前回でまとまりきらなかったので区切りました。
二話同時更新ですので、前の話を読んでいない方は前回からどうぞ。
◆ ◆ ◆
前回のあらすじ。<混沌の娘>の生んだ卵から赤ちゃんが生まれた。
だけど誰も母乳が出ず、困り切っていたところに謎の紳士が現る。
その紳士とは!?
◆ ◆ ◆
「安心したまえ、俺は紳士だ。そして商人でもある。
ここに赤ん坊が生まれたと聞いて育児キットを持ってきた」
「いや、夏休みの昆虫採集キットとかじゃあるまいし、その言い方はどうよ」
クラーグのツッコミも気にすることなく、その紳士は底なしの木箱から粉ミルクの缶と哺乳瓶、それに紙おむつ(耐炎効果付き)などなど、多くの商品を取り出す。
尚、ベビーベッドなど木工品に手作りの品も多々入っているあたり、彼は職人でもあるのだろう。
「お湯はあるか? 哺乳瓶は遠く離れたボーレタリアの魔法『水のベール』を掛けているから赤ちゃんの溶岩でも大丈夫だ」
「もしかしてあんた魔術師か?」
「いいや違う。
ちょっと変わった知り合いが多いだけの侍さ」
男は慣れた手つきでミルクを作り、タダちゃんを抱っこして飲ませてあげる。
その動作には深い慈しみがあり、溢れる父性愛があった。
そしてミルクを飲ませ終わったあとにゲップをさせるくらい当たり前の流れで自己紹介。
「俺の名は“東の”シバ。
商人として『病み村』に出稼ぎに来ていた、しがない剣士さ」
今の彼の発言は、取るに足らないという意味の「しがない」と、不死者であるという「死が無い」をかけたものだ。
だからドーダコーダ言う訳じゃないが。
「そうかい、なにはともあれ助かったよ。
うちの連中は誰も赤ん坊に詳しくなくてね」
シバの紳士的な振る舞いに感謝で応えるクラーグ。
流石はボスのカリスマと言ったところだ。
だが、それはそれとして、
「ところでミルドレット。
あんた家事育児はお任せとか言ってなかったっけ?」
「タダちゃんを抱っこする権を奪いあった時ですね?
あれは、やる気があるという意味での発言です。経験は皆無ですよ」
シレっと答えるミルドレット。
しかしその後にミスズから「お互いに知識ゼロから始めるのもいいですね♪」という意味深な発言にドギマギするくらいには乙女だった。
「ならばこの本も熟読しておくといいさ。
赤ん坊の知識ならこれ! 『蜘蛛でも分かる育児入門』。初心者から熟練者までの経験と科学的な知識が書かれている」
テキパキと『病み村』住人に指示を出し、自ら図面を引いて子ども部屋まで設計するシバ。
少し気は早いかもしれないが、村の住人が代わる代わる赤ん坊の様子を覗きに来るならきちんとした場所を整える必要もあるからだ。
「しかしこの男……一体何者なのだろうか?」
クラーグの小さなつぶやきは誰に聞かれることもなく、周りが働いているということで率先して動き始めることで風と消えるのだった。
◆ ◆ ◆
~夜~
お昼寝から目を覚ました<混沌の娘>が赤ん坊を眺めながら眠り、その様子を遠巻きに見守る住人達も寝静まった時間。
クラーグは一人、赤ん坊にかかりきりで忘れていた今日のエリア報告書の作成をしていた。
「やれやれ、あたしとしたことが、赤ん坊にばかり気を取られて仕事を疎かにするだなんて、相当浮かれていたんだねぇ~」
両手に持ったペンで書類を二枚同時に作成しながら考えるクラーグ。
あの赤ん坊の父親は結局見つからなかったが、ソウルの質から言って間違いなくクラーグや<混沌の娘>に近しい混沌家の血筋だろう。
かつて古竜討伐に尽力した名門の混沌家は、今でこそ『病み村』を拠点にしているが、そのさらに地下のイザリスを拠点とする一つの王国だった。
姉妹の長女と喧嘩別れの形でイザリスを去ったクラーグたちだが、別に姉を恨んではいない。
ここ『病み村』でも彼女たちに仕えてくれる従者であり家族がいる。
ただ少し、この楽しさを未だイザリスに引き籠っている姉たちに教えてあげられないのが悲しいくらいだ。
「だがまぁ、悪くない。
苗床姉さんやグラナ姉さんも、あたしらのことをいつか分かってくれるさ」
そう言ってお茶を一杯。
だが、はて? クラーグはお茶など用意していなかったのだが。
「こんばんは、クラーグさん」
金色の派手な鎧の男が居た。彼がお茶を用意したようだ。
「シバか。あんたも昼間は人一倍頑張ってくれたんだからもう休んだらどうだい?
