コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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TURN24:「奇跡 を 起こす 男」

 そのナイトメアの名を、『蜃気楼』と言う。

 黒を基調色としたシャープなデザインのその機体は、ガウェインのドルイドシステムを流用した制御システムを持つ指揮官仕様の機体だ。

 機体制御はコンピュータ任せであり、パイロットはキーボード型の操縦桿で通信・解析に専念することが出来る。

 

 

『ルルーシュ……なのか?』

 

 

 正面モニターに映るランスロット・アルビオンから響く声に、ルルーシュは足を組んだまま笑みを浮かべた。

 だがスザクも答えを期待などしていなかったのだろう、即座にエナジーウイングの翼を羽ばたかせた。

 そして飛来する無数の刃状粒子、当たれば先の仙波達のように無残に撃墜されることになる。

 

 

『ルルーシュくん!』

 

 

 背中で聞く少女の声に心地良ささえ感じながら、ルルーシュは大仰な仕草で両腕を上げた。

 側面からキーボード型の操縦桿が展開され、即座に指を走らせる。

 それだけでこの蜃気楼は動く、ドルイドシステムが周囲の環境データを受けて最適な行動を選択する。

 そして、エナジーウイングの射撃をまともに受け爆発した。

 

 

『……な!?』

 

 

 だが爆煙が晴れた時、そこには何の変化も無い蜃気楼と月姫がいた。

 背後の月姫を守るように両腕を広げた蜃気楼、その前面に紫色の障壁が出現していた。

 蜃気楼のエネルギーによって形成されるそれはブレイズルミナスすら超える強固なバリアであり、その内側はいかなる者の侵入も防ぐ絶対守護領域と化すのである。

 今もランスロットの攻撃を軽々と受け切り、無傷で2機を守った。

 

 

『ふふ、ふふふ……どうかな枢木スザク、私のナイトメアの能力は』

『……確かに強力な機体だ。だがゼロ、それだけでこの戦局を逆転できるとでも思っているのか?』

 

 

 それは無理だ、損傷した月姫の中で青鸞は思った。

 今はルルーシュの絶対守護領域の盾に守られている彼女だからこそ、改めて全体の戦況を見ることが出来る。

 余裕が出来たと、言い換えても良いだろう。

 

 

 一部においては反ブリタニア同盟の混成軍が優勢なのだが、それは逆に言えば大部分で押されていると言うことだ。

 特に水上艦艇が不味い、海上での艦隊戦は物量差を跳ね返すのが極めて難しいのだ。

 とどのつまり、このままでは殲滅されるまでそうはかからないだろう。

 何しろ、撤退の選択肢が取れないのだから。

 

 

『いいや? 戦局を決めるのは個人の武では無い……戦略だ!』

 

 

 その時、月姫のモニターに蜃気楼からの暗号通信が来た。

 通信と言うよりメッセージ、メッセージと言うよりは作戦パターンを伝えるものだった。

 だがそれは航空戦艦やナイトメアパイロットに向けられたものでは無い、海上で密かに密集隊形をとりつつあった水上艦艇に向けられらものだ。

 

 

 大竜胆を中心に集まった十数隻の艦は、ここで不可思議な行動に出た。

 あと少しで衝突するのでは無いかという距離にまで艦同士が近付き、かつ互いをアンカーで繋いだのだ。

 古代中国史において、船同士を鎖で繋いで揺れを防ごうとした指揮官がいる。

 これは、それを現代の技術で再現しようとしたものだ。

 

 

『始まったか、頼むぞゼロ……!』

『むぅ、これは……』

 

 

 ビスマルクと斬り結ぶ星刻も、眼下で行われている不可思議な艦隊行動に気付いていた。

 それはビスマルクも同じだ、だが相手の意図が読めずに眉を顰めただけだ。

 多くのブリタニア兵は、ビスマルクと同じ反応をするだろう。

 密集すればその分、攻撃の的になると言うのに。

 

 

 その中で、1隻だけ動く艦があった。

 水上では無く水中、つまりは潜水艦だ。

 だがインド軍では無く、数日間ずっと海底に潜んでいた潜水艦。

 漆黒の艦体を持つそれは、黒の騎士団所有のあの潜水艦だった。

 

 

「機関最大! 最大戦速!」

 

 

 副官である前園の声を耳に聞きながら、黒の騎士団の後方司令――とは言え、ここは最前線だが――である三木は、見えもしない正面を睨み据えるように屹立していた。

 狭苦しい司令室の中央に立ち、胸を張って両足を踏ん張っている。

 薄暗い周囲では旧日本解放戦線の兵達が緊張した面持ちで計器に向かっており、それでも水圧と海流が艦体を撫でる音だけしか聞こえない程に静かだ。

 

 

 ――――伊豆諸島、その海底にはある化石燃料……資源がある。

 サクラダイトと並んでエリア11の重要産出資源であり、ここでも開発されている資源。

 サクラダイトと異なり非常に不安定であるが故に、専用の設備とパイプラインを海底に敷かなければならない資源。

 

 

「これより、メタンハイドレート回収設備の破壊作戦を行う……!」

「「「了解!」」」

 

 

 メタンハイドレートである。

 エリア11周辺の海に埋蔵するこの資源は、伊豆諸島周辺にも存在していた。

 海底で一時的にガスを溜める設備を作り、パイプラインで伊豆諸島の海上精製施設にまで引っ張っる構造になっている。

 

 

