短編、私はトビウオであった。名前はまだない。(多分三話構成) 作:なむさんばがらす
かといって、別に読んでストレス解消になる話でもないです。
平たく言うといつものリハビリです(コイツいつ退院するんだよ…)。
私はトビウオであった。名前はまだない。
どこかで聞いたような始まりだが、重要なのは『トビウオであった』という過去形の部分である。
かといってトビウオであった頃の記憶は、ひたすら空を飛ぼうとしていたことしか覚えていない。
それが天敵からの逃避が目的であったのか、ただ単に空を……水平線を望みたかっただけなのかはもはや忘却の彼方である。
故に、私の現状を示す言葉としては適切ではない
言い直そう。
――私はトビウオ艦載機である。名前はまだない。
1,北の魔女が死んだ
人々が深海棲艦と呼ぶ生物の、主に空母という種類の者たちに養育されている立場のものだ。
私は、陸上型の深海棲艦に飼われているため、厳密にはトビウオ陸上機というべきなのだが、空地分離がなされているのでこの際どうでもいい。
私を養育している……正確には私の母艦、というべき少女は、日がな一日を私たち艦載機群と過ごしていた。といっても遊んでいるわけではなく(遊びを兼ねた訓練も往々にして存在するが、些事として割愛する)日々の周辺海域への偵察と警戒が主な私たちの任務であった。
――本日、晴天也。我に追イ付ク敵機ナシ。
などとまぁ、意味のない報告は慎み、「海域異常ナシ」という旨の報告して本日の偵察任務は終了した。
少女は浜辺にて、棲家を同じくする少女の仲間たちと戯れていた。私は水を差すようで申し訳なく思いながら、母艦である彼女に着艦許可を求めた。
オカエリナサイ。
などと、私に彼女の言葉は分からないが、無事の帰還を喜んでくれているのがわかった。
一体、彼女たちは何を警戒しているのか、私には知る由もない。だが、彼女の笑顔を脅かすような輩が現れるなら全力を持って排除しなければ、という戦意は、誰よりも持っているつもりだったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
彼女が死んだ。
随分とあっけなかった。私は爆戦型のトビウオ艦載機であった。故にその運用は攻めに特化している。爆弾を積まなければ直掩機として彼女を護ることもできたが、彼女は自分を護ることよりも、海域を侵すモノの排除を優先した。
――第一次攻撃は完璧だった。
艦載機群は、長かった訓練期間に比例するようにして戦果を上げた。未帰還機こそあったものの、戦時においては感傷に浸る暇もなく、私を含む第二次攻撃隊が発艦した。
『敵艦見ユ』
そう言って雷撃機である同僚の深海棲艦攻が二時方向の海面を示した。と同時に、護衛機の同僚も敵機の接近を告げた。
第一次攻撃隊と一戦交えた後であったらしく、敵航空部隊は直掩機として守るべき艦艇群の上空に留まっていた。
私たちと同時期に敵直掩隊がこちらに気付き、航空戦になった。
そして、航空戦では我々が圧勝し、雷撃機と私で敵艦を二隻大破させるという、初陣にしては華々しい戦果を上げた。
艦載機の練度もさることながら、艦載機の性能が違い過ぎたのだ。
敵艦載機(九六式艦上戦闘機)の持つ7.7ミリ機銃は私たちの炭素-アラミド複合繊維強化装甲に通らない。それこそ艦載の機銃のように雨あられに浴びせられればその限りではない(しかし、懸垂している爆弾への被弾や、弾丸によって飛行姿勢が乱れることによる墜落で、本体には銃弾は通していない)が、数発、つまり通常の艦載機を行動不能にせしめる被弾量程度では私たちは落とせない。
故に、彼らは虎の子であった零式艦上戦闘機の装弾数の少ない20ミリ機銃でしか、私たちを撃滅し得ないのだ。
などということを考えながら帰った時、悲劇は起こった。
――いや、起こった、のではなく既に起こっていた。もしくは…………終わっていた。
彼らは、陽光に満ちる空では我々に遅れを取っていたというのに、夜の帳の降りきった地上では逆に猛威を振るっていた。
……トベル……子ハ、……今スグ逃ゲテ!!!!
