青鸞の朝は、基本的に肌寒さから始まる。
彼女の部屋は解放戦線の士官が使用する部屋と同じ構造になっている、とは言えそこまで豪奢な部屋であるとは言い難かった。
広さとしては、ちょっとしたワンルーム程度だ。
ただ基本的には、個室の体裁を整えただけのベッドルームである。
お風呂(天然の温泉を改造)とトイレ(男女別)は共用のため、文字通り簡易ベッドしか無い。
青鸞には特別に衣裳部屋があるものの、それを除けばほとんど他の士官と同じ生活をしていた。
まぁ、士官でも藤堂や草壁などの高級幹部になれば専用の執務室があるのだが。
「……ん……」
繰り返すようだが、青鸞の朝は肌寒さから始まる。
自然の陽光が入ることが無い地下の室内、空調が入っていない時などは特に冷える。
肌の感覚が敏感なのか、肌寒さを感じた時に彼女は目を覚ます。
なぜ寒さを感じたら目を覚ますのか、それは単純に言ってそれくらいでも無いと風邪を引くためだ。
「……んー……」
大して柔らかくも無い寝台の上で、黒髪の少女が上半身を起こす。
はらりと肌の上を毛布が滑り落ちれば、薄暗い中に白い裸身が浮かび上がった。
途端、やはり寒さを感じてブルリと身を震わせる青鸞。
自分の身体を抱くように回した手には、冷え切った肌の冷たさが伝わってくる。
見れば下着も身に着けていない、全て寝台の下に落ちていた。
白の襦袢と朱色の帯、そして上下の下着の一式……今朝は何故か枕のカバーまで剥かれている。
別に誰に脱がされたわけでも無い、少女が寝ている間に自分で脱いだのである。
肌寒さと共に目覚める青鸞は、だいたい次の一言で一日を始める。
「……また、やっちゃった」
枢木青鸞、未だ寝ている間に脱衣する癖は直らず。
彼女は溜息を吐くと、するりと寝台から降りて、散らかした衣服の片づけを始めたのだった。
◆ ◆ ◆
「あら、お兄様。おはようございます、もしかして私の顔を見に来てくださったんですか?」
「……いや、そう言うわけでは」
「んもぅ、そんな困った顔をなさらないでくださいな。冗談です、冗談」
青鸞が目を覚ましてからちょうど一時間後、青鸞の部屋の前ではそんな会話が繰り広げられていた。
声の主は雅であり、そして彼女の前に立つ軍服姿の大和だった。
共に榛名の姓を持つ兄妹であって、キョウトの分家筋の出である。
キョウトの家から、青鸞に半分同行する形でついてきた2人だ。
ただ兄はナイトメアパイロット、妹はスタッフ扱いで青鸞に付いている少女だ。
これまでナリタでも会うことはほとんど無かったのだが――それこそ、夜寝る時くらいなもので――大和が青鸞の護衛小隊に配属になってからは、こうして昼間でも会う機会が増えたのだった。
雅は仏頂面で固まる兄に苦笑を浮かべると、衣装袋らしき荷物を抱えたままで後ろを示した。
「青鸞さまならお着替えもお済みだから、もうすぐ出てきますよ」
ほら、と雅が言う間に士官用の部屋の扉が開き、中から薄い青の着物に身を包んだ青鸞が姿を現した。
今日の着物は淡く華美すぎない色合いで、季節の花々を複数あしらい、シュガーピンクやクリーム、ベビーブルーといった優しい重ね色が愛らしい雰囲気の物だった。
控えめな金彩が、着物の上を彩る花々を落ち着かせながらも華やかせている。
青鸞は大和の姿を認めると、着物の色と同じような淡く微笑んで。
「大和さん、おはよう。皆は?」
「……食堂前に集合している」
「そっか、じゃあ雅、行って来るね」
「はい、行ってらっしゃい、青鸞さま。あ、そうだお兄様、行ってらっしゃいのキスを……」
危ない会話だなぁ、と思いつつ、青鸞は現代的な通路を大和と共に歩き始めた。
彼女と護衛小隊の面々は、一週間前に湯を共にして以降――これも危ない表現だが――可能な限り、共にいる時間が増えていた。
朝食の時間もその一つで、なるべき皆で食べようと言うことになっている。
同じ釜の飯を食う、と言う奴であろうか。
しかし実際、この一週間の青鸞は比較的充実した毎日を送っていたとも言える。
藤堂による自分の訓練に始まり、護衛小隊の演習訓練、草壁教導の下での指揮官訓練、裏向きでの他の反体制組織への顔見世、その他諸々、忙しなくも多忙な毎日を過ごしていた。
まさに、自室に戻れば倒れて眠るだけの日々だった。
「皆、おはようございます!」
食堂入り口で整列して待っていた護衛小隊の面々に声をかければ、シフトの関係で来れていた十数人のメンバーが挨拶を返してくれる。
以前に比べれば、青鸞の口調も柔らかだ。
「青鸞」程ではないが、「枢木」と言う程他人行儀でも無い。
青鸞は今とても充実していた、目標を共にする仲間と切磋琢磨する環境の中で。
……だが日本解放戦線全体で見てみると、実はこの時期、少々苦しい状況に立たされている。
それは日本解放戦線と言う組織の求心力に関わる問題であり、果ては日本の独立にも関わってくる問題だった。
ブリタニア帝国第2皇女、コーネリア・リ・ブリタニア。
新たにエリア11総督に就任した彼女の手によって、今、エリア11の反ブリタニア武装勢力は大きく動揺していたからである――――。
◆ ◆ ◆
エリア11「前」総督クロヴィス・ラ・ブリタニア暗殺の直後、エリア11は俄かに活気付いていた。
前向きにでは無く、後ろ向きにである。
最も、それはエリア11を統治するブリタニア側にとっての話ではあるが。
しかし無理も無いだろう、世界最強の軍事力を持つ超大国ブリタニアの正規軍、全ての反体制派組織にとって絶望的なまでに強大な敵、心のどこかで敵うはずが無いと思っていた相手。
それがシンジュクにおいてゲットー規模のレジスタンスに壊滅寸前に追い詰められた上、総督の暗殺と言う不名誉を防げず、首謀者を名乗る「ゼロ」を捕らえることも出来ず……。
「ブリタニア、恐れるに足らず」
日本中の反体制派組織が勢いづき、活動を活発化させ始めた。
チュウブの「サムライの血」「大日本蒼天党」、ホクリクの「至誠の党」「日本自衛連合」、ホッカイドウの「新人民軍」、キュウシュウの「葉隠」……日本に数多ある組織が、フクシマ、コウチ、ヒロシマの各租界や軍施設に対して攻勢を強めてきたのである。
それは一時的にしろ統治軍参謀府の参謀達の肝を冷やし、あわや一斉蜂起かと危惧させたのである。
――――だが、「彼女」はそれを許さなかった。
世界最強を誇るブリタニア軍の中にあって、真の意味で唯一上位皇族に率いられている一軍がある。
皇帝直属のナイトオブラウンズ、帝国最強の騎士達が率いる部隊を除けばブリタニア最強であろう最精鋭の軍――――コーネリア軍。
特にエリア18、最近ブリタニアの版図に加えられた中東地域の国を攻め落とした時の手腕などは、世界屈指の軍事的手腕と皇帝に言わしめた程である。
『
チュウブ軍管区のとある山岳地帯、通信機のマイクを通じてコーネリアの声が響き渡る。
