射干玉の闇に灯るは幽けき淡い也   作:真神 唯人

33 / 45
背負うのは おまえだ
痛みも傷みも 全ては おまえの糧とならん


罪咎に穿たれし魂に、救いは在りや

「最近ハイウェイに、バイクに乗った亡霊が出るらしいんだよ」

 

そんな怪談話、今に始まったことじゃないだろと思ったが....亡霊と聞いて。

ある仮定というか決定事項に思い至る。見てみたいと言ったら、思念体に呆れられた。

闘牛士、僧侶の即身仏ときて、「次」はどんなのかと思いきや。

 

『....バイクに乗る()()、か。』

 

仲魔達からは散々な言われようだけど、これでも対魔人戦に関してはより慎重に考えるんだぞ。

....それにしたって。バイクって事は、スピード重視の....斬撃、じゃ無くて衝撃系か?。

あれこれ考えながら取り敢えず進んでいくと、案の定、足元が赤黒く溶けた。

 

コケる事無く着地し、辺りをきょろきょろと見回すけれど。

一体何処から来るのか。警戒していると突然響いた、バイクの排気音(エキゾーストノイズ)

思わず体がビクリと跳ねて、あわてて振り返るとこっちに向かって来るバイクが見えた。

 

『....うわー、マジか。ってか、突っ込んでくる気か!?』

 

凄まじいスピードで走ってくるバイクに乗る者の顔は、確かに骸骨だった。

あれ、チョッパーとかいうバイク仕様だよな。それに、あのスピードで止まれるのか?。

蛇行しながら突っ込んでくるバイクの魔人が、俺達に向かって、いや、正確には。

俺に向かって、何かを叫ぶのが聞こえた。途端、バイクの前輪が地面の接地面から離れる。

 

『う、ウィリーだあ?!。あのバイクで出来んのかよ!?。嘘だろっ!!』

「メノラーを寄越(よこ)しな!。そうすりゃ、連れてってやるぜ、スピードの向こう側へッ!!」

 

****

 

「ヘルズエンジェル」という魔人を撃破したあと、一旦、回復に戻った。

たまに地上へ戻れば魔人に出くわし、アマラ深界へ来れば地上よりシビアになる闘い。

戦力強化という意味で、迷宮探索は外せないのだが、何せ総じて高レベルなやつばかりで。

疲弊の度合いは、地上戦の比じゃない。消耗も半端無い。だったら行かなきゃいいけども。

いちおう、メノラーの件があるから魔人との遭遇は、必須だし行かないというわけにもなぁ。

 

それでも俺が深界へと向かうのには、好奇心に勝てないというのもあるが。

もっと言えばヒトの身では知り得ぬ事を知れる、というのが理由だったりする。

人の時には、興味も関心も無かった世界のことが、深界では普通に話の種になるのだ。

それを聞けるのが、案外というか、意外にも面白かったりするからだ。

 

....もっとも、聞いていて気分のいい話じゃ無い事の方が多いのは、仕方ないけど。

仲魔からでは聞けない話もあるから、知識がそれなりに増えていくのも悪くないだろう。

 

『今なら、お前に勝てるかもしれないぜ?。明夜(めいや)....』

 

思い出すと胸が痛くなるのは、亡くしてしまった者への感傷か。それだけだろうか?。

壊れかけた世界で、異形の身で、誰かの過去にさえもなれずに生きていく事への痛みか?。

 

今の俺を見たら、どんな反応をするんだろうな、お前なら。

橘も新田も、ちょっと驚いてたけど俺だってわかって、普通に話せたぞ。

明夜(めいや)は....なんか、目ぇ輝かせて話に食いついてきそうな気がするな。

そんで俺ばっかり喋らせそうだよな、悪魔一体につき30分ぐらいは説明要るかな?。

 

....せめて10分にしてくれるか、30分とか無理だよ。

 

そう言ったら、ええ~?って言いそうながらも笑う顔が、鮮明に思い出される。

あれ?。ヤバい。なんでだ?。無性に、お前の声が、顔が、俺を焦がす。

突然頬を伝う、温い何か。指で掬ってみるとそれは、忘れかけてた、ヒトの「証」。

 

『....なんだよ。俺、()()、泣けるんじゃん』

 

