さあ、手を伸ばして。
『胡蝶の飛んでいく先』『手を取るべきは』の2作から続く作品であり、一連のテーマの最終作です。
※時系列は、少し飛んで、7巻中となっております。

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 過去2作を読んでくださった皆様、そして私の作品に感想を残してくださった皆様に、改めて深く感謝を申し上げます。
 この作品が『蝴蝶の飛んでいく先』『手を取るべきは』から続く第3作であり、今回のテーマで書く最後の作品です。
 拙い戦闘描写があるものの、そこはご容赦ください。

 それでは、どうぞ。


そして花は開く

 

 

 

 

 

 楯無が講じた対策は、全て十全に機能していた。

 一番のネックであった織斑千冬の説得は、拍子抜けするほど簡単に終わったのだ。むしろ、楯無から一夏の現状を聞いた千冬は「自分にできることがあれば、いくらでも力を貸そう」というほどだ。

「元々は、私があいつと向き合うことをしなかったのがそもそもの発端だ」

そう言って、千冬は真剣な表情で楯無を見る。

「感謝する、更識。お前のおかげで目が覚めた」

 

 それからの千冬は、取れる時間が少ないものの、暇さえあれば一夏と二人きりとなり、様々な話をしているらしい。現在どう思っているのか、過去はどうだったのか、そしてこれからはどうしていきたいのか。少しずつ、姉弟間の溝を埋めていっている状態らしい。

 一夏も、そうした千冬とのコミュニケーションを経て、未だ完全ではないにしろ、快復してきたようにも見える。

 また、学園側との交渉の際には、千冬に口添えしてもらったこともあり、スムーズに連携を取り付けることができた。

 おそらくは、一夏に対する罪滅ぼしなのだろう。しかし理由はなんにせよ、連携を取り付けることができたのには変わりがない。これで楯無はある程度学園内で自由に動くことができるようになった。

 だが、まだ油断することはできない。いつ、何がきっかけで一夏があの時の状態に戻ってしまうかわからない以上、楯無は気を抜くことはない。

 

 学園のバックアップを早期に取り付けられたおかげで、一夏がIS関連の事象に関わる場合には、一度楯無を通すという形が、思いのほかうまくいっている。ただ、その代償として、キャノン・ボール・ファストに一夏の参加をやめさせるという結果を生んでしまった。ただ、一夏自身はそのことに関して、特に気にしてはいないようだ。

 また、ISの特訓が楯無とのマンツーマンに変わったことで、思わぬ収穫があった。それは、一夏の成長のスピードである。

 今まで、ほかの専用機持ちとの訓練では、あまり成果が芳しくなかった。しかし、現在の一夏は、そんな過去を感じさせない程の成長を見せていた。特に、回避と防御という二つの面に関しては、国家代表として名を連ねる楯無も舌を巻くほどの上達振りを見せていた。少し手加減をすれば、こちらの攻撃が全く一夏に届かないということもあった。

 あの織斑千冬の弟なのだ。元々、そういった才能があったのだろう。だが、今までの彼の不幸なことは、その方面に才能を伸ばしてくれる師に恵まれなかったことなのかもしれない。そう、楯無は判断した。

 皮肉なことだ、と楯無は考える。彼に思慕の情を向けつつも、彼とともに切磋琢磨していた彼女らでは、彼の才能を汲み取ることが不可能だったのだ。目を曇らせていたかどうかなど、今はわからない。ただ、彼女らと一夏のスタイルが合わなかった。ただそれだけなのだ。

 

 そんな専用機持ちの彼女らは、一夏と一時的に離されることを千冬から聞いたときには猛反発した。

 特に反発したのは、楯無の予想通り、篠ノ之箒だった。彼女は楯無が発端だと知ると、生徒会室に乗り込んできて、いきなり真剣を抜刀して斬りかかってきた。もちろん、すぐに鎮圧し、後から駆けつけた織斑千冬に身柄を渡した。

 その時の千冬の様子を、楯無はあまり思い出したくはなかった。なんせ、今まで見たことがないような怒りを浮かべていたからである。

 ともかく、篠ノ之箒という見せしめの効果があったのか、専用機持ちたちは、あまりこっちと接点を持ちたがらないようだ。無論、一夏にも近づいてはいない。ただ遠くから、妬んでいるような、羨んでいるような、どちらとも取れる視線を一夏と楯無に送り続けているだけだ。不気味ではあるが、こちらに実害がないのなら放っておいてもいいだろうと楯無は結論づけた。二人目の彼に関しても、同様だ。

