▼狂い医者の開始前
「ねえヒソカ。小生、ハンター試験に興味があるのだけど」
小生がそう口にすると、ヒソカは道化のメイクをする手を止め、鏡越しに小生に目を向けた。
「いいんじゃない♦」
小生は軽く血抜きされた腕を矯めつ眇めつ。能力を発動すると両手にオーラが集まり、手に握られる形でメスと針が現れる。
─────生きる死体を作る過程は簡単だ。
今回の素体は薬剤で感覚を鋭敏にして部分的に縛り、そこからゆっくりと血液を抜くという下準備をした20代の女性。充分に心胆寒からしめた恐怖が、死者の念を強くする。……と言っても、念能力者と一般人ではオーラ総量に大きく差が出る為、一般人を使って作ると小生がどれだけオーラを注ぎ込んだとしても念獣未満になってしまうが。
そのような経緯を経て出来たのが青ざめた死体。
つい5分前にシメたばかりの新鮮そのもの。まあ、肩から切断した右腕だけなのだが。
組織を潰さないようすっぱりと切り取られた断面を皮で覆い、オーラの糸で縫合する。
15針縫ったと同時、誓約が満たされた。ゆっくりとオーラを馴染ませた腕はビキビキと軋み上がり、先ず黒ずんだ爪が鋭利に伸び。指が関節を軋ませながら細長く長大に。
一際大きく指が痙攣すると静かに小生の手に収まった。
女性らしい骨格に歪な手指。
「
死者の念としては失われていく血液への執着……と、小生への憎悪か。いやまあ、小生のオーラが楔となる為にその憎悪は小生以外の生物に向けられてしまっているのだけどね。
うごうごと蠢く
「ポイ捨ては良くないよ♥」
「放流って言って欲しいなァ。勝手に生き物を放流するのは犯罪だけど」
死んでるから問題ないサ。あ、死体遺棄?……今更今更。大きくなって帰ってくるんだヨってね。因みに成長はしない。
「どんなに血を欲してもその身に血液が戻る事はない。だって死んじゃってるんだもの。……いじらしくて可愛いよねェ」
「♣️」
流石のヒソカもノーコメントらしい。
「ハンター試験についてはどれだけ知ってる?♠」
「一般的な大衆知識と資格概要、禁則事項は一通り。シャルナークからは所詮は念能力者でもない一般人が参加出来るような簡単なもの、とだけ。……ああそれと、試験会場は自分で見つけないといけない事とか」
「勉強熱心だね♦」
「そうかい?……性分だろうねぇ」
これでも幼少は医者になる為に無垢に勉強したものだ。今じゃこんなだけどネ。
ひらひらと指で摘んだ紙を揺らす。ハンター試験会場案内。応募カードを記入しハンター協会に送付し、送り返されたのがその紙だ。これには試験開始日時と大体の場所のみが記載されている。
「ヒソカはハンターだろう?参考までにどんな試験だったか聞いていいかい?」
「どうして僕がハンターだと思ったのかな?♣」
「それは当然、キミが戦闘狂の青い果実ハンターだからじゃないか」
命懸けの、という事は生存能力やそれに付随する何かが長けているということ。才能ある者や有数の猛者が集まるというハンター、及びハンター試験に、ヒソカという男が興味を持たない筈がない。
「♠……残念だけど僕はハンターじゃないよ♦」
「おや。小生の勘も鈍ってしまったかな?何故だい?聞きたいなァ」
ヒソカは隠す事が上手いからね。小生、これでも程々の修羅場は潜らされてるし。にやぁっと笑うとヒソカも負けず劣らずの柔和且つ気持ち悪い顔でにこやかに笑う。
「落ちちゃった♥」
「……キミが?」
「ボクが♣️」
……どうやら本当の事らしい。
「実は去年試験を受けに行ってさ♠雑魚がボクを査定してると思うと面白くなかったし、その試験内容も楽しくないし、美味しそうな果実もいなかったし……直ぐに飽きちゃった♦」
「あは、キミらしい動機だねェ」
ルカなら受かるよ、とヒソカは含み笑う。
「ンー?今何か含みを感じたねェ?また何を企んでいるのかなァ」
「くくく……ナイショ♥」
「ナイショかァ。知りたいなァ、気になるなァ」
でも内緒なら仕方ないなあ。
「そういうキミこそどうして今頃になってハンターに興味を持ったんだい?♣」
「あは。小生のトモダチがハンター試験を受けるんだってェ。だから冷やかし兼ねてちょっと遊んであげたくてェ」
