花盛りの鎮守府へようこそ   作:ココアライオン

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月光の下 前篇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深海棲艦の研究施設から、少年提督や野獣達の居る鎮守府までの道路を、野分は抜錨状態で駆けていた。暗い空に雲が流れている。その隙間から、月が此方を見下ろしていた。不気味な程に澄んだ月明りが、野分達の頭上から漫然と降り注いでいる。それは、今の鎮守府を取り巻く様々な状況を俯瞰している“何らかの存在”と、此方に向けられている温度の無い冷酷な視線を思わせた。また、この事件の黒幕達と、その黒幕達によって利益を得る者達が居ることが確かなように、月も揺るがず、ただ其処に在り続けている。その“視線”を、振り払う事も引き剥がす事も出来ないままで、野分は駆ける。

 

「人間とは恐ろしいものだな。私達などよりも、遥かに戦闘に適した種族に思える」

 

 隣から低い声を掛けて来たのは、野分と並走している南方棲鬼だ。息切れ一つしていない彼女も野分と同じく、人間を遥かに凌ぐ運動能力を発揮しつつ、頭の中で冷静に状況を確認している様子だった。

 

「えぇ。……私も、そう思う時があります」

 

 野分は答えながら、南方棲鬼を横目で見た。彼女は此方を見ていなかった。目の前に広がった道路の暗がりを見据えている。野分の懐から電子音が響く。少女提督からの通信だった。野分達の携帯端末は生きていて、今夜の通話記録や情報の遣り取りは、“初老の男”の影響力の下で、すぐに抹消されるとの事だった。だから遠慮は要らない。この夜、この場で起きている事は全て虚構であり、大いなる嘘なのだ。野分は駆けながら携帯端末を取り出して通話に出る。

 

『こっちで2台トレーラーを抑えたわ。そっちはどう?』

 

 少女提督の話す声の背後で、ヲ級と港湾棲姫の遣り取りが微かに聞こえた。野分達は現在、彼女達の優秀な艦載機によって、広い周囲の状況を把握しながら動いている。野分は、少女提督と別れて行動する事に躊躇いが在ったが、これは少女提督の指示だった。少女提督がヲ級と港湾棲姫から状況を聞き、それを携帯端末で野分に伝える事によって此方の行動精度と確度を上げ、術式結界を発生させるトレーラーを出来る限り素早く抑える為だ。

 

 人質となっている艦娘達を奪還する際にも、大量の艦載機を操ることが出来るヲ級と港湾棲姫は大きく活躍してくれた。彼女達が使役する艦載機達は、広範囲を迅速に策敵し、襲撃者達には大きな混乱と動揺を呼んでくれたのだ。そして、鎮守府と施設の職員達が全員、もう安全なところまで避難しているのも確認してくれている。深海棲艦である彼女達は、海で出会えば恐ろしい相手だが、こうして協力関係にある今、野分は彼女達を頼もしく、そして心強く思う。

 

「はい。此方でもトレーラーを2台、沈黙させました。荷台の中身は、何らかの大掛かりな機材が備え付けられていました。やはり、あれは」

 

『えぇ、結界術式の発生装置よ。しかも、思ってたよりも厄介なヤツだわ。艦娘を無力化するだけじゃなくて、鎮守府の機能も縛ってるみたい』

 

「それは、つまり……」

 

『そう。妖精達まで無力させられてるのよ。“改修”とか“開発”は勿論、今のままじゃ鎮守府から襲撃者達を全部追い払っても、ちまちまとした術式治療しか出来ないわ』

 

 妖精達の協力が無いと言う事は、ドックも機能不全という事だ。

 

『それに、これだけ強力な術式結界の影響下に晒されてるんだから……。結界を解呪したとしても、直ぐには動けない筈よ。艦娘も、妖精もね。野獣から聞いた話だと、こんな状況だっていうのにアイツは何かに憑依されてるみたいだし、鎮守府には幾つか爆発物も仕掛けられてるって話だし、ホント笑えないわ』

 

 端末から聞こえて来る少女提督の声は硬く、強張っていた。アイツ、というのが少年提督の事だという事は分かった。ただ、憑依されている、というのは、どういう状況なのだろうか。その言葉に不穏な何かを感じた。襲撃者たちの仕業に違いないが、鎮守府内に爆発物が在るというのも深刻な状況だ。

 

『鎮守府の被害状況を“深海棲艦の襲撃”に見せ掛けるつもりだったみたい。深海棲艦の死体まで幾つか用意して、既に鎮守府にも運び込んでるって言ってたわ』

 

 それを聞いて、野分は反吐が出る思いだった。

 

 トレーラーごと術式結界を発生させる装置を破壊し、鎮守府を括る結界を強制的に解呪する事にあまり効果は無い。結局、艦娘達は行動不能のままだからだ。おまけに、それを治療する為の妖精達まで無力されている以上、結界術式の解呪自体の優先順位は低い。それでも尚、こうして丁寧にトレーラーを抑えているのには、集積地棲姫の案に従っているからだ。彼女達が言うには、鎮守府を括る結界自体を乗っ取ることさえ出来れば、妖精達を回復させる手段が在るとの事だった。

