コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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TURN20:「希望 への 撤退」

 帝都ペンドラゴンは、騒々しさの中にあった。

 皇帝の極東親征は一大イベントではあるが、それすら問題にならない程のことが起こったのだ。

 それは皇帝シャルルが枢密院を通じ、極東親征と共に臣民に発表したある事柄についてだった。

 

 

 ――――次期皇帝の発表。

 

 

 皇帝シャルルは皇族の中で最も優れた者を次期皇帝に指名すると公言していた、だからこそ皇族・大貴族達は次期皇帝の座を巡って醜くも壮絶な後継者レースを繰り広げていたのである。

 そして皇帝が太平洋艦隊を率いて出陣する今日、国中の皇族・大貴族が皇宮ペンドラゴンに召集された。

 第一皇子オデュッセウスはもちろん、皇帝候補と目される人物はほとんどいた。

 

 

「うーん……シュナイゼルはいないのかい、ギネヴィア?」

「はぁ、急なことでしたし。それに中華連邦では連絡も……」

 

 

 一同の先頭に立つオデュッセウスの疑問は最もだった、この場には第二皇子シュナイゼルがいない。

 次期皇帝を発表するこの場にシュナイゼルがいない、能力的に最も次期皇帝に近いと目されていただけに、集まった者達の視線は嫌でも第一皇子であるオデュセウスに集まる。

 能力的にはいまひとつとの評価もあるが、他の皇族と違い温和な性格で敵が少ない。

 そのため、彼ならば皇帝の座についても不満が噴出することも無いだろうとの判断があった。

 

 

 はたして皇帝は、オデュッセウスに次期皇帝の座を約束するのか?

 あるいは他の皇族の名を告げるのか、それとも皇族の枠組みに囚われず他の名を出すのか?

 式部官が皇帝の入来を告げる頃には、謁見の間に集まった一同の胸中のザワめきは最高潮に達していた。

 

 

「……皆、良く集まった。大義である」

「「「イエス・ユア・マジェスティ!!」」」

 

 

 玉座に座りながらの声に、緊張した声が唱和する。

 今か今かと皇帝シャルルの言葉を待つ一同の様子を、皇帝はゆっくりと見渡した。

 その瞳は冷たく、射抜かれた者は緊張に喉を鳴らさなければならなかった。

 そんな者達を、皇帝はどんな心境で見下しているのだろうか。

 

 

「では、次代の皇帝の名を告げよう――――」

 

 

 皇帝の言葉と共に、宮廷楽団によって荘厳な音楽が奏でられ始める。

 重厚にして力強いそれはブリタニアの国歌であり、聞く者の身を引き締めさせる効果があった。

 曲の最中、皇帝の視線が己が歩いてきた壇上の道をそのまま戻っていった。

 それを追うように一同が視線を向ければ、案の定、そこから現れた。

 次代の皇帝、第99代神聖ブリタニア皇帝となるべき人物が。

 

 

「なっ……!」

「まさか!」

 

 

 皇族の中から――特に皇女――驚きの声が上がり、それを待っていたかのように皇帝が玉座を空ける。

 立ち上がって自分を出迎えてくれた皇帝に、次代の皇帝は微笑んで手を差し出した。

 その手に己の手を重ね、皇帝は己が子達へと視線を向けた。

 そして、告げる。

 

 

「紹介しよう、この者こそが我が後継者、次代の皇帝――――」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ブリタニア皇帝の親征軍がブリタニア本国を進発したとの情報を受けてから数日後、金門島を巡る情勢もいよいよ逼迫してきていた。

 福建省の対岸にシュナイゼル率いるブリタニア軍の1個師団が集結しつつあり、晴れた日には金門島からでも並べられた砲列やナイトメアの姿を確認することが出来る。

 

 

 シュナイゼル軍の全面攻勢が未だ始まっていないのは、星刻が撤退行の最中に本隊から切り離した小部隊が占領地各地でゲリラ戦を展開し、補給線の一部を寸断しているからだ。

 だがその問題を解決し、かつ船舶の徴用に目処が立てば一気に攻め寄せてくるだろう。

 何しろ向こうは、金門島側からの逆攻勢の心配をほとんどしなくて良いのだから。

 

 

「台湾軍管区と話はついた、軍管区所属の海軍艦艇60隻がこちらに向かっている」

 

 

 黒の騎士団の旗艦「斑鳩」の会議室、立体映像式のモニターに映し出された台湾海峡の映像を前に、星刻はそう言った。

 話の内容は台湾への撤退戦についてで、台湾側から救援の艦隊が来る手はずの説明だった。

 それを聞いているのは、藤堂や朝比奈など黒の騎士団の幹部である。

 

 

「ただ、対岸の航空基地はほぼ全てシュナイゼルの手に落ちている。我々が船に分乗して撤退を始めれば、対岸からの砲撃だけでなく、航空機やナイトメアによる空爆も開始されるはずだ」

「そうなると、それを防ぐのは我々の仕事か……」

「頼めるか、藤堂」

「正直厳しいが、何とか努力してみよう」

 

 

 自分を見る星刻の目に縋るような色を感じて、藤堂は僅かに微笑を浮かべた。

 ただその微笑も明るいものでは無い、だから星刻も軽く目礼するだけに留めた。

 航空戦力は黒の騎士団しか持っていない、だからこれは順当な役割分担であると言えた。

 

