花盛りの鎮守府へようこそ   作:ココアライオン

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◎親身な御指摘を頂き、本文の修正させて頂きました。
 下ネタが強めかと思います。ご注意をお願い致します。
 また内容について、細かいながらも修正を加えて参ります。
 ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。


 いつも暖かな感想と応援の御言葉を寄せて頂き、本当にありがとうございます! 読んで下さる皆様には本当に感謝しております。今回も更新が遅くなって申しわけありません。次回更新がありましたら、また不定期になるかと思いますが、お暇つぶし程度にお付き合いいただければ幸いです。

以前に更新させて頂きました活動報告での艦娘一覧についても、不十分な点や誤りが在り、ご迷惑をお掛けしております。此方もまた修正させて頂きます。今回もお付き合い下さり、本当にありがとうございます!





靴紐を結び、曰くを踏む

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 Foooo↑!! うちの鎮守府でも、ハロウィンパーティしますよ今年は~!

 ハッピーハロウィ^~~ッ!! S●X&S●X!!!! 

 

 

≪鈴谷@mogami3.●●●●●≫

 申し訳ないけど、乱●パーティーはNG

 テンション上げるのは結構なんだけど、Trick or Treatだからね。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 そうとも言いますねぇ! あとは秋祭りの準備も始めなきゃだけど、何か意見とか要望のある奴、今のうちに手ぇ挙げろ!

 

 

≪長門@nagato1. ●●●●●≫

 そういえば、近いうちに会議を開く予定だったな。

 とは言え、規模としては前の鎮守府祭ほどでも無いのだろう?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 おっ、そうだな。予算の都合で、祭りの衣装についてはお前ら全員分の服装までは用意できないっぽいんだよね?

 

 

≪鈴谷@mogami3.●●●●●≫

 前はディアンドルとかメイド服とか、手の込んだ衣装もいっぱい用意したもんねー。

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 私達には着ぐるみまで用意されてたわよね……。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 今回はそういうのは無しの方向で行くゾ。

 とは言え、予算を抑えた上で場の雰囲気を作る必要があるからさぁ。

 ここは法被とか浴衣でOK? OK牧場?

 

 

≪長門@nagato1. ●●●●●≫

 悪くはないな。ついでにお前も、ちゃんと提督服を用意しておけよ。

 一般の来客もあるんだ。海パン姿は不味いぞ

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 おっ、そうだな!

 

 

≪加賀@kaga1.●●●●●≫

 やけに素直ですね……。何か企んでいるかしら?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 俺だってTPOは弁えるんだよなぁ……。そういう言い方は、†悔い改めて†

 

 

≪長門@nagato1. ●●●●●≫

 本営に召集された会議の席に、海パンとTシャツ姿で出席する奴の台詞とは思えんな。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 あんな糞退屈な会議なんざ全裸でも良いぐらいなんだよなぁ……。

 祭りには俺も法被着たかったけど、前みたいに個人的な来客もあるし、しょうがないね。

 よし、じゃあ代わりに@Butcher of Evermindに着てもらうか!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 駆逐艦用だったらアイツも着られるでしょ?

 上は法被! 下は褌で! よし! 決まりッ!

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 あぁ^~、良いわねぇ^~

 

 

≪長門@nagato1. ●●●●●≫

 胸が熱くなるな。

 

 

≪加賀@kaga1.●●●●●≫

 流石に気分が高揚します。

 

 

≪大和@yamato1. ●●●●●≫

 とても良いと思います。

 

 

≪金剛@kongou1. ●●●●●≫

 ちょっと待って下サーイ!!

 上は無し! 下は褌! っていうのは如何デスか!?

 

 

≪赤城@akagi1.●●●●●≫

 えぇと、それはちょっと……、どうでしょう?

 

 

≪ビスマルク@Bismarck1.●●●●●≫

 どちらかと言うと大賛成ね。

 

 

≪グラーフ・ツェッペリン@Graf Zeppelin1.●●●●●≫

 流石は金剛だ。我々とは考えることが違う。

 

 

≪鹿島@katori2. ●●●●●≫

 あの! 上は法被! 下は無し! とかでも可ですか!?

 

 

≪武蔵@yamato2. ●●●●●≫

 そういうのも在るのか。

 

 

≪ウォースパイト@Queen Elizabeth2.●●●●●≫

 上は無し、下は無しでも良いのかしら

 

 

≪鈴谷@mogami3.●●●●●≫

 もう裸なんですがそれは……。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 お前らも一斉に食い付き過ぎィ!!!

 それにパイ子ォ! 全裸提案とかもう許せるぞオイ!

 

 

≪ウォースパイト@Queen Elizabeth2.●●●●●≫

 誰かパイ子ですって?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 お前じゃい!! 

 そんなんだからアダルトサイトの架空請求に引っ掛かるんダルルォ!?

 ロイヤルなのは見た目だけかお前はぁ!!

 

 

≪鈴谷@mogami3.●●●●●≫

 えぇ……。

 

 

≪加賀@kaga1.●●●●●≫

 それはどのようなサイトだったのですか?

 

 

≪天龍@tenryu1. ●●●●●≫

 いや、そこは掘り下げてやるなよ……。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 ショタ系の奴だったゾ。

 

『元気系、生意気系、儚い系、いろんな可愛い男の子がいっぱい』

『お姉ちゃんを見てると僕、お股がムズムズしちゃう☆』

『駄目だよお姉ちゃん、何か出ちゃうよ!』

 

 とかいうパワーワードとショタの桃色画像でディスプレイが埋め尽くされたついでに

『登録ありがとうございます』とかいうウィンドウが、携帯端末に表示されて在ったよなぁ?

