伊豆諸島沖で対ブリタニア同盟軍がブリタニア皇帝シャルルの艦隊を待ち伏せ出来たことには、いくつかの要因が存在する。
まずは黒の騎士団のリーダー、ルルーシュ=ゼロが皇帝軍の進路をほぼ100%正確に読んだこと。
ルルーシュ=ゼロはその理由を誰にも語らなかったが、少なくとも2人の人間は理由を知っていた。
神根島。
その島の存在を知っている者ならば、皇帝がエリア11に向かったと言う情報を得た段階で、まずその可能性に行き着くだろう。
事実、皇帝シャルルは帝都出立後、ほとんど真っ直ぐにエリア11の伊豆諸島を目指した。
シュナイゼルの後詰めと言う表向きの理由にしろ、ユーフェミアの討伐と言う裏向きの理由にしろ、まず目指すべきはトーキョー租界であろうに。
『この戦いこそが、世界の趨勢を決定する戦いとなるだろう……!』
通信機の向こうから聞こえてくるルルーシュ=ゼロの声に、青鸞は操縦桿を握る手に力を込めた。
彼女はすでに空に在り、もちろん彼女だけでは無く、左右に視界を広げれば友軍の航空用ナイトメア数十機が見える。
そして眼下には、日本・中華連邦・インドを中軸とした混成艦隊がその威容を見せ付けている。
母艦機能を持つ
航空機はヘリコプターを含めておよそ50機、航空戦用ナイトメアおよそ80機に陸戦用ナイトメアがおよそ500機。
陸戦用ナイトメアが多いのは主力が
(反ブリタニア勢力が出せる戦力は、これで全部……!)
だがブリタニアは違う、目の前の艦隊以外にもブリタニア軍は戦力を持っている。
けれどブリタニアは今、世界中で戦争をしている。
自分達だけに戦力を集中できない、そして中にはエリア11統治軍のように皇帝の命令に従わない軍もいる。
そしてそここそが、ブリタニア皇帝の弱点になり得る。
実際、ルルーシュ=ゼロがエリア11の領域内で皇帝軍を待ち伏せ出来たもう一つの理由が、エリア11代理総督ユーフェミアの沈黙なのだ。
エリア11統治軍が背後から撃ってくることはあり得ない、そのある種の信頼が可能にした待ち伏せ。
そう、すなわちルルーシュ=ゼロが立てた逆転の策とは。
『皇帝さえ倒せば、我々の勝利だ!』
皇帝シャルルの首を取ること、それだけである。
ブリタニア皇帝シャルルは未だ後継者を立てていない、そして皇帝自身の方針により、有力な皇子・皇女達は様々な大貴族の後ろ盾を得て宮廷闘争に明け暮れている。
皇帝シャルル亡き後、皇帝の座を巡って争うだろうことは目に見えていた。
すなわち、神聖ブリタニア帝国の分裂である。
後継者争いにエネルギーを使い始めたブリタニアは自然、外への膨張を抑えざるを得なくなるだろう。
そうすれば各エリアで反ブリタニア勢力が盛り返す芽も出てくる、窮地にあるEUも反撃に出るだろう。
何しろ遠征に出ている皇族や将軍は一刻も早く本国に帰り後継者レースに参加しなければ、次期皇帝の座を逃すばかりでなく新皇帝に逆賊の汚名を着せられてしまうかもしれないのだ。
それは、中世の皇族・貴族支配体制を色濃く残すブリタニアならではの弱点だった。
『恐れることは無い……未来は! 我らの手の中にある!!』
朝靄に潜んでの奇襲こそ失敗したが、待ち伏せには成功した。
だから青鸞は、ルルーシュ=ゼロの声に眦を決した。
「山本さん、上原さん、大和さん……皆」
不安は、ある。
何倍もの規模を持つ敵に対して、いったい何人が生き残れるだろう。
死なない、死ねない自分だからこそ、そう思った。
願うように、想った。
でもそれは、ナリタの時代から……いや、前の戦争の時から変わらない、日本と言う国の戦略上の宿命のようなものだった。
他国と戦争をする時、日本はいつだって劣勢だった。
いつだって劣勢で、だからこそ必死に、日本と言う国を残そうと戦ってきたのだ。
だから。
「――――行こう!!」
『『『承知ッ!』』』
だから、自分達も日本を取り戻すために戦うのだ。
呼びかけに小隊の皆が応じてくれた時、月姫のセンサーが熱源を捉えた。
顔を上げて正面を見れば、ブリタニア艦隊がミサイルを撃ち、砲撃を放ち、航空機や航空戦用ナイトメアを出撃させている様子が見て取れた。
『全軍――――』
自らも月姫の腕部内蔵火砲を掲げながら、青鸞はルルーシュ=ゼロの声を聞いた。
『―――-状況を、開始せよっ!!』
始まりだ。
◆ ◆ ◆
「暁隊は前に出ろ! 敵ナイトメア隊の頭を押さえる! 朝比奈! 仙波! ……千葉!」
『『承知!』』
『……はいっ!』
藤堂の号令に、廻転刃刀を手に十数機の暁が先頭に踊り出る。
敵の前衛を押さえるためだ、互いの艦隊の空を取った方が自然、優位になる。
黒の騎士団の最新鋭機である暁は、性能だけならばヴィンセントにも負けない。
しかし、如何せん数が足りなかった。
開発はラクシャータら技術開発部の頑張りで何とかなっても、製造や訓練までは間に合わなかった。
だから暁はほんの一部、ほとんどは先年の戦いで主力を張った月下に飛翔滑走翼を装備したタイプのナイトメアである。
ブリタニア軍に当てはめると、グロースター・エアだろうか。
「質で劣るのは承知の上! だが我らの狙いはあくまで敵の旗艦、『グレート・ブリタニア』……!」
中華連邦艦隊の旗艦、大竜胆の前で星刻が吼える。
側面から攻め寄せてきた敵の航空戦用ナイトメアを斬り伏せ、スラッシュハーケンで僚艦を狙うVTOL機を撃ち落とす。
中華連邦のナイトメアはほとんどが
それため竜胆の上に固定砲台として配備され、対空砲火の一翼を担っている。
「懐に入り込めれば……ぬぅっ!?」
『……貴様が敵将か……!』
中華連邦軍にあって獅子奮迅の活躍を見せる星刻に対し、直上の空から大型のナイトメアが襲いかかってきた。
剣を横に構え受け止めるが、それだけで神虎の両腕から紫電が走った。
衝撃がコックピットを抜け、星刻が呻く。
睨みつけるように正面のモニターを見れば、白騎士に漆黒の鎧を着せたような外見のナイトメアがいた。
