新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~ 作:ぬえぬえ
「やっときたか、金剛」
その言葉に、ワタシ――――――金剛は身体中の血が一気に沸き立つのを感じた。しかし、周りの艦娘の目がある手前ここで下手に感情を出すのは良くないと訴えかけた自制心によって、高ぶる感情を何とか抑え込んだ。その代わりに、ワタシはテートクから周りに居る艦娘たちに視線を向けた。
「貴女たちは、今自分が何をしているのか分かっていますカ?」
そう問いかける。その瞬間、周りの艦娘たちの血の気が一気に引くのを、駆逐艦たちは涙を浮かべるのが見えた。それが示すのは、彼女たちは己が犯したことの意味を理解していると言うことだ。しかし、それも一歩前に進み出たテートクの一言によって覆られた。
「俺が勝手に飯を作って薦めただけだ。
その言葉を受け、周りの艦娘たちはテートクに驚いたような、ワタシは込み上げる感情をぶつけるような、そんな視線を浴びせ掛けた。しかし、その視線に彼が怖気づくことは無い。ただ、憮然とした態度でワタシを見るだけであった。
「では、この状況はテートクが彼女たちを誑かしたために出来たモノであると、そういうことで良いデスカ?」
「あぁ、そうだ」
ワタシの問いに、テートクは臆することなくそう言ってのけた。その言葉に周りの艦娘は一様に息を呑む。その様子から彼の言葉が本当かどうかは分からないが、そんなことはどうでもいい。ワタシはただ、目の前に佇む
「……まぁ、今回はテートクの言葉を信じまショウ……何故このようなことをしたんデスカ?」
「んなもん決まってる。この状況を打開するためだ」
ワタシの目を見据えて、テートクはしっかりとした口調で答えた。それと同時にワタシは眉を潜め、そしてしかめっ面を彼に向けた。
彼が言った『この状況』、それは何なのか。まぁ部屋にあった走り書き、そして今なお皿を手に固まっている艦娘たちを見て察しは付いている。大方、
「その言い草、まるで今までの状況がおかしいとでも言いたげデスネ」
「あぁ、おかしいって思っているからな。当たり前だ」
少し窘めるようなワタシの言葉に、テートクは迷いなく淡々とした口調で答えた。それが何故か癪に障ったが、感情を出したら負けであると自らを言い含めて、すました顔を繕った。
「
「……まぁ、他に食うモンが無かったから仕方がなかったんだろ。初代の時は横領されて、その後はこっちから支援を打ち切ったんだ。そうなると、唯一自給できる資材を『食事』代わりにするしかないしな」
「食事ではなく『補給』デス」
肩を竦めながらのたまうテートクの
「でも、それは『食材』が無かったからだろ? それさえ確保すれば、別に『食事』しても問題ないだろ?」
「食材ではなく、『資材』デス。……わざと間違えてマス?」
「それはお前だろうが」
ワタシの訂正に、
特に、存在そのものを全否定した
と、熱くなってしまった。そう自分に言い聞かせ、胸の奥から込み上げる熱を無理やり飲み込む。何度か息を吐いたところで、ワタシは更に引っかかった言葉に疑問を投げかけた。
「『確保した』と言うことは、何か伝手を利用したってことデスカ?」
「……資材と同じで、上層部のお偉いさんから支援を取り付けてきた」
ワタシの言葉に、人間はこの日初めて視線を逸らした。口調も若干上擦っている。ここがウィークポイントだろう。しかし、それよりも引っかかるモノがあったためそちらから問いただす事にしよう。
「昨日、受けた報告にはそのことについて一言も聞いていまセーン。それは、何故デスカ?」
昨日、ワタシは人間から大本営に出頭してどんなことがあったかを聞いた。その時、彼は襲撃に関することを問いただされたこと、中将と呼ばれる男に庇われたこと、庇われた理由が新人であったこと、そして
「言ったら真っ先に潰されるのが目に見えていたから、隠させてもらった。それについては本当に申し訳ない」
ワタシの問いに人間は申し訳なさそうな表情でそう答え、言い終わると同時に頭を下げる。その光景に周りの艦娘は再び息を呑むも、同時にワタシは抑え込んだ熱が再び沸き上がるのを感じた。
昨日の報告された時点で疑問ではあった。何故、ただの新米の人間に中将とやらが上層部の追及を庇い、そして資材や食材の支援を買って出たのか。そして今、人間が食材の件を隠していたことが発覚したのを踏まえて、疑問は確信へと変わった。
恐らく、人間と中将は個人的に繋がっている。そしてそのことを隠していたことから、その条件の中にワタシたちが含まれていることも確実だろう。
そして、今回はその条件を達成する上での第一歩だ。
何を企んでいる? ワタシたちを懐柔して何をさせる気だ? どんな目に遭わせる気か? 意図的に被害を出す気か? いっそ、全員