そこはチュウブ最大の武装勢力「サムライの血」のアジトであり、彼らはナイトメアを保有しないまでも大量の武器を保有し、一帯に勢力圏を築いていた。
その彼らを、コーネリアは僅か1時間で制圧してしまったのである。
ボリュームのある紫の髪、美貌を冷たく彩る紫のルージュ、真紅の軍服に白のマント。
コーネリア軍最強のナイトメアパイロットであり、指揮官。
彼女を戴くコーネリア軍は、戦女神に率いられた神代の軍の如く瞬く間にエリア11を席巻した。
これによって、活性化しかけたエリア11の反体制派組織の勢いは完全に削がれることになった。
「オール・ハイル・ブリタニア!」「オール・ハイル・ブリタニア!」「オール・ハイル・ブリタニア!」
「「「オール・ハイル・ブリタニア!!」」」
帝国を称える、そしてコーネリアを称える叫びが日本中に満ち溢れた。
ナイトメアのコックピットを開き、マントをたなびかせながら彼方を見るコーネリアの姿に、ブリタニアの兵士達は歓呼の叫びを上げて迎え入れたのである。
「ここにもいなかったか……だが、待っていろよゼロ。必ずその仮面を引き剥がし、義弟クロヴィスの墓前に供えてくれる」
エリア11は今、かつてない戦乱の気配に覆われていた。
◆ ◆ ◆
午後に入り、青鸞は片瀬の召還を受けた。
最近は特に多い、徐々にだが青鸞の顔を前面に押し出すようになってきているためだ。
通常なら危険も多いのだが、幸か不幸かブリタニア軍の目は「ゼロ」に向いている。
またキョウトの協力である程度の情報操作も可能なため、存在を隠しながら活動することが出来る。
「ゲットーの周回、ですか」
「うむ、関東北部のゲットーを回り、各ゲットー組織を解放戦線に繋ぎ止めてきて欲しいのだ」
「なるほど……」
関東――トウブ軍管区には、シンジュクの他にも無数のゲットーがあり、そのそれぞれに反ブリタニアを掲げる武装勢力が存在する。
その多くはシンジュクのグループも含めて日本解放戦線の下部組織のような扱いを受けていて、武器の援助や人員の訓練などを通じて繋がりを維持している。
これはもちろん、将来のトーキョー租界への進軍を見据えての活動である。
アカバネ、ジュージョー、トダ、サイタマなどのゲットーを巡るこの活動は、日本解放戦線では新人の幹部が行う活動としても認識されている。
つまり青鸞は今、幹部相当の存在としても研修を受けている身なのである。
片瀬の横に座る藤堂の顔を窺えば、相変わらず正座して目を閉ざして動かない。
「行動の際には、新設されたばかりの護衛小隊を使うと良い。ちょうど良い機会だ、実地で経験を積むのも悪くはあるまい……特にお前はシンジュク事変以来、ゲットーの状況について気にしているようであったしな」
「はい、お気遣いありがとうございます。関東北部のゲットーを回り、日本解放戦線と良く連携するよう説いて回ることと致します」
板張りの床に指をつき、静々と青鸞は頭を下げた。
その後二言三言の言葉を交わした後、青鸞は草壁への報告のために部屋を辞した。
教導役が草壁であるため、彼女の行動について報告しないわけにはいかないのである。
まぁ、それが無くとも最近は青鸞と草壁の距離が縮まっているようにも見えたが……。
「……やはり、お前は反対か、藤堂」
「…………」
結局、最後まで言葉を発しなかった藤堂に、片瀬は溜息を吐いて見せる。
藤堂は目して語らない、賛成とも反対とも告げない。
必要なことだと納得しているのか、それとも逆なのか。
実の所、藤堂としても難しい部分だったのだ。
「……コーネリア率いるブリタニア軍の大攻勢によって、日本中の組織の頭が押さえつけられてしまっている。すでに広報部には何十本もの救援要請の連絡が入って来ている、いろいろ言っているが、要するに我々に「見捨てないでくれ」と泣きついてきているのだ」
呟きのような片瀬の言葉に、藤堂もここは頷きを返した。
事実だったからだ。
コーネリアが新総督として赴任してまだそれほど時間も経っていないが、にも関わらずコーネリア軍は旧統治軍の軍制改革を断行すると共に各地のテロリスト掃滅で実績を上げつつあった。
特にチュウブとホクリクにおいて、その勢いは強い。
「ここに来て、各地の組織からも懸念の声が出ている。ここで各地の救援要素を全て無視したのであれば、我らの戦力が整ったとしても、各地の組織と連動しての一斉蜂起が不可能になってしまう。それは、戦略的にかなり不味い……」
それにも頷く、確かにその通りだ。
時には戦略的・戦術的に不必要なこともしなければならない、各地の組織の目を日本解放戦線に向け続けるためにも、このあたりで何らかの動きをする必要はあるだろう。
日本解放戦線としては、それで良い。
だが、青鸞はどうだ。
仲間として、組織の顔として不足を感じたことは無い。
彼女の意思も日本解放戦線と共にある、それも良い、それが本人の選んだ道ならば。
だが、もしその判断の材料となっている情報そのものが……。
◆ ◆ ◆
3日後、青鸞の姿はトーキョー租界の北、トダ・ゲットーにあった。
アカバネ、ジュージョーなどのゲットーを経由しての現地入りで、シンジュク・ゲットーとそう変わらない廃墟に古びたトレーラーが2台入り込んでいる。
青鸞とその護衛小隊の面々であって、彼女らはそこで現地のレジスタンス組織のメンバーと会談の席を持った。
「いや、本当に助かったよ。もう本当にどうしようかと……本当に、本当に」
「いえ、共にブリタニアと戦う仲間として当然のことをしただけです」
トレーラーから運び出されるダンボールの中身は、大部分が医薬品だ。
ゲットーは不衛生なため疫病が流行しやすく、ワクチンのあるなしはまさに死活問題。
今回、青鸞達がナリタから運び込んだ医薬品は、このトダ・ゲットーに住む者の生命を一部なりとも救うはずだった。
とはいえ、実は量自体はそこまででは無い。
医薬品はナリタでも貴重だし、何よりキョウトからの横流し品とブリタニア軍からの強奪品が多いせいで偏りもある。
しかしそれでも、各地のゲットーを支援していると言う姿勢を示す必要があったのだ。
「いや、しかし本当だったんだな……いや、本当に」
「……?」
「お、いや。噂には聞いていたんだ、本当、日本解放戦線に小さな女の子がいるって、本当だったのか」
トダ・ゲットーの責任者――レジスタンスグループ「ムサシ連合」のトップ――の男は、濃紺のパイロットスーツの上に深緑の軍服の上着を羽織った姿の青鸞を上から下までしげしげと眺めた。
レジスタンスを名乗る割に優しげな風貌なのは、元々法学者だったという経歴のためかもしれない。
「その、こんなことを聞くのは本当に失礼かもしれないんだけど。気分を悪くしたら本当申し訳ないんだけど、どうしてキミみたいな子が日本解放戦線に……いや、本当余計なことなんだけど」
もしかして「本当」と言うのは口癖なのだろうか、内心で頬に一筋の汗を流す青鸞だった。
