花盛りの鎮守府へようこそ   作:ココアライオン

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※下ネタが強めの回です。
読まれる際には、御注意を御願い致します。


いつもの野獣の執務室

 

 夕刻。艦娘囀線、タイムラインにて。

 

 

 

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 あっ、そうだ! お前らに言っとく事が在ったゾ。近いうちに幾つかの飲食系の企業とコラボして、お前らが印刷されたカードとか、クリアファイル、タペストリーとか色々プレゼントする事になったから。またグッズ用の撮影に協力してくれよなー頼むよー☆

 

 

≪長門@nagato1. ●●●●●≫

 また本営の通達でもあったのか。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 そうだよ。まぁ、世間への露出を増やす機会だと思えば、全てはチャンス!(レ)だからね。お前らも気合入れろォ? マイクロビキニかボディペイントで撮影しようと思ってるんだけど。どう? 出来そう?

 

 

≪加賀@kaga1.●●●●●≫

 死んだ方が宜しいのでは?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

(対応が)アー冷タイ……。

 

 

≪陽炎@kagerou1. ●●●●●≫

 そりゃそうでしょう……。

 

 

≪満潮@asasio3. ●●●●●≫

 馬鹿じゃないの?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 でも加賀のセクシーショットだったら、アイツも喜ぶと思うんだよなぁ……。

 

 

≪霞@asasio10. ●●●●●≫

 ねぇ……、『アイツ』って、少年提督の事よね?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 そうだよ

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

 ……何で加賀さんだと提督が喜ぶのよ?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 だってさぁ、アイツの携帯端末のロック画面が加賀なんだぜ?

 俺も初めて見た時は、『うっそだろお前www』って、なりましたねハイ……。

 

 

≪長門@nagato1. ●●●●●≫

 それは本当か!!?!!!!!!!!!!!!???

 

 

≪飛龍@hiryuu1. ●●●●●≫

 今、隣の加賀さんの部屋から凄い雄叫びが聞こえたんですけど……。

 

 

≪金剛@kongou1. ●●●●●≫

 Ahaa^~……、呼吸困難になりそうデース……;;

 

 

≪陸奥@nagato2. ●●●●●≫

 体調が崩れそう

 

 

≪加賀@kaga1.●●●●●≫

 やりましたたたたた

 

 

≪加賀@kaga1.●●●●●≫

 つまり、提督は夜な夜な私を想い、ビンビン太郎のシコシコ丸という事ですか。

 流石に気分が高揚します。

 

 

≪瑞鶴@syoukaku2.●●●●●≫

 せんぱぁい!! ちょっと!! 

 何言ってるんですか!!? 止めて下さいよ本当に!!!

 

 

≪蒼龍@souryuu1. ●●●●●≫

 今度は加賀さんの部屋から啜り泣く声が聞こえて来たんですが……。

 感極まってるのは理解出来るんですが、あの加賀さん? 

 ひょっとしてもう酔ってます? 

 さっきお酒買ってましたよね?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 嘘に決まってんじゃん、アゼルバイジャン。

 ジョークジョーク。なに本気にしてんだよォ加賀ぁ~^^

 

 

≪翔鶴@syoukaku1.●●●●●≫

 今凄い壁ドンが聞こえたんですがそれは……。

 

 

≪加賀@kaga1.●●●●●≫

 もう勘弁なりません

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 ちょっと落ち着きたまえ^^; 

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 まぁ取り合えず、先に必要になるカードは、こっちでもう用意しといたから。

 

 

≪長門@nagato1. ●●●●●≫

 強引に話を戻したな……。どうせ貴様の事だ。

 レア度が上がると服が破けているとか、そんな類いのものだろう?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 そんなワケ無いゾ。子供達だって手に取る可能性があるんだからさぁ……。レア度が上がると、ちょっとアヘ顔&おっぴろげポーズになっていくだけだから大丈夫でしょ?

 

 

≪長門@nagato1. ●●●●●≫

 良いワケあるか!! なお悪いわ!! 悪影響極まりない!!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 まぁウチの鎮守府は、長門を筆頭に変態ショタコン達を詰め込んだ構築済みデッキみたいなもんやし。多少はね? 取り合えず1145143643641919810100081枚ぐらい刷る予定で印刷所にも話を通してあるけど、もうちょい要るかもしれねぇなぁ……。

 

 

≪飛龍@hiryuu1. ●●●●●≫

 多過ぎィ!!!!!!!!!

 

 

≪蒼龍@souryuu1. ●●●●●≫

 刷り過ぎィ!!!!!!!!!

