Fate/AntiGod   作:グラビティ

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彼女の独白――世界の異常性を察知、結果、私は進むことを決めた

 その後、私はいったい何度、死んだのだろうか――。

 これは夢ではなく自分が同じ時を繰り返していると疑い始めたのが五回目に死んだ時。

 六回目には自分が同じ時を繰り返しているという現実を確信した。

 それからは如何にして生き延びるかという戦いが始まった。

 七回目は恐怖のあまりパニックになって、イングランドの兵が来る前にとにかく逃げないとと、何の計画もせずに家から逃げ出し、あてもなく放浪した果てに餓死した。

 八回目になるとようやく目の前の現実を冷静に受け止められるようになり、どうにかして家族を連れて逃げ出そうと躍起になった。十二回目の時なんかは半ば強引に家族をドンレミ村から連れ出した。

 二十二回目になってようやく私は死ぬことなく、家族を死なせることもなく戦乱の魔の手から逃れることに成功した。

 安堵のあまり私は意識を失うかのように眠り――翌朝には再びあのダルク家のベッドの上で目覚めていた。

 

 ――どうして? どうしてよ!!

 

 死ななかったはずなのに。

 その時の私は狂乱のあまり髪を引きちぎり、思い切り部屋の壁に頭突きして死んだ。これが二十三回目の死だった。

 その後も何度も何度も何度も家族を連れてドンレミ村から逃げ出した。

 けれど必ずあの始まりの日に引き戻される。何らかの事故で死ぬか、あるいは一定の期間の後に眠りにつくと必ず目覚めるのはダルク家のベッドの上。私がジャンヌ・ダルクとして目覚めたあの日に巻き戻される。

 それでも私は諦め悪く、逃げ続けた。

 いつかきっと、巻き戻されない時が来ると信じて。

 本物のジャンヌ・ダルクがすべてを解決してくれる日が来ると信じて――。

 だけど、本当はわかっていたのだ。

 本物のジャンヌ・ダルクなんて、この世にいないなんていうことは。

 私がその悲劇の運命を辿るべきジャンヌ・ダルク(聖女)なのだということは。

 これは決してうぬぼれなんかではない。

 頭で論理的に考えればすぐに理解できることだ。

 なぜなら聖女たるジャンヌ・ダルクはドンレミ村の出身であり、ドンレミ村に存在しているジャンヌ・ダルクは私ただ一人。

 家族たるジャック・ダルクもイザベル・ロメも……ジャクマン・ダルクもジャン・ダルクもピエール・ダルクもカトリーヌ・ダルクも史実では皆、聖女たるジャンヌ・ダルクの家族であったのだから。

 おそらく、いやきっと、このループは私がジャンヌ・ダルクとして足を踏み出さない限りは終わらないのだろうと――。

 本当は、わかっていた。

 それでも神様の声は聞こえなかった。それをいいことに私は逃げ続けたのだ。

 だって私がジャンヌ・ダルクになったら、私はきっと最期には処刑される。

 そんなの痛いし恐い。痛いのは嫌だ。

 子供じみた言葉だと、もしこの言葉を聞いた人間がいるのだとしたらそう思うのだろう。

 だが、この言葉以上に私の思いをわかりやすく伝えてくれる言葉はないのだ。

 それでも五十回目の死を迎えるころにはそんな恐怖心も揺らいできて。

 何度も繰り返される同じ世界から抜け出したい思いが強くなった。

 この繰り返されるループがまるで神様が私を運命からは逃げられないと無言で告げてきているようで。

 辛くて恐くて、堪らなかった。

 たしかに私はジャンヌ・ダルクに憧れを抱いていた。彼女が歴史に残してきた偉業に憧れ、彼女のように強い女性でありたいと常日頃から思っていた。

 だけど本当にジャンヌ・ダルクになってしまうだなんて――だれが想像することができようか。

 だって私は神様の声も聴けない、平凡な……ただのジャンヌ・ダルクマニアでしかないのだから。

 彼女(ジャンヌ)のように振舞えるはずもない。

 彼女(ジャンヌ)のように皆を導けるはずもない。

 それでもループされる毎日が私に囁きかけてくるのだ。

 背負うべき運命から逃げるなと――。

 そして五十一回目の始まりを迎えた時。

 私は覚悟を決めた。

 

 +++

 

 神様の声を聞いていない私であったが、後の世においてジャンヌ・ダルクのことを調べ尽くしている私からしてみれば、神様の指示が無くともジャンヌ()が次にとるべき行動は理解できていた。

 ジャンヌは「ヴォ―クルールの城へ行き、守備隊長ロベール・ド・ボードリクールに会いなさい。この男に従者を整えてもらい、王太子の元に出発しなさい」という神の声を聴いている。