しかし表の表情には露ほども出さず、完璧な「枢木」としての微笑を見せる。
キョウトで叩き込まれた礼儀作法は、こんな時にも抜けることは無い。
「今は亡き枢木首相の遺志を継ぎ、日本独立を目指し戦うのは、日本人として当然のことだと考えています」
「枢木首相……か。じゃあ、もしかしてあの噂も本当に……」
「はい」
胸に手を当てて正面から向き合い、青鸞は首肯しつつ。
「
「枢木……! そうか、本当に。でも確か、ニュースで見たスザクとか言う子は前の総督を」
「……いえ、それは間違いだったようです」
「そ、そうか。いやでも本当、枢木首相のご息女が解放戦線にいるって噂は前々から聞いてて、うちのゲットーの中でも本当、皆が待ってたんだ。もしかしたら日本を解放してくれるんじゃないかって、本当に」
ズシリ、と、青鸞は己の肩に奇妙な重みを自覚した。
それはスザクの名が出たためか、それとも他の理由なのか。
「……?」
この時の彼女は、まだ、わかっていなかった。
「でも、そう言うことならうちは大歓迎だ、本当に。これからも協力させてもらう、本当言えば、うちみたいな弱小組織に何が出来るのかはわからないけど、本当ね」
「いえ、その言葉だけで十分です」
自分の両手を取ってペコペコと頭を下げてくる相手に、青鸞はあくまで綺麗な笑みを浮かべている。
そして安堵する、自分を受け入れてもらえたことに。
しかしその笑みや謙遜を述べる唇は、いつもに比べれば若干固さがあったような気がした。
「いやー、うちの青鸞サマはあの年で凄いな本当。おっと、あの兄さんの口癖が移っちまった」
「それは良いが、アンタ外にいなくて良いのか?」
1台目のトレーラーの運転席、運転手の青木は隣でシートに沈んでいる山本を呆れたような目で見やった。
もちろん彼もパイロットスーツ姿だ、万が一に備えていつでも出撃できるようにしなくてはならない。
ちなみに彼以外の人員は外にいる、佐々木や上原などが2台目のトレーラーから医薬品を搬出したりしている様子を青木はミラーで確認していた。
まぁ、良い方だと思う。
アカバネでは枢木の名前を出しただけで非難が巻き起こって、かなり苦労した。
下手を打てば
アレはヤバかった、かなり。
「一緒の隊になってもう10日だけど、アンタ働かねぇなぁ……」
「まぁ、ヒナとかがやってくれるし。最後のハンコ押して責任とってりゃ良いだろぉ」
「まぁ、お嬢の部隊だから多くは……お?」
その時、ハンドル横の通信機から砂嵐のような音が響いた。
青木が腕を伸ばして周波数を合わせにかかると、意外とすぐに音が安定してきた。
そしてそこから流れてきた声を聞いた後、青木は窓から身を乗り出して「お嬢」こと青鸞を大声で呼ぶことになる。
『……ちら……タマ・ゲットー、周辺組織……至急……!』
それは、助けを求める悲痛な叫びだった。
『……サイタマ・ゲットーに、ブリタニア軍が……!』
◆ ◆ ◆
サイタマ・ゲットーは、100万人のイレヴンが居住する大規模なゲットーだ。
人口は力だ、自然、そこに生まれるレジスタンスは比較的強い力を持つようになる。
ヤマト同盟と言うのがその名前で、ゲットー住民の半数以上を協力者に持つ組織だ。
ゲットー系組織の中では比較的大規模で、それ故にブリタニアもおいそれとは手を出せなかったのだが……。
「テロリスト、及びテロリストの協力者を殲滅せよ」
大きな蜘蛛を思わせる形状の紫の地上空母、G1ベースの指揮シートの上でコーネリアはそう告げた。
場所は先に述べたサイタマ・ゲットー外延部の入り口、ボリュームのある紫の髪を肩に流しながら、真紅の軍服に身を包んだ新総督は何の感情も見せない顔で殲滅を部下に命令した。
それは、事実上の虐殺命令だった。
ゲットーを多数の戦力で包囲し、ナイトメアと戦車で押し潰し、歩兵部隊を進めて圧倒的な火力でテロリストごと住民を焼き払う。
それはまったく同じだった、シンジュク事変の焼き直しと言っても良い。
当然だ。
むしろ、それがコーネリアの狙いだったのだから。
「本当に、来るでしょうか……」
「来るさ、ゼロは劇場型の犯罪者だ。場所と時間までニュースで流して招待状を出した以上、来ざるを得ないだろう。まぁ、ゼロが私の予想より臆病者だったら無駄骨だが……」
幕僚の言葉に、コーネリアはむしろ涼しげな笑みさえ浮かべてそう答えた。
傍らの2人の腹心――ギルフォードとダールトン――はそんな彼女を頼もしそうな目で見ている、そこにはコーネリアの手腕に対する絶対の信頼があった。
ここで勘違いしてはならないのは、コーネリアは必ずしもブリタニア至上主義者では無いということだ。
コーネリアにとってはナンバーズ、つまりイレヴンも「守るべき帝国の民」であり、本国出身者と区別はしてもことさら差別するつもりは無かった。
では何故、今サイタマ・ゲットーで前総督クロヴィスを思わせる虐殺を行うのか。
簡単だ、目の前にいるのが「帝国臣民」になるのを拒絶した「日本人」、つまりイレヴンにすらなれない者達だからだ。
「ふ……フォアドン隊、シグナルロスト!」
そしてもう一つは、シンジュク事変と同じ展開を作ることでゼロを誘き寄せることだ。
軍事作戦の場所と時間をニュースに流すという異例の手段でサイタマ・ゲットーの状態を知らせ、来るなら来いという体制を整えた。
つまり、罠である。
義弟を殺したテロリストを、返り討ちにするために。
「――――来たか」
そう呟くコーネリアの目には、机型の戦略パネルの前で各部隊を動かす参謀達の背中が見える。
先程まで順調にサイタマ・ゲットーの制圧を進めていた彼らが、俄かに動揺し始めたのをコーネリアは見た。
味方機や味方部隊の撃破報告が増え、鹵獲されたらしいナイトメアで武装したテロリストが戦線を押し上げてきたのだ。
ブリタニア軍の通信空間は兵達の救援を求める声で満ち、それまで散発的な抵抗しか出来ていなかったテロリスト側の動きは秩序だった物へと変化していた。
明らかに、優秀な指揮官が登場したことを示している。
それも急に、イレギュラーに……シンジュク事変の時のように。
「ああ、来てやったさ」
そして、コーネリアの呟きに応じるように少年の声が響く。
狭苦しいコックピットの中、ブリタニア兵の防護服に身を包んだ彼は口元に悠然とした笑みを浮かべた。
目の前には、血と硝煙が漂う戦場が広がっているというのに。
「……コーネリア、麗しの我が姉上」
黒髪の少年は、むしろ嬉しげにそう告げたのだった。
左の瞳に、赤い虹彩を放ちながら。
◆ ◆ ◆
東で変事ある時、西ではその対応を協議する者達がいる。
キョウト六家、エリア11に生きるイレヴンの中でも富裕層に位置する者達である。
戦後速やかに名誉ブリタニア人資格を与えられ、他のイレヴンに比べ豊かな生活を享受してきた彼らは、しかしその裏で反体制勢力へ資金や武器を流している……。
