狂医者の死神奇譚   作:マスター冬雪(ぬんぬん)

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バロットと聞いて嫌な予感がしたら検索するのはよした方がいいよ。そんな感じの二次試験。
穏やかなのはここまで(だと思う)


▼嵐の前の晩餐会

第二次試験会場の地はビスカ自然公園という。

建物からは延々と獣の唸り声のようなものが響いていたが、どうやらそれは凄まじいまでの腹の虫の声だったようだ。

 

3mはあるだろう肥満体型の巨漢と、緑の髪を特徴的に結った女性である。腹の音は巨漢のものだ。

ブハラとメンチ。美食ハンターを名乗る2人は、第二次試験は料理だと声をあげたのだった。

いやしかし、流石はハンター協会。中々良い人材が揃っている。ルカの目には試験官の身を覆う、美しいオーラが映っている。

 

 

料理、と呼ぶには男らしい。

1つ目の課題は豚の丸焼きだった。一斉に駆け出した受験生は思い思いに森に散り、ゴン達も同じくハントの為に森へ走る。

……尚、ビスカ自然公園にいる豚は一種類、世界で最も凶暴な豚、グレイトスタンプのみなのだが。

 

グレイトスタンプの特徴である前面を覆うような大きな鼻は表面が非常に硬質化しており、突進でもされれば人間など紙のように弾き飛ばされてしまう。

美食ハンターの2人を満足させる食事を用意する、という内容だが、さて。

 

 

 

まるでサイの様な獰猛な突進を一瞥したルカは、微笑みを浮かべたまま片手を差し出した。

 

「遅い、弱い、脆い。……こんなのでいいのかなぁ?」

 

押そうが引こうが動けないグレイトスタンプは目に見えて恐怖した。

びきり、と。ルカが掴んでいるグレイトスタンプの巨大且つ頑丈な鼻の表面に罅の入る音がするのである。

これには言葉を解さないグレイトスタンプも悲鳴をあげる。

 

「こうして見ると可愛らしいねぇ。……まあ、小生の人形たちに比べたら雲泥の差はあるけれどォ」

 

びき、びきびきびきぃっ。ぐちゃり。

肉を潰す湿った音と共に、遂に砕けた。

 

「ぶぎぃぃぃぃいいい!!」

「うぅん、イイ声」

 

けれどやはり、ヒトの悲鳴の方が甘美なものだ。

鼻を掴んだまま地に引き倒し、その額目掛けて脚を落とす。

オーラを含んだ震脚は瞬く間に薄い頭蓋に覆われた脳をぐちゃぐちゃに掻き乱し、グレイトスタンプは眼球と口から血あぶくを噴いて横倒れた。

 

「ええと、仕留めた後は、なんだったっけ。……ああ、そうそう、血抜きだ。肉に臭みが残ってしまうのだった」

 

手頃な木に逆さに吊り下げ、ある程度その下の土を掘り、胸のあたりを通る頸動脈を掻き切る。噴き出すようにまだ生暖かい血が堀った穴に滴り落ちる。

 

「人肉の加工と同じようにしていいのかな」

 

焚火を手早く作って火で表皮を炙り、皮を剥ぎ、腹に穴を開けて内臓を引き摺り出す。どちゃりと血の池の上に白とピンクと赤の内臓が零れ落ちた。取り敢えず好き嫌いの分かれる内臓は取り出しておく事にしたらしい。

そして近くにあった川で腹の中を洗い、念糸を使って支給された鉄の棒に固定して火に掛けた。

 

「それにしても大きい。試験官は此処で数人に数を減らすつもりなのか……」

 

急いだ方が良さそうだ、とルカは念糸を木に引っ掛けて豚の腹を横に向けると、切れ込みにオーラを纏った手を突っ込んでバーナーを近付けた。

 

 

 

 

 

まさに掃除機のようだった。

ルカは珍しく口を開けて瞬く間に平らげられていく肉の山を、それと同時に量産されていく骨の山を眺めていた。

既に50匹ものグレイトスタンプの丸焼きが全身骨格となって積み上げられていく。

 

「解剖したい……」

「やめておけ」

 

ジョーゥダンだよォ。

クラピカに笑いかけるルカ。

そう、冗談だ。恐らく念能力。それも主能力ではなく制約か誓約だろう。肉体的には人間と大差ない為に解剖はしない(つまらない)

ただ嬲り殺して人形にしてみたいだけで。まあ、その程度である。

 

 

「レオリオちゃん、湿布貼ってあげるよ。腕の傷も消毒する?縫う?」

「ちゃん言うな。……頼めるか?あとぜってぇ縫うな」

 