 

「それで、藤堂……ゼロとはまだ連絡は?」

「…………」

「……そうか」

 

 

 黒の騎士団のトップであるゼロとの連絡が途絶えて久しい、藤堂は星刻の目に明らかな失望の色が浮かぶのを感じた。

 藤堂自身はゼロの才覚に期待しただけで人となりを認めたわけでは無い、だから失望は無かった。

 だが星刻はそうは行かない、彼はゼロに天子を救われた恩ありと見て協力を約した存在だ。

 その肝心のゼロが彼の信義を裏切るような真似をするなら、それは失望に繋がる。

 

 

 特に今のような危機にあって、それは致命的な意味を持つ。

 いくらブリタニア戦のための行動を取っているはずだと擁護しても、もはや無意味だ。

 何しろ黒の騎士団の内部にもゼロへの不信感は漂っていて、藤堂の力をもってしても押さえきれない所まで来ていたのだ。

 特に、青鸞の件があってから積み重なって来た旧日本解放戦線メンバーの不信感は強かった。

 

 

「む……?」

 

 

 その時、立体映像に乱れが生じた。

 それに藤堂が目を瞬かせていると、台湾海峡を映し出していたそれが、全く別のものを映し出そうとしていることに気付いた。

 何を映し出そうとしているのかに気付いて、藤堂が軽く目を見開く。

 

 

『私は……』

 

 

 映し出された姿に、藤堂や星刻を始めとするメンバーが息を呑んだ。

 漆黒の仮面、漆黒の衣装、全身を覆う象徴色の黒。

 黒。

 すなわち。

 

 

「「「ゼロ!?」」」

 

 

 黒の騎士団のトップ、ゼロがそこにいた。

 彼は立体映像の状態で周囲を見渡し、藤堂や星刻、朝比奈や玉城などの幹部メンバーを見やった。

 そして、一つ頷くと。

 

 

『諸君、待たせたな。状況は把握している、さっそくだが私の作戦案を伝えたいと思う』

「ちょっ……いきなり!? まず謝罪から入るのが筋ってもんで……」

「朝比奈!」

「っ、ちょ……ああ、もう! わかりましたよ!」

 

 

 朝比奈を叱責した後、藤堂は立体映像のゼロを睨むように見た。

 仮面越しの表情は読めない、だが揺らぎがあるようにも見えない。

 だから彼は、何も言わずに問うた。

 

 

「ゼロ、この状況を打開する策があるのだな?」

『無論だ。私はゼロ……奇跡を起こす男だ!』

 

 

 奇跡か、と、かつては己の異名だった言葉に藤堂は目を細める。

 そんな彼に対して、いやその場にいる全員に対して、ゼロは言った。

 

 

『待たせただけのことはあると、思わせてみせよう……!!』

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 青鸞は、常に肌寒さと共に目覚める。

 それはもちろん例の癖のせいなのだが、ここ数日は肌寒さとは無縁の目覚めが続いていた。

 何故なら、肌を晒して眠る彼女にわざわざ毛布をかけ直してくれる人がいるからだった。

 

 

『ああ、そうだ星刻。私の策は守ることでは無く攻めることで初めて成立する、だから台湾へ撤退すると言う認識をまず捨てなければならない。ああ、今の私とヴィヴィアンの現在位置がこの座標、だから合流ポイントは……』

「……ん……」

 

 

 毛布の中で欠伸をし、身体を伸ばしていると、マイク越しの独特の声が聞こえてきた。

 丸みのある柔らかなベッドの上で上半身を起こすと、半分寝ぼけ眼で声の方を向いた。

 片腕で毛布を胸元に引き寄せて、ベッドの縁からそちら側へと足を下ろす。

 

 

 するとちょうど通信が終わったのだろう、仮面の男が通信画面を閉じている所だった。

 漆黒の仮面、その姿に青鸞は微笑を浮かべる。

 良かった、と、少女の表情がそう物語っていた。

 そんな青鸞の気配に気付いたのか、仮面に手をかけながら少年が振り向いた。

 

 

『ああ、起きたのか青鸞……着替えならそこにあるだろう?」

「え、あ……ありがとう?」

「ああ」

 

 

 見れば、確かにベッド脇のサイドボードの上に一抱え程の籠が置いてあった。

 中に丁寧に畳まれているのは蒼の司祭服、饗団における青鸞の仕事着のような物だ。

 問題は代えの下着まであることで、その点に関しては恥ずかしさを覚える。

 だが当のルルーシュはそんなことをまるで気にしていなかった、と言うか。

 

 

「しかしお前、本当に寝てる間に服を脱ぐんだな。何度止めても無意味だったから、最後には毛布を被せて放っておくことにした」

「あ、あー……うん、まぁ、癖、みたいな?」

「みたいな、じゃなく、癖なんだろ?」

「う……」

 

 

 ぎゅう、と毛布を抱きながら青鸞が顔を赤らめる。

 ベッド周りを見渡せばわかるだろうが、そこには青鸞が脱ぎ捨てたはずの衣服やら何やらが見えない。

 つまりそれもルルーシュが回収していたと言うわけで、その事実に気付いてしまうと、頬に感じる熱がどんどん強くなる青鸞だった。

 

 

「それよりも青鸞、饗団の移転に関しては昨日の段階で目処がついたんだな?」

「あ、うん……まぁ、元々すぐに移転できる体勢は整ってたらしいしね」

「……何だ?」

「別に……」

 

 

 当のルルーシュに全く気にした様子が無いので、ジト目で睨む。

 だがその視線の意味にはまるで気付かず、椅子に座って端末の操作を始める。

 いやそれ以前に、目の前に半裸の少女がいることに少しは動揺して欲しい。

 

 

(あ、ち、違うよ? 別に見てほしいとかじゃなくて、あくまで気にしてほしいってだけで……!)

