ひととおり逃げ切ってから、テイルスはエステルの所へ戻った。
「エステル!戻ったよ! …ってあれ、エミーは?」
「…居ないみたいなの。 …察しは、大体つくでしょうけど」
「えぇ? って事は、つまり…」
ちょうどその時、ナックルズとルージュ、それにブレイズが駆け寄ってきた。
「おい!無事か?!何も無かったか?」
「見たら分かるでしょうよ… それより、マズいわね。 遠目に何人も見えたわ、その…」
「い、言わなくていいよ…」
「シルバーが… やられてしまったようだ。 テイルス、何か知らないか?」
「…え? …」
彼が縮こまったのを訝しんだブレイズが声をかける前に、エステルが言った。
「たぶんね、今無事なのは私たちだけだと思うの…」
「え、嘘…」
「ほんとほんと! お姉さんたちが無事なのが不思議なぐらいだよ… てか早くしてー!」
「?!」
聞いたことのある声が、彼らの背後からこだました。
見ると、手に何かを抱えて、ワイズとアンディが寄ってきていた。
「…お、お久しぶりです… 皆様が無事で何よりです」
「ああもう! 『試練』だからしょうがないけど、タチが悪すぎるわよ!」
「そう、そうなんだよ!」
「…え?」
「…これほどにまで発展するとは、私たちには予測がつきませんでした。 申し訳ない…」
そう言うと、ワイズは持っていた物を彼女らに渡した。
それは、彼ら一人分の身長ほどある、釘だった。
「これほど、って… どういうこと? というか、何これ?」
「我々があの時選んだのは…あの方でした。 もう言わなくても分かりますね」
「そうそう!あの青い…」
ワイズは、空気を読みなさい、と言わんばかりにアンディを睨んだ。
「ごめん。 でね、僕らは彼なら性格に波が無さそうだって選んだんだけど、これが間違ってたみたいなんだな…」
「…性格に波があると、吸血鬼になった時に感情が非常に不安定になりやすく、その分暴走しやすいのです。 色々と調べさせていただきましたが、全ては風の所為か… 彼は激しい方だったのですね」
「激しい…まあ確かに、アイツはそうだけどな。 で、どうすりゃいいんだ?」
「そこに釘があるでしょう。 皆様、吸血鬼を倒す方法はご存知ですか」
それを聞いて、テイルスが青ざめた。
「ま、まさか… これを…?!」
「そうです。 …心臓に杭を打ち込むのが、唯一の手…」
「ちょ、ちょっと待って! そんな事したら、死ぬんじゃ…?」
「大丈夫です。 吸血鬼としての彼が『死ぬ』だけですから… 一之界で死んでしまわれると、流石に我々も面目が立ちませんので」
「投げて刺してもオッケー! 一番強い一人を倒したらそれで終わりだよ。 後はドミノ式に倒れるからね。 …暴走してるから、何してくるか分かんないけど… まあ、頑張ってね!」
よく分からない激励を受けて、彼らは『打ち込み』に行った。
その時、エステルが小声で呟いたのを聞いた者は、誰もいなかった。
「…余計なことを…!」
◆◇◆
「うわ! いたいた… って、こんな大人数で来ていいの?」
「ちょっと詰めてくださらない… あ、そこでいいわ。 大丈夫よ、たぶん」
一番広い所なら逃げる猶予もあるだろうと、彼らはあの鏡の廊下を選んだ。
『彼ら』の気配は全くしなかったが、こんな大人数で居れば、見つかるのも時間の問題である。
「いい? 始末は、一番パワーのある方に頼むわ。 外さなければ、投げても結構よ」
「槍投げ… しかも重いし」
「あらぁ、嫌ならアタシがやってもいいのよ?」
「うるせえ! 俺にだってそのぐらいは出来るぞ!」
「ちょ、ちょっとちょっと…! 叫んだから、来たじゃん!」
「「え?」」
見れば、どこから現れたのか、襲われた者全員が、廊下に揃っていた。