 なんにせよ、対策が機能していることはいいことだと楯無は考え、食堂での一夏との夕食を楽しんだ。

 

 ――ただ、楯無は失念していた。今までの学校行事で、問題が起こらなかったことはなかったことを、そして、それは全て学園の外から来たこと。内の問題に目を配らせすぎて、外からの驚異への対策を疎かにしていたことを、一夏が日々快復していく様子を自分のことのように喜んでいる今の楯無は、気づくことができなかった。

 

 

 

                    ◇

 

 

 

 わかっていたことだった。ほかの生徒を避難させながら、一夏は心の中でそう考えた。

 学年別トーナメントに合わせての、無人機の襲撃。今までの傾向を鑑みれば、何かあると考えることができたはずだ。単純に、そうした危険を察知する感覚が、自分も楯無も鈍っていたのだ。

 しかし、過ぎ去ってしまった時間は帰ってこない。ならば、今できる最善を尽くすまでだ。その思いを胸に、一夏は通路をかけていた。

 その刹那、後方で轟音が響く。ついに来たか。そう思いながら後ろを振り向けば、春のクラス代表戦で見た無人機が2機、冷たいモノアイをこちらに向けていた。

「お、織斑君…」

 一夏の背中に、怯えを孕んだ声が届く。今この場所にいるのは一夏だけじゃない。専用機持ちですらない、ただの生徒が一人いるのだ。

「――大丈夫」

 その生徒に、無人機達から決して目を離さずに、一夏は声をかける。迷っている暇などない。いや、迷うことなど有り得ない。無人機と遭遇した時点で、一夏は覚悟を決めていた。

「ここは俺が食い止める。だから、君は早く避難場所に行くんだ」

「で、でもそれじゃあ、織斑君は」

 もう泣いてしまいたいと思えるほど震えている声に、一夏は「大丈夫」と答える。

「あと少し走れば避難場所だ。それに――」

 そこでひと呼吸おき、一夏は言う。

 

「負けられない戦いで、俺は絶対負けない」

 

 さあ、早く行って。その言葉を理解したのか――それとも、無理やり納得したのかどうかは分からないが、一夏の後ろの生徒は走り出した。

 徐々に遠ざかっていく足音を聞きながら、一夏は白式を展開する。

 白式を展開し終わるのを待ってから、無人機たちは構えを作る。その無人機の様子は、まるで一夏の用が終わるのを待っていたように、一夏の目には映った。

「……律儀なもんだな」

 静かに、誰に言うでもなく、一夏は呟く。その呟きに呼応するかのように、背部のスラスターに火が灯った。

 

 

 

 

 

 ラスティー・ネイルで無人機を吹き飛ばしつつ、楯無はつい先ほど霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)が示した反応に、焦りを感じ始めていた。

 その反応こそ、織斑一夏の専用機である、白式の起動反応であり、その反応が感知できたということは、一夏が戦闘に巻き込まれているということなのだ。その事実こそが、楯無が抱く焦りの根本的な原因なのだ。

 織斑一夏は、ISによる戦闘をするべきではない。それが、楯無が下した現在の結論だ。何故なら、今回のような事態は、自分たちのような守るものが出るべきであり、彼のような救うものが前に出ることは、あってはならないからだ。

確かに、彼にはISの特訓を施している。しかしそれはあくまで自衛のための手段としてであり、積極的に戦闘するためではない。だからこそ、楯無はマンツーマンの時に、一夏に攻撃の方法ではなく、いかに攻撃をいなし、自身の損耗を最小限度に抑えるか。そして、いかに攻撃を防ぎ、周囲への被害を最小限度に留めるかの二つのみを重点的に教え込んだ。

彼の能力がその二点に関してとても優れていることは、ほかならぬ楯無自身がよく知っている。だからこそ、一夏は戦うべきでないのだ。

 

 だが、一夏は白式を起動した。すなわち、戦わざるを得ない状況に陥ったのだ。

 楯無は、その事実に焦りを覚えながらも、無人機を排除していく。早く一夏と合流しなければとはやる気持ちを抑えつつ、自らの役割を遂行していく。

 自身は、生徒会長であり、学園の守護者。今は、学園を守るための楯であり、襲撃者を刈り取るための矛なのだ。その行動に、自らの情愛を核にしては駄目なのだ。

 ラスティー・ネイルを拡張領域へと収め、左手に蒼流旋を展開。無人機の胸部に突き入れ、ISのパワーアシストを頼りに、そのまま蒼流旋を後方へ勢いよく振るう。刺していた無人機は、ただの人形のように投げられ、壁に激突し、そのまま動かなくなった。