「青鸞、悶えていないで真剣に聞いてくれ。寝起きで大変なのはわかるが」

「……………………ウン、ゴメンネ」

 

 

 現在ギアス饗団は、組織の掌握と同時に移転の準備が急ピッチで進められている所だった。

 理由は単純で、この位置がブリタニア側に知られているからだ。

 神根島のような遺跡のある場所ならば、饗団はどこででも活動することが出来る。

 重要なのは人とデータの移動であって、現在の場所に何かの執着があるわけでは無い。

 

 

 移転自体は饗主である青鸞の名で布告されていて、ヴェンツェルが実務を担当している。

 移転先はブリタニアの支配権の及んでいない欧州地域、あくまでとりあえずの移転先だ。

 落ち着いたら、またどこかに移転するかもしれない。

 とにかく、事態がすでに動いているのだった。

 

 

「だが、良いのか青鸞。この戦いが終われば、お前は……」

「大丈夫」

 

 

 ルルーシュの言わんとしている所を察して、青鸞は微笑んだ。

 

 

「今でも、ボクの心は日本にあるから。だから、大丈夫」

「……そうか」

 

 

 そんな青鸞に、ルルーシュも笑みを見せた。

 自然と伸ばされた手は少女の頬に触れて、くすぐったそうに身をよじる青鸞に、ルルーシュの瞳が優しく細まる。

 少年の手に手を重ねるようにして、青鸞が僅かに首を傾げる。

 

 

「ならば、取りに行こう。日本へ――――お前の心を」

「……うん」

 

 

 柔らかく、それでいて嬉しそうに笑う青鸞に、ルルーシュは温かな気持ちを抱いた。

 妹や仲間達に感じるのはまた少し違う温かさに、少しだけむず痒さを感じる。

 そして眠るように目を伏せた少女に、少年はゆっくりと身を屈めて……。

 気付いた。

 

 

「…………おい」

「ん? 何だ、私のことは気にするな」

「……えっ!? あ、ちょ……な、ななな!?」

「落ち着け落ち着け、私のことは空気扱いしてくれれば良い」

 

 

 いつの間にそこにいたのか、それとも最初からいたのか、部屋の扉に背中を預けるようにして1人の魔女が立っていた。

 言わずと知れた、C.C.である。

 彼女はひらひらと手を振りながら、何とも言えない真顔でルルーシュと青鸞を見ていた。

 

 

「いや、すまなかったな邪魔をして。まさか朝からとは、いや若いって良いな」

「誰だお前は!? と言うかいつから!?」

「坊やがクサいセリフでそいつを口説いている所からかな」

「つまり最初から!?」

 

 

 慌てる年若い少年と少女の姿に、C.C.は笑った。

 数百年生きているが、まさか自分がこんな役割を負うとは、と。

 ……優しい笑顔では無く、意地の悪そうな笑みを浮かべている所が、魔女らしかったが。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 きちんと身嗜みを整えた後、朝食の席で改めて騎士団と饗団の今後の行動について話し合った。

 まぁ話し合うとは言っても、基本的にはルルーシュの作戦案に従って動くため、確認のような物だ。

 ルルーシュが作戦を立てている、それこそが彼が立ち直ったと言う証のように思えて、青鸞にとってはそれが嬉しかった。

 

 

(……完全に恋を自覚した乙女の顔だな……)

 

 

 そんな青鸞の様子に、C.C.はピザにタバスコを山ほどかけながらそう思った。

 C.C.もそこまで辛いピザは食べないのだが、今に限っては辛いものが食べたくて仕方が無かった。

 甘々な状態の青鸞にルルーシュの気障ったらしい対応が妙に噛み合っていて、正直C.C.の耳にはルルーシュの作戦案の説明などほとんど届いていなかった。

 

 

「C.C.、聞いているのか? お前が言っていたように、皇帝に狙いがギアスの……いや、根源にあると言うのは」

「あ? ああ……そうだ。ブリタニア皇帝シャルル、あいつは、世界の再構成を望んでいる」

 

 

 C.C.がV.V.と、そして皇帝シャルルと同志であったことはすでにバレていた。

 まぁ、あれだけ堂々とV.V.が告げていれば誤魔化すことは出来なかったし、そしてC.C.にも積極的に黙っている気は無かった。

 皇帝シャルルとV.V.、そしてC.C.、加えて……。

 

 

「……母さんが、そんなことを」

「ショックか?」

「ショックでは無い、と言えば、嘘になるか……」

 

 

 マリアンヌ、ルルーシュとナナリーの母もその計画に参画していた。

 饗団で行われて人体実験にも関与し、「アーカーシャの剣」と言うシステムを造り、根源に干渉することで世界を……いや、人を再構成させようとしていたのだ。

 計画名、「ラグナレクの接続」。

 