 

 

≪瑞鶴@syoukaku2.●●●●●≫

 印刷所こわれる

 

 

≪翔鶴@syoukaku1.●●●●●≫

 もう天文学的な数値ですね……

 

 

≪不知火@kagerou2. ●●●●●≫

 資源の無駄遣いも良いところだと思うのですが

 

 

≪大淀@ooyodo1. ●●●●●≫

 あのすみません!! 初耳なんですけど!!!

 何勝手なことしてくれてるんですか!!!?

 契約と言うか、必要な予算は何処から出たんですか!!!??

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 えー、ウチの鎮守府持ちだけど

 

 

≪大淀@ooyodo1. ●●●●●≫

 

 

≪大淀@ooyodo1. ●●●●●≫

 p

 

 

≪大淀@ooyodo1. ●●●●●≫

 

 

≪大淀@ooyodo1. ●●●●●≫

 

 

≪大淀@ooyodo1. ●●●●●≫

 

 

≪大淀@ooyodo1. ●●●●●≫

 うんちうんちうんちうんちうんちうんちうんち

 

 

≪明石@kousaku. ●●●●●≫

 あぁ~~!! 大淀が壊れちゃった^~~><;

 

 

≪陸奥@nagato2. ●●●●●≫

 ちょっと野獣!! 真面目な彼女をあんまり追い詰めないであげて!!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 冗談に決まってんだルルォ!! いい加減にしろ!!!

 

 

≪長門@nagato1. ●●●●●≫

 逆ギレするな馬鹿タレ!! そういう冗談はやめろ!!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 ごめん茄子!! じゃあそのストレス除去の為にィ、加賀と大淀に、新しいケア施術を受けて貰うって言うのはどうっすか?

 

 

≪大淀@ooyodo1. ●●●●●≫

 あのホントもう勘弁して下さい……。

 

 

≪加賀@kaga1.●●●●●≫

 寝言は寝てから言って欲しいものね。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 話ぐらい聞けってぇ、もぉー! 施術を行うのは俺じゃなくてアイツなんだからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 今までも野獣の執務室は、無茶な改造と改築を繰り返し施されていた。神秘の領域に触れ得る職工・工匠である妖精達の手によって広々としたフロアへと拡張され、今では執務机やソファセットの類いだけでは無く、耳掻きサロンやバーカウンター、シャワールーム、キッチンスペースまで備え付けられている始末だ。書類仕事を行う執務机の周辺は整理整頓され、何とかまだ職場として体裁を保っているものの、上層部の誰かが視察に来ようものなら卒倒しかねない様相を呈している。そんな広い空間を有効活用し、野獣は新たなコーナーを設けていた。少年提督による催眠セラピー用のサロンである。ただ催眠セラピーとは言っても、あくまで艦娘用だ。少年提督の扱う肉体感覚と精神干渉の施術の応用によって、リラクゼーション効果を与えるのを目的としたものだと言う。

 

 既に今日の仕事を終わらせた野獣は先程、艦娘囀線にてセラピーのモニターを加賀や大淀以外にも募った。参加を強制すると、時間を拘束される事に対しての不満の声が上がると懸念してのことだろう。時刻は夕刻ではあったものの、夕食にはまだ早い時間だった。今日の訓練や演習を終えた艦娘達も、一息ついているであろう時間だ。しかし、彼女達の反応は早かった。艦娘囀線のタイムラインに希望が殺到し、収拾がつかない勢いを見せたのだ。此処から誰からを選ぶとなると揉めに揉めそうだということで、野獣の執務室でのくじ引きと相成った。

 

 遠征に出ている面子以外、ほぼ全員が野獣の執務室に集まり、廊下にまで溢れかえると言う事態だ。くじ引きの当たり枠と言うか、一度に施術を行えるのは4人までという事だった。回転数が上ったとしても、全員を捌けるワケでも無い。それに最初の一回目の施術では、先程の艦娘囀線での流れも在って、加賀と大淀が施術を受ける事になっている。つまり、初回の当たり籤は2つしか無い。このくじ引き自体が、かなり厳しい戦いである。野獣は簡単な籤箱を拵えて、執務机に用意していた。集まった艦娘達は長蛇の列を成し、出撃前のような戦士の貌で籤を引いていく。

 

