▼異世界とシリアルキラー
異端だと知っていた。
異常だと知っていた。
それでもやめられるものでもなくて、そもそもやめなければならない理由がわからなくて。
培ったその
ざわざわとニンゲンが煩く騒音を立てながらあっちこっちを歩いていく。元いた場所はもっと小さくて静かで寂れていて血の臭いが充満していて死体だらけの筈。こんな意味不明な記号とか言葉とか漫画みたいな飛行船とかなかったのだけど。見上げる空には青空と太陽。薄汚れた摩天楼も暗い夜も赤い月も、今はそこには無い。
僕は黒いフードの下、態とらしく首を傾げてみせた。
……まぁいいや。
然り気無く人混みに紛れ、頃合いでスーツの男の頸動脈を隠し持った医療用のメスで流れるように掻き切った。かっ、と小さく息を詰めて何が起きたか分からないといった様相で立ち止まった男の横を通り過ぎる。
倒れ伏す音。悲鳴、怒号。
……─────堪らない。肉を裂く感覚、噎せ返る血臭。
呆然と傷の付いた箇所に触れて真っ青になる表情なんて、見ているだけでえも言われぬ心地になる。その形相のまま首を刈り取ってホルマリン漬けにしてしまいたいくらい。
どろりと溢れた血液が抑えた指から溢れ出し、止めようと陸に上げられた魚みたいに必死に口をパクパクさせながら血液を無意味に掬い上げる様なんて間近で見れたら、もう。
惜しい気持ちもあれどそこから立ち去った。遥か後方に騒ぎがうっすら聞こえる中、感傷も程々に男からスった財布を開く。ぽいぽいとレシートに身分証明書やらを捨てて、僅かばかりの紙幣に硬貨をポケットに突っ込んで財布自体も捨てる。メスは血を丁寧にティッシュで拭いて袖に仕舞う。ティッシュも同様に溝に捨てた。直ぐに汚水に濡れて沈んでいく。
肉厚な特注の尖刃刀は外科医だった父親の商売道具だったモノだ。僕の手にあるのは彼を僕がこの手で殺して奪ったから。息子である僕に生きたまま解体され、妻と縫合されて物理的に一緒になったあのヒトの顔を、僕は一生忘れないだろう。
子供の時からおかしかった僕はイラナイモノだった。肉を割くのが好きで、血の匂いが好きで、死体が好きで、死の間際の断末魔が好きで。そんな僕だからあのヒト達は僕を嫌って、僕を残して何処かに行こうとしていた。……そんなに一緒に居たいならずうっと離れなくなればイイじゃない?ある意味、僕は親孝行者じゃないか。どうして皆顔を青くさせて怯えるのか。
気付いた時には皆も僕も真っ赤に染まっていた。
─────兎も角、今後のために後2、3人は狩っておきたい。趣味ではあるけれど実益を求める僕は、凄く欲張りだな、なんて。
此処は完全に別世界。何をするにも先立つ物は必要である訳で。
宣言通り2、3人殺ってからホテルに泊まった。この世界のニンゲンは前の世界と同じようで、僕の得物の刃が通った事が少し拍子抜けだった。まあ、殺人童貞の時みたいにはしゃいでしまったのも否めないけれど。
……どうやら金銭的な相場なんかも日本と変わらないらしい。便宜上異世界と仮定して、気付けば僕の容姿は幾らか変わっていた。何処がと問われれば体毛の色。全体の容貌が少し若返っている。黒髪黒目だったし、元は成人して、仕事だってしていたのだ。
肉体の経験を奪われたとでも。通行料としてならばなんて安上がり。
これはもう今までの自分を捨て去りなさいというカミサマの御告げとみた。無神論者だけども。
取り敢えず自己の確立という訳で一人称を小生にしてみる。
……拙いなぁ、愉しくなってきた。昂りのままに殺したい欲求が溢れて。ふらりと足が外へ向いていた。
ふと顔を上げれば、路地裏は血液で真っ赤に染まっていた。この世界に来てから小生の理性は切れやすくなったと思わざるを得ない。大体8人か、滅多刺しにされてニンゲンなのか肉塊なのか別の何かなのか判別不可のそれに、熟れたトマトを連想してしまう。ミネストローネやミートソーススパゲッティが食べたくなった。小生の好物だ。
「お腹減ったな……」
朝御飯を食べていないのは事実なのだし。早く血を洗い流したい。まだ拠点も作ってないのに。少し浅慮だった。愉しかったしヨかったけれど。
びしょびしょに濡れた服を取り替えなくてはと周りを見回す。誰かシンセツなニンゲンは居ないだろうか?
……なんちゃって。
「■■■■■、■■■■■■■■?」
「……おや、」
随分と影の薄い目撃者がいたものだ。後、随分と奇抜な格好だね。彼は対象外かなぁ、と独り言ちる。
……唯、かなりの強者であるし、この惨状を見てケタケタクツクツと笑っているし、何より彼からは濃厚な死の匂いがする。
面白いニンゲンだなあ。殺したいなあ。ここまで欲求が擽られるニンゲンなんて初めてだ。
でも、……どうしてだろう、今じゃないって気もする。
こういう時って、感覚に従って置いた方がいいんだよなぁ。勿体ないなぁ。
「■■■■■」
「残念だが小生には君の言葉が解らないよ」
「……?■■■■」
不思議そうに首を傾ける男。
その身体はまるで鋼の肉体を持つ野生の獣。溢れる言葉は熱く蕩ける声音だった。
聞き覚えのない音を奏でるその口はよく回る。小生は胡散臭い笑みのまま此方に近付く彼に構えもせず見詰めている。
狡猾な蛇や蜘蛛の巣を思わせる、性的にすら感じる粘ついた視線。彼が望むのは、彼が欲するのは、恐らく小生と似たようなモノ。
「■■■■■■■■、■■■■■■■■♥」
「君は、何だか、」
基本、面倒なのは嫌いだ。だがそれ以上に退屈が嫌いだ。
価値が無くなれば棄てればイイ。それは釣り人が釣った魚を海に戻すのと同じ。子供が飽きたからと玩具を捨てるのと同じ。
《纏》をして眠る青みがかった銀髪の少年を肩に乗せ、路地裏を進む。
公共語のハンター語を話さない、恐らく話せない子供なんて、今時滅多にいないだろう。彼の流星街の子供でも話せるのだから虐待か、ネグレクトか。だけど其れにしては仕草は綺麗で、聞いた事もない言語を操っていたのだからそれらは否定される。ロクな育ち方をしていないだろう事は、彼の持つ狂気と身のこなしから容易に察する事が出来るのだが。
「ふふふ、」
だが、そんな事に興味を抱いた訳じゃない。 そんな物は幾らでも後付け出来るモノだ。
勘としか言いようがないが、唯単にこの存在とは気が合いそうだったからだ。
「君は一体、どんな果実になるんだろうね……♦」
ヒソカはまた、クツクツと笑った。
20190209/ちょちょっと書き直しましたよ