デュアルアイに光を灯らせるその機体の手には巨大な剣があり、それが星刻の剣を断ち切らんとしていた。
識別された機体名は『ギャラハッド』、すなわち。
「ナイトオブワン……ビスマルク・ヴァルトシュタイン卿か!」
『いかにも。皇帝陛下の命により……貴様らを、殲滅する!』
ギャラハッドと鬩ぎ合う神虎の横を、緑色の塗装をされたヴィンセント隊が擦り抜けていく。
皇帝直属のロイヤル・ガード機だ、防衛ラインを抜かれた星刻としては歯軋りして見送るしか無い。
「行かせるかああぁ――――っ!!」
そこへ飛び込んで来たのが、真紅のナイトメア『紅蓮』だった。
思い切り操縦桿を前に倒したカレンは、迷うことなく先頭のヴィンセントに特攻をかける。
右腕で頭を掴み、空中を引き摺るように飛翔し続けた。
そしてそのまま、右腕に輻射波動のエネルギーを流し始める。
「弾けろ、ブリタニアァッ!!」
叫び、トリガーボタンを押す。
次の瞬間には、内側から赤く爆砕したヴィンセントを投げ捨て、次を潰すために振り向いた。
操縦桿を引いたのは、ただの勘だ。
しかしその勘が彼女を救った、真上からランス型MVSを突き出してきたヴィンセントがいたのだ。
胸部装甲が僅かに削れ、紫電が走る。
『ひゃはははははっ、良く避けたなぁ女ぁっ!』
睨み合う形になったヴィンセントから、下品な男の声が響く。
カレンは覚えていないのだが、そのヴィンセントに乗っている男とカレンは一度見えたことがある。
以前、ブリタニアからナナリーを攫った時に襲いかかってきた男。
囚人兵のジェラルド、それが名前だった。
『知ってるぜぇ、グレンのパイロット。カレン=コウヅキ! お前だけは俺の獲物だからなぁ!』
「下品な男は……嫌いよ!」
ジェラルドの話には付き合わず、カレンは操縦桿を前に倒した。
そうしてヴィンセントと切り結んだ場所よりもややズレた先、赤黒い二本の柱が空をかけた。
ルルーシュが、斑鳩の重ハドロン砲を撃ち放ったのである。
射線上にいたブリタニア軍の航空部隊を薙ぎ払ったそれは、敵航空艦隊の最前列にいた軽アヴァロン級の艦首に直撃し、これを爆散、轟沈させた。
「……直進! このまま本丸に斬り込む!」
『『『承知っ!』』』
そうやって開かれた穴に、青鸞と護衛小隊が抜刀しつつ飛び込む。
高いステルス性を利用して懐にまで入り込む、そのために。
だがそれを許す程にブリタニア軍は甘くなかった、中でも。
『青鸞さまっ!』
「何……上っ!?」
上からの奇襲は基本だ、基本であるが故に多用される。
振り下ろされたのはMVSの双剣だ、青鸞は月姫の長刀を横にして受け止めた。
ガクン、と威力と重量に高度が下がり、通信機から上原達の心配の声が飛ぶ。
しかしそれには答えることも出来ず、青鸞は内心で舌打ちした。
何故ならメインモニターで青鸞に押し込んで来ている敵ナイトメアはヴィンセントのような量産機では無く、紫の装甲を基礎にした専用機だったからだ。
機体の名を『ベディヴィア』、もちろん青鸞はそのパイロットのことも知っていた。
『ははぁ、お前がジノとやり合ったって奴か。悪いけど、私はジノみたいにお上品には出来ないんでね……』
何故なら、相手はナイトオブラウンズの――――。
『……情け容赦なく、叩き落とさせて貰うよ』
――――ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムなのだから。
◆ ◆ ◆
カレンと紅蓮と言う障害が失われたことで、皇帝直属のロイヤル・ガード隊は大竜胆へ取り付くことが出来た。
何しろ
「B-06、確保完了。これより確保したエリアを敵軍より守りつつ、味方の取り付きを援護します」
『『『イエス・マイ・ロード』』』
ブリタニアのナイトメアパイロットには若者が多いが、ロイヤル・ガードを率いるベルタ・フェアギスもその1人だった。
若干22歳、鮮青色のセミロングが特徴的な美女である。
容貌がやや幼く見えるため美少女で通りそうだが、その実、部隊の動かし方は堅実にして大胆だった。
潰した
その間に他の3機が内部へ続くナイトメア用の通路を一本確保し、付近の砲台や
最前線も最前線、並みの部隊に出来ることでは無かった。
『フェアギス卿、内部への通路を確保しました』
「わかりました。中から敵の増援が出てくる可能性がありますから、そのまま警戒を」
『イエス・マイ・ロ』
その時、ブツンッと通信が切れた。
何事かと眉を顰めた途端、ベルタのヴィンセントの背中を雷鳴が走り抜けた。
それはもちろん比喩であって、実際には電磁式の散弾が爆発した音だ。
電磁式の、拡散弾。
特徴的な攻撃に、ベルタはまさか、と敵の正体を想像した。
「
『ふふふははははははははははっ、ブリタニアの豚共め! ナリタの戦いから何も学んでおらんと見える!!』
ナイトメア用の通路、その奥には4機のグラスゴーを合体させた大型リニアキャノンが設置されていた。
グラスゴーだけは、無頼だけは日本とインドが資源と資金に物を言わせて大量生産できた。
だからこの大竜胆のナイトメア用通路28本、その全てにこの兵器が配置されている。
ブリタニア軍がサンダーボルトと呼ぶ、その兵器が。
「超電磁式榴散弾重砲、
「了解であります、中佐殿ぉっ!」
「ブリタニアの豚共に、日本の魂と言うものを見せてやるわぁ!!」
雷光の中で草壁の怒声が響き渡り、それに応じるように威勢の良い声が響く。
ナリタの戦いの時よりも遥かに改良された雷光は、短いチャージで弾丸を放つことが出来る。
電源は大竜胆からの直結だ、いくらでもある。
ブリタニア軍の内部への突入は、今しばらく後のことになりそうだった。
◆ ◆ ◆
この戦場において、最も経験豊富な軍はどの部隊だろうか。
世界最強を誇るブリタニア軍だろうか、世界最大を誇った中華連邦軍だろうか。
あるいは、ルルーシュ=ゼロが率いる新興の黒の騎士団だろうか?