その彼らは、キョウトのある屋敷の地下に集まっていた。
御簾の向こうで議論をただ見ている神楽耶を除けば、5人で明かりを囲んで密談をしている形になる。
それは彼らのいつものスタイルであるのだが、今日に限ってはいつもと同じ雰囲気と言うわけでは無かった様子だった。
「……まさか、コーネリアがこれ程とはな……」
「サムライの血にも、ナイトメアを回しておくべきでしたかな」
「いや、あれだけの規模の軍が相手では5機や10機のグラスゴーや無頼では支えきれまい」
「政庁に入れておいた根も、新総督赴任直後の軍制改革の煽りを受けて動きが……」
彼らはこの7年間、クロヴィス施政下の政庁や各軍管区のブリタニア人官僚や軍人を相手に買収を進めていた。
その根はかなり深い所にまで伸びていて、得た情報を反体制派組織に流したり、あるいはブリタニア軍の払い下げの兵器や物資をゲットーのレジスタンスに流したりと細工を施していた。
軍の捜査網を恣意的に乱し、反体制派組織のアジトの発見を遅らせたり隠蔽したりもした。
そうして日本側の力を保ち、ブリタニアの施政に穴を開け、少しずつ少しずつその根っこを腐らせて来たのが彼らである。
表向きはブリタニアの統治に協力しつつ、裏では統治と言う強固な壁に水漏れを起こさせていたわけである。
だがそれも、コーネリアと言う新総督によって一度に引っ繰り返されつつあった。
「……手を尽くしてはいるが、政庁の情報的な防壁はいっそう高くなっておる」
「参謀府はどうだ、アレは独自の人事系統を持っていたはずだろう」
「ミューラーか、しかしアレも大して役には……」
「こうして見ると、前総督の暗殺は痛かったですな。あのゼロとか言う……」
ゼロ、その名前に反応したのは他の誰でもなく、御簾の向こうに座る神楽耶だった。
それまで穏やかな色を浮かべて大人達の議論を聞いていたのだが、ゼロの名を聞いた途端、細められた瞳の奥に光が生まれた。
密やかでありながら、どこか剣呑な輝きだった。
「……まぁ、今後はブリタニアの攻勢も強まるということであろうな」
そして沈黙を保っていた老人、桐原の言葉でその場に溜息が生まれる。
それ程までに、コーネリアとその軍は強大だった。
世界各地で各国の正規軍を粉砕した最強の将と軍、下手を打てば反体制派組織は壊滅してしまう。
それは、そう、あの日本最大の反体制派武装勢力、日本解放戦線をも含めて――――。
「何、手はいろいろある。相手が正攻法で来るなら搦め手を使えば良い、とは言え……」
日本解放戦線は、どちらかと言えば「正攻法」の組織だ。
そう言う意味では危うい、さてどうしたものか。
桐原としては、ここで「搦め手」として利用できる他の組織を見出したい所だった。
とは言え……。
「枢木の娘は、どうするつもりですかな」
「それよ、さて……早くは無いと思っていたが、多少ハズれたかもしれんな」
カカカ、と笑って、桐原は自分の顎を撫でた。
勝敗は兵家の常、とは言え、失うわけにもいかない。
桐原としては悩み所だが、さて。
「――――アレの器を知る、良い機会でもあろうの」
どうなるか。
◆ ◆ ◆
サイタマ・ゲットーに、ブリタニア軍来襲。
その情報がトダ・ゲットーの青鸞達に伝わったのは、攻撃開始から30分後のことだった。
青木のトレーラーがその電波を拾うことが出来たのは、奇しくもコーネリア軍がゼロを誘き寄せるためにあえて電波妨害を行わなかった結果だった。
サイタマ・ゲットーからの救援を求めるその
トレーラーに格納されたその無頼の顔のセンサーパーツが開き、暗号化された信号を飛ばして遠方と通信を繋げている。
ディスプレイに映る相手は、もちろんナリタ連山の片瀬と藤堂である。
『サイタマ・ゲットーのことについては、こちらでも確認した。まぁ、まさかああまで大々的にニュースに流されるとは思わなかったが……』
通信画面の向こう、片瀬が唸るように言葉を紡ぐ。
あまりにも堂々と発表されたので、逆に罠を疑っていた所だったのだ。
しかし現実に、コーネリアは一軍を率いてサイタマ・ゲットーを包囲殲滅しようとしている。
片瀬としては、頭の痛い問題だった。
だがとにかく、今は対応手を考えねばならなかった。
『とにかく、予定のサイタマ・ゲットー行きは見合わせよう。青鸞嬢は部隊を率いてナリタへ……』
「……それが、どうもそうもいかないようでして」
『移動手段に何らかの不具合でも?』
「トレーラーには問題はありません、ただ……」
そこで、青鸞は外の音を聞くように目を横へと動かした。
コックピットは閉じ切っていないので、トレーラーの外から人々のざわめきのような声が聞こえるのである。
「トダ・ゲットーの人達は、
日本解放戦線は、日本最大の反体制派武装勢力。
ここがブリタニアと戦わずして誰がやるのかと、日本中が信じている。
シンジュク事変は介入の時間も無かったからともかくとして、今回は違う。
ニュースにまで出ていて、しかも付近に直属部隊がいる。
これで助けに行かないなどと言えば、それは大変な意味を持つことになるはずだった。
『もしかしたら日本を解放してくれるんじゃないかって』
先程も、トダ・ゲットーの責任者がそう口にしていた。
日本解放への期待、そして同時に疑惑。
ゼロと言う新参者がブリタニア軍を引っ掻き回している昨今、その存在価値が改めて問われているのだとも言える。
『……青鸞』
聞き慣れた藤堂の低音の声が、青鸞の耳朶を打つ。
青鸞が考えているようなことは、おそらく藤堂も考えているだろう。
ついでに言えば、藤堂の方がより深く。
それは、8年間と言う時間を共有した青鸞にもわかる。
だからこそ、青鸞には藤堂がこれから言うだろうこともわかるのだ。
撤退しろ、時期では無い、多勢に無勢、勇気と無謀を取り違えてはならない。
わかる、わかっている、それはわかる、だが。
今、ナリタにいる藤堂には聞こえていない声がある。
現場にいる青鸞にしか、彼女の仲間達にしか聞こえていない声がある。
「――――片瀬少将、藤堂さん」
……日本を称える声が聞こえる、日本解放戦線を称える声が聞こえる。
日本の独立を取り戻してくれと叫ぶ声が聞こえる、見捨てないでくれと叫ぶ声が聞こえる。
シンジュク・ゲットーで会ったレジスタンスのメンバーも、確か似たようなことを言っていた。
日本解放戦線は、時期を待つとか何とか言って、結局はナリタの安泰を目的にしているのでは無いか、と。
それは、ある意味においては正しい。
日本解放戦線が滅びるようなことがあれば、日本の反ブリタニア闘争は終わる。
だからこそ、ある程度は自己保存に気を配らなければならない。
だが、それも度が過ぎれば自己の存在否定になりかねない。
まさにそこが片瀬の頭の痛い所であって、疲労を感じる所でもあろう。
「……シンジュク事変の時、
直に人々の聞いている青鸞だからこそ、感じる。
