花盛りの鎮守府へようこそ   作:ココアライオン

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此処にしか無い景色 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘達が集まって楽しく食事をしようという場に、自分と言う人間は不要なのではないか。そもそも上官が居合わせてはリラックスもしにくいだろうし、此方に気を遣わせて窮屈な思いをさせてしまうのではないだろうか。提督という立場上、コミュニケーションも仕事の内なのかもしれない。だが、こういう場にまでしゃしゃり出る事は艦娘達の楽しい時間に水を差し、顰蹙を買うのでは無いか。

 

 この鎮守府のイベントに誘われる度にそんな事を考えたりするのだが、此処の艦娘達は提督が居ようが居まいが自然体だ。寧ろ、此方が気を遣えば遣うだけ、向こうから歩み寄って来るような艦娘ばかりなので、そういった心配は全て杞憂に終わっている。

 

 

 艦娘囀線で言っていた通り、焼肉会はちゃんと行われた。その会場は、鎮守府の食堂を改装し、“新たな設備と機能を作り出す”というレベルで用意された。ある種の“店舗”という規模であり、多くの艦娘達を一度に収容できる十分な広さと、食品を扱う清潔さを備えていた。テーブル席と座敷席の2種類があり、艦娘達が皆それぞれ、思い思いの席に腰掛けて盛り上がっている。

 

 食欲旺盛な駆逐艦娘達のテーブルでは、少年提督がトングで肉を焼き、その肉を艦娘達が奪い合う戦場と化していた。時折、「ぶっ殺すぞ!」などと怒号が混じる殺伐さの中に、それを可笑しそうに笑い合う和気藹々さが混在し、かなり特殊な空間を作り出していた。

 

 軽巡、重巡艦娘達のテーブルでは、椅子に座り直そうとした足柄がひっくり返って、酒の入った者の間で爆笑が起きている。また、速攻で酔っぱらって呂律の回っていない様子の那珂が大声で歌いだし、うるせぇとツッコまれていた。川内や神通が居ればもっと優しく止めてくれていたのだろうが、残念ながらこの鎮守府には居ない。最も酒を消費しているグループだけあってマジでうるさい。

 

 一方で、戦艦艦娘達のテーブルは酒よりも肉の消費量が尋常じゃない。うず高く積み上げられた皿が並んでいて、まるで大都会のビル群を模したミニチュアのようだ。ただ、巡洋艦達のように酒で勢いづいて大騒ぎしている訳では無いので、比較的静かだ。大和や長門達が、不気味なほどに神妙な面持ちで何かを話し込んでいるからかもしれない。傍から見たら黒魔術の儀式でもしているみたいだった。陸奥の声で「籤運」という単語が喧噪を縫って聞こえて来たので、この後のお楽しみとして予定されている“大本営ゲーム”について語っているようである。戦艦の彼女達も、彼女達なりにこの場の空気を楽しもうとしているのには違いない。

 

 

 テーブル席の一つに腰掛けた少女提督は、ウーロン茶を静かに飲みながら周りに視線を巡らせる。艦娘達の感情に満ちた声は、食欲をそそる匂いと肉の焼ける音と混ざり合い、瑞々しい活気となって溢れ、華やいでいる。そんな騒がしさと熱気の中を、多くの妖精さん達が忙しなく飛び回っていた。妖精たちはコックの姿をしていて、肉や野菜を盛った皿を抱えていたり、飲み物を載せた盆を運んでいる。艦娘達は、妖精達から皿や盆を受け取る度に笑顔で礼を言い、妖精達もニッコリとした笑顔を返している。少女提督も、自分の目許が緩むのを感じた。

 

 雪風が、陽炎や不知火と言った陽炎型の駆逐艦娘達と談笑している。大井と北上は、鹿島や香取と乾杯をしている。木曾は、近くに腰掛けている球磨と多摩に弄られながら、グラスを片手に天龍と肉を焼いていた。少女提督が召還した艦娘達も、誰かを排除しようとする空気の無いこの鎮守府に随分と馴染んでいた。この風景を描き出しているのは艦娘達一人ひとりが抱える日常と、そこに根付いて育まれてきた思いやりや優しさだ。あまりにも平凡な感想かもしれないが、とても暖かな光景だと思った。

 

 

「ホラホラホラホラ! お前も喰っとけよ喰っとけよ~(おかん先輩)」

 

 少女提督がぼんやりと周囲の様子を眺めていると、眼の前に座っていた野獣が、トングで焼けた肉を皿に盛って渡してくれた。

 

「ん、ありがと」

 

 礼を言いながら、素直に皿を受け取る。野獣と少女提督は、4人掛けのテーブル席に座っていた。少女提督の隣には瑞鳳が腰かけている。明るい性格の筈の彼女だが、何故かこの焼肉会が始まってから随分と静かだった。体調でも優れないのだろうか? 少女提督の今日の秘書艦は瑞鳳だった。その様子は一日を通して見ていたのだが、具合が悪いような素振りは全く無かった筈だ。少女提督は隣の瑞鳳の表情をチラリと窺う。艦娘達の談笑が周囲で弾ける中、背筋を伸ばして座る瑞鳳は何処か緊張した面持ちだ。テーブルの中心に設置された網の上で焼けていく肉や野菜を、瑞鳳はじっと見詰めている。