――――否。
『
日本、解放戦線である。
『汚らわしいイレヴンが……っ! 皇帝陛下の慈悲を理解できぬ犬畜生めっ!』
『おうおう、皇帝陛下の騎士様がやってきたぜ!』
『おいでくださった、ってぇべきだろうぜ! 何しろ騎士ってのは美人のスカートを捲るために命張ってんだからなぁ!』
『下劣な奴ら! 品性を持たぬ、汚らわしいナンバーズ……!』
『悪いなぁ……こちとら、騎士様と違って学がねぇもんでしてねぇ!』
オープンチャネルを飛び交う悪口雑言の数々、だが外の戦況とは裏腹に、こちらでは反ブリタニア派の方が優勢なようだった。
何しろスマートな物言いを好むブリタニアの騎士達に対して、反ブリタニア派……特に日本解放戦線の面々が放つ言葉は何と言うか、遠慮が無かった。
その原因は日本解放戦線の面々がある種、生きて帰れると思っていない所にある。
ナリタの頃から、いやそのずっと前から、彼らは常に劣勢の中で戦い続けていた。
兵の質も、兵器の量も、食糧も衣類も住環境すらも、ブリタニアには遥かに及ばない中での戦い。
戦場に出ればまず負ける、まず死ぬ、だから彼らは常に全力なのだ。
悔いを、悔いだけは残さぬよう、言いたいことを言うのだ。
『うわあああああぁぁっ、母さあああああああああああああぁぁぁんっっ!!』
「か、艦長! 翼を撃たれた航空機が……こっちに!」
「た、体当たりだと!? 脱出もせず、命が惜しくな……そ、総員、衝撃に備えろぉっ!!」
ブリタニアの部隊のように、疲れれば下がって補給を受けられるわけでも無い。
中華連邦の部隊のように、膨大な部隊を交代させつつ戦えるわけでも無い。
彼らは常に前線にあり、補給も交代も無い中で戦い続けてきた。
だからこの戦場に限って、しかも純粋な戦闘時間と言う括りにすれば。
日本解放戦線の兵士達は、他のどの兵よりも経験豊富な兵士達だった。
「怯むな! 突撃ぃぃいいいいいぃぁああああぁぁっ!!」
「日本、ばんざああああああぁぁぁいっ!!」
「「「うぁあらあああああああぁぁぁっっ!!」」」
翼を撃たれ回転しながら、VTOL機がブリタニアの駆逐艦の横っ腹に体当たりする。
ヴィンセントに胴体を斬られた飛翔滑走翼装備の月下が、上半身だけで敵に抱きついて道連れにする。
駆逐艦の艦橋を射撃粉砕したグロースター・エアの足元に、手榴弾や地雷を身体に巻きつけた兵士達が幾人も突撃をかける。
正気の沙汰とは思えない行動に、ブリタニア軍はぞっとした。
「……何ですか、これは」
一部で引き起こされている惨状に――全体に影響を与えられない所が、悲しい――ブリタニア軍の参謀の1人、アルファ・ジーニアスと言う女性将校が呟いた。
淡々とした声音の中に、呆然とした色を見て取ることが出来る。
彼女自身は軽アヴァロンの艦橋にあり、つまり空にあるため安全なのだが、それでも呆然としてしまう有様だった。
「自分の命を捨ててまで、敵を倒すだなんて……」
コンプレックスである童顔を僅かに顰めて、長い銀髪を揺らしながら呻く。
名門貴族に生まれ、持ち前の頭脳を活かして理論的に戦場を見るのがアルファと言う参謀だ。
しかしその彼女をして「異常」と言わしめる程に、日本解放戦線の戦い方は異常だった。
追い詰められた者の戦い方ですら無い、自棄にでもなったかと思う戦いぶり。
そんな戦い方は、アルファの知る戦いでは無かった。
だが、日本解放戦線にとってはそうではないのだ。
8年前の戦争でもそうだった、1隻でも侵攻を止めれば、特攻してでも止めれば、その艦の兵器や人が殺すはずだった人々を救うことが出来るのだ。
その中に家族が含まれていないなんて、どうして言える?
