なんの前触れもなしに、終わりは始まった
一人の少女が生きていた
少女は思う、なぜ
いきているの?
散りゆく花に祝福を
眠りを妨げたのは暑さと喧しさ。ジーワジーワと短い命を燃やすそれは、見ていて必死さよりも滑稽さを感じる。儚い命を燃やしたところで願いが結ばれるとは限らない。それは私も同じ。そもそも願いがあるかも甚だ疑問だが、あったとして叶うとは思わない。
目を開けなければ眠気が襲ってくれるものと思っていたが、どうやら私の眠気も暑さと喧しさの前には無力らしい。仕方なく目蓋を開けると、目の前にはよく見た英語の羅列。ボリボリと汗で蒸れた頭を掻き毟り視線を上げる。視線の先にあるのは紙の束にご丁寧に数字を記入した日付感覚を忘れないための叡智。が、その叡智も暑さの前には、正確に言うなら暑さでやる気を削がれた私の前には無力と化していた。視界の隅に入るこれまた数字をご丁寧に十二分割した円盤。長く太い針は六を、短く太い針は十を指していた。
いつからか開けっ放しになっていた口を閉じ、唇を潤した後に下唇を噛む。汗まみれで臭いのキツい服をその場で脱ぎ捨て、それを持って部屋を出る。こんな格好を見られたら怒られそうだが、生憎怒ってくれる人は今いない。
部屋のすぐ近くにある階段を降り、そこから七歩、続いて三歩。洗濯槽に異臭を放つそれを投げ込み、残りの布も投げ入れた。一糸纏わぬ姿のまま、水分を外に出さない作りのドアを開ける。見る人はどうせいないが、濡れたら後が面倒なのでドアは閉める。キュ、と金属の擦れる音の後に水滴が降り注ぐ。ガスに出会わなかったそれは私の火照った身体を冷やし、塩分多めの表面を洗い流す。
「…寒っ」
浴びすぎた水滴に冷やされた身体を、今度は温めるために別のバルブを捻る。数秒で周りには湯気が立ち込め、アニメ程ではない規制表現が完成する。言っても、見る人はいないのだが。十分に温まった所で水滴の奔流を止め、そこで身体を拭く布を持ってきていない事に気づく。濡らしたくないからドアを閉めたのに、これでは私に付いた水滴で濡れてしまう。
五秒考えた後に諦めた。
濡れた床を拭く手間を省く事をである。
湯気で鏡が曇り、その存在意義を奪われる。ざまぁないぜと思いつつ、身体を拭き始める。自分が満足する程度に水滴を吸収した布を洗濯槽にぶち込んで、洗剤と共に回転させる。服の予備は部屋だ。
きた道を戻りながら、頭部の水分を更に吸収させる。こればっかりは面倒極まりない。
部屋に戻りながら足元の缶を開けっぴろげな窓の外に蹴り出す。どうせ人なんかいない。
カァン……カラカラ
人類滅亡まで
のこり〇七日
移ろいの季節は花に散る
花弁症。そう呼ばれ始めたのは年を明けてすぐだったか。皮膚が変質し、まるで花が咲いたかのようにめくれ上がる事からそう呼ばれ始めた。
原因はわからない。感染症か、遺伝的な問題か、突然変異か。物議を醸していたのも最初の発病者が出てから一週間だけだった気がする。それもそう、短期間で爆発的に増えた。その広がり方は、というよりか、花開きかたと言うべきか。蕾が開くように特定エリアで発症が確認されると、今度は地球の裏側で流行するような広がり方。気がつけば満開の花をつけた木のように、世界は《花弁》で溢れていた。治療方法はなく、一度発症が確認されてしまえば、そこから体が"朽ちて"いく。腕に発症し拡がれば、骨すら侵食される。まさに"朽ちた"ように腕が取れてしまう。ただ、体から切り離された腕は"咲き"もせずに腐り果てる。意思を持って体を食らうかのように、生きている間は花を咲かせ散らせ続ける。発症者は例外なく死んだ。慌てた政治家はシェルターに逃げ込んだらしい。
「もう8ヶ月。私はいつ死ぬのかな」
友人も親も、弟に妹さえみんな死んだ。比較的早い段階で朽ち果てた。シェルターに引きこもった政治家連中は無事なのだろうか。無事だといいな。無意識にそう思っていた。