いや、そんなことはどうでもいい。今重要なのは、人間がこんなことをした理由を隠しているという事実だ。それだけでコイツの真価も分かる、今までと
「潰されるとマズイ理由が少々気になりますガ、ワタシを騙したのは事実デース。そして、そのお偉いさんとやらと共謀し支援と
「……隠していた手前何も言えないが、流石にちょっと言い過ぎだろ」
「どうでもいいデース」
反論がない=確定事項。そう結論付けた瞬間、ワタシの関心は人間から周りの艦娘へと移った。
コイツは大本営の人間と共謀してワタシたちを騙していたことが露見した。これで艦娘たちは、コイツがワタシたちを騙し、酷使し、使えなくなったら捨てる。そんな使い捨ての兵器であるワタシたちに真実を教えなくていい、そう考えているのが分かっただろう。
コイツがどんな手を使ったのかは分からないが、ともかく皆コイツの甘い言葉に騙されている。何としても打開させねばなるまい。
「皆さん、よく考えてくだサイ。初代の蛮行を見過ごし、頼みもしてないのに勝手に人間を押し付け、しかもその全員が役立たずばかり……そんな大本営が、たかが一人の言葉で支援を再開すると思いますカ? それもまだ着任して間もない、実績も名声もない、ただの新米のために支援をすると思いますカ? その間に何かしらの取引が交わされているのは明白デース。そして見落としているかもしれませんが、先ほど人間は私が『本当の目的を教えてない』と言った時に否定してまセン。つまり、貴女たちにも『本当の理由』を隠していマース。それは何故か、何故隠す必要があるのか……これでもまだ、この人間の言葉を信じますか?」
ワタシの問いに今しがたそのことに気付いたのか、その場に居た殆どの艦娘の顔が強張る。そしてそれは猜疑心を孕んだモノへと変わり、一人一人の視線が人間へと注がれる。
その視線に晒された人間はそれらと相対するようにゆっくりと周りを見渡した。その横顔には、何故か恐怖が浮かんでいない。少しも変わらない、真剣な表情が浮かぶだけだった。
何故だ、何故少しも動じない。ワタシの言葉で再び艦娘たちは猜疑心を芽生えさせ、その目を向けている。状況は明らかに不利だ。なのに、何故人間は平然としていられるのだ。
ふと、ゆっくりと動いていた人間の顔が止まり、次の瞬間頷いた。その視線の先に目を向けると、周りと同じように人間を見つめる吹雪。
しかしその顔に猜疑心はなく、人間と
「さて、金剛。実は俺もお前に聞きたいことがある」
ふと投げかけられた人間の言葉に振り返ると、人間は真剣な表情をこちらに向けていた。
「……何でショウ?」
「お前がそこまで『資材』と『補給』にこだわる理由はなんだ?」
何を聞いてくるかと思えばそんなことか。そんなの先ほどから、出会って二日目の夜に言った筈だ。何度も聞かれようが、答えは同じだ。
「ワタシたちが
「それは、『兵器だから資材以外口にするな』って初代が言い出したことだろ。強制していた奴が消えた今、どうしてそれを続けているんだ?」
「さっき貴方も言ってたでショウ? それしか自給出来なかった、その通りデース」
「当時はそうだ。でも今は食材があって、安定した供給が出来る。それなのに、どうして『補給』にこだわる?」
「
淡々とした口調の問いに、ワタシは詰まることなくスパッと言い切る。それを受けた人間は、何故か小さくため息を吐いた。何だ、何か不満でもあるのか。
「何度も言うが、
不意に人間の口から飛び出した言葉。それは抑揚もなく、必要最低限の感情すらも籠っていない淡々とした口調であった。
なのに、それはワタシの中の感情を大きく揺さぶってきた。
「お前も知っている通り、艦娘は妖精を目視、意思疎通できる『人間』が、特殊な訓練を経ることで誕生する存在。その過程の中で身体を改造するなんてこともなく、ただ艤装を装備でき、砲門を具現化し、艦艇の記憶と意識を宿しただけの、そんな特殊な能力を持った『人間』なんだ」
淡々と続くその言葉。それを遮る言葉はいくつでも見つかった。しかし、それを口にする余裕はない。間欠泉のように噴き出してくる熱と感情を抑え込むのに必死だったからだ。
「勿論、『人間』と艦娘とじゃ違うところはある。でもそれと同等、もしくはそれ以上に同じところもある。『食事』をとれるし、食事や資材を食べなければ腹が減る。出撃をすれば疲労が溜まるし、睡眠や『食事』をすれば疲労もとれる。怪我をすれば痛いし、血も出る。まぁ、そんなもん入渠すればすぐに治っちまうが、人間が受ける応急処置や治療も効く。そして―――――」
「shut up!!」
人間の言葉をかき消す様に、いや掻き消すために大声を上げる。突然大声を上げたことに周りの艦娘たちはビクッと身を震わせ、人間も口を閉じた。そして、周りの視線がワタシに集まってくる。
腕から具現化した巨大な砲門を、人間に向けていたからだ。
「ワタシ……ワタシたち艦娘は『兵器』!! 『人間』ではなく『兵器』!!