 三木達の任務は、ルルーシュ=ゼロの指示があるまでじっと海底に潜み、指示があれば即座に行動することだった。

 そしてそれは、すでに半ば成功していた。

 インド艦隊ばかりに目が行っていた海中のブリタニア軍は、突然の三木達の登場に驚き、しかし即座の行動を取れずにいたのだ。

 

 

「魚雷1番2番、発射よぉ――――いっ!!」

 

 

 ポイントに到達すると同時にアンカーを射出し、艦体を艦艇に固定する。

 そして三木の意を受けた前園の指示で、潜水艦の艦首魚雷発射口が開いた。

 内部の魚雷室では、2人の兵が重い魚雷を必死に発射口につめ、互いに状態を確認し合いながら準備を整えていた。

 

 

『魚雷1番2番、発射準備ぃよぉ――しっ!』

「……っ、てえぇ――――っ!!」

 

 

 通信筒から響いた声に、前園が大声で発射を命令する。

 数秒後、2発の魚雷が発射された。

 

 

「総員、衝撃に備えよ……!!」

 

 

 低く三木が命令し、しかし自らはその場から動かなかった。

 周囲の兵が手近な物に捕まって身構える中、三木だけが直立不動の体勢で正面を見据えていた。

 そして……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――海は、穏やかなままだった。

 海上の各艦ソナー担当者は海底で魚雷が爆発したことを察知したが、それだけだった。

 海の上はまるで何の変化も無く、そのままの状態が続いていた。

 原因は三木達の潜水艦が狙った先、つまりメタンハイドレートの関連設備の方にこそあった。

 魚雷が爆発して数十秒後、僅かに土煙が晴れたその先に薄緑の輝きが見えた。

 

 

「ブレイズルミナス……!?」

 

 

 司令室で誰かが呻いた、艦外カメラと計器の算出するエネルギー総量がその答えだった。

 薄青のエネルギー障壁、ブレイズルミナス。

 あらかじめ設置していたのか、あるいは装置を積んだナイトメアを伏せていたのか。

 いずれにせよ魚雷数発でどうにかなるシステムでは無い、血の気が引くとはこのことだろうか。

 

 

 海底のメタンハイドレート設備を破壊して噴出させ、暴発させると言う策。

 その前段階として互いを連結した反体制派の艦隊は、今は良い的でしか無い。

 つまり、敗北の気配がすぐ背後まで来ていた。

 どうするか、と三木が奥歯を噛んだその時、ソナー担当官と通信担当官がほぼ同時に叫んだ。

 

 

「ほ、本艦右舷を通過する艦アリッ!」

「艦種・艦名照合――シンドゥゴーシュ級『シンドゥシャストラ』!」

「何……?」

 

 

 その艦は、インド艦隊の旗艦であるはずだった。

 それが三木達の横を通り抜けて、真っ直ぐにブレイズルミナスに守られるメタンハイドレート設備へ向け直進していた。

 何故そうしているのか、と言う問いに答えるのはインドの青年ナヤルだった。

 

 

『借りを返すよ、ゼロ!』

 

 

 デカン高原での借りを返す、ナヤルはそう言った。

 インドの独立と言う現象は、黒の騎士団とゼロの助力が無ければ成し遂げられなかった。

 もちろん、独力で可能にするだけの力と手段はあった。

 だが借りは借りだ、インドの商人階級(ヴァイシャ)にとって借りとは何としても返さなければならないものだ。

 

 

 機関最大、最大戦速。

 インドの潜水艦が海底スレスレの所を直進し、そのまま制動をかけることなく。

 むしろどこか楽しげな雰囲気さえ漂わせて、ナヤル達は自らの艦をメタンハイドレートの設備に衝突させた。

 ブレイズルミナス発生装置の手前、海底の土を盛り上げるような形で斜めに衝突する。

 潜水艦の動力であるサクラダイトが、臨界点を超えた。

 

 

『『『自由インドに、栄光あれ……!』』』

 

 

 自由、それは何にも代えがたき物。

 彼らはそれを勝ち取るために逝く、そのために戦った。

 すなわち、聖戦。

 

 

「――――聖戦の果てに、男達の魂が神々の御許で称えられますように」

 

 

 六本の腕とスラッシュハーケンで海底の岩場に固定したインド製グラスゴーの中で、聖職者(ブラフミン)・シュリーが祈りの言葉を紡いだ。

 そして、結果だけが残る。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 メタンハイドレートは、一定以上の圧力によってメタンガスと水に分解される。

 要するに凍結ガスであって、燃料資源として活用するには特殊な設備が必要になる。

 そして伊豆諸島のガス精製施設まで敷かれていたメタンハイドレートの海中設備とパイプラインに、今、火がついた。

 

 

 一瞬、海が凪いだような気がした。

 だがそれは本当に一瞬のことであって、数十秒後には不気味な鳴動が始まった。

 最初にそれを知ったのは水上艦艇の担当官であり、彼らは海の底から凄まじい勢いで迫ってくる存在に気付いていた。

 そして彼らが顔を青くして、艦の上層部に危機を知らせた時には全てが遅かった。

 

 

「う、海が……!」

 

 

 その呟きが誰の物だったのかは、記録が無いためわからない。

 だが事実だけは確かに残った、白く、まるで海が巨大な洗濯機にでもなったかのように白く、海面が白い何かで覆われたのだ。

 それは水上艦艇のバランス・システムの許容量を遥かに超える勢いで海面を波立たせ、船上に立っていた全ての人間を床に叩きつけた。

 

 

 最も軽いフリゲート艦がまず横倒しに倒れた、そして倒れた艦が引き起こした悲鳴と波が次々と伝播していく。

 波の勢いに舵を取れなくなった駆逐艦が巡洋艦に衝突し、大きく揺れる飛行甲板から無数の航空機やナイトメアが海中へと放り出された。

 そしてそれらを成している存在は、たった一つ。

 