 なぁ、パイ子ぉ?

 

 

≪ウォースパイト@Queen Elizabeth2.●●●●●≫

 すぉ

 

 

≪ウォースパイト@Queen Elizabeth2.●●●●●≫

 ほ

 

 

≪ウォースパイト@Queen Elizabeth2.●●●●●≫

 んぽぽp

 

 

≪アイオワ@Iowa1.●●●●●≫

 落ち着いて、ウォースパイト。端末を一旦置いて。

 手の震えが収まるまで、ちょっと深呼吸しまショウ?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 お、ウォースパイトの持つ48のロイヤル技のうちの一つ、“ロイヤル☆挙動不審”か?

 

 

≪天龍@tenryu1. ●●●●●≫

 おい野獣。駆逐艦娘達も此処を見てるんだから、そういう話題で盛り上がるのは止めようぜ?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 大丈夫大丈夫、駆逐艦とかアイツの端末からは見れないよう、さっきフィルター掛けたからさ。

 上の方のログは殆ど隠れてる筈だし、ちょっとくらい下ネタで盛り上がってもヘーキヘーキ!!

 

 

≪ウォースパイト@Queen Elizabeth2.●●●●●≫

 あれは

 

 

≪ウォースパイト@Queen Elizabeth2.●●●●●≫

 その

 

 

≪ウォースパイト@Queen Elizabeth2.●●●●●≫

 勝手に

 

 

≪ウォースパイト@Queen Elizabeth2.●●●●●≫

 金剛が

 

 

≪金剛@kongou1. ●●●●●≫

 何の話デース!? 濡れ衣を着せようとするのはNGだヨ!!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 はぇ^~、今度は“ロイヤル☆嘘八百”か? 技が冴えるぜ☆

 

 

≪あきつ丸@特殊船丙型. ●●●●●≫

 いや、これは“ロイヤル☆しどろもどろ”ですな!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 おぉ^~、迫真の連続技が光る!

 

 

≪鈴谷@mogami3.●●●●●≫

 野獣もあきつ丸さんも、そうやって何でもかんでも“ロイヤル”つけてさぁ、ウォースパイトさんを弄り倒すのやめよう? 普通に可哀そう。

 

 

≪武蔵@yamato2. ●●●●●≫

 まぁ、根が誠実で真面目なウォースパイトらしい。自家発電も程ほどにな。

 

 

≪加賀@kaga1.●●●●●≫

 あとでそのサイトについて詳しく

 

 

≪ウォースパイト@Queen Elizabeth2.●●●●●≫

 武蔵! それに加賀!  私が頻繁にそういった場所を利用しているみたいな言い方は止めて下さらない!?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 夜中にガンガンと部屋の扉をノックされた時は流石にビビったけどさぁ。

 扉を開けたら、携帯端末片手にテンパりまくった半泣きのパイ子が居て草が生えたんだよなぁ……。

 

 

≪ウォースパイト@Queen Elizabeth2.●●●●●≫

 @Beast of Heartbeat 覚悟はよろしくて?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 あっ、そうだ! おい陸奥ゥ! お前、部屋の掃除は終ったかぁ!?

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 急に何よ? 

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 一般来客の中から、何かこの鎮守府異臭がするってクレームが来たら大変だからね。

 

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 喧嘩売ってるの? 

 そもそも、私の部屋は片付ける必要もないほど普段から綺麗だから。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 ほんとぉ? 陸奥は寝返りをうつと、乳首から火花が散るんでしたよね?

 ちゃんと片付けとかないと、周りのゴミに引火しちゃうしなぁ。やはりヤバい……!

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 しないわよ!! 乳首から火花なんか出る訳無いでしょ!?

 私を何だと思ってるのよ!! それに部屋も全然散らかって無いわよ!!

 むしろもう寝具と机しか無いわよ!!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 独房かな? まま、ええわ。どうせすぐに分かるからさ。

 ちなみに俺は今、陸奥の部屋の前に居るんだよね。

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 e

 

 

≪天龍@tenryu1. ●●●●●≫

 タチ悪ぃなおい、メリーさんかよ……。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 入って良い? 良いよな? オッスお邪魔しまーす!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 何で鍵掛けてんだオルルァァァン!!

 綺麗にしてるって言ったのに確認させないのはおかしいだろそれよぉ!

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 そんなん関係無いでしょ

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 セキュリティ機能で部屋のロック開けてんのに、ドアが開かないってどういうこったよ?

 ビクともしねぇ。あっ、分かった。今まさにお前、扉押さえてんな、お前な。

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 してないわよ

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 嘘つけ、絶対押さえてるゾ。しかもこのパワー、艤装召んでますねこれは。

 何だこの必死な防御姿勢は……、たまげたなぁ……。

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 何の話よ? 私は今、美容の為にヨガ中だから。

 集中したいのよね? 邪魔しないでくれる?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 そうはいかないんだよなぁ……。

 実際、お前の部屋の前を通った摩耶が、「くせぇ……(´・ω・`)」ってぼやいてたゾ。

 これは原因究明の必要がありますあります!