 熊野と共に、取り合えずと言った感じで籤引きに参加していた鈴谷は、もう外れ籤を引いていた。そして熊野も同じく、外れ籤を引いて崩れ落ちている。「そんな落ち込まなくても大丈夫だって。何回かは交替するから、まだチャンスはあるじゃん」と、執務室の隅の方で落ち込んでいる親友を慰めつつ、鈴谷は視線を辺りに巡らせる。熊野と同じ様に、籤を外して落胆する者や、がっくりと膝を突く者、項垂れて暗いため息を吐き出している者が多数居た。まぁ、この倍率だ。そう簡単に当たり籤は引けまい。

 

 鈴谷は軽く息を吐き出して、妖精達と新しく拵えたというサロンの一角へと視線を向けた。執務机から少し離れた場所だ。其処に、少年提督と野獣が何やら話をしている。段取りの確認か何かなのだろう。ヘッドセットを装着している少年提督は、手にマニュアルらしき本を手に開いて、中身を野獣と共に確認している。

 

 その二人のすぐ傍には、座り心地の良さそうな、ゆったりとした清潔なリクライニングチェアが4つ並んでいる。革張りで重厚感も在り、かなり高価そうでもある。其々の足元には、複雑な術陣が囲ってある。少年提督の施術効果を解決させる為のものなのだろう。あとは、背凭れの横の方にフックがあり、そこにヘッドホンと黒いアイマスクが備え付けられていた。オーディオ機器にそんなに詳しく無い鈴谷でも、一目見たら分かるような、やたら高そうというか、普通じゃない感じのヘッドホンだ。何でも、優れたメカニックである少女提督が手掛けた品であるという。

 

 よくこんな思いつきの企画に協力してくれたものだとは思う。ただ、少女提督は少女提督で、少年提督の施術能力については認めているし、この催眠セラピーの効果も高ければ、艦娘達の心身のケアにも繋がる。悪い要素は無い。そう思いたい。鈴谷が何とも言えない貌でリクライニングチェアを見詰めていると、歓声が上がった。当たり籤を引いた者が出たのだ。鈴谷が視線を向けると、やりきった貌になった長門が、右手を突き上げて体を震わせていた。その隣では、外れ籤を握り締めた陸奥が、「フゥゥゥ……」と、何かに耐えるように俯いたまま、深刻そうに息を吐き出していた。長門が流れを作ったのだろう。そこからは、当たり籤が続く。引いたのは榛名だった。

 

 神妙な貌になっている榛名は「では、行って参ります……」と、金剛や比叡、霧島に深々と頭を下げて、リクライニングチェアへと身体を預ける。それを見送る金剛達も、真剣な表情で頷きを返している。相変わらず、あの四姉妹は頭のおかしいテンションだ。明石にからかわれつつ、そわそわとして落ち着かない様子の大淀と、もう満足げに微笑んでいる長門もそれに続いた。そして、既に酒を呑んでいたであろう、ほんのりと頬を赤くしている加賀が、普段は見せないような慈しみに満ちた微笑を浮かべて、安らかな様子でリクライニングチェアに身を預けている。4人は少年提督に促されて、フックに掛かっていたヘッドホンと黒アイマスク装着する。これで準備完了だ。

 

 そんな四人を見守っている艦娘達は、少々緊張した面持ちである。籤に漏れて野次馬と化しているものの、次の施術が始めれば、またくじ引きが再開されるのだ。一体どんな内容なのかは、皆も気になるところであろう。そんな艦娘達の緊張が伝播して奇妙な静寂が生まれた。まるで、何らかの厳かな儀式でも始まるような雰囲気になる。鈴谷もちょっと困惑しつつ、周りへと視線を巡らせる。えぇ……。こんな雰囲気でリラクゼーションとか無理じゃない? そんな風に思うものの、少年提督だけは優しく微笑んだままだ。緊張している様子など微塵も無い。それは、提督用の執務机へと帰って来た野獣も同じ様子だった。

 

 

 野獣は執務机にドカッと座ると、机の引き出しからタブレットを取り出して手早く操作を始めた。その野獣の執務机の隣。秘書艦用の執務机に座っているのは、今日の秘書艦であった赤城だ。赤城の手元にも、タブレット端末が二つ程在った。多分、野獣の補佐に入っているのだろう。鈴谷は執務机にそろそろっと近寄って、タブレットのディスプレイを覗き込んでみる。途中で、赤城が笑顔で此方に会釈してくれたので、鈴谷も頭を下げて礼をする。赤城はディスプレイを隠すでも無く、快く見せてくれた。其処に表示されているのは、4つのリクライニングチェアと、そこに横たわる艦娘達の生体データだ。あとは、其々に“0”という数字が表示されている。何かをカウントしているのか。鈴谷は「あ、あの、赤城さん」と声を掛けてみる。

 

