「ふーん…サオリ、あんた…分かんなかった? あの子の状態」
「え? え、普通に毒にやられてるだけじゃ…」
彩夢は、去っていく彼らを遠目に見ながら、呟いた。
「『
「ぞ、ぞ…? 何それ?」
「中国の気功用語よ。気術を使う時なんかに、うっかり何かに怨みをもつ魔物とかと感応しちゃって、精神に異常をきたすこと、よ」
「へ、へえ…そうなんだ…」
「この地帯は、私にも全ては分からないわ。魔物が出たっておかしくなんてないもの。でもね…邪魔になるような奴は、即刻退治しろって言われてるのに」
「…誰に?」
「言わなくても分かるんじゃないかしら? それに君、立場…分かってるよね?」
「う…」
置いてきた友達のことを思い出して、サオリは胸が痛む思いだった。
…いや、今は、彼らに全力で尽くさなければならない。
必死で送り出してくれたのに、こちらが必死でないのは…恩を仇で返すようなものだ。
「分かってるよ、分かってるってば… ごめん、長居したね。じゃあ! 色々とありがとうね!」
彼女は短く挨拶をして、慌てて彼らの元へ向かった。
「気が乱れてるわ…」
彩夢の独り言を聞いた者は、誰もいなかった。
◇◆◇
テイルス達と別れ、彼はまた一人歩きをしていた。
…一緒にいても良かったのかもしれない。
が、このままだと『不利』になることぐらい、分かっていた。
夢儚の森の奥深くへ来たところで、彼は後ろに何者かの気配を感じた。
「ん?」
そこには、いやに近代的なデザインの服を着た、ソニックと同じような見た目の少年が立っていた。
「…あの」
「オマエ。メタルの知り合いが何かか」
「…そうです。何故ご存知で…」
「テイルスがメカの電波を探っていた。もう一人居るってことぐらいは掴んでるさ」
「…そうですか……」
相手がただの機械人形だからか、彼の興はすっかり冷めてしまっていた。
機械人形は慌てて、やや上目遣いで名乗った。
「私はCAIN…エッグマンによって造られた、アンドロイドです。あなた方がこの世界へ向かわれると聞いて、目的は不明ですが…遣わされました」
「目的が不明、だって? メタルが何しようとしてたか知ってんのか?」
「…あれは、メタルが元々あなたと競い合うように造られたから、自身で目的を設定してしまったゆえに起こった行動です。本当の目的は、マスターによって正式にプログラミングされていません」
「…そうか。何の用だ」
機械人形はそこまで聞くと、武装を全て捨てた。
「…あなたに勝てない事は百も承知です。私達は乱入者なのですから…… そうなれば、せめて、私が記憶している情報を、あなたに伝えればと思って、ここに来ました」
「エッグマンの情報なんか知り尽くしてるんだよ…」
「いいえ、あなたはまだ三分の一程度しかご存知でないのです」
「は?」
CAINは、彼に武器の一つを渡した。
「この話が終われば、あなたは私を破壊してもらって構いません。…無事に済めば戻れるのですから。あなたが存在する限り」
「……何を、考えてるんだ」
「いいですか。あなたには、テイルスと出会う前の記憶がありますか?」
「…え? トルネードで世界を旅してた、って事か?」
「その前です。そのもっともっと前の事です」
「…無い。そういや無かった。今まで気にもしてなかったけど」
CAINの渡した武器が、自動で点滅して攻撃準備に入った。
あらかじめ仕組んでおいたのだろう。
「それを知るのは、今となってはエッグマンただ一人のみ、なのです。それを知りたければ、あなたはこれから先…最後まで生き残る必要があります」
「…何が…」
「…何故なら、彼はジェラルドの孫…… ジェラルドこそが、『あなた』を奪った張本人なのですから…」
「何を言ってるんだ? ジェラルドはもう50年以上も前の科学者だぞ?! それに、そいつが…何だって?」
彼がもう一度問いたくて機械人形を見たときには、機械人形はもう跡形も無かった。
…破壊の衝動すら、感じられなくなっていたのだった。
「…」
彼は、手に残った朽ちかけの銃を、いつまでも見つめていた。