 

 

≪摩耶@takao3.●●●●●≫

 おい野獣!! 適当な事ばっか言うのマジで止めろ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 曙は携帯端末を眺めながら廊下を歩いていた。窓から日が差す廊下も、空気が少しひんやりしてきており、秋の訪れを感じさせる。窓の外を一瞥すれば、晴れた空には雲も疎らだ。その下には、穏やかな波を湛えた海が広がっている。いつもの風景だ。曙は軽く息を吐き出してから、手にした携帯端末にまた視線を落とした。表示されているのは、艦娘囀線のタイムラインである。しかし、何らかのフィルターが掛けられているようで、ディスプレイには“此方の端末では表示できません”というウィンドウ。曙は口元を緩めつつ、やれやれみたいに鼻を鳴らした。どうせ野獣がタイムラインを引っ掻き回して、誰かが下ネタで自爆したりしたんだろう。だから駆逐艦の端末からは見えないようにしてあるのだ。まぁ、珍しくない事と言うか、いつもの事だ。廊下を歩く曙は現在、陽炎と一緒に野獣の執務室に向かっている。時刻は13時過ぎ。何でも午後からは何人かの艦娘を集めて、とある研修をするという事である。

 

 その研修とは、“コンビニエンスストアのレジ業務における研修”だ。以前、短期間ではあるが、とあるコンビニエンスストアの現場へと香取と鹿島が働きに出たことが在った。無論、これも本営の指示である。こうした試みは艦娘達のイメージアップの効果だけでなく、艦娘達を厚遇しているという外へのアピールにも繋がるという事で、人格を育んだ艦娘達が多いこの鎮守府に、本営から通達が届いたのだ。そうして、この二人が出向いたコンビニでは連日の大盛況と共に、艦娘という存在を、社会の中でより身近に感じて貰えるという、理想に近い形での成功を見せていた。これに味をしめた本営は、派遣する艦娘の数をさらに増やしていこうという魂胆らしい。

 

 普段の艦娘運用に支障が出ない範囲で、艦娘達がレジ業務訓練を行うと同時に、一般の人々と接するだけの社会性や適正を見極められるようにせよというのが、今回の本営からの指示とのことだ。いつもなら本営からの通達の殆どを適当にあしらったりする野獣も、今回は大人しく指示通りに動いている。多分、艦娘達を好意的に受け止めてくれる社会の反応に、野獣も喜んでくれているんだろう。テンションこそ上げきってはいないが、こういう取り組みに対して張り切っているように見える。

 

 

 曙たちが野獣の執務室に到着すると、演習やら訓練などを終えた艦娘達が、既に何人も集まっていた。人数的に曙たちが最後だったようだ。集まった艦娘達の中には、加賀、時雨、鈴谷、それに他にも、天龍や霞たちの姿もある。ただ、様子が少々おかしい。集まっている艦娘達は軽いざわめきの中、執務室の中で呆れたような感心したような、驚いているような貌で執務室を見渡していた。そりゃそうだろう。曙だって、扉を開けて硬直した。隣では陽炎だって眼を丸くしている。

 

「何よコレ……」 思わず言葉が漏れた。

 

 今までも野獣の執務室は、無茶な改造と改築、拡張を繰り返し施されていたのは知っているつもりだった。神秘の領域に触れ得る職工・工匠である妖精達の手によって、今では執務机やソファセットの類いだけでは無く、バーカウンターやシャワールーム、キッチンスペースまで備え付けられていた筈だ。もはや執務室なのか何なのか分からないような大部屋と化していて、上層部の誰かが視察に来ようものなら卒倒しかねない様相を呈していたのは覚えている。だが、今はそのどれとも違う。

 

 此処は、コンビニだった。白く明るい照明。並んだ商品。雑誌棚。冷蔵棚。雑貨。コピー機。ATM。レジカウンター。本当にコンビニだ。混乱しそうになるし、現実感が無い。それでもやはり、此処はどう見てもコンビニだ。100人中、99人はそう答えるだろう。執務室をぐるりと見まわして観察し、見れば見るほどコンビニである。頭がおかしくなりそうだ。曙は何とも言えない貌で、隣に立っている陽炎と顔を見合わせた。陽炎は肩を竦めて苦笑を浮かべて見せる。

 

「相変わらずっていうか。こういう周到さは、野獣提督らしいわね」

 

「……ほんとにね」

 

 曙は表情を歪ませて、息を吐き出した。まぁ研修の為に酒保を使うよりは、こういう場を文字通り造ってしまう方が効率も良いし手っ取り早いのだろう。この鎮守府には妖精達だけでなく、そういう工作や造物加工に係る施術に長けている少女提督もいる。きっと彼女の協力もあったに違いない。こんな悪ふざけ一歩手前の改装も、一応は本営の意向に沿う形なのであろうが、出鱈目な男だ。

 

 曙が鼻から息を吐き出した時だった。執務室の扉が開いて、何人かが入ってくる。まず先頭を切って入ってきたのは、上はスーツ、下は海パン姿の野獣だ。お洒落のつもりか伊達メガネまでしている。すぐ後ろには今日の秘書艦である赤城が、タブレットと書類を片手に、集まった皆に微笑んで会釈して見せる。野獣も、「お ま た せ」と皆に視線を巡らせつつ、その伊達メガネのブリッジをくいっと人差し指で上げた。その仕草が、なんとも芝居がかっていて不自然極まりなかった。そんな野獣と赤城に続いて入って来たのは、少年提督、その後には、某コンビニの制服を着用した香取と鹿島が入ってくる。この二人は経験者という事で、この研修の講師役でもある。これで面子も揃ったようで、野獣は赤城からタブレットを受け取りつつ、再び集まった艦娘達を順に見た。

 

「そんじゃ、まずはお前らも制服に着替えて、どうぞ」

 

 

 

 

 

 

 こうして始まったコンビニのレジ研修。渡されたマニュアルの小冊子をパラパラと見る限りは、そう奇を衒ったようなものでも無さそうだ。説明の内容が言葉遣いやレジ操作に重点が置かれていることについて質問してみると、他の業務についてはまた次回に行うという事だった。まぁ、基本は接客という事か。曙は眉間に皺を寄せつつ、マニュアルを軽く流し読みしていると、隣にいる陽炎が声を掛けてきた。