そう言い切ると、砲身からガコンと言う音が聞こえた。それは砲弾が装填された音、いつでも砲撃できると言う合図だ。引き金を引けばその瞬間目の前に居る存在全てを消し去れると言う、向けられた者への最後通告。
しかし、最後通告を突きつけられてなお、砲門の前にいる人間が動じることはなかった。目の前で砲門を向けるワタシを、どこか憐れむような目で見てくる。それが、何よりも腹立たしかった。
「……つまり、お前は
「そうデース!! 人間と同じ存在、なんて考えるだけで虫唾が走り、吐き気を催しマース!! ワタシは艦娘が人間と同じ存在でないのなら、後はどうでもいいネ!! それが『兵器』でも『化け物』でも、『
ワタシは『人間』が嫌いだ。特にこの鎮守府にクソみたいな体制を作り、それを強要しほしいままに権力を振った初代が世界で一番嫌いだ。
そんな初代を送り込んできた大本営が嫌いだ。その後、大本営から送り込まれてきた無能で使えない提督が嫌いだ。
そして、今目の前で『人間』と同じだと言い張る、『共通点』と言うただのこじつけを片っ端からほじくり返すコイツが嫌いだ。大っ嫌いだ。
ワタシはコイツなんかとは違う。艦娘たちのことを第一に考え、そして動いてきた。だから――――
「なら、お前は
ポツリ、と呟くように聞こえた人間の声。それはちょっとした音で掻き消されてしまいそうだったが、どうしてか、ワタシの耳にははっきりと聞こえた。
「……what?」
「だって、お前は『人間』と一緒にされたくないから食事を拒んだんだろ? それは艦娘全体じゃなくて、お前だけの
ワタシの問いに人間は淡々とした口調で、あたかも事実を語る様に答えてくる。しかし、その言葉の殆どを理解することは出来なかった。今、頭の中にあるのは「初代と同じ」と言う言葉のみ。それを何度も繰り返し思い浮かべ、その意味を理解しようと噛み砕くのに必死だったからだ。
「勿論、他の艦娘たちも始めは食事を拒んだよ。初代が戒めた……
何を言っているんだ。人間と一緒にされたくない、これは皆思ってることだ。もし人間と一緒にされれば、大本営はおろかあの初代と同じになってしまう。そんなこと、誰が望むものか。どうして、進んでアイツらと同じ存在になろうとするんだ。あんな仕打ちをしてきたやつだぞ、そんなヤツと同列なんて死んでもごめんだ。
「そんなこいつらに、お前は『人間と一緒にされたくない』って言う個人的な理由を押し付けた。押し付け、従うよう強要したんだ。しかも、食事をさせないと同時に『生きる』ことを否定したんだ」
「違う!!」
再び、大声を上げて人間を黙らせる。しかしその声には先ほどまでの勢いはなく、弱弱しい。人間に向けている砲門は小刻みに震え、同時に全身も震えている。込み上げてきた熱は目の辺りに集まり、熱い雫となって頬を伝っていった。
熱が引いていくことで頭が冴えてくる。しかし、それはワタシに思考する余裕を与えることはなく、人間の言葉を用いて自問自答する時間のみを与えてきた。
全力で否定したい。全部違う、そんなことない。ありえない、そんなつもりはないと。しかし、人間に言われた言葉を思い浮かべる度に、今までやってきたことに疑惑の目を向けてしまい、やがてその言葉通りに見えてくるのだ。それと同時に、今度は自責の念が込み上げてくる。
どうして……どうしてワタシが初代と同じことをしたのだ。一番嫌いで一番憎い、今目の前に現れたら問答無用で消し炭にするほどなのに、どうしてワタシは初代と同じことをやってしまったのか。なんでそうなってしまったのか。なんでこんなことをしてしまったのか。ワタシはただ……―――――