 

『だ、誰か助けてくれ! 艦の姿勢が保てない……!』

『あ、泡が……泡が!』

「泡っ!?」

 

 

 味方の通信回線に阿鼻叫喚の地獄絵図を感じ取ったスザクは、その中に含まれる言葉に反応した。

 そしてそれは彼の目にも見えている、海中から夥しい量の泡が噴き上がってきているのだ。

 ガス化したメタンハイドレートの泡が、周辺数キロに渡って噴出している。

 その勢いは凄まじく、海底の掘削穴から無尽蔵の勢いで溢れ、留まる所を知らなかった。

 

 

「で、連結してた黒の騎士団の艦隊だけ無事ってことかい……!」

 

 

 カレンとの戦闘を中断――中断せざるを得ない――して、ジノが呻いた。

 他のラウンズも衝撃を受けている、まさかこんなことが、と。

 眼下ではブリタニアの水上艦艇が次々と泡に飲まれて消えている、通信回線にはブリタニア兵の断末魔が響き続けている。

 壊滅、いや水上艦隊は全滅に近い、しかもどうすることも出来なかった。

 

 

 一方、先程までただの的だった騎士団側の艦隊は違う。

 大竜胆を中心に連環した艦隊は、泡と波に煽られながらも未だ健在だった。

 アンカーが軋む音がここまで聞こえそうな程だが、メタンハイドレートの暴発に対する損害率は雲泥の差だった。

 これで、互いの戦力差はひっくり返った。

 

 

「これはこれは……」

 

 

 航空艦はもちろん、メタンハイドレート暴発のダメージを受けていない。

 だがそれでも、流石のシュナイゼルも言葉を続けることが出来なかった。

 作戦のスケールの大きさ、タイミングの的確さ、前準備の周到さ、予想外の事態に対する対応力、そして何より同盟の強固さ。

 

 

 もしかしたならこの時、シュナイゼルは初めてゼロと言う人物を認めたのかもしれない。

 これまで特に興味も関心も無かった、一エリアの反政府指導者と言う「小物」に過ぎなかった仮面の男。

 ルルーシュ=ゼロを、この時初めてシュナイゼルは認めたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『ナヤル、お前の犠牲……無駄では無かったぞ』

 

 

 通信機から響くルルーシュ=ゼロの声を、青鸞は半ば呆然とした心地で聞いていた。

 眼下ではブリタニア艦隊が地獄絵図を展開していて、しかもそれを成したナヤル達の識別信号は途絶えている。

 その事実に、青鸞は言葉を作ることが出来なかった。

 

 

『目を逸らすな、青鸞。ナヤル達は死ぬために逝ったのでは無い、何かを成すために逝ったのだ』

『けれど、こんなに大勢を死なせて……それでキミ達は、笑って日本の独立を祝えるのか?』

 

 

 ルルーシュとスザク、2人の声が青鸞の耳に届く。

 そして青鸞は、ふと彼女のことを思い出した。

 ギアスの力で強制的に穏やかな優しい世界を作り出し、あらゆる闘争を否定した皇女を。

 こんな時に思い出すのは、彼女のことだった。

 

 

 海上の戦いには勝った、駆逐艦の対潜戦闘の支援で海中の戦いも制するだろう。

 ブリタニアに残されたのは、航空艦隊とナイトメア部隊のみ。

 当然、反ブリタニアの混成軍はすぐ傍まで来た反撃の気配に士気を高めていた。

 各所で反撃の命令が飛び、動揺するブリタニア軍を討ち果たすべく行動を開始する。

 

 

『朝比奈! 千葉! 戦線を押し上げる! 両翼から上がれ!』

『承知!』

「承知! ……っと」

 

 

 藤堂の声に千葉と共に応じて、朝比奈は背中を見せたグロースター・エアを背後から斬り伏せた。

 脱出するコックピットブロックはそのままに、朝比奈は自分の部隊を纏めて戦線を押し上げようとした。

 数は未だに敵が多いが、士気と勢いの面ではこちらが押しつつある。

 

 

 勝てる、反ブリタニア勢力が最後のチャンスで勝利を手に出来る。

 皇帝を倒し、日本を取り戻せる。

 先の片目を負傷しながらも戦場に出続けて良かったと、朝比奈は思った。

 自分の手で、などと言う程自惚れてはいないが、その一部を担ったとは思える。

 だから朝比奈は、胸の奥の興奮を抑えながら暁を操縦していた。

 

 

「日本が独立したら、か!」

 

 

 敵のナイトメアを斬り、撃ち、倒す。

 それだけを繰り返しながら、左翼から前進する。

 まさかナイトメアで航空戦を演じることになるとは、あの頃は思ってもいなかったが。

 それ所か、実は「日本が独立したら」などと考えたことも無かった。

 

 

 心のどこかで、無理だと思っていたからだ。

 

 

 だが今は違う、敬愛すべき上官に従い、いけすかないが能力は認めざるを得ないゼロに従い、こうして皇帝の喉下にまで喰らいついている。

 ナリタにいた頃には、まず不可能だったろう。

 思えば遠くまで来たものだと年寄りじみたことまで考えて、朝比奈は戦闘を続けながら苦笑を浮かべた。

 

 

(……そう言えば)

 

 

 あの子はどうするのだろう、と、そんなことを考えた。

 青鸞、枢木ゲンブ首相の娘、日本の抵抗の象徴。

 大人しく象徴として座るだけの少女なら、朝比奈も認めはしなかったろう。

 最初にナリタに来た彼女に、自分は何と言ったのだったか……もう、それすら覚えていない。

 

 

 ああ、あの子はどうするのだろう?