「へえ……♦そこまでキミが気に入るヒトがいたんだねえ♠」
「小生ヒトに対してはいつだって興味津々だよォ」
殺す対象として?と言うヒソカに、小生は明言せず、ただ笑った。本当にヒソカは小生の事よく分かってるゥ。
そんな訳で身一つ、小生は空路から試験会場があるという都市まで向かっていた。
然しながら飛行船は現在空を右往左往としており、いつまで経ってもザバン市に着く気配がない。
「なァるほど、既に試験は始まっているのかァ」
短気な輩は機長室に怒鳴り込みに行っているが、相当堅固に作られているらしい扉はビクともしない。
……程近い場所に浮かんでいるのは間違いないし、しょうがないねぇ。
「小生は此処で降りるとしようねェ」
ああ、それは勿論試験自体をという訳じゃない。
ゆらりと立ち上がった小生を正気を疑うような目で見上げる男に笑い搭乗口に立つと、周辺にいたヒトは静まり返る。
分厚い鉄扉も念能力者からすれば紙も同然だ。
オーラを脚に込めて蹴りを放つ。
ドゴガァッ!!と、傍迷惑な騒音と共にひしゃげた扉をこじ開け、ビュンビュンと吹き込む風に髪を押さえて見下ろす。
流石に高いねェ……大体2000mくらいだろうか。ハンター試験のふるい落としの為だけに此処まで高く飛んでいるのだろう。普通は500mかそこらだった筈だし。
「これは独り言なのだけどォ」
地上を見下ろして風の音に負けない声で乗客を振り返る。
殆どが手や背に武器を備えたハンター志望者だ。
「大抵飛行船には備え付けのパラシュートがあるよねェ。飛行船の航行速度は大体時速65〜80km。降りれそうなヒトは頑張って降りてみたらどうかなァ」
パラシュートの個数は限られてるからねェ。早い者勝ちだよォ?
そう言って小生は外に足を踏み出す。
……上方、一転してけたたましく争い始めた気配にくすくすと笑いながら、肉の皮膜と毛髪で織られた翼を広げる巨大な鷹を撫ぜる。鷹と言っても頭は人間だけどね。口を裂いて喉を開いた為に、口からは鋭利な牙が覗き開かれた喉からは舌が零れている。
「目的地はアッチだよォ」
「ア゙〜っ!アァ゙!」
「ええ?肉が食べたい?……いいよォ。手頃な場所に降りようか」
飛ぶのは上手だけど獲物を捕らえるのは苦手な可愛いハゲタカちゃんである。
3日程余裕を持って現地に到着した小生は早速骨肉で作った小動物を町に放つ。小動物系は残念ながら知恵や意志は薄弱で、それ故に本能に従順だ。失った自分の何かを探してヒトを襲うが、念能力者をはじめとするより強いオーラを持つ生物や、自分と同じ死後の念などの方が優先順位が高い。
小生はそれらに群がっていくのを
まあそんな訳で小生はザバン市ツバシ町全体を人海戦術で調べていた。……が、暇を持て余して散歩するさなか、とある店から伸びている怪しげな深ーい地下への穴を小生自身が偶然発見してしまったのだった。まさかと思い人形を忍ばせたところ、そのまさかであったらしい。
小生の"円"の範囲は15m。中々の偶然もあったものである。
……小生の人形達は下水道や廃屋やパイプなんかに潜伏しているから、遅かれ早かれだったけれど。
ともあれ合言葉まで入手できたのは僥倖だ。
─────肉を削ぎ、止血し、空になった輸血パックを取り替えてまた肉を削ぐ。
「やっぱり大きな都市は素体に事欠かないねェ」
ハンター試験会場が程近いという事もあってなのだろうか。
びちゃびちゃと滴る血液を美味しそうに舐め取る
両掌をフックで吊り下げられ、生きながらにして肉を削がれる男。猿轡は壊れてしまいそうな程に噛み締められ、目隠しからは滂沱と涙が溢れている。その首筋には輸血針が埋められ、失血で死ぬ事なく生かされていた。
「可哀想に。小生に絡まなければ怖ーい思いをしなくて済んだかもしれないのにねェ……ヒヒ、」
「ふーー……っ!ふーー……っ!!」
「安心しておくれ。小生、キミが出来るだけ長く生きていられるように頑張るからねェ」
途中痛みでショック死されても困るし、ほんの少し麻痺薬を使っているけれど。ジワジワと自分の身体が軽くなっていくのは分かるだろう?