 

 そうすれば、爆発物の処理や解体も、復活した妖精達に任せることも出来る。彼女の言葉を何処まで信用するかという問題も当然あったが、少女提督は集積地棲姫を一切、疑わなかった。「まぁ、任せろ。これでも“姫”だ」と、眠そうな眼を細めていた集積地棲姫には、自信や慢心も無く、技術者然とした確信を滲ませていたのを思い出す。其処に自分と似た何かを感じたのかもしれないが、少女提督は、集積地棲姫を軸に据えて行動する事を選んだ。野分も、最早何も言わなかった。

 

 ただ、無力化され、身体の自由が利かない艦娘達を安全な場所へ移すことが最優先だった。鎮守府に仕掛けられた爆発物が、一体どれだけの威力を持ったものなのかは分からないし、それに艦娘達が巻き込まれるような事は避けねばならない。これに対しては、既にレ級と戦艦棲姫、戦艦水鬼が鎮守府に向かってくれている。また視線を感じた。頭上からだ。駆けながら、視線だけで空を見る。変わらずに、其処には月だけが在る。忌々しい程に澄んだ月が、雲の隙間から此方を見下ろしていた。

 

『ところで、襲撃者達は?』

 

 端末の向こうから、少女提督の硬い声が聞こえて来た。野分は携帯端末を持ち直し、さらに駆ける速度を上げる。

 

「言われた通り、殺傷する事無く、全て追い払っていますよ」

 

 野分と南方棲鬼は、何か情報を得られればと思い、何人かの襲撃者を捕らえていた。本来なら、艦娘である野分は人間を攻撃出来ない。だが、深海棲艦である南方棲鬼ならば、襲撃者達の体の自由を奪う程度に拘束する事が可能だった。野分は、南方棲鬼が、人間に対して行き過ぎた攻撃行動をとらないように最大限まで警戒しつつ、トレーラーを扱っていた襲撃者達を捕らえ、また追い払っていた。ただ、捕らえた相手に尋問をしている時間も惜しいし、拷問をするわけにもいかない。例え外道が相手でも、自分達まで道を踏み外してはならない。そういう少女提督からの指示もあり、結局はその全員を逃がしていた。それに、この襲撃者達からの得られる情報などは、この事件の黒幕達が用意したものだろうとも零していた。

 

『こんな状況なのに、余計な手間を掛けさせちゃってるわね』

 

「いえ、抜錨状態になれば」

 

 人間など脅威にはなりませんから。そう言い掛けた野分は、喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。代わりの言葉を探している内に、端末の向こうで少女提督が息を吐く。

 

「えぇ。……それにしたって、人間を相手にするなんてね」

 

 少女提督の声は、その溜息に溶かすような小声だった。落ち着いてはいるものの、今の状況に、やはり疲れが出ているのだろう。少女提督は人間だ。優秀な頭脳を持っていても、その肉体は年相応の強度しかない。艦娘や深海棲艦とは違う。野分が少女提督に何か言おうとした時だった。少し遠くの方で爆発音がして、炎の色をした光が膨らんで明るくなって、すぐに消えた。駆けていた足を止めて、野分は耳を澄ます。南方棲鬼も立ち止まり、爆発音のした方を見遣った。続いて、数人分の悲鳴が微かに響き、それが遠ざかっていく。

 

 端末の向こうで、少女提督が誰かと話をする気配が在った。相手はやはり、少女提督の護衛として付き従っているヲ級と港湾棲姫だろう。少しして、端末の向こうで少女提督が、また薄く息を吐いた。

 

『トレーラーの残り1台、重巡棲姫が抑えてくれたみたい』

 

 深海棲艦達は、携帯端末などを使わずに離れた仲間と連絡を取り合う術式を持っている。どうやら、トレーラーを抑えた重巡棲姫から、ヲ級、港湾棲姫達に術式の通信が在ったのだろう。

 

『……今の爆発、見た? アレね。あそこで合流しましょう』

 

「わかりました」

 

 

 野分は南方棲鬼と共に再び駆けて、爆発が在った場所に近づく。

 

 そのうち、道路の端に止められた大型のトレーラーが見えて来た。ハザードランプが不穏に点滅している。荷台の扉は、外部からの巨大な力によってこじ開けられたように歪み、拉げていた。電子的あり霊力的にも見える、薄く蒼い光が漏れている。トレーラーの中に積み込まれている術式機器のものだろう。

 

