改まって告げられること、それは大抵不幸の前兆、もしくは不幸そのもの。
だから
知るが花か、知らぬが花か。どちらが正しいのかは知る由もない。
【告げられた
一週間後、ことりは再び病院にいた。前回途中になってしまった診察とひかりのお見舞いだ。
結果としてことりの膝は特に異常なし。ことり本人も違和感があるわけではなかったため、何か違和感を感じたらすぐに来ることを約束し、診察を終えた。
自分の心配事はなくなった。となればあとは一週間前にここで出会った少女ーーひかりのお見舞いしかない。
支払いを済ませたことりはひかりの病室へーー少し不謹慎ではあるがーー内心わくわくして向かった。
「ひかりちゃん、こんにちは」
ノックをし、中に入ったことりはこの部屋の主に声をかけた。
「っ! ことりちゃん!」
ひかりはことりの顔を見ると着けていたイヤホンをとり、起き上がった。
「あっ、別に無理しなくていいよ」
「大丈夫!」
笑顔のひかりを見て、先週は車イスとはいえ動き回っていたことを思いだし、起き上がるなど大したことではないのだろうと考え直した。
「ひかりちゃん、今日は何聞いてたの?」
「ことりちゃんの曲!」
「私の? ぶる~べりぃとれいん?」
「そう! 私のおきにいりのいっこ!」
「そうなんだ! 嬉しいな。じゃあ一番好きなのは?」
「うーん……そんなの選べないよぉ」
若干涙目になっているのに気が付いたことりは慌てて質問を取り消す。
「だってみんなすきなんだもん」
「そうだよね、1つになんて選べないよね」
「じゃあことりちゃんは?」
「私も一緒だよ。どの曲にもμ'sのみんなとの思い出が詰まってるから。そんなのどれか1つなんて選べるわけないよ」
「そーなんだ」
まだ幼いひかりにはことりの言っていることがいまいちわからなかったようだった。
「ちょっと難しかったかな?」
ことりは優しく微笑みながらひかりの頭を撫でる。そんなことりをひかりは不思議そうに見上げていた。
その後も二人は深紅がくるまで話し込んでいた。
「あ、もうこんな時間! ごめんね、ひかりちゃん。ことり、そろそろ帰らないと」
「うん……また来てくれる?」
「うん、来るよ」
ひかりはおずおずと右手の小指を出した。
「指切り、しよ」
「うん」
同じようにことりも右手の小指を出し、ひかりの小さな小指と絡めた。
「「ゆ~びき~りげんまん……」」
指切りを終えた二人は小指を離し、じっと見つめあった。それから二人ともとてもいい笑顔で
「またね、ことりちゃん」
「うん、またね、ひかりちゃん」
別れを告げあった。
「深紅さん、失礼します」
「ええ。ことりさん、また来てあげて」
「はい、もちろんです」
ことりが病室から出てすぐの窓から見える空は暗く厚い雲におおわれていた。季節は間もなく梅雨になろうとしていた。
長雨の間にある少ない晴れ間を見つけてはことりはひかりの元へ向かっていた。最初は一人だったお見舞いも、今では他のμ'sメンバーを連れていき、賑やかになることもあった。その時のひかりは決まってテンションが高く、その場にいる人全員に笑顔を振り撒く。そして、そんな様子を見て深紅は心から安堵したような表情を浮かべるのだった。
長雨の時期も去り、高校生活最後の夏休みに入っても、ことりはひかりのお見舞いを続けていた。
「それでね、そうしたらその子が……ひかりちゃん? どうかしたの?」
「……だ、大丈夫。へいき、だ……ょ……」
「ひかりちゃん、ひかりちゃん!」
ことりの方に倒れてきたひかりを支えるとことりはすぐに名前を呼んだ。だが、ことりが呼び掛けたときにはすでに意識がなかった。学校で保健委員を勤めていても、この状況で起こせる行動を思い浮かべることは出来ない。ひかりを抱いたまま呆然とする中で偶然目に入ったナースコールのボタンを祈るように押した。
それからのことは永遠のように感じた。慌ただしく医者や看護師が出入りし、処置を行っていく。邪魔にならないようにと部屋の外に出されたことりはただその場に立ち尽くすしかなかった。
「ことりちゃん!」
「深紅さん……」
病院から連絡を受けたのか深紅も病室へ駆け込んできた。この何ヵ月かの間に深紅もことりちゃんと呼ぶようになっていた。