 

 俄かには信じ難い話だ、だがC.C.やV.V.がそんな嘘を吐くとは思えない。

 計画の詳しい内容を聞いても、すぐに受け入れるのは難しい話だった。

 まして、ナナリーを失ってまだそう日も経っていない。

 今まで信じていた母の姿が嘘だった、などと……信じたくは無かった。

 

 

(……いや、それも甘え、か)

 

 

 ふと視線を感じてそちらを向けば、青鸞の視線とぶつかった。

 心配ししているのだろうか、不安の混じった目をしている。

 だからそれに対して、ルルーシュは仮面を被った。

 

 

 格好を、つけた。

 

 

 自信たっぷりな笑みを浮かべ、足を組み、味の感じない紅茶のカップに口をつけた。

 だがそれは逆効果だったらしい、青鸞はますます心配そうな顔になった。

 心理学は得意だが、こういう場合にはまるで役に立たない。

 だからルルーシュは得意技を使った、つまりは話題を逸らすことにしたのだ。

 

 

「それより青鸞、お前は大丈夫なのか?」

「え……?」

「コードを2つも抱えて、何の変調も無いのか?」

「ああ……うん。普通にしてれば大丈夫、でも2つのコードを一度に使おうとすると、流石にキツいけど」

 

 

 ルルーシュの言葉の通り、青鸞は未だ己の身に起きた変化の全てを掌握できてはいない。

 管理者から正式に継承を受けたとは言え、それで全ての知識が使えると言うことにはならない。

 それこそC.C.のように、長い時間をかけて理解していくべきことだからだ。

 

 

「そんなことより、ルルーシュく……っ!?」

 

 

 言葉を終えるよりも早く、何かを感じて青鸞は明後日の方向を向いた。

 C.C.はそれよりも早く、しかし視線を向けただけだったので目立たなかった。

 ルルーシュがどうしたのか問うよりも早く、答えが衝撃となって床を揺らした。

 それは先日、饗団本部を襲った衝撃に良く似ていた。

 

 

 すなわち、襲撃である。

 ルルーシュと青鸞は頷き合って席を立ち、C.C.は動かずにそれを見送った。

 ここを攻撃してくる相手など、一つしか心当たりが無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 饗団本部に攻撃を仕掛けてきたのは、台湾海峡に圧力を加えているシュナイゼル軍では無かった。

 それは中央アジアの攻略に向かっていたナイトオブラウンズの部隊であり、率いているのは2人のラウンズだった。

 帝国の剣が2人、中央アジアの砂漠地帯を攻撃している。

 

 

「第38野砲大隊はそのまま砲撃を続けろ! 第302旅団支援大隊は砲撃効果を観測しつつ、遺跡内の敵戦力の掌握に努めろ!」

『『『イエス・マイ・ロード!』』』

 

 

 地上部隊を掌握するのはナイトオブフォー・ドロテア・エルンストである。

 長い黒髪を頭の後ろで纏めた褐色の肌の女性騎士で、シグナルカラーは薄い青だ。

 登場する機体は第七世代相当KMF『ペレアス』、左腕にランドシールドを固定装着した近接用の機体で、装甲の基調色はやはり薄い青。

 

 

 彼女の号令一下、ブリタニアの中央アジア侵攻軍の砲兵部隊が遺跡への砲撃を続行した。

 断続的に続く砲撃が砂の柱を幾重も立たせ、岩山を削り、神殿のような設えの柱や石畳を砕いていった。

 ドロテア自身はフロートユニット装備の愛機に乗り、空から砲撃の様子を見ていた。

 

 

「砲撃の外側から包囲します、各機散開!」

『『『イエス・マイ・ロード!!』』』

 

 

 そして航空部隊を率いるのが、ナイトオブトゥエルブのモニカ・クルシェフスキーだ。

 長い金髪を赤いリボンで2つに分けた欧州系の女性騎士で、シグナルカラーは黄緑。

 愛機は射撃戦特化のKMF『ユーウェイン』、フロートユニット装備のヴィンセントやグロースターを広く展開して遺跡の空を封鎖している。

 

 

 彼女達の兵力展開は基本に忠実で、まずは遠距離砲撃を叩き込んで敵の経戦能力を削ぐ所から始めていた。

 その後にナイトメア部隊を突入させ、次いで歩兵を投入して内部を制圧する。

 強大な軍事力に物を言わせた戦術であって、それだけに破るのは難しい。

 

 

『それにしても、陛下は何故こんな遺跡を攻撃させるのかしら……?』

『それなのだが、一つ気になることがある。この遺跡、我々の攻撃前にすでに砲撃を受けた痕跡が残っていたと、斥候班が報告を上げてきている』

『私達の前に……?』

 

 

 ドロテアとモニカも、この遺跡を攻撃する理由は知らない。

 だがそれが皇帝の勅命である以上、彼女達はそれに従い行動しなければならなかった。

 そしてそのことに対して疑問を持ち、手を緩めるような軽い忠誠心は持ち合わせていない。

 皇帝の勅命は絶対、だから彼女達は疑問に思いつつも全力で攻勢をかける。

 

 

『エルンスト卿! 遺跡地下から高エネルギー反応が!』

「何……?」

 

 