だから彼らは自分の命を盾とすることを恐れない、矛とすることを恐れない。
それが、それこそが――――「日本兵」と言う「生き物」なのだ。
「――――そうとも!!」
真上から振り下ろした廻転刃刀でヴィンセントを縦に斬り伏せながら、戦場の空で千葉が吼えた。
モニターに映るオレンジの光で顔を照らしながら、眉を斜めにした彼女は言う。
「貴様達にはわからないだろう、私達が。わからないものは、怖いだろう!」
その怖れこそが。
「日本人の魂、そのものだ……!!」
◆ ◆ ◆
無論、中華連邦軍もインド軍も日本に負けるなとばかりに奮闘している。
5隻の潜水艦でもって参戦するインド軍は、海中を侵攻するブリタニアの潜水艦や水中用ナイトメアの侵攻を何とか押し留めていた。
それでも全ては防ぎきれず、今、『シャンクシュ』と言う名の潜水艦が爆散した。
『ふん、下等な黄色人種の操る艦など大したことは無いのだ! 総員、攻撃を強めろ!!』
「……イエス・マイ・ロード」
どことなくやる気の足りない声で、ウィンチ・ラビズは自分の部隊の隊長に応じた。
引き締まった身体つきはまさに軍人らしく、ナイトメアの中でも特に狭苦しい水中用ナイトメア『ポートマンⅡ』の中に大柄な身体を収めている。
水中でのナイトメアの操縦にはある程度の器用さが求められるので、手先の器用さに自信のある彼にとっては天職だった。
その一方で、モニターに映る敵潜水艦に小型魚雷を撃つ作業に虚しさを感じてもいる。
敵はあと4隻、せめて早く終わってくれればと思う。
だがその時、4隻の内2隻の潜水艦に変化があった。
インド艦隊から見て左斜め前に位置していたウィンチは、それを見ることが出来た。
潜水艦の後部がハッチのように開き、そこから海中へと進み出てきた人型の機械人形を。
『――――耐圧装備、順調に機能』
ポートマンに比べ遥かに人に近いそのナイトメアは、グラスゴーだった。
耐圧のための追加装甲と水中を移動するためのスラスターを装備したそれは、ブリタニア軍以外で初めて投入される水中戦用の機体。
率いるのは白亜の装甲に包まれた六本腕のグラスゴー、つまりシュリー・シヴァースラである。
『それじゃあ、エスコートよろしく。
『――――
――――では、と呟いて操縦桿の引き金を引く。
直後、ポートマンが放っていたものをそう違わない物が、インド軍からブリタニア軍へと返された。
それは、非常に過激な返礼だったと言う。
「良し……まずは戦線を構築できたな」
そうした各所の状況を見て、自らも戦場に身を置きながらコーネリアが頷く。
彼女もラグネルで出撃し、すでに何機もの敵を屠っていた。
ある意味でルルーシュよりもブリタニア皇族として完成している彼女には、旧主の軍であるとか実の父が相手であるとか、そうした理由で手を抜くことは無い。
『コーネリア殿下! お下がりください、前に出すぎです……!』
「うん? 何だヴィレッタ、ギルフォードのようなことを言うな」
『恐れながら、それが普通です!』
ギルフォードにしろヴィレッタにしろ、コーネリアに付き合わされる人間は大変だ。
もちろんコーネリアにも自覚はある、あるが、だからと言って改善されるかはまた別問題だった。
その時、ラグネルのモニターに識別信号が生まれた。
それはラグネルに元々入力されていたものであって、後から入力された黒の騎士団の識別信号とは違うものだ――――つまり。
「来たのか、兄上……!」
アヴァロンである。
◆ ◆ ◆
アヴァロン、それはもはや言うまでも無いことだが、シュナイゼル軍の旗艦である。
僚艦は軽アヴァロン2隻のみ、他の援軍はいない。
エリア11統治軍が無視を決め込んでいる以上、通過は出来ても援軍は頼めなかった。
またシュナイゼル軍本隊は、大陸と台湾の統治に忙しい。
だが艦隊や戦艦以上の援軍が、アヴァロンには備わっていた。
ナイトオブラウンズの
枢木スザクと第九世代KMF、『ランスロット・アルビオン』が――――。
『何だ!? ブリタニアの新手か!』
『ぶ、ブリタニアの白兜……!』
「うろたえるな! 囲んで仕留めるのだ!」
――――戦場に、舞い降りた。
動揺する月下隊を叱咤するのは仙波だ、暁に乗る彼は頬に汗を滴らせながらその機体を睨んだ。
ランスロット、幾度も煮え湯を飲まされてきた相手。
だがどうも、以前とはやや形状が違うように見えた。
実際、その機体はランスロットの名前を冠するだけにデザインはほぼ同じだが、以前のランスロットそのままでは無い。
背部に装備された薄緑のエネルギー翼は明らかに通常のフロートでは無い、エナジーウイングと呼ばれる全く新しい兵装だ。
このランスロットはエナジーウイングに合わせて作られた、新たなるランスロット。
「この、ランスロット・アルビオンなら……!」
呟き、操縦桿の引き金を引く。
花開くようにランスロットの背中でエネルギー翼が開く、飛び散ったエネルギーの端はまるで羽のようだった。
だがそれはただの羽では無く、刃状の粒子となって正面へと放たれる。
無数の刃が、月下隊を飲み込んだ。
「な、何ぃ……!」
『せ、仙波隊長! たいちょおおおおおおおおおおおおぉっ!?』
メインモニター一杯に迫るそれから逃れる術など無い、月下隊は瞬く間に撃破された。
手足とフロートを撃ち抜かれた3機の月下が海へと落下する、仙波の暁も例外では無かった。
回避行動すら取れずに撃墜されることに、仙波は心の中で仲間に詫びた。
不覚、その言葉が脳裏を過ぎる。
だが何故だろうか、仙波の暁も月下隊も、コックピットは破壊されていなかった。