 今のが最後の無人機だった。自身のISの反応を見るに、周辺に敵反応はない。ただ、少し離れたところで二機の無人機の反応。そして、一機の見慣れたISの反応。

 その反応を頼りに、楯無は動き出す。

 

 

 

 

 

 躱し、いなし、そして防ぐ。一夏が無人機に対して行っているのは、楯無とのマンツーマンを経て体得した、自身の新たな操縦のスタイルだ。

 やっていることは、ただの時間稼ぎ。他の攻撃役が来るまで凌ぐ方法。だが、一夏はこのスタイルを誇りこそしないものの、卑下もしなかった。ただ、これが自分なのだと受け入れただけだ。自分に出来ることを、全力で為す。その思いこそが、今の一夏を突き動かす原動力であった。

 しかし、心の力だけでは限界がある。今の一夏のスタイルにも、欠点があるのだ。

 それは、集中力。現在の一夏の戦い方は、相手の行動を読み、そしてそこに寸分狂わず防御の手段を置いたり、よけた攻撃の先を被害が広がらないような場所に誘導するという、直感だろうが先読みだろうが全てを駆使してその戦闘をコントロール()()()()という、ある意味で狂気じみたものなのだ。

 一つも狂ってはならないスケジュールを、秒刻みの域まで正確無比に実行し続けなければならない。しかもそのスケジュールは、全てその戦闘中に作り続けなければならないのだ。そのため、相対している相手だけではなく、周囲や仲間の状況、自分のコンディションを常に把握し続ける必要がある。

 そのようなスタイルを、織斑一夏はマンツーマンの特訓の中で、半ば執念に近い形で習得したのだ。

 

 だが、彼は超人でもなければ、機械でもない、ただの人間だ。限界というものがあり、それが突如として訪れた。

 ただ一度、無人機が振るった巨腕を、防ぎそこねた。巨腕は一夏を簡単に壁へと吹き飛ばした。叩きつけられた衝撃で、シールドエネルギーが大きく減少する。

 一夏は歯を食いしばり、痛みに耐える。

「まだ、だ…!」

 すぐに体勢を立て直し、近くまで迫っていた無人機に、クローモードの零落白夜を展開した腕部兵装『雪羅』を振るう。雪羅のビームクローに斬られた無人機は、零落白夜の効果により、シールドエネルギーをなくしたのか、機能を停止した。

「一夏君!」

 

 楯無が一夏を見つけたときは、雪羅のクローモードを解除しようとしていた時だった。

 ――零落白夜を、使わせてしまった。その事実が、楯無自身の力のなさを証明しているような気分にさせた。

 だが、楯無はすぐに気持ちを入れ替える。まだ敵はいる。

 周囲を警戒しつつも、楯無は一夏に声をかける。

「大丈夫だった?」

「はい、どうにかなりました」

 そう言いながらも、一夏は肩で息をしている。かなり体力を消耗している、それに、目の焦点もどことなくあっていない。集中力も、限界が迫ってきているのだろう。

 とにかく、移動しよう。楯無のその提案に、一夏は言葉ではなく、頷くことで答えた。

 一夏が了承したのを確認した楯無は、ISが示す反応を見る。

 他の専用機持ちは離れたところで戦っているらしい。無論、二人目の彼も同様だ。

 ……妹である、更識簪の専用機は、まだ完成していない。だから、彼女は今この場ではなく、避難場所にいるだろう。

 ――彼女は、大丈夫だろうか。

 この場に相応しくない思考に、楯無の意識が行く。それは彼女の精神が蝕まれている証拠だ。

 

 そして、その事実が、更識楯無の決定的な隙になった。

 

「楯無さん!」

 

 一夏の声を聞き、楯無はハッと意識を現実に戻す。しかし、彼女の隙が、一つの運命を決した。

 横合いから突如として現れた無人機によって、一夏が殴り飛ばされる。そのまま壁に激突し、彼が纏っていた白式が解除される。シールドエネルギーの限界が来たのだ。そんな一夏を守るように、楯無は蒼流旋を構え、無人機の前に立ちふさがる。

 その様子を、朦朧とした意識で見ていた一夏だったが、楯無が戦う姿を見ながら、一夏の意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 目を開けると、一夏は打鉄の前に立っていた。過去に見覚えがある部屋。違和感を感じて自分の様子を見てみれば、中学時代の制服を着ているようだった。

