屋上に向かう途中で、やたらはっきりとした「幻覚」を見た。
声まで聞こえる「幻覚」なんて、あるのか?。
そこにいたのは「喪服の老婆と、金髪に喪服の子ども」。
何でこんなとこに、俺達以外に人がいる?。
何で喪服なんだ?と思いつつ、なぜか目が離せない。
老婆と手を繋いだ金髪の子どもは、口元を手で隠しながらも
子どもらしくない目で俺をみて、何かを老婆に話しかけている。
それを受けて、忙しいから後にしようという老婆。
その様子に、また、どこかで見たような『既視感』。
何でなんだ。俺はこの二人を知ってる?。
そんなこと、「あるはずがない」のに。
そして二人は、ほんの一瞬の間に。
俺が、まばたきをする間に 消えていた。
***
街を見渡せる屋上で、「先生」は俺を待っていた。
世界の破滅とか、予言だとか、色々語るけど、耳に残らない。
後悔しないって、本気で言ってるのか?。
ここにいない全ての人間が、皆殺しになるんだろ?。
あんたもあの男も、狂ってる。
『高尾先生!!』
決まった運命?。受胎?。俺が生き残る?。
あんたがそれを決めたっていうのか。
なぜ、俺なんだよ。
『教えてくれよ!今から何が...っ!』
さっき聞いた時も、今も、酷く抽象的な言葉でしかない。
けれどわかるのは。あんたとあの男が、老いた世界だという「今」と
そのなかに存在するすべての人間を、断罪するという事。
世界を殺す罪を負って、世界を産むのがあんただという事。
「先生」は、その先へ、俺に来いという。
俺を信じてる?。道を示してあげられる?。
辿りつけたら、全ての疑問の答えを教える?。
なぜ今じゃないのかと聞けば、もう時間がないのだと返され。
そして俺は、目の前で この世界が混沌に沈む様を。
世界の、転生を 目の当たりにする。
遠くから、空に黒い稲妻が走るのが見えた。
それが、どんどん近くで落ちるようになり、建物を壊す。
ただの稲妻なんかじゃなかった。
そこに在った世界は。それまであった色を失くし、
モノトーンに似た色合いに変化した。
凄まじい揺れが起こり、街並みが壊れてゆく。
大地が、壊れた建物ごと捲れあがってゆく。
...数多の、命の灯が、消えてゆく。
スローモーションの映像を見てるかのように、音も無く、静かに。
本来この耳に、届くべき轟音さえ聞こえぬまま。
世界は、静寂とともに、壊されていく。
その真ん中に、太陽にも似たものを 模造しながら。
***
白く、眩しすぎる白い光が集まっていく。
目を閉じても真っ白な世界に、見覚えがあった。
いつか見た、白い夢に似ていたから。
夢。目覚めれば忘れてしまった「悪夢」。
それらを見たのなんて、つい最近のことなのに。
ひどく遠い過去のような気がする。
そんな俺の中に、突然響く「声」。
荘厳な、無機質な、温かみとか一切ない、感情なき「声」。
「それ」は、俺に心を見せろと言った。
心?。今の俺に、何を思えというんだよ。
「また」、全部失くしたのに。......「また」?。
いや、違うだろ。「また」って何だよ。
「それ」は言った。俺の中には「何もない」と。
「コトワリ」の芽生えすら、ないと。
「それでは出来ない」「世界を創造する者」に、なりえないと。
「探せ、お前は何者かに為らねばならぬ」と。
...「コトワリ」って、何だよそれ。
世界を創造する?。意味わからねえ。
だいたいそんなことできるの、「神」さまだけだろ。
何者って、俺は俺以外の何者でもないぞ。
そう思っていたら、いきなり視界が真っ暗になって。
目が追いつかなくて瞬きをした先に、「人」がいた。
...正確には、崩壊前に見た「幻覚」だと思っていたモノ。
「それ」は、なぜかもう一度瞬きをすると、至近距離にいた。
心臓が飛び出そうなほど驚いてるひまもなく、俺は。
気付けば「老婆」に抑え込まれていて。
何なんだ、この婆さん?!。すげえ力で抑えつける!。
いや、何言ってんだかわかんねえんだけど!。
は?。そこの子どもが、俺に興味をもったって?。
ヒトに過ぎない哀れな俺...って、じゃあんた達は?。
見ると、「金髪の子ども」の指先に「何か」がぶら下がっている。
そいつは、「虫」みたいに、うねうねと気色悪く蠢いている。
...何だソレ。気持ち悪い、どうする気だ。
痛いのは一瞬?。痛いってどういう意味だよ?。
...待てよ!。やめろ!。
俺の懇願が聞こえないのか、子どもの指先は、無情にも
しごくあっさりと、「ソレ」を離した。
嫌な動きをしながら、俺の口めがけて落とされた「ソレ」から
目を逸らすことも、身を捩って避けることも許されぬまま。
体に走る激痛とおぞましさに泣き叫ぶ、俺の耳に
「金髪の子ども」は更なる現実を囁いた。
気絶さえできない状況で、朦朧とする意識は混濁して
理解できないまま、遠のく「言葉」。
その「意味」は、このあと、思い知ることになるのだが。
「これでキミは...アクマになるんだ」
俺が「ヒト」でなくなることを告げる、その「声」は。
おもちゃで遊ぶのを愉しむような、子どもらしい声だった。
『人修羅』、誕生 です。