 軍人にでもなるのか、政治家になるのか、それとも御簾の向こうに帰るのか。

 あるいは、それこそただの女の子になるのだろうか。

 藤堂道場の妹分、数年の付き合いで随分と濃い思い出ばかり作ったものだ。

 ……出来れば、幸せになってほしいと思う。

 

 

『朝比奈隊長!』

 

 

 その時、部下の声と暁の警告音が耳に届いた。

 それは見えない片目の方から来ていて、だから反応が遅れた。

 戦闘以外のことに思考を裂いていたことも、不味かったのかもしれない。

 そして、結果だけが残る。

 

 

『――――ラウンズがいる限り、ブリタニアに敗北は無い』

 

 

 接触通信の声が聞こえるのと、朝比奈の視界が白く染まるのはほぼ同時だった。

 だが実はこの時には、すでに朝比奈の肉体はその活動を停止していた。

 コックピットをナイトメアの剣で貫かれれば、生きてはいられないだろう。

 

 

 そして敵が……モニカと共に左翼を攻めていたナイトオブフォー、ドロテア・エルンストが、暁のコックピットカラレイピア型の実体剣を引き抜いた直後、朝比奈の暁が爆発した。

 オレンジ色の爆炎は、反ブリタニア勢力の反撃の気運を削ぐには十分な威力を持っていた。

 だからそれを成したドロテアの功績は大きかったし、事実、ブリタニア軍はこの後に続く彼女の叱咤で勢いを盛り返した。

 

 

『あ、朝比奈……』

『朝比奈が……やられた……?』

 

 

 そして、黒の騎士団にも衝撃を与えた。

 朝比奈は旧日本解放戦線のメンバーにとっては柱のような存在だった、支えだった。

 それは上官である藤堂や、僚友である千葉にとっては特にそうだった。

 言葉を失い呆然とするのも、無理からぬことだったろう。

 

 

 ……そして、1人の少女にとっても。

 いやもしかしたなら、藤堂や千葉以上に衝撃を受けていたかもしれない。

 大きく見開かれた目が、カタカタと震える指先が、頬を流れた一筋の雫が。

 

 

「う、ぁ……あ……し」

 

 

 その、全てだった。

 

 

「省悟さあああああああああああああああああぁぁぁぁんっっっっ!!!!」

 

 

 その瞬間、月姫のコックピットの中が紅の輝きで満たされた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そこは、不思議な世界だった。

 真っ白な霧に覆われている世界、それでいて霧は奥へと引き込まれているかのように流れている。

 そしてその流れに従うようにして、無数の人影が歩いていた。

 まるで黄泉の国へ続く坂を歩く、亡者のようだった。

 

 

『省悟さん……っ!』

 

 

 その世界を、青鸞は駆けていた。

 どこかから突如現れた彼女は、列を成して歩く人影達の間を縫うようにして駆けた。

 ふわりと浮かぶように着地し、駆ける少女は何も身に着けていなかった。

 半透明の身体はまるで幽霊のようで、だが必死の顔が生気を証明していた。

 左胸と右掌から赤い輝きを放ちながら、駆けた先で掴んだのは。

 

 

『省悟さんっ!!』

 

 

 人影の腕を掴む、するとその人影は明確な形を持つようになった。

 黒い髪に黒い瞳の日本人、少女よりも背が高い、鍛え上げられた身体は細いががっしりとしていた。

 腕を掴まれたことに驚いた様子で、彼……朝比奈は、青鸞を振り返った。

 彼もまた、一糸纏わぬ姿だった。

 

 

『青ちゃん……?』

『省悟さん、逝っちゃダメだよ。そっちは……!』

 

 

 腕にしがみ付いて、朝比奈の足を止める。

 普段なら様々な意味で恥ずかしくて出来ないだろうが、今はそうしなければならなかった。

 そうしなければ、朝比奈が逝ってしまう。

 もう二度と、会えなくなってしまう。

 

 

『そう、か……青ちゃん、キミは』

『……ごめんなさい』

 

 

 謝る、「この世界」では隠し事は出来ない。

 青鸞の身に起こったここ数ヶ月の変化の全ても、今の朝比奈には伝わってしまう。

 コードのこと、ギアスのこと、饗団のこと、ブリタニアのこと、ルルーシュのこと。

 全部、全て、何もかもが、ダイレクトに伝わってしまう。

 

 

 それは、逆もまた然りだ。

 朝比奈が考えていたことも、感じていたことも、思っていたことも、何もかもが青鸞の流れ込んでくる。

 心配されていたことや、想われていたこと、そして……申し訳なく思われていたことも、全部。

 

 

『省悟さん、戻ろう? 戻ったら、ちゃんと自分の口で全部話すから。そうしたら叱ってくれて良いから、だから!』

 

 

 だから、逝かないでほしい。

 子供に戻ったかのように我侭を言う青鸞に、朝比奈は穏やかな笑みを見せた。

 優しい笑みだった。

 彼は自由な方の手を伸ばし、青鸞の頭を撫でた。

 

 

 この世界では、言葉は二次的な意味しか持たない。

 だから青鸞は顔を歪めた、目尻から涙が零れるのを止めることが出来なかった。

 朝比奈は、戻らない。

 還る、「彼女」の下へ還ってしまう。

 そして青鸞には、それを止める力が無かった。

 

 