 ここは、あの時自分がISを動かしたときの場所だと、少し遅れて理解した。

 なぜ自分はここにいるのだ。あの無人機との戦闘は、学園での日々は、夢だったとでも言うのか。

 否、違う。今自分が見ているこの光景こそが夢なのだ。何故自分はここにいる。思い出せ。何故この場所にいる、何故このISを動かすに至った、何故この場所に来るに至った。

 思い出せ、思い出せ、と自分に問い続け、一つの答えにたどり着いた。

 一夏は最初、藍越学園の入試を受けに来たのだ。しかし、どこが試験会場か分からず、部屋を訪ねようと部屋に入ったら、こうして、ISが鎮座しており、興味本位で触れてしまい、ISを起動してしまったのだ。

 では、その大本となった藍越学園に、何故自分は入ろうとしたのか。答えはすぐに出てきた。

 

 ――自分が、千冬に恩返しがしたかったからだ。

 

藍越学園は、高い就職率を誇る高校ということで、早く独立し、千冬に楽をさせてあげたいと一夏は思った。だから、藍越学園を志望したのだ。

だが、今の一夏にはそれが出来ていない。それは何故か。簡単なことだ。一夏がISを動かしたからだ。それはすなわち、ISと関わることを、事故ではあるとはいえ、彼が選択したからだ。

では、もし自身がISに触れず、藍越学園の入試を受け、見事に合格し、内定をもらい、無事に入学できたとして、果たして自分は千冬に恩を返すことができたのだろうか。

答えは、否だ。何故なら、千冬が本当に自身がそうなることを望んでいるなどと、彼女の口から聞いたことなどないからだ。ならば、それは千冬の望みを理解していないことと同義であり、所詮一夏自身の独りよがりでしかないのだ。

 

――ならば、自身はどうすればいいのか。どうあればいいのか。

 

過去に戻ることはできない。今ここにいない人間の望みなど、聞くことなどできない。ならば、どうするか。簡単だ。自分で答えを出す。ただそれだけのことなのだ。

一夏は目を閉じ、もう一度自身の心を見つめ直す。自分の中にこそ、答えがある。根拠はないが、その確信はあった。

 

ISと関わってから、いろいろなことがあった。

再開、出会い、対峙、決闘、襲撃、挫折、再起。いろいろなことに巻き込まれ、いろいろなことを学び、いろいろな人と出会えた。苦しいことのほうが多かったのかもしれない。でも、楽しいこともあった。

そして、楯無とも出会うことが出来た。

ISがあったからこそ、失うものがあったかもしれない。でも、得るものも、確かにあった。

 

――じゃあ、自身はISとどう向き合えばいいか。

 

 ISというものは、元々宇宙開発用のマルチフォームスーツとして開発された。しかし、世界は兵器(ぼうりょく)として、運用している。

 そう考えて、一夏はすぐに答えへとたどり着いた。

「ああ、簡単じゃないか」

 そう、簡単な問いだった。楯無は言っていたではないか、自身があるべき在り方を。

 

 ――答えに、たどり着きましたか。

 

 優しげな女性の声が聞こえる。それと同時に、周囲の景色が一変する。

 そこは、いつかの白い浜辺だった。そして、一夏の目の前に、白い騎士が立っているところまで、同じだった。

「――答えを」

 白い騎士が、口を開く。

「あなたの答えを、お聞かせください」

 白い騎士の言葉に、一夏は答える。彼の心には、もはや迷いは存在しなかった。

 

 俺は、ISを救う。あるべきものを、正しい形へ戻す。

 

 一夏のその言葉を聞き、白い騎士は笑顔を見せる。まるで、その答えを待ち焦がれていたかのように、満足げに笑う。

「やはり、あなたと共にあれて、間違いではありませんでした」

「俺も、お前が自分のISで、本当に良かったと思ってる」

 そう言って、一夏は騎士に背を向ける。そして、ゆっくりと目を閉じる。

 

 ――さあ、目を開けて。

 

 透き通るような少女の声を背に受け、一夏は目を開く。

 

 

 

 

 