人類最後の一人だなんて状況、燃えこそすれ絶望することは無いと楽観していた。しかし箱を開けてみたらどうだ。考えている以上に重い。発症の条件が分からない病気がすぐ近くに存在しているかもしれないという恐怖もある。言わばルールを教えられていないトランプゲームだ。手札が尽きたら負けなのか、手札を無くせば勝ちなのか。特定のカードを引き当てた時点で負けなのか、特定の組み合わせを作れば勝ちなのか。ルールがわかっていない以上駆け引きさえできない。そんなものはプレッシャー以外の何になるというのか。
蹴り出された缶は、果たしていつ朽ちるのだろう
人類滅亡まで
のこり〇六日
花は咲けども実はならず
あれは確か、そう、大晦日だった。何年前かは覚えていない。自分が何も知らない子供だったことと、比較的理解の早い思考回路に驚かれた頃。ああ、そう、"七年前"だ。人は上に立つものを敬うと同時に見くだしもする。出る杭は打たれる。だが、出ていなくとも杭は打たれる。穿たれる。小学校に入ってすぐ、頭の良すぎた私はいじめられた。自慢したわけではなく、驕ったわけでもなく、ただ普通に過ごしていた。天才には奇人が多いと言ったものだが、あの年で悟ったように諭されれば大人でも頭にくる。ましてや周りは子供ばかり。コミュニティが作られる前であったことが幸いして、リンチをはじめとする大きな問題にはならなかったものの、職員会議は行われた。
そこでようやく悟った。人は違うのだと。人は、他人であって個人ではない。正義とは正しい大義ではなく、大義を掲げた上で振るわれる正論。正義の敵は、およそその思想に反し、受け入れない別の正義であると。それ以来、是か否か決めかねた意見では中立を保つようになった。敵を作らず、己を保つにはそれしかなかった。例えばそう、パン派かご飯派かを問われた時にライスブレッドと答えるような。米は悪くない、パンは悪くない、なら両方を合わせたらいい。そんなひねくれた子供が出来上がった。
そしてその年末、大晦日。事件は起きた。こう言えば格好がつくしあたかも第三者のように語れるが、当事者は私だ。一人の生徒が自殺した。その遺書に私の名前のみをひたすら書きなぐって。大人は当然いじめを疑った。しかし不思議なことに私はその生徒のことを知らなかった。知りたくもなかった。勝手に恨みを持って死んでくれる分には構わないが、巻き込まないで欲しいと思った。しかし正義は、大義を掲げた正論はそれを許さなかった。お前のせいで死んだ。お前が何かしたんだろう。そんな暴言はまだマシ。お前が殺した。殺人者。そんな直接的な言葉は、当時周りより理解の早い私を傷つけるには十分だった。
以来、私は人が嫌いだ。大嫌いだ。死ねばいいと思っているし、死んだところでつゆほど痛くもない。
しかし、花は咲いてしまえば朽ち果てるまで花粉を得ようと花弁をひらく。私は開花が早すぎた。実をつけられぬまま、朽ち果ててしまった。ならばそれは誰を責めよう。誰を責められよう。
捨てられた缶でさえ心優しい誰かに拾われるというのに、散り朽ちた花は、実を残せなかった私は何の役に立てよう。
その身に帯びた心の傷は、どこの誰が癒すというのか。
人類滅亡まで
のこり〇五日
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人類滅亡まで
のこり〇四日
枯れ木に朽ちた花は咲く
今朝、目が覚めたら胸に"咲いて"いた。やっと、ようやく、ついに、とうとう………これで死ねる。
ちょうど胸のど真ん中、谷間に咲いた毒の花だった。小さく皮膚がめくれ上がり、痒みを感じる。掻けば恐らく血が出るだろう。痛いのは好きではない。花が私を殺すに任せよう。いざ死ぬとなると感慨深い、訳でもなかった。どちらかと言えば心の異物が取れたような、指先の棘が抜けたような感じだ。状況を理解しながら死ねる私は幸せ者だろう。これまでの被害者、否。発症者は自分がどうなっているのかも、どうなるのかも分からずに死んでしまったのだ。その恐怖は計り知れない。