 

 野獣の隣には山風が行儀よく座っていた。山風はサラダを取り皿に盛り、美味しそうに咀嚼していた。山風は今日、野獣の秘書艦を務めていたようだ。この会場にも、野獣と一緒に入って来るのを見た。

 

「おい、山風ぇ! ちゃんと肉もくわえ入れろ~?(栄養バランス作戦)」

 

「あっ、う、ぅん」

 

「もしかしてお前、肉が嫌いなのか……(青春)」

 

「そ、そぅじゃないよ。野菜が、ぉ、美味しかったから」

 

「あっ、そっかぁ! 好き嫌いがないなんて、山風はお利口さんだね(パパ)」

 

「もぅ、子供扱い、しないで」

 

 山風は困ったように眉尻を下げているのに、口許には微笑みが浮かんでいる。その声音にも、子供扱いしないでと言いながらも、控えめに甘えようとする柔らかな響きが在った。野獣が山風に慕われているのは、見ていて分かった。

 

「おい、せっ、瑞鳳ァ! お前もして欲しいだろ?(先制)」

 

 トングをカチカチと鳴らしながら野獣が瑞鳳に向き直る。焼けた肉を取ってくれようとしているようだ。「えっ!?」と、瑞鳳が弾かれたように顔を上げて、焦ったような笑顔を浮かべた。

 

「あっ、ありがとうございます!」

 

 この場の熱の所為か。瑞鳳の頬や耳元が赤く見える。

 

「あのっ」

 

 瑞鳳が熱っぽい眼差しを野獣に向けた。

 

「ん?(素)」

 

「この後なんですけど、野獣提督は“大本営ゲーム”に参加されるんですよね?」

 

「当たり前だよなぁ(悲劇の足音)」

 

 鷹揚に頷いて見せる野獣から取り皿を受け取った瑞鳳は、自分を落ち着かせるように、切なくも細い息を吐いている。その可憐な横顔は、恋する乙女のように見えた。まさかと思う。気付けば、少女提督は瑞鳳を凝視していた。

 

「瑞鳳」

 

「えっ、どうしたんですか? そんな険しい顔で……」

 

「あのさ」

 

 自分でも驚くぐらい、少女提督の声音は深刻だった。いきなりのことに、野獣と山風が顔を見合わせているのが分かった。「は、はい……」と、瑞鳳が居住まいを正して此方に向き直ってくれる。彼女の真っ直ぐな瞳に見詰められると、言葉が上手く出てこなくなった。聞かない方がいいように思えた。

 

「……ごめん、なんでもない」

 

 少女提督はさっきまでの空気や自分の態度を拭うように、ひらひらと手を振ってウーロン茶を飲む。瑞鳳だけでなく、野獣や山風も怪訝とした表情を浮かべていたが、それには気付かないフリをした。居心地の悪さを誤魔化すようにして、適当に視線を泳がせる。

 

 

 さっきまで駆逐艦娘達の輪の中に居た少年提督が、戦艦達のグループ席に居た。アイオワの持つグラスへとビールを注いでいる。彼は幾つかテーブルを回っているのだろう。グラスを両手で持つアイオワは、初心そうにテレテレと口許を綻ばせている。彼女が居るのは8人掛けの大テーブルで、他には、サラトガ、ウォースパイト、アークロイヤル、リシュリュー、ビスマルク、グラーフが腰かけている。さらに、その隣の席には、イントレピッドやプリンツ、リットリオやローマなどの海外艦娘達が陣取っていた。なかなか壮観である。

 

 彼女達の大テーブルには様々な種類の酒が用意されており、サラトガ、ビスマルク、グラーフ達にビールを注いだ少年提督は、ウォースパイトとアークロイヤルにはワインを、リシュリューにはシャンパンを注いでいた。既に酒が入っている為かもしれないが、彼女達が少年提督へと向ける視線がやけに鋭く迫真に見えるのは、少女提督の気のせいでは無いと思う。会場の空気が温まり切っているのを感じた。

 

 

「おーし、そんじゃそろそろ、“大本営ゲーム”始めますか~?(訪れる嵐)」

 

 タイミングを計っていたのだろう野獣が、おもむろに席を立つ。寂しそうな表情を浮かべた山風の頭を乱暴に撫でながら、野獣は会場を見渡した。「了解でーす!」「は~い、用意しますね~!」と、明石と夕張も席を立つ。他の艦娘達もそれに続いて席を立ち、テキパキとした動きでテーブルを移動させ始める。何人かの艦娘が柔軟体操をしたり、フットワークを踏んだりしていた。会場のボルテージがさらに上がっていく。

 

 少女提督の隣に座っていた瑞鳳は、ちらりと野獣を見てから少女提督に耳打ちしてきた。

 

「提督は、参加されないんですか?」

 

「うん。見てるだけにしとくよ」

 

「彼と仲良くなるチャンスなのに……」

 

 瑞鳳は、少し離れたところに居る少年提督を見遣った。少女提督もその視線の先を追う。彼は酔った様子のイントレピッドに肩を組まれて、困ったような微笑みを浮かべていた。「そんなの、別にいいわよ」と、少女提督は肩を竦める。

 

