永き時の果て、切に、願いたる力の具現。
此度こそは、惑う果てに、行きつかんことを。
「....やはり、メノラーどうしは引き合いましたか」
どこからか、「喪服の女」の声がする。
どう聞いても「高尾先生」なんじゃないかと思わせた。
けれど違うと言い切れる根拠もなく、逡巡する。
そんな思考に囚われ、あさっての方向に行っていた意識が
「喪服の女」からの単語ひとつで呼び戻された。
「現人(アラト)」
このメノラーを持って、あの二人のいる場所へ来いと言われた。
急ぎはしないというわりに、急かされた気になるのは何でだろうな。
****
「あの魔人から、メノラーを取り戻してくれたのね、現人(アラト)くん」
ドクン、と心臓がなった。その口調は。
「(....待てよ、何だよ。)」
「私が....ずっと前から思っていた通りに、君は私の力になってくれるのね」
鼓動が早鐘を打ち、じわり、と手が汗ばむ。
「(....本人、か?)」
あり得ないと否定する思考を、粉々にするかのように俺に向けられる言葉。
この世界で「高尾先生」に会う事が出来たら、本人が言うであろう言葉の羅列。
「そう信じていたわ。例え世界が変わってしまっても....って」
せんせい、と口を開きかけた時、隣の「車椅子の老紳士」が彼の女を見やった。
それを受けてコクリとひとつ頷き、次に言葉を発した時には居を正すかのように。
「....我が主の言葉をお伝えします」と、改めた。
****
アマラ深界の流脈を制御する為の、命の炎。それが10と1本。
「魔人」と呼ばれる、異なる者達から取り戻し各階層を照らせ。
それをすれば、閉ざされしアマラ深界への出入りを許す、と。
「喪服の女」は、それだけを告げると俺の返事を待つ。
....確かに損にはならない。けれど、そうなれば必然的に。
あの「魔人」とやらとの、死を超える闘いが前提になる。
他の悪魔たちとの闘いとは違う、よりシビアな命のやり取りが。
....何者かにならなければならない俺を、定める「鍵」になるか。
そう考えて、応えると彼の女の口角があがった。
「ありがとう、現人(アラト)くん。君なら....いえ、あなたならば
迷おうとも間違いなくそう言ってくれると、我々は信じていました」
引き合うメノラーの特性をもってすれば、いずれ全てのメノラーを見つけ出せる。
各階に配するたびに、その働きに対し相応の報いで応えると条件を告げた。
いい様に使われている気がしなくもないけれど、今のままでは弱いから。
今の俺には、足りないものがあるから。その為なら。
ターミナルにメノラーをかざせば、トウキョウと、ここを行き来できる。
そう言って降りていく幕の向こうに消えた2人の、その後に続いた言葉は。
幕に遮られ、俺の耳には届くはずもなかった。
俺の背中に向けられた、望まれし者へ至る望みを乞われたことなど。
それを、密かに願われたことなど、気付く筈もなかった。
「....これで、準備は全て整いました。この先、我らが選びし魔人が
全ての死を乗り越えられるのか。そして我らが真に望む「新たな悪魔」が
誕生するのか....我らはここから、静かに...見守る事に致しましょう」
「喪服の女」は、そう言って隣をちらりと見る。
「車椅子の老紳士」は、その口元に薄い笑みを浮かべて瞑目した。
****
上の、赤と黒を基調とした階とはうって変わって。
ワープゾーンの先。降りてきた場所は、白と金を基調とした階層だった。
入口の思念体が告げる、深淵へ至らんとする者への警告。
「ここはアマラ深界。キミのいたボルテクス界とは全く異なる世界」
「カルパと呼ばれる層に分かれ、その一番下に混沌の者たちを統べるあの御方がいる」
「....人として創世を目指すのなら、あまり長居はしないことだ」
なんでそんな事を言うんだ?。
「創世」は人間だけができるんだろ?。
今の俺には、悪魔化した俺には、「創世」は、できないんじゃねえのか?。
願え、望め、贄となり糧となれ。
我らは、オマエの為に、屍の山と為ろう。
道無き道を、ゆく者よ。
道無き道を、拓く希望たれ。