉にC.C.を捉え、彼らは安堵の表情と共にC.C.の……つまりルルーシュ達の下へと殺到した。

 しかし必要以上に近付くことは無く、2メートル程離れた位置で先頭の者達が膝をついて跪いた。

 まるで、神や神の代行者に傅く信徒のように。

 

 

「お戻りになられたのですね、C.C.様!」

「C.C.様、どうか我らをお救いください!」

「我らをどうか、お導きください……!」

 

 

 どうやら彼らは、V.V.に救いを求めてここに来たらしい。

 それはつまり黒の騎士団の制圧が上手くいっていると言うことだったが……いや、これはこれで好都合だとルルーシュは思った。

 このままC.C.を饗主として祭り上げれば、労少なく饗団を手中に出来ると考えたからだ。

 ところが……。

 

 

「……悪いが、私はもう饗主では無い」

 

 

 当のC.C.が、あっさりとその可能性を否定してしまった。

 ルルーシュは心の中でC.C.を「馬鹿か」と罵った、形だけでも合わせておけば良いものを。

 ただ思い返せばC.C.がルルーシュの思惑通りに動いたことなど無いのだから、ある意味では順当と言えるのかもしれない。

 

 

「そ、そんな……」

「C.C.様……」

 

 

 ただC.C.も、救いを求めるような表情を浮かべる信者達に思う所はあったらしい。

 僅かに痛ましそうな表情を浮かべる、が、それでも彼女自身が饗団に戻ると言う選択肢は無かった。

 だって、ここに彼女が求めるものは無かったから。

 元々、本当に饗団の活動には興味が無かったのだ。

 

 

 しかしそんな彼女の代わりに、信者達の前に出る少女がいた。

 枢木青鸞、V.V.からコードを奪い取った存在。

 青鸞は右掌を掲げた、そして左胸のコードの力も強めて赤い光を放った。

 それを見て、信者達の間にどよめきが走る。

 

 

「――――ボクが、なるよ」

「何……?」

 

 

 ルルーシュが声に出して、そして声にこそ出さないがC.C.も、疑問の感情を顔に出していた。

 だが意味はわかる、青鸞が新たなる饗主としてギアス饗団のトップになると言う意思表明だろう。

 饗団のトップに立つための絶対条件は、コード保持者であることだ。

 根源と繋がり、信者を導き、解明と革新と理解をもたらす。

 それが、饗主。

 

 

「……本気か?」

「うん」

 

 

 問うたのはC.C.、かつて饗主だった女。

 頷くのは青鸞、これから饗主になろうとしている少女。

 

 

「どうしてなろうとする? 日本の独立のために利用するためか」

「……」

「それとも哀れんだのか、こいつらを。寄る辺が無ければ立てもしない、弱い者達を」

「…………」

「……お前が思っている程、饗主の座は座り心地の良い物では無いぞ」

 

 

 今なら、それが心配の感情から来ているものとわかる。

 コードを通して繋がったから、青鸞にもC.C.の本質が見えている。

 だから、青鸞はさらに一歩前に出た。

 ルルーシュとC.C.、それにジェレミアやヴェンツェルが見ている前で、青鸞は信者達を見た。

 

 

「ボクが次の饗主になる。出来るかはわからないけれど、貴方達と一緒に行く」

 

 

 コードの輝きが、温かく信者達を包み込んでいく。

 おお……とざわめく信者達に、青鸞は「でも」と言葉を重ねた。

 

 

「その代わり、条件がある」

「条件……?」

「貴方達は……」

 

 

 首を傾げる信者達に、青鸞は息を吸った。

 一瞬だけ、ルルーシュへと視線を向ける。

 それは彼女が、今から彼の言葉を使うからかもしれない。

 すなわち。

 

 

 

「貴方達は――――正義の味方になれっ!!」

 

 

 

 一瞬、間が空いた。

 信者達は意味がわからずぽかんとしていたし、ルルーシュ達にしても難しい顔をしていた。

 ただ1人、C.C.だけはにやりと笑みを浮かべていたが。

 

 

「V.V.が進めていたやり方は、全て捨てる。コードを解明するための人体実験はしない、子供を攫うこともしない、誰かを傷つけることもしない」

 

 

 ロロのような、哀しい子供を生み出す方法は全て捨てる。

 そう告げた青鸞に、信者達は困惑したような表情を見せた。

 彼らにとってはコードの、そして根源の謎を解明することが存在意義だ。

 V.V.が示した方法は一つの手段でしか無いにしても、ではどうやって、と言うのが素直な感情だった。

 

 

「これまでの方法で、何か具体的な進展があった? 無かった、そうでなければいつまでもギアスの実験なんてしない。なら、今後は別の手段で進めていけば良い」

 

 

 成果の出ない方法を捨て、別の方法を試す。

 代替わりはその良い機会だと、青鸞は言った。

 

 