つれないなぁ。ルカは黒衣の内側から蒸留水のボトルを取り、軽く湿らせて頬の傷の土を拭う。

ブハラの試験の小休止(が終わる前)。ブハラが丸焼きを貪っている間に、ルカはレオリオの元に訪れて提案する。上機嫌となったルカにレオリオは若干後悔した。

 

ルカによる触診だ。

念能力者たるヒソカによるものと思えば、随分手加減されたものだった。ルカは嘗てのヒソカとの修業を思い出す。彼は自らの目と手で青い果実を見極めて残す為に、手加減の具合がべらぼうに上手かった。頬骨は骨折したという事もなく、本当に軽く殴られただけのようだ。

腕の切傷は3cm程の深さだった。恐らくトランプによるもの。血液はレオリオ自身のネクタイで圧迫止血されている為手当がしやすく、こびり付いた土と凝固した血液を流水で洗い流し、拭って消毒し、軽く包帯を巻く程度で済んだ。非常に厚みの薄いもので切った時の傷はよく出血するが治りやすい。

 

「はいオシマイ」

「お。流石にはぇえな。ありがとよ」

「……やっぱり縫、」

「縫わない」

 

薬効の高い薬草を練り込んだ湿布だ。1日貼っていれば痛みも腫れもなくなるだろう。

 

 

 

 

 

さて。

第二次試験2項目目。

メンチという女性による審査である。ブハラに対して審査基準が甘いと口にした彼女は、続く試験は辛口だと言った。

お題は“スシ”。ジャポン出身の某忍者と日本出身のルカ以外は全くわからない状態にあった。

 

ジャポンという国は辺境の島国とされており、その地での料理と言われても多くが分からぬも仕方がないのである。現にそこそこ美食家であるヒソカも僅かに眉を寄せているのがルカの目に映る。

メインとなる食材が肉なのか魚なのか他のなにかなのかもわからない。ただあるのはヒントとなる調理器具と調味料のみ。メンチは二本の棒を手に、小さな器に入った黒い水のような物を手元に置き、愉しげに笑っている。

 

「ンー……困ったねぇ」

 

ルカは長い髪を包帯で結い上げながら、ぽつりとそう呟く。

“スシ”が寿司である事はわかっているが、即興で作ったそれで美食ハンターが満足するだろうか。

今までの言動と彼女自身の実績から彼女は若くして成功した人間だ。自分の能力を誇りに思い、胸の内には譲れぬ矜持がある。熱くなりやすく、ひとつの分野に於いて妥協はしない。いや、出来ない、と言った方が正しいか。許容はするが、喧嘩は売られれば買うタイプ。

 

「……これはまた、早くに提出しなきゃならないねぇ……」

 

剃髪の忍ばない忍者を一瞥したルカは、速やかに“絶”を行うとこっそりと一団から離れるのだった。

 

レオリオの大声が聞こえてきたのはその直後の事である。

これによってルカは試行錯誤の時間を大幅に奪われ───例え提出されていく物がスシもどきだとしても、数打てば当たると先人は言う───結果で言ってしまえば他の受験者と同じく再試験となった。試験官の満腹という呆気ない終わりで。

 

 

 

崖の上から紐無しバンジーを敢行し、生存出来た者。賢しくも可能性を投げ捨てて生を選んだ者。そして身に合わぬ無謀に命を散らした者。それが第二次試験後半の大まかな内訳である。

マフタツ山の切り立った崖に巣を張ったクモワシの卵。それを入手し、ゆで卵にする事が再試験の内容だった。

マフタツ山の断崖絶壁の下は急流の川が流れており、ひとたび落ちれば数十km先の海まで流されてしまうとか。

 

「これ凄く美味しい」

 

とろりと溢れ出す黄身の濃厚なコクと自然な旨味。塩やマヨネーズを掛けずとも幾らでも食べられそうだ。

2、3個こっそり持ってきたのは正解だったらしい。

 

「あ、これ巷で言うバロットってやつだねぇ」

 

目が合う(・・・・)

茹でていたもうひとつの卵からは既に中身(・・)の形成された─────

 

 

 

 

 

軽い腹拵えも済んだところで、受験生を乗せた飛行船はゆっくりと空を進んでいく。と言っても大の大人や育ち盛りの子供には足りない量の間食だったため、皆それぞれ食事を行ってはいたが。

二次試験の再試験を試験官に言い渡したのはハンター協会会長であるアイザック=ネテロである。彼は次の試験も同行するとの事で、これから翌日の朝8時までは自由時間らしい。

