目指すは、遥かな「高み」の筈だ。
そう信じて進むから、気付かない。
何でだ、と、詰め寄りそうになるのを必死で堪えた。
お前まで、「それ」を目指すのか、と。「氷川」と同じように。
どう言えば止められたのか、今もわからないままだけれど。
きっと、俺が止めても無駄だったのだけは分かってた。
友達として、幼馴染として、お前の気持ちも分かるから。
そして、決めたら、お前は振り返らない。
だけど、「それ」は予め用意されていた「事」であって。
お前は自分で決めた、と言うけれど。
「それ」を目指すか、「野垂れ死ぬ」かしかないのなら。
「それ」を「選択する」しかないだろうが。
いつものお前なら、絶対に気付いたはずの「騙し絵」に今のお前は囚われてる。
言いなりに動いてるだけに過ぎないだけな事に気付かぬまま、歩き出す。
こういう時は、俺の声も届かない。何度言っても聞こえない。いつもそうだった。
「私ね、この世界の決まりごとに従う事にしたのよ」
『....?。「橘」....?。お前、なにを』
「私、「創世」をやってみようと思うの。おかしなこと言ってるって思う?」
『....「橘」が、「創世」を?』
世界が変わるあの時に、「橘」は「選択せよ」という声を聞いたらしい。
そして、この世界でどうすればいいか、ばかりではなく。
なぜ、世界はこんなになったのかを考えた時に、見えてきたことがある、と。
それは....「東京受胎前の世界」が、不要な存在を許容できなくなり。
創り出すこともなくなり、ただ、何もない時間だけが、流れていく世界だったのだと。
そして、今も胸に残る、全てを失った悲しみ。
それを飲み下すことさえできれば、この世界では無限の可能性が広がり、
自分に与えられ、受胎を生き残った意味を知る事が出来る。
....「創世」をする「力」を得られるのだと。
「橘」は、この世界を生きる為に「コトワリ」を持ってしまった。
強く、優秀な者だけで築かれた「それ」を、楽園と呼ぶ表情は明るい。
そして俺に、その「ヨスガ」という「コトワリ」と世界観への理解を求めた。
....けれどここでも俺は、返事を保留にした。
そんな俺に、「橘」はいつかわかってくれる、信じていると言って。
自分が掲げた強者の「コトワリ」のもと、自分の力でやれるところまでやると。
「マガツヒ」を集め、「創世」を目指すと強い意志で言い切る。
「また会いましょう、現人(アラト)くん。生き残った者どうしなら、きっと
この先も、どこかで道は重なっているはずだから」
ゆっくりとすれ違って行く俺と「橘」の距離が、遠くなる。
篝火が、2人の影を照らし、引き離してゆく。
その距離が、そのまま二度と元には戻らないなんて思いもしない。
お互い、振り返らぬまま、歩いていく。今、目の前に在るものの為に。
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「帰って来たんだな、現人(アラト)」
『....すまない、その』
「先生、連れて帰れなかったか。お前の力に、結構期待してたんだけど、な」
『....「新田」』
ニヒロ機構の「ナイトメア・システム」発動で、崩壊したマントラ軍。
これからは、そのニヒロ機構が先を行くのが目に見えている。
先生の行方は知れないままの、混沌とした世界で振り回されている身が
歯がゆいばかりだと、俯いたままの「新田」が自虐に嗤う。
けれど「新田」は、噂で聞いた「とある存在」に賭けると、顔を上げた。
マントラ軍の崩壊を予知した為に、捕囚所に入れられたというマネカタがいる。
その不可思議な力で、これからの事や「先生」の事を見出すと。
どこにいても危険には違いないのなら、「可能性のある方」へ行く。
それは、実に「新田」らしい言い方だった。
....そう、聞き様によっては、とても前向きなように聞こえる。けれど。
自分で決めたかのような口ぶりに隠れているのは、あくまでも他力本願な本音。
分かってはいたけれど、付き合いが長いから慣れてはいたけれど。
お前は....いつになったら、依存をやめられるんだろうな。
俺が言う事聞かなきゃいいんだろうけど、あんまり苦じゃなかったから。
お前の本心がどこにあるかくらいは、友達としてわかっているつもりだから。
けど、俺がダメだったら「次」が見つかるその強運さは、天性なのか?。
「じゃあな、俺は行くよ」
そう言って解放された入口へと歩いて行く「新田」と、取り残されて
動けない俺との距離も、ただ、離れ、広がるばかりだった。
『俺も、進むしかないんだ。今は、行かなきゃな』
....「創世」できない俺だけが、「真実」に近いのは。
....もはや何の皮肉だろう。