「だから貴方達には、正義の味方になってほしい。ギアスと言う他には無い力を、もっと世の中を良くするために使ってほしい。哀しい力じゃ無くて、もっと幸せな力にするために。ギアスが不幸を呼ぶ時代を終わらせて、新しい時代を創るために。だから……」

 

 

 枢木青鸞が――――いや。

 新たなる饗主……『A.A.(えー・つー)』が命じる。

 お前達は。

 

 

「正義の、味方になれ……!」

 

 

 一瞬、再び間が空いた。

 驚きと困惑のための時間、理解と浸透のための時間だった。

 そして、最初に反応を返したのは。

 

 

「……イエス」

 

 

 ヴェンツェルだった、彼女は僅かに首を傾げて微笑すると、ジェレミアから肩を外してその場に膝をついた。

 

 

新たな饗主の(イエス・ユア・)意のままに(ホーリネス)

 

 

 そしてそれが、始まりだった。

 急なことに動揺していた信者達も、互いに囁きと頷きを交し合った後に青鸞に身体を向けて跪いた。

 

 

「「「「「新たな饗主の(イエス・ユア・)意のままに(ホーリネス)!!」」」」」

 

 

 ギアス饗団が、枢木青鸞を新たな饗主に戴いた瞬間だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そして、ここにただ1人……当事者でありながら、何も理解できないでいる少女がいる。

 言うまでもなくナナリーだ、流されるばかりの彼女は、誰も説明してくれない事象について理解できるほど聡くは無かったのである。

 ナナリーの立場から見れば、この状況、どう見えるのだろうか。

 

 

 まず意味もわからず誘拐され、見知らぬ騎士に救われ、誘拐犯らしき少年が現れて、兄と幼馴染と居候が来て、何だか良くわからない内に誘拐犯の気配が消えて、無数の人間が現れたかと思えば、幼馴染の少女に従う……という理解で良いかはわからないが、とにかくそう言う方向で話がまとまったように思う。

 流石のナナリーも、いい加減不満を持ち始めていた。

 いくらなんでも、これは……と、考えた矢先、後ろで鈍い音が響いた。

 

 

「……?」

 

 

 車椅子を手で操作して振り向けば、頬を風が撫でるのを感じた。

 そしてそこにいたのは、ナナリーも知っている気配だった。

 その気配に、ナナリーがはっとした表情を浮かべる。

 彼女の耳には、小さな金属音も聞こえていた。

 

 

 

「ルルーシュ……我が不肖の息子よ、それでこの父の手足をもいだつもりか?」

 

 

 

 予想外の声に、ルルーシュは息を呑んだ。

 まさか、と言う思いが強かった。

 何よりもあり得ないと言う思考が走った、まさか、「あの男」が自らここへ、と。

 しかしそれは、現実だった。

 

 

「ほう、そう簡単に振り向いてしまって良いのか? 我がギアス、知らぬわけでもあるまい」

 

 

 ぐ、と、ルルーシュはその声に振り向きかけた足を止めた。

 皇帝のギアスに対抗できるのはジェレミアのギアスキャンセラーぐらいだろうが、今はそのジェレミア自身が不調だ。

 皇帝のギアスはルルーシュと異なり回数制限が無い、それこそコード保持者でも無ければどうすることも……。

 

 

 甲高い、それでいて乾いた音が、響いた。

 

 

 次いで、何か重い物が倒れる音が響いた。

 カラカラと言う車輪が空回りする音が混じったそれは、ルルーシュが良く知る音だった。

 より具体的に、表現するのであれば。

 車椅子が、転ぶ音。

 

 

「……ッ、ナナ……!」

 

 

 ナナリー、と、最後まで呼べなかった。

 何故なら、倒れた車椅子の陰から見える小さな手に力が無かったから。

 何故なら、皇帝の手の中に銃が握られていたから。

 最初の音がいわゆる銃声と呼ばれるもので、目の前の状況から読み取れる現実は、つまり。

 

 

 がくん、と、ルルーシュが床で膝をつくのを青鸞は見た。

 彼女自身の身体も震えていた、あのC.C.でさえ目を見開き、目の前の異常な状況を見ることしか出来ないでいる。

 ――――皇帝が、父親が、ナナリーを、娘を撃ったと言う事実を。

 

 

「……せめて本国で葬ろう、母親と、同じ場所に」

 

 

 皇帝が低い声でそう言って、倒れ伏したナナリーへと近付いていく。

 それを見たルルーシュは我に返った、咄嗟のC.C.の制止をも振り切って立ち上がり、駆け出す。

 しかし、その伸ばした腕が届くことは無かった。

 第二の銃声が響く、それはルルーシュの左肩を正確に撃ち抜き、彼はその場に無様に倒れた。

 

 

「が……っ!?」

「ルルーシュくん!?」

 

 