背中を熱の塊に押されているかのような、そんな熱気に吐き気さえ覚えそうになる。
酔って、しまいそうなくらい。
千葉などは、それでも恨まれる筋合いは無いと言っていたが。
「もしここで、サイタマ・ゲットーに対しても何もしなかったら……ゲットーの人達は、
脳裏に浮かぶのは、草壁の言葉。
動き続けなければ、抵抗の旗を掲げ続けなければ、終わりだと。
あの言葉が、青鸞は何故か忘れられなかった。
抵抗、それをやり続けるという理念、「徹底抗戦」。
ふと、青鸞は膝の上に畳んで置いている軍服の上着を見下ろした。
その上着のポケットから、白い布が覗いている。
ハンカチだ、きちんと手洗いされた後、乾かされている物。
借り物だが、何となく常に持ち歩いている。
「だから、お願いです、片瀬少将。何かさせてください、ゲットーの人達の心を日本解放戦線に繋ぎ止めるためにも、何かを」
正面から戦って、勝てないことはわかっている。
だからせめて、勝てないことを前提に何かをしたかった。
外から聞こえる期待と疑念の声に、応えたかった。
自分達は、日本の解放と独立のために戦っているのだと。
ブリタニアの不正義を正し、日本人を守るために戦う集団なのだと。
「お願いします」
画面の向こうに向けて、青鸞は頭を下げた。
頭を下げてどうにかなる問題とは思えないが、とにかく下げた。
実際、現場で、肌でゲットーの人々の視線と空気を受けた青鸞には、そうするより他の選択肢が。
『……お前の手元には4機のナイトメアしか無い、しかも敵はブリタニア最強を謳われるコーネリアの直属軍だ』
「……はい、勝てるとは思っていません」
事実だった、勝利を得るのは不可能だ。
『小隊の者達も、命を危険に晒すことになる』
「……はい」
これも事実だった、戦えば仲間の命が危険に晒される。
誰かが失われるかもしれない、それが戦争だ。
これまでも、青鸞の目の前で仲間が倒れたことなど何度でもある。
日本人が殺される様を、何度も何度も何度も見てきた。
でも。
「でも、今何かしないと……何も出来なくなりそうで、怖いんです」
だから。
「ボク達に、行かせてください」
青鸞のその言葉に、画面の向こうで藤堂がやや俯いた。
何事かを思考している顔だった、考えているのだろう。
日本の独立派や反体制派の人々の信頼を繋ぎ止め、そのための材料としての軍事的勝利をここで得るべきなのかどうか。
もしサイタマ・ゲットーを見捨てた場合、日本解放戦線の下部組織の大半はどう思うか。
ブリタニア軍に攻撃された時、時期が来ていないとの理由で見殺しにされるのではないだろうか。
そう思われることを防ぐために、あえて今、ブリタニア軍と戦うべきなのか。
仮に今、戦闘を回避したとして……その後、失った信頼を取り戻すことが出来るのか。
独立派が屈し、解放戦線だけが生き残ることを防ぐために。
『……策はあるのか?』
青鸞は一瞬、勢いよく顔を上げて藤堂の顔を見て、叫びように言葉を叩き返しそうになった。
しかしそれをすんでの所で堪えて、深呼吸を一度。
そして、ゆっくりと彼女は話し出した。
「サイタマ・ゲットーのレジスタンス組織からの救援通信によると、埼京線が装甲列車で……なので――――」
経験不足故か、青鸞の考えは所々に穴がある。
しかしその穴は藤堂が埋めて、修正を加えて作戦行動を最終決定した。
その作戦は、ブリタニア軍への勝利を目的としたものではなく……。
◆ ◆ ◆
戦闘開始から2時間、「ゼロ」は危機的な状況に陥っていた。
彼は今、ある方法で敵から奪ったサザーランドのコックピットの中にいた。
そこからヤマト同盟と言うサイタマ・ゲットーのレジスタンスに指示を出し、コーネリア軍を壊乱させていたのである。
テロリストを動かして装甲車を奇襲し、橋を落とさせて部隊一つを丸ごと川底へ沈め、鹵獲したサザーランドを与えてブリタニアのサザーランド部隊を粉砕し、後は詰めチェスのようにコーネリアに迫れば……と、言う所まで来ていた。
コーネリアがテロリストによる被害を嫌い、あっさりとゲットー外縁まで撤退したのも好都合だった。
まさに、シンジュク事変の焼き直しのような状況だった。
『全てのパイロットに命令する――――コックピットを降り、顔を見せよ!』
そして、コーネリアのこの命令である。
サザーランド部隊に潜り込み、コーネリアのいるG1ベース目前にまで迫ったゼロ。
大将首を目前にして、彼は人生最大の危機に陥ることになった。
周囲を多数のブリタニア軍に囲まれる中で、顔を見せろと言われたのである。
見せられるわけは無い、だが見せなければどの道テロリストとして攻撃される。
ヤマト同盟は動かせなかった、何故なら半分がコーネリアの直接指揮の下――それまでは参謀達に任せていた――半数が撃破され、残り半数はコーネリアの親衛隊に恐れをなして投降しようとした所を虐殺されて大打撃を受けた。
つまりこの時点で、ゼロの手元には兵力がほとんど存在しなかった。
(それでも、懐に潜り込めれば……!)
仮面の無い顔に手を添えて、左眼に触れながらゼロは唸った。
G1ベースにさえ肉薄できれば、後はどうとでも出来る能力が彼にはあった。
だが、この状況では……。
(どうする、パイロットを確認している親衛隊はナイトメアから出てこない。直接、目を見なければ……!)
そして、彼の機体の隣のナイトメアのパイロットのコックピットが開いた。
次だ、ゼロの心臓が大きく脈打つ。
打開策を見出せないまま、彼は自身の背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
一方、コーネリアは会心の笑みを浮かべていた。
クロヴィスの時の状況を考えれば、ゼロが何らかの方法で自分に肉薄してくることは確実。
そして自分がゼロならば、自軍の兵士に紛れ込んでくるだろうと踏んだ。
まぁ、それが当たっているかどうかはまだわからないが……。
「さて、いるのかなゼロ……」
「コーネリア……ッ!」
2人の声が距離を置いて重なった、その時だった。
ゼロのサザーランドの前に親衛隊のナイトメアが屹立する直前、敵味方問わず、オープンチャネルである声が響き渡った。
ゼロを誘き寄せる目的で電波妨害を行わなかったため、それは非常にクリアにゲットー中に響いた。
『こちら、日本解放戦線――――』
その声にコーネリアが眉を顰め、ゼロが驚愕に瞳を大きく見開く。
前者は声の主を知らず、後者は知っていた。
そして、声が告げる。
『救援要請に応じ……助太刀に参りました!!』
圧倒的な数を誇るブリタニア軍、その中に。
やけに幼さを残した少女の声が、響き渡った。
◆ ◆ ◆
この時のコーネリア軍の配置は、聊か歪な形になっていた。
それは作戦の主目的が「ゼロの釣り上げ」であったためで、サイタマ・ゲットーの包囲殲滅はあくまでそのための行動でしか無かったからだ。