 そのトレーラーの側面では、黒いボディスーツを装着した襲撃者2人が手を挙げて立たされている。2人とも男性だ。彼らの足元には、頭部を全て覆うようなヘルメットともマスクとも言える装備が落ちている。毛髪や睫毛、皮膚片などを落とさない為のものなのだろうが、それを剥がされた彼らは素顔を曝していた。その襲撃者達を威嚇しているのは、物騒に眼を細めて腕を組む、重巡棲姫だ。彼女の腹部からは、大蛇を模した艤装獣が2匹伸びている。艤装獣たちはその鎌首を擡げて、襲撃者達の顔のすぐ前に佇みながら、値踏みでもするように襲撃者達の顔をじろじろと見まわしていた。艤装獣は、いつでも彼らを喰い殺せる位置に居て、襲撃者達の脚はガクガクと震えている。

 

「殺してはダメですよ!」

 

 野分は重巡棲姫の傍に駆け寄る。重巡棲姫は面白くなさそうに野分を見ながら、「分カッテイル」と、面倒そうに言う。彼女の言葉は、南方棲鬼や集積地棲姫達と比べると、まだ少しぎこちない。その分、深海棲艦としての威圧感が濃く滲んでいて、聞く者に恐怖を与える凄味がある。彼女の声を聞いた襲撃者達が震えたのが分かった。それに気付いた南方棲鬼が下らないものを見る様に鼻を鳴らし、重巡棲姫も苛立たし気に襲撃者をねめつける。

 

 一匹の艤装獣が、「Kahaaaaahhh……」と息を漏らしながら長い舌を伸ばし、味見でもするかのように、襲撃者の頬を下から上へと、ゆっくりと舐った。襲撃者は悲鳴を上げこそしたものの、身体を完全に硬直させて動けていない。ただ、余りの恐怖に気を失ってその場に崩れ落ちる。もう片方の襲撃者も、腰を抜かしてその場に尻餅をついていた。

 

 そこで気付く。野分は一瞬、言葉を失う。そんな。

 片方の襲撃者。尻餅を付いている方の顔を、野分は知っている。

 でも、何故。どうして、この人が此処に……?

 

「お久しぶりですね」

 

 野分が呆然としていると、背後の暗がりから声がした。振り向くと、酷く醒めた表情をした少女提督が、頭に装着していたVR機器を外しながら此方に歩いて来るところだった。隣にはヲ級と、それから、港湾棲姫も居る。二人は其々、少女提督を守るように脇を固めていた。

 

「お、お前……、お前……! お前は……!!」

 

 襲撃者のうちの一人。尻餅をついていた方が、眼を見開いて息を乱し、少女提督を見た。信じられないものを見るかのように、彼は身体全体を震わせている。「在り得ない……、在り得ないだろう……!」と、地面に座り込んだままで喉を痙攣させながら言う彼の様子は、目の前の景色を、自分の持つ常識によって必死に否定しようとしているかのようにも見える。彼の戸惑いには関心を払わず、夜はただ深まっていく。

 

 ヲ級は何も言わず、少女提督の傍に控えている。港湾棲姫が伏せがちな眼で、少女提督と襲撃者の男を交互に見た。重巡棲姫と南方棲鬼も、黙って二人を見守っている。野分は僅かに唇を噛む。野分は、この男を知っている。

 

 以前、少女提督が身を置いていた『鎮守府』で、ともに作戦にあたっていた事のある“提督”だ。この男は、指揮下にある全ての艦娘達の意識や自我を破壊し、木偶に変え、苛烈な運用を行っていた。そして、ある作戦で空母棲姫と中間棲姫の鹵獲に走り、出撃させていた艦娘の多くを轟沈させている。ただ鹵獲自体は成功させており、その功績を評価されたことによる昇進から、彼は本営直属の人間となった筈だった。野分が少年提督や野獣と出会ったのは、彼が少女提督の所属する『鎮守府』を去ってからの事である。彼はいつも、“元帥”としての少女提督を目の敵にしていた。それが、本営から高い評価を得ている少女提督への嫉妬から来る、安っぽい憎悪であるという事も、少女提督の秘書艦をしていた野分にも分かっていた。彼は、あの頃と同じ眼をして、少女提督を睨んでいる。

 

「きっ、貴様は、 あ、あの鎮守府でも……、“花盛りの鎮守府”でも、無能だった筈だろうが! それが、何故、何故だっ!? どうして、深海棲艦達を……!!」

 

 地面にへたりこみ、トレーラーのタイヤに背中を擦りつける彼は、身体全体を震わせて怯えながらも、少女提督を睨み、唾を飛ばして叫ぶ。花盛りの鎮守府。艦娘達を苛烈に運用する過激派の提督達が、少年提督や野獣の居る『鎮守府』をそう呼んでいるのは、野分も知っている。その呼び方は、艦娘と人類の共存を目指すこと自体が、まるで花畑のように“御目出度い”思想だと揶揄する蔑称だった。

 