『あん? 何だぁ……って、あ?』
そのまま高速で飛翔するランスロット・アルビオンは、途上にいる敵をMVSの剣で悉く斬り伏せていった。
玉城もその1人であり、彼が気付いた時には暁の上半身と下半身は別れを告げていた。
ぽかん、とした表情を浮かべたままコックピットが自動で射出され、暁が爆発した。
だが彼だけでは無く、他の月下のパイロットも似たようなものだった。
道を遮る者を力でねじ伏せ、しかし誰も殺さない。
それはまさに枢木スザクと言う少年の気質を表しているようで、単機で戦場を制圧する姿はその象徴のようだった。
手を汚すのは自分だけで良いという、その傲慢さが。
「……本当に凄いね、枢木卿とランスロットは」
「まぁ、僕の持てる技術の全てを注ぎ込みましたからねぇ」
「いえあの、エナジーウイングはほとんど私ですよ?」
アヴァロンの艦橋、黒の騎士団の背後を突いた形になったシュナイゼルは、指揮シートからスザクとランスロットの活躍を見ていた。
事実上、中国大陸制覇の立役者とも言える機体とパイロットだ、目立ち方は尋常では無い。
開発者達の趣味で作られたものにしては、凶悪に過ぎた。
だがもちろん、スザクとランスロット以外にも目立つ戦力はある。
ナイトオブラウンズは個々が一騎当千だ、そしてこの戦場にはラウンズが7人いる。
すなわち、7000機のナイトメア部隊が来たも同然なのである。
極端に言えばシュナイゼルに出来ることはもう無い、だから彼は静かな瞳で戦局を見つめ続けた。
「くっ……スザクッ!」
『おぉっとぉ、俺を忘れて貰っちゃ困るぜ女ぁ!』
「……アンタ、邪魔!」
いつまでも付き合っていられない、カレンは紅蓮を翻して斬り結んでいたジェラルドのヴィンセントを弾いた。
焦っての行動だろう、ジェラルドはまさにこのタイミングを狙っていたのだ。
紅蓮の輻射波動の右腕をかわし、左肩の部分に蹴りを入れた。
カレンが衝撃に歯を食い縛るも、紅蓮がバランスを崩して高度を下げる。
そこへジェラルドが、振り向き様にスラッシュハーケンを射出する。
かわせないタイミング、勝利を確信したジェラルドは歓喜の声を上げた。
『死ねよぉ、女ああぁっ!!』
ブリタニアの追走劇で撃たれた肩が疼く、だが次の瞬間、ジェラルドは目を剥いた。
何故なら距離を取った紅蓮が、輻射波動の右腕をこちらへと掲げていたからだ。
届きもしないのに何のつもりだと笑う、だが笑った次の瞬間。
――――赤黒い砲撃が、彼のヴィンセントを包み込んだ意。
『な、なぁんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』
輻射波動砲弾、それが紅蓮可翔式の切り札だった。
簡単に言えば輻射波動のエネルギーを無反動砲として活用した武装だ、これにより零距離射程でしか仕えなかった右腕の輻射波動はロングレンジにも対応できるようになった。
輻射波動の光の中に消えるジェラルドのヴィンセントに鼻を鳴らして、カレンは機体を翻そうとした。
『おぉっと、キミの相手は俺ですよっと』
「な……っ!?」
咄嗟にショートナイフを抜き、直上からの一撃を受け止める。
それはハーケンタイプのMVSだった、火花を散らすその先にトリコロールのナイトメアがいる。
トリスタン、ナイトオブスリー。
ジノ・ヴァインベルグは、愛機のコックピットの中で笑みを浮かべた。
一方でコーネリアも、スザクを止めるための行動が取れないでいた。
原因は、彼女の所にもラウンズが来ていたからだ。
鶏冠のような頭部が特徴的なそのKMFは、ナイトオブテンのパーシヴァル。
すなわち、ルキアーノ・ブラッドリーである。
『さぁて、裏切り者の皇女様の大切なものは何かなぁ?』
「命とでも言えば満足か? 残念ながら……違うなぁっ!!」
ラグネルの大剣を振るい、迫るドリルクローを弾く。
だが実際、コーネリアの大切なものは命では無い。
大切なものは、他にあるからだ。
「コ、コーネリア殿……ぐぁっ!?」
当然、傍にいたヴィレッタはコーネリアを援護しようとした。
だがそれは出来なかった、何故ならルキアーノは単機では行動しないからだ。
気が付いた時、ヴィレッタの機体の頭部が弾け飛んでいた。
メインカメラを失い、モニターが一瞬だけブラックアウトする。
そしてモニターが復活する数秒の間にフロートを破壊され、復活したモニターでは空が回転していた。
撃墜された、モニターの中に敵らしき濃い緋色のナイトメアとピンクのヴィンセントを見た時、それに気付いた。
純血派、今では過去となったその言葉が脳裏を過ぎる、そして。
『千草』
こんな時に思い出すのは、あの汚らわしいイレヴンの男だった――――。
◆ ◆ ◆
アヴァロンの参戦と言う事実を得てもなお、ルルーシュ=ゼロは全く動揺していなかった。
それはルルーシュ=ゼロにとってシュナイゼルの介入――そして、ラウンズの介入――があることを織り込み済みだったためであって、対策もいくつか立ててはいた。
だが、スザクとランスロットに関しては予想外だった。
「エナジーウイング……ふん、何度見ても面白くないね」
黒の騎士団の旗艦『斑鳩』、ラクシャータの呟きをルルーシュ=ゼロはやや憮然とした心地で聞いていた。
スザクの強さは知っていた、が、これは異常だ。
たった1機でこちらの陣形が切り裂かれる、迎撃部隊は悉く全滅。
手の打ちようが無い、いや、手を打っても意味が無い。
戦術で戦略が覆される、いや、軍勢が騎士によって蹂躙されている。