「こ、この“0”ってカウントされてるのって、なんなんですかね……?」

 

 赤城が応えるよりも早く、野獣が鈴谷に応えた。

 

「イっ……、リラックス(意味深)した回数だから、ヘーキヘーキ」

 

 行儀悪く執務机に足組んで載せた野獣が、似合わないニヒルな笑みを浮かべている。鈴谷は貌を歪ませて、野獣とリクライニングチェアを見比べた。よく見たら、リクライニングチェアの下の方にも、“0”という表示が顕わされている小さな画面が付いている。

 

「あっ、ふーん……(察し)」

 

 何かを言い直した野獣に、やっぱりな(レ)と思いつつも、鈴谷は赤城にもう一度礼をしてから熊野の傍に帰って来た。鈴谷は熊野に何かを言おうとしたが、それよりも先に、野獣が少年提督へと手で軽く合図を送った。『よーいスタート』のサインだ。ヘッドセットをした少年提督が頷いて見せて、手にしたマニュアルへと視線を落とす。そして、小さく何かを唱えた。

 

 少年提督の詠唱に応え、長門達が装着しているヘッドホンの両耳部分に、術陣が象られた。同時に、リクライニングチェアの足元に刻まれた術紋が、蒼く明滅を始める。アイマスクをしている長門や榛名、大淀や加賀には見えていないだろうが、何かが起ころうとしている事くらいは感じるだろう。周りで見ている艦娘達も固唾を呑む。その時だった。

 

 『僕の声が聞こえますか?』と。4人が横たわる施術用リクライニングチェアの前に佇む少年提督が、優しく語りかけた。不思議な響きを持っていた。普段でも、温みのある彼の独特の声は、鼓膜と言うよりも頭の中に沁み込んで来る。だが今の彼の声は、もっと強烈だった。恐らくは、何らかの施術体系に則って、自身の肉声を艦娘達の肉体や精神へ影響しやすいようにしているのだろう。野次馬の艦娘達も、ぶるるっと身体を震わせていた。鈴谷は、「あっ、これヤバイ(確信)」と思った。その通りだった。

 

 リクライニングチェアに横たわっていた榛名が、困惑したような甘い悲鳴を漏らしている。加賀と大淀も息が荒く、頬が紅潮していた。長門も唇を噛んで、ぴくんぴくんと身体を震わせている。少し離れた場所に居る鈴谷の背筋にも、ゾクゾクとした甘い痺れが走ったくらいだ。彼の声をヘッドホンで聞いているあの四人には、相当な威力だったに違い無い。特に長門が重傷だった。リクライニングチェアの下部。其処に表示されている長門の数値部分の“0”が、“1”になった。

 

「なぁおい長門ァ……、はやくなぁい?(想定外) まだ序の口も良いトコだぞお前……」

 

 野獣が半笑いで言う。ヘッドホンはしていても、野獣の声は聞こえているようだ。アイマスクをしたままの長門は僅かに身体を起こして、野獣の方へと顔を向ける。ふー……! ふー……!と、明らかに余裕の無い荒い息遣いだが、長門は気丈にも唇を不敵に歪めて見せた。

 

「ぬぐふっッ……! き、効か……、効かにゅわぁ!(震え声)」

 

「おっ、そうだな(適当)」

 

 しかし野獣は、そんな長門の健気な姿にも特に興味を引かれた風でもない。気の無い返事を返しつつ、タブレットを操作している。なんて奴だ。熊野を含む野次馬達が唾を飲み、緊張した面持ちで見守る中。施術は深度を増してまだ続いていく。

 

『では皆さん、深呼吸をしてみて下さい。ゆっくり。ゆっくりと、息を吐き出してください』

 

 ヘッドセットをした少年提督は、心地よい催眠状態へと誘うべく、温みのある不思議な声で長門達に語りかける。

 

『さぁ、もう一度。ゆっくりと、深呼吸をしてくだい。息を吸って……、吐いて……』

 

 リクライニングチェアに座った四人は、其々に唾を飲み込んだり、唇を舐めて湿らせた後、深く深呼吸をし始める。少年提督が頷く。

 

『体から力を抜きながら、大きく、ゆっくりと、そのまま呼吸を続けて下さい。……はい、とっても上手ですよ』

 