さらに今、コーネリアは自軍に紛れ込んだゼロを引き寄せるために全部隊に集合を命じている。
つまり、包囲の輪を保っているのは装甲車や歩兵などの通常戦力のみ。
それも撤退の気分に包まれていた部隊であって、作戦完遂直前特有の緩みがそこにあった。
まさか、横槍が入るとは思ってもいない。
それは奇しくも、これまで特に大きな動きを見せなかった彼の組織のせいでもあるのだが……。
だが今、その組織の人間が包囲網に風穴を開けようとしていた。
『青鸞さま、1615時をもって我が部隊は敵軍哨戒網に接触致しました。30カウント後に敵包囲網外周に到達、カウントを開始致します』
後方の佐々木のオペレートと共に、ディスプレイ上にカウントが表示される。
無頼のコックピット内はすでに走行の衝撃で振動している、青鸞は操縦桿を握り締めて正面を睨んでいた。
すでにブリタニア軍の哨戒範囲内、自然、操縦桿を握る手には力がこもる。
「――――総員に告げます!」
ディスプレイに広がるのは、曇り空と赤茶けた線路。
無頼のランドスピナーが火花を上げ、最大戦速で機体を進ませる。
青鸞機の後に続くのは、護衛小隊の3機の無頼。
縦一列に並んで進む4機の視界に、目的のポイントが近付いてくる。
「これより
15分、おそらくそれが限界。
その15分で、いったいどれだけの日本人を逃がせるか――――。
「……回天の志で、望みます!」
『『『――――承知!』』』
ああ、有難い、青鸞はそう思った。
決行前のブリーフィングで、誰1人として作戦からの離脱を言わなかった。
普段緩んでいる山本でさえもそうで、佐々木などは黙々と準備を整えてくれた。
本当に、有難い。
――――そして、その時が来る。
彼女らが駆けているのは、トーキョーとサイタマを繋ぐ埼京線の線路の上。
サイタマ・ゲットーと外を繋ぐルートであるそのラインの入り口は、コーネリアがナイトメア部隊(ゼロを含む)を集結させているゲットー外縁のちょうど反対側にある。
15分と言うのは、コーネリア直属のナイトメア部隊が急行してくるだろう時間だ。
それも長くて、だ、下手を打てば……。
『――――
青鸞機が胸部スラッシュハーケンを放つ、それは埼京線の線路内に着弾した。
具体的には、埼京線を封鎖していた装甲列車の前に配置されていた戦車だ。
ずんぐりとした概観のそれに、濃紺のアンカーがめり込むように撃ち込まれる。
戦車を貫いたそれは線路を敷く橋にまで突き刺さり、それを支えに青鸞は無頼を跳躍させた。
同時に、他の3機も密集しつつ散開する。
大和機が空で哨戒するヘリをスラッシュハーケンで撃ち落とし、山本機と上原機が線路外周の土手――川の上に橋がかかっている――に配置されていた装甲車4台をアサルトライフルの斉射でもって粉砕した。
爆発炎上する装甲車、タイヤなどの部品と共に焼け出されたブリタニア兵の身体が宙を舞う。
歩兵に至っては逃げ惑い、戦列を維持することも出来なかった。
「う、うわああああああぁぁっ!?」
最大の衝撃は、青鸞が着地した装甲車両に起こった。
操縦座席に乗り込んでいたブリタニア兵が間一髪外へ飛び出すと、その直後に漆黒の巨大な刀が操縦室を貫いた。
車体の下まで貫通したそれは装甲車両の操縦系統を断ち、ただの鉄の塊へと変えていく。
「はぁ……ぁぁああああああああっ!」
そしてそこから、装甲車両の上を走る形で青鸞機が進む。
思い切り倒した操縦桿、そして強く踏み込んだペダル。
固定された刀は装甲車両を真っ二つに両断しながら火花を散らした、青鸞機が駆けた後に連なるように装甲車両がオレンジ色の爆発を断続的に引き起こす。
装甲車両の半ばで刀を横で逸らして外すと、青鸞は橋の上から土手へと降りる。
アンカーで土手を抉りバランスを取った直後、背後の橋の上で装甲車両が爆ぜて横転した。
しかしそれに構わず、青鸞は自身の無頼で持って残りの装甲車の排除にかかる。
戦車から放たれた火弾をナックルガードの防楯で弾き、スラッシュハーケンでヘリを叩き落し、土手の土を吹き飛ばしながら疾走する。
『こちらA-01、ポイント1クリア~』
『A-02、ポイント2クリアです!』
『……A-03、ポイント3確保』
「――――……A-00!」
そして急旋回するように加速し、中身の武器弾薬ごと炎上している装甲車両の前に回り込んだ。
そこにいた歩兵部隊をナイトメアの武威でもって追い散らすと、炎上する装甲車両を背景に刀を斜めに振り下ろして。
「ポイントクリア、脱出口を確保しました!」
所要時間3分24秒、額に緊張の汗を滲ませながら青鸞は叫んだ。
「これより10分間、A-00からA-02までは避難誘導に入ります! 付近のブリタニア兵を掃討しつつ、A-03はこのポイントを確保、脱出口を維持!」
『『『――――承知!』』』
サイタマの皆さん、と、青鸞は通信機のマイクに向けて叫んだ。
「来ました……救いに!!」
潜んでいたらしい周囲の廃墟から、無頼に導かれる形で日本人達が殺到したのは2分後のことである。
◆ ◆ ◆
――――コーネリアとしては、その横槍は非常に不快なものだった。
サイタマ・ゲットーを囮にゼロを釣り上げることを作戦の主目的としていたために、包囲網に参加させたエリア11統治軍の装備はあくまで対人用の物だ、ナイトメアを相手には出来ない。
それがわかっているからこそ、不快だった。
「日本解放戦線、か……奴らはどうやってこちらの哨戒網を抜けてきたのだ?」
「埼京線上をナイトメアの最大戦速で強行突破、通信車などを集中的に狙うことで報告を遅らせたようです」
「強行突破の中央突破か……大胆だな、大胆に過ぎるが」
傍らで彼女の疑問に応じるのは、オールバックにした髪と眼鏡をかけた理知的な男だ。
名をギルフォード、彼はコーネリアの「騎士」である。
ナイトメアのパイロットを意味する騎士ではなく、特定の皇族に忠誠を誓った本物の「
自分が最も信頼する男の分析に、コーネリアは皮肉とも呆れとも取れる表情で敵を評した。
実際、大胆過ぎる……というより、無謀だ。
確かに今、ゼロのあぶり出しのためにコーネリアは自軍のナイトメアを全て手元に集結させている。
敵はその隙を突いて来たわけだが、しかし逆に言えば手元にあるナイトメア部隊を差し向ければそれで終わりである。
だから、大胆に過ぎると言った。
「ナイトメアだろうと敵は寡兵だ、物量で押し潰せ。ギルフォード、卿に指揮を……」
「姫さま」
その時、もう1人の副官がコーネリアの耳元に口を寄せてきた。
こちらは線の細いギルフォードとは異なり、がっしりとした身体つきの偉丈夫だった。
色黒で顔に傷があり、見るからに歴戦の戦士然としている。
ダールトン、生粋の軍人であり将軍、そして幼い頃から自分を支えてくれている腹心。
「……ジュージョーで?」