 つまり私もまたヴォークルールに赴き、守備隊隊長であるロベール・ド・ボードリクール伯に会い、シャルル七世のいるシノンに向かうのだ。

 場所自体は未来で何度もフランスの観光を訪れたので大体わかる。今も昔も大まかな地形は変わっていないので、辿り着くこともできよう。

 しかし、まだ十代半ばのしがない少女が一人行ったところで相手にもしてもらえないだろうし、道中女一人というのは何かと危険ではある。

 史実でジャンヌは親類で十五歳ほど年上であるデュラン・ラソワという一人の農夫に同行を頼んだという。

 見つめるべき現実と向き合う覚悟を決めた私は、彼女に習い、まずはデュラン・ラソワの住む家のあるビュレ・ル・プティという町を目指すことにした。

 家族には「デュランの家の手伝いを頼まれた」と置き手紙を残した。どう説明していいのかわからないし(「ちょっくらフランス救ってくる」とでも言えばいいのだろうか? いや、ありえないだろう)、仮に説明できたとしてもその時は皆、必死になって私を止めるだろう。

 私は本当はジャンヌではないが、彼らにとってみれば私はたしかにジャンヌ(我が子)なのだから。

 ヴォークルールはドンレミ村の真北、約十七キロの場所にある。

 デュランの住む町はその道中にあるので、彼に同行を頼むのは効率的で都合がよかった。

 もしやジャンヌもそのことを見越して協力を仰いだのではなかろうかと、そのようなことを考えながらも私は道を急いだ。

 

 +++

 

 突然の親戚の娘の来訪にデュランは驚いていた。

 無理もない。何の連絡もせずにいきなりの来訪であったからだ。

 私はそんな驚きに乗じてデュランに向かいまくし立てた。

 神様の声が聞こえた。王太子様が王位に即かれることを望んでいる。私はこれよりシノンに向かい、王太子様に会わなければならない。どうか、デュランの力を貸してほしい……と。

 

 「え……ええ……と、ジ、ジャンヌ……?」

 

 デュランの第一声はソレだった。

 まぁ、当然といえば当然だろう。

 何せ親戚の娘がしばらくぶりに訪ねてきたと思ったら、いきなり、「神様の声が聞こえて、だから一緒についてきてほしいの!」的なニュアンスの台詞を一気にまくし立ててきたのだから。

 大丈夫か、この娘? というのが正直な感想だろう。

 私自身、自分自身何を言ってるのかよくわからなくなってきていた。

 でも他人に説明するんだったら自分の意識が未来から来たもので、これからの展開を知っているということを説明するよりかは神様の声が聞こえたということにして進めていったほうが百倍わかりやすいのは自明の理であろう。

 

 ――と、とにかく行くの!

 

 自棄になった私は半ば無理やりに大人しい性格の彼に旅支度を整えさせると、日を待たずにヴォークルールに向けて出発した。

 ジャンヌ・ダルクは歴史的事実を並べてみても行動の鬼であったが……実際の彼女もこんな感じだったのかなぁとそんなことを頭の片隅で考えながら私は戸惑う彼の背中をグイグイ押していた。

 

 +++

 

 デュランの家に辿り着くまで移動手段は徒歩であったが、そこからの移動はデュランの家の馬を借りたので速かった。

 なぜ私が馬に乗れたのか説明するならば、農村にて暮らしていた私は荷物運びや馬耕などの理由により馬に触れる機会が少なからずあり、五十回ものループを繰り返した今となっては嫌でもその乗り方は覚えてしまったのだ。

 三日と経たないうちにヴォークルールに辿り着いた私は、「ち、ちょっと休まない?」と提案してくるデュランを無視し、ロベールの居るヴォークルール城前までやって来た。

 訝し気にこちらを見つめてくる門番に私は気圧されてはならないと、できる限り堂々と告げた。

 

 「ドンレミ村から来ました、ダルク家の長女、ジャンヌと申します。天からの声に従い、この度この場にやって参りました」

 

 「は?」

 

 金髪の小娘に何を言われるのかと身構えていた門番は突拍子のない私の言葉にやはりと言うべきか、デュランと同じように首を傾げた。

 私だってわけわかんないよ、こんちくしょう。ジャンヌは一体どうやってこの状況を乗り越えたんだ?

