コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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CONTINUE2:「水泳 大会」

 夏である。

 気温は連日30度を超え、場所と時間によっては40度もザラなこの季節、学生達も毎日の登下校でげっそりしている。

 例え教室の中が冷房の効いた快適空間であっても、日差しの強さは変わりようが無い。

 

 

 まぁ中には車で快適に登下校するお嬢様や、残像が見えそうな程の速度で自転車を爆走させる兄妹(爆走させているのは兄だが)、さらに学園の敷地内に住んでいる者など様々な生徒がいるが、基本的には条件は同じだった。

 要するに、やっぱり暑いのだ。

 

 

『と言うわけで、今年もアッシュフォード大水泳大会! 始めちゃうわよ――――っ!』

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっっ!!」」」」」

 

 

 アッシュフォードの指定水着姿のミレイが飛び込み台の上からマイクで叫ぶと、ちょっとした競技会が開けてしまうような広々としたプール施設に男子生徒達の怒号が響き渡った。

 もちろん彼らも学校指定の水着姿なのだが、男子生徒の水着などどこも一緒である。

 ちなみにこの施設は学園の敷地内にある最新設備だ、水泳部や水泳の授業をするためにしては明らかに過ぎた設備だった。

 

 

 全天型のドームで年中いつでも使え、50メートル級のプールも2つあり、1方には10メートルまでの飛び込み台が備えられている。

 加えて言えば観客席のように2階3階部分があり、4200人までの収容が可能だ。

 ドームとしては小型だが、学校のプールの枠は遥かに超えている。

 

 

「こうして見ると、ワールドクラスの企業経営の学校って凄いって、改めて思うよね」

「う、うん……」

「水泳部としては、嬉しいんだけどね……」

 

 

 飛び込み台の脇、「水泳大会実行委員会(生徒会)」と描かれたテントの下、水着姿のシャーリーとニーナがいた。

 パーカーを着込んだ2人は1000人規模のミレイファンの男子生徒達がプールサイドやプールの中からミレイに手を振っている様子を見ているのだが、正直ついていけていなかった。

 

 

 このプールの恩恵を受けている水泳部の人間であるシャーリーは本来そんなことを言ってはいけないのだろうが、暑いからと言ってこのテンションはついていけなかった。

 何しろ冬には温水プールになるので、他の学校が練習できない時期にも練習できて便利なのだ。

 ただこういうイベントの時には、少々考えてしまうのである……男子生徒の一部の視線が自分の胸元や足に向けられていることに気付いてしまえば、それも仕方ない。

 

 

「すみません、こちらからは生徒会と委員会の管轄になるので」

 

 

 ……が、渋面もパーカー&指定水着のルルーシュが男子生徒を追い散らしたことで、恥ずかしげな笑顔に変わった。

 急にクネクネし始めたシャーリーに変なものを見る目を向けながら、ニーナは手元のパソコンに目を落とした。

 彼女はプール施設の操作などを担当しているのだが、今は少し休憩しているようだ。

 

 

 具体的には、ブログを見ていた。

 そしてそのブログにアップされている画像の中には、彼女達生徒会の妹分達の姿があった。

 つまるところそれはアーニャのブログで、そして画像の中で楽しそうに日常を過ごしている少女達はと言えば……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 アッシュフォード学園には、俗に言う運動会のようなイベントは無い。

 イベント盛りだくさんのこの学園には珍しいことだが、代わりにこの水泳大会が催されている。

 中等~高等、つまり中学生から高校生の各クラスによる対抗戦である。

 まぁそうは言ってもあまり競争意欲のある学校では無いので、内容は極めて緩いものになっているが。

 

 

『優勝クラスには、生徒会からキッスのご褒美がありま――すっ♪』

「「「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」

 

 