 ドロテアが観測班からの報告を受けるのと同時、遺跡近くの砂山が連続で爆破された。

 いや、違う。

 爆破では無く、内側から吹き飛ばされるように弾け飛んだのだ。

 間の悪いことにそこには地上部隊の一部がいて、しかも後退の指示を出す前に砂山が崩れた。

 

 

「……違う! 爆破でも砲撃でも無い!」

 

 

 高度から見下ろしていたモニカが気付く、砂山は崩れたのでは無く落ちたのだと言うことに。

 ナイトメアが地上の不自然な音を拾う、砂山の下に隠されていたハッチが開いていく。

 徐々に広がる隙間から下へと砂が落ちていき、そしてその砂の中から1隻の艦船が姿を現した。

 ブリタニア軍にとっては識別する必要すら無い、それはアヴァロン級の航空戦艦『ヴィヴィアン』だ。

 その艦首が、砂の下から姿を現したのだ。

 

 

「……ッ、照準変更! 陣形を変化させつつ、あの艦に砲撃を集中させろ!!」

『『『イエス・マイ・ロード!!』』』

「包囲範囲変更! 艦の前方を押さえる! 第602航空支援中隊、回り込んで!」

『『『イエス・マイ・ロード!!』』』

 

 

 ドロテアとモニカが即座に反応する、その直属部隊の動きも素早い。

 グロースター・エア12機がヴィヴィアンの発艦を押さえるかのように艦首前方に展開し、艦体の腹を狙うように地上部隊の砲撃が始まった。

 ドロテアとモニカ自身も機体を翻し、ヴィヴィアンを沈めるべき移動を開始する。

 

 

「ん……?」

 

 

 そして、やはり高度から見下ろすモニカが先に気付いた。

 ヴィヴィアンのカタパルト・ハッチから、KMFが数機出撃してきたのである。

 ユーウェインの識別装置がその機体を調べても当然「アンノウン」、つまりは敵だ。

 特に先頭以外のナイトメアには覚えが無い、新型機だろうか。

 

 

 不意に、その先頭の機体がヴィヴィアンを追い越して加速した。

 加速の勢いがエネルギーの輪となって目に見える、だがそれを認識すると同時に、その機体は艦首方面に展開していたグロースター・エアの編隊を突破した。

 それにモニカは目を見開いた、まさか単純な加速だけで12機の間を抜くとは!

 パイロットの精神は、鉛か何かで出来ているのだろうか?

 

 

「……なっ!?」

 

 

 さらに驚くべきは、先頭の機体と掠め合った4機のグロースター・エアが、フロートの翼を斬られて中破したことである。

 浮力を失い落下していく4機、入れ替わるように後続の敵ナイトメア編隊が突っ込んでくる。

 いずれもグロースターの動きを圧倒している、機体性能は向こうの方が上らしかった。

 

 

『く、クルシェフスキー卿!』

『た、助け……ぐああああああああっ!?』

 

 

 グロースター・エアのパイロット達の悲鳴に、モニカは唇を噛んだ。

 その時、別の通信が開かれた――相手は、ドロテアだ。

 

 

『モニカ! 私が行く!』

『……ッ、仕方ないわね……!』

 

 

 ドロテアと位置を交代しながらも、モニカは敵先頭の機体を睨んだ。

 濃紺のカラーリングが施された、追加装甲と刀を多く持った無骨な機体。

 その機体の名を、『月姫(カグヤ)』と言った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 パイロットスーツに身を包んでそこに入ると、青鸞は己が「帰って来た」と感じることが出来た。

 己の気配に満ちた月姫の操縦席、オートバイ式のそこに(もも)を挟み、掌全体で操縦桿を掴む。

 足先でペダルを操作し、彼女の意思に従って動く機体。

 正面・側面のモニターには青空が回転しているように映り、時折、敵のナイトメアの姿が目に入る。

 

 

『……青鸞さま!』

「……!」

 

 

 通信機から上原の声が響く、注意喚起と同時にコックピット内に警告音が響き渡った。

 右の操縦桿を引くと同時に、月姫が掲げた廻転刃刀が敵の一撃を受け止めた。

 衝撃がコックピットの中を駆け抜ける、新しいパイロットスーツはそのGを問題なく受け流したが、質量のある機体そのものはそうは行かない。

 そして青鸞は、自分に襲い掛かってきたそのナイトメアを知っていた。

 

 

「『ペレアス』……エルンスト卿!」

 

 

 ナイトオブイレヴン・セイランとしての知識だった、そしてそれは正しい。

 敵はペレアス、そしてドロテア・エルンスト卿だ。

 ペレアスの突撃の勢いに負けて、月姫が護衛小隊とグロースター・エアの編隊を逆方向に押し込まれる。

 

 

 廻転刃刀の刃を回転させ、火花を散らしながら敵の実体剣を弾き飛ばす。

 さらに左手にも廻転刃刀を持つ、腰から抜いたそれを合わせて二刀の刀で下から斬り上げる。

 それに対してペレアスは身を半分引いて左腕を前に出した、盾の表面に刃を滑らせ、やり過ごす。

 やり過ごした所でフロートを噴かせて加速、月姫に体当たりを喰らわせた。

 

 

「……っ、流石は……!」

 

 