私に彼女の言葉は分からない。だが、夥しい量の銃創、裂傷、火傷で埋め尽くされた彼女から強い拒絶と彼女の観念を感じ取った。だが、私たち艦載機に、母艦以外にどこへ逃げろというのか。理解できなかった私は彼女の上空をぐるぐると旋回した。
砲声。
辺りが昼間のように明るくなり、彼女の位置が嫌でもわかってしまう。
砲声。
「ガアァァァァァァァァ!!!!」
彼女目がけて飛んできた砲弾を、あろうことか彼女はげんこつで弾き飛ばした。
砂浜に着弾して大爆発を引き起こす。
そもそも、地上に存在している彼女は、他深海棲艦と違って排水量や轟沈を考慮する必要はなく、十全たる火力と装甲、搭載数を誇っていたはずだ。
それが、こんなにも早く、しかもここまでしてやられているのは、言いようのない疑念と、うすら寒い物を感じずにはいられなかった。
砲声。
私の疑問は、最後の砲声によって最悪の形で解き明かされた。
不敵に笑む敵艦艇群からの砲弾が、空中で爆ぜ、無数の子弾を少女にばら撒いたのが見えた。瞬間、私は頭が沸騰しそうになった。
なぜならそれは、その武器は……本来なら私たちに向けられるべき弾頭だったはずだからだ。
三式弾、対空榴散弾というべきそれは、文字通り対空用であった。そして、これを航空迎撃に使わなかったのは、きっとこの対地攻撃のためだ。
私は、敵艦艇への怒りと彼女を護れなかった自分への憤怒に任せ、碌に視界も確保できない中、一際強く光る敵艦艇に突っ込もうとした。どの道、孤立した拠点に救援など来るはずもないことが分かっていた同僚たちも、せめて敵に手傷を負わせて彼女の仇を取ろうと躍起になった。
……何をやっている早く探照灯を消せ!!
……残存艦載機が突っ込んでくる!
……弾幕を張れ!!舶来モノの近接信管を使うんだ早くしろ!!
比較的低空を飛んでいた同僚の第一陣特別攻撃に、敵艦隊は総毛だった。怒号が飛び交い、慌てたように探照灯が掻き消える。
――だが、もう遅い。
どうせ、対空砲火のマズルフラッシュで位置を教えているようなものなのだ。それに、第一陣のおかげで火災を起こした艦艇が逆にわかりやすくなった。
空戦エネルギーを得やすい重質量の艦載機による第二陣特別攻撃は、ほとんどが迎撃されてしまった。健常だった艦船の対空迎撃網が機能し始めたからだ。しかし、第一陣で対空砲をいくつか潰された艦艇はその限りでなく、損傷を増大させた。
私は機銃を乱射しながら、特攻機の護衛のために同時に急降下し敵艦艇の対空砲をいくつか潰した。私は第二次攻撃時に爆弾をすべて投下しており、自身が艦艇に突っ込んだところで大した被害にはならぬと分かっていたからだった。
私たち護衛機が空けた対空網の穴を縫うようにして、数機がまた敵艦艇に突っ込んだ。そして、護衛機の中でも被弾の多くなったものから果てて逝った。
機銃を撃ち尽くし、とうとう自らの死を覚悟する段になって、壊滅状態にあった彼女が哭いた。
――イツカ……タノシイ海デ……イツカ……
囁くように紡がれた言の葉は、完膚なきまでに叩き壊され、死にゆく彼女の最期の言葉であった。
同僚たちは「靖国で会おう」というような意味で受け取ったのか、一層奮起して敵艦艇群に猛攻を加えたが、私は左様に捉えることはできなかった。
ヴァルハラは……いや、靖国は……決して『楽しい海』などではないと、確信していたからだった。理由などはない。強いて言えば、私のトビウオだったころの野生の勘の様なものが、私の特攻に待ったをかけた。
だが、母艦をなくした艦載機に、帰る場所などありはしないという事実が、依然として私の行く手を遮った。
死ににいく勇気もなく、生きる希望もない。
私は宵闇にまぎれ、方角も分からぬまま闇雲に飛んだ。
同僚と敵艦艇の熾烈な戦いの火が水平線の向こうに消え、遠雷のように聞こえていた爆発と発砲音が聞こえなくなった頃、とうとうガス欠で着水した。
機銃弾や爆弾などをすべて撃ち尽くしたすっからかんの私の体は、フロートなど無くとも水に浮いた。
そして、燃料が切れたためか、水面を漂っているうちに思考がおぼつかなくなり、そのまま意識を落とした。
2,その日、悪魔は生きろと言った。
――うむ、やはりトビウオ艦上機はいい。質の悪い燃料でも十二分に動く。
意識が戻る。何者かによって補給を施されたようだ。
――おお、意識が戻ったか。
長時間気を失っていたせいか、朦朧とする意識の中、まずは助けてくれた存在に感謝と、ここはどこなのかという旨の電信を送った。
――畏まらなくてよい。ここは我輩の体内……というよりは艦載機格納庫といった方がよいであろうな。海域はお主が漂流していたところよりもさらに北、これ以上北には破氷船でしか進めない北端であり、戦略的価値も低いせいか一種の安全地帯となっておる。
ここまで来てふと気づく、母艦を名乗った存在と会話ができていることに。
だが、そんなことはどうでもよくなるような発言を、彼女(雄々しい喋り方ではあるが、深海棲艦であるから"彼女"であろう)は言った。
――海洋資源は魚ぐらいしかないからなぁ。がはは……。
おい!? 貴公は私の発動機にいったい何を入れたのだ!