いずれにしても、面白いものでは無かった。
何とかしなければならないのだが、流石のルルーシュ=ゼロも「純粋に強い」と言う相手にすぐには妙策を思いつけなかった。
「……左舷! ラウンズと直属部隊が来ます! 『
『迎撃部隊! ……ジェレミア!』
『はっ! ゼロ様の御心のままに……!』
ジェレミア卿の駆るナイトギガフォートレスが、オレンジの巨体を回転させながら左舷の敵部隊を迎撃に向かう。
マリアンヌの遺児であるルルーシュにジェレミアが従った結果だが、他の黒の騎士団のメンバーからは「何でアイツが?」と言う扱いを受けている。
ルルーシュ=ゼロの寄行は今に始まったことでは無いが、やはり戸惑いは大きかった。
だがそれも、戦時となれば抑制される。
今はとにかく皇帝軍に勝利し、今日を生き残らなければならないのだ。
特に重要なのはスザクへの対策、今、スザクは斑鳩とヴィヴィアンに急速に接近しつつあった。
すぐに手を打たなければ、いかに斑鳩・ヴィヴィアンと言えども危ない。
そしてルルーシュ=ゼロの作戦には、この2隻が必要不可欠なのだが……。
『……ゼロ! ボクが行く!』
その時、通信に少女の声が響き渡った。
前線でナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムと激しい戦闘を繰り広げている彼女は、ルルーシュ=ゼロの苦境とスザクの登場を知り、戦闘の最中に通信をかけて来たのである。
それに驚いたのは、ルルーシュ=ゼロだ。
『青鸞! だが、その状態では……!』
「いやまぁ、そうなんだけどね!」
振動の耐えないコックピットの中、通信に声を返しながら青鸞は言った。
そしてその次の刹那、ノネットの『ベディヴィア』と青鸞の『
火花を散らす二刀と二剣、一瞬でも気を抜けばその瞬間に撃墜されてしまうだろう。
斑鳩とヴィヴィアンを守るにしても、ノネットを無視することは出来ない。
「でも、あの人を止めるなら……!」
それは自分の役目だと、青鸞は思う。
いろいろな物を見て、聞いて、知って、その上で妹である自分が止めなくてはいけないと思う。
止まれないと言う感情を少しでも抱いたことがあるならば、なおさら。
『姉さん!』
その時、ノネットの何度目かの突撃を止めた者がいた。
月姫の前に割り込む形でその攻撃を止めたのは、黄金のヴィンセントだった。
そしてフィールドが広がる、時間停止の結界が。
『な、何だ、こ』
体感時間を止められたノネットの機体が、操縦が停止したために落下していく。
それを視界の端に入れつつ、青鸞が顔を上げた。
「ロロ、ギアスは駄目!」
『大丈夫だよ、姉さん』
通信画面の中で、パイロットスーツ姿のロロが笑っていた。
首を傾げるようにしながら、穏やかに。
眼下、海面直前でノネットが体勢を整えたのが見える。
だが青鸞がそちらへと意識を向ける前に、ロロのヴィンセントがMVSを抜いてノネットへと向かった。
「ロロ!」
『だから行って、姉さん! 姉さんのしたいことが、僕のしたいことだから!』
「……ッ」
ロロのギアスは彼自身の心臓をも止める、だから心配だった。
だが当のロロには迷いが一切なかった、そこに自分への信頼を感じてしまえば彼女には何も言えなかった。
ただ無事を祈るために一瞬だけ目を閉じ、開くと同時に背を向けた。
そして、戦場の空を全速力で駆け抜けた。
『青鸞! くっ……』
青鸞が戻る、その事実に対してルルーシュ=ゼロは仮面の下で唸った。
確かに青鸞が出てくれば、「妹を守る」ギアスに縛られているスザクは攻撃を躊躇うかもしれない。
しかしだからと言って止められるかと言うと、微妙な所だった。
「おい、どこへ行く?」
『ふん……南! 斑鳩の指揮は任せる!』
隣に立っていたC.C.の声に応じることも無く、ルルーシュ=ゼロは艦橋を後にした。
元々、斑鳩に篭っていては全体の戦況が読みにくい。
自分に言い訳でもするかのようにそんなことを考えて、ルルーシュ=ゼロは足早に歩き出した。
◆ ◆ ◆
ランスロット・アルビオンの進撃は止まらない。
単機先行にも程がある、それ程までにスザクは敵陣深くに切り込んでいた。
普通なら撃墜されてもおかしくは無い、が、今のスザクとランスロットを止められる者などいない。
「モニターから、消える……!?」
何だか前にも似たようなことを言った気がするな、そんなことを思うのは林道寺と言う男だった。
乗っている機体は月下、無頼よりかは遥かに性能が上だけれども、何の意味も無かった。
何故なら次の瞬間には、撃墜の衝撃が彼の月下を襲ったからだ。
月下では追いつけない程の速度で上昇したランスロットは、上空からスラッシュハーケンを放って月下の両肩を破壊、巻き戻しのままに近付いて両足を斬り飛ばした。
胴体だけになった月下の中で林道寺が表情を引き攣らせるよりもなお速く、ランスロットは飛ぶ。
道中のナイトメアや航空機を悉く粉砕し、あっと言う間にヴィヴィアンの上をとった。
剣をしまい、右肩に担ぐように強化型のヴァリスを構える。
砲塔が変形し、ヴァリスの銃口とも言うべき場所から放たれたのはハドロン砲だ。
それはヴィヴィアンのブレイズルミナスと数秒鬩ぎ合った後、フロート部分に直撃した。
「…………」
2つあるフロートの内、1つを破壊するだけでアヴァロン型は姿勢を保てなくなる。
だがすぐに墜落することも無い、中の人間が十分に脱出できる時間くらいはあるだろう。
だからスザクはモニターの照準状態を維持しつつ、ヴィヴィアンの隣へと銃口を向けた。