 無人機を相手取っていた楯無は、自身の視界の端で動く影に気づき、一度無人機と距離を取る。その間も、蒼流旋に装備されているガトリングで牽制することを忘れない。

 その動いた影は、ゆっくりと立ち上がろうとしている一夏の姿だった。

「織斑君」

 楯無が、一夏を呼ぶ。その声に気づいたのか、一夏が楯無の方へと顔を向ける。

「楯無さん」

 一夏の声を聞き、安堵を覚える。だが次の瞬間には意識を入れ替え、無人機へと視線を向ける。まだ、敵は倒れてはいないのだ。

「こいつを倒したら、すぐそっちに行くから。ちょっと待ってて」

「大丈夫です」

 一夏のその言葉に、え、と言葉を漏らし、楯無は思わず彼に目を向ける。

 

 一夏は左手を眼前へと上げていた。

「もう大丈夫です。あとは――」

 

 ――俺がやります。

 

その言葉とともに、ISが部分展開される。もちろん、彼が上げている左手にだ。

 展開された左腕は、雪羅のような外見ではあるものの、細部が細かく異なっていた。一番の違いは、雪羅にあるわけがない、展開装甲の数であった。まるで、つけられるだけつけたような感じで、小さな展開装甲が無数にあるのだ。

 その全てが、開かれた。展開された装甲の隙間から、粒子とも、光とも、どちらとも取れる何かが漏れ出していく。

 それらが一夏、楯無、無人機、その他周囲の全てを飲み込んでいき――

 

 ――次の瞬間には、全てが終わっていた。

 

 

 

                      ◇

 

 

 

 結論から言おう。ISは、兵器として運用できなくなった。

 

 あの日、全てのIS――正確にはISコアが、一時的に機能を停止した。それも世界中、有人、無人関係なく、一切合切のISコアが、全て眠りについたかのように、動かなくなったのだ。

 時間にして、3時間。その短いのか、長いのかわからない時間が過ぎ、コアが再起動した時に、その現象は起こったのだ。

 ――それは、ISが、武器を拒絶したことだ。

 なぜそのようなことが起こったのかは不明であり、一週間経った今でもその原因は解明されてはいない。おそらく、一生解明されることはないだろうという確信が、楯無にはあった。何故なら、彼女は、その奇跡の目撃者であるからだ。

 

 ――その奇跡を成したのは、他でもない織斑一夏なのだ。

 

 今彼は、医務室で深い眠りについている。あの光が収まったあと、彼は糸が切れたように倒れた。動かないISを乗り捨てた楯無が受け止めなければ、頭を強く打っていただろう。

 腕の中にいる彼が何を成したのか、その時の楯無は全くわからなかったが、落ち着くことができた今となっては、彼が成したことが朧げながら分かってきた。

 

 ――彼は、世界を救ったのだ。ISという存在に、自らの祈りを教えて。

 

 IS学園は、いま混乱の最中にあった。ここは今までISを兵器として扱ってきた。名目上は、競技スポーツとしての道具であるが。

 その大前提が、たった3時間で崩れ去ったのだ。

 だが、てんやわんやする教員たちを落ち着かせたのは、他でもない、織斑千冬の一声だった。

 

 曰く、ISがあるべき形へと戻っただけだ。

 

 たった一言。だが、その言葉には、その場にいた誰もを安心させる不思議な力があった。そして、千冬の言葉を聞き、落ち着きを取り戻した教員たちの対応は早かった。

 カリキュラムの見直しから、来年度入学希望者への説明、更には指導教員をはじめとした学校組織の大幅な人事変化。その中心で指揮を取っていたのも、一夏の姉である千冬だった。

 日に日に変わっていくIS学園。その変化は、生徒たちにも変化を与えていた。その最たる例が、専用機持ちと呼ばれていた生徒たちである。

 

 まず、もっとも幸福だと言えるのが、楯無の妹である簪だ。彼女の専用機はまだ完成していない。それが、この変化に即対応できる要因となった。

 兵器としてのISから、宇宙開発のためのISへのシフト。既に完成していた他の専用機とは違い、倉持技研が提示したそのプランをすぐに適用し、簪の専用機は生まれ変わった。

まだ最終調整が済んではいないものの、それが終わるのも時間の問題なのである。

 加えて、楯無とは違い、その方面に明るい簪のことだ。近い将来、新しいISの業界を牽引していく第一人者になるだろう。と少し贔屓しながら、楯無は考えていた。

 

 それとは逆に、最も悲惨だといえるのは、二人目の彼だろう。彼のISは、どうやら始めから兵器としての運用に重点を置いており、ほかの用途など捨て去ったような代物だ。実は、これはこの学園を襲撃してきた無人機にも言えることだ。あれらも二人目の彼のISと同様のコンセプトのもと、製造されたという見解が千冬によって示された。