商人なのに、妹や赤ん坊のことで今回は世話になっちまったからねぇ」
「その事なら心配無用さ。なんせ俺は紳士だからな。
困っている女性を放っておけないから紳士を名乗っている。気遣いは無用さ」
シバは次に自分のお茶を注ぎ、砂糖を5つにミルクたっぷりを入れて飲む。
このお茶も『病み村』の名産でクラーグの好みでもあった。
「……」
「……」
特に会話もなく、クラーグは仕事をし、シバは静かにそれを眺めていた。
「クラーグさん。仕事をしながらでいいんで、少し話に付き合ってもらえませんか?」
先ほどから何か言いたそうにしていたシバは、ゆっくりと口を開く。
「どうぞ」
「ありがとう」
話すことは決まっているのに何から話すべきか分からない。そんな面持ちで言葉を選びながらシバは言う。
「あの赤ん坊――タダちゃんでしたか。
あの子はクラーグさんや<混沌の娘>ちゃんと血の繋がりがあります」
「……理由を聞いていいかい?」
「私はあなた方の母――混沌家の最後の党首の奥方様に聞いていたからです」
表情にこそ出さなかったがクラーグは驚いた。
混沌家が名家として知られていたのは彼女たちの母親がまだ生きていた頃。
そんな昔からシバが生きていたとしても、いまさら混沌家の話が出てくるとは思ってもみなかったからだ。
「私は混沌家の家臣――東野家に生まれ、幼き頃より奥方様に目を掛けていただいておりました。クラーグ様。
かつての名は
そして、奥方様の未練の行く末を見守りに来た者です」
簡単な自己紹介から、シバは昔を語り出す。
「奥方様は元々体が弱く、<混沌の娘>様を身籠った時には子を諦めなければならないほど病状は重かったのです。
しかし奥方様は、子どもを殺してまで生きながらえることを拒み、<混沌の娘>様を産んだ……」
「あぁ、そうだね。
あたしもその頃はまだ幼かったから詳しくは知らないが、人づてに聞いた話、母さんは妹を生んで死んだんだってね」
そこまではクラーグの聞いた話と同じ。
問題はシバがここから語る話だった。
「奥方様は<混沌の娘>様の出産のとき、自らの力不足により、身籠っていた双子の片方を生む体力が無い事を悟りました。
そして生まれなかったもう一人の赤ん坊を、<混沌の娘>様の体に内包させたのです」
「何だって!?」
「最後まで聞いていただきたい。クラーグ様。
年月が過ぎ、<混沌の娘>様は一時期病気を患いはしたものの健康に育った。
クラーグ様の献身的な介護によって」
「……それは買い被りさ。
あの子が健康になったのはあの子自身の頑張りと、村の仲間たちのおかげさ」
「はい、そうかもしれません。
そしてそのおかげで、奥方様が為せなかった<混沌の娘>様の双子の姉弟がこうして誕生したのです」
聞かされた話が大きすぎてしばらく固まっていたクラーグだが、少し落ち着くと自然と笑みがこぼれた。
シバの言うことは驚くものだったが、自分と血のつながった弟だというのなら赤ん坊に父親が居ないことも納得がいく。
「それで、あんたはどうするんだい?」
「どうもしません。
今の俺は商人にして『森の狩猟者』の長。俺を慕う部下もいますし、奥方様の最期の未練が叶ったことを見届けた以上、静かに暮らしますよ」
一歩下がった振る舞いに、今は亡き主君の頼みを果たす忠誠心。これがシバの人徳なのかもしれない。
「それなら、あんたの部下も含めてあたしの村に来ないかい?
母さんの部下ならあたしにとっても大事な家族さ。みんな纏めてあたしが守ってやるよ」
「……よろしいのですか?
正直俺は混沌家が潰れてからは清廉潔白な生き方をしていないのですが」
「あぁ、構わないさ。
穢れも濁りも淀みもしこりも、微塵に砕いて受け入れてこそのボス。それがあたしさ」
クラーグは手を差し伸べる。
差し出された手を払いのけるほどシバは無粋ではない。
クラーグの手を取り、跪く。
「我、東のシバはこれより全生涯を以ってクラーグ様と<混沌の娘>様に仕え、『病み村』の発展に尽力することを誓います」
「任せたよ。シバ」
両者微笑み、繋いだ手をクラーグが解こうとしたところで、
「あ、クラーグ様、もう少し手を繋がせてください」
「ん? どうした突然?」
「いえ、主君にして女王様のクラーグ様の美しい手を繋ぐ機会など、家臣になっても滅多にないでしょうから堪能しようかと(スリスリスリスリスリスリスリスリ♪)」
「うおわぁぁぁ~ッ!? 何すんだよ気持ち悪ぃ!」
「最初に言ったでしょう。俺は『紳士』だと(キリッ)」
「うぉぉぉぉぉー! こいつを仲間にしたのは間違いだったぁぁぁぁぁー!!!」
とは言ってもシバが昔の混沌家に仕えていたことも、それを認めて仲間に引き込んだのもクラーグ自身。
舌の根も乾かぬうちに前言撤回はボスのカリスマに反する。
「ふっふっふっ、スベスベで気持ちいいですねクラーグ様の手は。
あ、俺は紳士の中でも『巨乳教』の紳士なので、クラーグ様のことは本心から魂レベルで従属していますから♪」
「なら離せバカぁぁぁー!」
「嫌です♪」
こうして『病み村』に新たな仲間が増え、ますますの発展を続けていくのでしたとさ。
めでたし、めでたし♪
~後書き~
<かぼたん>は出ていないからこその番外編ですが、だからこそ『病み村』の人たちばかりの話になってしまいましたね。
それとシバにつき従う忍者インビジブルは『アルトリウスのわんにゃんランド』で待機中。シバの命令です。
他の森の仲間たちに愚痴を言っているかも知れませんが、シバの命令は絶対です。