すなわち、漆黒の艦『斑鳩』へ対して。
「終わりにしようルルーシュ、青鸞……!」
『勝手に、終わらせないで……っ!!』
しかしその行動は、言葉と共に防がれてしまった。
防がれたとは言っても、ダメージを受けたわけでは無い。
警告音と同時に反応し、しかもランスロットは違わずそれに即応し、動いた。
スザクの反応に、ランスロットがついてくる。
それはつまり、自分の手足と同じだけの速度を持っていると言うことだった。
『兄様……貴方は、ボクが止める! ゼロには、彼には手を出させない!!』
「……青鸞」
正面から向き合うように、スザクはその機体を見た。
濃紺の月下型KMF、月姫を。
もう何度戦場で見たかわからないその機体に、スザクは目を細めた。
かつて自分が救いたいと願い、そして傷つけなければならなかった少女を。
だがそれでも、スザクは妹に何も語らない。
語ろうとしない。
真実を、全てを、語ろうとはしない。
その代わりに彼は、妹を裏切り続けることを選択していた。
『……止める? 僕を?』
通信機から聞こえる声は冷たくて、青鸞は眉を挙げた。
この時の青鸞の胸中を、どう考えるべきだろう。
最初は素直に恨んでいた、父を殺した兄を恨んでいた。
その感情は、今も心の奥で醜く蠢いている。
だが客観的に見た時、そして彼女個人の事情に限定した時、どうなのだろう。
自分達にコード発現のための人体実験をし、自分の政治的権威の拡大のために娘を海の向こうの国に身売りさせようと画策し、そのために日本そのものをブリタニアに売った父、枢木ゲンブ。
他人から見た時、父を殺した兄はどう見えるのだろう。
その後の行動を除いて、その時その瞬間、そのことだけに限って見れば、どうなるのだろう。
どう考える、べきなのだろう。
『残念だけど青鸞、キミには僕は止めることは出来ない』
「……止める! 止めて、兄様に聞かなくちゃならないことがある!」
『答えることなんて何も無いよ、青鸞。だから……』
え、と、青鸞の唇から驚きの声が漏れたのは数秒後だった。
不意に右の操縦桿が軽くなった、側面モニターを見れば、あるべき物が無かった。
その代わり、宙を舞う月姫の右腕が見えた。
攻撃された、認識した瞬間に青鸞は動いた。
コックピット横の刀を射出して左手に備え、振り向くようにして振るう。
高周波ブレードは、しかし何も捉えることなく空振りに終わった。
残像でも残るのでは無いかと思える程の速度で、ランスロットが動く。
「な……っ」
それはかつて、ナリタで感じた以上の衝撃だった。
あの時も世代差・性能差に衝撃を受けたものだが、今はそれ以上だった。
世界でたった1機の第九世代KMF、ランスロット・アルビオンの強さは。
「……このっ!」
反応しても、次の刹那にはランスロットは別の場所にいる。
それ所か、いつの間にか月姫の左脚が斬り飛ばされていた。
違いすぎる。
マシンポテンシャルが、違いすぎる。
勝てない、敵わない、止められない。
そんな絶望感が青鸞の胸を埋め始める、目の前でランスロットが剣を振り上げているのはわかっているのに、それに対する防御行動がまるで間に合わない。
やられる、そう思った時。
『枢木スザク……!』
廻転刃刀を振り下ろし、上から割り込むように1機の烈震がランスロットに斬りかかった。
ランスロットは悠然とそれを受け止めた、ビクとも動かない。
つまり、新型である烈震の推進力でさえランスロットを押すことも出来ないのだ。
そして青鸞を守ったのは、護衛小隊の大和であった。
キョウト宗家に仕える、分家の青年。
『枢木家の誇りを捨ててナンバーズになった、敵に媚び諂う売国奴……!』
『その口ぶり、キョウトの人間かい? でも』
だがそれも、ほんの数秒の時間を作っただけに終わった。
弾かれる所か廻転刃刀をMVSの剣で叩き折られ、バランスを崩した烈震の両腕をそのまま斬った。
次いで身を回し、背部を蹴られてフロートを破壊される。
声を上げる間も無い、撃墜劇だった。
『にゃろ……っ!』
続けて山本機が来た、だが彼の攻撃は受け止められることすら無かった。
あっさりとかわされ、後ろから斬られてフロートを破壊される。
墜落の瞬間、2基のスラッシュハーケンが山本機の両肩を粉砕した。
『た、たいちょ……きゃあああああああああぁっ!?』
コックピットに走った振動に上原が悲鳴を上げる、両足を失ったKMFがバランスを崩したのだ。
そして次に顔を上げた時、上原は表情を引き攣らせた。
上原機の首が、飛んだ。
頭部を失った上原機が墜落するのに、10秒も時間はいらなかったろう。
「あ……あ……」
ナリタからずっと、共に戦ってきた仲間達。
常に自分を守ってくれていた護衛小隊の主力メンバー、その3人が反撃らしい反撃も出来ずに撃墜された。
今、自分を守るものは何も無い。
その事実に、青鸞は本能的に恐怖を覚えた。
(だ、だめ……やられる……っ)
どうしようも無かった、そんな次元をとっくに超えている。
そうして動けずにいると、機体に衝撃が走った。
悲鳴を噛み殺しながら俯く、が、次の来るだろう爆発の衝撃は無かった。
その代わりに、機体に異様な圧力がかかっている旨を知らせる警告音が鳴り響いた。
「な、何……って、これは!?」
ランスロットのスラッシュハーケンが、そのワイヤー部分でもって月姫を縛っていた。
ご丁寧にコックピットブロックまで巻き込んでいて、脱出も出来ない。
いったい、何が。
『青鸞、キミを捕虜にする』
聞こえてきた兄の声に、ぞっとした。