 簡単な話だ、彼のISが起動しなくなった。ただそれだけだ。

 その事実は、彼を完全に打ちのめしたようで、この世のものとは思えないものを見たかのような、絶望の表情を、千冬から話された時に浮かべていたことを、楯無はよく覚えている。その際に、何かをブツブツと呟いていたようだったが、よく聞き取れなかったので、何を言っていたのかまではよく分からない。

 ただ、彼の未来は暗いということだけは、理解できた。

 

 自分も含めた他の専用機持ちも、ショックの大小に程度はあるものの、既に二人目の彼とは違い、現実を直視し、各々の未来への道を歩み始めている。

 楯無がまず最初に行ったことは、ロシアに専用機を返還し、自由国籍権を失効。そして、日本国籍に戻したことだ。深い意味はない。ただ自身の未来を見据えた結果だからだ。その過程で、いつの間にか妹との仲を修復できたのは嬉しかった。

 

 ――最も特殊な立ち位置にいるのは、織斑一夏だ。

 

 彼は、未だに目を覚ましていない。何故眠り続けているのかはわからない。ただ、その原因を探るべく、精密検査を行った結果、驚きの事実が発覚したのだ。

 

 それは、彼の心臓があるであろう場所に、ISコアが埋まっていたからだ。そしてそのコアは、彼が奇跡を起こしたあの時から行方がわからなかった白式のものだったのだ。

 何故、白式のコアが彼の心臓の場所にあるのかわからない。しかし、一人の学者がある仮説を立てた。

 

 彼は、ISになったのかもしれない。

 

 その時に同伴していた楯無は、ガツンと何かに殴られたような気分になった。あくまで、仮説であるのだ。それでも、彼女自身はそれがまるで真実であるかも知れないという錯覚に陥りそうになった。

 泣きたかった。せっかく自身が助けることができた生徒を――心のどこかで、愛おしいと思っていた男性が、人ではなくなったと言われたのだ。

 

 その事実を、彼は決してISではないという証明をするために、更識楯無はIS学園に残る決意をしたのだ。

 

 

 

                    ◇

 

 

 

花瓶の花を変えるのも慣れてしまった。そう思いながら、楯無は眠り続ける一夏を見る。

一ヶ月経った今もなお彼は眠り続けていた。どのような夢を見ているのだろうと思うが、それを知るすべを楯無は持たない。ただ、毎日こうして一夏のもとに通い、話すことしかできない。

「一夏君」

 今日も楯無は、口を開く。

「今日は簪ちゃんがね、一緒に夕食を食べようって言ってくれたの。学園の食堂だけど、二人でいろいろな話をしながら食べようって」

 閉ざされた一夏の瞼を見ながら、言葉を続ける。

「――世界は、変わったよ。もちろん、まだ不安定で、心配事はいっぱいあるかも知れない。でもね、ちょっとずつ、一歩一歩前に進めているの」

 まだ、激動の時代は続くだろう。停滞していた今までの分を取り戻すように、世界は変わり続けるだろう。

「私はね、あなたと一緒に歩きたいのよ、一夏君」

 楯無の声は、震えていた。

「だから、だからね――」

 

 ――早く、目を覚まして、一夏君。

 

そう言って、一夏の左手を両手で包んだ楯無は祈るように目を閉じる。

 

 

 

 そして、ゆっくりと、彼の目は開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




「主人公だからご都合主義を起こせるんじゃない、主人公はご都合主義を為す義務があるんだ」

 そんな持論を常に頭の片隅に置きつつ執筆した3作目です。
 実はこの作品に出てきた二人目君は、特に設定を考えてない存在で、読者が各々の設定を彼に付加して、あたかもアンチ一夏のオリキャラとなるようにわざとふわっとした描写にしてあります。
 そのため作中のアンチ描写もあまり凝ったものにせず、簡潔に描写しました。
 ただ一つ、彼の設定で決めていたことは「ISという作品を私も含めた読者が思っている、バトルもののラノベであると考えている」という一点のみです。

 読者の皆様がこのような結末で満足するかは、わかりません。
 しかし、このような結末でも、満足していただけたのならば、この作品を執筆した甲斐があります。

 最後に、3作通して読んでくださった読者の皆様、並びにこの作品だけでも読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。

 次の作品は、ゆっくりと執筆したいので、少し日にちが空いてしまうかもしれませんが、もし待ってていただけるのであれば、それほど嬉しいことはありません。

 では、また、次の作品で会いましょう。


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