 理性や思考を蝕んで来るような、少年提督の深く深く、そして甘く柔らかな声音に合わせて、四人は大きく呼吸をする。周りに居る野次馬の艦娘達の中にも、彼の声に合わせて深呼吸をし始める者が出始めた。隣に居る熊野も眼を閉じたままで深呼吸を繰り返しているし、鈴谷も無意識の内に深呼吸をしていた事に気付き、ぶるぶると頭を振る。鈴谷は熊野の肩でも揺すって起こしてやろうかと思ったが、深呼吸をする熊野の表情が余りに幸せそうで憚られた。まぁ、取り合えず様子を見よう……。鈴谷は両手で自分の頬を軽く叩いて、眠気を払うようにして正気を保とうとする。しかし、彼の優しい語り声は、容赦無く場を圧倒していく。

 

『今から、僕が10数えます。その間に、貴女の体から、ゆっくりと力が抜けていきます』

 

 少年提督の語り口に微妙な変化が起こる。“皆さん”では無く、“貴女”へと変わった。ヘッドホンをしている長門達を、より深い暗示に引き込まれる要素なのだろうか。『10……、9……、8……、7……、』少年提督の声音も甘さが増したと言うか、擽る様な優しいウィスパーボイスへと少しずつ変わっていく。長門“2”、加賀“1”へとカウンターが回る。二人はリクライニングチェアの上で身体を波打たせつつ、溺れて咳き喘ぐように深呼吸をしていた。大淀と榛名も、アイマスクの下の頬を紅潮させつつ呼吸を震わせつつも、何とか少年提督の指示に従っている。

 

『リラックスして、深く呼吸をして下さいね。体から力を抜いて下さい。』

 

 野次馬の艦娘達の中からも、軽い嬌声が上がり始める。催眠に掛かっているのだろう。鈴谷も、何だか下腹部が切なくなって来て不味い感じだ。変な気分になってくる。ぶんぶんと首を振る鈴谷の隣では、熊野が『はー……! はー……!』と、彼の声に聞き入り、焦点の合わない視線で宙空を見詰めている。

 

『6……、5……、4……』

 

 ヤバイ。普通に聞いているだけでこの威力だ。ヘッドホンとアイマスクで感覚に蓋をされた長門達が、一体どれほどの催眠効果と没入感の中に居るのか。『大丈夫です。安心してください。きっと、気持ち良くなりますよ』 少年提督のウィスパーボイスは、更なる深みへと艦娘達を誘う。『3……、2……、1……』カウントダウンが終わりに近付くに連れて、大淀と榛名の身体も波打ち始める。施術陣の効果と言うよりも、少年提督が紡ぐ儀礼音声とでも言うべき声音の効果が強過ぎる。全く抗えない。思考と意識を溶かしてくる。そして、とうとうその時が来た。

 

『……0……』

 

 魔性とも言える、少年のものとは思ない程に艶美な声音だった。鈴谷の背筋に、電流の様なものが走った気がした。唇を噛んで、何とか鈴谷は耐える。体がふらついて、小刻みに震える。野次馬の艦娘達の中には、荒い息をついて崩れ落ちるものたちが続出した。ヘッドホンをしている長門達の方は、もっと深刻な状態だ。長門と加賀のカウンターが其々“3”へと変化し、榛名のカウンターも“0”から大きく回転し“3”へ。大淀の方は、一気に“5”になった。特に榛名と大淀は、リクライニングチェアの上で身体を跳ねさせて、口を開いて舌を突き出し、切なげな悲鳴を上げている。長門と加賀の方は、表情というか口元を弛緩させており、甘く浅い呼吸を繰り返していた。大丈夫なんだろうか……。

 

 鈴谷は不安になりつつも、執務机に座っている野獣と赤城の方を見た。二人は割りと真剣な表情で、其々の手元にあるタブレット端末のディスプレイを見詰めている。表示されている生体データの数値を観察しているようだ。そう言えば、『モニターになって欲しい』という話が元々だったようだし、もしかしたらコレは鈴谷が思っているよりも真面目な施術なのかもしれない。赤城は催眠に掛かっていると言うか、少年提督の声の影響を受けていないのか。冷静と言うか、普段通りだ。強い精神力を持っているからだろう。ただ、長門達と言うか、執務室全体がのっぴきならない事態だ。施術はまだ終わらない。

 

『これで貴女の体から、余計な力が抜けていきましたね』

 

 少年提督は優しく語り掛ける。リクライニングチェアに身を預ける榛名が、「ふ、ふぁい……」と、力の無い呆けた返事を返す。加賀も「ひゃ、……い」と、途切れがちな声で応え、長門も「ぅ、ぐ……、んん」と、甘く呻きながら頷いている。アイマスクをして表情が分からないが、皆の顔は蕩けている事だろう。ただ、一度にカウンターを“5”まで回した大淀の方は返事をする余裕も無い様だった。赤い貌で荒い吐息を漏らしながら、カクカクと脚や腕を痙攣させている。あれでは体が軽くなるどころか、余りの快感に体力を消耗しているに違い無い。