 

「ねぇ、曙」

 

「なに?」 視線だけを動かして陽炎を見る。

 

「上のボタン外れそう」

 

 そう言った陽炎は曙の前にすっと身を寄せてきた。こういう時に見せる陽炎のお姉ちゃん然とした振る舞いは、嫌味や優越感を全く感じさせない。マニュアルから顔を上げた曙が、気恥ずかしさから断ろうとする間もない手際の良さだった。ボタンを留めなおしてくれた陽炎は曙を見て、また嫌みの無い笑みを浮かべる。

 

「曙、制服似合うね。かわいい」

 

「うっさい」

 

「へへへ」

 

 手の掛かる妹の悪態を微笑むみたいに笑った陽炎も、某コンビニの制服に着替えている。活発な彼女に良く似合っていた。と言うか、皆すごく似合っている。着る本人が佳ければ、何を着ても見栄えが良いという言葉は聞いた事があるが、その通りだと思う。バイトに来ている不良娘みたいな天龍の制服姿や、今風のギャルっぽい鈴谷の制服姿なんて似合い過ぎてるくらいだ。不知火や時雨、加賀や赤城も、しれっと制服を着こなしていて、普段の落ち着いた雰囲気も壊していない。そんな姿が魅力的に見えるのは、いつもとは違う恰好だという新鮮さも大きいだろう。

 

「曙も可愛いわよ」 お姉ちゃん然として陽炎が言う。

 

「はいはい」 曙は眼を合わせずに答える。

 

 そんな遣り取りをしている内に、曙たちがレジに入る順番が回ってくる。研修の内容は、艦娘達でレジ側と客側に分かれて、接客とレジでの対応の訓練を行うというオーソドックスなものだ。二つあるレジカウンターには鹿島と香取が指導員としてついており、レジ役の艦娘達の背後に控えている。その様子を少し離れたところから野獣や少年提督が監督しているという状況である。執務室が割とマジでコンビニと化しているので、本当にお偉いさんが視察に来た新入社員研修みたいな風景だ。

 

 ただ、皆も優秀というか。この鎮守府では、艦娘達が主体となった鎮守府祭も大きな成功を見せているし、以前は夏祭りなんかの地域行事の手伝いにも参加している。普段は厳しい訓練を受け、秘書艦としての実務も学び、座学でも集中力を発揮するのが艦娘達である。皆、其々にマニュアルの内容をソツなくこなしていく。曙も、客役としてレジに商品を持ってきた時雨や天龍、それに鈴谷を問題無く捌いて見せる。皆の優秀さぶりに、香取や鹿島も満足そうだ。

 

「お前ら……、いつからそんな……、テクニシャンになったんだ?(称賛)」

 

「理解と吸収が早くて、本当に凄いですね」

 

 傍で研修の様子を見ていた野獣と少年提督も、曙たちの成長の速さに頷きあっている。

 

「よーし……、じゃあ俺達も参加して、特別な稽古つけてやるか!(余計な一手)」

 

「えっ、僕もやるんですか?」 少年提督が野獣に向き直る。

 

「当たり前だよなぁ?(道連れ先輩)」

 

 

 

 二人はそんな会話を経た後。

 

 

 

 少年提督と野獣が、艦娘達に混ざる事になった。二人は着替えており、少年提督は高そうな革靴に細身のパンツ、それに清潔感のある白シャツにジャケットを合わせたシンプルな恰好だった。野獣は男性用のトゲトゲ付きボンデージに着替えており、殆ど裸の上半身にラメ入りネクタイを締めていた。ピチピチの革ビキニパンツと、引き締まった肉体を締め上げつつも彩るベルトが強烈だった。こいつマジで頭おかしい……。そう思ったのは、貌を歪めた曙だけでは無かった。

 

「あのさぁ……」と。

 すかさず突っ込んだのは、疲れたような貌になった鈴谷だった。

 

「場に相応しい恰好て言うの? もっとあるでしょ?」

 

「俺にとっての最適解が“コレ”なんだよなぁ……(ガリレオ先輩)」

 

 野獣は、『天才故の苦悩』的な何かを滲ませるような、似合わない難しい貌で鈴谷に頷いて見せた。当然のことながら、加賀や天龍は侮蔑の視線を隠そうともしていないし、黙ったままの時雨や赤城だって何だか残念そうな貌だ。「えぇ……(困惑)」と声を漏らす香取や鹿島の隣では、陽炎も表情を歪めていた。舌打ちをしたのは不知火か。周りの艦娘達も白けたような貌で野獣を見ていた。少年提督だけは、穏やかな表情のままで皆を見守っている。

 

「一応聞くけど、その恰好は何者のつもりなの? 一般客なのよね?」

 

 とりあえず。曙は漏れそうになる溜息を堪えて、野獣に説明を求めた。野獣は、よくぞ聞いてくれたみたいに力強く頷いて見せる。

 

「俺はね、通りすがりのボンデージマスター!(自己紹介)」

 

「不審者じゃん」 腰に手を当てた鈴谷が、表情を歪めて一蹴した。

 

「撮影の途中で、ちょっとコンビニに立ち寄ったっていう設定だから(ハードモード)」

 

「いや、設定がどうとかじゃなくて、その恰好で出歩いてるとか在り得ねぇだろ」

 

 眉間に皺を寄せた天龍が、冷たい正論で追い打ちをかける。

 

「お店に着く前に警察に捕まると思うんですけど……(便乗凡推理)」

 