 それでもここで引き下がるわけにはいかないので尚も私は言葉を続けた。

 

 「神は、王太子様が王位に即かれることを欲しておられます。この私が王太子様を聖別(戴冠式)にお連れいたします」

 

 その結果、どうなったのかは言うまでもない。

 ただ、この日、私とデュランはこのヴォークルールの街にて寝泊りするための宿を見つけなければならなくなったということだけは言っておく。

 必至に下宿先を探す私の背後では、私に振り回される形となったデュランが重い溜息を吐いていた。

 

 +++

 

 どうにか下宿先を見つけた私は住み込みで働きながら毎日城に通い、ロベールに面会を求め続けた。

 忠実においても異端審問における裁判の記録によるとジャンヌは三度、彼に面会を求め続けたという。

 ジャンヌがロベールに出会い、それからシノンに向かうまでの一連の流れには様々な諸説がある。

 ジャン・ド・メスとベルトラン・ド・プーランジという2人の貴族の助けを受けて、ロベールの元へたどり着いたという説や。

 ニシンの戦いにおけるフランス軍が敗北するという予言をし、その予言が的中したことに衝撃を受けたロベールが協力者を連れてのジャンヌのシノン訪問を許可したという説。

 城に通い続ける一方で街の礼拝堂でミサをあずかり、熱心に祈りをささげていたその姿を街の人々が捉え、徐々に神の声を聴いた少女の噂が広まっていって、街の人々に押されるような形でロベールの元へ辿り着いたという説なんかもある。

 私はジャンヌのように神の寵愛を受けたわけではなく、ジャンヌのように人を引き付けるカリスマもないので、ただひたすらに行動するしかなかった。

 教会に通い続けた。

 協力者を獲ようと街人に積極的に話しかけ、清く誠実に振る舞い続けた。

 情報を収集し、何か突破口がないか模索し続けた。

 聖女様(ジャンヌ)であるならばこうしたのだろう自分で作り出したイメージ像を元に、ただそのイメージ通りであろうとあり続けるしかなかった――。

 私の努力が実ったのは1492年の二月に入ってからのことだった。

 そのころにはすっかり街の人々とも顔なじみになり、一度ロベール伯に出会って話をするべきだという声が上がってきていたのだ。

 他にも教会に信心深く通い続けた(相変わらず神様の声が聞こえてくることはなかったが)成果なのか、私のことを本当に神の声を聴いた少女とあがめ始める者も現れ始めた。

 本当は私は神様の啓示なんて受けていないので、そういってくれる人々には罪悪感を抱いたが、謝るわけにもいかない。

 もう私は神の声を聴いたとされるジャンヌ・ダルクなのだ。この設定を崩してしまえば、この先どのような結果になるかは想像に難くない。

 きっと神様の名を騙った魔女として、一生人々から蔑まれ、下手したら殺されるのだろう。この時代の人間はそれだけ天使や神様、自然の超常現象に対して深い信仰心を持っていた。

 もう戻ることは、できないのだ――。

 街の人々の声に押され、ついに城の中に入ることに成功した私はついにロベールに会うことができた。

 ロベールはこの土地の守護を任された守備隊隊長――つまり軍人であったため、市民のように私が神の声を聴いた少女であるという噂を最初から信じていなかった。

 ただ、ジッと私の目を見据え、この敗北に満ちた世を救う力があるのかどうかを淡々と聞いてきた。

 この頃のフランスはイングランド軍の焦土作戦(利用価値のある建物や食料を焼き払うこと)により、土地も人も疲弊しきっていた。

 人々のために、そして国のために戦う一人の軍人として、ロベールもまたこの現状をどうにかしたいとずっと考えていたのだろう。

 しかし戦況は圧倒的フランスの不利。今更どうにかできるレベルの話ではなかった。

 普通なら相手になんかされないだろう。私の言葉なんて、ただの田舎の小娘の妄言だと言われてそれでお終いであろう。事実、この街を訪れて最初の方は相手にされず笑い飛ばされたり、怒られたこともあった。

 だけどこの極限まで追い込まれた状況下においては、私のようなしがない少女の言葉でも、大きな意味を持つことだってある。

 藁にもすがりたいとはまさにこのことだろう。

 

 ――このまま戦いを続けていけば、我が国が負け続けることは間違いないでしょう。

 

 彼の言葉に、私はこう答えた。

 これ以上の言葉は不要だと、その時なぜかそう思った。

 この男には余計な飾りをつけた言葉は逆効果でしかないと――。

 誰かがやらなければならないのだと、ただ強い意志を持って私は彼を見据えた。

 しばしの沈黙が訪れた。

 彼が迷っているのがよくわかった。

 ここに来て私は、これで無理だったらどうすればいいんだ? と今更ながらに不安を掻き立てられていた。

 それでもロベールは私に警護隊をつけ、王太子様の元に向かう認可証を出してくれた。

 こうして私はいよいよ王太子様の居るシノンへ向けて旅立つことになったのだ。

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