『嫌だよぅ……省悟さん、嫌だよぉ……!』

『……ごめんね、青ちゃん。でもここに来てわかったんだ、僕は逝かなくちゃいけない』

 

 

 人は、根源から分かたれた「塵」だ。

 塵はいずれ根源へと還る、今の青鸞はそのループを理解していた。

 朝比奈が顔を向けている先、白い霧の世界の先に「誰が」いるのか理解していた。

 だから、止められない。

 

 

 ああ、だからこそV.V.は戦うことを選んだのだろうか。

 「神」を殺し、新たな世界を創ろうとしたのだろうか。

 今ならば、少しだけ理解できるような気がした。

 

 

『正直、心残りが無いでも無いけれど……でも、僕は逝かなくちゃ』

『……省悟、さぁ……ん……』

 

 

 えぐえぐと泣きじゃくる青鸞を、朝比奈は苦笑しながら撫でる。

 生前……あえて生前と言う言葉を使うが、生前には恥ずかしくて出来なかったことだ。

 その時、別の人影が2人の前を通り過ぎた。

 一瞬だけ形を取り戻したその人影は、インドの青年の姿をしていた。

 

 

 笑顔をで軽く手を振った彼は、周囲の人影――これも一瞬、インド人の集団に見えた――と仲良さそうに奥へと歩いて行った。

 その背中を、朝比奈もじっと見ている。

 予感がして、青鸞は朝比奈の腕を抱き締める力を強めた。

 だが涙で濡れる瞳で見上げても、朝比奈が振り向くことは無かった。

 

 

『逝かないと、卜部さんや皆が待ってるから』

『ま、待っ……省悟さ、し』

 

 

 振り向いた朝比奈の厳しい瞳に、青鸞は言葉を飲み込んだ。

 叱られた心地で腕を離せば、朝比奈は表情を緩めた。

 

 

『……良い子だ』

『省悟、さん……省悟さん、省悟さん省悟さん、省悟さぁん……っ』

『困ったな、もう逝かなくちゃいけないのに。そんなに泣かれたら、向こうに逝っても心配になっちゃうよ』

 

 

 言われて、青鸞は笑おうとした。

 上手く笑えるはずも無いのに笑おうとしたそれは、酷く不格好だった。

 可愛くも無ければ美しくも無いそんな顔に、しかし朝比奈は優しい笑みを見せた。

 安堵したような顔をして、一歩を離れた。

 

 

『ありがとう、青ちゃん』

 

 

 何に対するお礼なのか、わからなかった。

 ありがとうを言うなら自分の方だと、崩れ落ちながら青鸞は思った。

 人影へと戻る朝比奈の背中に何事かを叫びながら、泣き喚きながら、青鸞は朝比奈省悟と言う男のことを想った。

 

 

 ナリタで自分を妹のように可愛がってくれた、本当のお兄ちゃんなら良かったのにと何度も思った。

 格好良い所も、みっともない所も、失敗した所も、上手くいった所も、全部見てくれた。

 優しくしてくれた、厳しくしてくれた、甘えさせてくれた、困らせてくれた。

 朝比奈省悟と言う兄貴分のことが、青鸞は大好きだった。

 

 

『僕は見れなかったけれど、青ちゃん。キミは』

 

 

 自分が知らないことやわからないことを教えてくれる朝比奈が、好きだった。

 何か嘘を教えたり悪いことを自分に教えようとして、千葉に怒られる朝比奈が好きだった。

 藤堂のことを尊敬して、草壁らに悪態を吐く朝比奈が、好きだった。

 枢木青鸞は、朝比奈省悟のことが。

 

 

『キミには、平和になった日本を見てほしいな――――』

 

 

 ――――大好き、だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 唸り声。

 突如として響いて来た唸り声に、誰もが顔を上げた。

 だがそれは通信機から聞こえてきた物では無く、頭の中で反響するように響いていた。

 多くの者が戦場が見せる幻聴かと首を傾げた時、彼らは気付いた。

 

 

 それは、少女の泣き声だと。

 

 

 そしてそれを最も近くで聞いていた2人の少年は、頭痛を引き起こす程の思念に顔を歪めた後、そちらを見た。

 スザクは蜃気楼の絶対守護領域の向こう側を、ルルーシュ=ゼロは己の後ろを。

 しかしその時にはもう、月姫は濃紺の軌跡を残して消えていた。

 

 

『『青鸞ッ、待て……ッ!』』

 

 

 2人の少年の制止の声さえ振り切って、月姫は飛んだ。

 己を守る僚機も持たず、たった1人、単機でブリタニアの航空艦隊を目指して飛翔した。

 並み居るブリタニアのナイトメア部隊の中で、しかし誰も彼女を止めることは出来なかった。

 それどころか彼女を止めるべく前に割り込んだナイトメアのパイロットは、己の中をおぞましい何かが駆け巡るのを感じた。

 

 

 言うなればそれは、イメージ、とでも言おうか。

 情報の海に投げ出され、無数の意識に包まれるおぞましい感覚。

 突如として体内に入って来たそれに、ブリタニア兵は悲鳴を上げて意識を失っていった。

 受け止めきれない情報はショックイメージとなり、おぞましい何かを連想し、脳が己を守るべく意識を途絶えさせたのだ。

 

 

「何だ……!?」

 

 

 濃紺の軌線が過ぎた後には、穴が開くようにブリタニア軍の陣形が切り裂かれていく。

 それはまるで、先のランスロット・アルビオンを思わせる進撃だった。

 斑鳩から見て左翼に向けて伸びた連なりは、そのままブリタニアの左翼艦隊を目指しているように見えた。

 