「あんたこそ、まぁ、何て言うか……、健闘を祈るわ」

 

「はい!」

 

 はにかむ様な可愛らしい笑顔を浮かべた瑞鳳は、またチラリと野獣を見てから席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 提督用の籤箱。

 艦娘用の籤箱。

 大本営の命令箱。

 ペナルティ用の籤箱。

 

 今回の“大本営ゲーム”に用意されたものは、この4つだった。普通の王様ゲームでは、男同士がキスしたり抱き合ったりする事態が起こるのだが、“提督用の籤箱”、“艦娘用の籤箱”という形で、男女が引く籤を分けてあるので、その心配も無い。

 

 

 ゲームの流れとしては、まずは艦娘達でジャンケンを行い、最後まで負け残った者が『大本営』役となる。そして、『大本営』役となった艦娘は、“大本営の命令籤箱”から命令籤を引く。

 

 “提督用の籤箱”には、赤色の籤棒と青の籤棒が入っている。少年提督と野獣が、これを引く。もしも少女提督が参加していた場合は、此処に黄色の籤棒が混ぜる予定だったらしい。続いて艦娘達が、“艦娘用の籤箱”から其々に番号のついた籤棒を引く。

 

 最後に、

 

 “大本営の命令籤の内容”、

 “提督が引いた籤の色”、

 “艦娘達が引いた籤の番号”を一斉に開示する。

 

 これを艦種のグループごとに2回ずつ行い、次のグループへとローテーションしていく。、

 

 

 大本営の命令籤は、

 

『“●色籤の提督”と、“▲番の艦娘”は、●●●せよ』

『“●色籤の提督”は、“▲番の艦娘”に、●●●せよ』

『“▲番の艦娘”は、“●色籤の提督”に●●●出来る』

 

 という風に、提督側が引いた籤の色と、艦娘が引いた籤の番号を指定する形式である。これは野獣が他の鎮守府から聞いたというローカルルールを採用している。予め命令の内容を決めているのは、その場の勢いに任せた過激な命令が出る事を防ぐためとの事だった。

 

 今回は参加する艦娘達も多いので、

 

『“●色籤の提督”と、“▲番、■番の艦娘”は、●●●せよ』

『“●色籤の提督”は、“▲番、■番の艦娘”に、●●●せよ』

『“▲番、■番の艦娘”は、“●色籤の提督”に●●●出来る』

 

 と言った風に、複数の艦娘を対象に取る内容の籤も用意しているそうだ。新たなローカルルールの追加として、命令籤の内容をパスするには、何らかの罰が課されるようになった。その内容は“ペナルティ用の籤箱”で決める。

 

 

 

 

 今回の“大本営ゲーム”は艦種別で行うので、同じ艦種の艦娘達がテーブルを集めて陣を作り、今か今かとスタンバイしている。食堂を改装したこの広い空間に、先程までとは種類の違う熱気が満ちはじめている。

 

 

 今回の“大本営ゲーム”に不参加である艦娘は、鳳翔、間宮、あきつ丸の3人だった。少女提督はこの3人と共に、艦種別のグループ席からは少しは離れた席で見学することになった。鳳翔と間宮は、皆を見守るような表情を浮かべながらも、興味深そうにゲームの進行を注視している。一方、あきつ丸はニヤニヤ笑いを顔に張り付け、足を組んで肘を椅子に乗せている。この意地悪そうな艦娘が、少女提督を横目で見た。

 

「参加されないので?」

 

「えぇ。アンタも?」

 

 あきつ丸はニヤニヤ笑いを深めた。

 

「自分は、他人が騒いでいるのを傍観するのが好きなのであります」

 

「……何かそれ、趣味悪くない?」

 

「そうかもしれませんなぁ」

 

 喉を鳴らすようにして笑って、あきつ丸は会場へと視線を戻した。その横顔を見て気付く。あきつ丸は全く酔っている様子が無い。酒を飲んでいないのだ。手にしているグラスには、オレンジジュースが揺れている。

 

「お酒、飲まないのね」

 

「ん? あぁ、これでありますか?」

 

 あきつ丸は手の中にあるコップを一瞥してから、「自分は出来損ないでありますからなぁ」と、また横目で視線を返して来た。

 

「普通の艦娘なら、どれだけヘベレケでも“抜錨”すれば一気に酔いも醒めるのでしょうが、自分はなかなか酒が抜けないのでありますよ。だから、あまり飲酒はしないようにしているのであります」

 

「……ふーん。でも、いい心掛けね」

 

 少女提督は、あきつ丸とオレンジジュースを見比べる。出来損ない。その言葉は、やけに耳に残った。

 

「自分は、真面目で実直ですから」

 

 冗談めかして言うあきつ丸が、唇の端を吊り上げるような笑みを浮かべて見せた時だ。

 

 

 

 

 

『大本営、だぁぁーーーーーーれだッッッ!!!』

 

 会場全体を震わせるような迫真の掛け声と共に、戦艦達グループの間でジャンケンが始まった。彼女達の気合いの入り方は半端では無かった。この大本営ゲームで最も美味しくないポジションは、命令籤を引くだけの『大本営』役である。つまり、このジャンケンで負けるという事は、艦娘としてのゲーム参加を一回休みにされるという事を意味する。少年提督とのスキンシップを強く望んでいるのであろう彼女達にとっては、今だけは全員が敵なのだ。この最初のジャンケンは初手で勝負が着いた。