「『あの子』に……」
「金剛さん」
不意に聞こえた人間ではない声。振り向くと、真剣な表情の吹雪が立っていた。その手に料理が盛られた皿を携え、それをワタシに差し出しながら。
「これ、ワタシが作ったんですよ。食べてみてください」
笑顔を浮かべて、吹雪はそう言いながらワタシの手に皿を押し付けてくる。突然横に現れた吹雪、そしていきなり皿を押し付けてくることに頭が回らなかったが、その皿を受け取ることは無かった。
笑顔で皿を差し出してくる吹雪でさえも、人間と同じように見えたから。
貴女もワタシを否定するのか。今までやってきたことを、初代と同じだと言うのか。今まで艦娘たちのことをかんがえてやってきたことを、全て否定するのか。そうなのか、否定するのか。
お前も、ワタシを『初代』だと言うのか。
そう思った瞬間、ワタシは片手を大きく振りかぶっていた。
パァン!! と、乾いた音が食堂に響き渡る。その次に聞こえたのは食器が割れる音、次に何か重いモノが床にぶつかる音。
掌に集まる熱と鋭い痛み。激しく乱れた息と滝のように落ちる汗。そして目の前に見える、粉々に割れた皿とグチャリと床に落ちる料理。
そして、その横で寝そべる様に倒れ伏す吹雪の姿。
その姿が、一瞬『あの子』に見えた。
「いn―――」
「吹雪!!」
不意に出たワタシの言葉をかき消したのは、叫ぶようにそう言って吹雪に駆け寄った
見えたのはワタシや吹雪たちの周りを取り囲む艦娘たち。誰一人として状況を把握していないためか、全員が目を見開いて固まっていた。その中で、ふと一人の駆逐艦と目が合う。
その駆逐艦は目が合った瞬間、その顔を強張らせた。思わず一歩引いたのが分かる。そして、強張らせた顔に既視感を覚えた。
今よりも昔に見た、『初代』を見る時の顔だ。
それだと分かった瞬間、ワタシの身体は走り出していた。
「金剛!!」
背後からテートクの声が聞こえる。しかし、その時に既にワタシは食堂の出口へと走り、扉に体当たりをかまして外に飛び出したところであった。
飛び出した反動で上手く着地できずに転んでしまうも、すぐに立ち上がって再び走りだす。後ろから再びテートクの声が聞こえるも、振り返ることは出来なかった。今は一刻も早くあの場から離れることだけしか考えられなかった。
全力で廊下を駆け抜け、転がる様に階段を下りる。途中、転んだリぶつかったりしたが、それでも足が止まることは無い。とにかく離れたい一心でがむしゃらに走った。
どれぐらい走ったであろう。後ろから声も聞こえない。少なくとも、食堂からは離れることが出来た。追ってくる子もいない。
それが分かった瞬間、心臓を握り潰されそうな痛みが襲ってきた。同時に肺から空気が込み上げ、次の瞬間激しく咳き込む。咳をするごとに涎や鼻水が飛び散り、視界は涙で霞んで良く見えない。
そう思った立ち止まった瞬間、足の力が一気に抜けた。次に全身の力が抜け、そのまま床に倒れ伏した。傍から見れば、その姿は糸が切れた人形みたいだったかもしれない。しかし、そう思う間もなく視界が一気に暗くなり、同時に全身の感覚が遠退いていく。
「……!!」
遠くの方で声が聞こえ、同時にバタバタと足音が聞こえる。一体、誰だろうか。いや、この声は聴いたことがある。誰だったか、よく聞いた声だ。そして、何故か懐かしい。
誰だ?
しかし、その答えにたどり着く前にワタシの意識は途切れた。