 流石は、ナイトオブラウンズ。

 それも貴族でも何でも無い、実力だけで帝国最強の騎士にまで駆け上がった本物の騎士だ。

 咄嗟に飛翔滑走翼のシステムを切り、月姫を瞬間的に自由落下させる。

 ふわりと揺らいだその頭上を、細く鋭い実体剣が擦過した。

 レイピア、ペレアスの近接武装は刺突に優れたレイピア型の剣だった。

 

 

 しかもしっかりとMVS、刺されれば易々と月姫の装甲を貫いてくるだろう。

 正直ぞっとしない、飛翔滑走翼に再び火を灯しながら距離を取る。

 だがペレアスはそれを許さない、薄青と濃紺の機体の追走戦が始まった。

 透き通った砂漠の青空を、2機のナイトメアが舞うように飛翔する。

 

 

「やるじゃないか」

 

 

 ペレアスのコックピットの中で、ドロテアが感嘆の声を上げた。

 グロースター・エアを撃墜した手際と言い、自分と渡り合う機動と言い、なかなかの腕前だと感じた。

 だが自分はまだ本気でも全力でも無いし、それで凌げる程度の相手であるとも言える。

 相手が本気かどうかはわからないが、おそらく10回やれば9回は自分が勝つだろうと思う。

 

 

「まだまだ、楽しませてくれ……!」

 

 

 まぁ、その1回が今来ないとは限らない。

 だからドロテアは油断などしなかったし、その意味では青鸞にとっては厳しい時間が続くことになった。

 ただ惜しむべきはドロテアが正規の騎士であって、将軍では無いと言う点だろうか……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 青鸞と楽しげに斬り結んでいるドロテアの様子を、もう1人の指揮官であるモニカはやや表情を苦くして見ていた。

 ドロテアは熱くなると周囲に気を配れなくなる所がある、モニカもドロテアの闘争心の高さは頼りにしていたが、こう言う場面ではむしろ邪魔に思えた。

 

 

『クルシェフスキー卿、部隊の再配置が終了致しました』

「良し、ならドロテアがあの機体を撃墜次第、敵アヴァロン級に総攻撃をかけます」

『『『イエス・マイ・ロード!!』』』

 

 

 そしてモニカは、ドロテアとは対照的なタイプの騎士だった。

 どちらかと言うと部隊指揮の方に才能があり、ナイトメアでの決闘や肉弾戦は好まない。

 だから愛機も遠距離戦仕様であるし、今もこうして中衛に留まって地上・航空の両方の部隊を掌握している。

 

 

 その時、突如としてコックピット内に警告音が鳴り響いた。

 左側、いきなり無数の熱源が生まれた。

 何かと思えばそれはミサイルだった、操縦桿を引いて急上昇するモニカ。

 だがラウンズである彼女は反応できても、部下達はそうはいかなかった。

 

 

『な、何だ!?』

『いきなり……ぐぉあっ!?』

『こ、こちら第1001管制小隊、敵の攻撃を……!』

「これは……!」

 

 

 何が起こった、と、モニカは自問した。

 愛機『ユーウェイン』のモニターとセンサーは、ナイトメアサイズの小型ミサイルが展開部隊の左側から無数に放たれている様子が映し出されていた。

 熱源はある、だが敵ナイトメアの姿が見えない。

 

 

 おかげでモニカの航空部隊の一部が壊乱状態に陥っている、面白いはずが無かった。

 姿が見えない敵からのミサイルによる奇襲、御伽噺かSFのような話だ。

 だがモニカはナイトオブラウンズ、並みの騎士では無い。

 目を吊り上げて操縦桿を倒し、ユーウェインの持つ長銃「リュネット」を構える。

 コックピット上部から降りてきた照準機を覗き込みながら、物の数秒で引き金を引いた。

 

 

「ラウンズを……舐めるな!!」

 

 

 薄緑色のエネルギー色に包まれた磁力反発式の弾丸が放たれる、1度、2度、3度。

 1度に2発ずつ、しかも微妙にポイントを外した射撃が戦場を疾走した。

 3発は何の変化も無くそのまま駆け抜け、そしてポイントを外した残りの3発が途中で爆ぜた。

 直撃はしていないだろう、何しろ相手は見えていないのだから。

 

 

『うぉあっ……ちゃあっ!?』

 

 

 何も無い空間に紫電が走り、ガスが風に吹かれて消えるようにナイトメアが姿を現した。

 濃い緑の塗装が施されたその機体の肩には日本の国旗がペイントされており、そのナイトメアがどこの所属であるのかを一目で証明していた。

 ただ形状としては月下系列では無く、どちらかと言うとブリタニアの……ヴィンセントに近い形状を備えていた。

 

 

 純日本製KMF『烈震《れっしん》』、世代としては第六世代に相当する強襲戦用の機体だ。

 人間を模した基礎骨格に月姫に似た強化装甲を備えた無骨な姿で、騎士と言うよりは武者に見える。

 全長は4メートルと極めて小型で、複眼型のカメラアイが極めて特徴的だ。

 だが最大の特徴はあらゆる武装を換装して使用できる汎用性の高さと、装甲表面に鏡面に似た粒子を展開して姿を消す高度なステルス機能……だったのだが。

 

 

『ヤバい、もうバレた!』

『隊長! 落ち着いてください!』

 

 