 

「ねえ、厨房ある?」

「あっはい!注文して頂ければコックがお作りしますが……」

「ホントォ?助かるよぉ。折角だからコレでオムレツとか食べたくってぇ」

 

取り出したのはクモワシの卵だ。

 

「きっと美味しいよねぇ。楽しみだ」

 

ああ、トマトたっぷりのミネストローネも付けてね。

 

 

 

 

 

「や」

「ああ、ルカ♦久し振り……って程でもないか♠」

 

8段のトランプタワーを指で突いて悦に浸るヒソカは他の受験生に思いっ切り避けられていた。

 

「夕御飯かい?」

「うん。運動後の腹ごなし」

 

手にはオムレツとスープの入った皿の乗ったトレイ。肩にはタオルが掛けられており、その長髪は水で湿っている。

ヒソカの鼻先に馴染みのある甘い血の匂いが掠め、成程と頷いた。

 

「程々にしないと失格にされるかもよ♥」

「自由時間だって言ったのは彼らだよぉ?」

 

だから“好き(自由)にしてる”んじゃないか。

 

「証拠どころか、死体も見付からないさ」

 

ルカはにっこりと微笑んでヒソカの隣に座り手を合わせる。

 

「いただきます」

「前から思ってたけど、ソレ何?♠」

「食前の挨拶ゥ」

「♦ 律儀だね♣️」

 

半熟のオムレツの上には赤いケチャップが乗せられている。均一に焼かれたそれをぐちゃりと崩してルカは笑う。

 

「ん。……君が試験を受けてるなんて、小生知らなかったよぉ。言ってくれてもよかったじゃないか、水臭い」

「元々連れて行くつもりだったんだよ♥ちょうどいいから別行動してもらったけど♦」

「へーぇ?ちょうどいい、ねぇ。……まあ小生も子供じゃないから、どっちでもよかったけど」

 

いつまで経っても保護者同伴なんてどうかと思うし、何より獲物が被っちゃつまらないのだ。

……まあ、小生は既に何より優先する獲物というものを見つけているから、寛大になれるのだけどね、と。

ルカはオムレツを口に入れながらヒソカをじっと見つめる。

 

「物欲しそうな目で見てどうしたんだい♠」

「ヒヒヒ、面白い冗談だ」

 

いるかい?まだ何も食べてないんだろ?

差し出された手付かずのミネストローネはルカの好物である。

 

「♣️」

「嫌ならいいけどねぇ。ヒソカが作った方が美味しいと思うし」

「それはどうも♦」

「……世辞じゃないのにィ」

 

いつもの胡散臭い笑顔に対して含みを察したルカは頬を膨らませて拗ねた振りをして、口角を仄かに上げる。

 

「……まあいいや♠貰えるなら貰っておくよ♥」

「どーぞぉ」

 

 

 

 

 

PRRRRR!

 

「もしもしぃ」

『ワタシね。お前今何処いるか』

「んー……そうだねぇ、ヨルビアン大陸の上空ら辺かなぁ。小生ハンター試験中なんだァ」

『は。ならコレは要らないか』

「もしかして拷問してるのかい?いいなあ、欲しいなぁ……」

明日明後日(あしたあさて)で終わるのか?』

「……終わらないねぇ」

『じゃあ無理ね。それまで待てないよ』

「小生キミの作る死体が1番好きなのになぁ。……ねえ、本当にダメかい?オチマの方で良い拷問器具専門の鍛冶職人がいるんだけどぉ……」

『……、フン。此奴は適当に捨てとくよ。場所はアイジエンのガボール、ウィシュ市の巣に置いてるから勝手(かて)に入て取るね。……此奴が死ぬが早いかお前が来るが早いか……』

「わぁ、ありがとうゥ。そうとなれば早く終わらせなきゃねぇ……」

 

死んでたら笑てやるよ、と男は笑う。

 

『そういえばお前も次の招集来るか』

「ああ、ヨークシンだっけぇ?行くよぉ。暇だしねぇ」

『……アイツも来るか』

「うーんどうだろうねぇ?気が向いたら来るんじゃなぁい?」

『……、……お前、アイツ殺して4番にならないか』

「殺せると思うかい?」

『今のままなら無理ね。隠してる能力全部出せば分からないよ』

「小生、隠してる気は微塵もないよォ」

『ハ。よく言うね、お前。……“今何匹人形いるか”?』

「ひひひひ……!彼には有象無象がいくらいようと訳ないさ」

『ふん。切るよ』

「はぁい」

 

 

 

 

 


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