 

『準備が整いました。では、もう少し心を軽くして、疲れを忘れましょう』

 

 ケア施術への少年提督の真摯な姿勢は、更なるストレス除去の高みへと皆を誘う。鈴谷は戦慄した。まだこの先に行くのか。容赦ない彼の声は、快感に繋る神経を直接に擽って来るかのようだ。体の感度がグングン上がっているのが分かる。鈴谷は自分の体を抱き締めようと思ったが、隣に居た熊野の体がふらついたので、咄嗟に支えた。熊野は喘ぐように息を途切れさせ、とろんとした眼をしていた。理性が跳びつつあるような、幸せそうな貌をしている。

 

 野獣や赤城がストップを掛けないあたり、これも少年提督の施術範囲にあるから身体に害は無いのだろうが、何と言うか凄絶な効果だ。周りにいる野次馬の艦娘達も、甘美な感覚に身を任せて、灼熱の吐息を漏らしながら蹲っている者が多数居る。『此処からは、貴女の想像力をお借りします』 少年提督は、妖しく囁くように言う。

 

『想像して下さい。貴女が心地よいと感じる事を』

 

『のんびりと一人で過ごしている時でも』

 

『ゆったりとお風呂に入っている時でも』

 

『暖かなベッドで微睡んでいる時でも』

 

『美味しいものを食べている時でも』

 

『どんな時でも構いません』

 

『貴女が思う、幸せな時間を、思い描いて下さい』

 

『さぁ……。イメージしてみて下さい』

 

『誰にも遠慮は要りません』

 

『其処は、貴女の世界です。貴女だけの、貴女の為の世界です』

 

 彼の声は、そんなに大きくない筈なのによく通る。甘い甘い囁き声だ。官能的で、啓示的で、抗いがたい声音だった。彼が語りかける途中で、長門達がリクライニングチェアの上でビクンと身体を硬直させる。全員のカウンターが更に“2”ずつ上がった。深い催眠状態にあった野次馬達の中からも悲鳴が上がる。

 

『貴女のしたい事を、感じたい事を、楽しんで下さい』

 

『僕がまた10を数える間に、貴方の世界は全て完成します』

 

『この10秒は短くも、貴女の世界の永遠です』

 

『10を数え終わる頃には、貴女の望みは全て齟齬も無く満たされて、叶います』

 

『貴女はきっと、心地よい覚醒と活力を得て目覚める事でしょう』

 

『貴女の世界に、貴女は居ますか?』

 

『貴女の望むままに。何かを願い損ねる事の無いように』

 

『では……、数えます。10……。9……。8……』

 

 少年提督のカウントダウンが始まる。催眠施術だけで無く、精神施術的な応用も兼ねたものなのだろう。長門達が横たわるリクライニングチェアの足元。其処に刻まれた術陣が、明滅の強さを増した。マニュアルを持つ少年提督の掌にも、複雑な術陣が象られる。どうやらクライマックスのようだ。先程の催眠ワードである、『貴女の世界』とやらが長門達の中で構築され、その精神世界の中で、長門達は思う様に願いの結実を乞う。

 

 

 

「あぁっ、ぐはぁ^!! 太いのが気持ちィィEEEEeeennn^~~ッ!!!(エンジン全開)」

 

 横たわる長門が、身体を激しく波打たせて切なげに叫んだ。普段の凛々しさよりは、想いを遂げた女性の喜びが滲んだ叫びだった。

 

「お太い!!! でもぉ!!! ぱ゜る゜な゜は゜だ゜い゜じ゜ょ゜う゜ぶ゜で゜す゜!!!!!」

 

 榛名も身体をガクガクと震わせて、甘い絶叫で続く。途中で声がひっくり返りまくって奇妙な発音になっていたが、彼女の魂の声である事に違いは無い。

 

「あぁあああ駄目駄目駄目!! もの凄い太い!!! ぁぁあ、壊れちゃぁああ↑↑^^^~~ぅうううう!!!」

 

 リクライニングチェアの上で艶かしく身体を捻りつつ、大淀の声音はその言葉とは裏腹に幸福感に満ちていた。相当ストレスが溜まっていたんだろう。

 

「はぉおっ……ッ!! あ、ぁ、あげるわ貴方にぃ^~……!! んぅうぅうぅふぅ~^↑↑!! 太いのが入っちゃっ……たぁ><!!!」

 