…皮肉なことに、襲われた者は皆、力の強い方だった。
「…吸血鬼は、体力が飛躍的に上がるそうだ。 それに、最悪…燃やしてしまえば、何とかなるのだが」
「ぶ、ブレイズ、ここで炎使う気? 放火…」
「テイルス! 来るぞ!」
ナックルズが叫んだすぐ後、ナイフが現れて雨のように床に刺さった。
彼はあの時を思い出して、戦慄した。
「おっとっとぉ… 危なっ、やられちゃうとこだった… いてっ!?」
テイルスがナイフの一つに躓いた。
…すると、そのナイフは霧になって消えてしまった。 いや、消えたというより、元来た場所へ戻っていったのだ。
「元来た…ってまさか…!」
吸血鬼は、姿を霧などに変える事ができる。
だとすれば… このナイフは、『彼』の一部である。
となれば、ナイフをわざと大量に投げさせれば、体力の磨耗が期待できるかも知れない。
「よし! …ナックルズ、ボクいい事思いつい…た…?」
彼が躊躇している間に、ナックルズは、空中で静止するナイフの山に囲まれてしまっていた。
「ちょ、タンマ…」
「…オマエか。 大した戦力にはならなさそうだな」
「何て事を…」
テイルスは、恐る恐る声の主の方を見てみた。
あの時は凝視できなかった。
「まあいい… 動けない程度にはなりそうだな。 …散れ」
「って、うわああああ!?」
静止していたナイフが、音もなく標的目掛けて飛んできた。
彼は身動きがとれないまま、立ち尽くしていた…が、
「もう、鈍臭いわね… じっとしてなさいよ! スクリュー・キック!」
ルージュがナックルズの頭を直々に狙って、スクリュー・キックを繰り出してきた。
すると、どうだろう。
ナイフは風圧で全て押し戻されて、壁に散っていった。
「…?!」
「このバカモグラ! 考えたら分かるでしょ、飛ばせばいいのよ」
「いや、その… 助かったぜ」
「礼なんていいから、早いうちに…」
「…やるじゃないか。 だがこれまでだ! そのぐらいの人数で勝てると思うなよ? 生身のオマエらじゃ、今のオレの風上にも置けないんだよ!」
「マズっ…」
彼は言うなり、ランダムにナイフを飛ばしてきた上に、周囲にいた『仲間』をも扇動させた。
「うわっ、狙わずに飛ばしてきたわ… これじゃ、埒があかないわよ」
「待って、エステル! ブレイズ、ちょっと炎出してくれる? ちょっとでいいから!」
「わ、分かった…」
彼女の周りに炎が展開した。
「威力もうちょい上げて! もっともっと!」
テイルスにせがまれて、彼女は炎の勢いをさらに上げた。
すると、ナイフは熱で溶け、何よりも火でやられると塵と化してしまう吸血鬼たちは、炎の壁に前を塞がれてしまった。
「やったー!」
「…! じゃあ、オレが直々に…ッ?!」
「許せ、ソニック… おりゃああああああっ!」
一瞬の隙をついて、ナックルズが力いっぱいに杭を投げた。
気味が悪くて思わず誰もが目を逸らしてしまったが、それでも感覚ははっきりと伝わった。
窓の外がいきなり明るくなった。
…夜は、終わったのだった。
◇◇◇
「お疲れ! ホントお疲れ様! いやいや、槍投げお見事〜! カッコよかったよ!」
「う、うるせぇ! …そういや、吸血鬼の親分は? いないのか?」
「え、ああ… ノワールなら、寝込んでらっしゃいますが」
「え?」
ワイズはそこまで言うと、恥ずかしそうに俯いた。
「いやその…『血が不味い、あの子添加物入った物ばっかり食べてるでしょ』と…」
「…チリドッグ、ね…」
「はい… あの、たまに野菜もきちんと摂るように伝えてください。 あと、サオリ様は二之界で待っておられますよ」
「『先回り♪ 環状線は内回り♪』って言って飛んで行ったよ」
「変な死神…」
彼らが他愛ない会話をしている時も、エミーはソニックの様子をずっと見ていた。