 香取が恐る恐ると言った感じで言う。鹿島も頷いていた。

 

「辿り着く可能性は、0じゃないから……(潰えぬ希望)」

 

「そんなレアケース想定する必要あるんですかね……」

 

 陽炎がおずおずと聞くと、野獣は「在る!(男気)」と、迷いなく答えた。あほくさ。曙と霞がそう小さく呟いたのは、多分同時だった。とりあえず、もうこれ以上の問答が無意味であるという事は皆も察した。なし崩し的に、“意味不明な存在が客として訪れたパターン”が生まれた。難易度が跳ね上がる。そして、少年提督の方も何らかのイレギュラー要素を持ち込んでくるパターンだろう。気を取り直した香取と鹿島も、少し表情を引き締めていた。二つあるレジカウンターのうち、片方に少年提督が対応される。霞のレジだ。緊張の一瞬。コンビニと化した執務室が静まり返る。全員が見守る中。

 

「いらっしゃいませぇ……(若干の震え声)」と、かなり警戒したような硬い表情の霞のレジに、少年提督が少々恥ずかしそうな表情で提出した商品。それはエッチな本だった。野獣の入れ知恵に違いなかった。しかもロリもの。商品のバーコードを読み取ろうとしていた霞が「すぉ……ッ!?」と、妙な声を漏らして、肩をビクリと跳ねさせた。顔を赤くして、そのエッチな本と少年提督を何度も高速で見比べた。霞の背後で監督をしていた香取も、メガネの位置を直しつつ真剣な眼差しで本の表紙を凝視している。これには少年提督も恥ずかしさを感じたか。珍しく、彼が頬をほんのりと朱に染めて、視線を斜め下へと注いでいる。もともと色白な彼だから、その愛らしい赤さがよくわかる。普段は殆ど見せない彼の恥ずかしがる仕種に、曙まで何だか恥ずかしくなってきた。ほぼセクハラに近いし、実際に応対している霞の羞恥は如何ほどか。

 

 しかし、霞は中々強かった。接客の最中に、大きく、大きく深呼吸を始めた。たっぷり7秒ほどの沈黙と瞑目の後。霞は真っ赤になった顔の筋肉をフルに使って、真顔を保つ。そして、少年提督を見詰める。再び、10秒ほどの沈黙。もう余裕でクレームになりそうな対応だが、待たされている少年提督の方が申し訳なさそうな貌だ。だが、この場の緊張感もすごい。誰も何も言わない。霞の一挙手一投足を、周りの艦娘達が皆で注視している。曙だって、心の中でメチャ応援している。がんばれ霞。超がんばれ。って言うか、何か言いなさいよ。黙り込み過ぎでしょ。エッチな本について何か対応しないと。少年提督にとっても酷い羞恥プレイだ。香取さんも何か助けてあげてお願い。

 

 そんな曙の祈りが通じたのか。香取が唇の端をチロリと舐めつつ霞の肩を軽く叩いてから、「年齢認証が必要な商品ですよ?」と、少年提督に流し目を送りつつ小声で耳打ちした。その小声が、鳥肌が立つほど艶っぽい気がしたが、気のせいという事にしておこう。霞も、監督の立場にある香取の言葉に素直に頷き、少年提督に向き直る。

 

「……こういうのが好きなの?(まさかの反撃)」

 

「えっ?」 少年提督が素の反応を返す。

 

「今回だけよ……。見逃してあげるわ。だ、大事に、ちゅ、使いなさい!!」

 

 真っ赤になったままの霞は上擦りまくった声で言いながら、エッチ本を乱暴にレジ袋に突っ込んでから片手に持って、「んっ!」と、そっぽを向いたままで少年提督に押しやった。鹿島は「はぇ^~……」と、心底感心したように何度も頷いているし、香取と加賀は、まるで戦術指南でも受けているかのような眼差しで、霞の行動を分析している。

 

「おい霞ィ!! 誰が神アドリブ魅せろっつったオルルァ!!(指導)」

 

 自分の恰好を棚に上げて霞を注意する野獣には、曙を含む他の面々からも冷たい視線が注がれる。ただ野獣はそんなものを意に介さないし、実際に違反行為をしているのだから、霞にとっては分が悪い。普段ならハッキリとものを言う霞も、「だって……! その……!」と、赤面したままでモゴモゴと言い淀んで歯切れが悪い。

 

「お、男の子にだって、その、色々あるんでしょ!? こう、『びゅっ!!(意味深)』ってするのに、そういう本が在ると良いって聞いたし……!(ママ的対応)」

 

 霞は早口で言いながら、少年提督を睨むようにして向き直った。凄い汗だ。

 

「ね!? アンタもそうでしょ!!?」

 

 少年提督は、霞の視線を受け止めつつ、不思議そうな貌だった。

 

「えっ」

 

「“えっ”て何よ!?!?!?(狼狽の嵐)」

 

「あの……、『びゅっ!!(意味深)』っていうのは、何の事なのでしょう?」

 

 少年提督は、少し戸惑ったような表情で霞に問う。再び、コンビニと化している執務室が、静寂に包まれた。助け船を出さずに黙り込んだ野獣は、阿呆みたいに真面目な貌で霞を見詰めていた。絶対にこの状況を楽しんでいる。なんて奴だ。だが、誰も迂闊な事を言えない。下手な事を言えば、自分が大火傷をする。霞の盛大な自爆に巻き込まれることを知っているからだ。天龍や鈴谷、赤城、それに陽炎や時雨は、伏し目がちにそっぽを向いている。曙だってモジモジしてしまう。だが、加賀や香取、鹿島達は、眼をギラギラとさせながら、先ほど神アドリブを魅せた霞が、今度はどんなハットトリックを魅せるのかを注意深く観察している。不知火も似たような目つきだ。