 

 陸奥がパーを出して、他の全員がチョキを出していたのだ。

 

「ア゜↑~~~……ッ!!(悲鳴)」 

 

 余りにも速攻な決着に、陸奥がその場に崩れ落ちた。

 

 それを尻目に、他の戦艦達は籤箱から籤を引いていく。誰も陸奥を慰めようとしない。彼女達にとって、これは遊びではないようだ。余興とは思えぬほどにピリピリとした空気の中、戦艦達が籤を引き終わった。少年提督と野獣も、色籤を引き終わる。辛そうな顔をした陸奥が、大本営と掻かれた箱から命令籤を引いて準備が整う。

 

 大本営からの“命令”は、

『▲番の艦娘は、赤色籤の提督とハグせよ』という内容だった。

 

 戦艦達が色めき立つ。どよめく会場。

 

「赤色籤は俺だゾ☆(ビューティー先輩)」 

 

 戦艦達にウィンクする野獣。

 

「チキショーメェェェェェエエエエエエ!!!!(閣下絶叫)」

 

 全身を震わせて天井を仰いだのは、半泣きのビスマルク。

 

「嘘だよ(お茶目先輩)」

 

 唇の端を持ち上げ、肩を竦めるように小さく笑った野獣は、青色の棒籤をヒラヒラと振って見せた。

 

「えぇと、赤色籤は僕なんですけど……」

 

 少年提督が、床に蹲ろうとするビスマルクに声を掛けた。確かに、苦笑を浮かべた少年提督の手には、赤色をした棒籤が握られていた。「む゛ぅ゛ぅ゛う゛ん……(女泣)!!!」ビスマルクが勢いよく立ち上がり、両手を振り挙げて渾身のガッツポーズを作る。少年提督はそんなビスマルクを見上げながら、照れ笑うようにはにかんだ。

 

「やっぱり、ちょっと緊張しちゃいますね」

 

 少年提督の声音は少し恥ずかしそうなものの、性的な何かを期待する熱量が全く無かった。その代わり、ビスマルクを家族として信頼しているが故の、敬意と無防備さを伺わせた。余りにも自然体な少年提督は、ビスマルクを決して拒まない。それに対してビスマルクは、深呼吸をしつこく繰り返し、懸命に呼吸を整えようとしていた。

 

 そんなビスマルクに向けて、大和や長門達が「力む必要は無い。いつも通りで良いぞ」などと声を掛けている。ビスマルクは軽くフットワークを踏みつつ、彼女達に頷きを返している。まるで試合を前にしたボクサーと、それを支えるセコンドみたいな空気だった。少年提督とビスマルクは、これから本当に何らかの方法で戦うのだろうか。傍観している少女提督にそんな錯覚を与えるほど、彼女達が醸し出す笑えない緊張感は周囲に伝播していく。

 

 少年提督がビスマルクに向き直り、両腕を広げて見せた。

 

「背が低くて申し訳ないのですが、こんな感じで良いでしょうか?」

 

 温度の籠らない、澄んだ声音だった。少年提督は微笑みを深める。他の戦艦達に背中を叩かれたビスマルクは、「腕がにゃるわね!(噛み噛み)」と、謎の気合いを入れて少年提督の前へと歩み出る。そして、少年提督と目線を微妙に合わせないまま、ぎこちない動きで片膝立になった。数秒の間、会場が静まり返る。何処かでゴングが鳴ったような気がした。

 

 緊張の一瞬だった。

 

 二人は静かにハグをする。それは確かに、男女が情熱に身を任せて行うそれでは無く、親しい者同士が挨拶をする程度のものだった。その筈なのだが、「アーイキソ……(万感)」と、艶っぽい吐息に乗せて、少年提督の肩に顎を乗せたビスマルクが呟くのが聞こえた。

 

 大きく息を吸い込んだビスマルクが、「ね、ねぇ、提督?」と、ハグをしたままで少年提督に掠れた声を掛ける。

 

「何だか、す、凄く良い香りがするんだけど……、香水か何か付けてるの?」

 

 ビスマルクに訊かれ、少年提督が小さく頷いた。「ほぅ、どれどれ」と、凛々しい表情のままのガングートが、しれっと少年提督に近づこうとしていたが、「いや、乱入するのは不味いでしょ……」、「気持ちはわかるけど、落ち着きましょう」と、ローマとリットリオに止められていた。

 

「前に、リシュリューさんから香水を頂いたんです。それを少しずつ、大切に使わせて頂いているんです」

 

「そ、そう……(興奮)」 

 

 ビスマルクが深呼吸を繰り返しながら、リシュリューの方へと何度も頷いて見せていた。仲間のファインプレーを讃える眼差しだった。リシュリューの方は羨ましそうに爪を噛んでいる。その間にも、少年提督の吐息がビスマルクの耳朶や首筋を擽っていたのかもしれない。ビスマルクは体を細かく震わせつつ「ハーイッタ……(賢者)」と満足そうな溜息を漏らして、ハグを解いた。立ち上がろうとするビスマルクの表情は慈しみに満ちていて、その脚はカクカクと微かに震えている。ちょっとエッチな感じだった。