明夜(めいや)を思い出すことで、人である事を自覚できるのか。ならば。

お前の事を忘れてしまったら、俺は悪魔に近づくのか。....なんだそれ、笑えないって。

悪魔であることの痛みを捨てたければ、お前の事を忘れてしまえばいいって事か?。

じゃあ、人であると足掻き続けるためには、お前の事を思い出して違う痛みを刻めという事か。

 

そこまで考えて、ふと()()()へと思い至る。もしかしなくても、俺は....。

亡くした者への感傷とは別物の感情を、明夜(めいや)に持ってたのか。そうなのか?。

 

失くしてしまった時間の向こうで、ヒトの俺と明夜(めいや)が机を挟んで喋ってる。

悪魔の体の俺は....もう、あの中へは行けない。行く事ができない。

それでもお前の事は、今の俺の過去になんてできない。....もっと早く、自覚していたら。

そうしたら、もしかしたら、あの時俺と一緒に先生の見舞いに行ってて、「東京受胎」を共に。

橘や新田と、明夜(めいや)()生き残れたんじゃないか?。

 

『....弱気になってるヒマなんか、無いのにな』

 

いくら俺でも、「たられば」は、慰めにさえならない無意味な事だと分かっている。

更なる「痛み」を重ねるだけだと、分かっている。....分かってんだよ、そんなことは。

それでも思い出せば、まだ「俺」でいられていると自覚できるし、忘れたくない。

 

人だけが、「創世」への資格を持つ以上、今の俺にその資格は無い。なのに。

悪魔の体にされてなお、何故、この世界で生きるのかを知る為に。全てを知る為に。

俺は、仲魔を得てここに立っている。先へ、進んでいる。まだ、先へ行く。

だから....ここで「人」をやめたら「俺」は居なくなり、ただの悪魔に成り下がるだけだな。

 

『....そんなのは、死んでるのと同じだ。冗談じゃ無えよ』

 

口に出して、ふと思った。

 

弱気になったり強気になったり、忙しないな....俺。

ああでも、これって「人」も「悪魔」もあんまり変わんねえんじゃないか。

何だか少しだけ、気が楽になった感じがする。いいよな、あんまり張り詰めてなくたって。

....迷宮探索中と戦闘中は、張り詰めてなきゃ死ぬからそれ以外は、な。それから。

 

『....明夜(めいや)。忘れたくないから、忘れてやらねぇ。俺の最大の未練、だからな』

 

「人修羅」という呼び名の意味を、今更ながらに思い出した。

今は未だ、彷徨い巡るだけで精一杯で、ここまで来ても、確かな事はこの手には無いけど。

俺は....先ずはあいつらに、追いつく。先生を見つける。全てを知る。その為に、生きてる。

全てを知ってどうするかは、そんな事は、知った時に考えればいいだろ。

 

****

 

「ち、何匹か逃がしちまった。悪りぃ」

『構わなくていい。逃げられたって事は、そいつの運があるって事だからな』

「....!。いいのか、追わなくて」

『いいよ。深追いして、反撃とか食らったら意味無えだろ』

「そりゃそうだけどよ....なぁ、アラト。お前、何かあったか?」

『あ?。いや、特には何も無えよ。あ、変なモン食べても無いからな!』

「....なら、いい」

 

()()で、仲魔が集まる。アラトは眠っているから気付かない。今のうちに。

皆、何かしら思う所があるらしい。早速タケミカヅチが、口火を切った。

 

「なぁ、アイツ、マジでどうしたよ?」

「分かんないわ。何もない筈だけど」

「コレ、いい傾向なのか?」

「微妙じゃのう。ヒトの部分は計れぬからの」

「様子見か、やっぱし」

「マダ、ナ。」

()()()は、流石に無しだと良いがな」

「…………………勘弁しろよ」

 

 

まだ早計だ。まだ、断ずるには早い。

まだ、生き残った人間どもが「創世」を成すまでに、時はある。

だから、待とう。我らは、我らの意思でここにいるのだ。

あの者を、主と定めたその意思を以って。

 

だが。あの者に救いをもたらすのは。他の誰でも無い。彼の御方だけだ。

 

 

 

『なんだよ、みんな神妙な顔して』

「なあ、ホントに何も....」

『無いって。何だよ、何を気にしてんだ?』

 





在りし日が お前を苦しめる いいのか?
お前は 「楽」に なりたくはないのか?

聞こえるのは 悪魔の囁き

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。