 

 もの凄いカウンターパンチを喰らった霞は真っ赤になりながらも、苦虫を噛み潰すどころか、ゴキブリをしゃぶっているみたいな貌になって、「ふぅぅぅぅんんんんんんんんんんんん……(南無三)」と息を漏らした後、視線を泳がせまくりながら、「ほ、ほほ、……ホワイト、ショットぉ……(意味不明)」と、無念そうに掠れた声で紡いだ。両手で顔を覆った霞は半泣きだった。

 

「えっ、ホワイト……、何ですか?(無垢)」

 

「だからぁ……、生命のぉ……、どぴゅって言うか、その、白く迸るパトス的な……、あの……、あ゛ぁーー!!! もうっ!! うっさいわねぇ!! もう!!」

 

「えぇっ」

 

 流石に冷静な言葉を選んでいられなくなったのか。霞が叫びだした。

 

「象さんをパオーンさせてスコココココ!ってやってたら、男の子のエッセンスが『びゅびゅーーー!』って出るのよ!!(本質への接触)」

 

「あの、何度もすみません……。象さんと言うのは……」

 

 真面目な少年提督は、難しい貌になって執務室の窓の方を一瞥したりした。

 

「外に居る訳じゃないから!! 男の子がみんな飼ってる象さんの事よ!! 察しなさいったら!!」

 

「それは、えぇと……、意識とか無意識とか、そういう哲学的な領域の話ですか?」

 

「違ぁう!! 違うけどぉ!! もうそれで良いわ!!!」

 

「では、こういった成人向けの雑誌は、その……、自分の内面に住まう象さんに触れる為に必要なんですか?」

 

「そうわよ!! 自分自身と対話するのよ!! 解る!? ばーぶー!!(ヤケクソ)」

 

「な、なるほど……、奥が深いですね……」 

 

 真摯な貌の少年提督は、難解な問題に取り組むような貌で霞に頷いた。

 

「はい!! この話はもう終わりっ!! 閉廷!!!」

 

 よく頑張ったと思う。半べその霞ママは、強制的に話を切り上げて、どすどすと乱暴に歩いてレジを抜けた。そしてすぐに顔を両手で隠して座りこむ。なにこれ恥ずか死んじゃう。霞が消え入りそうな掠れた声で呟いたのを、曙は聞き逃さなかった。取り残されてちょっと戸惑い気味の少年提督にそっと歩み寄り、優しく肩を抱いたのは加賀だった。加賀は目許を艶っぽく緩めて、少年提督に微笑みかける。

 

「私と一緒に、象さんを探しに行きませんか?(悲劇への道)」

 

 俯いたままで、曙は吹きだした。いや、他の艦娘達も吹き出していた。

 

「貴方の象さんは、何処……、此処かしら……?」

 

 ふぅ……と、熱っぽい吐息を漏らしながら、加賀は少年提督の首筋に触れた。そして手の指先を彼の肌の上を滑らせて、提督服の上から胸元へ。胸元から脇腹へ。脇腹から腰を通り太腿へと、何処か淫靡な動きで掌を這わせていく。「あ、あの……加賀さん?」少年提督は、やはり戸惑ったような貌で加賀を見上げている。そんな彼の視線を受け止めつつ、加賀はペロッと唇の端を舐めて見せた。やばい。眼がえらくマジだ。

 

「加賀さん!? レジ前でおっぱじめるのは流石に不味いですよ!!」

 

「店長さん(?)に何してるんですか!? 止めてくださいよ本当に!!」

 

 曙が止めに入ろうと思ったのと同時だったろうか。少年提督と加賀の間に割り込んだ翔鶴と瑞鶴の二人が、息の合ったコンビネーションで迫真のインタラプトを見せた。一部で拍手が起こるほどだ。貞操の危機を逃れた少年提督は、目まぐるしく変わる今の状況に翻弄されているのか。翔鶴と瑞鶴に庇われる形になっている彼は、「僕は店長役だったんですか……?」みたいな感じで、一生懸命に思考を回転させているようだ。まったく、と思う。普段は小賢しいというか、何でもかんでも知っているみたいな、得体の知れない雰囲気を纏っている癖に。艦娘達と居る時は無防備で馬鹿なんだから。このチビ提督。曙は胸の内で悪態をつきつつも、瑞鶴と翔鶴に感謝する。

 

「申し訳ないけど、白昼堂々のショタ象さんハントはNG(厳重注意)」

 

 野獣もやれやれと肩を竦めながら、レジの前へと歩み出る。

 

「後がつかえてるんだよね。早くレジで会計させてくれや!(せっかち)」

 

 恰好はともかくとしてだ。客と言う立場からなら、野獣の言っていること自体はもっともな言い分だ。加賀は名残惜しそうに少年提督を一瞥してから、ボンデージマスターと化した野獣に向き直る。だが、特に何かを言うでもなく、息を一つ吐きながらレジへと素直に戻って見せた。話が脱線しまくって真面目な研修の雰囲気が崩壊しつつ在ったものの、加賀の大人な対応のおかげで奇跡的に持ち直した。ただ、野獣の応対をするのがよっぽど嫌なのか。加賀は先ほどのような嬉し気な表情では無く、ものすごく不服そうな貌だった。殺人オーラをちょびっとだけ纏い始めている加賀の背後。監督役としてレジの後ろにいた鹿島も、表情をビキビキと強張らせて緊張しているようだ。

 

「あのさぁ……、せめてもうちょっとくらいは、こう……、さぁ?」

 