 そのステルス性は、完全では無い。

 光学迷彩にも似た強力な兵装だが、モニカは手動での計器操作により、センサーが関知した景色の「歪み」を発見したのである。

 並みのナイトメアパイロットならば見逃していただろうが、モニカ程の騎士に小細工は効かない。

 例え機体は隠せても、機体が溶けて消えるわけでは無いのだから。

 

 

「各機! カメラを近接に切り替えて使いなさい! 索敵のセンサーに頼ると敵が消える!」

『『『イエス・マイ・ロード!!』』』

 

 

 そして並みのパイロットでも出来る対策を即座に周知する、展開が早い。

 種が割れてしまえば護衛小隊のナイトメアは僅か3機、殲滅されるのも時間の問題だった。

 当然、それに気付いた青鸞が焦ったように声を上げる。

 

 

「皆!」

『――――青鸞! 時間だ!』

 

 

 その耳をルルーシュの声が打つ、それに対して青鸞は即座に反応した。

 機体を翻し、鍔迫りあっていたペレアスの腹を蹴って距離を取る。

 ペレアスの中で蹴りの衝撃に顔を顰めたドロテアは、次の瞬間にはさらに顔を顰めた。

 

 

 ――――煙幕――――

 

 

 古典的だが有効な手だ、しかもチャフを含んだチャフスモーク。

 ヴィヴィアンの各砲塔が無秩序に放ったミサイルが一斉に爆発し、戦場の一部を分厚い雲で覆った。

 そして月姫も烈震も、その雲の中に身を隠した。

 さらに数十秒後、雲の東側から巨大な艦体が姿を見せた。

 言わずと知れたヴィヴィアン、ドロテア達に背を向けるようにして、加速しようとしていた。

 

 

「逃げる気か!? ……だが!」

「背中を晒すとは、愚かね……全砲門、目標、敵か――――!?」

 

 

 この状況で敵に背中を見せるなど愚の骨頂、だからモニカとドロテアは己の部下達に一斉砲撃を命じた。

 いや正確には、命じようとした。

 だがその命令と同時に、地上で異変が起こった。

 

 

 爆発。

 それも先ほど砂山に偽装したハッチを開いた時とは比べ物にならない、大きな爆発だ。

 それが断続的に、連続で、容赦なく響き渡った。

 次いで、地響き。

 

 

「な、何だ……?」

 

 

 地上部隊の誰かが怯えを含む声で呟いた、足裏に感じる地響きに不安を覚えたからだ。

 そしてその予感は、敵中する。

 それも、最悪の形で。

 

 

「何だとぉっ!?」

 

 

 ――――饗団は、地下にある。

 正確には地下都市の広い空間を形成する岩盤の上に砂が乗っているような状態だ、その状態でもし、岩盤が大量のサクラダイトで爆破されたらどうなるだろう?

 地下十数階、それだけの深さのある空間が、天井を――砂の上に立っている者にすれば、地面――失い、そのまま落ちたと、したならば。

 

 

 そこに、地獄が生まれはしないだろうか?

 

 

 そしてそれは、現実に起こった。

 地面が崩れ、足場が失われ、ドロテア・モニカが率いてきた地上部隊ごと崩落した。

 流砂などが生優しく思える程の勢いで砂が落ちる、まるで大地を飲み込むベヒモスのように。

 航空部隊の通信機から、夥しい数の悲鳴が聞こえてきた。

 砂に、崩落する地面に飲み込まれる人々の……数千人の断末魔の叫びが、響き渡った。

 

 

「ば、馬鹿な……」

 

 

 部下達の救いを求める声に、その断末魔の声に呆然としながら、ドロテアが呟いた。

 動けなかった、物理的にも心理的にも。

 目の前の出来事が信じられなかったし、仮に受け入れられたとしても、もはや追撃は不可能だった。

 地上部隊は壊滅した、そして航空部隊の補給物資も地下へと消えた。

 こんな状況で、追撃など出来るはずが無い。

 

 

 そしてその様子を、立ち上る巨大な砂の嵐を、青鸞はヴィヴィアン後部のハッチから見ていた。

 3機の烈震の回収を終え、開いたコックピットに立って直接その光景を目にしている。

 数千人のブリタニア兵が砂の下に沈む様を、静かに見つめていた。

 そして一旦目を閉じて、次に開いた時には東を向いていた。

 

 

「待っていて、皆……!」

 

 

 同胞のいる、遥か東を。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 中央アジアで異常な撤退戦――と言うより、突破戦――が行われていたのと時を同じくして、中華連邦軍本隊10万余のいる金門島周辺でも、戦火が開かれていた。

 周到な観測と斥候の結果、2日後にブリタニア軍の全面攻勢ありと読んだ黎星刻が、かねてから計画していた台湾への撤退作戦を強行したのである。

 

 

「ふむ……カノン、どうやら私達の予想は外れてしまったようだね」

「申し訳ありません、シュナイゼル殿下」

「構わないよ。どの道、万全の準備を整えてから……などと言うのは、現実には起こり得ないことなのだから」

 

 

 ブリタニア軍中華連邦方面軍旗艦、アヴァロンの艦橋には、戦場とは思えない程の穏やかな空気が漂っていた。

 それは圧倒的優位な戦況に弛緩している、と言うわけでは無く、指揮官であるシュナイゼルが自然に発する優雅さに起因するものと思われた。

 実際、シュナイゼルの金門島への攻撃は容赦の無いものであった。

 

 