勿論私とてこの症状の全てを理解している訳ではない。発症から死に至るまでの期間はまちまちだし、花の開き方にも法則性は見られない。花咲けば死ぬ事しかわからない病気の恐怖は大きいが、正直生き続けるストレスよりもマシだ。これまでに数多の死人が出た。数週間前からテレビは映らなくなり、昨日からは電気も点かなくなった。辛うじて水は出るし、すでに無人のコンビニエンスストアには保存の効く食糧が有り余っている。生きるに不足はないが、生きる価値はない。まだ生き残った人がいるかもと考えると死ぬ事が躊躇われたし、僅かなれど生きる希望にはなった。生きることは辛かったが、同じくらいに死ぬことも嫌だった。踏ん切りがつかなかった。しかし発症してしまえばこちらのもの。死ぬ理由が見つかり、死ぬ方法も手に入ったわけだ。勇気もなにもなく、無価値に無意味に死ねる。これほど幸せな事があろうか。ああ、よかった。助かった。走馬燈にも思える記憶の堂々巡りはない。懐かしむ思い出もなければ悔いる記憶もなく、恥じる黒歴史さえ思い浮かばない。覚悟はいらない。手順もいらない。死ぬ。ただそれだけでいい。その事実が、その真実だけが私を救う。
人類滅亡まで
のこり〇三日
花が開きて………
発症が胸だったからだろうか。呼吸が苦しくなった。生きる分に問題ない吸気はある。花が肋骨に侵食した為に肺がうまく広がらないのだろう。首も動かない。意外と侵食も速いようだ。苦しいのは嫌だ。訴えた所で楽にはならないが。他に生き残った人は結局居たのだろうか。居たとして、何らかのアクションを起こしていたのだろうか。気になってしまうと思考が止まらなくなる。昔からの悪い癖だ。脳にやる酸素なんてないのに、何故無思考でいられないのか。そんな自分に嫌気もさす。寝たほうが苦しくないだろうか。苦しくないのなら喜んで寝るが。まあ、息苦しさで目を覚ましてしまうだろう。人生そううまくは出来ていない。難易度があるなら私の人生はエクストラモード位のはずだ。
ああ、まったく。また無駄なことを考えている。もう死ぬというのに。しかし、この分なら明日には意識を失っているだろうか。侵食が肺より先に脳に届いて欲しい。苦しみは少ないに越したことはない。ああ、本当。何回同じようなことを考えるんだ。思考能力が低下したか?しかし、考えるのは自由だ。死ぬまで幾ばくかの時間はある。
何回巡るか分からない思考の堂々巡りは、確実に私の死を予感していた。
人類滅亡まで
あとなんにち……?
朽ちた花は散った
少女は息をしていた。目は虚ろで、既に光はその世界には存在していなかった。音でさえ水に浸かったかのような聞こえにくさ。既に残ったのは頭と呼べる形を残した花弁の塊。神経系を一切蝕まず、彼女を未だ生かし続ける。まだ搾取したりないとでも言わんばかりに。しかし彼女に苦しみはない。少女が感じているのは一切の虚無。無限に等しい点の連続。もはや思考は成立せず。全く同じ、変わりのない、代わり映えしない思考を繰り返す。あとなんにち。あとなんにち。あとなんにち。自分が死ぬまでではなく、花が散るまであとなんにち、と。苦しみのない永遠の虚無。無限に近しい思考の輪。少女にとってそれは地獄なのかもしれない。しかし彼女は何も考えられない。ただあとなんにち、と。哀れだろうか、不憫だろうか。少女は結局、最期に泣いた。
人類滅亡まで
あと〇一日
種が芽吹く:||
結局。
人がいなくとも世界は変わらず運営される。ユーザーのいなくなったMMOのように、世界が終了してしまうことはない。その存在価値はなく、存在意義を問うても答えることは叶わなかった。ヒトは、その身に降りかかった禍を、遂に自分のせいだと認めることは出来なかった。思慮深い少女も、その答えに至る前に死してしまった。
ヒトはいなくなり、人類史は途切れた。
しかしまた新たな生命体が食物連鎖を凌駕するだろう。その時にその生命体は気付けるのだろうか。
奪うのならばそれ相応の対価を要求されるということに。
人類滅亡。
Fin( )