天に昇ったもの。地に残されたもの。いる場所は違うとしてもその繋がりは永久に切れることはない。
残されたものを測り知ることは出来ない。それは経験したものにしかわからない。
それでいいのだ。いずれ、必ず経験することなのだから。
【のこされたものは】
どうやって帰ったのかは覚えていない。ことりはμ'sのグループトークにひかりのことを報告することもできず自室にこもった。
深紅と病室で泣いてきたが、自室に入ったことで再び涙が溢れだす。
先にひかりと出会ったのが自分ではなく穂乃果だったら。何もない自分ではなく、幼馴染みの二人だったら。
ーーもしかしたらひかりちゃんを助けられたかも……?
一度そう思うとそのもしもの未来に取りつかれてしまう。
ベットに入ってもひかりが生きている未来を何度も考えてしまい、その日、ことりが眠ることはなかった。
翌日、ことりは学校を休んだ。今日はひかりの通夜が行われる予定だったが、ことりの足は向かなかった。
一日中何をするでもなく過ごすことりの携帯が鳴ったのは夕方のことだった。
表示された名前は深紅、ひかりの母親だった。
一瞬出ることを躊躇ったが、鳴り続く着信音にことりは携帯を開いた。
「はい……」
寝ることもなく、一日中喋らなかったことりの声にいつものような柔らかさはなく、ひどく掠れていた。
『ことりちゃん……』
その声を聞き、深紅は言葉を失った。昨晩寝ていないことをことりの母から聞いた深紅はことりを心配し電話をかけたが、大丈夫なんて言葉をかけられるような状態ではなかった。
『明日のお葬式は来てくれるわよね?』
「え……?」
『あの子とのさいごの別れだもの。待ってるわ』
「はい……」
電話は切れた。明日の葬儀は行かなければならない。そうは思っていても簡単に気持ちの整理はつかなかった。
日が沈み静かに夜が深まってくると雨が降り始めた。今日もまた寝ることは出来なそうだった。
「ことりちゃん」
ひかりの葬式会場に制服を身にまとったことりの姿があった。前夜から降り続く雨は未だに止むことはなく、ことりの制服の端を濡らす。
「深紅さん、昨日はすみませんでした」
「ううん、気にしないで」
ことりは努めて明るく振る舞った。自分より深紅や徹郎の方が辛いのだから、そう自分に言い聞かせて。
葬儀は滞りなく終了し、今は祓いの席で賑やかに話がされていた。
その中、深紅はことりを自分の近くに座らせた。
「……結局私はひかりちゃんに何かしてあげられたんでしょうか?」
自分が確かに『ひかりのそばにいる』ことを望んだ。だが、実際には本当にそばにいるだけでなにもできなかった。
それをことりはずっと考えていた。
「ことりちゃん……」
「ひかりちゃんを助けるどころか、あの笑顔でいつも元気をもらってたのはことりの方で……」
「そんなことないわ」
深紅のきっぱりとした言葉にことりは俯いていた顔をあげた。
「確かにそうだったのかもしれない。でも、ひかりだって同じように元気を、勇気をもらってたはずよ」
「でも……」
「ことりちゃんがいたからあの子の命が今まで繋がった。あのときことりちゃんが居なくて誰にも気づいてもらえなかったらもうずっと前にひかりは居なかったかもしれない。
これはあとでお医者さんに言われたことなんだけど、本当はあのときICUから一般病棟に戻れたこと自体が奇跡なんだって。少なくともちょっと前の、ことりちゃんと会う前のひかりじゃ回復できなかったかもしれないって。実際あの子、あなたと会ってから治療に前向きになったの。あなたと絶対に遊びにいくんだー、そう言って。
だから自分がなんにもできなかったなんて言わないで。ことりちゃん、あなたはひかりの生きる希望になってたのよ」
「……」
自分がひかりの生きる希望、そんなこと思ってもみなかったことりは驚きで目を見開いた。
「でもいくら自分がスクールアイドルが好きだからってそんな風に生きなくてもよかったのにねぇ」
深紅の頬に一筋の涙が流れた。
『限られた時間の中で精一杯輝く、スクールアイドルにこだわりたい』
μ'sの解散を決めたときの絵里のメールがことりの心でリフレインする。
「本当にそうですね」
ことりの目にも涙が浮かんでいた。
二人は抱き合い涙を流す。それを咎めるものはなく、二人は体内の水分が空になるほど泣いた。
「ことりちゃん」
深紅の胸に顔を埋めていたことりは顔をあげた。
「私たち遺された者はひかりに残された物を受け取らなければならいと思ってるの」
「残された、物?」
「そう。あの子の笑顔や思い出。自分がなにもできなくて辛かった記憶じゃなくてひかりと遊んで、お喋りして楽しかった記憶。そう思って大切にしてくれると嬉しいな」
深紅は笑顔を作った。
「はい!」
だからことりも笑顔で返した。
そしてその瞳から一筋の涙が落ちた。
いつの間にか雨は上がり、空を覆う厚い雲が切れ始めていた。
それはまるでこれからのことりを暗示しているかのようだった。