「艦娘グラフティ2」(第6部)<秋雲の脱走>   作:しろっこ

2 / 2
(みほ6ん)<秋雲の反転>

 夜の海。

 

 昼間は青くて清々しいのに夜は、すべてを飲み込んでしまうような不気味さがある。

オマケに今夜は、かなり荒れている。川内姉さんもかなり手こずっていたな。

 

 でもあの敵の空母も不運だった……そう思いながらアタシは鉛筆を走らせる。さすがに暗いからって照明弾も撃ちすぎたかな? さっきから巻雲が金切り声で『なに? あれ何よ!』ってうるさい。

 

 敵の空母は既に沈黙して沈みかけている。司令部の命令とはいえ正直、沈んでいく艦を書くのは嫌だな。個人的にはもっと癒される絵を描きたい。

 

「秋雲ぉ!」

 

またか……チョッと待ってよ。後少しで描き上がるんだから。

 

「秋雲ぉっ、危ない!」

 

ええ? 何が危ないって? ……と思っていたら振り返る間もなく、お尻に衝撃が走る。

 

「あ痛ぁ!」

 

 よく『尻に火が点いた』というけど……痛タタ……本当にそうなるとは思わなかった。見ると艦隊の他の艦船は、回避しつつ爆雷を投下し始めている。

 

魚雷直撃? すると潜水艦? まだ残党が居たんだ。

 

お尻に手をやる。

痛ぁ……ああ! これじゃあパン○丸見えじゃないか?

 

あれ? なんだか頭がクラクラしてきた。

巻雲や川内姉さんの叫び声と司令部からの無線がしつこいけど……ダメだ。制御不能になってきた。

 

 薄れ行く意識の中で、もし轟沈しても絶対このスケッチだけは手放すものか……そう思っていた。

 

『秋雲ぉ!』

 

 うるさいな……って、あれ?

 

気がつくとアタシは独房の冷たいベットに横になっていた。

ハッとして跳ね起きた……お尻を押さえながら。

 

 振り返るとドヤ顔の巻雲。ああ、こいつがさっきからずっとアタシのお尻をモップで突いていたんだ。

 

「止めてよ」

 

 アタシは恥ずかしくてわざと強く言い返した。でも巻雲の表情はいつものまま。眼鏡越しに緩い目で、ダブダブの袖でモップを揺らしている。

 

「ねえ、秋雲は別に命令違反じゃなかったンでしょ? なんで独房なの?」

「……」

 

やっぱ言うべきかな? 実はアタシ入渠の後、自分から『反省したいから牢に入れてくれ』って司令に頼み込んだんだ。司令は困った顔していたな。

別に? 理由はない。何となく……ってか。

 

お尻の魚雷だって、独房に入るのだってコレが初めてじゃないし。独りで考えたい時間もあるよね。

 

「大淀さんが心配してたよ」

 

へえ、あの大淀さんが? 

 

 あ! 

 

アタシは慌ててスケッチブックを探した。それを見ていた巻雲が言う。

 

「スケッチブックはねぇ、司令が持って行ったよ」

 

 ええ?

 

あれまだ未完成なんだけど。そんなアタシの表情を見た巻雲は言う。

 

「司令、パラパラって見てさぁ、『上出来だ』って褒めてたよ。まぁ秋雲的には嫌かもしれないけど。もう十分だよ?」

 

アタシは不満だ。

 

「ねえ、秋雲ってさあ、ホントはここでスケッチ仕上げたかったんでしょ?」

「……」

 

図星だ。こいつには隠せないな。アタシが黙っていると巻雲は続ける。

 

「でも皆、もう分かってるよ? だって大淀さんも『好きにさせて下さい』って司令に進言してたよ」

 

 何だ皆にバレバレだったか……ちょっと恥ずかしい。顔が火照ってきた。

 

そんな私を見ぬフリをした巻雲はモップを仕舞うとジャラジャラと鍵の束を取り出した。

 

「ねえ、もう良いよね?」

 

そうだな、ホントは司令や大淀さんへのわだかまりも、あったかも知れないんだ。

 

 でも独房の窓から見える青空のように……いや、広くて青い大海原のように、でっかくて深い心を持たないとダメなんだな、きっと。

 

結局、小さいコトこだわっていたのはアタシだけ。周りの皆はアタシを優しく見守ってくれてた。そんな気がした。

 

「うん、出るよ」

 

アタシは立ち上がった。

 

 巻雲はダブダブの袖で鍵を差し込んで開錠する。『ガチャ』っという解放される音……それはアタシの心も解放してくれたような音だった。

 

「行こ?」

 

巻雲が手を差し伸べる。

 

「うん」

 

 アタシは久しぶりに巻雲と手をつないで収監エリアを出た。その通路の先に逆光で見えにくいけど背の高い艦娘……大淀さんが立っていた。

 

 あれ? 急に涙が……。

 

これはきっと、急に明るいところに出たからだ。アタシは自分にそう言い聞かせたけど涙は全然、止まらなかった。

 

私の顔を見た大淀さんは、とても優しい笑顔をしていた。

 

「コレで拭く?」

 

巻雲は自分のダブダブの袖口を出してきた。

 

「ばか」

 

アタシはとりあえず自分の袖口で涙を拭った。

 

「はい」

 

 いつの間にか大淀さんが私に近寄ってハンカチを貸してくれた。ああアタシって普段からハンカチも持っていないんだよな。

 

「いいのよ、気にせず使って」

 

 アタシは黙って受け取ると涙を拭った。そのハンカチは良い香りがした。いつもと違う感じ……アタシは自然に大淀さんに話しかけた。

 

「ごめんなさい……」

 

やや上目遣いに見上げたアタシに、大淀さんは微笑んでいた。

 

「良いのよ。誰でも、そんな気持ちになるコトあるから」

 

巻雲が横から小突く。やめてよ。

 

「さて……と」

 

大淀さんは腰に手を当てて言った。

 

「貴方には仕事がたくさんあるのよ」

 

ええ? 目を丸くした。

 

「貴方宛のね、投書がたくさん来ているの。貴方ペンネームで活動していることは知っていたけど……貴方のファンって、一体どこで住所調べるんでしょうね? 私書箱とか、直接来たものとか……とにかく司令にも許可は取っているから巻雲さんと二人で今日は整理しなさい」

 

一瞬、何が起きているのか分からなかった。巻雲が言う。

 

「秋雲の絵ってさ、癒されるぅー、とか言ってファンが多いんだね。私も知らなかったよ」

 

それを受けて大淀さんが言う。

 

「貴方のスキルからしたら青葉さんと一緒に広報部に回ってもらった方が良いかもしれないわね。航続距離の長さも生かせるし。これは本省の参謀も前向きに検討するって仰っていたからほぼ、決定ね」

「はあ……」

 

正直、何が起きているのか分からなかったけど……そうか。アタシも少しは人の役に立つんだな。それだけは分かった。

 

「良かったジャン、秋雲ぉ」

「うん」

 

久しぶりに見る青空と海がいつもより輝いて見えた。アタシはやっぱり、この鎮守府で一生懸命頑張ろう……純粋にそう思えた。

 

「あれぇ」

 

 巻雲が変な声を出した。その視線の先にブイサインをする青葉さんがいた。何となく青葉さんが手を回してくれたような気がした。

 

距離は遠かったけど私は敬礼をした。青葉さんも軽く返してくれた。そっか、青葉さんの名前も青空や海と同じなんだな。だから青葉さんは自由人なのかな? そう思った。

 

巻雲が言った。

 

「行こ」

「うん」

 

私たちは司令部へ向かって歩き始めた。今日も快晴だな。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。