 

『ええい、全機下がれ! 私が相手をするっ!!』

 

 

 味方の体たらくに激昂したのか、味方のヴィンセントやグロースター・エアを下がらせて、ドロテアが前に出た。

 朝比奈機を撃墜した彼女はそのまま左翼にいて、ジェレミア隊と交戦中のモニカ隊と連携していたのだ。

 ドロテアは自らの愛機ベレアスを駆り、高速で迫り来る濃紺のナイトメアを迎え撃った。

 

 

『イレヴンごときに遅れを取る……ラウンズでは無いっ!!』

 

 

 レイピア型の実体剣、濃紺のKMFの胸を目掛けて刺突する。

 対する濃紺のKMF、月姫は、残った左腕で刀を振るいレイピアを外側へと弾いた。

 乱雑な動きだ、そして狙い通りの動きでもある。

 ドロテアは笑みを浮かべ、そのまま機体の身を勢いのままに回転させた。

 いや、正しくは「回転させようとした」だ。

 

 

『な……?』

 

 

 戸惑いの声が響く、操縦桿を動かす手が止まったのをドロテアは自覚した。

 自覚して困惑した後、おぞましさが来た。

 瞳孔が開く程に目を見開き、魂を刺すような情報の奔流に飲まれる。

 

 

『な、何だ、これは……ぐ、あああああああああああああぁっ!?』

 

 

 脳を犯されると言う未だ経験したことの無い衝撃に、ドロテアは悲鳴を上げた。

 そして現実においては、その一瞬でベレアスは月姫に両足を斬り飛ばされていた。

 だがそれ所では無く、ドロテアは意識が落ち、機体ごと落下していった。

 しかし外から見ると、それは「ドロテアが、ラウンズが敗北した」ようにしか映らない。

 

 

『エ、エルンスト卿が……』

『ラウンズが負けた! うわあああああぁぁっ!!』

 

 

 恐れ戦いて月姫の軌道上から逃げるブリタニア軍、逆に左翼の騎士団の兵達は歓声を上げた。

 どうしてそんなことになっているのかはわからないが、枢木青鸞と言う彼らの象徴がラウンズを下したらしいことはわかったからだ。

 

 

「何と、これは……」

 

 

 モニカ隊と対峙していたジェレミアも、ジークフリートのコックピットの中で驚嘆の息を吐いていた。

 そして同時に饗団の一員でもあった彼は、今何が起きているのかの予想も出来ていた。

 意味についても、何と無くは。

 

 

「……いかん! 枢木青鸞、その力は……!」

 

 

 だがジェレミアのその声は届かない、今の青鸞には届かない。

 むしろ彼女はジェレミアのいる空域さえそのまま通過し、ブリタニアの艦隊を守るモニカ隊の中へと突っ込んで行った。

 そして、ドロテア隊との戦いと同じ光景が繰り返される。

 

 

『こ、こんな……こんなことがあってたまるかぁっ!』

 

 

 ドロテアの撃墜に衝撃を受けていたモニカも、己の矜持を懸けて愛機ユーウェインの銃を上げた。

 そして、撃った。

 月姫の残った片足を撃ち抜いたそれに、モニカは安堵したような笑みを浮かべる。

 だが月姫が速度を緩めないと知るや、慌てて次撃を装填した。

 

 

『……ガァッ!?』

 

 

 衝撃に、モニカが悲鳴を上げた。

 何故なら異常なことに、月姫は減速せずにそのままモニカに衝突したからだ。

 普通、避けるか何かするだろうに、そのまま制動も減速もせずにぶつかってきた。

 だがチャンスだ、モニカは近接用の武装を展開しようとした。

 

 

『……ッ、あ、あああああああああああああぁっ!?』

 

 

 そうする前に、彼女もドロテアと同じように情報の波を叩き付けられた。

 脳が沸騰するのではないかと思える衝撃に意識を手放し、ユーウェインが落ちていく。

 月姫はそれすら興味が無いかのように飛び続け、そのままブリタニアの艦隊に突っ込んで行った。

 斑鳩から見て左翼にいる敵艦隊は3隻、重アヴァロン1隻に軽アヴァロン2隻だ。

 

 

 アヴァロンは強力な航空戦艦だが、懐に飛び込まれると対応できないと言う弱点があった。

 対空砲とブレイズルミナスの内側に入り込み、月姫は左腕に持っていた刀『雷切』を軽アヴァロンの第2フロートに突き刺した。

 高周波ブレードがフロート外壁を斬り裂き、内部のシステムをぐちゃぐちゃに破壊する。

 火を噴くと同時に刀が半ばから折れて、柄を捨てながら月姫が飛んだ。

 

 

『な、何だアレは!?』

『撃て、撃てぇっ!!』

 

 

 呆然としていたもう1隻の軽アヴァロンも、月姫が続いて自分達に迫っていると知って血相を変えた。

 対空砲が空を過擦し、月姫を叩き落そうとする。

 だが月姫は対空砲の悉くを直線的な動きで凌いだ、真下に出ると同時に急上昇する。

 そして、腰から抜いた廻転刃刀を第1フロートに突き刺した。

 回転する刃が奥深くまで刀を進め、致命的な部分を破壊する。

 

 

 フロートの外壁を蹴って離れると、月姫は再び急上昇する。

 高速で飛翔し、残った重アヴァロンの上を取ると、そこで一旦止まった。

 そしてコックピット横の刀を射出し、左腕で掴む。

 桜色の刀身から煙が噴き出し、サクラダイトの熱暴走によって得られるエネルギーが迸った。

 