 何かまたミレイさんが変なことを言ってる……と思ったのは、施設の壁際で体操座りをしている青鸞だった。

 当然のことだが、彼女もアッシュフォード指定の紺色の(スクール)水着に身を覆っている。

 胸元から腰までの白いラインが入っていて、左下に校章が入っているデザインの水着だ。

 

 

 青鸞の身体はお世辞にもグラマラスとは言えないが、代わりに均整が取れているのが個性だった。

 顔や身体、足の長さのバランスが非常に良く、柔らかさとしなやかさを同居させた細身の身体は健康的な魅力を放っていた。

 特に体操座りのために腕に抱えられた足、その柔らかそうな太腿から膝にかけての締まり具合などはたまらないと、カメラを回し続ける神楽耶などは内心で断言していた。

 

 

「……神楽耶、流石にそれは近すぎると思うんだけど」

「あ、あら、私としたことが……」

 

 

 おほほ、と上品に笑って誤魔化すのは神楽耶だ。

 だが青鸞は誤魔化されない、今の今まで神楽耶が自分の太腿に5センチの所までカメラを近づけていたことを知っているからだ。

 はたして自分はどうしてこの幼馴染と一緒にいるのだろう、そして5センチってそれほぼ肌色しか映っていないのでは無いだろうか。

 

 

 とは言え、神楽耶もまた類稀な美貌を持つ少女である。

 身体は青鸞よりもずっと小柄だが、絹のようにキメ細かな白い肌と烏の濡れ羽色の髪が映えていて、どこか近寄りがたささえ感じさせている。

 しかも手足は折れそうなくらいに細く、それでいて女性らしく柔らかそうで、同性であっても触ってみたいと思ってしまいそうな危険な魅力を放っていた。

 

 

「と言うか神楽耶ってカメラ係じゃ無かったっけ、ボクしか撮って無くない?」

「大丈夫です、これはプライベート用ですから」

「何が大丈夫なのかさっぱりわからないんだけど!?」

「……記録」

「そ、そうそう、これは大事な成長の記録ですわ! ただちょっと偏りがあるだけで!」

 

 

 どうしてアーニャと神楽耶でここまで説得力に差が出るんだろう、青鸞はそれが心の底から不思議でならなかった。

 ちなみにアーニャは青鸞ばかりを撮るということも無く、神楽耶や他のメンバーのこともきちんと携帯電話のカメラに収めている。

 

 

 アーニャの肢体は、神楽耶のように華奢なわけでも青鸞のようにしなやかなわけでも無いが、完成された美術品のような美しさがあった。

 普段から10キロランニングなどで鍛えているせいか全体の肉が締まっていて、柔肌の下には程よい弾力の筋肉があることがわかる。

 どちらかと言うとアスリート系だが、同時に女の子らしい柔らかさもある、そんな身体つきだった。

 

 

「はぁ……」

「青鸞さん、元気が無いようですけど……水泳は嫌いでしたか?」

「んーん、別に嫌いじゃないよ。泳ぐのは好き」

 

 

 声をかけてきたのはナナリーだった、天子にうんしょうんしょと車椅子を押されながらの登場である。

 ナナリーの車椅子はモーターで動くので押される必要は無いのだが、人が多い場所ではぶつかってしまうので、こうして誰かに押してもらうのだ。

 ちなみに天子とナナリーは水着を着ていない、前者は体調が優れず、後者は身体のためである。

 

 

「ただねー……」

 

 

 じっと視線を向ける先には、ミレイが飛び込み台の上でマイクパフォーマンスをしている50メートルプールがある。

 生徒達の群れでかなり見えにくいが、そこに誰がいるのかはわかった。

 特に今はミレイに熱を上げる男子生徒では無く、目当ての男子を見つけて黄色い声を上げている女子生徒達でプールサイドが埋まっていたからだ。

 

 

 そしてこの学園において、女子に黄色い声を上げられる男子生徒など数える程しかいない。

 まぁトップはジノだろう、何しろ彼は本当にモテるから。

 しかしジノを呼ぶ声に混じって聞こえる黄色い声こそが、青鸞の機嫌を急降下させている原因だった。

 

