頭が、ぐらぐらする。胸が、むかむかする。
呑み下したはずのモノが、張り付いてるようで、気持ちが悪い。
体が重くて、ひどくだるい。
ゆっくり起き上がり、片膝をついて溜め息をつく。
思考がままならない。もう一度、横になろうか。
「眠ってはいけません。起きなさい」
そこに、耳障りな「声」が遠く近く響く。誰かの声が。
どっかで聞いた、嫌な印象しかない慇懃無礼な、しゃがれた「声」。
何だよ。疲れてんだよ。うるさいな。
俺のことなんか、これっぽっちも構うことなく「声」は続ける。
「坊ちゃまがあなたに贈ったモノが、何であるか」
「すっかり、言い忘れておりました」
「アレは、悪魔の力を宿せし禍いなる魂」
「禍魂 ―マガタマ― と、いうモノでございます」
悪魔の力を宿した何かを、俺の体に入れたと。淡々と語る「声」。
普通に聞けば、自分の体に何かされたなんて事がどれだけおぞましい話か。
正気なら、罵声を浴びせているかもしれない話を聞かされているのに。
けれど今は、凄まじくだるくて。まともに考えてられない。
ただの「言葉」の羅列が、耳に入るだけなのだ。
けれど、次の言葉に俺は反応して目を覚ました。
「これであなたは、悪魔になったのです」
すう、と瞼をあげ数回瞬きをして、周りに視線を向けてみる。
どうやら手術室だか、その辺りにいるらしいのが見て取れた。
目覚めると、先ほどのひどいだるさはどこかに行ってしまっていて。
すっきりとはいかないまでも、それまで霞がかっていた頭の中が
かなり、クリアーな状態になっていた。
そこで、ふとある『違和感』に気付く。自分の手に。
見れば両手に、緑色に光る印?が、刻み込まれている。
両手だけじゃない、腹とか足にもあるのに気付いて、瞬時に血の気が引く。
すると、首にチリッと痛みが走るので怪我でもしたかと訝しんだ。
そっと手をまわすと、「尖った何か」が首の後ろに出ている。
印?といい、それが何なのか理解できず、冷や汗が止まらない。
何だよコレ?!角?棘?体から生えてる?突き出てる?
ありえねえ!って、抜けねえぞ?!って...うわ、何だコレ...。
湧き上がる、悪寒。ぞわぞわと、這い上がる気色悪さ。
長時間、正座したあとの足の痺れの、強化版みたいな感覚。
暫くの間それが引くまで、ひたすらに耐えた。
するとまた「声」が聞こえてきた。坊ちゃまを退屈させるな、と。
そこまで聞いて、俺はやっとわかった。聞こえた「声」が誰なのかを。
あの「金髪の子ども」の隣にいた、俺を抑えつけた「老婆」だと。
あの時落ちてきた「虫」みたいなモノは「マガタマ」というのだと。
そして...俺は、悪魔の姿に変えられた、らしいことを。
少し先に、鏡があることに気付いた俺は、確かめたくて
ふらりと、手術台?らしきところから降りて、鏡に近寄り覗きこんだ。
そして覗いたことを後悔するほど、くっきりと確かに。
「ソレ」は、俺の顔にも、刻み込まれていた。
***
取り敢えず、何がどうなったのかを確かめようと部屋を出た。
ここにいたくなかった。意識を奮い起こす。
背中の扉は閉じられた。行くしかない。
***
少し前まで、ここで、泣いて喚いた。
自分が変わり果てた事実に愕然としたあと。
俺は暫く、考え込んでいた。
最後に見た光景が、頭にこびりついている。
あれが現実となったのなら、もう俺の家は無いし、母さんも。
...知らず、涙が零れてくる。(....母さん。)
家族を失くした喪失感に苛まれた後にきたのは、怒り、だった。
俺をこんなことに巻き込んだ「氷川」と「先生」への、純粋な感情。
ふつふつと、湧き上がった激情に流されるまま。
俺は、そこらにあったモノを掴んで暴れた。
まるで子供が癇癪を起こして、泣き喚くように。
泣きながら、言葉にならない何かを喚きながら。
手当たり次第に、壊した。
...壊して、壊して、壊して。
壁といわず床といわず、そこらじゅうをへこませて。
壊すものがなくなるまで、それは続いて。
やがて息が上がり、力が抜ける。
がくり、と膝をつき、へたりこむ。
俺は、そのまま床に突っ伏して、泣いた。
咎める者も、嗤う者も、いない。
今、ここには 俺ひとりだから。
そうして、涙も声も涸れたころ、思い出した事があった。
「先生」は、俺が辿りつけたら全てを教えると言っていた。
外がどうなっているかなんて、分からない。でも。
恐怖と怒りと知りたいという気持ちが、ない交ぜになる。
ここでじっとしてたって、しょうがないんだよな。
だったら行くしかないんだ。 確かめたいんだ、俺は。
俺が生きているのなら、あいつ等だって、もしかしたら。
...俺みたいに、姿が変わってるかもしれない。
それでもいい、探そう。
もっと知りたくない現実が待ってるかもしれなくても。
この姿に、怯えられ、化け物呼ばわりされても。
この世界に、俺は一人なんじゃないと知りたいから。
そして俺は、小さな、でも確かに大切だった存在に
自覚無きまま、「2度めの、再会」を果たすこととなる。
『2度め』...。
「それ」は未だ遠い記憶の底に沈んでいると、知る由もなく。
...困った事態、発生。
よって、仕舞い込んでたPS2、起動(泣)。