 加賀は少女のように胸元の襟を両手でぎゅうぎゅうと握りながら、切なさや愛しさを込めて嬌声を漏らしている。意中の人と一つになる瞬間でも味わっているのだろうか。

 

『4……、3……、2……、1……、0』

 

 もう長門達は大惨事と言うか、大変な状況だ。もしかしたら彼女達は、精神世界を共有でもしているのだろうか。同じようなワードと雰囲気で嬌声を上げているし、彼女達が構築した内なる世界では、多分同じ様な状況を望み、それを彼の催眠施術によって叶えたと言ったところか。鈴谷は、『少年提督の象さんは、実はマンモスサイズである』という噂を聞いた事がある。特に意味も無くそんな事を思い出した鈴谷を取り残し、少年提督は、甘美な響きを残すようにお念入りにカウントを繰り返す。

 

『0……、0……、0……』

 

 ぽぉ~^っほほぉおお^~~ッ!!! という、奇妙な悲鳴が響く。誰の声かは分からないが、多分、大和か陸奥あたりだ。野次馬の艦娘達にしてみても似た様な有様だった。「お耳が、……レディになっちゃう(意味不明)」と、はぁはぁと熱い息を漏らしている暁や、「榛名ーーッ!! 頑張れーーッ」と謎の応援を始める比叡と、「ファイトー!!」と、それに続く霧島、その隣では金剛が、「あぁ^~~、入る入る入るぅ^~~(真っ最中)」と、催眠効果に嵌って蹲っていた。他にも、幸せそうな貌をした陸奥が白眼を向いて倒れていたり、敬礼をした姿勢のままで鹿島がうつ伏せに倒れ、鼻血を出しながらも香取がそれを介抱していたり、鈴谷に抱き止められている熊野も、安らかな貌のままで気絶している。……此処は魔界か何かか? もう収拾がつかなくなる限界ギリギリだったと思う。少年提督が、何らかの文言を短く詠唱してから、パンッと手を叩いたのもその時だ。

 

 多分、催眠解除用の為の何かだったのだろう。それにしても凄い効き目だ。執務室の空気が一変した。普通の世界が還って来たと言うか、鈴谷達の精神が帰って来たと言うか。そんな感じだった。身体の中に篭っていた熱も、すぅっと引いていく。倒れていたり、蹲っている艦娘達も、ハッとしたように眼を覚まし、互いに顔を見合わせている。狐に摘まれたような、という表現が正しいかどうかは分からないが、何だか夢から醒めたような気分だった。奇妙な静けさに包まれた執務室の中。鈴谷に抱きとめられていた熊野もパッと眼を覚ました。熊野は鈴谷を数秒ほど見詰めて何度か瞬きをして見せた。そして、すぐに一人で立ってから俯き、鈴谷に礼と共に小さく謝って来た。うわぁ、気まずい……。

 

 

 リクライニングチェアの上で、強すぎる快感と幸福感に支配されていた長門達も、悶えるのをピタリと止めている。そして、まるで何が起こっていたのかを思い返すかのように、そっと身体を横たえつつも呼吸を整えている。激しい運動が終わったみたいに息を乱してはいるものの、先程までのように乱れに乱れている訳では無い。落ち着いている。其処に、『皆さん、お疲れ様でした』と。少年提督が、そんな長門達に声を掛ける。長門達は、一斉にビクッと肩を跳ねさせた。

 

『もうアイマスクと、ヘッドホンを取って貰っても構いませんよ』

 

 さっきまでの魔性と言うか、官能的な雰囲気を全く感じさせない落ち着いた声で言いながら、ヘッドセットを外しながら少年提督は言う。

 

「今はまだ不備な点も多いと想いますが、効果の程はどうでしょう? ちゃんと満足して頂けましたか?」

 

 アイマスクとヘッドホンをそっと外した長門達は、酷く疲れたような様子だったが、優しく声を掛けてくる少年提督を見て、一斉に眼を逸らした。全員の顔が真っ赤だ。あの反応を見れば、さっきまで精神世界で何をしていて、その相手と言うか登場人物と言うか、それが少年提督であろうことは何となく察しが付く。やはりパオーンした彼のマンモスと戦いを繰り広げていたのだろう。鈴谷がチラリとリクライニングチェアの下部に小さく表示されているカウンターを見遣る。ほぼ全員が“50”程度だった。そりゃあ疲れるだろうし、彼と接するのも気恥ずかしいだろう。

 