◆◇◆
「…ソニック」
「…?!」
彼がようやく我に帰ったのは、何者かに声をかけられてからだった。
「…シャドウ…どうしてここに」
「…聞いたか。死んだのはエステルとブレイズ、それに…」
「…それに?」
「ルージュだったよ」
「そうだったのか…」
身体から力が抜けていきそうだった。
…エミーが無事だった…。
「貴様…エミーをずっと気遣っているだろう。まあいい… ルージュは、僕にこう言ってから消えた。 『プロジェクト・シャドウの犠牲者は、コロニーの人だけじゃなかったのよ』、と」
「…プロジェクト…シャドウ……」
さっき聞いたような言葉だった。
そのプロジェクトが彼に何らかの形で関係しているのは、薄々分かってきたが、それでもなお…彼は真面目になれないでいた。
「…僕は何も知らない。何も聞かされていなくて当然なんだろう。死んだのは、コロニーの人々だけではなかった……」
いつの間にか満月が昇っていた空を背にして、シャドウは彼に問うた。
「なぜ、僕と君はこんなに似ているのだろうか」
「…分かんねぇよ」
「時代の差があって説明はできん。だが、僕と君は…あまりにも似すぎている」
彼はそう言うと、周囲に数本の光の矢を展開させた。
「それを知るために、僕は生き残ると決めた。…ルージュの為でもあるがな」
周りには誰もいない。何も無かった。
「最後に、…言いたいことはあるか? 何も聞かずに殺すつもりは無い」
「…頼む」
「…?」
そこでソニックは、初めて声を発した。
それは、今までに聞いたことも無かったような、哀しい声だった。
「…オレを、確実に殺してくれ。しかも一瞬で」
「…ど、どうした……?」
「もう耐えられない。今までオレが何してきたか、怖くて思い出せない。見てくれ、これ」
そう言うと、彼の身体に徐々に紅い雫が見え始めた。
「…! き、貴様…」
「見えるだろ、これ。気づかないうちに、もう二人も殺してた。エステルのはまだ分かった。…聞いて分かったんだが、ナックルズも……」
「お、落ち着け… 本当に、貴様には自覚がなかったのか…?!」
「うん、全く」
「…!」
「だから、もうジェラルド何のってもういい…… このままじゃ、テイルスもエミーも危ないんだ! 頼む、オレが『変わる』前に……!」
「ソニック…!」
彼は覚悟を決めて、光の矢の打点を絞った。
…刹那、軌道が少し歪んだ。
「…綺麗事には、もう飽きたよ」
「…お、遅かったか……」
彼の前には、泣き顔とも嬉し顔ともつかないソニックが、紅い雫を滴らせて、こちらを見ていた。
「会いに行かないと。待ってるんだ…待ってるんだよ、ずっと守ってきた…… だから早く、会いに行かないと……!」
彼は何を見ているのか、一瞬にしてシャドウには分からなくなってしまった。
「…! か、カオス…スピアッ!」
彼は連続で矢を放った。
…確かに、それは彼に刺さった。
彼は顔を上げて、ソニックを見た。
「…フフ……ま、待ってる…から…… 邪魔…… 消す……」
矢が命中した箇所は、すぐに治癒してしまった。
…彼は、ダガーを携えて、距離を詰めてきた。
「助け…ないと…… 他の…奴に…… 取られてたまるもんかよッ!! オレが全部独り占めするんだ! …そして何もかもを……」
ダガーで貫かれたシャドウの目には、異常な幸気に歪む彼の顔が映った。
…そして、牙が見えた。
「…喰らい尽くすんだ……♡」
どこを喰われたのか見当もつかないほどに、彼の意識は薄れていった。
…なぜ彼が同類を喰えるのか、そんな事はどうでもよかった。
結末はすでに決まっていた。
…これは『壊れゆく運命』だと。
「ハァ…た、足りない…… もっと…」
もう夜は、逃げる隙間すら作らなくなった。
昼も隠れて戸から出てこない。
陽は差さない。
ただ照るのは、月光のみだった。
「…これでも、またいつか、会えるのかな、またいつか… 綺麗なままで」
血に染まって月明かりを浴びる彼は、何処で見た……お伽話の狼のようだった。
その目が何を望んでいるのか、彼にすら分からなかった。