 

「「「きゃーっ、スザクくーんっ」」」

「……あんなデリカシー無しのどこが良いんだか」

「せ、青鸞さんってば」

「可愛いですわね♪」

 

 

 青鸞に関する話では何故か常に会話に混ざる、それが神楽耶と言う少女である。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 運動系のイベントとなると活躍する人物は限られてくる、変態的な生徒の多いアッシュフォードでもそれは例外では無い。

 対象の人物は年度によって変わるが、ここ数年その人物に変動は無かった。

 すなわち男子はスザクとジノ、女子はカレンとアーニャである。

 

 

「「「きゃあああっ、スザク君カッコ良い~~!」」」

「「「ジノ様ぁ~~ッッ!」」」

「あっはははは~……ってスザク、お前も手くらい振ってやれよ」

「僕は良いよ」

 

 

 男子総合でワン・ツーフィニッシュを決めたスザクとジノ、タイプの違う2人の美少年に女子生徒達が年上も年下も黄色い叫び声を上げていた。

 ただ軽い雰囲気で手を振り返したりするジノと違い、スザクは苦笑するばかりだ。

 どうやら、あまりそう言ったことには関心が無いのかもしれない。

 

 

 そして女子はと言えば、こちらもこちらで高等学年1位と中等学年1位を掻っ攫っていた。

 ただこちらは少し毛色が違う、豊満かつ引き締まった身体を窮屈そうに水着に押し込めたカレンにはミレイに負けず劣らずの勢いで男子生徒のファンクラブがついていた。

 一方でアーニャはと言えば、何故か年長組のお姉さま方に人気だった。

 

 

「……これは、記録しない」

「そうね、それが良いと思うわ」

 

 

 無表情ながら鬱陶しそうにしているアーニャに苦笑しつつ、カレンはポンポンとその頭を叩いた。

 ちなみにその際、アーニャはカレンの胸元と自分の胸を静かに見比べていた。

 しかしこうした面々の活躍の裏では、極端に運動の苦手な生徒と言うのも存在するものだ。

 例えば全校生徒から運動が出来ない――運動音痴というわけでは無く、体力が無いだけ――生徒、ルルーシュなどがそうだ。

 

 

「う、うーん……」

「もう、お兄様ったらしょうの無い人」

 

 

 しかし妹であるナナリーに膝枕で介抱されているあたり、競技中に溺れたことすらわざとでは無いかと思える。

 そうでなくとも、怪我の功名と言うものだろうか。

 シャーリーがどこか羨ましそうに指を咥えて見ているのが、何ともシュールである。

 

 

 そしてもう1人、そんな兄妹の様子をじっと見つめている少女がいる。

 青鸞だ、彼女はルルーシュの髪を優しく撫でているナナリーのことを見ていた。

 シャーリーのように羨ましそうと言うわけでは無いが、何となくつまらなそうではある。

 なお彼女も自分のレースで1位を取ったのだが、カレンやアーニャと言うスーパーウーマンがいることで全く目立っていなかった。

 

 

「……何だよ、デレデレしちゃってさ」

 

 

 そして青鸞の視線は、女子生徒に囲まれている己の兄へと向けられた。

 何やら対応に困っているような顔をしているが、青鸞の目から見ると――多少の偏見はあるにしても――悪い気はしていないように見える。

 それが気に入らないのか、それとも他の何かなのか、青鸞はどんどん不機嫌になっていっていた。

 

 

「ああ、拗ねている青鸞も可愛らしいですわ……」

「……記録」

 

 

 そしてブレない2人であった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 お昼休み、昼食である。

 生徒達は思い思いの場所でお弁当を広げているが、その中にあって青鸞のグループは特に目立っていた。

 何故ならば、お重で城砦が出来ているからだ。

 

 

