堕とされたる黒き翼持ちし、あの方の御許へ。
「新田」を追う道すがら、そういえば、と思い返した。
....あれは、アマラ経絡の出口の先。赤と黒の視界の先で見たもの。
初めて落ちた時から時々行くけれど、未だに分かりかねている事がある。
疑問符しか浮かばない、最初から今でも。
異様な妖気が漂うこんな場所に、冗談だろ?と思った。
....あり得ない。ここがどこだか知らないけれど。
なんで「あんた」が、ここにいる?。
いや、「あんた」は本当に「高尾先生」なのか?。
聞きたいのに声が出ない。どうして。
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「覗き穴」の先には、演劇のような張りぼての舞台セット。
調度品なんかは本物ぽい。視線を動かしあちこち見ていてふと気が付く。
壁に貼られた幾つもの写真に、見覚えがあるなんてもんじゃなかった。
目に入る写真は。あれも、あれも、間違いない。
すべて、「東京受胎」の時のものだった。
しかも、それだけじゃない。他の写真には、俺が写っている。
キイキイと軋ませて幕が開いた舞台にいたのは、アマラ経絡とやらで
いつか見た、「喪服の女と老紳士」だった。
俯いていた「老紳士」が顔を上げ、こっちを見た瞬間ものすごい圧力が
矢のように俺の全身を貫いて、踏ん張るのがやっとだった。
やがて側に立っていた「喪服の女」が視線を寄越した。
....とは言っても、黒いレースの短めのベールに隠れていて
その表情は読めず、口元からしか窺えなかったのだが。
彼の女は、どこまでも「高尾先生」に、気味が悪いほどそっくりで。
その姿だけじゃなくよく似た声で、ここが何処なのかを教えてくれた。
俺が来たのは所謂「魔界」で、神から貶められた者たちはここを
仮初めの住処にして、刻を待っているのだと。
そう言った時、口角が僅かに上がったのは何故だったのか。
ここから出るすべがないんだと思っていると、察していたのか。
まだ弱い俺が、迷子同然でここに来た事はわかっているし、ましてや
ここですべきことは「今の弱い俺」では何も無いから、送ってやると。
「....ですけれど、これは渡しておきましょう」
そう言われて左手に何かが握られる感触に、目を向けると
いつのまに手にしていたのか、見るからに古めかしい「燭台」が
「メノラー」と言われたそれが、俺の手の中にあった。
迷いが生じたとき、手掛かりを与えてくれるのだというそれは
言っちゃあなんだけど、そんな大層なモノには見えなかった。
....宿命が望むだって?。曖昧な言い方だな。
それより「アンタ」は、本当に「先生」じゃないのか?。
答えは無いままに、キイキイと幕が下ろされていく。
幕の向こう側にいる「喪服の女と老紳士」が、完全に隠された直後
俺の意識もそれに倣うかのように、ブラックアウトした。
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あの後は、気付けばギンザに着いていた。
何だったんだと釈然としない出来事に考え込んでいたから
「聖(ヒジリ)さん」にやたらと心配されてしまったけれど。
『こんなもの、ホントに役立つのか』
「アラトおめー、それ捨てる気じゃないだろな?」
『....捨てないけどさ。イヤな感じがするんだよなぁ』
「では、お捨てになりますか?」
『....いや、持っとくよ。何かあっても何とかなるだろ』
ただの燭台ではないソレを持ち続ける意味。そして。
「メノラー」が、その形状のままの意味だけではないモノだという事を
俺が知るのは....これから向かう先々に「現れる」ものによってだとは
俺だけが、知る由もなかった。
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「で、で、で、でっ....出たあああああっ!!」
「「死神」がっ....「死神」が出たああああっ!!」
「この先!この先っ!!」
ギンザ大地下道。
腰を抜かしたマネカタが、指し示すその先に。
とてつもなく恐ろしい悪魔の気配がした。
次の瞬間には、床にずるりと引き摺りこまれて。
落ちた先は、赤い砂舞う荒れ地。どこからか、「声」がする。
「....メノラーの炎が、私を戦いへと駆り立てる」
「....貴公が誰かは知らぬが、メノラーを持つ以上、戦いは避けられぬ道と知れ」
「故に、誰にも邪魔はさせぬ。私の結界内で雌雄を決しようではないか!!」
地面から黒い霧が噴出し、現れたモノ。
赤いムレ―タを振る後ろ姿は、「闘牛士」にしか見えない。
....但し、正面を向いたその「顔」は。
「死神」でありながら、「魔人」の証でもあるという
「骸骨(されこうべ)」そのものだった。
「さればこの剣とカポーテにかけて、今宵もまた勝利を誓わん!!」
全ての悪魔は、「あの御方」の眷属。
契約主よりも、「あの御方」は絶対上位存在。
結果的に契約主を騙すことになるは、必定でございます。
....それが、不本意であろうとも。