 野獣はクソデカ溜息をついてから、肩を竦める。

 

「お前には、“おもてなし”の心が足りてないんだよね? それ一番言われてるから」

 

 野獣は言いながら、手にしていた買い物カゴをレジに置く。

 

「此方をおちょくる気満々で、最初から“おもてなし”を受ける気の無い御客様も居られるようですが」

 

 そう言いながら加賀は眼を細め、野獣が持った買い物カゴの中を見遣った。曙もそれに倣う。野獣がレジに置いたカゴの中身は、割と普通だ。コーヒー。パン。ボールペン。メモ帳。髭剃りローション。漫画雑誌。等々。統一感が無いものの、特に怪しいと言うか警戒するようなものは入っていない。加賀の視線に気づいていた野獣は肩を竦めながら、唇の端を持ち上げて見せる。

 

「酷いお客さんも居たもんだなぁ……。そういうのは流石に、ゆるせへんし(義憤)」

 

「はいはい……(生返事)」

 

 野獣はもう“客”になりきっているのだろう。レジの女性店員に気さくに話かけてくるオッサン系の客を演じているようだ。確かにこういうお客さんも居るだろうし、『絡んでくる相手を上手く捌けるか』という実践か。それに応対する加賀の声音や表情の端々には、距離感とでもいうべき何かが含まれていた。普段の野獣と加賀のものではない。あの距離感は、店員と客だ。涼しい貌で野獣のたわごとを流した加賀は、ガムを手に取ってバーコードを読み取った。“ピッ”という音が鳴る代わりに、『デデン!!』という迫真のイントロが短く流れた。周りに居た艦娘達の何人かが吹き出した。加賀の背後で、鹿島が肩を震わせて俯く。

 

 完全な無表情になった加賀は、その殺人フェイスを野獣に向ける。野獣は加賀の方は見ようとせず、いつの間にか取り出していた携帯端末を手早く操作していた。あぁ。あれでレジの機能を弄ったのか。レジに表示されている金額もおかしい。ガム一個が14万3000円もするわけがない。「高過ぎィ!!」と、其処かしこで突っ込みの声が上がった。だが、加賀は冷静だった。『14万3000円が……1点」と。ちゃんと読み上げて会計を行う。続けて、違う商品バーコードを読み取った。

 

 次は、パン。『デデン!!』 

「14万3000円が、……2点」

 

 次は、コーヒー。『デデン!!』 

「14万3000円が、……3点」

 

 次は、おにぎり。『デデン!!』 

「14万3000円が、……4点」

 

 次は、ボールペン。『デデドン!!(絶望)』 

「チッ……(舌打ち)、14万3000円が、……5点」

 

 次は、メモ帳。『ひょろしくね!!(元気な鈴谷ボイス)』 

「んふっ……(軽い笑み)、……14万3000円が、……6点」

 

「ちょっと待って!! なんで急に私の音声が再生されたの!?」

 

 鈴谷が野獣と加賀の間に割り込むようにして言うが、これには渋い貌をした野獣が対処した。

 

「なんだなんだ~? 割り込んで来てんじゃねぇよお前よ~」

 

「いやいや、私もスタッフだから! 店員役だから!」 

 

「そう……(無関心)」 

 

 野獣は興味なさそうに言ってから、また携帯端末へと視線を落とした。再び店の機能に干渉しようとしているのだろう。

 

「あーーッ!! お客様!! 困ります困ります!! あーーーッ!! 困ります困ります!!!」

 

「うるせぇ店員だなぁ……(辟易)」

 

「レジの機能を遠隔で弄り回してくるお客さんとか居ないから!! 14万3000円均一のコンビニとか聞いた事ないよ!!」

 

「俺はまぁ、さすらいの天才ハッカーだから(変幻自在)」

 

「ボンデージマスター何処に行ったの!?」

 

「お前の、心の中だよ……(慈しむ眼差し)」

 

「居ないよ!! 来てないよ!! やめて!! そんなの人の心に住まわせようとしないでよ!!」

 

 野獣と鈴谷が言い合う間に、加賀がすべての商品のバーコードを読み取り終えた。商品は全部で10点。レジの金額表示画面に、1,430,000の冷たい表示がされると同時に、『加賀岬』が大音量で流れ出した。加賀は殺人フェイスのままで、野獣に向き直る。

 

「こちら、143万円になります(BGM:加賀岬)」

 

「143万!!? ぼったくりやろコレェ!?(予定調和)」

 

 野獣がイチャモンをつけようとするも、加賀は表情を崩さない。

 

「この店が、駅から近いという事もありますから(意味不明)」

 

「あっ、そっかぁ……(謎の納得)」

 

 一体、今の遣り取りの何処に143万円を払うに納得する要素があったのかは永遠の謎だが、取り合えず会計が終わりそうな気配に、鈴谷が疲れ切ったような溜息を吐き出して項垂れた。傍でレジでの攻防を見守っていた曙は、今も大音量で流れている『加賀岬』を聞きながら軽く同情してしまう。ボンデージ姿の野獣が財布を何処からともなく取り出し、カードをレジに置きながら、「今流れてる曲、……良い歌声してますよねぇ^~?」と、耳を澄ませるように静かに瞑目した。

 

「俺、この曲の名前知ってるんですよぉ^~? 『無期懲役岬』ですよね?」

 