「今日は皆で食べようと思って、家の者に言って作らせたんです」

「わ、私も、シェフにお願いしてみて」

「いや2人とも、ちょっと所じゃなくやりすぎだから」

 

 

 青鸞の目の前には、自前の小さなお弁当箱が一つ、そして神楽耶が持ってきた和食盛り合わせのお重が49段、さらに天子が用意した中華盛り合わせのお重が33段……幾重にも重ねられたそれは、まさに壁のように聳え立っていた。

 加減と言うものを知らないのだろうか、この2人は。

 

 

 当然だが青鸞と2人では食べきれない、ので、四隅最後の一角であるアーニャが無表情に、しかし凄まじい勢いで食べ物を口に入れている。

 アーニャ・アールストレイム、実はかなり食べる方だ。

 なお、当然だが食べる前にブログ用の写真を撮っている。

 

 

「……美味しい」

「そ、そう……あれ、そういえばナナリーちゃんは? あと神楽耶、ボク自分で食べるからいつまで待ったってあーんはしないからね」

「え?」

 

 

 心の底から「なんで?」と言う顔をする神楽耶は放っておいて。

 

 

「ナナリーはお兄さんと一緒に食べるって、お兄さんが放してくれないみたい」

「ふーん、どうせまたルルーシュくんがフルコース作って来たんでしょ」

 

 

 ルルーシュがナナリーに甘々なのは誰もが知っていることだ、朝夕はもちろん昼食ですら共にするのはそのためだ。

 そしてルルーシュのシスコンぶりに隠れて目立たないが、ナナリーも相当のブラコンである。

 でなければあの距離感はあり得ない、軽く唇を尖らせながら青鸞はそう思った。

 そして彼女の兄はと言えば……。

 

 

『レディースエーンドジェンルトメーンッ、さぁて始まりましたお昼の余興ッ! 10メートルの飛び込みに挑戦してくれるのはぁ、我ら生徒会の美男美女! 枢木スザクとシャーリー・フェネットだ――ッ!』

「「「シャーリーちゃ――んっ!」」」

「「「スザクく――んっ!」」」

 

 

 飛び込み台の上で、生徒会主催のミニイベントを行っている所だった。

 要するに超高校級の飛び込みを見せると言うわけだが、マイクを握るリヴァルは妙に調子が良かった。

 

 

『いやぁ、この距離で見ても2人とも良い身体してますねぇ。おまけに美男美女! もうこのまま付き合っちゃえば良いんじゃないの?』

「ちょ、リヴァル!? 妙なこと言わないでよ!」

『そーよリヴァル、大体シャーリーはルルーシュのことが』「わああああああああっ!? ちょ、ばっ、な、ななな何を言ってるんですかぁっ!?」

「あ、シャーリーあぶな……」

「へ? きゃああああああああああああああっ!?」

 

 

 何だか、実に楽しそうである。

 妹のことなど構いもせず、プールに落ちたシャーリーを慌てて助けに行ったりしている。

 別にルルーシュのようになれとは言わないが、もう少し妹のことを気にしてくれても良いだろうに。

 そんなことを思うわけだが、青鸞はそれを直接口にしたりはしない。

 

 

 だって、何か恥ずかしい上に悔しいし。

 なので青鸞としては、早々に兄と「じゃれる」機会が必要だったのだが。

 その機会は、思いのほか早く来た。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 水球と言うスポーツを知っているだろうか?

 わかりやすく言えば、7名1組のチームが相手のゴールにボールを入れて点を争う競技だ。

 極端に言えば、プールでやるハンドボールだ。

 

 

 高等部と中等部の男女別での試合、普通なら男子側が優位だろうが、この学園に限ってはそうはならない。

 何故なら身体能力的にも精神的にも、アッシュフォードの女子生徒は男子生徒を圧倒しかねないからだ。

 男子が情けないわけでは無い、女子がアクティブ過ぎるだけである。

 

 

「なぁスザク、一つ聞いても良いか?」

「何だい、ジノ」

 