私は声を荒げざるを得なかった。北の幼い彼女の元にいた際は、良質な油田から彼女によって生成された高出力価(近くに鉛鉱山もあったが、彼女は四エチル鉛を嫌ったため別の添加剤を用いて出力価を上げていた)の航空機燃料を湯水のように使うことができたからであった。
――鯨油だ。
私は面食らった。いくらなんでもそれはあんまりだろう、と。
確かに、旧日本軍は到底航空燃料になりえない松脂で特攻機を飛ばしたというが、それは使い捨てるために発動機へのダメージを考慮外に置いたための逸話である。
不純物が発動機に焼付いたらどうしてくれるのだ。と私はいきり立った。
――そう目くじらを立てるな……貴殿は本来飛び魚であろう。生前食らっていた動物性プランクトンと一体何が違うというのだ。そもそも我々は海に棲むものが変成した姿、生体発動機はそれほどやわではない。生魚を入れられなかっただけましと思うがよかろう。
まぁ、最近は質の良い燃料でしか動かん高性能なポンコツもいるらしいが……あのくそタコヤキめぃ。と、後半はほぼ、ある艦載機に対する愚痴であった。
生体発動機、リビングエンジンともいうべきそれは、私の語彙にはなかったが、驚くほどスッキリ府に落ちた。
おそらく、飛び魚艦載機や深海棲艦載機には、あたかも生物が食物を吸収しやすくするために消化を行うような、入れられた燃料を独自に精製する機構が備わっているのだと理解できた。
そして、艦載機として初めてその精製機構を使ったために、先ほどから排気塔からおかしな色の排気が立ち上っていたのだった。
――わかってくれればよいのだ。して、吾輩からの質問だが、所属……は見当がついているから良いとして、貴殿、名は……いらぬな。差し当たって、吾輩には貴殿しか搭載機がいないのだからな。では……貴殿さえよければ、吾輩の弾着観測機になってはくれぬか?
それは結局質問ではなく依頼であった。
唯一の搭載機、というところに疑念を持ったが、確かに、ざっと目算だが180機は航空機が収容できるこの広い格納庫に反して艦載機は私しかいない。
始めは出払っているのかとも思ったが、それならそれで整備跡や予備機が存在しているはずなのだ。
そして、肝心の答えだが……北の彼女の末路が脳裏にフラッシュバックする。
観測機ということは、おそらく、彼女の見える位置からそう遠くは離れないのだろうが、いざ彼女が北の彼女のようになったときに、直掩機でない私は即座に駆けつけることができないことに変わりはない。
……だけど……私は……
…
…
…
……私の様な、生き汚い死に損ないであれば、喜んで。
――無論だ。生物とは本来、そういうものだ。
私たちはその日、相棒になった。
私は、生きる意味を欲した。
代わりに、彼女は観測機兼偵察機としての私を欲しただけだったのかは、彼女の最期まで聴くことは叶わなかったが、この瞬間、彼女と私の間に、確かな信頼関係が生まれたことは確かであると断ずることができた。
作中の「炭素ーアラミド繊維強化装甲」は独自設定です。あしからず(でもあの黒い感じはカーボンっぽいんだよなぁ……それに深海勢ってアルミとか使え無さそう(採掘されたボーキサイトからアルミ、さらにジュラルミンにするにはそこそこの工業施設が必要なので))
また、主人公は元飛び魚ですが、彼の相棒にもモチーフにした生き物がいます、まぁそれはのちにわかります(逆にこの時点でわかったら変態、というかその人とはうまい酒が飲めそう(予想コメ期待とは言ってない))
ほかに独自設定として、北方棲姫さんが四エチル鉛嫌いだとか、リビングエンジン云々があります。
あと、出力価というのはオクタン価のことです(混ぜ物してオクタン価100超えるとこういう呼び方になるそうです。余談ですが、オクタン価の他にセタン価というディーゼルエンジン燃料に対する評価値もあるそうですね)
松脂は組成だけなら燃料としていけなくもないけど、化学構造的に、重合して高分子化(接着剤みたいに固まっちゃう)しちゃうので、これ使って帰還しようものならエンジンを総とっかえしないといけなさそう。
作「ほんとはほっぽちゃんと艦載機たちのほのぼのにしようと思ったけど、戦火がそれを許してくれなかったからね。しょうがないね」
じわ「やっぱり誰得でもないじゃないか(憤怒)」
作「それは他人が決めることじゃ(ry」
次回「極北戦線」
同時上映「大鳳とストンプ」(大嘘)お楽しみに!