 それによく見れば、長門達は彼の声を聞くたびに、ピクンピクンと肩を震わせている。多分、まだ身体に気持ちいいのが残っていて、少年提督の声に身体が反応しているのだろう。これは危険な施術だ。クセになると、彼の声を聞くだけてリラックス(意味深)してしまう身体になってしまいかねない様に思える。長門は彼と眼を合わせない為か、それとも顔の赤さを誤魔化す為か。長門は右手で自分の額を掴むようにして押さえた。

 

「いや、その……、中々に、新鮮な体験だった。ただ、少々効き目が強いな……」

 

 僅かに声を震わせる長門の言葉に続き、頷いて見せた榛名や大淀、加賀達は、やはり少年提督と眼を合わせようとしない。赤い顔を隠すように深く俯いた榛名は、その前髪で表情が見えないものの、ぎゅぎゅぎゅーと唇を噛んでいた。大淀の方は、申し訳なさそうと言うか、自己嫌悪にも似た辛そうな顔でそっぽを向いている。加賀は催眠効果の反動か何かなのだろうが、眼が潤んでいて今にも泣きそうな貌になっていた。それだけ満たされた時間だったのだろう。中毒性も高そうだ。少年提督は長門の言葉を聞いて、何かを思案するように顎に手を当てる。

 

「では次からは、もう少し浅い効果範囲の方が良いかもしれませんね」

 

「Foooo↑!! データもばっちぇ取れましたよぉ今回はぁ!!(分析家先輩)」

 

 少年提督と長門達の遣り取りに割り込んだのは、タブレットを片手に持っている野獣だった。

 

「やっぱり、カウントについてはもっと長くても良いかもなぁ? 114514191936364秒くらいでも大丈夫でしょ?(超越への一歩)」

 

「長過ぎィ!!」 と、野次馬の中から誰かがツッコミを入れる。

 

「……ざっと計算しても3600万年以上掛かるだろうが」 長門が苦い表情で言う。

 

「あっ、そっかぁ(もう適当)」

 

 そう軽く返した野獣はニヤニヤ笑いを浮かべていて、意地悪な感じだ。長門達も、そんな野獣の表情を見て不味そうな貌になる。弄られるのを分かっているからだ。案の定、「じゃあまず、お前らが精神世界で何をおっぱじめてたのか教えてくれるかな?(インタビュー)」と、野獣が直球を投げ始める。榛名が両手で貌を隠す。大淀が奥歯を噛み締めて俯く。加賀が怯んだ様にぐっと言葉を飲み込む。しかし、長門はすぐに言い返して見せた。

 

「私は、せ、セッ……、せっかちをしていただけだ(ジャイロボール)」

 

「えっ」 少年提督が不思議そうな貌になった。

「えぇ……(想定外)」野獣が難しそうに眉をひん曲げた。

 鈴谷は吹き出しそうになったし、野次馬の艦娘達もサワザワとし始める。

 

 

 大淀と榛名は、衝撃を受けた様な貌で長門を凝視している。何かを決心したような加賀が、「私も、愛の在るせっかちをしていました(毅然)」と、凛として応えて長門に続く。私達も同じく、という感じで榛名と大淀も、表情を引き締めて挙手をした。「せっかちって何だよ……(哲学)」野獣が戸惑うように言う。

 

「でも、皆さんの生態データやパラメーターを見る限り、良い効果もちゃんと在るみたいですよ」

 

 そう言って、訳の分からない空気になりそうにあったのを、赤城が防いでくれた。野獣達に歩み寄って来ていた赤城は、手にタブレット端末を持っている。其処には、長門や大淀、加賀、榛名の其々のパーソナルデータの上昇値が表示されていた。筋力などのフィジカルな面と、ストレスなどメンタル面、それから疲労値については、艦娘達のパフォーマンスに大きく影響を与える項目だ。艤装の性能や錬度だけでは無い、こういった部分に良い影響が出ているという事だろう。

 

「まぁ、もうちょいデータも欲しいし、あと2、3回やってみるか!」

 

 赤城の持っていたタブレット端末のディスプレイを見た野獣は、唇の端を持ち上げて、野次馬の艦娘達に向き直る。「よし!! じゃあ籤引きしたい奴、手ぇ挙げろ!(募る意志)」 野獣が言うと、大半の艦娘達が手を挙げる。まだまだ、悲劇は始まったばかりだった。

 















今回も最後まで読んで頂き、有難う御座います!
まだまだ匙加減が分からない部分もありますので、必要であれば修正させて頂きます。
不定期更新ではありますが、応援して下さる皆様、また暖かい感想や評価まで添えて下さる皆様には感謝の念に絶えません。いつも本当に有難う御座います!

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