「はい、ジュージョー基地から救援の要請が……他、トダなどの近隣ゲットーでイレヴン達が不穏な動きを見せているとの報告が。それとシモフサ基地周辺で識別信号を発しないナイトメアの姿を確認したという報告も合わせて……いかが致しますか?」
陽動か、とコーネリアは己の中にさらなる不快を感じた。
ジュージョー基地は付近の補給拠点、シモフサ基地はチバの補給拠点である、無視は出来ない。
問題はどちらが本命かと言うことだが、現段階では判別が出来ない。
普通なら他の軍部隊に援軍を命じる所だが、コーネリアにはそれをしにくい理由があった。
まさにそここそが、藤堂が狙ったポイントだった。
埼京線沿いの突入は青鸞の案だが、それをトダ、ジュージョー、シモフサと言う他の地域にまで連動させたのは藤堂の案である。
必ずしも他の地域で実際の戦闘や暴動を行う必要は無い、見せかけるだけで十分。
藤堂はコーネリアを過小評価していない、だから逆にその視野の広さを信じて作戦を練ったのだ。
(一揉みに捻り潰すのは簡単だが……)
コーネリアの視点から見ると、現在の状況はあまり良くない。
サイタマ・ゲットーの戦況はともかく、ここでの戦火がトウブ軍管区全体に広がりを見せるとなると今はまだ自省しなければならなかった。
サイタマ・ゲットーにいる兵はコーネリアが本国から連れて来た直属軍だが、他は違う。
前総督時代からの部隊が大多数であって、コーネリアはまだその全てを掌握できてはいない。
言うなればクロヴィスの色と風習に染まっている部隊が多く、コーネリアに信を置いていない。
それに元々、サイタマ・ゲットーでの作戦の戦略目的はゼロの釣り上げ。
そこから派生してさらなる動乱に発展されるのは、コーネリアとしても望まない。
その意味ではサイタマ・ゲットーよりも、ジュージョーとシモフサの基地の方が戦略的に価値が重い……。
「――――全軍、後退せよ」
「よろしいのですか?」
「構わぬ、棄民を救いたいと言うなら救わせてやれば良い。第1目標であるゼロを拾えなかったのは口惜しいが……」
最も、この騒ぎの中では来ていたとしてももういないだろうが。
「第2目標であるヤマト同盟は壊滅させた、さしあたっては十分だ。であれば、こんなくだらぬ戦いで兵を無駄に死なせるわけにもいかんさ」
作戦に水を差された不快さは確かにあるが、コーネリアに怒りは無かった。
負け惜しみ? いや、違う。
見る者が見れば、笑みさえ浮かべて後退を告げる彼女の姿を見てこう評するだろう。
「どのような者が指揮しているかは知らないが……墓穴を掘ったな、私に次の標的を教えてくれたのだから。今は、せいぜい……」
――――それは、「余裕」と言うのだと。
「今はせいぜい、小さな戦術的勝利に酔っているが良いさ」
◆ ◆ ◆
コーネリア軍、撤退。
その報告を、青鸞は意外な気持ちで聞いていた。
もちろん藤堂の戦術予測では撤退するだろうと聞いてはいたが、まさか何のアクションもなく撤退するとは思わなかった。
何しろ青鸞達の戦力は無頼が4機きり、ナイトメア部隊を戻されればひとたまりも無かった。
だからこその15分制限、しかし実際には、コーネリア軍は何のアクションも起こさずに退いた。
ただ、青鸞にもこれが勝利では無いことくらいはわかった。
自分達は、そう。
(見逃された……?)
見逃してもらった、その認識が急速に青鸞の胸から熱を奪っていった。
先程までは、1人でも多くの日本人を救おうと必死だった。
ブリタニア兵がいれば無頼を向かわせて追い散らし、痩せこけた日本人が埼京線のライン上に駆けていくの支援した。
戦車の砲弾から彼らを守り、対戦車ライフルの衝撃を受け流し、機体を盾として機関銃の銃弾から彼女らを守った。
必死だった、ディスプレイに表示されたカウントダウンを睨みながら、出来る限りサイタマ・ゲットーの奥へと入って人々を救おうとした。
だがこちらの全力は、相手にとっては指三本分程度の力でしかなかった。
(なら、ブリタニアは何のためにサイタマ・ゲットーを……!)
その程度の固執しかないのなら、どうしてシンジュク・ゲットーと同じように虐殺を行ったのか。
単なるレジスタンス掃討にしては規模が大きく、またサイタマ・ゲットーである必要は無い。
余力を残して悠然と退く、その程度の執着でサイタマ・ゲットーを襲ったのか。
それは、冷めかけた胸に憤りの炎を灯すには十分だった。
彼女は知らない、ブリタニア軍がゼロと言うたった1人を誘き出すためにサイタマ・ゲットーの人間を虐殺したことを。
壁に並べた住民を機関銃で横一列に薙ぎ倒し、子を庇った母の半身を砲弾で吹き飛ばし、倒れた母に縋った女児を火炎放射器で焼き、手を取り合って逃げる老夫婦をナイトメアで踏み潰したのは、たった1人のテロリストを呼びつけるためだったことを。
「見てろよ、いつか……いつか!」
それは、命の価値観の違いだ。
名誉ブリタニア人にもイレヴンにもなれない人間に一人前の命の権利を認めないコーネリアと、ゲットーにいる人々を同じ日本人として扱う青鸞。
その思考と理屈が、重なり合うことは決して無い。
だから藤堂はともかく、青鸞にはブリタニア軍の行動の意味がわからなかった。
「いつか……!」
『青鸞さま、敵軍のサイタマ・ゲットーの行政区画からの離脱を確認致しました』
「……わかりました。ゲットーの人達を……う?」
佐々木の声に応じたその時、青鸞は無頼をその場で停止させた。
コックピットを開く、シートに足を乗せて立ち上がる。
急に吹き付けた外気は、油じみていてべったりとしているような気がした。
それは、人の肉が焼けた時特有の――――吐き気がするような臭いだった。
見れば、砲撃で崩れた瓦礫の傍に黒ずんだ何かが折り重なるように倒れている……。
しかし、動く者もいる。
灰色の瓦礫が積み上げられた廃墟の中、濃紺のナイトメアの周囲には人だかりが出来ていた。
救うので必死で、憤りに夢中で、聞こえなかった声が今、聞こえるようになっていた。
「日本ッ」「日本ッ」「日本ッ!」
「助けて」「ブリタニア軍が」「子供を」「お願い」
「日本万歳ッ」「日本万歳ッ」「日本万歳ッ!」
「死にたくない」「日本を」「ブリタニアに」「ありがとう」
「日本解放戦線万歳ッ」「日本解放戦線万歳ッ」「日本解放戦線万歳ッ!!」
――――それは、凱歌だった。
日本を称え、日本解放戦線を称え、目の前でブリタニア軍から守ってくれた青鸞達への称賛の声だった。
ブリタニアの歩兵と装甲車を薙ぎ倒した者達への、感謝と救済の言葉だった。
熱狂的に叫ぶ者がいる、涙ながらに訴える者がいる。
純粋に助けを求める声、ブリタニアへの復讐を叫ぶ声、命を守ってくれたことへの感謝の声。
それら全てを、青鸞は熱風のように受けていた。
無頼の足元に集まった日本人の声に、青鸞は唾を飲み込んだ。
辺りをを見渡せば、山本機や上原機も似たような状態にあることがわかったかもしれない。
(いつか、この人達と……!)