 少年提督と野獣は特に気にすることもなく、逆に、そういった提督達の蔑称こそ、この上無い名誉のある呼び名だと考えているようだが、野分は違う。気に入らなかった。そして何より、少女提督を無能呼ばわりされた事に強く、純粋な怒りを覚えた。奥歯を噛んだ野分の傍で、少女提督の方は表情を変えないままで彼を見下ろし、息を吐いた。

 

「えぇ。仰る通り、私は無能です。“提督”としての資質も低いままです。でも」

 

 少女提督は言いながら、南方棲鬼、重巡棲姫と港湾棲姫、ヲ級を順番に見て、最後に野分に向き直った。月の明かりが、ほんの少しだけ強くなった。その御陰で、少女提督が少しだけ笑みを浮かべているのが分かった。

 

「そんな私を支えてくれる皆が居てくれるからこそ……、私はこうして、“提督”として居られるんです」

 

 少女提督の言葉は、夜の空気に凛と響いた。

 

「そして深海棲艦である彼女達も、無能な私に力を貸してくれています。その力を、今は正しい事に使おうと、……こうして必死になっているのです」

 

 尻餅をついたままの彼は、ただ、何かを言いたそうに唇をぎこちなく動かすだけだった。艦娘達を顧みなかった彼は今、ただ独りで震えている。対して、少女提督は毅然と胸を張り、彼を見下ろしていた。その少女提督と彼の姿を対比するように、月の明かりは沈黙に冴えて、透き通っていく。野分から見る少女提督の姿は、とても崇高で清廉に見えて、誇らしく思えた。「準備は出来た」と、やたら低い声が聞こえたのはその時だ。声がした方を見ると、ガリガリと頭を掻いている集積地棲姫が、のっそりとトレーラーから出て来るところだった。

 

 南方棲鬼、重巡棲姫と港湾棲姫、ヲ級の四人が、集積地棲姫に向き直った。野分もそれに倣ってから、気付く。トレーラー全体が蒼い微光を纏い、それが暗がりの中で、ぼんやりとした揺らぎを象っている。それだけじゃない。トレーラーを基点にして、地面にも蒼い光が伸びて、巨大な術陣を描き出そうとしていた。深海棲艦が扱う高度な術式の一部へ、あのトレーラー自体が組み込まれているかのようにも見える。とにかく、これから集積地棲姫が大規模な術式を展開しようとしているのは間違いない。

 

 少女提督は覚悟を決めるように深呼吸をしてから、へたりこんでいる彼の手を掴み、引っ張り上げる要領で無理矢理に立たせた。彼の方が少女提督よりも背が高い。必然的に、今度は彼が、少女提督を見下ろす形になる。彼は呆然としている。少女提督が、彼に頷く。

 

「……貴方は、この気絶している同僚を連れて、此処から離れて下さい」

 

 有無を言わさない口調で言いながら少女提督は、地面に伸びているもう一人の襲撃者を一瞥した。彼は、「わ、私を、逃がすのか」と、不安と怯えが入り混じった表情で、頼りなく脚を震わせている。冷静な表情を作った少女提督は、静かに彼を見上げている。

 

「今夜の事件は、無かった事になります。万が一、この事件が明るみに出ることがあっても、私達の鎮守府は深海棲艦の襲撃にあったという、ありふれたニュースになるだけでしょう。貴方達がそう仕組もうとしたように」

 

 少女提督の声には、静かな力強さが滲んでいた。深海棲艦達が、少女提督と彼を見守っている。

 

「私達は、その虚構を受け容れます。私達は“深海棲艦の襲撃”に遭いましたが、“被害を最小限に抑えて、それを退けた”と、世間からはそう見えるように動きます。人間の企みを匂わせる貴方達のような存在がこの場に残るのは、私達にとっても、貴方達にとっても都合が悪い。だから、この場から離れて欲しいのですよ」

 

 彼は唾を飲み込んでから、「言いたい事は、わ、分かる」と、少女提督に対して、ガクガクと首を揺らすように頷いた。その様子には、此方に対する抵抗の意思が全く見えない。鬱陶しそうに唇を歪めた重巡棲姫が、艤装獣を消すようにして抜錨状態を解いた。状況的に見ても、もはや彼が脅威では無いからだろう。港湾棲姫が、気を失っている襲撃者を優しい手つきで抱え上げて、彼へと抱き渡した。

 

「もう此処に、近づいては、駄目」

 

 ゆっくりとした口調でそう言った港湾棲姫は、困ったように眉尻を下げながらも、口許を少しだけ緩めていた。彼女の言葉も、野分が出会った頃と比べると、随分と流暢になった。身体を強張らせている彼は仲間を抱えながら、その港湾棲姫の柔らかな表情を、困惑の眼差しで凝視していた。深海棲艦と意思疎通をする経験など、今までの彼には無縁だったろうし、港湾棲姫の人間味のある優しさに衝撃を受けているのかもしれない。固まってしまった彼に、「向こうへ暫く行けば、港町の明かりが見えて来るでしょう」と、声を掛けたのはヲ級だ。

