牢の看守がせせら笑う。「潔白だと言い張るんなら死ぬ気でねじ伏せろ」と。
執行役の冥界の番犬の弟が言い放つ。「オレノ心ヲ満タス死ニ方ヲ考エロヨ」と。
双剣煌めかせる夜叉女が宣言する。「アンタは死刑なの。ああ、早く切り刻みたい」と。
...俺は、躊躇わない。「理不尽」な罪状で収監されて、極刑なんて断固、拒否する。
自分たちの方が強いと自負して自惚れる以上、目の前の奴等を倒して力を示しても納得など
しやしないだろうとは思ったが、その時はその時だ。「新田」のこともあるから
さっさと片付けたい。その為なら、見張り番から提示された「情報料」は安いと思った。
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呼ばれて俺は、闘技台へと足を踏み入れた。ガシャンと背中の格子が閉められ、声が響く。
ふざけた内容の罪状を読み上げる声が、怒気を含み荒くなった。
そして、刑を執行する為に現れた悪魔が舌舐めずりをしながら、余裕を見せる。
『...1対1じゃなくてもいい、だって?』
「キサマガ連レテル仲魔ナド、物ノ数ニモ入ラヌ」
俺は1対1で闘り合うつもりでいたけど、だったら遠慮はしない。
しかもご丁寧に、回復と準備の時間を取っていいとか、どこまでも上から目線だ。
...せいぜい、言ってろよ。
『来い!。ミカズチ!ビャッコ!クシナダ!』
「てめぇ!。俺だけ省略呼びすんなあああっ!」
新宿衛生病院でのフォルネウス戦からこっち、力不足を認識した俺は嫌でも戦って経験を
積んでいくしかなかった。とある場所に行って出現する悪魔を片っ端から屠り、他の場所では
交渉して仲魔にし、共に戦い、邪教の館の「秘術」で新たな戦力へと生まれ変わらせた。
....「秘術」への抵抗は、未だに無くならない。
姿が融けるように消えて融合してゆく、その一部始終を見届けるのは。
苦しむ声がするわけでもない。悲鳴も何もない。
けれど、目の前で起こされているのは、間違うことなく「消失」だ。
そして、ここに来るまでにはどうしても付き合いが長くなるから、どうしても、いつまで
経っても躊躇う俺を、そんな俺の横を、じゃあなと仲魔たちは笑って通り過ぎていった。
『...俺は、ここでくたばるワケにはいかねえ!みんな、手ぇ貸せ!』
手に入れた「情報」を軸に弱点を突き、先手を打ち、怯んだタイミングで畳みかける。
受けた攻撃の傷は、放置せず回復させた。そして攻撃の手を緩めない。
...どれぐらいの時間がかかったのか。荒い息を継ぐ俺の目の前に転がる、こと切れた執行者
だったモノたちの死体が突然、吹き飛んだ。ズズズ、と闘技台の床が揺れる。
いよいよ、ここの荒らぶる連中を束ねるナンバー2のご登場らしいと察した俺達に、緊張が
走った。大気が揺らぎ、「新田」のマガツヒを吸い上げた悪魔が現れる。
「私の名は鬼神トール。ここまでの見事な戦いぶり、褒めてやろう。だが貴様の力、私に通用
するかどうか。我が裁きのハンマーを以て、試させてもらう!!」
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さすがにナンバー2と言われるだけあって、その実力は半端なかった。
弱点も死角もないから、総力戦になった。膝をつき、倒れたのを見た途端、俺の体が傾ぐ。
気ぃ抜くんじゃねーよと、満身創痍の仲魔達が支えてくれなかったら倒れこんでたな。
...すっげえ疲れた。伊達や酔狂で、力が全てだという看板を背負ってないわけだよ。
真の強者のみが生きるユートピア建設を目指す「ゴズテンノウ」に会えと言う「トール」は
俺の力で世界が変わるかもしれんと付け加える。
そして裁判官に、自分が認めるから無罪判決を下せと言って去って行った。
よほど悔しいのか認めたくないのか、それを隠しもしきれず、つっかえながら判決を言い渡す声。そうして街の入り口まで戻された俺に、看守の悪魔も、気にいらねぇとかぶつぶつ言いながら、お前は顔パスになったと告げて去って行った。
取り敢えず、泉の聖女の所で回復したあと...捕まったままの「新田」を、どうやって助け出すかと逡巡しながら出てきたばかりのマントラ軍本営へと戻る。
牢に入れられた時、「新田」は無事だった。
そこで悪魔は、「マガツヒ」は、よほど飢えて無い限り全部は抜かないんだと知った。
でなければ「楽しみ」が減るからだと。
あっさり殺して出た「マガツヒ」よりも、大きな感情の流れで生まれた「マガツヒ」ほど
旨いものはないらしい。...つくづく悪趣味だ、ホントに。
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マントラ軍本営前の、大階段の下。
マネカタが、じっとこちらを見るので近づいて話しかけた。
「銃刀法違反でしたよ」...は?。
「学生の方でしたよ」...なぁ、どういう意味?。
「黒服の学生が探してたぞー」...............?!。
「アラトって「悪魔」を探してたぞー」.....マジか。
「キミ、知ってる?」....それ、俺だ。
学生服のやつになんて覚えはないけど、「誰か」が「俺」を探している。
その事実が、自由の身になった俺の気持ちを引き締めさせる。
階段を上がりきった所で感じる「奇妙な視線」。
その向けられた視線を辿って、柱のかげに「何か」が居ると察知した。
じ、と見据えると見たことの無い「悪魔」らしきイキモノが見ていたが、
すぐに引っ込み、その仕草にこっちもびくり、と反応してしまった。
さらに凝視すると、突然飛び出してきて、体をくねらせながら言う。
「ここは何だかとってもダークネス。ボク、ボルテクス界デビューしたっスよ」
....はい?。見たこと無い悪魔だけど、何言ってんだ?。
「ウヒッ!デビルサマナー・クズノハライドウ対人修羅...それってイケてる?」
...ちょっと待て。今、何て言った??。誰と誰が対決するって?!。
悪魔が、そのまま視線を階段下へと向けるのにつられて俺も視線を動かす。
そこに、いつの間に来たのか、マネカタが言ってた「学生服の男と黒猫」がいた。
この世界になってから「あいつ等」以外、終ぞ見なかった「人間」と「黒猫」の組み合わせに
驚くしかなかったから、頭の中が疑問符だらけの俺は完全に油断した。
そしてすぐに、ありえない事態に遭遇することになる。
どこのお伽噺か、ファンタジーかと思った自分が恨めしいと後で後悔する程に。
普通、「猫」は流暢にしゃべらないだろ...。