 

「すみません。お疲れ様です」

 

 相変わらず落ち着いたままの少年提督が、ビスマルクに微笑んだ。

 

「ありがとう。これでまた戦えるわ……(意味不明)」

 

 頬を染めたビスマルクも、少年提督に礼を述べてから戦艦達の元へ。そして、すぐに2回目のゲームが始まる。

 

 

 

 

『大本営、だぁぁーーーーーーれだッッッ!!!』

 

 さっきまでビスマルクを羨ましそうな眼で見ていた大和や長門達の、次こそは自分が!という意思に込められた熱量が、空気を爆発させるかのような掛け声に変わる。

 

「あぁ……、そんな……」

 

 ジャンケンに負けたのは、無念そうに項垂れるウォースパイトだった。陸奥が泣きながら、扶桑や山城と抱き合っている。空母のグループ席からは大鳳が拍手を送っていた。異様なテンションの中、籤引きが行われる。

 

 大本営からの“命令”は、『“青色籤の提督”は、“▲番、■番の艦娘”に、“あ~ん”で何かを食べさせろ』というものだった。

 

 ▲番の籤を引いていたのは、金剛。

 ■番の籤を引いていたのは、アイオワ。

 

 金剛とアイオワは、真剣な表情で互いの顔を見合わせてから、少年提督と野獣を見た。青色籤を引いていたのは、「あ、僕みたいですね」と、微笑んだ少年提督だった。金剛とアイオワは本気の歓声を上げ、二人はその幸運を分かち合うべく、比叡や榛名、霧島たちとハイタッチをしている。金剛姉妹とアイオワは、もうすっかりと打ち解けている様子だ。

 

 

「丁度デザート用のアイスも在るし、それで良いんじゃない?(最適解)」

 

 野獣が傍に居た妖精達に何かを伝える。すぐに一人の妖精が、小さなカップに作られたバニラアイスを持って来てくれた。それを受け取った少年提督の前に、金剛とアイオワが椅子を並べて座った。二人はウキウキとした様子で、食べさせて貰う順番を決める為にジャンケンを始める。その間に、少年提督はカップアイスをスプーンから掬う。

 

「そ、それじゃテートク、お願いしマース!」

 

 ジャンケンには金剛が勝ったようだ。椅子に座った姿勢のままで金剛は、ゆっくりと目を閉じながら唇を舐めて、「あーン……」と口を開けて見せる。隣に座っているアイオワが僅かに赤面するほど、何とも煽情的で艶美な仕種だった。少年提督の方は金剛の色香に全く反応することなく、穏やかな表情のままでスプーンを構えている。「それでは」と。スプーンに乗せられたアイスを、少年提督が優しい手つきで金剛の口へと運ぼうとした時だった。

 

「あっ、そうだ! こっちも美味いゾ!(カットイン)」

 

 少年提督の傍に居た野獣が、絶対に反応出来ないタイミングで、アイスよりも先に金剛の色っぽい唇に何かを近づけていた。いつの間に。少女提督は我が目を疑う。野獣が箸で持っていたのは、湯気を纏ったホカホカのおでん大根だった。

 

「アツゥイ!!!? アッツ!!?!?」

 

 口を押えた金剛は反射的に体を引いて、その勢いで椅子ごと後ろにひっくり返った。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 慌てた様子のアイオワが金剛を助け起こす。いきなりの事に、少年提督も困惑した様子で、この状況に着いていけずに立ち尽くしている。体を起こした金剛は椅子を直しながら、アツアツ大根を箸で持っている野獣の笑顔を凝視していた。会場の其処彼処から野獣に冷たい視線が注がれている。状況を把握したのであろう金剛は小さく息を吐いて椅子に座り直し、見る者の背筋を凍らせるような笑顔で野獣を見た。

 

「次にやったら本当に殺すヨ?」

 

 金剛の声は本気だった。

 

「まま、そう怒んないでよ!(反省の色無し)」

 

 ただ、野獣は全く悪びれた様子も見せずに肩を竦める。そのついでに、手にした小皿で大根を一口大に箸で割ってから「じゃあ、コレ」と少年提督へと向けた。野獣が少年提督に“あーん”をする態勢になる。

 

 少年提督は一瞬、どうするか迷ったようだが、大人しく差し出された大根を口に含んだ。全く熱がる様子を見せなかった彼は、「美味しいです」と笑顔を浮かべる。少女提督はその事に少し驚いた。だが、艦娘達の方は違うところに驚いたというか、意識を向けていたようだ。駆逐艦娘の誰かが、「間接キス……」と漏らすのが聞こえた。金剛がちょっと驚いたような顔のままで激しく赤面し、少年提督を見詰めている。アイオワが俯いてモジモジしていた。

 

 その後、少年提督に“あーん”をして貰った金剛は、赤い顔のままでアイスを咀嚼し、何も反応を返すでもなく黙りこんで俯いていた。ソワソワしまくっているアイオワも、野獣の動きに露骨に警戒しつつも、少年提督に“あーん”をして貰い、激しく照れながらも彼に礼を述べている。

 

 

 