 

 そして当然のように、超人的な身体能力を持つスザクとジノは男子生徒の代表になっていた。

 すでに水中に――水深2メートルの――いる中で、立ち泳ぎのような状態で普段と変わらず会話をするのは流石と言うべきか。

 しかし、当のジノはやや困惑したかのような表情を浮かべていた。

 

 

「……アレ、お前の妹だろ? 何であんな殺しそうな目でお前を見てるんだ?」

「いや、それはちょっと僕にもわからないかな……」

 

 

 ジノが怪訝そうな、そしてスザクが苦笑を向ける先に、青鸞がいた。

 青鸞はアレでスポーツが出来る方だ、もちろんスザク程では無いが、それでも中等部枠の女子代表を勝ち取れる程には運動神経は良い。

 伊達に毎朝、兄の爆走自転車から振り落とされていないわけでは無い。

 

 

 しかしそれはそれとして、スザクからすれば青鸞に睨まれる理由はわからない。

 まぁ幼い頃から何度となく喧嘩を吹っかけられてきた仲だ、今さら睨まれた所でどうとも思わない。

 むしろ年齢差のせいか性格のせいか、「可愛いなぁ」とすら思えるのである。

 あるいは、青鸞の隣で何やらげんなりしているカレンに後で謝っておこうか、とか。

 

 

『それでは、学園代表による水球勝負を始めさせて頂きたいと思います』

 

 

 ちょうどその時、ナナリーが開始の言葉を述べていた。

 その隣には当然の顔をしてルルーシュが立っている、だが妹に膝枕や「あーん」をされていた彼にはもはや誰も注目してなかった。

 シスコンも大変である。

 

 

 いや、それよりも水球である。

 競技のイメージは先ほど言った通りのものだが、それでもスザクやカレンなど人類の運動神経の範囲を限界突破している人材がゴロゴロいる中、並みの競技にはならないだろうと思われる。

 そして、ついにその時はやってきた。

 

 

『えっと、では…………こほん』

 

 

 小さく咳払いをするナナリーの顔は恥ずかしそうだ、開始の号令をかけるにしては様子が変である。

 誰もが首を傾げる中、彼女はニーナが持つマイクに口を近づけた。

 そして、可愛らしく一言。

 

 

『に……にゃあぁん♪』

「しねえええええええええええええええええええぇぇぇぇっ!!」

『あれ!? 青鸞さん!?』

 

 

 本来なら誰もを和ませただろうナナリーの声、しかしそこに被せるようにドスの聞いた少女の声が響いて台無しにしてしまった。

 ナナリー自身が「がびーん」とショックを受けて名前を呼んだ少女は、逆にナナリーのことなど全く気にせずにボールを全力投球した。

 パスをしたカレン、どこか投げやりである。

 

 

 水球ではまず攻撃側に30秒間の攻撃権が与えられる、この間の行動次第で伸びも縮みもするのだが、とにかくまずは女子側の攻撃である。

 最強の攻撃力――ソフトボール部で「紅蓮の右腕」と呼ばれている――を持つカレンを差し置いて投げたボールは、一直線にゴールを目指……さずに、スザクを狙っていた。

 明らかなビーンボールであるが、別にルール違反では無い。

 

 

「え?」

 

 

 ぽかん、とした表情を浮かべるスザクに笑みを浮かべる青鸞。

 勝った……何に勝ったのかはまるでわからないが、それでも青鸞は勝利を確信した。

 が、しかし。

 

 

「よっと!」

「へ?」

 

 

 しかしスザクは凄まじいスピードで放たれたボールを片手で止め、そして止めるだけでは飽き足らず腕の力だけで投げ返した。

 事も無げに行われたそれによって、投げた時の倍の速度でボールが返って来た。

 青鸞が驚愕で目を見開くのも、無理は無かった。

 

 

(そ、そんな馬鹿)にゃふっ!?」

 

 

