射干玉の闇に灯るは幽けき淡い也   作:真神 唯人

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遥かなる原初から始まるは。
深き溝にて 分かたれる相違なり。
それ即ち、どこまでも深き、「業」なり。


久遠なりし連理の枝、冥暗を渡らん

ボルテクス界のどこか。

 

 

現世と次元のあわいに、かの御方は、今は坐す。

天より堕とされし黒き翼持つ、絶対悪の御身は美しき闇。

吹雪く凍える氷の瞳が見つめるは、忌まわしき天の果て。

 

此度こそ、その御手に。光り無き世界を。

我らが主の、かの御方の為に、この身を捧げる。

 

....その為に、受け容れた「業」。

在りし日の罪の、連鎖の「罰」と共に。

 

 

****

 

....「喪服の老婆」は、目の前に浮かぶそれを見ていた。

淡く仄かに光るそれは、何かを収めた曇り無き水晶玉であった。

 

黒いレースに隠す濁った眼が、妬み嫉みに歪んでいく。

皺だらけの手が、高まる感情に従い小刻みに震え始めた。

伸ばした指先をぎゅっと、握りこんで抑え込む。

 

  

  ....この感情は、あの御方には不要なもの。

  これを見なければ、それで済む。それなのに。

  忘れられぬ罪が、咎が、この身を焦がす。

 

 

思い出せばいつもいつも、彼の人の傍に在るは「あの女」。

寄り添い支え、時に死を以って、彼の人に留まる「あの女」。

許し難い、憎んで呪ってなお余りある、「連理の枝」。

 

   

  ....違う。そこは「私」の場所。

  そこにいていいのは、「私」だけだ。

 

 

震える指先が、意志とは逆に動く。目の前の水晶玉に向かって。

引き寄せられるように、その手を伸ばし、取ろうと。

 

壊しても隠しても、この身を焼き続ける業火は消せない。

ならば、在りし日の罪と業に燃え尽きてしまいたい。

怒りに燃える、彼の人のその手で終わらせてもらえたら。

 

....あと少しで届く、その刹那。その耳元に。

永久凍土の地獄に吹き荒ぶ風よりも、冷たく凍える声がした。

 

 

  「いけないよ。それは、ぼくのものだ」

 

 

耳元に届いた声で、全身が凍りついたかのように固まる。

 

 

  「....くやしいかい?。じぶんじゃないことが」

 

 

このまま、凍りついた身を砕かれる気がした。....けれども。

握られた手は、まるで「ヒト」のように暖かくて。

 

 

  「これは、もしものための、ぼくのきりふだ、だからね」

  「こわしてはいけないよ」

 

 

 

ゆっくりと顔を下げれば。金の髪の、こどもがそこにいた。

にっこりと、この上もない、極上の微笑みを浮かべて。

幼い顔立ちに恐ろしいほど不似合いな、蟲惑的な声で。

 

 

....忘れてなどいない。彼の人と、永遠に分かたれた日から。

この命も、この身も、構築する細胞の一片、魂のひとかけらまで。

全ては、目の前にいる金の髪の、幼いこどもの モノ。

 

あまねく世界をその御手におさめ、いと高き天を大いなる力で穿ち。

色という色を全て真っ黒に塗りつぶし、何もかもをひとつに為される。

その手足となるが為に、ここにいるのだ。

 

 

 

  「はい、ぼっちゃま」

 「うん」

 

 

 

「喪服の老婆」は、老いた体の膝を曲げて、こどもの前に屈みこむ。

そして。恭しくその御手を取り、頭を垂れて赦しを乞うた。

 

 

   「かれが、きおくにのこす、ひとなのだから」

   「ああ、なまえは....たしか」

 

 

****

 

 

アマラ深界、第一カルパ。

 

 

ボルテクス界では、未だ見た事のない悪魔たちが出現する。

マガタマの中にはアナライズ機能を持つものがある。けれども。

それは、一度闘わないと意味が無いという面倒なもので。

 

そういえば、と、現人(アラト)は思い出す。

 

級友に、やたらと天使とか悪魔とか系に詳しい女子がいた。

幼馴染の「橘 千晶」以外で親しい女子は、彼女だけだった。

オカルト好きを前面に出さなければ、気が合うのは。

 

もし「東京受胎」を生き延びて、共に歩けていたなら。

ビビりながらも「あ、知ってる!」と、教えてくれただろうか。

最初から、そんな道中を進めたら良かったのに。

 

 

   『(....何考えてんだ、俺は)』

 

 

「あいつら」以外の「人間」など、とうに居ない。

思念体にさえなれなかった他の人間と共に、死んでいるのに。

こんな世界になっても、まだその名を覚えている。

 

 

 

 

 

   『あいつの名は....「真幸 明夜」』

   「かのじょのなは、「まさき めいや」」

 




神が定めし、拘束されたる運命の女。
如何なる時も、定めの男の傍にありて
汝が務めを、速やかに果たし、導け。

神が定めし、運命を棄てて、自由を得た女。
如何なる時も、定めの男より離れても尚、
汝が務めを、速やかに、果たせ。

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