 

「う、ううう、ぅ、ぅうううう……!」

 

 

 唸り声。

 月姫のコックピットの中で、青鸞は唸り声を上げていた。

 それは泣き声だった、歯を食い縛っているために唸り声のように聞こえているのだ。

 左胸と右掌からは未だ赤い輝きが溢れ続け、気のせいでなければ瞳さえ紅に染まっているように見える。

 

 

「ううううう、ううううううううううぅううううぅ」

 

 

 ギリギリと歯を食い縛る音が響き、操縦桿を握り締める音が響く。

 赤い瞳からとめどなく涙が溢れ、犬歯を剥き出しにした唇からは血の雫が垂れていた。

 急激すぎる機動に、少女の肉体がついてこれていないのだ。

 だが、そんなことは関係が無かった。

 

 

 青鸞は今、己の中から溢れる衝動を感じていた。

 苦しいとすら思える程の衝動、それに振り回されていた。

 怒りとも憎しみとも違う、何かの衝動。

 胸の奥から競り上がってくるそれを発散しようとするかのように、真下に向けて月姫を飛翔させた。

 重力さえも味方につけて、重アヴァロン目掛けて飛ぶ。

 

 

「うぅあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 

 叫んで、『桜花』の刀身を振り下ろした。

 薄青の輝きがそれを阻む、ブレイズルミナスだ、高純度のサクラダイト特殊錬造合金が放つエネルギーがブレイズルミナスの障壁を中和した。

 刀身に罅が入る、だが構わずにそのまま斬り裂いた。

 

 

「か、艦隊が……エルンスト卿と、クルシェフスキー卿が……」

 

 

 そして重アヴァロンのフロートが火を噴く様子は、他の艦にも見えていた。

 ブリタニアの中央艦隊、旗艦であるグレート・ブリタニアの艦橋は静まり返っていた。

 海上艦隊の壊滅に続き、敵左翼を攻めていた味方の艦隊が壊滅させられたのである。

 彼らが絶望的な気分になるのも、無理は無かった。

 

 

 しかもそれを成したのがたった1機のナイトメアとなれば、もはや笑うしか無い。

 だが現実に笑える程の精神力の持ち主はいなかったし、いるはずも無かった。

 ……いや、ただ1人だけ、いた。

 

 

「くく、くくくくく……ふははっ」

「へ、陛下……?」

「ふふふ、ふははは……ふふはははははははははははははははははっ!!」

 

 

 ブリタニア皇帝シャルル、彼だけは違った。

 壊滅した味方の様子を見て、意気上がる敵の様子を見て、なお轟然と哄笑してみせたのである。

 胸を逸らし、本気で面白いものを見たように笑う彼を、艦橋スタッフは流石に気味悪げに見つめていた。

 

 

 だが皇帝はそんなことは露とも気にせず、笑い続けていた。

 その瞳には、両眼には、赤いギアスの紋章が浮かび上がっている。

 ギアスの瞳で世界を見渡す皇帝は、なおも哄笑しつつ言った。

 

 

「ふふはははは……あやつめ、やりおるわっ!」

 

 

 あやつ、と言うのが誰かはわからない。

 少なくとも艦橋のスタッフにはわからない、本来は許されないことだが、狂人を見るような目つきで皇帝を見つめていた。

 だがそれを咎められる前に、彼らは意識を現実へと引き戻された。

 

 

「ぬぅ……っ!?」

 

 

 グレート・ブリタニアの第2フロートが爆発すると言う、その衝撃によって。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 潜入工作、そして破壊工作。

 それはいつの時代にもあり得る策の一つであり、正面からぶつかる軍隊が剣だとすれば、人の目を忍ぶ暗器のような物だろう。

 そして、だからこそ効果がある。

 

 

「フロートの破壊を確認、これより脱出行動に入ります」

『了解、どうか無事で』

 

 

 小型端末の画面に映るのは、インド情報部のカンティ・シンだ。

 褐色の肌に編み上げられた長い金髪の美女の顔が画面から消えると、端末を持っている女、咲世子は軽い音を立ててそれを閉じた。

 懐に仕舞いながら前を見れば、グレート・ブリタニアのフロートが火を噴いている様が見えた。

 

 

 彼女が今いるのは、グレート・ブリタニア下層の対空砲の射撃室だ。

 無数にある対空砲の一つを奪い、それでフロートを撃って破壊したのである。

 ただもちろん、1人で全てを行ったわけでは無い。

 

 

「さぁ、戻りましょう。時間をかけすぎると脱出の機会を逃してしまいます」

 

 

 咲世子が振り向いて声をかけると、元々この射撃室にいたブリタニア兵数人を縛っていた2人の女性が頷きを返してきた。

 2人ともが中華連邦の兵士であり、咲世子のグレート・ブリタニアへの潜入と破壊工作を支援してくれた仲間だった。

 

 

「そいじゃまぁ、またいっちょうやってやるかねぇ」

 

 

 1人は20代半ばの女性で、黒の短髪と男勝りな雰囲気が特徴的な人物だった。

 名前は張葉青(チャン・イェチン)、諜報員としてのスキルに優れており、特技は声帯模写とハッキングである。

 戦争や国家には特に興味は無いのだが、特技を活かせる職を探していたら軍の諜報部にいつの間にか入っていたと言う経歴を持つ。

 

 

「わかりました、道をつけます」

 

 