 これで戦艦達のグループで2回のゲームを行ったので、少年提督と野獣は次の艦娘達のグループへと移る。次は空母達のグループだった。ジャンケンをするために輪になった空母達も、戦艦達に負けず劣らずの気合いの入り方だった。眼を据わらせた加賀が何らかのオーラを纏っているのが見えるし、サラトガとイントレピッドがコキコキと首を鳴らし、グラーフが腕のストレッチをはじめ、龍驤がそんな加賀達を「キミら、えらい本気やな……」と、若干引き気味の視線を向けて、赤城が優しそうな苦笑を浮かべている。

 

 飛龍と蒼龍は、「大丈夫大丈夫、ゲームだから平気平気!」と、オロオロとしているガンビア・ベイをフォローしていた。大鳳と翔鶴は、凛然とした面持ちで瞑目している。深呼吸をしている瑞鳳の隣で、瑞鶴は微妙に気乗りしない様子である。まず、一回目のジャンケンでは、「あら、残念ですね」と肩を竦めた赤城が大本営役となった。

 

 赤城が引いた大本営籤の“命令”は、『“赤色籤の提督”は、“▲番、■番の艦娘”に、術式フェイスマッサージをしろ』というものだった。

 

 ▲番の籤を引いていたのは、ガンビア・ベイ。

 ■番の籤を引いていたのは、アークロイヤル。

 

 二人は顔を見合わせてから、ゆっくりと少年提督と野獣の方を見遣った。ガンビア・ベイは既に怯えたような半泣きだったし、アークロイヤルは出撃前みたいな顔だった。穏やかな表情を浮かべた少年提督が、青色籤を持っている。ガンビア・ベイが悲鳴を上げて、アークロイヤルが顔を伏せて呻く。赤色籤を持つ野獣が、「よし! じゃあ、ぶち込んでやるぜ!!(アツアツおでん装備)」と、凄い笑顔を浮かべた。

 

 ガンビア・ベイは逃げ出そうとしたようだが、「あっ、おい待てぃ!(江戸っ子)」と、音も無く一瞬で距離を詰めて来た野獣に呆気なく捕まった。次の瞬間には、ガンビア・ベイは椅子に座る姿勢で手足をロープで縛り付けられていた。おまけに目隠しまでされて、口にはボール型の轡まで噛まされていた。少女提督には野獣の動きが全く見えなかった。それは一瞬の早業で、シュパパパパパって感じだった。視界と口まで塞がれ、何が起こったのかも全く分かっていない様子のガンビア・ベイは、「ぅんんっ!? んむっ!? んむむぅー!?」と、くぐもった声を漏らして激しく狼狽している。

 

 ずば抜けた近接戦闘技術を無駄遣いする野獣に対して、険しい表情のアークロイヤルは抵抗しなかった。陸の上、しかも、この至近距離では太刀打ち出来ないと判断したのだろう。冷静だ。途轍もなく苦そうな表情を浮かべたアークロイヤルは、チラリとペナルティー用の籤箱を横目で見た。パスを選ぶかどうかを迷っているに違いない。ただ、態々あんな籤箱を用意して来ているところから見ても、パスする事によって受けるペナルティーも、また過酷である事は予測出来る。得体の知れない籤を引かされるのならば、フェイスマッサージを受けた方がマシだと判断したようだ。アークロイヤルは残酷な処刑を受け容れる罪人のように、ガンビア・ベイと並び、大人しく椅子に座った。それを見た野獣は、力強く一つ頷く。

 

「はい、じゃあケツ出せぇ!!(誤った指図)」

 

 野獣の声に、ガンビア・ベイが「んむぅ!!?」と呻いて、ビクー―ッ!!と肩を震わせた。「何故だ!? 命令はフェイスマッサージだろうが!!!」と叫んだアークロイヤルも、自分の下半身を守るような姿勢で立ち上がった。

 

「はわわ〜、ごめんごめん☆(常習犯の謝罪)」

 

 野獣は、ムカつくぐらいワザとらしい爽やかな笑顔を浮かべる。空母達が白けたような顔で野獣を見ていた。若干の冷え込みを見せる会場内の其処彼処で、「術式フェイスマッサージって、何?」みたいな事を話し合う、ヒソヒソ声が沸いた。野獣は会場を見回してから、空母達に視線を戻して肩を竦めた。

 

「俺達が独自に考案したマッサージ法だゾ。痛いとかそんな事は全然無いから、ヘーキヘーキ(怪しいほどに明るい声)」

 

 胡散臭い笑顔を浮かべる野獣は、アツアツおでんを入れた小鉢を妖精に渡してから、傍に居た少年提督に「なぁ?」と視線を向ける。少年提督は野獣に頷き、艦娘達を順に見た。

 

「艦娘の皆さんのストレスケアの為に、他所の鎮守府が発案したものを、僕達なりに手を加えたものになります。折角なので、ゲーム内に持ち込んでみたのです」

 

 少年提督は艦娘達に説明しながら、両手の掌の上に蒼色の術陣を灯した。そして何かを唱えながら、椅子に座るガンビア・ベイとアークロイヤルの背後まで移動する。すると、二人が座る椅子を囲うように、足元に術陣が浮かび上がる。澄み切った蒼い微光が優しく明滅し、ガンビア・ベイとアークロイヤルを包むようにして淡い揺らぎが立ち上った。