 

「あ、あぁ……、わ、分かった!」

 

 彼は我に返ったようにヲ級に何度も頷き、息を乱してこの場から走り去っていく。さっさと失せろ、という表情を浮かべて彼の背中を見送っている南方棲鬼と、相変わらず機嫌が悪そうに口許を歪めている重巡棲姫、それに、眠そうな眼でボリボリと頭を掻いている集積地棲姫を順に見て、少女提督は「頼もしいわね」と、軽く笑ったようだった。そして、手に持っていたVR機器を装着しながら、もう一度、この場に居る全員の顔を見回した。野分は背筋を伸ばす。

 

「……始めるぞ」

 

 低い声でそう言った集積地棲姫が棒付きの飴を口に咥え、少女提督の方を見ながら艤装を召還した。蒼い燐光が彼女を包み、その光の粒子が両腕に集まりながら、黒く巨大なガントレットへと姿を変えていく。眼鏡の奥にある彼女の眼は、冷たく、そして鋭かった。トレーラーを軸に描かれた術陣が、夜の暗さを払うように一層強く光を放ち始める。

 

「うん」『お願いします』

 

 集積地棲姫に応えたのは、少女提督と、少女提督が装着したVR機器に搭載された少年提督のAIだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声が聞こえていた。巨大な生き物の咆哮と、悲鳴にも似た人の声もだ。遠くからも、近くからも聞こえて来ていたし、その音が遠ざかっていくのも感じていた。今は、随分と静かだ。それが良い事なのか、悪い事なのか。判断がつかない。状況が分からない。

 

 強い焦りと、不甲斐ない自身への怒りが胸の内に燃えている。動けない体を無様に揺らすようにして、不知火は芋虫の様に這い、駆逐艦寮の屋上の手すりまで何とか辿り着いていた。1メートルも無い距離を進むのに、かなり時間が掛かってしまった。急がねばならない。だが、手すりに捕まって立ち上がろうとするが、それも出来ない。手すりを持つ手にも、体を持ち上げるだけの力が入らない。気だけが急いて、笑えるくらいに微かな力だけが、動かない体の中で空回りを続けている。

 

 少年提督の身に危険が迫っている筈なのに、自分は一体、此処で何をしているのだろう。口から洩れて来る呼吸にも、まるで力が無い。結び目の緩んだ風船から空気が漏れるように、細く、頼りない息しか出来ない。不知火は唇を噛む。その顎にすら、上手く力が伝わらなかった。自身の無力さが憎い。俯く姿勢から僅かに顔を上げると、夜に沈む鎮守府が其処にある。冷たい風が吹いて来て、倒れた不知火を無表情のままで撫でて行った。暗い静寂が訪れる。夜空の雲間には切れ目が出来て、月が、下界を覗き込むようにして顔を覗かせている。月は、この世界が不知火を置き去りにしていくのを、ただ眺めている。鳥の羽音が、すぐ傍で聞こえた。

 

 こんな夜に……? 不知火は、羽音がした方へと視線をずらす。不知火の顔の、すぐ傍だった。濡れたように黒い色をした小鳥が一匹、其処に居た。その小鳥の左眼は、蒼み掛かった昏い色していて、右目は、錆を溶かしたように濁った暗紅色をしていた。その二つの眼が月の明かりを吸って、薄ぼんやりとした光を湛えて、不知火を見ていた。

 

 黒い小鳥は首を傾げて不知火を凝視していたが、そのうち、不知火から少し離れた場所へと、跳ねる様にして移動し、何かを嘴に挟んだ。それは先程、不知火の胸ポケットから零れ落ちた“ケッコン指輪”だった。指輪は変わらず、蒼い光を湛えている。指輪を銜えた黒い小鳥は、また跳ねる様にして不知火の下へと近づいて来る。

 

 小鳥はそのまま、手すりを掴んでいた不知火の左手の甲に飛び乗り、不知火の顔と、左手の薬指を見比べた。2度、3度と、小鳥はその動きを繰り返す。ぼやける視界で、不知火は小鳥を見詰めた。『不知火さん』と、小鳥が声を出した。少年提督の声だった。不知火はその現象に反応を返さなかった。まともに身動きの出来ない身体が、不知火に幻聴を聞かせたのだと思ったからだ。

 

『手を。指を、広げてください』

 

 小鳥が、また少年提督の声で、語り掛けて来る。頭の中に沁み込んでくるような声。聞き慣れた、心地よい声だった。不知火は、この幻聴が自身の精神的な部分の弱さから来るものだと思った。小鳥は、不知火の左手の甲の上に居る。不知火の顔と、左手を交互に見ている。その細かな動きには、銜えている指輪を不知火の指に嵌めようとする意図が在るのは明らかだった。

 

『どうか、手を。指を、広げて下さい』

 