 思考から声に繋がったのは、青鸞の顔面にボールが直撃したからである。

 「あ」と言葉を漏らしたのは、カレンだったかスザクだったか。

 ちなみにボール自体は上に跳ねて、それはアーニャが水上をジャンプすると言う神業で確保していた。

 

 

「何なのよ、もう……」

 

 

 ぷかー、と水面に浮かぶ青鸞の背中を見て、カレンは疲れたように溜息を吐いた。

 何だかがやがやと賑やかになるプールサイドに、カレンは改めてこの学園に馴染めない自分に気付くのだった。

 まぁ、はたから見れば彼女も立派なアッシュフォード生であるのだが。

 

 

「……なぁスザク、お前の妹って」

「言わないでくれるかい、ジノ……」

 

 

 どこか物珍しげな顔をするジノの横で、スザクはやはり苦笑を浮かべていた。

 あの妹は、昔から突っかかって来てはこんな調子だから。

 それは逆に言えば、兄であるスザクもこの対応を繰り返してきたと言うわけで。

 それはそれで、酷い話ではあった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 幼い頃、青鸞には友達がいなかった。

 神楽耶と言う幼馴染はいたものの、神社の娘と言う特殊な生まれのせいか、外で遊ぶと言うことが少なかった。

 だから青鸞にとって、遊び相手と言えばまず兄だった。

 

 

『ううぅ~、おにぃちゃあ~っ!』

『はいはい、仕方の無い奴だなー』

 

 

 今にして思うと、年上の兄にとっては鬱陶しかったろうなと思う。

 だけど、構って欲しかったのだ。

 母はいない、父は忙しい、年の近いお友達が少ないとなれば、もう青鸞にはスザクしかいなかった。

 だからスザクの後をついて回っては、自分でピンチに陥ってスザクに助けて貰うことを繰り返していた。

 

 

 そんな頃だった、ルルーシュとナナリーと言う外国人の子供が近くに越して来たのは。

 最初の頃はスザクとルルーシュが喧嘩していたようだが、それも次第に無くなってくると、兄妹ぐるみで良く遊ぶようになった。

 その中で青鸞が羨んだのは、ルルーシュのナナリーへの接し方だった。

 

 

『おにぃさま、ナナリーはお昼寝がしたいです』

『何? 仕方の無い奴だな。ほら、おいで』

 

 

 もう、ベロ甘だったのである。

 ルルーシュは常にナナリーを優先した――身体のこともあったのだろうが――それこそ、スザクが呆れるくらいにだ。

 それが、幼い青鸞には羨ましかった。

 

 

 中でも特に羨ましかったのは、境内の木陰でルルーシュがナナリーに膝枕をしていたことだ。

 ナナリーのお昼寝は決まって、その体勢だった。

 羨ましかった、そして今よりもずっと欲求に素直だった青鸞は、兄にねだったものだ。

 スザクの服の袖を引っ張って、自分も、とそうアピールした。

 

 

『ええ、嫌だよ』

『ぐす、なんでぇ?』

『何でって……恥ずかしいだろ。普通の奴はあんなことしないんだ』

『おいスザク、お前今、僕のことを変な奴だって言ったか?』

 

 

 そしてそこからルルーシュとスザクの喧嘩が始まってしまうので、結局、青鸞はスザクに膝枕をして貰えなかった。

 第一次の成長期を迎え、すでにお風呂もお布団もお部屋も別になっていたスザクだ、単純に恥ずかしいと言う気持ちの方が強かったのだろう。

 

 

 ただ、そのことが幼い頃の青鸞にとってしこりとして残っていたことは否めない。

 だがそれはあくまで小さな子供の頃の話で、年を重ねて行くごとに兄妹の立場は逆転していった。

 つまり兄が寛容に、妹が恥ずかしがり屋になっていったのである。

 

 

『おにぃちゃん』

『何だい、青鸞』

 

 