「深紅さん、ごめんなさい。私、ひかりちゃんになにも……」
涙を目にためていることりを深紅はその胸に抱きとめた。
「そんなことない。ことりちゃんが居てくれたからひかりはすぐに処置を始めてもらえた。本当にありがとう。むしろ私の方が……ひかりの母親なのに……」
大変なときにそばにいられなかった、そんな後悔の言葉は続けることすらもできなかった。
「深紅さん……」
ことりを放し、病室の中を覗く深紅の後ろ姿は普段の凛々しさはなく、ひどく弱々しかった。
病室の中にいた看護師の一人が深紅の姿を見つけどこかへ連れていった。それを見送ったことりもひとまず帰ることを決める。
病院から出ると空は厚い雲に覆われ、激しい雨を降らせていた。夏特有の通り雨。
普段なら見えるはずの綺麗な夕焼けはなく、それが妙にことりの心を不安にさせた。
雲1つない快晴という言葉がその日の天気を言い表す最も適切な言葉だった。
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ひかりはあのあとICUーー集中治療室に入れられた。ICUは家族以外入ることは出来ないが、ガラス越しなら様子を見ることができる。
翌日、看護師の一人に連れられICUにいるひかりの様子を見たことりは言葉を失った。昨日まで何でもないように自分と会話をしていたひかりが今は微動だにせず管をいくつもつけられていた。
力なくその場に座り込んだことりを丁度お見舞いに来ていた深紅が見つけ声をかけた。
「ひかりちゃん、どうなっちゃうんですか?」
深紅の顔を見たことりは何とかそれだけ言葉を絞り出した。
「……ことりちゃんには話した方がいいかもしれないわね」
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それから数日たった今日、ことりはひかりの家に呼ばれていた。
「ごめんなさい。ひかりのこと、今まで話していなくて。何度か話そうとしたんだけど楽しそうなあなたたちを見ていると言い出せなくて」
「分かります。私もそういうことありましたから」
μ'sとして活動していた頃、自分の留学話で大切な幼馴染みを傷つけたことをことりはいまだに気にしていた。
「そう……」
「教えてください。ひかりちゃんのこと」
ことりには珍しい積極的な態度だった。
「あの子、ひかりは重い心臓病を患ってるの。もう入院生活を始めて一年半くらいになるわ」
「そんなに前から……」
「ええ、その頃から早ければ一年、長くても三年は持たないって言われていた。あの子を助けるためには心臓移植しか道は残っていないの。だから私たちはすぐにお金を集め始めた。って、こっちの話はどうでもいいわね。
少しでも長く生きられるように当時では最小例になる人工心臓の取り付けもしてもらった。それで少しは回復して、元気な頃の笑顔も見せてくれるようになった」
険しかった深紅の表情が少し和らいだ。
実際、臓器移植法が改正され移植待機者全体から見れば臓器移植の待機期間はずいぶん短くなったとはいえ、15歳以下の臓器提供はまだ少なく、体格にあった小さい心臓が必要なひかりのような患者の多くは海外に移植を頼るしかないのが現状だった。
「じゃあ私がひかりちゃんと会ったのも……」
「ううん、もうちょっとあと。実はあの頃からまた少しずつだけど体調が悪い日が増えてきてたの。だからあなたと初めて会った日、どこかで倒れてるんじゃないかって本気で心配してたのよ。ことりちゃんに連れてきてもらって本当に安心したのをよく覚えているわ。
そのあとからかしら、ひかりは少し元気を取り戻したように見えた。きっとあなたのおかげ」
「そんな、私はなにも……ただお見舞いに行っていただけですから」
「ううん、あの子にとってはきっと元気の源。ことりちゃんが帰ったあと、私がいなかったときにあなたと何をしていたか、嬉しそうに話してたんだから」
ことりは照れ臭そうに首をすくめ、出された紅茶を口に運んだ。
ひかりの家を後にしたことりは自分にできることを考えていた。誰かに生きていてほしい、その思いは時に人を変える。
そして思い付いた自分ができること。協力してもらわなくてはならない人たちにことりはすぐに連絡を取った。