 

 「これは……」と、アークロイヤルは心地よさそうに吐息を漏らし、目を細めた。椅子にくくり付けられているガンビア・ベイの方も、少年提督の声を聞いて落ち着いたのか。「んふぅーーー……」と、ゆっくりと鼻から息を吐き出していた。

 

 

「まずはコイツの治癒術を応用して、血の巡りを良くしとこっか、じゃあ(ふわっとした説明)」

 

 ニヤニヤと笑う野獣は、適当な事を言っているに違いない。だが、少年提督が行使する術式の効果は間違いなく高いので、野獣の言葉のどこまでを否定すればいいのか判断が難しい。艦娘達が渋い顔で野獣と少年提督を見比べる。少女提督も、自分も同じような表情だろうという自覚があった。あきつ丸が喉を鳴らして笑うのが聞こえた。野獣は、治癒術陣の中でリラックスしているアークロイヤルに近づく。陶然とした様子で少年提督に身を任せるアークロイヤルは、もう完全に油断していた。

 

「新陳代謝を活発にするために、あとは顔のツボや表情筋に刺激を与えましょうね~☆」

 

 意識を向ける間も無かった筈だ。野獣の両腕がブレて、消えたように見えた。次の瞬間には、アークロイヤルも手足をロープで拘束され、椅子に縛り付けられていた。ご丁寧に目隠しまでされている。ガンビア・ベイと同じように、胴体も背負凭れに括りつけられている為、あれでは立ち上がる事も移動するのも難しいだろう。

 

「なぁっ!!? し、しまった!?」

 

 アークロイヤルはもがくが、拘束するロープはビクともしない。ガタガタと椅子が揺れるだけだ。ガンビア・ベイの時もそうだったが、あのロープや轡は一体どこから……。そんな疑問を抱く余裕や時間も与えず、ゲームは進行していく。

 

「じゃあ今から、お前らに刺激を与える……、はい返事ぃ!」

 

 野獣の声に、ガンビア・ベイは首をブンブンと横に振りながら、「んむー!! むーー!!」と、ガタガタと体を震わせた。アークロイヤルも、「くそっ、せめて拘束を外せ!」と悪態をつく。

 

「はい。では、治癒・活性化の術式に重ねて、感覚を鋭敏化する術式も展開していきますね」

 

 野獣に返事を返したのは、少年提督だけだった。少年提督は新たに何らかの文言を唱え、それに呼応するように、ガンビア・ベイとアークロイヤルの足元に象られた術陣の形が複雑になっていく。

 

 淡いピンク色の術光が漏れるのを見て、「感覚鋭敏化かぁ……」「またこれか壊れるな……」と、深刻そうに呟く声が聞こえた。駆逐艦のグループと、巡洋艦のグループの方からだ。声の主は、事の成り行きを見守っていた陽炎と那智だった。艦娘の多くが、重たい声を漏らした二人の方を見てから、アークロイヤルとガンビア・ベイへと視線を戻すのが分かった。

 

 少女提督も、感覚鋭敏化という単語に嫌な予感はしていた。その予感は当たっていた。ガンビア・ベイがピクンピクンと体を波打たせているし、ビクンと体を震わせたアークロイヤルが頬を赤く染め、熱っぽい息を吐き出していた。その間に、野獣の元へと妖精が何かを持って来た。空母達がぎょっとした顔になる。

 

「あの……、それは……」と、代表して赤城が野獣に問う。

 

「えっ、フェイスローラーでしょ?(すっとぼけ)」

 

「いや、どう見ても棒コンニャクやんけ……」

 

 困惑した様子の龍驤が、思わずと言った感じで小声でツッコんでいた。だが、野獣も少年提督も、そんな事はお構いなしだ。野獣は太い棒コンニャクを両手に持ち、真剣な表情を作ってから、ガンビア・ベイとアークロイヤルの間に立つ。

 

「ぐっ、ちょ、ちょっと待ってくれ野獣、身体が……!」

 

 アークロイヤルが呼吸を整えながら言うが、野獣はそれを遮る。

 

「ホラホラホラホラ(連撃カットイン)」

 

 野獣は手に持った棒こんにゃくで、ペチペチペチペチペチペチと、二人の頬をリズミカルに叩き出した。

 

「ぐわぁあああッッ!!?」 

「んむむぅぅーーッッ!!?」

(二人とも迫真)

 

 感覚を鋭くされているからだろう。ビクビクと体を震わせたアークロイヤルとガンビア・ベイが悲鳴を上げる。

 

「な、なんだっ!? 頬だけで、こんなっ……!!」

「ふむむぅぅーーッッ!!」

 

 棒コンニャクの水っぽい音が何とも言えず卑猥な感じで、多くの艦娘達が赤面していた。少女提督も顔が熱かった。陽炎が気の毒そうな顔をしているのに気づいた。那智も同情するような表情だった。大鳳だけが、何処か羨ましそうな顔をしていた。

 

「どうだ? キモティカ=キモティーダロ?(古代遺跡)」

 

 野獣の声音は優しいのに、その所為で行為のゲスっぽさが余計に際立っていた。

 

「くそ、何故だ……ッ!! こんな屈辱的なのにッ……!! 」

 