 少年提督の声がする。この黒い小鳥は、一体……。ようやく不知火は、僅かな警戒心を抱いた。だが、その慎重さは、今の状況では何の解決に繋がらない事も同時に感じていた。何かを迷うほどの余裕は、もう無かった。気付けば不知火は、縋る様な思いで手すりを手放し、掌を上にして指を曲げていた。黒い小鳥は音も無く羽ばたき、不知火の掌の中に着地して、曲げられた薬指へと、奇妙な程の器用さで指輪を嵌めてくれた。

 

 その瞬間だった。

 

 薬指に嵌められた指輪の、その蒼い微光が、一気に膨張して不知火の身体を包んだ。優しくも深い蒼の光は、すぐに積層型の術陣となって編み上げられて、不知火の肉体に大きな活性を齎していく。五感に精細さが戻り、力が還ってくるのを感じた。水底に沈んでいく最中に、誰かに腕を掴まれて無理矢理に水面へと持ち上げられるような感覚だった。不完全な呼吸しか出来なかった肺に、一気に空気が流れ込んでくる。

 

「う……っ! げほっ! げほっ!! ……ぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 

 不知火は咳き込みながらも、自分の力で立ち上がる事が出来た。体が軽い。抜錨状態にもなれる。一体、何が起こったのかわからない。荒い息を整えながら、不知火は自分の両方の手を見てから、体を見下ろした。今まで不知火の肉体を無力化し、地面に押さえつけていた術式結界の効果を跳ね返すように、積層型の術陣は明滅を繰り返している。そして、その術陣に“ケッコン指輪”が共鳴するように、淡い光を揺らめかせていた。これらが、途轍もなく高度な術式である事は、不知火にも分かった。

 

『遅くなって申し訳ありません』

 

 まただ。少年提督の声が聞こえた。すぐ近くだった。不知火は慌てて周囲を見回す。見つけた。傍にある屋上の手すりの上に、黒い小鳥が止まって、此方を見ていた。

 

『特殊な調律用術式を施させて貰いました。体の調子は如何ですか?』

 

 少年提督の声は、明らかにこの黒い小鳥が発している。不知火は静まってくる呼吸に反比例して、鼓動が急いたように早くなっていくのを感じた。小鳥は奇妙な程に強い存在感を放ち、そこに居る。月明りの下に居る小鳥の、その羽毛の黒さには金属を思わせる光沢があって、この夜の暗さの中に溶け込むのではなく、逆に浮き上がっている。

 

「貴方は……」

 

 僅かに身構える不知火に対して、黒い小鳥は何度か瞬きをして首を傾げて見せる。

 

『えぇ。僕は、“僕”のAIの複製です。この小鳥の造形はカモフラージュの為のものであり、同時に、現実世界と僕とを繋ぐインターフェイスとしての役割も果たしています』

 

 不知火は何も答えず、黙って小鳥を見詰める。術式が完成し、その効果の全てが解決したのだろう。不知火を包んでいた積層術陣が解け始めていた。無表情な夜の暗がりが再び、不知火達を包もうとしている。

 

『ただ、やはりこの身体では、高度な金属儀礼術の運用を行うのは難しいですね。術式展開の負荷に耐えきれない。一度が限界ですが、どうやら“僕”は、それで十分だと判断したようです』

 

 小鳥の身体が、力なく傾いて、手すりから落ちる。咄嗟に不知火は動き、落ちていく小鳥の身体を、両手でそっと受け止めた。小鳥の身体は少しずつ、光の粒子になって霧散を始めている。それは、血の通う生き物の死に方では無かったが、“生命”というものを確かに感じさせる散り様だった。

 

「司令は……、司令は無事なのですか!? それに、他の皆も……!」

 

 自分の手の中で消えていく小鳥に、不知火は叫ぶようにして言う。小鳥が首を曲げて、不知火を見上げた。

 

『“僕”は、無事です。そして他の艦娘の皆さんも、深海棲艦の方々の協力もあって、順にではありますが、安全な場所へ移してくれています。襲撃者達も、もう殆ど逃げ散って行った後です」

 

 深海棲艦の協力。その言葉に、不知火は息を呑む。つまり、襲撃者に対し、捕虜として管理していた“姫”や“鬼”クラスの彼女達をぶつけたという事か。尋常では無い規模の反撃だ。それに深海棲艦の再活性に関しても、クリアするべき問題が山積みの筈だ。こんな事が表沙汰になればどうなるのかなど、はっきり言って不知火には予想できない。黙り込んだ不知火を見て、黒い小鳥は横たわったままで、また首を傾げて見せた。

 

『ただ問題なのは、“僕”がこの世界から切り離されて、海へと連れ去られかけているという状況です』

 

「そ、それは……、どういう……」

 

 不知火は、そのAIの言葉を上手く理解できなかった。深海棲艦達の協力によって襲撃者達を追い払い、人質となったのであろう艦娘達が無事なのではあれば、もうこの件は解決したのではないか。そう思ったが、どうやら違うようだ。喉がひりつく。黒い小鳥が、瞬きをした。蒼い眼と、紅の眼が、暗がりに瞬いた。途轍もなく嫌な予感がしていた。

