「…あれ……? ソニックじゃない? …まさか」
彩夢と別れて歩いていたサオリは、異常な『気』を感じて立ち止まった。
冷たすぎる月光を浴びて立っているのは、…間違いなく彼だった。
「あ、…あのさ」
走火入魔…という言葉が正に似合うような彼に、声をかけた。
彼は、ゆっくりと声のした方を見た。
彼は、全身に返り血を浴びて、元の綺麗な青がほぼ見えなくなっていた。
そして、目には何も映っていない…映っていたとしても、それは心には届いていない。
ただの「混沌」として受け止められている、そんな気がした。
「私だよ…サオリだよ。分かる? 」
「サオ…リ……」
「長いこと側にいてあげられなかった。憑かさせてもらってるのは私のほうなのに… ごめん、一人にして。辛かったよね」
「…人間、か……?」
「え?」
サオリは戦慄した。
もはや、自分は容姿からして人間だと認識されてしまっていたのか、と。
一緒に居なかった時間の代償を、彼女はありありと感じた。
「…な、わ、私…… 死神だって! 憑いてるの忘れたの?!」
「人間…… いらない。邪魔だ」
「…! 」
言葉だけとれば、彼はロボットのようだろう。
だが、無機質な言葉には、確かに執念がこもっていた。
サオリを睨むその目は、静かな怒りを宿していた。
…その怒りが何なのかは、分からなかったが。
「ちょっと…! ええい、こうなりゃ正面からだぁ! かかってこい! そして目を覚ますんだよぅ! 」
「…消す…!」
彼はダガーを振り下ろしたが、人外の彼女には、生物の動きなどたかが知れていた。
軌道がそれた隙に、彼女は一撃を与えた。
「えいやっ! …どうだっ、って……あぁ、やりすぎたかな」
いつだっただろう、前にもこうして一撃を与えたような気がした。
「…あれ、サオリ…?」
「うぁ! 目、覚ましたんだね… よかった…」
「…ごめん、サオリを人間だって勘違いしてた」
「…ありゃ…?」
これだけの一撃を与えても、まだ彼の衝動は収まっていない。
そう考えると、急に全てが無駄なような気がしてきた。
「う、ううん… 私は別にいいんだ。…その子は…?」
彼が花びらと化してもう『去った』後には、目を覆いたくなるほどの量の血が残っていた。
そこには数本のダガーも刺さっていた。
地面に突き刺さっていたから、相当な力がかかっていたらしい。
「…コイツが、どうしたって?」
「え? え、ええと…その」
満足そうな顔でこちらを見る彼には、かける言葉すら見つからなかった。
…それでも、はっきりと言っておきたかった。
「…そんなに、楽しいの? 殺しちゃうのが」
「…え?」
殺す、という言葉に引っかかったらしい。
彼は一瞬、辛そうな表情を見せた。
「…楽しくなんかないよ」
「そうなの… じゃあなんで」
彼は、空に浮かぶ満月を仰ぎ見た。
「楽しいからやってるんじゃないんだ。…みんなの事、好きだからやってるんだ」
「…へ、へえ」
「いつからだっけ…みんなが、凄く好きになってな。もっとみんなの事を見ていたくなった。好きで好きで好きで好きで仕方がなくなった」
「(毒…にかかってからなんだろうな)」
「それで、好きな相手のこと、どうやったらもっと好きになれるかな、って考えて」
「…うん」
「もっと 『内側も』愛してあげないと、って思って」
「…」
「それなのに、何でみんな…すぐ居なくなるんだろうな? 何でだろうな。…何でだろうな」
「…そっか。よく分かった」
「なあ、サオリにも、こんなに好きな相手、いるのか?」
「…いたよ、君が生まれるずっとずーっと前に」
サオリは、死神になる前は、普通の人間だった。
…確か歌を詠んで過ごしていたような気がしたが、よく覚えていない。
「本当に好きだった。かっこよかったし、優しかった」
「その相手とどうなったんだ?」
「…彼は重い病にかかっちゃって。流行病だったみたいで、看病してた私もかかった」
「それで?」
「彼は、先に逝っちゃったよ。私より数ヶ月前に。悲しかったな、一人で生きていくのは」
「…ふうん」
「ねえ、ソニック。毒や病にかかったら、最終的に死んじゃう。死ぬのは苦しいから嫌だし。…でも、病とかで苦しんでる時って、絶対何か違うものが見える気がするんだ」
「…?」
「彼も、ちょっとおかしくなってた。私をより愛してくれたけど、それが裏目に出て私も死んだ」
「…」
「愛する側も愛される側も、必死なんだよね。そして二人で勝手に壊れちゃう。…なんだかなぁ、怖いけど、生きてるって感じがするんだよね」
「…勝手に、壊れる……」
サオリは、いつの間にかこぼれ落ちた涙を拭った。
「…長話しちゃった。ごめんね…じゃ、一緒に行こうか、三之界」
「…ああ」
サオリの話は、何か自分の忘れられた記憶を引っ張り出してくるようだった。
…それを思い出せば、全部が崩れてしまうような気がした。
…そして、まだ、それを思い出す気もない。
少し引き出せば暴れ狂いそうな衝動を、彼はまだ内に抱えていた。
その声が聞こえ続ける限り、夜は終わらないのだった。