機体に手を添えながら、青鸞は拳を天へと掲げた。
ブリタニア軍を撃破したその手を、空へと掲げた。
周囲の叫び声がいよいよ熱を帯びる、それは青鸞自身の気分をも高揚させていく。
かつて父が治めていた、父が守っていた人達。
その彼らと共に、ブリタニアへの抵抗を進める。
共に戦い、勝ち取ることを――――……。
「やっぱり、ブリタニアと共存なんて無理なんだ……!」
……だが、人々の端々から。
「日本解放戦線こそ、日本を独立『させてくれる』希望……救世主!」
聞こえる、声が。
「あの人達なら、きっとブリタニアを倒『してくれる』!」
徐々に。
「早く……早く、ブリタニアを、あいつらを追い出して『頂戴』、私達を『助けて』!」
少女の、肩に。
「…………?」
ズシリ、と、トダ・ゲットーでも一瞬感じた重みを身体に感じて。
コックピットの上で、青鸞は口元に笑みを見せながらも一歩を引いた。
どうして引いたのか、それは青鸞にもわからなかった。
わからないからこそ、深刻なのだと。
それに彼女が気付くのは、もう少し後の話である――――……。
◆ ◆ ◆
濃紺のナイトメアの上に立つ少女を、狙う者が存在した。
それは撤退し損ねたブリタニア兵であって、廃墟の低層ビルの半程の階層に身を潜めていたのだ。
しかし逃げるタイミングを逸した今、彼は……。
「畜生、イレヴンの雌豚が……」
5.56ミリのアサルトライフルを狙撃モードにし、意外な程近い位置にいる黒髪の少女のこめかみをピープサイトを使用して狙う。
彼としては、周囲の味方を排除した少女――青鸞を許すことは出来なかった。
だからせめてもの報復として、無防備を晒している彼女を。
その時、背後に気配を感じた。
嫌な予感に身を震わせた男は、銃を構えたまま後ろを振り向いた。
しかしそれは、すぐに脱力して下げられることになる。
何故ならば、そこにいたのはブリタニア軍の歩兵の防護服を着た若い男だったからだ。
「ふぅ……驚かせるなよ、イレヴンかと思っちまっただろうが」
「…………」
若い男、というより少年は、男からビルの壁向こうに見える光景に目をやった。
そこには当然、濃紺のナイトメアの上に立つ少女が民衆の歓呼を受ける姿がある。
少年は、少女へと目を向けたまま。
「彼女を殺すのか」
「あ? ああ、味方もいねぇし……せめてあの雌豚くらい殺らねぇとよ」
「……そうか」
随分と若く見えるが、しかしかなり上からな物言いをする。
普段ならむっとする所だが、味方と出会えた安心感が男を寛容にしていた。
「ところでお前、見ない顔だけどどこの部隊だ? このヘンにいたのだと……」
「なら」
男の声を遮って、少年が男を見た。
正面から見ると、随分と整った要旨の少年であることがわかる。
黒髪に、黒い瞳……いや、違う、左眼が赤く輝いている。
右眼と同じように澄んでいるはずの左眼には、不思議な紋様が浮かび上がっていた。
赤く輝くそれは、鳥の羽のようにも見える。
そしてその輝きが、男の瞳に飛び込んで来た時。
「お前は――――死ね」
お前は、死ね。
普通ならば、言われて聞く者などいない言葉だ。
男の瞳に赤い輪郭が生まれる、瞳が赤い輝きを放ち、そして男は決して聞くことの無いその言葉を、「命令」を……。
「……イエス・ユア・ハイネス!」
聞いた。
むしろ嬉々として、命令を聞くのが幸福であるかのように笑い、自分の銃の銃口を口の中に突っ込み、迷うことなく引き金を引いた。
乾いた音が響き、男の頭が爆発して血と脳髄を撒き散らす。
少年はそれにもはや興味も持たず、そこから見える少女へと視線を向けていた。
「……青鸞……?」
そして何故か、ブリタニア兵が知るはずの無い名前を呟く。
少女の名前を、確信を持って、唇を震わせながら。
どこか呆然とした様子で、濃紺のパイロットスーツに身を包んだ少女の顔を見つめていた。
「何故……アイツは、名誉ブリタニア人になったはずじゃ。だが、現に……」
「ルルーシュ」
再び、別の声が響く。
鈴の音を転がしたかのような可憐な声だ、だがそんな可愛いものでは無いことを少年は知っていた。
少年……ルルーシュ・ランペルージ、あるいはルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
彼が声に振り向くと、そこには緑の髪を腰まで伸ばした美しい少女がいた。
金の瞳に白磁の肌、一つ一つのパーツが造り物のように完成した少女。
細く、華奢で、人形のように美しいが……だからこそどこか不気味さすら感じる、そんな少女だった。
何故か今は似合わない黒の衣装に身を包んでいる、手には仮面を持ち、それがあの「ゼロ」の衣装であることは見る者が見ればわかる。
だが少女はゼロでは無い、少年はそれを知っている、何故なら……。
「C.C.」
シーツー、名前もどこか人間離れしている。
ルルーシュに名を呼ばれた少女は笑みを浮かべて、彼に仮面を放り投げる。
両手で受け取ったルルーシュは、どこか憮然とした表情を浮かべていた。
「知り合いか? あの娘、随分とヒーロー扱いされてるじゃないか」
「……いや」
後半の皮肉は無視して、前半の言葉にだけ答える。
それも、嘘の答えで。
C.C.はクスリと笑うと、目を細めて。
「なら、どうしてギアスを使ってまで狙撃手を止めたんだ?」
矛盾するじゃないか、笑いの粒子を含んだ声にルルーシュが僅かに顔を顰める。
C.C.はそれを愉快そうに見つめて、それから少女の、青鸞の顔を眺めつつ。
「……うん?」
と首を傾げた。
しかしルルーシュが怪訝な表情を浮かべるよりも先に「まぁ、良いか」と首を振り、間を置かずに彼の方を見て。
「で、どうする? 美味しい所を持っていかれたようだが」
機先を制するようにそう問われれば、ルルーシュはどこか憮然とした表情を浮かべて応じた。
「別に持っていかれてなどいない」
「そうか、それでどうする?」
ルルーシュの感情的な満足などどうでも良い、そう言わんばかりの態度だった。
それに苛立ちのこもった目を向けて、しかし結局はルルーシュも青鸞の方へと視線を向ける。
ゲットーの民衆の歓呼の渦の中にいる、幼馴染の少女を。
じっと見つめた後、何かを堪えるように目を閉じて。
「――――どうもしない、今は」
「だが、お前の目的を考えれば、民衆の希望は少なければ少ないほど良いのでは無いのか?」
「アレは、希望にはなりきれないさ……」
青鸞に背を向けるように、ルルーシュはその場でクルリと踵を返した。
そうして歩き去るルルーシュの背中に、C.C.が愉快そうな目を向ける。
「……それは、『ルルーシュ』としての判断か? それとも……」
足を止めたルルーシュは、首だけでC.C.を見た。
鋭い眼光。
しかしC.C.はまったく意に介した風も無く、こう続けた。
「……『ゼロ』としての判断か?」
ゼロ、仮面の男。
エリア11前総督クロヴィスを暗殺した、前代未聞のテロリスト。
シンジュクで、そしてここサイタマでテロリストの指揮を執り、ブリタニア軍に打撃を与えた軌跡の人物。
C.C.は、その名でルルーシュを呼んだ。
ゼロがかぶっていた、漆黒の仮面。
その仮面は今、ルルーシュの手にある。
そう、つまりゼロの正体とは――――……。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
今話はサイタマ・ゲットーの話を少々変えてみました、勝ちを譲ってやったコーネリアと勝ちを譲られた青鸞。
少し似たような立場でもある2人の立場の違いが出た、そして日本人と青鸞の認識のズレも描けたかなと思います。
そんな彼女の衣装募集は継続中、詳細は前回後書きか活動報告をご覧ください。
と言うわけで、次回予告です。
『行動し続けることに意味がある、それを教えてくれた人がいる。
その人はいつも厳しいけれど、でも、きっと優しい人。
どこか、父様に似てる気がする。
だからかもしれない。
その人に、行ってほしく無いと思うのは……』
――――STAGE8:「変わりいく 未来 変わらない 現在」