 似合わない爽やかな貌で、野獣がにこやかに言った次の瞬間だった。バァン!!という音と共に、レジカウンターが浮き上がった。「『加賀岬』です」と静かに言葉に紡いだ加賀が、カウンターを蹴飛ばしたんだろう。加賀のすぐ傍、その後ろで監督をしていた鹿島が、「ひぃっ!?」と、悲鳴にも似た怯えた声を漏らして尻餅をついていた。周りに居た鈴谷や、翔鶴や瑞鶴など、他の艦娘達も肩をビクッと跳ねさせる。だが、野獣は怯むどころか突っかかっていく。

 

「オルルルルルァ!! レジカウンター蹴飛ばす接客なんかレッドカードに決まってんだルルォ!?(珍しく正論)」

 

「そうですね。以後、気を付けます」

 

 加賀は野獣の方を見ずに、はぁぁ~……と、鬱陶しそうに表情を歪めて言う。

 

「なんだお前その態度はよぉ? オオォン? 扱いてやらねぇといけねぇな?(いつもの)」

 

「上等です。正義は勝ちます」

 

 グングンとヴォルテージが上がっていく加賀と野獣を前に、監督役の鹿島は「はわわわ……」と、体をぷるぷると震わせている。曙と陽炎は再び顔を見合わせるが、なんとなくだが、二人して軽く笑った。周りの艦娘達も静観に徹している。皆、なるようにしかならないし、ちゃんとストッパー役が居ることも知っているからだろう。

 

「お前が正義だったら、俺はウルトラスーパーファイヤー正義だから(絶対王政)」

 

「そんな小学生みたいなノリで絡んでくるお客さんもレッドカードだよ(指摘)」

 

 野獣に冷静な言葉を掛けたのは時雨だ。野獣は「そうだよ(自制)」と、時雨に頷いているが、あれで反省しているつもりなのか。それにレジに歩み寄った赤城も、「まぁまぁ」と加賀を宥めてくれている。そうして、ヒートアップした野獣と加賀が落ちついたところで、鈴谷が声を掛ける。

 

「訓練の為にお客さんのバリエーションを増やそうっていう発想は理解出来るんだけど、斜め上過ぎるんだよね? もうちょっと普通に寄せれない?」

 

「おっ、そうだな(新たな見地)。……じゃあ、ちょっと着替えて来るゾ」

 

 野獣は肩を竦めて、面倒そうにコンビニと化した執務室から出て行った。

 

 そんな一連の遣り取りを微笑んで眺めていた少年提督も、きっとこんな風な感じに騒ぎは収束するだろうと予想していたに違いない。時雨が野獣のバカ騒ぎを止めて、そこに付き合う加賀を赤城がクールダウンさせて、最後に鈴谷が場の舵を取る。こういう流れになるのも、時雨や鈴谷、それに加賀、赤城たちの付き合いの長さや絆の深さによるものだろう。野獣が馬鹿な事ばかりしでかすのも、この四人を信頼してこそなのかもしれない。いや。それも考えすぎか。何も考えていない可能性もある。まぁ、別にいいか。そんなのは。

 

 曙はまた、ふと少年提督を見遣った。彼は、制服を着た周りの艦娘達から話しかけられており、囲まれていた。それでも彼は、皆の輪の中に溶け込んでいないようにも見える。同時に、何とか溶け込もうとしているようにも見えた。これは、完全に曙の個人的な主観であり、感想だ。それ以上でも以下でもない。穏やかな表情の彼は、周りの艦娘達と、この研修の意義や改善点、課題などの意見を聞きつつ、皆と一緒にこの研修に取り組んでいる。体験と意識の共有によって、艦娘達と同じ立場に立とうとしている。それは先ほどまで馬鹿なことをしていた野獣だって同じだったはずだ。それに、この研修の設備を揃える為に、協力してくれたであろう少女提督にしたってそうだ。こうした能動的な取り組みの結果が未来において、曙が思うよりもずっと大きな意味を持つことを、少年提督達は予想しているのだろうか。

 

「ねぇ、曙」

 

 声を掛けられて、じっと少年提督を見詰めていたことに気付く。慌てて視線を逸らしながら、「……なに」と、曙は素っ気なく陽炎に応えた。

 

「ん~? いや、曙はかわいいなぁと思って」

 

「うっさい」

 

「ねぇ、曙」

 

「だから何よ」

 

「今の私達ってさ。自分の事さえ、ろくすっぽ決められないわよね」

 

 不意に真面目になったその声に、曙は陽炎に向き直る。陽炎は、曙を見ていなかった。先ほどの曙と同じく、少年提督を見詰めていた。眩しそうに眼を細めている。

 

「そんな私達がさ、こうやって社会の中で生きていく道を耕そうって、けっこう凄い事じゃない?」

 

 そう言った陽炎の声音は、感謝と喜び、そして、緊張と不安が滲んでいた。曙は、どんな言葉を返すべきか分からなかった。だが、共感だけは出来た。だから、「……そうね」と、短く答えた。

 

 艦娘達の事を、人間の味方であり、また隣人であると考える者は増えてきている。感謝と共生を願うべき存在だという人々も増えてきている。艦娘という存在は、戦史の中で意味や形を変えて、世論の中の構造に変化を与えてきている。無論、艦娘達を兵器と見る者も居る。道具と見る者も居る。傀儡と見る者も居る。人間と非なる者と見る者も少なくない以上、艦娘達の社会への接触は少なからずの誤解や齟齬だって生むだろう。しかし、そういった摩擦を重ねながらの節制と献身、奉仕や学習の中でこそ、“艦娘”という種の立場にも、社会的、人間的な特徴が生まれていくのでは無いかとも思う。今はその最初の一歩を踏み出す為の、そんな準備期間のようなものだ。「いろいろと面倒くさそうだけどね」と。遠慮なく言う曙に、陽炎も可笑しそうに笑った。

 









今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

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