足の末端、腕、顔。まだまだ剥ぐ所は沢山ある。
「最後は蟲に群がられるか野犬に貪られるかどちらがいい?綺麗に骨だけになるのは決定しているけれどォ」
綺麗な全身骨格が欲しいんだよねぇ。そう耳元で囁いて腹を厚めに削る。声にならない悲鳴が心地良い。
ガーゼで圧迫し包帯で固定。背部に回って血の滲むガーゼを剥ぎ、また削る。
びちゃり。
「おや、また失禁しちゃったのかなァ?」
カテーテルでも……いや、このままでも良いか。
「脚全部削ぎ落とすよォ。止血帯、キツくするからねェ」
失った血を、肉を、生を。
飢えて求めて彷徨う、生きた死体は酷く脆くて美しい。
嵐の海を越え、究極の2択に苦悶し、深い山中の行軍を経、魔獣の案内人に連れられてやって来た一行。
黒髪の少年、金髪の中性的な青年、スーツにサングラスの青年の3人を案内する糸目の青年である。
一行はハンター試験会場だという変哲のない店の前で何とも言えない顔をして顔を見合わせる。
まさか世界各地の猛者の集うハンター試験会場が定食屋にあるとは思いもしないだろう。そういった人の常識の穴を突く為だと案内人である凶狸狐が笑う。
店の内装も不自然な箇所はない。客も一般人らしい。快活な店主の声には言葉も返せない。
「いらっしぇーい!御注文は?」
「ステーキ定食」
「……焼き方は?」
極小さな反応を返した店主に凶狸狐は指を立てて一言。
「「弱火でじっくり」」
「!」
その声に重なったのは若い男の声だった。
背後から投げ掛けられた声に振り返る。
背中を覆う青みを帯びた銀髪。同色の目は柔らかに細められ、その身はゆったりと余裕のある黒衣に包まれている。
「便乗してすまないねェ。小生も
「ほう、自力で辿り着いたのか。中々やるね」
「君は……、」
「っ!アンタは……!」
金髪の青年の言葉を意図せず遮ったスーツの青年は驚きに指を差す。
「レオリオの知り合い?」
「あ、ああ……。久しぶりだな、ルカ」
「ツレナイじゃぁないかレオリオちゃん。小生の事は親しみを込めてルカちゃんとお呼びよと言ったじゃないかァ」
「……ちゃん言うな!」
こうして一方は予想だにしない、一方は意図的な再会と相成ったのである。
案内された一室はエレベーターになっているらしい。小生が偶然見つけた地下に伸びる穴は此処の事だった。
凶狸狐の来年も案内するといった旨を伝えられたレオリオちゃんが憤慨するも金髪の青年のハンター試験の合格率について聞いたと同時に閉口した。初受験で合格するのは3年に一人、ハンター試験に合格するのは毎年数人程度で、1人も合格者が出ない年があると考えると非常に難度が高いのだ。
「それで、貴方は?レオリオの知り合いと聞いたが……」
金髪の青年の言葉だ。小生はステーキ定食にナイフを入れる。
「小生はルカ。ルカ=ヒノハラ。流れのヤブ医者ってトコかなァ。レオリオちゃんとは旅先で会ってね」
「腕は確かだぜ。それはオレが保証する……ってちゃんって言うなって言ってんだろ!」
「免許持ってないけどねぇ。で、そういう君は?」
「ヤブとはそういう……私はクラピカだ」
「オレはゴン!よろしくね、ルカさん!」
「ばっかゴン!此奴もライバルになるんだぜ?!……ここだけの話、此奴かなりヤバい奴なんだぜ……もしかしたら切り刻まれるかも、」
「ルカでいいよォ。レオリオちゃんは後で小生の事をどう思ってるのか聞くからねぇ」
全く失礼な。小生が他人を蹴落として物を奪い取るような人間だと思ってるのかな。
もぐもぐとステーキ定食を味わう。
「ルカは……医者免許を取る足掛かりとしてハンター試験に?」
「いいや?小生は医者にはならないよォ。目的といえば、もう達成したとも言えるからねぇ」
「それは……どういう?」
「んっふふ……さあねェ、強いて言うなら好奇心かなぁ。そういう君達は?」
「……」
おやおや警戒心の強い事だ。
「オレは親父がハンターだったんだ!」
「おお、それは凄い。ゴンくんはお父さんに憧れて?」
「そう!どんな仕事なんだろうって思ってたらやってみたくなって」
「ふふ、そうかい。じゃあ頑張ってハンターにならないとねぇ」
「うん!」
「そうは言うが、単純なものでもないぞ」
クラピカくん曰く、新人の中ではあまりに過酷なテストに途中で精神を病んでしまったり、ベテラン受験者による新人潰しにより二度とテストを受けられない体にされてしまった人がざらにいるらしい。
「そうなんだ。でもさあ、なんで皆そんな大変な目に遭ってでもハンターになりたいの?」
……本当にハンターへの憧れだけでここまで来たんだねぇこの子。ある意味大物だなぁ。
勢い込んでレオリオちゃんとクラピカくんはゴンくんに説明する。レオリオちゃんはハンターによる金銭面の優越を。クラピカくんはハンターという職業の名誉を。
「どちらも然り、という所かねぇ」
ゴンはどちらのハンターになりたいか、という2人の言葉にゴンくんはとても困っている。
「!る、ルカはもしハンターになれたらどんなハンターになるの?」
「小生かい?……そうだねェ、医療ハンターになる気はないからねぇ。取り敢えず世界各地を回るかな。レオリオちゃんが言った通り公共施設はタダだし、今までで立ち入る事も出来なかった国も入れてもらえる場合があるしィ。……旅も中々イイものだよォ、超古代文明の遺跡とかとっても興味深かったねぇ」
「へぇ〜〜〜!」
そんなこんなでエレベーター表示がB100を示す。
部屋の入口が開くと、そこは大きな地下道が広がっている。
薄暗く、天井を多くのパイプが通り、その下では数百は居そうな受験者が小生らを値踏みしていた。
一般人以上、念能力者未満、か。見所のありそうな人もいなくもないが、……うん?