 金門島に台湾軍管区の救援艦隊が近づくのを察知すると、即座に金門島並びに台湾艦隊への砲撃・空爆を指示した。

 その苛烈さたるや凄まじく、戦闘開始2時間余りの間に4万発の砲弾と2000トンの爆弾が金門島と台湾艦隊の頭上に降り注いだ。

 

 

「ふむ……」

 

 

 顎先に指を添えて、シュナイゼルは小首を傾げる。

 

 

「先日までの撤退戦と違って、敵に崩れる部分が無いね……どうしてかな?」

 

 

 その姿はまさに優雅の一言だが、目の前では彼自身の命令によって地獄が展開されている。

 砲弾の炸裂で腹を割かれ悲鳴を上げる女性兵、爆撃によって沈没する船に取り残されて母の名を叫ぶ少年兵、中破したナイトメアの中で鋼鉄の塊に手足を挟まれ呻き声を上げる熟練兵、ミサイルの爆発に身を半分焼かれ助けを求める士官……。

 それらは全て、シュナイゼルの命令によって行われているものだった。

 

 

 それなのに彼の思考は、この絶望的な撤退戦の中で「どうして敵が崩れないのか?」に向けられている。

 ブリタニア軍の指揮官としては正し過ぎる程に正しい、敵が感じている地獄に気を遣っていては戦争など出来ないからだ。

 彼がいる限り、ブリタニア軍将兵の多くは生きて故国の家族や恋人に再会できるだろう。

 

 

「怯むな! 台湾にまで退けば、まだ活路はある!」

 

 

 そして一方で、自分に従う将兵の多くを故国の家族や恋人の下へ帰せないだろうことを知る指揮官が、血を吐くような思いで叫んでいた。

 黎星刻、中華連邦軍本隊10万の命を預かる司令官である。

 彼は大陸から金門島への撤退の際にも使用した大竜胆(ター・ロンダン)――黄金のピラミッドのような形状の巨大移動艦――の上空を直掩しつつ、全体の指揮を執っていた。

 

 

 迫り来るヴィンセントを剣で斬り伏せ、飛来する砲弾を両腕のワイヤーハーケンを回転し盾とすることで弾き落とし、胸部の荷電粒子重砲でブリタニア軍の砲兵陣地の一部を吹き飛ばす。

 まさに獅子奮迅の活躍だが、それでは天子の座乗艦である大竜胆を守ることが精一杯だった。

 同胞達の遺骸の上に、彼は己の忠誠を積み重ねていく。

 

 

「台湾まで、退けば……!」

 

 

 空と地上では最強を誇るシュナイゼル軍だが、唯一、ロシアからの侵攻軍であるため海軍を持たないと言う弱点がある。

 台湾まで退けば砲弾は届かず、空爆はあるだろうが台湾軍管区の防空装備で何とか対応できる、そして上陸部隊の輸送にはもう少し時間がかかるはず。

 そして、台湾の向こうには――――。

 

 

「我らにとっての、勝機がある!!」

 

 

 叫び、峰部分にブースターを備えた大型制動刀でグロースター・エアを両断する藤堂。

 操縦桿を握る手に力がこもるのは、ほとんど成す術なく倒されていく中華連邦軍将兵を救えぬことへの憤りか、ブリタニア軍への怒りか。

 藤堂はこの撤退戦、斑鳩の指揮を他国人の星刻に委ねて最前線に出ていた。

 

 

 専用機は『斬月』、ラクシャータ製の最新鋭機である。

 系列は月下シリーズ、基本カラーは黒、赤い二房の衝撃拡散自在繊維が特徴的な機体だ。

 特に輻射波動エネルギーを防御に使う障壁兵装は秀逸で、攻防一体の戦闘が可能な万能機だった。

 

 

『藤堂さん!』

「朝比奈、千葉、仙波! 敵左翼の広がりを押さえるぞ! 我が方の航空戦力は限られている……一騎当千の気構えで当たれ!!」

『『『承知!!』』』

 

 

 台湾まで退けば、勝機がある。

 中華連邦の指揮官達は口々にそう唱え、現場の兵卒達の士気を維持する。

 ゼロを信じろ、ゼロは必ず奇跡を起こしてくれる。

 黒の騎士団の中級指揮官達はその「魔法の言葉」を発し、団員達のテンションを高める。

 

 

 台湾まで退けば、台湾まで行けば、台湾に辿り着ければ、勝てる。

 ブリタニアに、勝てる。

 ――――勝てる!!

 

 

 希望への撤退と言う名の地獄は、まだ始まったばかりだった。

 




採用兵器:
黒鷹商会さま(小説家になろう)提案:烈震。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 やはりルルーシュの作戦と言えば爆弾でドカンですよね。
 いよいよ騒がしくなって参りました、ラストスパートです。
 このまま一気に、連戦と行きたい所。
 まぁ、そう上手くは行かないでしょうけど……。
 頑張ります。

 あ、誤解の無いよう言っておきますが……ルルーシュはまだ卒業していません!(だから何を!?)


『台湾へ向かえ、そこに勝機がある。

 その言葉を信じて、皆が戦う。

 その先に何があるのか、誰にもわからない。

 だけど、ボクはルルーシュくんを信じてる。

 きっと、ルルーシュくんなら……』


 ――――TURN:21「台湾沖 の 戦い」

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