 顔を真っ赤にしながら、アークロイヤルは悔しそうに唇を噛んで、必死に何かを堪えようとしていた。その頬を、棒コンニャクが無情にもペチペチと叩いている。このフェイスマッサージの名を借りた何かは、アークロイヤルとガンビア・ベイの二人が、ぐったりするまで行われた。

 

 

 

 

 空母組での一回目のゲームが終わり、アークロイヤルとガンビア・ベイの二人は、消耗しつくした様子で椅子に座り込んでいた。ただ、二人とも顔色は良いし、心なしか顔の肌ツヤも良くなっているように見えた。これは野獣の適当なマッサージの効果などでは無く、少年提督の術式による効果なのだろう。

 

「お疲れ様でした」と、にこやかに言う少年提督に、アークロイヤルは気まずそうに「あ、あぁ……」と答えて、ガンビア・ベイはペコリと頭を下げている。二人とも、純粋な少年提督の眼を見れずにいる。そこへ、妖精たちが何かを持ってきた。野菜や海藻と一緒に盛りつけられた、瑞々しく色鮮やかなコンニャクサラダだった。このコンニャクは、さっきまで二人の頬をペチペチとしていたものに違いなかった。二人は微妙な表情で顔を見合わせていたが、途中で笑い出す。

 

「お互い、籤運が悪かったな」

 

 アークロイヤルが疲れたように言うと、ガンビア・ベイは眉をハの字にした笑みを浮かべて、可愛らしく頷いていた。他の空母達からも、「大丈夫だった?」と心配そうに声を掛けられているが、その度にガンビア・ベイは両手を小さく振って、自分は平気であることをアピールしていた。その様子を見ていた少女提督は、妖精達に何かを伝えている野獣を一瞥してから、鼻から息を吐く。

 

 無茶苦茶な事をする男だが、その荒唐無稽な振る舞いは、他者の気負いや緊張を不思議と崩す。今のガンビア・ベイにしたってそうだ。このゲームが始まる前の彼女は、周りを見てオロオロとしていた筈だが、そんな雰囲気がもう消えている。控えめながらも明るい笑みを浮かべるガンビア・ベイは、この焼肉会が始まった時よりも、この場に馴染んでいるように見えた。

 

 

 

 

 

「ベイ殿の肩から、余計な力が抜けた様で良かったであります」

 

 視線から考えている事を読まれたようだ。ニヒルな表情を浮かべたあきつ丸が、少女提督の方を見ずに言う。

 

「野獣って、ああいう空気つくるの上手いわよね」

 

「えぇ。我らが提督殿には出来ないことでありますよ」

 

「いいコンビじゃない」

 

「……そうでありますな」

 

 あきつ丸の言葉には、妙な間が在った。少女提督が横目であきつ丸を見ようとしたら、鳳翔が湯呑を渡してくれた。この会場の騒ぎを見守りながら、茶を淹れてくれていたようだ。良い香りがする。ついでに、間宮も羊羹を用意してくれていた。至れり尽くせりである。ゲームには参加していないものの、このテーブルを支配する幸福度は非常に高い。

 

「頂くであります」

 

 あきつ丸も、鳳翔と間宮から茶と羊羹を受け取っている。礼を述べ、小さく頭を下げていた。少女提督は結局何も言わず、何事も無かったかのように鳳翔が淹れてくれた茶を啜る。そうこうしている内に、空母組での2回目のゲームが始まろうとしていた。

 

 

 













“召還”という表現についての貴重な御指摘を頂き、本当にありがとうございます。

もともと、作品内の“召還”という表現は、私の推敲不足による誤字でありました……。前作で読者の皆様に御迷惑をお掛けしてしまったのですが、とても有り難いことに

「誤字かもしれないけれど、海から艦娘達を呼び戻す“召還”の方が作風に合っているかもしれない」

と、大変暖かなフォローと御言葉を、読者様から頂いた事がありました。

これを機に、作品内では前作から

提督が艦娘を召還する
艦娘が艤装を召還する

といったように、海に眠る艦船達の魂を現世に呼び戻しているというニュアンスで、“召還”という言葉を使わせて頂いています。この作品内での“召還”という表現は完全に私のミスでしたが、読者の皆様から特別な意味を与えて頂けたのだと考えております。あらすじでも、“召喚”と“召還”について触れさせて頂いたつもりなのですが、描写が不十分になってしまったのは私の力不足によるものです。読者の皆様には御迷惑をお掛けしてばかりで、本当に申し訳ありません……。

もとは誤字であった“召還”という表現ですが、作品内の世界観に馴染ませつつ、物語の中で何らかの深い役目を持たせる事が出来ればと思います。頭の悪そうな話が続くかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けるような内容を目指し、読み易い文章を心掛けて参ります。

長い期間、更新出来ずにいましたが、こうして貴重で丁寧な御指摘を頂けること、そして暖かな御言葉を寄せて頂ける事に大変感謝しております。誤字も多く、頭の悪そうな話が続くかもしれませんが、またお暇つぶし程度にお付き合い頂ければ幸いです。

これから雨も多く蒸し暑い時期になって来ますが、皆様も事故や体調などには十分にお気をつけ下さいませ。今回も最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。



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