「一体何人くらいいるんだろうね」
「君達で406人目だよ」
と、小太りの男が話し掛けてくる。その胸には16番のナンバープレート。どうやら受験者はプレートを受け取って胸に付けなければならないらしい。黒衣の上に付けると同時、トンパと名乗った男が親切顔で分からない事は教えると口にした。
35回受けて落ちているのならそれは逆に才能なのでは。
103番蛇使いバーボン。
76番武闘家チェリー。
255番レスラートードー。
197~ 199番アモリ、イモリ、ウモリ三兄弟。
384番猟師ゲレタ。
彼らが常連らしい。
と、ここで一瞬の馴染みある殺意が走るのである。
「ぎゃああああああっ!!」
─────赤い髪の後ろ姿。トランプのスートの書かれた服。
「アーラ不思議♥腕が消えちゃった♠」
種も仕掛けもあるじゃないのさァ。
不愉快そうに見下ろした男には両腕がない。
馨しい血の匂いが埃っぽい空気を上塗りする。ナイスヒソカ。
……そういえば去年落ちたって言ってたっけ。
「気を付けようね♦人にぶつかったら謝らなくちゃ♣️」
「危ない奴が今年も来やがった……44番、奇術師ヒソカ。去年合格確実と言われながら、気に入らない試験官を半殺しにして失格になった奴だ」
ハンター試験に出禁はない。そして試験は試験官によって毎年変わる為、その年の試験官が合格を出せば誰だろうと、それこそ殺人鬼だろうと盗賊だろうと合格になる。
20人の受験生も再起不能にしたらしいが、ヒソカにしては自制した結果なのでは、と思ったけど、絶対それ試験官の目を盗んで何十人か殺ってるよね?
じっとそちらを見ていると視線に気付いたのかヒソカがこちらに視線を向ける。
「♠」
その指が口元に当てられる。
聞きたい事はまた後で、という事なのだろう。
「全くもう……言ってくれればいいのに。意地悪だなァ」
「……?どうした?」
「いやァ、何でもないけどォ」
トンパは話の流れを自然に断つと鞄から缶ジュースを5つ取り出す。
「どうだい?お近づきの印にさ」
そのひとつを開けて飲んだ彼に勧められるまま缶ジュースを受け取る。
微塵も疑っていないゴンくんとレオリオちゃんは望み薄、小生はクラピカくんと目を合わせる。
「……(どうする?)」
「……(やはり、疑わしいか)」
「……(当然だよねェ)」
と、ゴンくんがジュースを口に含んで、途端吐き出した。
「トンパさんこのジュース古くなってるよ!味が変!」
「えっ?!あれ?おかしいなぁーー?!」
……確かに微かに薬品の匂いがするような……?オーラで嗅覚を強化して漸くわかる程度のそれを、口に含むだけで察するゴンくんの野性味に完敗である。
「……凄いねぇ彼、見ていて飽きないよ」
「本当にな……」
ゴンくん含め、レオリオちゃんもクラピカくんも、才能が感じられてイイなぁ。ちょっとヒソカの気持ちが分かったかもしれない。
─────ジリリリリリリリリ!!
けたたましい音。
その先には試験官らしい、念能力者の男の姿。手元のアラームを止めた彼は表情の読めない顔で口火を切る。
「只今をもって受付時間を終了致します」
カイゼル髭の男はハンター試験の開始を宣言した。
─────遂に第287期ハンター試験が始まるのである。