ブリタニア軍の捕虜になる、その事実に怯えを感じたのだ。
ナリタの時にも言ったが、テロリストである青鸞がブリタニア軍の捕虜になればどうなるかなど考えるまでも無い。
だがスザクは、そんな彼女の心境を察しているのかどうなのか。
『ナリタの時とは違うよ、青鸞。ラウンズには捕虜の扱いに関する裁量権がある、だから……キミの身の安全については僕が保障する』
「……そんな!」
『投降してほしい、青鸞』
――――あるいは、スザクはこの場で青鸞を撃墜すべきなのだろう。
ラウンズと言う立場なら当然、そうすべきだ。
どの道彼女に待っているのは死刑判決しか無い、だがラウンズには司法に拠らずに捕虜の扱いを決められる特権がある。
そしてスザクには、青鸞を殺すことは出来なかった。
それは「妹を守れ」と言う漠然とした、だが強制力のあるギアスのせいか、それとも自分の意思なのか。
だが、出来なかった。
父親を殺したその手で、妹を殺すことが出来なかった。
「キミに……これ以上、戦ってほしくないんだ。青鸞」
目を閉じてそう言うスザクの耳に、あの声が届いてきた。
哀しみと、怒りと、そしてそれ以外の何かで揺れる声。
告げられる言葉は、すでに何度も聞いたもの。
「……どうして……」
どうして、今さらそんなことを言うのか。
この兄はいつだって、後になってから何かを願ってくるのだ。
スザクのそんな所が、青鸞は大嫌いだった。
どうしてと言う問いにはいつだって答えてくれないくせに、いつだって自分の願いだけこちらに押し付けてくる。
独善的で自分勝手で、いつだって、そう、いつだって……!
操縦桿を握り締めた時、機体が揺れた。
「あ……」
自分は動かしていない、だがモニターの外の光景は動いている。
答えはすぐに知れた、スザクのランスロットが月姫を牽引しているのだ。
反射的に操縦桿を引いたのは、当然だった。
「動け……」
操縦桿を動かしても、機体は思うように動いてくれない。
ワイヤーで押さえられているのだ、軋むような音が聞こえてくるだけだ。
それでも、青鸞は操縦桿を引き続けた。
「動け、動け、動け……!」
ガチャガチャと虚しく操縦桿を引きながら、呪文のように呟き続けた。
だが動かない、幼馴染がくれた力では届かない。
届かない。
その現実に、目の端に透明な雫が生まれた。
……ふざけるな、と、思った。
こんなことで良いのか、こんな所で終わって良いのか、このままで良いのか。
良いわけが無い、良いわけが無い、良いわけが無い。
だがどうすることも出来ない、無力だ、それが許せない。
自分が、許せなかった。
「動け、動いて……っ、こんな、所で! ここで! まだ……っ」
まだ、やるべきことがあるのに。
「だから……!」
だから。
「動いてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇっっ!!」
その時。
『良いだろう――――』
空から声が、降りてきた。
はっ、と顔を上げれば、次に衝撃が来た。
『叶えよう、その願いっ!!』
全てのモニターが、紫の光で照らされた。
いや違う、光線だ。
紫色に輝くレーザーが無数に空から降り注ぎ、ランスロットと月姫の周囲を駆けた。
それは巧みに騎士団側の味方を避け、周囲にいたブリタニア軍のみを撃破した。
それだけでは無い。
青鸞が身の自由を感じたのは、その直後だった。
紫のレーザーはランスロットのスラッシュハーケンも断ち切っていたようで、月姫が拘束から解かれて自由になった。
「あ……」
視線の先、正面モニターに漆黒のナイトメアの背中があった。
どこかガウェインを彷彿とさせる、黒と金、そして紫のナイトメア。
両腕を聖人のように広げ、青鸞には見えないが、胸部の紫色のクリスタルを露出させた状態で浮遊していた。
そのナイトメアの背中を、青鸞は呆然と見つめていた。
『ナイトオブセブン、枢木スザク。並びにブリタニア軍に告げる――――キミ達はまだ、この私と』
その声に、青鸞は目を大きく見開いた。
驚きのあまりに声を出せない、何故ならその声の主は、その少年は、こんな前線に出てくるようなタイプでは無かったのだから。
だから、まさか。
『私達と……すなわちこのゼロと、そして』
まさか、助けに来てくれるなんて。
一方でそのナイトメア、『蜃気楼』の中にいる少年は悠然と足を組んでいた。
広々とした座席型の操縦席の中、足を組んで肘を置き、そして高きから傲然と相手を見下すように、言った。
「枢木青鸞嬢と、戦うつもりだろうか?」
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、自信たっぷりな笑みと共にそう告げた。
採用キャラクター:
ユミノさま(ハーメルン):ベルタ=フェアギス。
相宮心さま(小説家になろう):アルファ・ジーニアス。
樹術師さま(小説家になろう):ウィンチ・ラビズ。
ありがとうございます。
次々と倒れていく仲間達、ヒロインの危機!
そしてそこへ颯爽と登場するヒーロー、未だかつて無いくらいにルルーシュが輝いているような気がします。
でもルルーシュが調子に乗ると、次の瞬間には失敗するフラグに思えてなりません。
たぶんあと数話で終わるような気がしますので、最後までお付き合いくださいませ!
『奇跡。
そんなもの、特には信じていなかった。
奇跡で何とかなるくらいなら、誰も苦労なんてしないから。
だけど、彼と……ルルーシュくんと一緒なら。
奇跡を、信じてみたくなるんだ』
――――TURN24:「奇跡 を 起こす 男」