 

『今の“僕”の内側には、別の存在が入りこんでいる状態です。端的に言えば、何者かに肉体を乗っ取られている状態と言えます』

 

 不知火は言葉を失う。思考が回らない。混乱しかける不知火の反応を予想してか、黒い小鳥は「ただ、心配は要りません。“僕”は大丈夫です」と、すぐに言葉を繋いだ。

 

『肉体のコントロールを奪われていますが、まだ“僕”の精神は、艦娘の皆さんと同じように、“召還”できる場所に居ます。この状況を解決する為には、不知火さんの協力が必要になります』

 

 言葉を詰まらせる不知火の掌の上で、小鳥が力なく身体を横たえている。だが、小鳥から漏れてくる声音は、まるで変化を拒むかのように揺らがない。

 

『今、不知火さんの魂は、“僕”の魂と結ばれています。故に、不知火さんの精神は、“僕”の精神世界に繋がるチャンネルとして機能するのです。“僕”を呼戻す“召還”の為には、不知火さんの存在が不可欠なのです』

 

 小鳥の体は霧散を続けながら、その重みを失ってきていた。それでも、小鳥の声には意思と力、それに、不知火に対する信頼が含まれていた。その事に対して不知火は、心強さや頼もしさよりも先に、肩と背中に寒さを感じた。小鳥が発する少年提督の声音の中には、危機感や恐怖感が一切、滲んでいなかったからだ。

 

『この身体は消滅しますが、後程、僕のAI本体からも、不知火さんにコンタクトが在る筈です』

 

 小鳥はその身体を霧散させながらも、まるで、これから起こる事の全てを見て来たかのような冷静さを見せている。不知火はその悪寒を振り払いたかった。このAIは飽くまで人工物であり、死や喪失といった概念に対して忌避感を抱いていないだけだと、純粋にそう思い込もうとする。だが、このAIの音声に宿った確かな温度が、その単純な思考の逃げ道を塞いでいた。何も言葉を返せないままの不知火を見上げた小鳥は、力の籠らない、ゆっくりとした瞬きを残し、夜の暗がりに、溶け出すように消えて行った。不知火の掌の中で淡い光の粒子が霧散し、夜の風に塗されていく。

 

 取り残されたように佇む不知火の身体は、すぐには動かなかった。

 胸がザワつき、余計な思考ばかりが過り始める。

 

 深海棲艦達の何人かは、既に少年提督とケッコンを済ませている事を不知火は知っている。だが彼は、艦娘とのケッコンをしようとしなかった。そんな素振りも殆ど見せなかった筈だ。それは、少年提督に何らかの意図が在っての事だと不知火は考えていた。そして今日、不知火は彼にこの指輪を渡されたのだ。出来過ぎたタイミングだと思う。

 

 不知火は自分の左の薬指に嵌った指輪を見詰める。この指輪が、何らかの特別な術式による儀礼を受けたものであるというのは理解できる。だが先程、あの黒い小鳥が言っていたように、この指輪自体が少年提督の存在そのものを左右する代物であるのならば、それを不知火だけに用意する意図が分からなかった。自身の配下に居る艦娘の複数に、保険として同じ指輪を配って装備させておくことも出来た筈だ。それをしなかったと言う事は、どういう事なのか。

 

 分からない。だが今は、分からなくても良いと、無理矢理に思う。

 悩むのは、この夜を切り抜けてからだ。

 

 余計な思考を振り払うようにして、不知火は携帯端末を取り出す。少年提督に連絡を試みるが、やはり繋がらない。不知火は手早く端末を操作し、続いて、野獣と少女提督と連絡を試みようとした時だった。

 

 何かが寮の屋上に飛び込んできた。正確に言えば、ビヨーンと言った感じで、地面から飛び上がって来た。屋上の床に罅を入れながらドッシィィィン!!! と着地したのは、レ級だった。第六駆逐隊に似たセーラー服の上に、黒いフード付きのパーカーを羽織っている。

 

「おぉっ! 須藤さん!(レ)」

 

 着地した姿勢から立ち上がりつつ不知火の方を見たレ級は、不知火が「不知火です」と真顔で応えると、すぐにニカっと笑って見せた。無事だったか!、というような、安堵と喜びの入り混じった笑みだった。レ級は直ぐに不知火の方に駆け寄ってきて、不知火の体を上から下までを眺める。外傷が無いかどうかを見てくれているのだろう。レ級の掌には碧色の微光が灯っているし、出来る範囲であれば、不知火に対して治癒施術を行ってくれるつもりのようだ。その素直な優しさに、不知火は純粋な感謝の気持ちを込め、「有難う御座います」と頭を下げる。

 

「負傷はありません。直ぐに動けます」

 