 肩から血を流して倒れたルルーシュに、青鸞が駆け寄る。

 だがルルーシュは己の傷などまるで構わずに、唸りながら腕を上げていた。

 手を、皇帝の腕の中の妹へと向けていた。

 だが妹は、ナナリーはぐったりとしていて、ルルーシュに何の反応も返さなかった。

 

 

「――――良かろう。それでこの父を倒せると言うのであれば、挑んでくるが良い。全てか無か(オール・オア・ナッシング)、戦いとは本来、そう言うものだ」

「ま、待て……ッ」

 

 

 だが、皇帝が待つはずも無い。

 ナナリーを抱きかかえたまま、皇帝の背が扉の向こうへと消えていく。

 今にも飛び出して行こうとするルルーシュを、青鸞は押さえた。

 ルルーシュが非力で無ければ、振り払えていたかもしれない。

 だが現実としてルルーシュは皇帝を、妹を追いかけることが出来なかった。

 

 

 そして、門が閉じていく。

 光の中に消えていく妹の姿に、それでもルルーシュは手を伸ばし続けた。

 守りたくて、守りたかった、守るはずだった、たった1人の肉親。

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの、魂の宝。

 だから……それ、なのに。

 

 

「ナナリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッッ!!!!」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――洛陽近郊。

 もうすぐ夜闇に包まれるだろうその戦場には、無残な鉄の残骸と焦げた肉の塊が幾重にも折り重なって倒れ伏していた。

 国の命令に従った、あるいは国を守るために戦った英霊達だ。

 

 

「ば、馬鹿な……!」

 

 

 ドス黒い煙で覆われた戦場の空で、星刻は戦慄に身を震わせていた。

 損害は明らかに中華連邦軍の方が多い、だがそれは覚悟の上だった、敵の方が装備の質で遥かに上回っていたのだから。

 だから星刻は非情な策として物量戦に訴えたのだ、過去の侵略者達がそうだったように、中華の懐に収めて喰らおうとしたのだ。

 

 

 だが、その策はもう瓦解しようとしていた。

 ブリタニア軍が予測よりも強大だった? 違う、ブリタニアの強さは星刻の想像の範囲内だった。

 ラウンズが予想よりも厄介だった? 違う、物量と陽動で消耗戦に持ち込むことで威力を半減させた。

 ならば何が、星刻の戦術を瓦解させたのか。

 

 

「たった1機のナイトメアで、戦局が……」

 

 

 斑鳩の艦橋で、藤堂も呆然とした声を上げていた。

 それだけ目の前のことが信じられないのだろう、藤堂にしては珍しく、二の句が告げないでいる。

 艦橋のメインモニターには、戦場の空、最も高い位置で中華連邦の地上軍を睥睨している1機のナイトメアが映し出されている。

 

 

 白い西洋鎧を着た騎士を思わせるデザイン、天使を思わせる薄緑の翼。

 飛翔滑走翼とは明らかに違うその翼の正体を知るのは、反ブリタニア陣営ではただ1人。

 斑鳩に乗る技術者、ラクシャータだけだった。

 

 

「エナジーウイング……」

 

 

 バキッ、とキセルを握り折りながら、ラクシャータは悔しげに唇を噛んだ。

 

 

「……第9世代KMF、完成してたのかい……」

 

 

 第9世代KMF、『ランスロット・アルビオン』。

 神聖ブリタニア帝国の技術の粋を注ぎ込んだ究極のKMFであり、唯一の第9世代KMFにして世界最強のKMFである。

 中華連邦の地上軍の一部をたった1機で壊滅状態に陥れたそのパイロットは、「帝国の剣」ナイトオブラウンズの第7席。

 

 

「……………………」

 

 

 枢木スザク。

 スザクはただ、ランスロットのコックピットの中から戦場を見下ろしていた。

 超越者のように、何も言わず、ただ。

 哀しそうな眼で、見下ろしていた。

 




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 ふふふ、はたして誰が予測できたでしょうか?
 この私が、ハーメルン及び小説家になろう屈指のリアルシスコン(え)である私が、そして今まで数々の妹キャラクターを描いてきた、この私が!

 ナナリーと言う、コードギアス随一の妹キャラにあんなことをするとは!

 私ですらも予想できませんでした、何しろ面白そうと言う理由で、あと読者の度肝を抜けるかもと言う理由で、まさかナナリーを撃つとは。
 ふふふ、さぞや驚いたことでしょう。
 もしこれで後に私がやりたい展開が読めた方は、もう作家として小説を描かれることをお勧めいたします。
 読まれたらどうしよう……。

 そんなわけで、次回予告です。


『ナナリーちゃんは、ルルーシュくんの宝物。

 ルルーシュくんは、ナナリーちゃんのために戦ってきた。

 ナナリーちゃんのための叛逆、ナナリーちゃんのための黒の騎士団。

 ルルーシュくんの、全てだった。

 でも、ボクは知ってる……ボク自身がある人に気付かされたから、知ってる。

 けして、それだけじゃないって』


 ――――TURN19:「哀しみ の 恋歌」


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