あの時…杭が打ち込まれた時に彼は倒れ、夜は明けたというのに、まだ起きていない。
息はあるので、ただ寝ているだけらしかったが… それでも、心配だった。
何より、彼に『毒』が移ってしまった事が気がかりだった。
『エステルのくれた薬は、アタシに何の副作用もなかった。 …ていうか、副作用が出るには、まだ時期が早かったのかしら…』
あの『愛』に執着した目を、彼女は忘れる事ができなかった。
…寝ている間に解毒されていればよいのだが、この調子ではまだだろう。
起きても、またあんな感じになるのか… そう考えただけでも、彼女は恐ろしかった。
間違った愛の与え方は、いつか必ず犠牲を生んでしまう。
…それが「生き残りゲーム」に作用しなければよいのだが…。
「ソニック…ゆっくり寝てていいんだからね」
「ん?どうしたエミー?ソニックか?」
「え、ああ、その…何でもないの。 多分疲れたんだろうし、寝かせといてあげましょ」
「あ、ああ… うん」
微かな寝息を立てて眠る彼を見て、エミーは思わず戦慄した。
…牙が、消えていない。
目の色を見れば分かるのだろうが、それとは別の、明らかな特徴が消えていなかった。
吸血鬼は色白だが、今の彼には血の気も戻ってきていたから、恐らく吸血鬼ではなくなったのだろう。
…が、一番の狂気の象徴が、まだ残っている。
『見間違いかしら…』
見直そうとしたが、彼がうっすら目を開いた。
…彼の目は、元のような綺麗な黄緑色に戻っていた。
「そ、ソニック…! よかった…」
「え、エミー?! あ、そうか… 終わったんだな。 悪かったな、みんな… 迷惑かけて」
気さくないつもの彼だ。
何も心配は要らなかった。
彼らが口々に労い合う時、エステルは一人、空を仰いでいた。
エミーは気になったが、エステルに浅く微笑みかけられて、慌てて笑いかえした。
その彼女の浅い微笑みが何を意味するのかは、まだ誰にも分からなかった。
◇◇◇
「っと、行った行った… よかったね、二之界にちゃんと行ったよ、ノワール」
「ぐふ… そう… ですか… うっ、気分が…!」
「添加物、恐ろしや… しかし、見ましたか? 彼、完全に戻っていませんでしたよ」
「え? マジで? …ああ、あー… これは、その…」
その時、どこからともなく人影が現れた。
「…どうだった? 終わったの?」
「あ、貴方は…」
「お疲れ様。 よく頑張ったね」
「あの、お教えいただけませんか。 彼が…戻っていない理由を」
「…え? あの子はちゃんと戻ったよ?」
「いえ、牙が…」
「…忘れたの?」
「…!」
「…え? あ、あー…なるほど…ねぇ」
「これで、準備がより進んだ。 ありがとう、ワイズ君たち」
「は、はあ…」
彼は道を急ぐ彼ら__特に彼__を、うっとりとした様子で見つめた。
「…頑張ってね、ソニック… ずっと見てるから。 ずっと、ね…」
◇◇◇
仲間と共に進んだ彼にはまだ狂気が残っていた。
それは、彼が時折覗かせる笑顔の隙間からしか垣間見えなかった。
しかも、彼はその存在を異なものとして見ていなかった。
…それが普通になってしまったのだった。
だが、「それ」は確かに存在していた。
大切な者は誰にも傷つけさせない。
しかし、自らは…
「アイツを…誰にも触れさせてたまるか」
やるのなら早くしろと、何かが疼いている。
今の身体ではもう、血は吸っても何にもならない。
しかし彼は、夜が明けても、あの感覚を忘れることはできなかった。
だが、彼女を怖がらせてしまっては元も子もなかった。
彼は彼女の手を握った。
彼女は急なことに驚いたが、嬉しさのあまり顔を赤らめた。
「…ずっと守ってやるよ。 邪魔する奴は、みんな消してあげるから、な」