 そしてもう1人、こちらは10代後半の少女だった。

 長い黒髪を二つ縛りにした小柄な少女で、中華風の意匠が施された直剣二刀を両手に握っていた。

 敵中に孤立していると言う状況下でも冷静なのは、幼く見える外見によらず肝が据わっていることを印象付けていた。

 名前を李小鈴(リ・シャオリン)、立ち居振る舞いは生真面目な少女のそれである。

 

 

「では……参ります!」

 

 

 そして咲世子はそんな2人を率いて、射撃室の外に飛び出した。

 驚いて銃を向けてくるブリタニア兵に対してクナイを投げ、驚異的な体術で通路を駆け抜けていく。

 その姿は続く2人も感嘆せざるを得ない、と言うより、ここに来るまでに十分に認識していた。

 ただ1つ、2人が咲世子に対して隔意を感じる部分があるとすれば。

 

 

((……あの衣装は、何なんだろう……))

 

 

 レオタードとマフラーと言う、咲世子の奇抜な衣装に対してだけだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ……青鸞の意識が回復した時、まず目にしたのは黒い計器だった。

 オートバイ式のコックピット・シートにうつ伏せに倒れていたのだ、青鸞は腕に力を入れて身を起こした。

 正面のモニターには、空があった。

 

 

「……?」

 

 

 状況が読めずに、首を傾げた。

 普通なら空と共に海も見えるはずなのだが、今は空しか見えない。

 つまり海側に背中を向けて空中にいることになる、彼女ははっとして周囲を確認した。

 そして、側面モニターにオレンジ色の装甲を見つけた。

 

 

『気付いたか、枢木青鸞』

「え……?」

 

 

 それは、ジェレミアのジークフリートだった。

 重アヴァロンを落とした後、青鸞が気を失い落下する月姫をジェレミアが受け止めたのだ。

 だからこうして、ジークフリートで月姫を運搬しているわけだ。

 まさかかつての純血派のリーダーが日本人である青鸞を助けるとは、運命とはおかしなものである。

 

 

 それに、青鸞は溜息を吐いた。

 頭と胸の奥に鈍痛が残り、右腕が痺れている。

 おそらくはコードの力を使いすぎたのだろう、朝比奈の死と言う衝撃で起こった反応と言える。

 そんな彼女の心境を察しているのかいないのか、ジェレミアが言った。

 

 

『気をつけろ、キミに何かあれば我が君が哀しむ』

「……ありがとう、ございます」

『何、礼には及ばん。これも忠義の……む?』

 

 

 ジェレミアの怪訝な声に、青鸞は再び顔を上げた。

 その時には月姫のフロートを再起動させて自分で飛んでいる、だからジェレミアと同じものが見えた。

 見えるのは海上に向けて――この頃には、メタンハイドレートの噴出も弱まって来ている――徐々に高度を下げているグレート・ブリタニアだ、どうやらフロートを損傷しているらしい。

 

 

 だがそれよりも、グレート・ブリタニアの巨大な艦体中央部に異常が見えた。

 装甲が罅割れているのである、もちろん艦が重みに耐え切れず割れているわけでは無い。

 内側から爆発するように、艦体中央部の装甲が爆裂した。

 何か巨大な質量を持つ物が、無理矢理に艦体をこじ開けて外に出ようとしているらしい。

 それはまるで、母の胎内を蹴る赤子のようにも見えた。

 

 

『ふふふふ……ふふふははははははははははははははははははははっ!!』

 

 

 そして、不快な哄笑がオープンチャネルで響き渡った。

 老人の物なのだろう、だがどこか老人離れした力強さを感じるその哄笑を、青鸞は知っていた。

 耳にしたら離れない、それは勝利者の哄笑だった。

 

 

『人は、平等では無い。だからこそ人は争い、競い合い、そこにぃ……進化が生まれるぅっ! すなわちぃ……!』

 

 

 その言葉、知っている。

 世界中の人間が知っている、勝利者、世界帝国の頂点に立つ男だからこそ許される傲慢な理論。

 その言葉を吐いたのは、1人だけだ。

 だからわかる、「それ」に乗っている人間が誰なのか。

 

 

 ナイトメアでは無い、ジェレミアのジークフリートよりもなお巨大なそれはナイトギガフォートレスだ。

 黄金色に輝く装甲は太陽に煌き、神秘的にすら見える。

 装甲の中央に刻まれたのは青地に赤十字、獅子と蛇が絡み合う意匠を施された旗だ。

 すなわち、神聖ブリタニア帝国の国旗。

 

 

『オオオオオオオオオオォゥルゥハァイィル・ブリィタァアニアアァァァァァッッ!!」

 

 

 第98代唯一皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアの声が、まるで世界へ宣戦布告するかのように響き渡った――――。

 




採用キャラクター:
佐賀松浦党さま(ハーメルン):張葉青。
光堂司さま(小説家になろう):李小鈴。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 青鸞がコードの力を戦闘に転用した結果、兄スザクと共にチートの領域に足を踏み入れると言う結果になりました。
 枢木の家は、もうダメかもしれませんね。

 そして朝比奈さん、悩んだぁ……悩みました。
 でも描いてる時に聞いていた音楽のテンションがアレだったので、最終的にこんな感じに。
 将来的な根源の描写のためにも、一役買ってくれてるかもしれませんからね。
 と言うわけで、次回も頑張ります。

『ブリタニア皇帝シャルル、世界最強の権力を持つ独裁者。

 強さこそを正義に据え、争いこそ人の進化の道と説き、それでいて世界の嘘を壊そうとしている求道者。

 そして、ルルーシュくんとナナリーちゃんのお父さん。

 力を使い果たしたボクに、はたしてあの巨人が倒せるだろうか』


 ――――TURN25:「皇帝 の 仮面」

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