 不知火は手短に、先程までの事をレ級に伝える。黒い小鳥との会話と、不知火の持つ指輪と、今の少年提督の状態までを話すと、レ級は驚くでもなく頷いて見せた。

 

「そういうの知ってんし!(レ)」

 

 レ級は唇の端を持ち上げながら、セーラー服のポケットから携帯端末を取り出して見せる。そのディスプレイを見た不知火は、ぎょっとしてしまう。其処には、まだ髪が黒かった頃の少年提督の映像が映っていた。それも、ただ映っているだけでは無い。

 

『先輩やレ級さん達にも、僕の方から今の状況は説明させて貰っています』

 

 少年提督の映像が、まるで生きているかのように不知火を見ている。そして、不知火に語り掛けて来ている。数秒だけ硬直してしまった不知火は、しかし、すぐに冷静になった。これもAIという事だろう。

 

『これから皆さんには、“僕”を止めて貰いたいと思います』

 

「つまり」

 

 涼しく落ち着き払った声で言うAIを、不知火は睨んだ。

 

「不知火達に、司令と戦え、と」

 

『えぇ。先輩の協力も必要になるでしょう』

 

 確かに、人間を攻撃出来ない艦娘であっても、彼と戦闘行為を行うのは可能である。少年提督は、生物としての人間というカテゴリーから大きく外れているからだ。だが当然、それは不知火にとって簡単な事では無い。少年提督が人間であろうが無かろうが、敬愛する己の“提督”であることに変わりない。拳を握ると、左手の薬指に嵌めた指輪の感触が、より強く感じられた。不知火の強い視線を受け止めながら、ディスプレイに映っている少年提督のAIは、『一度、“僕”を殺して下さい』と言い、真剣な眼差しを返して来た。心臓に、冷たく鈍い痛みが走る。

 

『肉体とは器です。これが壊れ、死と言う概念に触れる時、内封されている精神的な領域は無防備になります。何者かが“僕”に侵入したのも、“僕”の肉体が壊されたタイミングだった筈です』

 

 自分の唾を飲み込む音が、やたら大きく聞こえた。レ級は、そういうのは知っていると先程言っていたから、このAIが何を目的としているかについては、もう知っているのだろう。随分と落ち着いた様子のレ級は、不知火とAIを見守ってくれている。

 

『今の“僕”と言う器の中には、“本来の僕の精神”とは別に、何者かの意識が侵入してきている状態です。ですから、もう一度、この器を破壊して欲しいのです。器としての肉体が死ぬ瞬間には、本来の“僕”の意思と、そこに入りこんだ“何者”かの意思は分離します。“僕”の肉体が再生していく束の間であれば、“僕”の精神は、“何者”かと対峙することが出来ます』

 

 余りにも迷いの無い言葉だった。不知火は少年提督のAIから眼を逸らし、返事が出来ないままで俯く。躊躇している暇が無いことも分かっていた。やるべき事もハッキリしている。不知火達は、海へ出て行こうとする“少年提督の肉体”と戦う。次に、本来の“少年提督の精神”が、己の内に入りこんで来た“何者かの精神”と戦う。単純な話だ。

 

『どれだけ苛烈に攻撃をして貰っても問題は在りません。“僕の肉体”は完全には死なず、蘇生を繰り返します。そういう風に造り変え、調律を施して来ましたから』

 

「歪みねぇな!(レ)」

 

 端末を持っているレ級が、不敵そうに唇を歪めて楽しげに笑った。明らかにレ級は、少年提督を心配していない。ただそれは、軽薄さや薄情さから来る、投げやりな態度でもない。あれは余裕だ。レ級は、少年提督を信頼しきっているのだ。今の状況を、必ず打破できるのだと信じている。いや、レ級の中ではもう既に、この襲撃事件は解決しているのかもしれない。不知火は握っていた拳を緩めて、肩の力を抜きながら、端末に映る少年提督へと向き直る。

 

「……了解しました」

 

 もう、そう答えるしかなかった。そういう状況なのだという事も、頭では理解出来た。低い声で短く答え、不知火は敬礼の姿勢を取る。レ級の持つ端末に映る少年提督のAIが、少しだけ頭を下げる様にして、申し訳なさそうに眼を伏せる。

 

『お願いします。それでは、まずは先輩と合流して下さい』

 

「……はい」

 

 そう短く答えた不知火を、レ級が頼もしそうに見上げてくる。PiPiPiPiと軽い電子音が響いた。少女提督からの通信だった。身を翻したレ級が端末をセーラー服に仕舞いながら、「いざ行かん!(レ)」と、掬いあげるような力強い手招きをして見せたのは同時だった。不知火はレ級に頷きを返し、携帯端末を取り出しながら駆けだす。その時には既に、レ級は跳躍し、屋上の手すりを飛び越えていた。不知火も即座に“抜錨”状態になり、手すりを飛び越え、宙に身体を躍らせてレ級に続く。

 

 

 

 


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