 あの頃から、もう10年近く……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 はっ、と気付いた時、青鸞はまず己の体勢に疑問を持った。

 何故か横向きに寝ている、背中に固さを感じるあたり布団では無いらしい。

 それから、頭に乗せられている冷えタオルに気付いて……。

 

 

「起きたかい?」

「…………っ」

 

 

 パクパクと口を開閉させた後、急激に顔を紅潮させていった。

 それは本当に林檎のように真っ赤だったが、窓から漏れる夕日ですでに赤く染まっていたせいか、傍で妹の顔を覗き込んでいたスザクにはわからなかった。

 ただ彼は、自分の膝に頭を乗せている妹に笑いかけると。

 

 

「気分はどう?」

「え、ぅ……えぅ!?」

「えぅ? って言うのはわからないけど……水泳大会はもう終わっちゃったよ、残念だったね」

「な、なぅっ、なん……っ」

 

 

 軽い呼吸困難に陥りそうな様子で、しかし兄の膝の上から動けずにいる青鸞。

 彼女はパーカーをかけられているが水着姿のままで、しかもスザクは制服のパンツを着ているものの上半身は裸のままだった。

 割れた腹筋がまさに目の前にあって、青鸞はますます顔を赤くして混乱した。

 

 

「ひ、ひざっ、ひざ!?」

「膝? ああ、これ? 良くわからないけど、ナナリーがそうしてあげてって言ってさ。自分がルルーシュを膝枕してるからって、どうして僕までって思ったんだけどね。あ、やっぱり嫌だった?」

「い……いぃ、嫌に決まってるでしょ!? か、固いし……あとちゃんと服着てよ、ダサい!」

 

 

 がばっ、とようやく身を起こして、青鸞はスザクから離れた。

 背中を向けたのは赤くなった顔を隠すためか、それとも単純に恥ずかしかったのだろう。

 事実、口元が微妙にニヤつきそうになっている。

 ただスザクには怒っているように見えたのか、彼はポリポリと頬を掻きつつ謝っていた。

 

 

「ごめんごめん、でもちょっと嬉しかったかな」

「な、なにがぁ?」

「ん?」

 

 

 うん、と頷いて。

 

 

「青鸞にお兄ちゃんって呼ばれるの、凄く久しぶりだったから」

「は? え……あ」

 

 

 青鸞の顔が、今度こそ紅潮した。

 そういえば起きる直前に昔の夢を見ていたような気がする、すると寝言か何かで言ってしまったのだろうか。

 だとすれば、死ぬほど恥ずかしい。

 と言うか、現在進行形で恥ずかしかった。

 

 

「あ、ぅ……うわああああああああああああぁぁんっ!!」

「青鸞っ!?」

 

 

 青鸞は走った、それはもう全速力で走った。

 そしてそのまま誰もいないプールサイドを風のように駆け抜けて、一息でプールに飛び込んだ。

 火照った身体を沈めるように冷水の中に飛び込み、身を丸めるようにして目を閉じる。

 ガボガボと口から空気を出しながら何かを言っているが、何を言っているかは本人以外にはわからなかった。

 

 

「……成長の記録、おいしいですわ♪」

「記録……」

 

 

 後日、撮られた映像とブログに上げられた画像で青鸞がマジギレすることになるのだが、それはまた別の話である。

 アッシュフォード学園は、今日も平和だった。

 

 

「ガボガガーボ――!(訳:はずかしぃよぉ――ッ!)」

「おーい、せいらーんっ!」

 

 

 一部、平和でない心境の者もいたが。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
もはやギアスでも何でもありませんが、お楽しみ頂けていれば幸いです。
しかしこのお遊び企画も次回とエピローグを残して終わり、つまり「抵抗のセイラン」も終わりと言うことになります。

いつまでも続けていたい反面、きっちり終わらせたいとも思います。
二次創作長編としては4本目になりますが、2月から今まで長かったような短かったような……うん。
それでは、最後までお楽しみくださいませ。

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